創作の部屋~朝月夜~<47話>【R】
★今回は、【R】的要素を含めた描写がありますので、お嫌いな方はスルーしてくださいね。
「四月の雪」のインスのイメージを壊したくな~いと言う方も、スルーしてください。
「逞しい腕にぎゅっとされると、なんだか安心する・・・。」
僕の腕の中で、マリーが呟いた。
「子供の頃、パパに抱っこされたこと思い出すなあ」
「僕は、君の父親か・・・?」
マリーとの年の差が頭をよぎって、苦笑いとともに、そんな言葉が口を突いて出た。
「父親の愛は、無償の愛よね。その人に、世界中の誰よりも愛してほしいと思ったら、恋人よりも、奥さんよりも・・・その人の子供になることかな、って思うわ」
父親になり損なった僕には、マリーの言葉の意味をすべて理解することはできなかった。
「ねえ・・・」
マリーが上目づかいで僕を見上げた。
「愛してるって言ってくれたら、もっといい気分になれるんだけどなあ・・・」
僕は、マリーから視線を逸らすと、「愛してる」の言葉の代わりに、「ビールでも飲むか?」と言って、立ち上った。
「なによ、照れちゃってぇ・・・つまんないの」
後ろで、マリーが独り言を言っていたが、僕は聞こえないふりをした。
マリーに缶ビールを手渡し、僕はビールをひと口飲むと煙草に火を着けた。
煙を吐き出す様子を隣に座っているマリーが、じっと見ていることに気づいた。
「なに?」
「煙草を吸ってる横顔・・・すてき」
「からかうなよ」
「からかってなんかいない。本当にそう思うから言ったの」
「煙草は?」
僕は、照れ隠しに聞いた。
「ちょっと、吸ったこともあったけど、止めた」
「いいことだな」
「ずっと前に、好きだった人が言ってたわ。終わったあとの1本が最高においしいって」
「終わったあと・・・?」
声にした瞬間、意味が解った。
「いっつも、私の横でおいしそうに吸ってた。それで、私も・・・って」
「おいしかった?」
「ううん、おいしくなかった。だけど・・・その人の唾液で少し湿った煙草の感触が好きで・・・指先から奪うと真似して吸ってたの」
顔の見えない男の横で、煙草をふかすマリーの姿が浮かんだ。
それは、嫉妬と呼ぶには程遠いものだったが、心の片隅をかすかにくすぐるような感情だった。
「その男とは・・・?」
「別れた。ふられたの」
「会いたいと思ったり、思い出したりしない?」
なぜこんなことを聞いているんだろうと思った。
「しない。私がふった男なら、今もひとりでいるのかなあなんて思ったりするけど。ふられた男のことは考えない。だって、私の知らない誰かと一緒になって、幸せに暮らしてるかも・・・なんて想像するとくやしいじゃない」
「君らしい考えだな」
「あなたは?」
「時々思い出す」
「どっちを?離婚した奥さん?それとも別れた恋人?」
「両方」
「はぁ・・・呆れた。ビールもう1本持って来て」
缶ビールを冷蔵庫から2本取り出して、再びソファに座ると、マリーは「ねえ・・・」と、また何かを問いた気な様子で僕を見た。
「君に、ねえ・・・って、言われるとヒヤッとするよ。今度は何?」
「私たち、あれからしてないけど。したい?」
「そう言うこと、露骨に言うな」
「答えてよ、したい?したくない?」
「したい・・・って、言ったら?」
マリーの表情が一瞬、固くなったような気がした。
「冗談だよ。襲う気はないから、安心しろ。今でも・・・後悔してる」
「え・・・?」
「あの日のこと。申し訳ないことをしたと思ってる。悪かった」
マリーに詫びるきっかけをやっと得られたような気がして、さらに僕は謝罪の言葉を口にした。
「謝って済むことではないと解っている。それでも、きちんと君に謝りたかった」
「嫌じゃなかった・・・。どんなに乱暴に扱われても、少しも嫌じゃなかった。あの時すでに・・・あなたを好きだったから」
マリーは俯いたまま言った。
「嫌だったのは・・・身代わりにされたこと。別れた人を思いながら、私を抱いたこと・・・」
身代わりにしたつもりはない。
そうではないんだ・・・。
あの日、マリーは恋愛について語った時、「日本の女」と言う言葉を引き合いに出した。
そのことに僕は無性に苛立った。
そして、理不尽な行為に及んだ。
だが・・・今、そのことを言っても意味のない気がした。
理由はどうであれ、僕のしたことが正当化されることはない。
「ごめん・・・」
もう、この言葉しか見つからなかった。
「本当に悪かったって思ってる?」
「思ってる」
「だったら・・・キスして」
「どうして、そういう発想に繋がるのか、解らない」
「謝罪の証」
マリーは僕に向かって目を閉じた。
僕も目を閉じて、躊躇いながらもマリーの唇にそっと唇を寄せた。
離れて、目を開けるとマリーの頬に一筋の涙が流れていた。
「好きになるのに時間なんて関係ないのね。出会って間もないのに・・・切なくなるほど、あなたが好き」
マリーは、震える声でそう言った。
「らしくないなあ・・・」
そう言いながらも、僕の胸の中にマリーに対する愛しさが、急速に広がっていった。
触れるだけのキスは、やがて深いキスに変わり、僕たちは何度もキスを繰り返した。
「嫌じゃなかったら・・・」
最後まで言わなくても、僕の言いたいことは、充分マリーに伝わった。
僕は、マリーの手を引いて、寝室のドアを開けた。
あの時は・・・マリーの体を眺める余裕はなかったのだと気が付いた。
柔らかなうなじ。
整った乳房。
贅肉のない下腹部。
みずみずしい爪。
ダンスで鍛えたマリーの体は、随所で若さを主張していた。
この体を独り占めしていいのか・・・。
謙虚な気持ちは、瞬くうちに、独り占めしたいという欲望に変わった。
「好きな人に抱かれるって・・・しあわせ」
「このまましてもいい?」
マリーは、僕の腕の中で、喘ぎながら頷いた。
つかの間のまどろみから目覚めたのは、窓から吹き込む冷たい風のせいだった。
「どうした?」
「雪が降ってる・・・駅まで送ってくれる?」
「明日の朝、送るから・・・」
そう言って、僕はマリーを手招きした。
マリーは素直に僕の横に滑り込むと、冷えた足を絡めてきて、「インス」と、言った。
「おじさんでも、あんた・・・でもなく、インス?」
「そうよ、インス」
「君は僕よりだいぶ年下だ。インスさんと言うのが普通だろう?」
「日本では、これが普通。恋人同士は、多くの人が呼び捨てで相手を呼ぶわ。私は、あなたをインス・・・と呼んで。あなたは私をマリ・・・って、呼ぶの」
「マリ・・・?」
「そう、それが私の本当の名前。マリーは店で使ってる名前なの」
「マリ・・・。また、君が欲しくなった」
僕は毛布の下で、マリの細い腰を抱き寄せた。
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