2009/05/07 07:35
テーマ:創作の部屋 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

創作の部屋~朝月夜~<30話>・・・【R"】

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もうそろそろ着いてもいい頃なのに・・・。

私は、何度もキッチンの時計を見上げた。


インスがここに来るのは、今日で2回目。

やっぱり、迎えに行くべきだったかしら・・・。

空港まで、迎えに行くと言ったのに、インスは「ひとりで大丈夫」と言ったのだった。


初めて私の部屋に来た時、インスは、テーブルの上に並んだ手料理を見て、とても喜んでくれた。

また、あの笑顔が見たくて、私は朝からずっとキッチンに立っていた。


Mのコンサートを観にソウルまで行き、思いがけずインスとふたりだけの時を過ごせた。

コンサートは大成功に終わり、その直後、インスは約束どおり、私に会いに日本に来てくれた。

そして、今日、インスが再びこの部屋に来る・・・。


それにしても遅い・・・。

私は、心配になって、駅まで迎えに行ってみようと思った。

エプロンをはずしかけた時、チャイムが鳴った。

ドアを開けると笑顔のインスが立っていた。


                 

インスは、私の心配をよそに、部屋に入るなり、今、撮って来たばかりの写真の話しを始めた。

デジタルカメラの中には、咲き乱れた菖蒲の花が写っていた。

遅かった理由はこれだったのね・・・。

と、私は思った。


駅から、私の部屋まで来る途中にある公園は、毎年この時期、菖蒲の花を見に来る人々で賑わっていた。

私は、仕事が忙しくて、季節の移ろいにすっかり疎くなっている自分に気づいた。


「おなかすいたでしょう?ご飯にする?それともお風呂?」

インスが手料理とともに、暖かいお風呂を喜んでくれたことを私は憶えていた。

そんな私の問いかけにインスは、まるで夫婦みたいだと言って笑った。


「ご飯よりも、お風呂よりも君がほしい・・・と言ったら?」

そう言うとインスは、エプロン姿の私を抱き寄せた。


「ユキ・・・会いたかった。」

インスのキスを受けながら、あなたが望むなら・・・と、私は心の中で呟いた。


インスの腰に回した私の手に自然と力が入る。

そんな私を楽しむように、インスは、私の両頬を大きな手で包むと、「楽しみはあとで・・・」と言って、浴室に入って行った。


                 


インスは、私の作った料理をおいしいといって食べ、少しのお酒を飲んだあと、「ちょっと横になる・・・」と言って、ベッドに入った。


昨日一日仕事をして、今朝一番の便でソウルを発って来たインス。

話したいことはたくさんあるけれど、ゆっくり休ませてあげたい。

なるべく音を立てずに食事の後片付けをして、私は、インスが持ってきた韓国の雑誌をキッチンのテーブルに広げて読んでいた。


2冊の雑誌には、それぞれMのコンサートの好評が書かれ、照明効果を絶賛する文章と、インスの顔写真が載っていた。

雑誌の中の緊張したインスの表情がなんだかおかしくて・・・私はひとり笑いをしながら、そのページを見ていた。

外は、うっすらと日が暮れ、静かな夕闇が辺りを包み始めていた。


                   


「ユキ・・・?」

寝室から、インスの声がした。

「今、何時?」

私は、時計を見上げて答えた。


「ずいぶん眠ってしまったな・・・起こしてくれたらよかったのに・・・」

キッチンで水を飲みながら、インスが言った。

「疲れてるんじゃない?」

私の問いかけに答える代わりに、インスは、私の腕を取ると、寝室に引っ張って行った。


「疲れてなんかいないさ・・・」

そう言うと、インスはいきなり私をベッドに押し倒した。


両腕は、耳の横でインスの両手に捕らえられ、体全体はインスの重みで押さえつけられ、私は身動きできない状態になった。

「乱暴にするのはルール・・・」

違反だわ・・・そう言いかけた唇もインスによって、自由を奪われてしまった。


インスの右手は私のTシャツをくぐり、ブラを跳ね退けて乳房を掴んだ。

私は、わずかに自由が残っている足先をバタつかせて抵抗を試みた。

しかし、それも瞬時のことで、インスの舌の動きと指先の感触に、抗う力は息を潜めてしまった。


力を失った体から、ジーンズが離れ、下着が離れて行った。

「こう言う姿・・・妙に色っぽい」

Tシャツとブラは着けたままで、下半身だけが剥き出しになった私をインスは見下ろしながら、いたずらっぽく笑った。


                  


