2008/04/07 20:37
テーマ:創作の部屋 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

「朝月夜」(アサヅクヨ)⑩・・・こちらは戯言創作の部屋。

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苛立ちの原因は、自分自身の中にあるのだと、充分解っていた。

夕べ、「会津・・・」と言う言葉を口にした時点で僕は大いに後悔した。

そして、それ以上、何も言えなくなった。

恋人でもない女性を旅に誘うなどと言うことは、常識外れも甚だしいことなのだ。

微かな願望は、夜を越えても、消えずに残っていた。

そんな気持ちを、封印するように僕は、引き出しの中に旅行雑誌を隠した。

それを君に見つけられてしまった。

カバンの奥底にしまいこんでおけばよかったと、思った。

僕の苛立ちは余計に募り、行き場のない感情は僕を無口にさせた。

空港に着いたら、飛行機に乗るふりをして少しでも早く君と別れよう。

タクシーの中で、僕はそう思っていた。

ところが君は僕をお茶に誘い、「会津に行きたかった?」と聞いた。

心の中を見透かされたような気がして、僕は、思わず席を立ってしまった。

外に出て、タバコに火をつけた。

空港の冷たい風はソウルの風に似ていた。

 

                            

 

家の前に見慣れぬ車が止まっていた。

車から降りる男の姿が見えた。

続いて妻が降りてきた。

男が妻を抱き寄せ、キスをした。

僕はその光景を見て、ただ呆然と立ち尽くしていた。

二人は別れを惜しむかのように、もう一度抱擁を繰り返し、男は車に戻り、走り去った。

妻は、走り去る車を見送り、次に僕を見た。

そして、足早に玄関に向かった。

僕は、妻の後を追った。

「あの男は誰だ?」

「いつからなんだ・・・?」

「キスだけの関係か・・・?」

「どういうつもりなんだ・・・?」

部屋に入るなり、僕は、矢継ぎ早に妻に尋ねた。

妻はひと言の弁解もしなかった。

「離婚してください」・・・そう言っただけだった。

「ルール違反じゃないか!」僕は、吐き捨てるようにそう言ったが、不倫にルールなど、最初から存在しないのだった。

 

               

男と抱き合ってキスをしている妻を見て、取り乱している自分が、以外だった。

なぜなら、妻に男がいることを僕は薄々気付いていたからだ。

気付いていながら、知らないふりをしていた。

当たり障りのない会話を交わし、妻の手料理をおいしいと言って食べ、僕以外の男と関係を持ったかもしれない妻を抱いていた。

世間に対する面子。

男のプライド。

妻に裏切られたという被害者意識。

夫としての意地。

妻に対する未練。

いろんなものが交錯して、僕は離婚を言い出せなかった。

できることなら、妻の浮気に目をつぶって、このまま夫婦生活を続けよう、僕はそう思っていた。

ところが妻は一時的な遊びではなく、本気だったのだ。

本気で、僕以外の男を愛していたのだ。

そのことに初めて気付いた。

日本に来る三日前の出来事だった。

僕が日本に発つ日の朝、妻は離婚届を置いて家を出た。

 

               

こうして離れて暮らしてみると、もっと早くそうすべきだったのだという気持ちになった。

帰国したら、離婚届を提出しよう、そう思った矢先に僕は体調を崩し、入院してしまった。

そして、君と出会った。

妻との結婚生活が破綻したから、君とどうにかなりたい・・・などという淫らな気持ちは毛頭ない。

ただ・・・もう少しだけ一緒にいたい。

単純にそう思った。

思えば僕はいつも、自分の気持ちをあまり表に出さず、格好つけて生きてきたように思う。

時には、感情のおもむくまま正直に生きたっていいじゃないか・・・・。

そんな思いが僕を大胆にさせた。

「一緒に会津に行ってくれませんか。このまま、ユキさんと別れたくないんです」

驚いた表情をした君を、僕はじっと見つめていた。

 

 


