2009/08/02 12:50
テーマ:創作の部屋 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

創作の部屋~朝月夜~<40話>

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あてもなく、僕は東京の街を彷徨い歩いた。

景色を作り出す色も光も音も、何も目に入らず、聞こえず・・・。

それでも僕は歩き続けた。


言葉の壁に行き当たっては、ユキに依存していた恋愛に対する姿勢を思い知らされた。

日本語を覚えよう・・・そんな初歩的な努力も怠っていたことを後悔した。


ユキの行動力の素早さは、別れの決心の深さを物語っていた。

愛しているなら我慢もし、耐えて待っていてくれるだろうと言う考えは、僕の身勝手な傲慢であったのだと気がついた。


今、僕自身の中に存在する全ての「誠意」を掻き集めても、ユキの心を動かすだけの力はないように思えた。

僕は自分の不甲斐なさを背負い、ソウル行きの最終便に乗った。


                


眠れない夜を過ごしても、必ず朝はやって来る。

ソファの上には脱ぎ捨てた洋服。

テーブルには琥珀色の液体が入ったグラス。

放り出された携帯電話。


頭の奥がずきずきと痛む。

いつの間にか眠ってしまったのだと気づいた。


水を飲むために冷蔵庫の扉を開けた。

しおれたレタス。

熟れ過ぎたトマト。

賞味期限切れのパックに入った惣菜。

飲み残しの牛乳。


それらを処分し、溜まった洗濯物を片付けた。

散らばった新聞や雑誌を集め、水気を失った観葉植物に水をやった。

日常の仕事に没頭することで、東京で見てきた「現実」を忘れられそうな気がした。


                


夕暮れ時になって、今夜飲むための酒とひとり分の食材を求めて街に出た。

背中を叩かれ、振り返ると見知らぬ女が笑みを浮かべて立っていた。


反応のない僕に「私って印象薄いのかなあ?」と女が言った。

女は、これでも解らない?と言いたげに、目の前で水割りを作る仕草をした。

そこで初めて、数日前ふらりと入った店の・・・名前も憶えていないが・・・あの時のショートカットの女だと思い出した。


「ひとり・・・だよね?」

女は馴れ馴れしく僕の腕を取ると、上目づかいで僕を見上げ、「一緒に行かない?」と言った。

いわゆる同伴出勤というヤツだろうと僕は思った。


「悪いが、今日はそういう気分じゃないんだ」

「う~ん、そうなんだ・・・・残念」

言葉とは裏腹に女は掴んだ腕を緩める気配がないままに、「じゃあ、コーヒー・・・!コーヒーならいいよね?」と、強引に近くのカフェに僕を引っ張って行った。


                 


先週観た映画のこと。

店のマスターが女好きであること。

同僚の女の子が最近、恋人と別れたこと。

前から欲しかった洋服をやっと手に入れることができたことなど、僕に関係のないことを女は一人で喋り続けた。


僕は、「ああ・・・」とか、「うん・・・」とか適当に相槌を打つだけだった。

意見を聞くわけでもなく、同意を求めるわけでもない一方通行の女との会話は、煩わしさよりも、むしろ僕をリラックスさせた。


「結婚してるの?」

「恋人いる?」

「お仕事は何?」

などと、矢継ぎ早に質問されたら、1分もしないうちに僕は席を離れていただろう。


喋り尽くした女は、僕の左腕の時計を覗き込むと「いけない!時間だわ!」と、言いながら立ち上がった。

バックの中からおもむろに財布を取り出すと、紙幣をカップの下に挟み込んだ。


「いいよ、僕が払う」

「いいの、いいの。私が誘ったんだから。その代わり、近いうちに店の方に顔を出して」

「憶えてないんだ。店の場所」

おおよその見当はつくが定かではなかった。


「えっ~憶えてないの?」

女は不満そうな表情で、またバックを開けると名刺を取り出した。


「この間、タクシーに乗る時、おじさんの上着のポケットに入れたんだけど・・・」

「おじさん・・・?」

「だってぇ・・・名前知らないもん」

確かに女の言うとおり、僕たちは名乗り合う間柄ではなかった。


「今度、会ったら教えて」

女は名刺ケースをバックに放り込むと、再び僕の腕時計に目をやり、「遅刻しちゃう~!」と叫んだ。


「ウチのマスター、女にはルーズなくせに時間には厳しいの」

聞き耳を立てている者は誰ひとりいないのに、女は僕の耳元に小声で囁くと、「じゃあね!」と言って、軽やかな足取りでカフェの外に出て行った。


                