膝を割って今にも侵入してきそうなインス。

私は「待って・・・」と囁いた。


「待てない」

インスから即座に答えが返って来た。


「待って」

私は再び同じ言葉を囁いた。

「今日は、危険日なの・・・」


かつての恋人Kは、絶対に避妊具を使わない人だった。

「そういうことはさ・・・倫理感に反するんだよな。SEXは神聖な愛の行為だよ。たとえ薄いゴム1枚でも、ふたりの間に隔たりが生じるって事が嫌なんだよ・・・」

幸い私は、周期が狂うことのない体質だったので、カレンダーに「○印」をつけて、妊娠することを避けて来たのだった。


「危険日・・・?」

「着けて・・・そうでないと・・・できちゃう・・・」


インスにもやっと事態が理解できたようだった。


なのに、インスは一向に私から離れようとせず、「そんなもの、持っていない」と言った。

「それに・・・結婚するんだ。構わない」

「ダメよ・・・」


私は、そう言いながらも、強引に突き進むインスをもはや拒むことができなくなっていた。

インスの逞しい肉体は、冷静になろうとする私を押し流し、快楽の海に溺れさせた。


                  


「怒ってる?」

半身を起こしてインスが尋ねた。

「怒ってないわ・・・でも、今はまだ、その時期じゃないと思う・・・」

これは私の本心だった。


Mのコンサートで再会した頃から、インスは、頻繁に「結婚」と言う言葉を口にするようになった。

確かに、私にとってはうれしいことだったけれど、その前に考えねばならないことが山ほどあると思えた。


仕事のこと。

実家の父のこと。

結婚後の住いのこと。

ひとつひとつ超えて行くには、もう少し時間が必要だと思った。


                 


つかの間の逢瀬であることが解っていた私たちは、別れの朝まで、何度も体を重ねた。


「子供がほしい・・・。ユキと僕に似た子供」

これは僕の正直な気持ちだと、インスは私を抱き寄せるたびにそう言った。


「でも、ユキの気持ちも尊重しないといけないね」

インスの体から放出された愛の証は、私の中に注がれることなく、太腿や乳房、背中を濡らした。


「夜、ユキを残して、帰れない」

そう言って、早朝の便を選んだインス。


駅までの道、手を繋ぎながら見上げた朝月夜。

足元には紫の菖蒲の花。


どちらの美しさも・・・。


そしてそれを眺めるインスの横顔も・・・。


ずっと、憶えていたいと思った。


2009/05/01 08:08
テーマ:創作の部屋 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

創作の部屋~朝月夜~<29話>・・・【R】

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インスのハーフコートは、汚れたスカートだけでなく、泣き出したい私の心も、優しく隠してくれた。