2008/03/20 08:23
テーマ:創作の部屋 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

「朝月夜」(アサヅクヨ)⑨・・・こちらは戯言創作の部屋。

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病室の扉を開けると、彼の姿はなく、ベッドの上に荷造りが終ったバッグが置かれているだけだった。

開け放した扉の向こうから、若いナースが、「キムさんは、会計に行ってますよ」と教えてくれた。

「もう、間もなく戻ると思います」と、白衣の袖を捲くって腕時計を見た。

正面玄関のすぐ横が会計なのに、彼の姿に気づかなかった。

もう少し早く来ればよかったのだろうか・・・。

なんだか少しも役に立っていないようで、心苦しくなった。

 

「忘れ物のないようにしてくださいね」そう言って、ナースは会釈をして出て行った。

室内を見回し、クローゼットの中も覗いてみたが、残っているものは、何もなかった。

最後にベッドサイドの物入れの引き出しを開けたら、一冊の旅行雑誌が残されているのに気がついた。

彼の前に、この部屋を使っていた患者のものだろうか・・・一瞬、そう思った。

だが、彼が入院する時に、私はこの引き出しを開けたが、ここには何も入っていなかった。

 

私は旅行雑誌を手に取るとパラパラとページを捲った。

何箇所かのページの右上の角が、折られていることに気がついた。

『猪苗代湖のひまつ氷』

『鶴ヶ城のろうそくまつり』

『会津若松』

・・・・・。

彼が夕べ、電話で言いたかったことはこのことだったのだと、私はやっと理解できた。

 

一緒に行ってくれと言いたかったのだろうか・・・。

いや、彼に限ってそんなことを言うはずはない。

だって、彼は12時の飛行機で韓国に帰るのだから。

どんなところか知りたくて、私に聞きたかったのだろうか・・・?

それとも、ただ単に、暇つぶしに見ていただけかもしれない。

様々な考えが頭をよぎった。

 

「ユキさん・・・」と、声をかけられるまで、彼が戻ったことにも気づかず、私は、ライトアップされた鶴ヶ城の写真を見つめていた。

「退屈だったので・・・」そう言いながら、彼は私の手から雑誌を取り上げるとバックの脇のポケットに、無理矢理押し込み、「行きましょう。全部終わりました」と言った。

                                 

私たちは、ナースセンターに立ち寄り、お世話になった礼を述べ、タクシー乗り場へと急いだ。

車体に大きく「A」と社名の入ったタクシーを見つけて、近づくと、運転手らしき男性が車に寄りかかるようにして、タバコを吸っていた。

「あの・・・すみません」

私が、声をかけると、運転手は、吸っていたタバコを靴の先で踏み潰しながら、「キムさん?」と言った。

私が頷くと、「奥さんが、日本人で安心したよ。韓国人のお客さんだって聞いてたもんで・・・韓国語なんて、全然わかんないからさ」運転手はホッとしたような表情で、後ろのトランクを開けた。

私たちは、それぞれの荷物をトランクに積み込んで、タクシーの後部座席に座った。

 

「今日は、平日で道も空いてるだろうから、1時間足らずで着くと思いますよ」と、運転手が言った。

「多い時はこの車に4人乗ることもあるんだよ。2人でも、4人でも料金は同じ。ははは・・」運転手は、ミラー越しに私を見て、大きな声で笑った。

その後も、飛行機でどこまで行くのかと聞かれ、行き先を韓国だと告げると、「ダンナの実家に里帰りかい?いいね~」と、言う始末。

私は美容院でも、タクシーの中でも、必要以上の会話は、好きではなかった。

 

雑談は、しばらく続いた。

その間、彼はひと言も口をきかなかった。

相槌を打つことに疲れ始めた頃、運転手が、「福島は寒いよ」と言った。

「雪は降っていますか?」と私が聞くと、今日は降っていないが、かなり冷え込んでいるということだった。

そのことを彼に伝えた。

彼は、ジャンパーのボタンをひとつ外すと、黙って、自分の胸元を指差した。

昨日、私がプレゼントしたセーターの紺色が見えた。

                                     

