2009/11/25 15:46
テーマ:創作の部屋 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

創作の部屋~朝月夜~<49話>

Photo






ベランダでは、真夏の日差しを浴びて洗濯物が揺れていた。

リビングのテーブルの上には、マリが作った朝食が置かれていた。

その脇に添えられたメモには、『おばあちゃんのところに行って来ます。昼には戻ります』と、書いてあった。


リビングの時計を見上げる。

もうすぐ11時。

すっかり朝寝坊してしまった。


昨夜は大きな仕事を終えたことで、仲間と遅くまで酒を飲んだ。

「彼女が待ってるから、インスは行かないよなあ」

と、からかわれながら、結局、最後まで付き合ったのだった。


帰宅し、マリが眠るベッドにもぐりこんだ時は、すでに夜明け間近だった。

夕べ飲んだ酒が、まだ少し残っていて何も食べる気になれない。

シャワーを浴びてすっきりしようと思っているところに、マリが帰って来た。

手には大きな包みを抱え、額には汗を浮かべている。


「食べてないの?」

テーブルの上に手付かずのまま置かれている朝食を見て、マリが言った。

「今、起きた」

「暑いのに、よく寝てられるわね」

「ゆうべ、遅かった」

「ゆうべじゃない、朝・・・でしょ」

「知ってた?」

「当然。お酒の匂いで目が覚めた」


マリは喋りながら、忙しく手を動かしていた。

どうやら、祖母に大量の惣菜類をもらってきたようだ。

「うまそう・・・」

僕は、そのうちの一品に思わず手を伸ばした。

「その前に・・・シャワーを浴びて。お酒の匂いどうにかしてよ」

伸ばした手は、マリにあっさりと捕まってしまった。


             




シャワーを浴びて、水を飲もうと冷蔵庫の前に立った。

NYの街並みの絵葉書が、無造作に扉に貼り付けてあった。

マグネットをはずして、表書きを見た。

マリの祖母の住所で、マリ宛てに届いたものだった。


「誰から?」

「友達」

マリは、惣菜を分ける手を休めることなく答えた。


日本語で書かれた文面は、僕には理解できない。

「なんて書いてあるの?」と、聞いてみた。

「元気?って」

「それだけ?」

「それだけ」

僕は、それ以上は聞かずに、絵葉書を元の場所に貼り付けた。


テーブルの上の取り分けられた惣菜類を見て、急に空腹感を感じた。

「腹減った」

「その前に着替え」

「いいよ、このままで」

僕は、もう一度冷蔵庫の扉を開けて、缶ビールを取り出した。


「飲む?」

「いらない。それより着替えして。パンツくらいはいたら?」

バスタオルを腰に巻いただけの僕を見て、マリが言った。


「妙な気になる?」

僕は、マリの耳元で囁いた。

「はぁ・・・?意味わかんない。カゼひくから言ってるの」

「今日は、たっぷり時間がある」

「だから何なの?私は忙しい・・・」


その時、玄関のチャイムが鳴った。

壁のインターフォンを取り上げた瞬間、母の声が聞こえた。

「ちょっと・・・ちょっと待って」

僕は、インターフォンに向かってそれだけ言うと、着替えをするために寝室に駆け込んだ。


                 




「ソウルに来る用事があったから、ついでに寄ってみたの」

「電話してくれたら、迎えに行ったのに」

「行くと言ったら、来なくていいと言うでしょ?」

「そ・・・そんなことはないよ」


「しばらく顔を見せないと思ったら・・・こういうことだったのね」

「ごめん・・・」

「別に謝る必要はないわ」


「マリです。はじめまして」

居心地悪そうに立っていたマリが、母に挨拶をした。

「マリさん?インスの母です」

こういう時、母になんと言ってマリを紹介したらいいのだろうかと僕は迷った。


「ちょうどお昼ご飯を食べようと思っていたんです。よろしかったらご一緒にどうぞ」

マリは母のために席を作りお茶の用意をした。

毎日暑い日が続いて大変だとか。

散歩の途中で出会った子犬がかわいかったとか。

マリのおしゃべりのおかげで、気まずいムードにならずに済んだ。


「すっかりご馳走になっちゃって。そろそろ失礼するわ」と、言う母を僕は駅まで送ることにした。

母はタクシーで行くからいいと言ったのだが、「二人だけで話したいことがあるはずよ」と、マリが小声で言ったのだった。


                 



「ご両親は、日本にいるって言ってたけど・・・?」

「父親が韓国人で、母親が日本人なんだ。日本だけじゃなく、いろんな国に行くらしい」

「そういうお仕事?」

「画商・・・絵や骨董品とか・・・。そういう会社をやってる」


「ご兄弟は?」

「いない」

「結婚するつもり?」

「解らない」


「解らないって・・・。親御さんはご存知なの?このままでいいはずがないわ」

「解ってる」

「どこまで解ってるの?あなたは男だからいいかもしれないけど・・・。あちらにとっては大事なお嬢様でしょ?結婚もしないまま、子供でもできたら・・・」


「気をつける」

「気をつけるって、そういう問題じゃないでしょう。お父さんには言えないわ」

そこまで言うと、母は大きなため息をついた。


改札口で、母は振り返ると「きちんと決めて、必ず連絡しなさい。お父さんに話すのはそれからよ」と、言った。

僕は、無言でうなずきながら、母を見送った。


                



「今日は、ゆっくりなのよね?」

ベランダで洗濯物を干しながら、マリが聞いた。


「昼から」

「朝ごはんは、そこにあるもので済ませて。私、行かなくちゃ」

「もう、行くのか?」

「バイトの子がひとり休みで、早く来てくれって言われてるの。夕べ、話したでしょ」

そう言うと、マリは化粧もそこそこにバッグを掴んで出て行った。


冷蔵庫から牛乳パックを取り出そうとして、NYからの絵葉書に再び目が止まった。

母が来た日からずっと放置されている絵葉書。

この場所に置きっぱなしにしているということは、マリが言うように「たいしたこと」は書かれていないのだろう。

そう思いながらも、なぜか気になった。


表を返してみるが、相変わらず読めない日本語が並んでいるだけだ。

ふと、今日、会う約束になっている人物の顔が浮かんだ。

彼なら・・・読めるかもしれない、そう思った。


「日本語・・・ですか?多少は・・・読めますけど、難しい漢字はだめです」

僕は持って来た絵葉書を差し出した。


「・・・この、マリさんって人、誰ですか?インスさんの奥さんですか?」

「いや・・・僕は独身だよ」

会うのは今日で2度目の彼は、僕がマリと暮らしていることを知らない。


「友人の家に意味不明の絵葉書が迷い込んで・・・それで」

「そうですか、失礼しました」

「なんて書いてある?」

僕は、早く内容が知りたかった。


『マリ、元気か?オレは元気だ。聞いてくれ。オーディションに受かった!来月、初舞台だ。すごいだろう!マリ、夢を捨ててないよな。あきらめるなよ!NYで待ってる。~カズ~』


「最後のカズ・・・って、言うのはおそらく、差出人の名前・・・。男みたいですね」

日本語の文面を韓国語に訳す前に、彼が、「マリさんって誰ですか?」と聞いた意味がやっと解った。


マリへの私信を勝手に持ち出した結果が、こんなことになろうとは・・・。

いや・・・何らかの予感がしたから、持ち出す気になったのかもしれないと、僕は思った。

 


[1]

TODAY 2957
TOTAL 2772713
カレンダー

2009年11月

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30
ブロコリblog