背後から私の肩を抱くインスの手は、大きくて暖かかった。

インスの鼓動を背中に感じ、会いたくてたまらなかった思いが溢れ出しても、それを上手に言葉にすることができない。

ざわめくロビーで、私とインスのいる場所だけが、静寂に包まれていた。


「ユキ・・・来てくれたんだね」

内緒でコンサートに来たことを責めることもせず、インスは「ありがとう」と言った。

遠くから、インスを呼ぶ声が聞こえた。

「いつ来たの?」

「ソウルにはいつまでいられる?」

「ホテルはどこ?」

インスは、矢継ぎ早に私に問いかけた。


再び、インスを呼ぶ声が聞こえた。

「どうしてもはずせない打ち合わせがあるんだ。今夜中に必ず行くから・・・。ホテルの名前だけ言って。」

インスは、私が呟くように告げたホテルの名前を反芻すると、スタッフの輪の中に戻って行った。


タクシーを拾うまでの間、行きかう何人かの人は、不釣合いな男物のコートを着た私を横目で見ながら通り過ぎて行った。

私は、照れくささよりもむしろ、誇らしささえ感じていた。

インスの大きなコートは、インスの思いやりの表れだった。

そして、それを感じることができるのは私だけだと思ったからだ。


            
ホテルの部屋のハンガーに、インスのコートを掛けながら、あの親子のことを思った。

あの時は腹立たしくて、憤りさえ感じたが、今は、ふたりのおかげでインスに会えたのだと思えた。

春とは言っても、夕方になるとまだ寒さが戻ってくる。

私にコートを貸してしまったインスは寒い思いをしていないだろうか・・・と思った。


コンサートは「3days」・・・今日から、3日間続く。

今夜中に必ず行くから・・・と言ってくれたものの、打ち合わせが長引くことは充分予想できた。

インスがここに来るのは深夜になるかもしれない。

遅くなってしまったから・・・と、遠慮して来ないかもしれない。

それでも、部屋を空けている間にインスが来てしまったら・・・と思うと、夕食を食べに出て行く気にもなれず、私はふたり分のルームサ-ビスを注文した。


とにかくいつまでも汚れたスカートをはいているわけにはいかない。

着替え用にと思って持ってきたスカートに着替えよう。

その前に、シャワーを浴びて、お化粧を直してインスに会おうと思った。


全身に熱い湯を浴びながら、私はふと思った。

インスが来る前に入浴を済ませていたら、妙な誤解を招くことにならないかしらと。

まるで何かを期待しているような・・・。

そんな風に思われたら困る・・・と思いながらも、シャワーのお湯で、髪の毛はすっかり濡れてしまっていた。

今更考えても、もう遅い。

私はもう一度シャワーの湯を全開にした。


バスローブを羽織って、浴室から出ると部屋のチャイムが鳴った。

早くもルームサービスが届いたのだと、インターフォンを取ると、小さな画面にホテルのユニフォームを着た人が映った。

バスローブ姿でドアを開けるわけにも行かず、私はお礼を言うと、今の状況を話し、部屋の前に置いてくださいと告げた。


客室係のボーイが立ち去る気配を確認してから、ワゴンが入る分だけドアを開けた。

ふたり分の夕食が乗せられたワゴンは以外に重く、簡単に引き寄せることは難しかった。

不意に何かの力が加わって、ワゴンが軽くなった。

開けたドアの裏側にインスが立っていたことに私はまったく気付かなかった。


            
ワゴンと一緒に部屋に入って来たインスは、私の顔を見ると「準備万端だね」と言った。

私は、バスローブの胸元を引き寄せながら、「そういう意味では・・・」と言葉に詰まった。

「僕の夕食まで用意して待っていてくれたんだ、と思って」

インスの言葉に勝手に、想像を膨らませている自分が恥ずかしくなって、私はさらに言葉に詰まった。

インスは、私を引き寄せると、「もちろん、もうひとつの準備も・・・」と、耳元で囁いた。


私はすべてをインスに見透かされているような気がして、取り繕うようにインスに食事をすすめた。

「いや、先にシャワーを浴びる。食事はそれから」

そう言うとインスは、バスルームに入って行った。


インスがこんなに早く、来るとは思ってもいなかった。

どんな理由を言って、仕事仲間と別れてきたのだろう。