空港に着いてタクシーを降りると、運転手が言ったとおり、宇都宮とは明らかに違う寒さだった。

出発まで、まだ間があったので、私は彼をお茶に誘った。

平日のせいか、やはりカフェも人影は疎らだった。

コーヒーを飲みながら、店内を見回すと、壁には、いくつもの観光用ポスターが貼ってあった。

そのすべてに、美しい写真と福島県内の名所への誘いの言葉が添えられていた。

 

「会津へ行きたかった?」自然にその言葉が出た。

しかし、彼は「はい」とも「いいえ」とも言わず、「タバコを吸ってきます」と言って、席を立ってしまった。

余計なことを言ってしまったかしら・・・?

そんなことはないわよね・・・。

昨日、彼の口から出た「アイヅ」の言葉・・・そして、ページの折れ曲がった旅行雑誌。

気になったから聞いただけなのに・・・。

彼の素っ気無い態度が、私には以外だった。

                               

私は、O氏から預かっていたお金を返さねばと思い、テーブルの上に封筒を出して、彼が戻るのを待っていた。

「本来なら、夕べの内にお返しすべきでした」

私は、そう言い添えて、彼の前に封筒を置いた。

「これは、ユキさんへの謝礼だと言われています。このまま受け取って下さい」と、彼は、言った。

「困ります」「こちらも困ります」そんなやり取りが続き、結局、私が納める格好になってしまった。

 

私は、申し訳ないという気持ちよりも、後味の悪さを感じていた。

この数日間のことは、あくまでも私の意志で行ったことだった。

異国の地で、病気になり困っている彼の助けになれば・・・と思ってした行為だった。

それが、お金と代引きされたような気がしたからだ。

 

気まずい空気が漂って、私は「ソウルは、晴れているでしょうか?」と、当たり障りのない話題を口にした。

「さあ・・どうでしょう」

彼はまたも、素っ気無い答え方をした。

会話が続かない。

タクシーの中でも感じたことだが、今日の彼は不機嫌な表情をしていた。

韓国で待っている奥さんと、上手く連絡が取れないのだろうか?

しかし、そんなことは、今の彼の様子からして聞けるはずもなく、私は、黙ってコーヒーを飲み干した。

                                

壁の時計を見ると、時刻は、11時になっていた。

「そろそろ行かないと・・・」

私はバッグを持って席を立った。

「嘘を言いました・・・チケットは取っていません」

何を言っているんだろうと私は、思った。

「一緒に、会津に行ってくれませんか。このまま、ユキさんと別れたくないんです」

彼の言っていることは、またも私には理解できない言葉に聞こえた。


2008/03/08 15:40
テーマ:創作の部屋 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

「朝月夜」(アサヅクヨ)⑧・・・こちらは戯言創作の部屋。

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長い間、不在だった夫が帰宅して、その荷物を解きながら、妻は聞くだろう。

「あら・・・このセーターどうしたの?」

半ば、自慢げに女性からのプレゼントだと答える夫。

事の成り行きを詳細に説明して、仕事仲間にもらったのだと言う夫。

自分で買ったのだと嘘をつく夫。

何も答えない夫。

返答の仕方は、その男の心持ちと、贈り主との関係により違う。

彼は、どう答えるだろうか・・・。

広げたセーターを丁寧にたたんで、箱に戻している彼を見ながら思った。

 

しかし、どの姿も思い浮かべることができなかった。

入院すると決まった時、「家族に連絡しますか?」と私は聞いた。

その時の「いいえ・・・」と言った彼の顔。

O氏の「晩飯は、コンビニの弁当の時もあるようで・・・」の言葉。

わずかな素材が邪魔をして、円満な夫婦の様子が思い描けないでいるからだ。

夫が持ち帰った荷物を解く妻に代わって、汚れ物を洗濯機に放り込む彼の姿が浮かんだ。

しかし、そんな思いは、無関係な他人の勝手な想像でしかなく、もっと深いところで、信頼し合ってる夫婦なのかもしれない。

               

