2008/02/13 10:33
テーマ:創作の部屋 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

「朝月夜」(アサヅクヨ)⑥・・・こちらは戯言創作の部屋。

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店に入って、ひとりで食事をする気にもなれず、途中のコンビニでお弁当を買って、ホテルに向かった。

チェックインを済ませて、部屋に入ると私はコートを脱いで、浴室のドアを開けた。

洗面台の鏡に映った自分を見て、なぜ私は今ここにいるんだろう・・・と、ふと思った。

彼には、「乗りかかった船」などという言い方をしたが、あの時、Oさんに「お世話はできません」と言って帰ってもよかったのだ。

次の仕事が決まっていない、というのも引き受けてしまった原因だった。

私の仕事は、「派遣社員」のようなものだから、仕事があれば紹介してくれる、なければ待機という、実に安定しない職業だった。

実家の父は、「いつでも帰って来い」と言ってくれていた。

口には出さないが、実家の近くで所帯を持って暮らしてほしいと父は思っていたのだった。

熱いお湯を全身に浴びながら、いずれにしてもあと2日。

明後日の朝、彼を福島空港まで送ったら、それですべて終り。

もう二度と会うこともないだろう、と思った。

              

浴室を出て、着替えを取り出そうとバックを開けた。

そこには、無造作に詰め込まれた私の衣類があった。

Oさんは、私にバッグを渡す時、「ユキさんの荷物は、女性スタッフに任せましたので・・・」と、言った。

自分は触れていません、と気遣いをしたつもりだっただろうが、押し込まれた状態のシャツ類は皺だらけで、とても着られそうになかった。

今日、彼の下着を買ったスーパーに明日もう一度行って、セーターとシャツを買おうと決めた。

湯上りの缶ビールは心地よかったけれど、冷めたお弁当は半分も食べると嫌になってしまった。

テレビのニュース番組を観ながら、持ち帰ったレモンパイを食べて、残りのビールを飲み、つい、うとうとと眠ってしまった。

携帯の着信音に気付いた時には、時刻は9時を過ぎていた。

「ユキ・・・」

私はその声を聞いて、一瞬息が止まりそうなほど驚いた。

私を「ユキ」と呼ぶのは、父と、亡くなった祖父と・・・あの人・・・K・・・しかいない。

声の主は、父ではなかった。

私が黙っていると、今度は「ユキさん・・・?」と、言った。

反応がない私に相手も戸惑っている様子だった。

次に韓国語が聞こえてくるまで、私は電話の相手が彼であると気付かなかった。

「今日もちゃんとお礼が言えなくて。アリガトウ・・・ゴザイマシタ」

「インスssi・・・。わざわざそれを言うために?」と、私が聞くと、「ええ・・・おやすみなさい」と言って、電話は切れた。

仕事中も病院に入ってからも、彼の口から一度も日本語を聞いたことはない。

「アリガトウゴザイマシタ」と言う日本語を彼は、知っていたんだろうか?

お礼を言いたかったという彼の心遣いがうれしかった。

                                 

食べ残したお弁当とビールの空き缶を片付けて、歯磨きを済ませ、ベッドに入った。

しかし、さっきの声のことを考えると、眠れなくなってしまった。

骨格が似ていると声も似ている・・・ということを誰かに聞いたような気もするが定かではなかった。

それに、彼とKは似ている体型ではなかった。

彼は、筋肉質のがっしりとした体つきをしているが、Kはけしてそうではなかった。

そう思った時、今日、病院の庭でタバコを吸っていた彼の横顔が誰かに似ていると感じた事を思い出した。

彼・・・インスssiの横顔は、かつて愛したKに似ているのだった。

Kに初めて出会ったのは、大学に入学して間もない日のことだった。

キャンパス内の掲示板を見ていた私に「写真、興味ないですか?」と、声をかけてきたのがKだった。

「自然はとても素晴らしいです!人間がちっぽけに見えますよ」

ありきたりな言葉と、強引さに負けて、私はKの思惑通りに写真サークルに入会し、Kと共に大学で3年間を過した。

3年の歳月はお互いを知るのに充分な時間であり、ひとつ年上のKは、私より早く社会に出て、夢の通りにカメラマンになった。

私は通訳と言う夢を抱き、道は違ってもそれぞれの生き方を尊重し、深く愛し合っていた。

写真と苺ショートケーキと・・・私をとても愛していたK。

アラスカへオーロラの写真を撮りに行く時も、いつもと変わらず、見送りに行った私を空港ロビーで抱きしめた。

「新婚旅行の下見のつもりで行ってくるよ。ホテルもちゃんとチェックして、ユキの気に入るような観光コース考えて来るからな」

新婚旅行がアラスカなんて・・・と、不満気に言う私を見て、「ユキにも絶対、オーロラを見せたいんだ」そう言って、「早く帰って来てね」の私の言葉に大きく頷いていたのに・・・。

              

人間って、悲しみがあまりにも深いと、涙も出ないのだということをあの時、初めて知った。

飛行機のプロペラが回っていることにも気付かないほど、オーロラの美しさは、Kの心を虜にしたのだということを、後に届けられた一枚の写真が教えてくれた。

 

 


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