とにかく、こんな下着も着けていない格好で食事をするわけにもいかないと思い、私は部屋着に着替え、インスがバスルームから出てくるのを待っていた。


すると、また、インターフォンが鳴った。

「ご主人に頼まれたものをお持ちしました」

ドアを開けると、バスローブとよく冷えたワインを持って、先ほどのボーイが立っていた。

隣には、白いエプロン姿の女性が毛布と枕を抱えていた。

「それでは、ごゆっくり・・・」と、言うとふたりは一礼して去って行った。


腰にバスタオルを一枚巻いただけのインスに、私は届いたばかりのバスローブを手渡した。

洗い髪から雫り落ちた水滴が、インスの肩や胸できらきらと輝いていた。


「家出した妻が見つかったって、言ったんだ」と、バスローブを受け取ると、インスは笑いながら言った。

ボーイが「ご主人」と言った意味が解った。

「ついでに広い部屋を用意しろと言ったのに、今日は満室だと断られた。毛布と枕を持って来たってことは、ソファで寝ろと言うことか?」

インスは、届いた毛布と枕を見ながら言った。


             

セミダブルのベッドでは、狭くて一緒には寝られないわ・・・。

明日も同じ服装でコンサート会場へ行くのは変よ・・・。

自宅で眠った方が疲れが取れると思うけど・・・。

用意したいくつかのセリフは、ワインのボトルが空になる頃にはどこかに消え去ってしまった。


ずっと一緒にいたい。

インスがこの部屋に入って来た時から、口には出さなくても、私たちは互いにそう思い続けていた。


会えなかった時を埋めるかのように、私たちは何度もキスをした。

口の中に流れ込むインスの唾液は、ワインよりも私を酔わせ、七色の光りを操った指先は、私を痺れさせた。

首筋を這う熱い吐息。

絡み合う足。

乳房を走る血管が、インスの手の中でドクドクと脈打っていた。


体の奥深いところにインスを感じ、私は愛する人に抱かれる喜びに浸っていた。

「このままずっと、繋がっていようか?」

動きを止めてインスがつぶやいた。

「終わってしまうのが、もったいない」

インスは私に頬を寄せて笑った。


しかし、インスの体重を支えることに私は耐えられず、思わず腰を浮かせた。

「ユキ・・・」

少しの動きが、刺激となって、インスは私をきつく抱きしめると、小さなうめき声を発した。


            


心地よいまどろみの中から目を覚ますと、私は、カーテンの隙間から、うっすらと明るくなったソウルの街を見下ろした。

背後からは、インスの規則正しい寝息が聞こえた。


あと、数時間後には、この部屋からインスを見送り、私もソウルを離れなければならない。

上空には、朝月夜がかすかにその姿を見せていた。


私は、つかの間の幸せを惜しむように再び、インスの横に滑り込んだ。



2009/04/16 22:07
テーマ:創作の部屋 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

創作の部屋~朝月夜~<28話>

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ソウルのホテルから、私はAに電話をかけて、無事に到着したことを知らせた。

コンサートチケットだけでなく、飛行機のチケット、ホテルの予約、すべてAが手配してくれた。

私は、改めてAに礼を言った。


「飛行機は夜の便しか取れなかったけど、ホテルはまあまあでしょ?」

「とても素敵なホテルよ。部屋もきれいだし・・・」と、私は感じたままを言った。


社長に嫌味を言われながら、もらった3日間の休暇。

休みの間の私の仕事は、Aが引き受けてくれることになっていた。


「何から何までお世話になった上に仕事まで・・・」と言いかけた私に、Aは、「仕事のことは気にしなくていいから」と言った。

「たった3日間じゃないの。おいしいもの食べて、コンサートを楽しんでらっしゃい。ひとり・・・って言うのがちょっと淋しいけどね。だからと言って、変な男に着いて行くんじゃないわよ」と言って、笑った。

おみやげを買って帰る約束をし、私は電話を切った。


                


