2009/10/29 08:21
テーマ:創作の部屋 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

創作の部屋~朝月夜~<45話>

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「ひとり暮らしの男の部屋が、そんなにめずらしいのか?」

落ち着かない様子で、うろうろしているマリーに向かって僕は言った。


「どこかに女の影がないかな~と思って」

そう言いながらマリーはまだ、室内を見回していた。


「洗面所に歯ブラシでも見つけた?」

「大人は、そんな幼稚な痕跡は残さないでしょ?」

「確かにそうだな」


「だけどどこかに・・・無意識に自己主張しちゃうものなのよ」

「例えば?」

僕は、ミソチゲを作るための材料を刻みながら聞いた。


「玄関に2つスリッパが並んでたり。テーブルの隅にきちんと置かれたリモコン。香りつきのトイレットぺーパーなんかがあったら、決定的ね」

「検証の結果は?」と、僕は包丁を持つ手を止めることなく、ちょっとふざけて聞いてみた。


「本当にひとりだったんだ・・・」

マリーは、つぶやくような声で、安心したとも、がっかりしたとも取れる言い方をした。


                               


「そんなことより、こっちへ来て手伝ったらどうだ?」

「私、料理苦手だもん」

マリーは、窓辺の観葉植物の葉に触れながら言った。


「結婚する気ないのか?」

「料理の得意な男と結婚する。ねぇ、この鉢植え、生気を失ってるわよ」

僕は、鉢植えの観葉植物が置いてある方に視線を移すと、「そんなはずない」と言った。


「毎日、お水あげてる?」

そう言われると自信がない。

「3日前くらいに・・・」

「それじゃだめよ」


花屋の店員は、手がかからず緑が楽しめますと言っていた。

「話しかけながら、毎日お水をあげるときれいに育つって言うわ。女性と同じね。触れ合いながら、いつも好きだよとか、愛してるよって言うことが大事なのよ。ほったらかしておいたら、枯れちゃうんだから」

ユキのことを言っているわけではないと、解っていながら、胸が痛んだ。


ミソチゲの鍋が、ぐつぐつと音を立て始めた。

僕は、ふたり分の真空パックの白米を電子レンジに放り込んだ。


                                     


予想通り、僕の作ったミソチゲは、マリーから大絶賛された。

おかげで、僕は「料理上手な男」との評価を受けたが、それは、僕が作れるのは、ミソチゲだけだと言うことをマリーが知らないからだった。


食べてる間も、マリーのおしゃべりは止まらなかった。

仕事は何かと聞かれて、「照明監督」と答えると、「どんな仕事?」と身を乗り出してきた。

アメリカ人歌手のMに会ったと話してやると、驚嘆の声を上げた。


質問が離婚の原因に及んだ頃、僕はいよいよ潮時と思って、「食事が終わったら、帰れよ。今夜も仕事だろう?」と、言った。

「今夜は休み。じゃなきゃ、ソウルの町をのんびりうろついてないわよ。ここ片付けて飲もう」

「メシを食った上に酒まで飲む気か?」

「いいじゃん、一杯だけ」

そう言うとマリーは、汚れた食器を片付け始めた。


                                      


ダイニングテーブルから、ソファに場所を移して、マリーが作ったウィスキーの水割りに口をつけた。

「今度は私が答える番ね。何でも聞いて」


「年はいくつだ?」

「ノーコメント」

「何でも聞いてと言ったろう」

「質問を変えて」

「別にない」

「何か聞いてよ」


ユキと知り合った頃、ユキのことが知りたくてたまらなかった。

好きな色。

好きな季節。

好きな食べ物。

些細なことでも、僕にとってはどれも興味あるものだった。


「何考えてるの?」

「日本人なのか?」

僕は唐突に聞いてみた。


「ハーフ」

「ハーフ?」

「パパが韓国人で、ママが日本人。パパが仕事で日本に行った時、ママと知り合って。恋に落ちたの」


こんな偶然があるのか・・・。

動揺を悟られないように、僕は一気に水割りを飲み干し、マリーが2杯目のウィスキーをグラスに注いだ。


                                       


「パパがママを愛しすぎちゃって・・・」言いながら、マリーはクスっと笑った。

「結婚する前に私ができちゃったの。パパはあわてて韓国に帰って、お父さんとお母さん・・・つまり、私のおじいちゃんとおばあちゃんに結婚の許しをもらったのよ」


「それ・・・本当の話しなのか?」

「そうよ、どうして?」

「いや、別に」


一瞬、僕は、マリーがユキと僕の関係を全て知っていて、作り話をしているのではないかと思った。

「私は、韓国で生まれて、小学生まで韓国で育ったの。中学生になった時、パパの仕事の都合で日本に行って。今も、パパとママは日本で暮らしているわ。私だけが、また韓国に戻って来た・・・と、いうわけ」


「なぜ・・・?」

「う~ん、それは・・・話すと長くなりそうだから、今日は、やめておく。暗くならないうちに帰ろうかな」そう言いながら、マリーは立ち上がった。

僕は、思わずマリーの腕を掴んで「まだ、いいじゃないか」と言いそうになった。


「ミソチゲ、おいしかったわ。ごちそうさま」

「送っていくよ」

「ううん、いいの。ひとりで帰る。ここまでの道順を覚えておきたいの。また、来ていい?」

僕は、黙って頷いた。


                                     

「一番聞きたいことを忘れてた。忘れられないほど好きだった人とどうして別れたの?」

靴を履きながら、マリーは思い出したように言った。


即答できない僕に、マリーは、「答えたくない?」と聞いた。

「解らない・・・」

それが僕の正直な気持ちだった。


「解らない・・・?そうね。解ってたら、苦しんだりしないわよね」

「今日は、やけに素直だな」

「あなたを好きだと言ったでしょう。嫌われたくないもの」


マリーがドアを開けると、日没前の冬の風が舞い込んで来た。

それは、程よい湿り気と冷気を含んで、僕の頬を心地よく撫ぜた。


マリーの後姿を見送りながら、僕は少しの間、風の香りを楽しんだ。

 


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