『 洋風居酒屋 「再会」 マリー 』

店名と女の名前と、その下に店の電話番号が印刷されただけの地味な名刺を手に取った。

もう一度あの店に行く気はなかった。


マリーか・・・。

偶然が重ならない限り、君との「再会」はないだろうなと、僕は心の中で呟いた。

そして、ユキとの再会は、さらに困難な気がした。


マリーが置いて行った名刺をソーサーの下に忍ばせて、僕はカフェを出た。


               


翌日、僕は久しぶりにスジョンを見舞った。

玄関に現れたスジョンの母が、奥にいるスジョンを呼んだ。


エプロン姿のスジョンはとても元気そうに見えた。

口数は少なかったが、時折笑顔さえ見せるスジョンを見て、僕は安心した。


心の傷は癒えたのか・・・?

もう、大丈夫なのか・・・?

尋ねたい気持ちを抑えて、他愛のない世間話だけをして、スジョンの家を後にした。


夜半、電話の音で目が覚めた。

電話が鳴るたびに、ユキからでは・・・と期待する僕がいた。


声の主はスジョンの母だった。

「スジョンが・・・スジョンが亡くなったの」

取り乱したスジョンの母の声に、僕の体は一瞬にして凍りついた。

 


2009/07/22 11:15
テーマ:創作の部屋 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

創作の部屋~朝月夜~<39話>

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にぎやかな通りから脇道に逸れた所で、僕はタクシーを降りた。

10段にも満たない短い階段を降りて行く。

ワインレッドの扉に、「再会」と書かれた安っぽい木製のネームプレートが掛けてあった。

ラテン系の音楽が低く流れる店内は、タバコの煙と客の笑い声に満ちていた。


場違いな所へ来てしまったか・・・一瞬、そう思ったが、店を変えるのも面倒な気がした。

客の多くはカップルだった。

視界の端に、女の肩を抱く中年男の姿が入った。

ますます、場違いな所に来てしまったとの思いが募った。


入り口近くのカウンター席に着いたとたん、ショートカットの若い女がメニューを持って現れた。

目の前に広げられたメニューには、食欲をそそるようなものは何ひとつなかった。

「バーボン・・・ボトルで」

酒だけ頼んで、早々にメニューを閉じた。


「他には何か・・・?」

ショートカットの女が言った。

僕は黙って首を振った。


すぐにアイスペールに入った山盛りの氷と、バーボンのボトルが運ばれて来た。

カウンター越しにウェイターが磨きぬかれたグラスを差し出した。

「私も一杯いただきま~す」

ショートカットの女は、ウェイターに自分の分のグラスを催促すると、手際よくバーボンを注いだ。


女が飲んだ分は、そのまま店の売り上げに繋がるのだろう。

そんなことはどうでもよかったが、付き合わされるのはごめんだった。


「乾杯~!」

満面の笑みでグラスを寄せてきた女に、「ひとりにしてくれないか」と、僕は言った。

女は拍子抜けしたような表情で、別のテーブルに移って行った。


                 



ユキから突然別れを突きつけられたことに、僕は苛立っていた。

自分勝手な言い分とも言えるような言葉を並べ立てたユキに・・・。

腹立たしい思いを抱えたまま、ユキの言葉を聞いているだけだった自分に・・・。


そして何より、子供を失って、心身ともに傷付いているであろうユキに、いたわりの言葉ひとつかけてやれなかった自分の心の狭さに・・・。


ボトルの酒が半分ほどになっても、頭は冴え渡っていた。

酔いたくても酔えない状態に気付いて、これ以上ここにいるのは、時間の無駄のような気がしてきた。


酔っているつもりはまったくなかったのに、イスから立ち上がる時、足元が少しふらついた。

いつの間にか近くにいたショートカットの女が、素早く駆け寄り、僕を支えた。

女は、店のドアを開けながら、「タクシーを拾うところまで一緒に行こうか?」と、言った。


女の申し出を断わって、短い階段を上った。

あと1段という所で、再び足がもつれた。

「だから、送るって言ったのに」

「他人の好意は、素直に受けるものよ・・・」と言いながら、女は腕を絡めて来た。


待つほどのこともなくタクシーが近づいて来て、止まった。

後部座席に沈む僕の上着のポケットに、名刺を差し込むと、女はにこやかに「またね」と言って、手を振った。


                



携帯電話の着信音で目が覚めた。

ユキか・・・?