部屋のカーテンを開けると、月明かりに照らされた漢江が見えた。

この街のどこかにインスがいる。

そう思っただけで胸が高鳴った。


ひとりでソウルの街に出る気にもなれず、ホテルのレストランで夕食を済ますと、私は、早々に部屋に戻った。

このところ、日帰りの出張が多く、睡眠不足が続いていた。

今夜はゆっくり休もう・・・そう思ってバスルームに向かおうとした時、携帯が鳴った。


インスだった・・・。

「ユキ・・・いよいよ明日だよ。興奮して今夜は眠れそうにない」

コンサートを明日に控えて、緊張している様子が伝わって来た。


「本当は、ユキに見に来てほしかったんだ。でも、仕事が忙しいと言っていたし・・・。」

そうだった・・・。

一度だけインスは、「ユキも来ないか?」と私を誘ったのだった。


Aに頼むまでもなく、インスに「私も行きたい」とひと言言ったら。

インスは、チケットを手に入れる為にできる限りの努力をしてくれたはずだ。

それが解っていたから。

私は、仕事が忙しくて行かれないと言った。


インスには、仕事以外のことに時間を割いてほしくなかった。

すべての神経をコンサートに集中させて、仕事に没頭してほしいと思った。


「この仕事が終わったら、すぐにユキに会いに行くから・・・。

こうしている今も、たまらなくユキに会いたい・・・。」

インスの言葉に、内緒でソウルに来た後ろめたさが一気に私に襲いかかった。


ソウルにいるんだと・・・。

あなたのすぐ近くにいるんだと・・・。

言ってしまいたい衝動に駆られるのを私は必死に耐えた。

今、それを言ってしまったら、インスの張りつめた糸を私の手で、切ることになってしまうと思ったからだ。


インスを慕う心は、今すぐにでもインスの元に走って行きたがっていた。

そんな気持ちを抑えて、「成功を祈っています」とだけ、私は言った。


                


会場に入り座席に座ったとたん、この席のチケットがキャンセルになった理由がわかった。

目の前には、撮影用の機材と、音響の装置が置かれ、ステージへの視界を遮っていた。


おそらく、その中にはインスが操作する照明の機器も含まれているのだろう。

この座席を最初に手に入れた人は、Mの姿を見ることができないと判断して、チケットを手放したに違いない。


すでに、機材の側では、数人のスタッフらしき人物が、忙しそうに動き回り準備を始めていた。

あの中にインスもいるのだろうか・・・。

私の座席からそれを確認することはできなかった。


                


黄色は、優しい春の日差し。

緑は、どこまでも続く初夏の草原。

赤は、田畑に映える夕焼け。

青は、凍てつく海を渡る風。

インスの指先から放たれた光は、四季折々の色を感じ、香りさえ伴っているような気がした。


光の魔術師は、観客を宇宙へと誘い、頭上に無数の星を描いた。

灼熱の太陽の陽を浴びせ、銀色の雪を降らせた。


躍動感溢れるMの歌声と、インスの作り出す光りの束が交じり合って奏でるメロディーが会場を包んだ。

鳴り止まない拍手を聞きながら、私はインスの才能に酔いしれていた。


このまましばらく、この場所で余韻に浸っていたいと思った。

しかし、そういうわけにもいかず、コンサート終了のアナウンスと、係員に促されて、私はようやく席を立った。


ロビーに出ると、そこは、M関連のグッズを買い求める人たちで、混雑していた。

人混みをかき分けて、出口を目指す気にもなれず、私は化粧室へと向かった。

けれど、そこにも長蛇の列ができていた。


あきらめて、出口に向かおうとした私は、思わぬ人と出会った。

「ユキさん!」と呼び止められて、振り返ると見覚えのある男性が、右手を上げて立っていた。

インスの会社のO社長だった。


                 


「いやあ、こんなところでユキさんに会うなんて。驚いたなあ」

O氏は、本当に驚いた様子だった。

「インスには会いましたか?」と尋ねられ、私はいいえ・・・と答えた。

「インスに呼ばれて来たんでしょう?インスの所に案内しましょうか?」と、O氏は言った。

私は、黙って首を振った。


その時、ロビーの片隅で、カメラのフラッシュが光った。

「ああ、あそこに・・・いますね。」

O氏が指差した方を見ると、ひとかたまりの人の輪の中にインスがいた。


「ありがたいことにマスコミが、照明監督に注目してくれてね・・・取材やら何やらで・・・」

O氏の言葉は耳に入らず、「急ぎますので・・・」と言葉を残して、私はO氏に背を向けた。


背中に私を呼ぶO氏の声を聞きながら、私はもう一度インスのいる方を見た。

一瞬、インスと目が合ったような気がした。


私は、慌てて視線をそらすと、バックの中のサングラスを探した。

こんな時に限って、バックの中にあるはずのサングラスが見つからない。


グッズをたくさん買い込んだ女性が、すれ違い様に私の肩に触れた。

バックが床に落ちて、中身が散らばった。

女性は、ちらりと床に視線を落としただけで、何事もなかったかのように、別のグッズ売り場に向かって走って行った。


                