セーターの入った箱をしまう為に立ち上がった彼に、「明日のチケットは大丈夫ですよね?」と、念を押すように私は聞いた。

彼は、それには答えず、「コーヒーを飲みに行きませんか?」と私を誘った。

一階の食堂は、患者とその家族で、ほぼ席は埋まっていた。

私は、彼が病室を出る時に、タバコを掴んだことに気が付いていたので、「外に出ましょうか?」と言った。

紙コップに入ったコーヒーを持って外に出ると、病院に来る時に吹いていた冷たい風は止んでいた。

陽だまりの中のベンチに腰を下ろすと、彼は、「タバコを吸ってもいいですか?」と言った。

私は「ええ・・」と答えながら、先程と同じことをもう一度、彼に尋ねた。

「帰国便は何時ですか?それによって、病院を出る時間を決めないと・・・退院の手続きもあるし・・・」

おそらく、退院の手続きなどは、お金の清算をしてサインをすれば済む程度のことで、さほどの時間は、かからないだろう。

それでも、出発時間を確認しておかないと、明日の朝、何時に病院に来たら良いのか解らない。

 

「出発時刻は・・・12時です。ユキさん、一緒に行ってくれますか・・・?」と、彼は言った。

福島空港まで彼を送り、無事に帰国させることは、O氏とも約束したことだ。

「もちろん、一緒に行きます」と私は答え、明日の道程を考えた。

宇都宮から、新幹線に乗って・・・と。

ところが彼は意外なことを言った。

               

「明日の朝、9時に駅に迎えの車が来ます」

福島空港は、特定のタクシー会社と契約を結んでおり、新幹線の各駅から、空港まで、「乗り合いタクシー」で行くことができた。

所要時間は、約一時間半。料金は、新幹線と変わらないと彼は、言った。

私はその様なシステムがあることをまったく知らなかった。

「福島空港までの一番楽な方法は・・・?と聞いたら、空港の人が親切に教えてくれました」と言って、彼は笑った。

笑った彼の横顔は明るかった。

 

今日、病室で、若いナースに韓国語を教えてあげたこと。

病院の浴室のすべての表示が日本語で、慌ててしまったこと。

明日のお天気のこと。

私たちはとりとめのない話しをして、小一時間をそこで過した。

今日の彼は、いつになくよく話した。

やはり、明日、帰国と決まるとうれしいのだろうと私には思えた。

病室まで、彼を送る途中、ナースセンターに立ち寄って、明日の予定を話すと、「それでは、朝、一番で会計処理をしましょう」と言うことになった。

そのことを彼に話し、「明日の朝、8時半までに必ず来ますから、それまでに荷物をまとめておいて下さい」と、言って、私は病室をあとにした。

               

外は薄暗くなりかけていた。

帰り道のコンビニで、サンドイッチとサラダとお茶を買い、万が一のことを考えてATMコーナーで、現金を引き出した。

万が一とは、入院に要した費用のことだった。

「持ち合わせはありますか?」

入院費について、彼にそう聞くことはとても失礼なことに思えて聞けなかった。

O氏から、預かったお金は、昨日、彼のために下着を買っただけだったので、封筒の中には10万円近いお金が残っていた。

これを今日、彼に渡すべきだったと、私は思った。

 

ゆうべと同じ様に、ホテルの自室で簡単に夕食を済ませ、シャワーを浴びてテレビを見ていた。

彼と一緒にいる時は忘れていたが、今朝、感じた気だるさを、わずかだが私は再び感じていた。

ゆうべ、ベッドにも入らずうたた寝をしたことが悪かったのだと思い、今夜は早めにベッドに入ろうと思った時、携帯の着信音が鳴った。

「ユキさん・・・」

聞こえてきた声は、昨夜と同じものだった。

「今日は、セーターをありがとう。お礼の言葉が上手く言えなくてすみませんでした」と、彼は言った。

大げさに喜んで見せる風でもなく、気のきいた台詞が言えるわけでもない。

そんな自分自身の性格を彼は解っていて、気にして電話をかけてきたのだと思った。

「そんなこと、気にしないで下さい」と私は言った。

「明日は・・・ヨロシクオネガイシマス」

最後の言葉を彼は日本語で言った。

「どこで覚えたんですか?」と私が聞くと、彼は「今日、病院で教わりました」と答えた。

どうやら、あの中年のナースに「挨拶の言葉くらい覚えなさい」と、言われたようだ。

携帯を握りながら、はにかむ彼の顔が浮かんだ。

今日、私が病室の前で聞いた笑い声は、そんなやり取りの中でのものだったのだ。

               