「昨日はごめんなさい」と、言いたくて、ユキが電話をして来たに違いない。


僕は、ベッドから飛び起きた。

ソファの上に脱ぎ捨てた上着のポケットから、携帯電話を抜き取った。

「キム監督・・・?釜山の現場がトラブってる。朝から悪いけど・・・」


「運命」と言う言葉が、頭をかすめた。

昨夜、タクシーの中で、すぐにでも日本に行こうと決めたばかりだった。


ユキと僕の間に立ちはだかるもの。

それらは全て第3者の手によって、故意に作り上げられたものではなく、偶然がもたらしたものなのだ。

解っているからこそ、「運命」を感じずにはいられなかった。


添うことができない運命だとしたら、それに逆らって果たしてユキを幸せにできるんだろうか。

ふたりにとって、今は「運命」を静観するべき時期なのだろうか。


いや、「運命」などというものは自ら切り開くべきものでなければならないはずだ。

様々な思いが交錯する中、釜山に向けて僕は車を走らせた。


                



翌々日、釜山の仕事を片付けたことを社長に報告し、3日間の休暇の許可をもらい、成田行きの飛行機に飛び乗った。


釜山に向かう車中からも、釜山の現場に着いてからも。

昨日も、今日も、僕は、ユキに電話をかけ続けた。

しかし、虚しい発信音が響くだけで、ユキの声を聞くことはできなかった。


電話で話していたって埒が明かない気がした。

一刻も早くユキに会い、やさしく抱きしめて「何も心配するな」と言ってやりたかった。

ユキを失いたくないのなら、そうするべきだと僕は思った。


ユキの住む部屋を訪れるのは3度目、迷うことなくたどり着けた。

ユキはきっと驚いた顔をして僕を迎えるだろう。

最初のひと言は何と言おうか・・・?

はやる気持ちを抑えつつ僕は、チャイムを鳴らした。


1回・・・2回・・・留守なのだろうか・・・。

3回目は拳でノックしてみた。

4回目は少し強く・・・だが、ユキの出てくる気配はなかった。


               



隣の住人に尋ねてみたくても、日本語が解らない。

僕は1階に降りるために、再びエレベーターに乗った。

おそらく、エレベーター脇の小さな部屋が、管理人室だろうと思ったからだ。


小さなガラス戸越しに中を覗いた。

管理人らしき初老の男が、新聞を広げている姿が見えた。

ガラス戸を叩き、韓国語で挨拶をした。


僕が日本人でないと解ると、管理人はあからさまに不信感を募らせた視線を僕に向けた。

僕は手帳に、ユキの部屋番号と名前を書いて管理人に差し出した。

一応は目を通したが、管理人は「ダメだ」と言いたげに大げさな身振りで顔の前で手を振った。


「ユキニアイニキマシタ。オネガイシマス」

思いつく日本語はそれくらいだった。

管理人がひと言ふた言何かを言ったが、僕にはまったく理解できなかった。


ガラス戸を閉めようとする管理人を制して、僕は頭を下げながら、同じ言葉を繰り返した。

管理人はため息をつくと、引き出しから鍵の束を取り出し、僕に先立ってエレベーターに乗った。


ユキの部屋の前で、僕を振り返り、無言で鍵穴に鍵を差し込んだ。

静まり返った室内には、ユキの姿どころか、家具の一切が姿を消していた。


                  



どこへ行った・・・?