散らばったものを拾い集め、立ち上がった時、ものすごい勢いで、小さな男の子が、私に突進して来た。

ひんやりとした感触を下半身に感じ、見下ろすと私の白いスカートがオレンジ色に染まっていた。


反動で仰向けに倒れた男の子は、オレンジ色に染まったスカートと、空になった紙コップを見比べて、いきなり大きな声で泣き出した。

私は、男の子に駆け寄ると、「大丈夫だから」と声をかけた。


男の子は泣き止むどころか、ますます大きな声で泣き叫び、行き交う人たちは、被害者であるはずの私を加害者であるかのように一瞥して、通り過ぎて行った。

泣きたいのは私の方なのに・・・と、思った時、母親らしき人が現れて、激しい口調で男の子を叱った。

泣き声はさらに大きくなり、周りの視線が私たち三人に集中しているのを感じた。


母親は、「これで、文句はないでしょう」と言いたげな表情で、私の上着のポケットに紙幣をねじ込むと、子供の手を引いて足早に去って行った。

足元に落ちたサングラスを拾い上げると、柄の部分が歪んでいた。


                 


謝りもせずに去っていった女性。

泣き叫ぶ子供。

激昂する母。

汚れたスカート。

歪んだサングラス。

インスの姿を盗み見るようなことをした行為に対する罰のように思えた。


自分の心に素直になるべきだった。

会いたくて、会いたくてたまらないのは、インスよりも私の方だったのだ。


早くここを出よう。

O氏は、私と会ったことをインスに話しているかもしれない。

こんな姿をインスに見られたくなかった。


後悔に押しつぶされそうになった時、肩にふわりと何かが乗せられた気配がした。

「ユキ・・・」

耳元でインスの声がした。

肩にかけられたコートからは、懐かしいインスの香りがした。





2009/04/05 09:39
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創作の部屋~朝月夜~<27話>

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インスと出会い、会津で数日間を過ごしてから、すでにふた月近くの日々が過ぎ、季節は冬から春になった。

その間、インスは私に何度も電話をかけてきては、会いに行けないことを詫びた。


日本とNYとの時差も忘れて、熱く語るインスの口ぶりからは、Mのコンサートの熱気が伝わって来た。

そして、今回の仕事に賭けるインスの情熱も。


世の中の女性の多くは、「私と仕事とどっちが大事?」などといったセリフを恋人に投げかける時があるのだろう。


男は、困惑の表情を浮かべながら、・・・それでも、そんな恋人が愛しくて。

「もちろん、君だよ」と答えるのだろうか。

想像の世界でしか、思い浮かべることのできない光景を思った。


             



かつて心から愛したKにさえ、私はそのようなことを言ったことがなかった。


絶好のシャッターチャンスを逃すまいと、日本全国を駆け回っていたK。

私の誕生日も、ふたりの記念日も何度もキャンセルになった。


それでも、自ら作り出した「作品」について語るKの輝く瞳を見ることは、私にとって、何よりも代え難い幸せだった。


インスに対しても、その思いは変わらなかった。


離婚も、仕事も私のことは念頭に置かず、自分なりの方法で、満足の行く結論を出してほしいと願っていた。


インスに会いたいと言う気持ちは、いつも心のどこかに感じていた。

しかし、そんな思いに囚われることなく、比較的穏やかに今日まで来れたことは、私も、仕事に忙殺された日々を送っていたからかもしれない。


インスは、本番に向けて、今日も精力的に仕事をこなしているだろうか。

通勤途中の五分咲きになった桜の木を見上げて、ソウルのインスを思った。


              


