2008/03/20 08:23
テーマ:創作の部屋 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

「朝月夜」(アサヅクヨ)⑨・・・こちらは戯言創作の部屋。

Photo

病室の扉を開けると、彼の姿はなく、ベッドの上に荷造りが終ったバッグが置かれているだけだった。

開け放した扉の向こうから、若いナースが、「キムさんは、会計に行ってますよ」と教えてくれた。

「もう、間もなく戻ると思います」と、白衣の袖を捲くって腕時計を見た。

正面玄関のすぐ横が会計なのに、彼の姿に気づかなかった。

もう少し早く来ればよかったのだろうか・・・。

なんだか少しも役に立っていないようで、心苦しくなった。

 

「忘れ物のないようにしてくださいね」そう言って、ナースは会釈をして出て行った。

室内を見回し、クローゼットの中も覗いてみたが、残っているものは、何もなかった。

最後にベッドサイドの物入れの引き出しを開けたら、一冊の旅行雑誌が残されているのに気がついた。

彼の前に、この部屋を使っていた患者のものだろうか・・・一瞬、そう思った。

だが、彼が入院する時に、私はこの引き出しを開けたが、ここには何も入っていなかった。

 

私は旅行雑誌を手に取るとパラパラとページを捲った。

何箇所かのページの右上の角が、折られていることに気がついた。

『猪苗代湖のひまつ氷』

『鶴ヶ城のろうそくまつり』

『会津若松』

・・・・・。

彼が夕べ、電話で言いたかったことはこのことだったのだと、私はやっと理解できた。

 

一緒に行ってくれと言いたかったのだろうか・・・。

いや、彼に限ってそんなことを言うはずはない。

だって、彼は12時の飛行機で韓国に帰るのだから。

どんなところか知りたくて、私に聞きたかったのだろうか・・・?

それとも、ただ単に、暇つぶしに見ていただけかもしれない。

様々な考えが頭をよぎった。

 

「ユキさん・・・」と、声をかけられるまで、彼が戻ったことにも気づかず、私は、ライトアップされた鶴ヶ城の写真を見つめていた。

「退屈だったので・・・」そう言いながら、彼は私の手から雑誌を取り上げるとバックの脇のポケットに、無理矢理押し込み、「行きましょう。全部終わりました」と言った。

                                 

私たちは、ナースセンターに立ち寄り、お世話になった礼を述べ、タクシー乗り場へと急いだ。

車体に大きく「A」と社名の入ったタクシーを見つけて、近づくと、運転手らしき男性が車に寄りかかるようにして、タバコを吸っていた。

「あの・・・すみません」

私が、声をかけると、運転手は、吸っていたタバコを靴の先で踏み潰しながら、「キムさん?」と言った。

私が頷くと、「奥さんが、日本人で安心したよ。韓国人のお客さんだって聞いてたもんで・・・韓国語なんて、全然わかんないからさ」運転手はホッとしたような表情で、後ろのトランクを開けた。

私たちは、それぞれの荷物をトランクに積み込んで、タクシーの後部座席に座った。

 

「今日は、平日で道も空いてるだろうから、1時間足らずで着くと思いますよ」と、運転手が言った。

「多い時はこの車に4人乗ることもあるんだよ。2人でも、4人でも料金は同じ。ははは・・」運転手は、ミラー越しに私を見て、大きな声で笑った。

その後も、飛行機でどこまで行くのかと聞かれ、行き先を韓国だと告げると、「ダンナの実家に里帰りかい?いいね~」と、言う始末。

私は美容院でも、タクシーの中でも、必要以上の会話は、好きではなかった。

 

雑談は、しばらく続いた。

その間、彼はひと言も口をきかなかった。

相槌を打つことに疲れ始めた頃、運転手が、「福島は寒いよ」と言った。

「雪は降っていますか?」と私が聞くと、今日は降っていないが、かなり冷え込んでいるということだった。

そのことを彼に伝えた。

彼は、ジャンパーのボタンをひとつ外すと、黙って、自分の胸元を指差した。

昨日、私がプレゼントしたセーターの紺色が見えた。

                                     

空港に着いてタクシーを降りると、運転手が言ったとおり、宇都宮とは明らかに違う寒さだった。

出発まで、まだ間があったので、私は彼をお茶に誘った。

平日のせいか、やはりカフェも人影は疎らだった。

コーヒーを飲みながら、店内を見回すと、壁には、いくつもの観光用ポスターが貼ってあった。

そのすべてに、美しい写真と福島県内の名所への誘いの言葉が添えられていた。

 

「会津へ行きたかった?」自然にその言葉が出た。

しかし、彼は「はい」とも「いいえ」とも言わず、「タバコを吸ってきます」と言って、席を立ってしまった。

余計なことを言ってしまったかしら・・・?

そんなことはないわよね・・・。

昨日、彼の口から出た「アイヅ」の言葉・・・そして、ページの折れ曲がった旅行雑誌。

気になったから聞いただけなのに・・・。

彼の素っ気無い態度が、私には以外だった。

                               

私は、O氏から預かっていたお金を返さねばと思い、テーブルの上に封筒を出して、彼が戻るのを待っていた。

「本来なら、夕べの内にお返しすべきでした」

私は、そう言い添えて、彼の前に封筒を置いた。

「これは、ユキさんへの謝礼だと言われています。このまま受け取って下さい」と、彼は、言った。

「困ります」「こちらも困ります」そんなやり取りが続き、結局、私が納める格好になってしまった。

 

私は、申し訳ないという気持ちよりも、後味の悪さを感じていた。

この数日間のことは、あくまでも私の意志で行ったことだった。

異国の地で、病気になり困っている彼の助けになれば・・・と思ってした行為だった。

それが、お金と代引きされたような気がしたからだ。

 

気まずい空気が漂って、私は「ソウルは、晴れているでしょうか?」と、当たり障りのない話題を口にした。

「さあ・・どうでしょう」

彼はまたも、素っ気無い答え方をした。

会話が続かない。

タクシーの中でも感じたことだが、今日の彼は不機嫌な表情をしていた。

韓国で待っている奥さんと、上手く連絡が取れないのだろうか?

しかし、そんなことは、今の彼の様子からして聞けるはずもなく、私は、黙ってコーヒーを飲み干した。

                                

壁の時計を見ると、時刻は、11時になっていた。

「そろそろ行かないと・・・」

私はバッグを持って席を立った。

「嘘を言いました・・・チケットは取っていません」

何を言っているんだろうと私は、思った。

「一緒に、会津に行ってくれませんか。このまま、ユキさんと別れたくないんです」

彼の言っていることは、またも私には理解できない言葉に聞こえた。


[1]

TODAY 470
TOTAL 3237229
カレンダー

2008年3月

1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31
ブロコリblog