「遅刻しないように行きますから・・・おやすみなさい」と言って、電話を切ろうとしたら、再び彼が「ユキさん・・・」と言った。

「ユキさん・・・アイヅ・・・」

彼は何か言いかけたが、「おやすみなさい」と言って、電話はそれっきりになった。

アイズ・・・合図?彼は、そう言ったような気がする。

韓国語にそんな言葉があっただろうか・・・と思ったが、解らなかった。

翌日、彼の病室に行って、私はその言葉の意味にやっと気が付いた。

 

 


2008/02/28 20:26
テーマ:創作の部屋 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

「朝月夜」(アサヅクヨ)⑦・・・こちらは戯言創作の部屋。

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昨夜、電話で聞いた彼の声は、かつての恋人Kにそっくりだった。

そのせいか、ここ数年、忘れようとしていたKのことが思い出されて、ゆうべは眠れなかった。

洗面所の鏡の前に立つと顔色のよくない私が映った。

トイレで用を足し再びベッドに潜り込んだ。

7:30・・・彼はもう起きているだろうか。

なんとなく体がだるい・・・。

熱いコーヒーが飲みたい・・・。

そう思いながら、またうとうとと眠ってしまった。

                                  

目覚めた時には、昼に近くになっていた。

病院の面会時間は、原則として15:00~20:00と決まっていた。

諸事情を考慮して、病院側もうるさくは言わなかったが、特に介護を必要としない患者の家族は面会時間を守るようにと入院の際に、一応の注意は受けていた。

それは患者の静養を第一に考える病院の方針でもあった。

どこかで、昼食を済ませて、それから病院に行こう。

彼は私がついていなくても何でも自分でできるんだし・・・と、言い訳染みたことを思った。

ホテル内のカフェで、熱いコーヒーを飲んでやっと目覚めた気がした。

サラリーマンらしき男性と、若い女性が入ってきて、私の斜め向かい側に席を取った。

昼休みのランチタイムなんだろうか。

女性は、コートの下に若草色のセーターを着ていた。

その鮮やかな色を見て、セーターとブラウスを買おうと思っていたことを思い出した。

彼にも何か買っていこうか・・・昨日はケーキだったから、今日は果物でも・・・。

そう思いながら、カフェを出ると、外は冷たい北風が吹いていた。

               

婦人服売り場には、気に入ったものが見つからず、私は、東側の専門店街に行ってみることにした。

昨日の洋菓子店と同様、どの店も、もうすぐ訪れるバレンタインデーの雰囲気に包まれていた。

おそろいのジーンズと色違いのセーターを着たカップルが、ポスターの中で、いかにも幸せそうに笑っていた。

店内には色とりどりのセーターがディスプレイされていて、私は、薄黄色のセーターを買うことに決めた。

デザイン的には胸にワンポイントがあるだけの地味なものであったが、黄色いバラ・・・レモンシャーベットを連想させてとても気に入った。

胸のマークは、このお店のブランドを表しているものなのだろうか。隣の紳士コーナーにも、同じマークのセーターが並んでいた。

彼は、どんな色が好きなんだろう・・・。

雪まじりの冷たい風が吹いている福島空港の様子が浮かんだ。

              