春とは言っても一番乗りしたオフィスは、ひんやりとした空気が漂っていた。

私は空調のスイッチを入れ、給湯室でお湯を沸かし、コーヒーを淹れ、同僚のAの机の上に置かれた韓国の雑誌を手に取った。


社長が出勤してきたら、又、慌しい一日が始まる。

誰もいない静かなオフィスの朝のひと時が私は好きだった。


ハングルで埋め尽くされた雑誌は財界誌であったが、巻頭のページには、先ごろ来日した韓国人俳優の笑顔が掲載されていた。


韓国の情勢。

韓国の景気と株価。

政治家の活動。


取り立てて、興味を惹かれる記事もないまま、ページをめくっていくうちに、私の目は釘付けになった。


「新風」と題されたそのコラムは、多方面で活躍する成長著しい人物を取り上げたものだった。


「光の魔術師」と言う、サブタイトルの下にインスのはにかむような笑顔があった。


                



米国の歌手Mを迎えてのコンサートに挑む意気込みが、インタビュー形式で掲載されていた。


インスが手掛けようとしている仕事は、私の想像をはるかに超えた大規模なものだった。

関係者がインスに寄せる期待も、Mの訪韓を待っているファンの期待も、とてつもなく大きなものであることを初めて知った。


突如として、私の心の中にMのコンサートを見たいという欲望が湧いた。


Mの歌が聴きたくなったわけではない。


インスの手から紡ぎ出される「光」を見たい・・・と、思った。


                


「朝から、何を熱心に読んでるの?」

出勤して来た同僚のAが、私の肩越しに雑誌を覗き込んだ。


「ねえ!これ行きたい!」

「どうしたら行ける?」

私は、コラムのページの左下の囲みを指で叩いてAに問いかけた。


そこには、Mのコンサートの日程と会場名が記されていた。


「え~っ、今からじゃ無理よ。チケットの発売始まってるし・・・。Mでしょう?完売しちゃってると思うな・・・」

芸能通のAは、韓国で開催されるMのコンサートが、注目されていることを知っていた。


「キャンセルとか・・・あるでしょ!」

「お願い!何とかして・・・」

困った様子のAに向かって、私は尚も頼み続けた。



2009/03/24 09:19
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創作の部屋~朝月夜~<26話>

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☆BGMが重なって聞こえる方は、ブロコリブログの最初のページから、お入りください。


                


ソウルから車で3時間ほどの所にあるリゾート地は、スキー客で賑わっていた。

ゲレンデに特設されたステージが、コンサート会場となる。


照明担当のスタッフは、僕の他に2名いたが、いずれも経験が浅く、社長のO氏は不安を感じていたのだろう。

予定より1日早く到着した僕の姿を見て、社長は「明日でよかったのに・・・」と言ったが、内心安堵したような表情を浮かべた。


思えば、ユキと出会えたことも、社長のおかげと言ってもよかった。

体調を崩した僕の世話を、ユキに頼んだのは社長だったのだから。


毎日違うアーチストが出演して、1週間、コンサートは続く。

スキーだけでなく、コンサートを楽しみに訪れる人も多く、照明効果も綿密な計画を立てる必要があった。


ユキに会いたい・・・などと、甘いことは言っていられない、僕は自分自身に言い聞かせた。

それでも、コンサートが終わった後の凍てつく夜空を見上げては、「愛しています」と言ってくれたユキの顔を夜毎、思い出していた。


                 