思いつくのは、父の元・・・実家しかなかった。


以前、ユキから手渡されたユキの名刺を取り出してみたが、実家の住所が書いてあるはずもなかった。

とりあえず、そこに記されているユキの勤務先に電話をかけてみた。


電話はすぐに繋がったが、理解できないテープの声が聞こえて来るだけだった。

携帯していたポケット版の地図を頼りに、ユキの会社が入っているビルを探し当てた。

だが、そこでも僕はユキには会えなかった。


雑居ビルのワンフロアは改装中で、内装工事を請け負った作業員が忙しそうに動き回っていた。

詳しいことを聞けるだけの言葉を持たない僕は、作業員のひとりにユキの名刺を差し出し、会社名を指差した。

滴る汗を拭いながら、作業員は「CLOSE!CLOSE!」と言いながら、指を交差させ、×印を作って見せた。


これで、ユキとの連絡方法は見つからなくなった。

「別れる」と言うユキの決心は本物だったのだと、思い知らされた気がした。











 


2009/07/13 17:19
テーマ:創作の部屋 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

創作の部屋~朝月夜~<38話>

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「だめになった・・・?だめになったって、どういうことだ?」

「だから・・・今、言ったとおり・・・」

ユキの声は今にも消え入りそうだった。


「体に気をつけろって、何度も言ったはずなのに・・・」

「ごめんなさい・・・」

「謝って済むこことか?原因は何なんだ?」

「解りません・・・」


「解りません?お父さんの看病で無理をしたのか?それとも仕事・・・」

僕の言葉を遮るように、ユキは再び「解りません」と、言った。


               

その日、僕はL.A.から、帰国したばかりだった。

着替えよりもまず、ユキの声が聞きたかった。

約束の日に日本に行かれなかったこと、そして、L.A.滞在中、一度も電話できなかったことを詫びようと思っていた。


新人スタッフの些細なミスで、照明装置が故障してしまった。

現地での修理は不可能だった。

急遽、ソウルから照明装置を移送することになり、僕は同行を命じられた。


ソウルで行なわれたMのコンサートの照明技術が評価され、オファーを受けたコンサートの仕事だった。

僕は、ソウルでの仕事が入っていたので、他のスタッフが責任者としてL.A.に行っていた。

現地のエージェントは、無責任だと怒りを僕にぶつけた。

結局、コンサート終了まで、僕がL.A.に滞在すると言う約束で、その場は収まった。


コンサートの全日程は5日間。

終了後は、機材の搬出、移送、残務整理。

滞在期間は20日余りを要した。


その20日の間に僕たちの子供がだめになった・・・。

にわかに信じ難い事実に、僕は唖然とした。


                 

さらに追い討ちをかけるように、ユキはまたも信じられない言葉を口にした。

「私たち、もう、会わない方がいいと思います」


子供を失って、ユキは動転しているのだと僕は思った。

「何か・・・違うと思うの」

「違うって、何が?」

答える口調が、つい荒くなってしまう。


「一緒になるには、障害が多すぎて・・・」

「そんなこと、最初から解っていたことじゃないか。ふたりで、ひとつひとつクリアして行けばいい」

「自信がないんです」

「とにかく、電話で話すようなことじゃない。会って話そう。近いうちに、必ず、行くから」


「あの時、来てほしかった・・・」

「子供が、だめになったのは僕のせいだって言うのか?僕の無責任さが災いしたって・・・そう思っているのか?」

「そうだと言ったら、私のことは忘れてくれますか?」


「ユキ・・・本気なのか?」

「年老いた父をひとり残して、私は韓国へは行けません。あなたは、全てを捨てて、私の元に来られますか?」

「ユキが望むなら、そうしてもいい」


「きっと、後悔するわ」

「後悔なんかしない」

「私が後悔する・・・あなたから、仕事を取り上げたら、一生そのことを悔やみながら生きていくことになるわ」


確かにユキの言うとおり、僕から、仕事を取ったら、何が残るだろう。

他に取得もないし、やりたいこともない。

しかし、ユキを失うくらいなら、生きがいともいえる仕事さえ捨てても構わないと僕は思った。


                 