病室の前まで来ると、賑やかな笑い声が聞こえてきた。

ノックをして中に入ると、あの中年のナースと、若いナースが、笑顔で彼のベッドの脇に立っていた。

私の姿を見た中年のナースが「お待ちかねの人がやっと来たわね」と、彼の肩をたたいた。

中年のナースは、「今日のお土産はなに?」と、私が右手に下げていた紙袋を見て言った。

紙袋をとっさに後に隠した私に、「秘密なの?」と言って明るく笑うと、「さあ、仕事!仕事!」と、若いナースを促して出て行った。

急に静かになった病室で、間が持てなくなった私は、「お風呂に入りましたか?」とつまらないことを聞いた。

彼は、「はい」と返事をしただけで、また沈黙が続いてしまった。

話す言葉も見つからず、彼のために買ったセーターを差し出すきっかけも逸してしまった。

私は、窓辺に寄ると、「冷たい風が吹いています」と言った。

彼が、ベッドから降りる気配がした。

彼は私の傍らに立つと、やはり外を眺めながら、「空港周辺は雪が降っているでしょうか?」と聞いた。

「多分・・・」と私は答えただけで、窓ガラスに映った背の高い彼を見ていた。

カフェで見かけた女性のセーターの色が鮮やかだったこと。

街は、バレンタイン一色になっていること。

セーターを2枚買ったこと。

話すことはたくさんあるはずなのに、今は何も言わず、このまま眼下を行きかう人たちを黙って見ていたいと思った。

               

「今日は、ここに来るのが遅かったけど、何かありましたか?」

彼は、窓辺から離れて、ベッドに腰掛けながら言った。

寝坊しました・・・とも言えず、「買い物をしていました」と私は答えた。

そして、彼のセーターが入った紙袋を差し出した。

彼は一瞬、えっ・・・?と言う表情を見せたが、「開けてもいいですか?」と私に聞いた。

私は、「ええ・・・」と答えながら、彼が紙袋から出した箱を見て、「あっ・・・!」と思わず声をあげてしまった。

「いえ・・・なんでもありません」と言いながら、私は顔が赤くなるのを感じていた。

セーターの入った箱を包んでいた包装紙は、いかにもバレンタインのプレゼント、といった感じの派手な模様のものだった。

おまけに、「Love you。。。」なんて文字がハート型のシールの中で光っていた。

あの時・・・会計の際、レジの女性は、私にプレゼントですか?と聞いた。

確かに私は「はい」と答えたが・・・。

手渡された紙袋の中身がこんなことになっているなんて・・・。

             

彼は、ワンポイントがついただけのシンプルな紺色のセーターを手に取って、「ありがとう。気に入りました」と言った。

気に入ってもらえたんだ・・・という安堵感よりも私の頭の中には、さっきの「Love you。。」の文字がひたすら揺れていた。

彼が妙な誤解をしたらどうしよう。

「福島空港の辺りは、寒いと思って・・・」

言い訳が口を突いて出た。

「奥さんには、私からもらったこと・・・内緒にして下さい」

言った直後にものすごく後悔した。

そういう台詞こそが、もっとも誤解を招く台詞なのだと気がついたからだ。

 


2008/02/13 10:33
テーマ:創作の部屋 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

「朝月夜」(アサヅクヨ)⑥・・・こちらは戯言創作の部屋。

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店に入って、ひとりで食事をする気にもなれず、途中のコンビニでお弁当を買って、ホテルに向かった。

チェックインを済ませて、部屋に入ると私はコートを脱いで、浴室のドアを開けた。

洗面台の鏡に映った自分を見て、なぜ私は今ここにいるんだろう・・・と、ふと思った。

彼には、「乗りかかった船」などという言い方をしたが、あの時、Oさんに「お世話はできません」と言って帰ってもよかったのだ。

次の仕事が決まっていない、というのも引き受けてしまった原因だった。

私の仕事は、「派遣社員」のようなものだから、仕事があれば紹介してくれる、なければ待機という、実に安定しない職業だった。

実家の父は、「いつでも帰って来い」と言ってくれていた。

口には出さないが、実家の近くで所帯を持って暮らしてほしいと父は思っていたのだった。

熱いお湯を全身に浴びながら、いずれにしてもあと2日。

明後日の朝、彼を福島空港まで送ったら、それですべて終り。

もう二度と会うこともないだろう、と思った。

              