すべての日程を終えて、ソウルに帰る日、僕の心は、納得のいく仕事を成し遂げた満足感に満ちていた。

自宅に戻った時は、深夜になっていた。


テーブルの上に、「あとのものは、自由に処分してください」と書かれたスジョンからのメモがあった。

室内から、大きな道具類が運び出された気配はなく、スジョンはわずかな身の回りの品だけを持って行ったのだ、と言うことが解った。


今は、残された物をどう処分するか、そこまで思いを回らせる気にはなれなかった。

僕は、着替えることよりも、シャワーを浴びることよりも先に、ユキの声が聞きたかった。


「はい・・・神門です」と言うユキの声が、とても懐かしく思えて、僕は名乗ることも忘れてしまった。

「ユキ・・・?」

僕の問いかけに「あ・・・っ」と小さくつぶやくユキの驚きの声が聞こえた。


「今、帰った・・・」

「地方でコンサートがあって・・・」

「どうしても今夜のうちに・・・」

「ユキの声が聞きたくて・・・」

「ずっと、連絡せずにいたこと・・・」

「離婚・・・決まった」

脈絡のない言葉が次々と口をついて出た。


ユキは「そう・・・」とひと言、言った。

互いの様子を気遣う言葉を交わしたあと、「ユキに会いたい・・・」と僕は言った。

「私も同じ気持ちです」

と、言ってくれたユキの言葉に心が揺れた。


「でも・・・しばらく行かれそうにない」

「今度の仕事・・・長くかかりそうなんだ・・・」

仕事なんか放り出して、本当は今すぐ、ユキに会いに行きたいんだ・・・と言う、本心を隠して、僕は言った。


いっそのこと、ユキが「待てない。今すぐ来て」と、言ってくれたら・・・との思いが、一瞬、僕の脳裏をよぎった。

「私のことは気にしないで・・・。私は大丈夫だから・・・」

ユキらしい言葉が返ってきたことで、さらにユキへの思いが募った。


僕は、「仕事が片付いたら、必ず会いに行く」と約束して電話を切った。


                 


リゾート地でのコンサートが終了した日、僕は社長に呼ばれて、次の仕事の指示を受けていたのだ。

海外からのアーチストを迎えての大仕事だった。


先輩の照明監督が受けるはずの仕事だったが、足を骨折して入院してしまったと言う。

「まったく・・・この大事な時に、あいつは何をしているんだ」

社長が、吐き捨てるように言い、「お前は大丈夫だよな」とでも言いたげな顔で僕を見た。


数日後、ソウル市内の病院に入院している先輩を訪ねると、「迷惑かけて、すまない」と、先輩は僕に向かって頭を下げた。

想像以上に元気な先輩を見て、僕は「何とかなりませんか?」と聞いてみた。


「腕だったらなあ・・・こうして肩から吊って、動くこともできるが、足だからなあ」と、先輩は、自分の右腕を肘から折り、同時に大腿部から装着されたギブスの上から、足を摩った。

「自信がないのか・・・?」と、先輩に聞かれた。

確かに社長から依頼された今度の仕事は、リゾート地のコンサートとは比べものにならないほどの技術と緊張を要する仕事だった。

韓国でも有名な劇場に、アメリカの大物歌手Mを招いてのコンサートだ。

失敗は絶対に許されない。

しかし、僕が躊躇している理由は別のところにあった。


                 

「まずは、NYに行って、Mのステージを見て来い。作戦はそれからだ」と、意気込んだ様子で社長は言った。

つまり、直ちに渡米して、現地に数日間滞在し、Mのステージをじっくり観察して来いということだ。

「帰国したら、すぐに企画会議を始めよう。忙しくなるぞ」社長はそう言って、「よろしく!」と、僕の肩を叩いた。


日本に行けない・・・。

ユキに会えない・・・。

迷っている理由はそこにあった。


ベッドの脇に立ち尽くしている僕を見上げて、先輩は、「チャンスを生かせ!」と言った。

「この仕事が成功したら、大きく評価される」

「照明監督として、世の中に名前を知ってもらえるチャンスなんだぞ」と、言われた。


病院を出るとすっかり日が暮れていた。

「お前なら、できるよ。俺の分まで頑張ってくれ」

先輩の言葉が耳元で聞こえた。


社長はまだ、会社にいるだろうか・・・。

僕は、渡米の意思を伝えるために、会社に向かって車を走らせた。


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