「ユキ・・・冷静になって考えてくれ。焦って結論を出す必要はないだろう?」

「十分、考えた末のことです」

「僕たちが愛し合った数ヶ月を、ユキはたった数日で片付けるのか?」


「この20日間は、私にとっては長いものでした」

「別れられると思っているのか?」

「私はそう決めました」

「勝手なことを言うな!」

大声を出すまいと思っていたが、感情を抑えることができなかった。


「人にはそれぞれ必要とされる居場所があるはずです。そこで、幸せになるための努力をすべきだと思います」

「ユキの居場所は僕の隣じゃないのか?」

「必要な時・・・側にいてほしい時、あなたはいないわ」

それは仕方ないことじゃないか・・・と、言おうとしたが、結局は、仕事を理由にした男の身勝手な言い訳のように思えて、僕は、返す言葉を失った。


「父の側で、畑を守って、一緒に暮らせる人と・・・」

「だったら・・・なぜ、僕を愛した?」

「だから・・・違うって、気付いて・・・」

「それが別れる理由だっていうのか?もう、いい・・・話にならない。少し時間を置いて、また、電話する」


それで、僕が納得できると思っているのか。

ふざけるな、と言いたい気持ちだった。


「電話もこれが最後です。お体に気をつけて、どうぞお元気で」

形式的な言葉を残して、ユキは僕たちの関係に幕を下ろした。


                

僕は、上着を掴んで外に出た。

タクシーに乗り込み、後部座席で目を閉じた。

「どこまで?」


無言の僕に、運転手がもう一度聞いた。

「どこでもいい・・・酒の飲める場所に」

目を閉じたまま僕は答えた。


                 

「ユキちゃん、大丈夫?」

振り向くと、後ろにコウジが立っていた。


「聞いてたの?」

「ごめん・・・。聞くつもりはなかったんだけど・・・。ビールでも飲もうかなと思って下りて来たら、台所に明かりがついていたから・・」

私は冷蔵庫を開けるとコウジに缶ビールを差し出した。


「ユキちゃんも飲む?・・・あっ、酒はダメか・・・」

「私はこれで・・・」

私は、インスから電話がある前にコップに注いだぬるくなった麦茶をひと口飲んだ。


「嘘を言うって、つらいわね・・・」

「好きなら、別れることないじゃないか」

「ちょっと前までは、お父さんには申し訳ないけど、韓国へ行って、彼と一緒に暮らそうかな・・・と、思っていたの」

「そうすればいいのに」

「怪我をしたお父さんを見たら、気持ちが揺れちゃった・・・」


「ここで一緒に暮らすことはできない?」

「ここに彼の居場所はないわ。今の仕事を辞めて、ここで輝きを失っていくあの人を見るのは、別れるよりもつらいもの・・・」

「おじさんには、言った?」

「まだ、言ってない。退院したらきちんと話すわ」


父はきっと、自分のことは構うなと・・・。

韓国へ行けと言ってくれるだろう。

でも、年老いた父を家族でもないコウジに任せて行くことはできない。


インスと私とは、生きる道が違うのだと、その時、私は思っていた。




2009/07/05 16:23
テーマ:創作の部屋 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

創作の部屋~朝月夜~<37話>

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繋がる気配のない携帯電話を握り締めたまま、虚しく時間だけが過ぎた。

ユキの声が聞けたのは、夕暮れ近くになってからだった。


「急いで出かけたので、携帯を部屋に忘れてしまったの。ごめんなさい」

着信を拒否されているのかと考えていた僕は、ユキの言葉にほんの少し、ほっとした。


「何回も電話をくれたのね。どうしたの?」

「体の具合はどうかなと思って・・・」

「朝も、同じことを聞いたじゃない?」

「そうだったね・・・」

「私は大丈夫。つわりがちょっときついけど、それ以外は元気だから」


「ちゃんと食べてる?」

「ええ・・・頑張って食べてるわ」

僕は、核心に触れた話をしたいのに、どう説明したらいいのかと、言葉を探していた。


「あなたこそ・・・大丈夫?」

意外な問いかけだった。


「無理してない?疲れてるでしょう?」

ユキの言葉に胸が熱くなった。

「あなたのことだから、一人で抱え込んでいるんじゃないかって、気になっていたの」


「ユキ・・・」

「何・・・?」

「会いたい・・・ユキに会いたいよ・・・」


「私も同じです。今すぐ、ソウルに飛んで行きたいのだけど・・・飛行機に酔いそうで・・・」

「ユキに無理をさせるつもりはないよ。僕が行く。近いうちに必ず、会いに行く」

「ほんとうに・・・?」

「約束する」

遠慮がちに尋ねるユキの言葉に、僕は力強く答えた。


 