浴室を出て、着替えを取り出そうとバックを開けた。

そこには、無造作に詰め込まれた私の衣類があった。

Oさんは、私にバッグを渡す時、「ユキさんの荷物は、女性スタッフに任せましたので・・・」と、言った。

自分は触れていません、と気遣いをしたつもりだっただろうが、押し込まれた状態のシャツ類は皺だらけで、とても着られそうになかった。

今日、彼の下着を買ったスーパーに明日もう一度行って、セーターとシャツを買おうと決めた。

湯上りの缶ビールは心地よかったけれど、冷めたお弁当は半分も食べると嫌になってしまった。

テレビのニュース番組を観ながら、持ち帰ったレモンパイを食べて、残りのビールを飲み、つい、うとうとと眠ってしまった。

携帯の着信音に気付いた時には、時刻は9時を過ぎていた。

「ユキ・・・」

私はその声を聞いて、一瞬息が止まりそうなほど驚いた。

私を「ユキ」と呼ぶのは、父と、亡くなった祖父と・・・あの人・・・K・・・しかいない。

声の主は、父ではなかった。

私が黙っていると、今度は「ユキさん・・・?」と、言った。

反応がない私に相手も戸惑っている様子だった。

次に韓国語が聞こえてくるまで、私は電話の相手が彼であると気付かなかった。

「今日もちゃんとお礼が言えなくて。アリガトウ・・・ゴザイマシタ」

「インスssi・・・。わざわざそれを言うために?」と、私が聞くと、「ええ・・・おやすみなさい」と言って、電話は切れた。

仕事中も病院に入ってからも、彼の口から一度も日本語を聞いたことはない。

「アリガトウゴザイマシタ」と言う日本語を彼は、知っていたんだろうか?

お礼を言いたかったという彼の心遣いがうれしかった。

                                 

食べ残したお弁当とビールの空き缶を片付けて、歯磨きを済ませ、ベッドに入った。

しかし、さっきの声のことを考えると、眠れなくなってしまった。

骨格が似ていると声も似ている・・・ということを誰かに聞いたような気もするが定かではなかった。

それに、彼とKは似ている体型ではなかった。

彼は、筋肉質のがっしりとした体つきをしているが、Kはけしてそうではなかった。

そう思った時、今日、病院の庭でタバコを吸っていた彼の横顔が誰かに似ていると感じた事を思い出した。

彼・・・インスssiの横顔は、かつて愛したKに似ているのだった。

Kに初めて出会ったのは、大学に入学して間もない日のことだった。

キャンパス内の掲示板を見ていた私に「写真、興味ないですか?」と、声をかけてきたのがKだった。

「自然はとても素晴らしいです!人間がちっぽけに見えますよ」

ありきたりな言葉と、強引さに負けて、私はKの思惑通りに写真サークルに入会し、Kと共に大学で3年間を過した。

3年の歳月はお互いを知るのに充分な時間であり、ひとつ年上のKは、私より早く社会に出て、夢の通りにカメラマンになった。

私は通訳と言う夢を抱き、道は違ってもそれぞれの生き方を尊重し、深く愛し合っていた。

写真と苺ショートケーキと・・・私をとても愛していたK。

アラスカへオーロラの写真を撮りに行く時も、いつもと変わらず、見送りに行った私を空港ロビーで抱きしめた。

「新婚旅行の下見のつもりで行ってくるよ。ホテルもちゃんとチェックして、ユキの気に入るような観光コース考えて来るからな」

新婚旅行がアラスカなんて・・・と、不満気に言う私を見て、「ユキにも絶対、オーロラを見せたいんだ」そう言って、「早く帰って来てね」の私の言葉に大きく頷いていたのに・・・。

              

人間って、悲しみがあまりにも深いと、涙も出ないのだということをあの時、初めて知った。

飛行機のプロペラが回っていることにも気付かないほど、オーロラの美しさは、Kの心を虜にしたのだということを、後に届けられた一枚の写真が教えてくれた。

 

 


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