2009/09/14 06:20
テーマ:創作の部屋
カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)
創作の部屋~朝月夜~<42話>

小さな物音と、微かに漂うコーヒーの香りで目が覚めた。
「あら、もう起きたの?」
「もう・・・って、8時過ぎてる」
「夕べいつまでもPCに向かって仕事してたから、今朝は朝寝
坊だろうと思ったの」
「知ってたのか?」
「うん・・・。遅くに帰って来て、そのままPCに向かったでしょ
う?」
「寝てたんじゃないのか。なら・・・起きて来ればよかったのに」
「キーボードを叩く音がリズミカルじゃなかったから・・・。近づか
ない方がいいかな・・・って」
そう言って、マリーは小さく笑った。
「レストラン、予約しておいたわ。その前に映画でも観る?」
「レストラン?」
「1周年だからどこかで食事しようって、約束したじゃない」
「ああ・・・そうだったね。もう、1年か・・・」
僕は、壁のカレンダーをしばらくぼんやりと眺めていた。
「どうしたの?コーヒー冷めるよ」
マリーと出会ってから、今日までのことを思うと、長かったよう
な気もするし、短かったような気もする。
「そうか・・・1年になるのか・・・」

1年前の僕は、酒浸りの日々を送っていた。
ユキとの別れ。
スジョンの死。
重い十字架を背負った様な気持ちで、僕はがむしゃらに仕事
をこなし、毎晩、大量の酒を飲んだ。
あの夜も・・・ふらつく足取りで、マリーの店にたどり着いたのだ
った。
なぜ、マリーの店に行ったのか、それさえも憶えていない。
気がついた時、僕は見慣れない部屋のベッドの中にいた。
ワンルームしかない狭い部屋・・・ここはどこだ?
飛び起きて、見回すと女の姿が目に入った。
「誰・・・?」
「はあ?誰ってことないでしょ!人に迷惑かけて」
女は、両手を腰にあてて、怒った顔で僕を見下ろした。
「その様子じゃ、何にも憶えてないみたいね。呆れた」
女の言うとおり、僕の記憶は店のカウンター席に腰掛けたあ
たりから、完全に途絶えていた。

「突然店に現れて、勝手に飲んで、勝手に喋って。挙句の果て
にはカウンターで眠っちゃって。マスターからは、お前の客だろ
う何とかしろって言われるし、大迷惑!」
女・・・マリーの声が頭の芯にびんびんと響く。
「べろんべろんに酔っちゃって、家はどこって聞いても、まったく
答えられないし。おかげで私は床に寝る羽目になったわ」
「悪いが、水を一杯くれないか?」
「勝手に飲んで。とにかく、そのお酒の匂い・・・何とかしてよ」
マリーは口と鼻を押さえると、顔をしかめた。
「洗面所の鏡の前に、新しい歯ブラシがあるから、それ使っ
て」
マリーは、部屋中の窓を開け放ち、ベットのシーツを剥がして
洗濯機に放り込んだ。

「何だこれ?」
テーブルに置かれた皿の中味を見て僕は聞いた。
「トマトスープ。2日酔いにいいんだって。店に来るお客がそう
言ってた」
スプーンですくって一口飲むと、トマトの酸っぱさが胃に沁みた。
「おいしい?」
「う・・・ん」
「何?その言い方。おじさんのために作ったのに」
「おじさん・・・?その言い方、気にいらないなあ」
「だって、名前聞いてないもん」
「いつもこうなのか?」
「え・・・?」
マリーが、スプーンを持つ手を止めて僕を見た。
「酔ったお客を部屋に泊めて、翌朝、スープを作ってやるのは
よくあること?」
「あんたって最低!」
「おじさんの次は、あんたか・・・」
「何なのよ!私を怒らせたいの?」
怒らせたいわけではなかった。
ただ、単純にちょっとからかってやりたかった・・・そんな気分で
言った言葉だった。

「あんたみたいに手のかかる客を相手にしたのは初めて。もち
ろん、客をこの部屋に泊めたのも、スープを作ったのも初め
て。言葉に気をつけた方がいいんじゃない?だから、女にもふ
られるのよ」
「何だって?」
「奥さんがいる身で、他の女に手を出した。本気で好きだった
って?要するに不倫でしょ?結局、奥さんには死なれて、女に
はふられた。夕べ、散々愚痴ってたじゃない。そう言うの日本
語で女々しいって言うのよ」
「日本語・・・?日本人なのか?」
「だったら、何だって言うの?この国の女はどうだか知らない
けど、日本の女はね、別れた女に未練を残して、いつまでも
女々しいこと言ってる男は大嫌いなの!」
僕は、いきなりマリーの腕を掴むと、ベッドのところまで引きず
って行って、乱暴に押し倒した。
「何するの!」
日本語で叫ぶマリーの口を唇でふさいで、全身でマリーを押さ
え込んだ。
激しく抵抗するマリーを強引に抱きながら、僕の頭の中には、
先ほどマリーから浴びせられた言葉が渦巻いていた。

「名前くらい言ったら?」
身支度をする僕の背中に向かって、マリーが言った。
ベッドに横たわるマリーを見下ろして「キム・インス」と、僕は答
えた。
「インス・・・。キム・インス・・・。絶対に忘れない。出て行って。
もう、二度と会いたくない・・・」
そう言うと、マリーは頭から毛布を被って、僕に背を向けた。
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