スジョンの退院が決まった日、僕は担当の医師に呼ばれた。

「外科的治療は終わりました、と言っていいと思います。後は、

心の問題です」

医師は、専門外のことなので、なんとも言えないが・・・と、前置

きをして、退院後のスジョンの過ごし方についての話をした。


それは、基本的にスジョンは好きなことをして、当分は静かに

生活することが好ましい、と言ったような内容だった。

本を読むとか、好きな音楽を聴くとか。

旅行に出かけるのもいいと言った。


僕は、お世話になった礼を言って、席を立った。

「心の病を治す最良の治療法は、患者が心の拠り所としてい

る人がそばにいることです」

静かだが、医師は確信に満ちた言い方をした。

「しかし・・・離婚をされているとなると難しいでしょうね」

僕は、否定も肯定もせず、黙って頭を下げて医師の部屋を出

た。


退院の日、当分の間、母親と暮らすことを決めたスジョンを実

家まで送り、その夜、義母に初めてユキのことを話した。

そんな状況の中で、スジョンの面倒を見てくれてありがとうと、

義母は、涙ながらに僕に言った。


入院中、とうとう一度もあの男は、姿を見せなかった。

スジョンはもちろん、義母もそのことには触れずにいたので、

僕が言うことは何もなかった。


退院の数日前、医師から受けたいくつかの注意点を義母に伝

え、僕は義母の家を後にした。

最後に医師が付け加えた言葉を、義母に言わなかったこと

に、多少の後ろめたさを感じつつも、これで、スジョンとの関係

に一区切りがついたと、僕は感じていた。


翌日、ユキにスジョンが退院したことを知らせた。

数日後には、仕事のスケジュールを調整し、日本へ行く日を

決めたとユキに告げた。


「まだ、半月以上もあるのね・・・」と、言いながらも、ユキはとて

も喜んでくれた。

ユキに会える日を思うと、心が弾んだ。


 



早く父に話せなければ・・・。

妊娠4ヶ月に入った頃から、私は、毎日そう思っていた。

そんな矢先のことだった。


「ユキちゃん・・・?俺・・・」

「コウちゃん・・・?」

電話の相手は、父の茶畑を手伝ってくれている親類のコウジ

だった。


「久しぶりね・・・元気・・・?」

「おじさんが、昨日・・・入院した」

全身から血の気が引く思いがした。

「入院って・・・!お父さん、どうしたの?」


うろたえる私をなだめるようにコウジは、「落ち着いて」と言っ

た。

「命に関わることじゃないから、安心していいよ。ただ・・・おじさ

んも年だし・・・疲れてるんだ。ユキちゃん、顔見せてやれない

かなあ?」


コウジの話しによると、父は、茶畑で作業中に怪我をしたらし

い。

命に別状はないと聞きながらも、私は即座に父の元に行くこと

を決めた。


父に会うのは、ほぼ1年ぶりのことだった。

病院のベッドに横たわる父は、なんだかとても老けて見えた。

「いろいろとありがとう」

私は、傍らに立つコウジに礼を言った。


「それで、怪我の具合は?」

「工具を足の上に落として、左足の甲と、親指にひびが入った

たらしい」

「どのくらいかかるの?」

「怪我はたいしたことないって。でも、骨休めのつもりで、1週間

くらいここにいた方がいいって医者に言われたよ」

俺もそう思う・・・と、コウジは言った。


父が気配を感じてうっすらと目を開けた。

「お父さん・・・痛い?」

「仕事が忙しいってちっとも顔を見せないで・・・。怪我したと聞

いて、あわてて来たのか?」

「そんな意地悪言わないでよ・・・。でも、思ったより、元気そう

で良かった。しばらくここにいて、お父さんの面倒を見るから安

心して」


「仕事は大丈夫なのか?」

「う・・・ん、お父さんと話したいこともたくさんあるし・・・」

インスとのことが真っ先に浮かんだ。


 



