創作の部屋~朝月夜~<60話>
☆BGM「抱きしめたい」~K~
軽い衝撃とともに、機体が快晴の静岡空港に着陸した。
「着きましたね」
タケルが窓の外を見ながら言った。
久しぶりの恋人との再会に心躍らせているのか、その声は明るかった。
タケルも僕も、荷物は機内に持ち込んだ小型のスーツケースひとつだった。
流れてくる荷物を受け取る必要もなく、入国手続きを済ませるとそのままバスターミナルに向かった。
空港内は全てが新しく、開港間もない雰囲気が漂っていた。
シャッターが下りたままのテナントもいくつかあった。
富士山の絵が多く飾られているのも静岡空港らしいと思った。
その中の1枚の絵の前で僕は足を止めた。
夕日に照らされ、赤く染まった富士山の絵だった。
富士の裾野に住む人々は、1日の仕事を終えた後、夕日に染まった山を見て、心を癒すのだろうか。
『父の側で畑を守って暮らしたい』と、言っていたユキ。
農作業を終えて、山を見上げながら家路に着くユキの姿が浮かんだ。
その傍らには、ユキの父親とユキにふさわしい素朴な男の姿。
そして、父と母に走り寄る幼い子供・・・。
夕日の富士山を背景にした暖かい≪家族写真≫。
その中に僕の居場所はない。
無理に写り込もうとしたら、ささやかな幸せを壊してしまうことになるのだと、思った。
「監督・・・バスの時間です」
絵の前で立ち尽くしている僕に、タケルが声をかけた。
「タケル、どこかでコーヒーを飲もう」
振り向きざまに、僕は言った。
「コーヒーなんか飲んでたら、バスに乗り遅れちゃいますよ」
「次のバスに乗ればいい。コーヒーが飲める店を探そう」
「缶コーヒーを買ってきますから、予定通りのバスに乗りましょう」
「嫌なら先に行け」
「僕が行ってどうするんですか」
僕は、それらしき店がありそうな方に向かった。
「星降行きのバスは、1時間に1本しかないんですよ~!」
うしろで、タケルの叫ぶ声が聞こえた。
カフェの座席からは、滑走路が見下ろせた。
僕は、煙草を吸いながらぼんやりとその景色を見ていた。
「監督、コーヒーが冷めますよ」
コーヒーが飲みたいと言いながら、半分も減っていないカップをのぞき込みながらタケルが言った。
「次のバスには必ず乗りますからね」
「なにをそんなにあわててるんだ?」
「これから僕たちが行く星降と言う町には、泊まるところなんてありませんから」
「解ってる」
「監督を送ったら、僕はすぐに帰ります」
「そんなに早く、彼女に会いたい?」
「そうじゃなくて!監督の恋人の家でしょ。僕が一緒に泊まれるはずがないじゃないですか」
「泊るつもりはないけど・・・」
「久しぶりに会うのに・・・?」
「姿を見ることができたら、黙って帰る」
「黙ってって・・・。恋人じゃないんですか?」
「結婚してる」
その言葉を言ったとたん、タケルの表情から一気に力が失せたような気がした。
「失礼なことを言うようですが・・・」
少しの沈黙のあと、タケルが言った。
「恋愛の対象が人妻であるとか・・・、不倫であるとか・・・そう言った恋愛は、僕には理解できないし・・・応援する気もありません。すみません」
「謝る必要なんてないさ。それが普通の感覚だと、僕も思う」
「ならば、なぜ・・・って、監督の恋愛を事細かに聞くつもりはないです。結婚して星降にいることだけは、確かなんですね?」
「多分・・・」
「多分?大事なことなのにそんな風に曖昧でどうするんですか!」
仕事における立場も、年齢も逆転してしまったような気がした。
タケルも同じように感じたのか、「すみません」と、また謝った。
「何月何日に結婚したと、知らせを受けたわけではないが・・・。最後に会った時、大切な人と田舎で暮らしていると言っていた」
漢江の畔のレストランまでユキを送った時、車内で交わした会話だった。
「大切な人・・・と言うと、やはりそう言うことになるのかなあ・・・」
ひとり言のようにタケルが呟いた。
「それで・・・どうします?間もなくバスの時間ですけど」
「行く」
「じゃあ、行きましょう」
タケルは、あっさりと立ち上がった。
僕はすでに先程の会話で、タケルの道案内は期待できないと思っていた。
「応援はできない・・・って」
「幸せな家庭を築いてる人をそこから引っ張り出す応援はしません。
でも・・・会うことによって、監督の気持ちにけじめがついて、新たな一歩が踏み出せる・・・って、言うのなら、応援します」
「諦めきれなかったら・・・?」
僕は兄に甘える弟のような言葉を口に出した。
「・・・それは、その時に考えましょう!」
「頼もしい部下を持って幸せだよ」
「ホントにそう思ってます?」
「ああ・・・思ってる」
「ならば・・・給料アップ、お願いします」
タケルの顔に笑顔が戻った。
「ついでにコンビニで弁当を買ってください」
「飛行機の中で食べただろう?」
「あれは朝飯。星降に着く頃には昼を過ぎます。向こうに行ったら、コンビニなんてないですよ」
言いながら、タケルの足は空港内のコンビニへと向かっていた。
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