夜、実家に向かった私は、家の中の様子に驚いた。

男所帯とは、こういうものなのか・・・。

部屋のいたるところに物が散乱していた。


「別に生活に支障をきたす・・・と言うこともないし・・・」

と、コウジはあっさりと言ってのけた。

父の看病とともに、実家の片付けが、当面の私の仕事となっ

た。


実家に来てから4日目、インスから電話があった。

「今、どこ?」

「静岡の実家・・・父のところに来ているの」

「シズオカ?」

「ええ・・・静岡県の星降町と言うところ。ステキな地名でし

ょ?」


その名のとおり、私の実家があるこの地は、降りそそぐように

星が輝く、夜空の美しい町だった。

私は、地名の由来と父の怪我のことをインスに簡単に説明し

た後、「あなたが来てくれる頃には、私も帰るつもりでいます」

と、言った。


「ユキ・・・ごめん」

インスは、言葉に詰まりながら、「約束の日に行かれなくなっ

た」と言った。


           


「今夜も星がきれい」

私は独り言を言いながら、夜空を見上げた。

ソウルの夜空にはいくつの星が瞬いているかしら・・・と思っ

た。


「スジョンさんのことで、来られなくなったの?」

私は、初めてインスの前妻の名を口にした。

「いや・・・スジョンとは関係ない。どうしても抜けられない仕事

が入った・・・」

申し訳なさそうにインスは言った。


インスに会えることだけを楽しみにこの数日間を過ごして来た

ような気がする。

それは心の支えと言ってもよかった。

支えになっていたものが、ふっつりと切れてしまった。


海の向こうの人を好きになった時から、頻繁に会うことは叶わ

ないと覚悟していたはずなのに・・・。

会えない現実を突きつけられたことが、悲しかった。


その時、太腿を生ぬるい感触が襲った。

私はあわててトイレに駆け込んだ。

白磁の陶器を鮮血が赤く染めた。


「インス・・・助けて・・・」

私は、言葉にならない悲鳴を上げていた。



2009/06/21 09:18
テーマ:創作の部屋 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

創作の部屋~朝月夜~<36話>

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「おはよう・・・。起きてた?」

携帯から聞こえてきた声は、ずっと待っていた声だった。


「昨日、何回も電話くれたんだね」

「ええ・・・」

「気付かなくて、ごめん」

「仕事・・・忙しいの?」

私は、事実を確かめるのが怖くてそう言った。


「いや・・・昨日は、休みだった」

「そう・・・」

それで、1日奥さんの側にいたのね・・・心で、呟いた。


「写真を撮りに行ってた。海に・・・」

「写真・・・?」

「うん、夢中で撮り続けた。気付いたら、夕方になっていたよ」

「夢中になれるものがあっていいわね」

「え・・・?」

「携帯の音も聞こえないほど、夢中になっていた・・・って、ことでしょ?」


インスの言葉が信じられなかったから、棘のある言葉が、口を突いて出た。

「波の音に消されて、着信音に気付かなかった・・・ごめん。それで・・・何かあった?」

「心配してくれたの?」

「だから、朝になるのを待って電話した」

「安心して、ただ・・・あなたの声が聞きたかっただけだから。本当は夕べのうちに電話してほしかったわ・・・」

「帰宅したのが遅くて・・・」

「アメリカから電話をくれた時は深夜だったわ」


あの時、インスは時差も忘れるほどに私の声が聞きたかったと言った。

「女にとって、好きな人からの電話は・・・たとえ、それで睡眠を妨げられようとうれしいものなの。明日にしようと思う気持ち・・・それは、私に対する気遣いではなく、私に対する意識が薄れたからだわ。今・・・あなたの心の多くを占めているものは何?それが知りたいの」

私は日本語で一方的に言った。


                  


「ユキ・・・どうしたの?日本語で言われても僕には理解できない」

そんなことは解っている。

それでも、心に鬱積したことを言わずにはいられなかった。


「どうしたんだ?ユキらしくないよ・・・」

今はインスの一言一言が気に障る。


「らしくないって・・・?ただ黙って待ってるだけが私らしい?」

「ユキ・・・本当に変だよ。何かあったのなら言って・・・」

何もかも言ってしまえたら、どんなに楽だろうと思った。


なぜ、別れた奥さんの看病をあなたがしなければいけないの?

そして、そのことをどうして私に隠しているの?


でも・・・言えない・・・言わない。

インスが自ら先に、言うべきことだと思うから。


「ごめんなさい・・・これから出かける予定なの。切るわね・・・」

「ユキ・・・大丈夫なんだな?変わりはないよね?」

会話を終えようとする私を、インスの心配そうな声が追いかけて来た。


大丈夫・・・心配しないで・・・。

そう言ったら、あなたは安心して、今日も別れた奥さんのところに行ける?


それなら、言ってあげる。

「心配しないで。私は大丈夫です」

インスの返事を待たず、私は携帯を閉じた。


                  


自分の発した言葉に、私自身が傷付いていた。

声が聞けてうれしい・・・。

会いたくてたまらないの・・・。

心ではそう叫んでいても、頭の片隅に割り切れない思いが渦巻いて、素直になれない自分が悲しかった。


週末まで休むと言っていた私が、突然出社したので、社長は驚いていた。

「大丈夫なのか?」

その場に居合わせた全員の視線が私に集中した。

好奇心に満ちたその視線を浴びて、私の妊娠はすでに知れ渡っていることなのだと解った。


立ち上がって私を見ていたAの手を取って、外に出た。

「出歩いていいの?」

「なぜ、嘘を言ったの?明洞のオフィスで会ったなんて。明洞に彼のオフィスはないわ!」

「ミョ・・・明洞・・・?私、そんなこと言ったっけ?」

「誤魔化さないで。病院で会ったんでしょ!」

「ユ・・・ユキ・・・落ち着いて」


掴み掛りそうな勢いの私の声を聞いて、社員のひとりがドアを開けた。

「下で話そうか・・・」


Aは、私を階下のカフェに連れて行った。

「そんなに興奮すると、体に良くないよ」

Aは、私の横に座ると、やさしく肩を抱いてそう言った。


                 


「彼に聞いたんだ・・・?」

私は黙って首を振った。

「ならどうして・・・?」

インスの会社の人から、知らされたと私は言った。


「ユキを騙すつもりはなかったのよ」

「でも、結果的にはそうなったわ!あの人から、口止めされた?ユキには言うなって・・・そう、言われた?」

「そうよ・・・そう言われた」


少しの間を置いて、Aは言った。

「私も、ユキは知る必要はないと判断したの」

「知る必要がない・・・?私にとっては重大なことだわ」

「ユキ・・・落ち着いて聞いてね」


Aは、ホテル火災のこと、それによって怪我をしたインスの別れた妻のことを簡単に説明してくれた。


「ずっと、続くことじゃないわ。一時のことじゃない?インスさんは、ユキのことを一番大事に思ってるよ」

「だったら、言ってくれたらいいのに。第三者の口から聞かされるより、あの人から直接聞きたかった・・・」

「隠すことも時には優しさだって。ユキに余計な心配をかけたくないって言う、インスさんなりの気遣いなのよ」


「このまま知らないふりをしてろって言うの?」

「解ってるんでしょ?インスさんの性格。放って置けないのよ。
たとえ、元妻でもね・・・」


解ってる・・・。

解っているからこそ不安なのだった。


別れた妻だからと、切り捨てることができないインス。

放り出して、楽な道を選択できないインス。

自分のできる範囲で精一杯のことをしているはずのインス。


そんなインスが、私の元に戻る日はいつになるんだろう。

別れた妻と私との狭間で、苦悩するインスの顔が浮かんで、私をつらくさせた。


               


「昨日も、1日病院ですか?」

出社した僕に、スタッフのひとりが言った。

「いや・・・昨日は、写真を撮りながら、1日海辺で過ごしてた」

「そうだったんですか?勝手に病院かと思い込んで・・・」


「何かあったのか?」

「電話がありました。キム監督にお世話になったって・・・。日本人の若い女性でした」

「それで・・・?なんて言ったんだ?」

「携帯が繋がらないって、その人が言うものですから・・・。おそらく、病院だろうって・・・」


スタッフの言葉が終わらない内に、僕は、携帯を掴んで外に出た。


ユキは知っていたのだ。

今朝、電話に出たユキの様子がおかしかったのは全てを知っていたからだったのだと・・・僕は、この時初めて気付いた。



 


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