2009/06/21 09:18
テーマ:創作の部屋 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

創作の部屋~朝月夜~<36話>

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「おはよう・・・。起きてた?」

携帯から聞こえてきた声は、ずっと待っていた声だった。


「昨日、何回も電話くれたんだね」

「ええ・・・」

「気付かなくて、ごめん」

「仕事・・・忙しいの?」

私は、事実を確かめるのが怖くてそう言った。


「いや・・・昨日は、休みだった」

「そう・・・」

それで、1日奥さんの側にいたのね・・・心で、呟いた。


「写真を撮りに行ってた。海に・・・」

「写真・・・?」

「うん、夢中で撮り続けた。気付いたら、夕方になっていたよ」

「夢中になれるものがあっていいわね」

「え・・・?」

「携帯の音も聞こえないほど、夢中になっていた・・・って、ことでしょ?」


インスの言葉が信じられなかったから、棘のある言葉が、口を突いて出た。

「波の音に消されて、着信音に気付かなかった・・・ごめん。それで・・・何かあった?」

「心配してくれたの?」

「だから、朝になるのを待って電話した」

「安心して、ただ・・・あなたの声が聞きたかっただけだから。本当は夕べのうちに電話してほしかったわ・・・」

「帰宅したのが遅くて・・・」

「アメリカから電話をくれた時は深夜だったわ」


あの時、インスは時差も忘れるほどに私の声が聞きたかったと言った。

「女にとって、好きな人からの電話は・・・たとえ、それで睡眠を妨げられようとうれしいものなの。明日にしようと思う気持ち・・・それは、私に対する気遣いではなく、私に対する意識が薄れたからだわ。今・・・あなたの心の多くを占めているものは何?それが知りたいの」

私は日本語で一方的に言った。


                  


「ユキ・・・どうしたの?日本語で言われても僕には理解できない」

そんなことは解っている。

それでも、心に鬱積したことを言わずにはいられなかった。


「どうしたんだ?ユキらしくないよ・・・」

今はインスの一言一言が気に障る。


「らしくないって・・・?ただ黙って待ってるだけが私らしい?」

「ユキ・・・本当に変だよ。何かあったのなら言って・・・」

何もかも言ってしまえたら、どんなに楽だろうと思った。


なぜ、別れた奥さんの看病をあなたがしなければいけないの?

そして、そのことをどうして私に隠しているの?


でも・・・言えない・・・言わない。

インスが自ら先に、言うべきことだと思うから。


「ごめんなさい・・・これから出かける予定なの。切るわね・・・」

「ユキ・・・大丈夫なんだな?変わりはないよね?」

会話を終えようとする私を、インスの心配そうな声が追いかけて来た。


大丈夫・・・心配しないで・・・。

そう言ったら、あなたは安心して、今日も別れた奥さんのところに行ける?


それなら、言ってあげる。

「心配しないで。私は大丈夫です」

インスの返事を待たず、私は携帯を閉じた。


                  


自分の発した言葉に、私自身が傷付いていた。

声が聞けてうれしい・・・。

会いたくてたまらないの・・・。

心ではそう叫んでいても、頭の片隅に割り切れない思いが渦巻いて、素直になれない自分が悲しかった。


週末まで休むと言っていた私が、突然出社したので、社長は驚いていた。

「大丈夫なのか?」

その場に居合わせた全員の視線が私に集中した。

好奇心に満ちたその視線を浴びて、私の妊娠はすでに知れ渡っていることなのだと解った。


立ち上がって私を見ていたAの手を取って、外に出た。

「出歩いていいの?」

「なぜ、嘘を言ったの?明洞のオフィスで会ったなんて。明洞に彼のオフィスはないわ!」

「ミョ・・・明洞・・・?私、そんなこと言ったっけ?」

「誤魔化さないで。病院で会ったんでしょ!」

「ユ・・・ユキ・・・落ち着いて」


掴み掛りそうな勢いの私の声を聞いて、社員のひとりがドアを開けた。

「下で話そうか・・・」


Aは、私を階下のカフェに連れて行った。

「そんなに興奮すると、体に良くないよ」

Aは、私の横に座ると、やさしく肩を抱いてそう言った。


                 


「彼に聞いたんだ・・・?」

私は黙って首を振った。

「ならどうして・・・?」

インスの会社の人から、知らされたと私は言った。


「ユキを騙すつもりはなかったのよ」

「でも、結果的にはそうなったわ!あの人から、口止めされた?ユキには言うなって・・・そう、言われた?」

「そうよ・・・そう言われた」


少しの間を置いて、Aは言った。

「私も、ユキは知る必要はないと判断したの」

「知る必要がない・・・?私にとっては重大なことだわ」

「ユキ・・・落ち着いて聞いてね」


Aは、ホテル火災のこと、それによって怪我をしたインスの別れた妻のことを簡単に説明してくれた。


「ずっと、続くことじゃないわ。一時のことじゃない?インスさんは、ユキのことを一番大事に思ってるよ」

「だったら、言ってくれたらいいのに。第三者の口から聞かされるより、あの人から直接聞きたかった・・・」

「隠すことも時には優しさだって。ユキに余計な心配をかけたくないって言う、インスさんなりの気遣いなのよ」


「このまま知らないふりをしてろって言うの?」

「解ってるんでしょ?インスさんの性格。放って置けないのよ。
たとえ、元妻でもね・・・」


解ってる・・・。

解っているからこそ不安なのだった。


別れた妻だからと、切り捨てることができないインス。

放り出して、楽な道を選択できないインス。

自分のできる範囲で精一杯のことをしているはずのインス。


そんなインスが、私の元に戻る日はいつになるんだろう。

別れた妻と私との狭間で、苦悩するインスの顔が浮かんで、私をつらくさせた。


               


「昨日も、1日病院ですか?」

出社した僕に、スタッフのひとりが言った。

「いや・・・昨日は、写真を撮りながら、1日海辺で過ごしてた」

「そうだったんですか?勝手に病院かと思い込んで・・・」


「何かあったのか?」

「電話がありました。キム監督にお世話になったって・・・。日本人の若い女性でした」

「それで・・・?なんて言ったんだ?」

「携帯が繋がらないって、その人が言うものですから・・・。おそらく、病院だろうって・・・」


スタッフの言葉が終わらない内に、僕は、携帯を掴んで外に出た。


ユキは知っていたのだ。

今朝、電話に出たユキの様子がおかしかったのは全てを知っていたからだったのだと・・・僕は、この時初めて気付いた。



 


2009/06/10 12:46
テーマ:創作の部屋 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

創作の部屋~朝月夜~<35話>

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「それで・・・?あの人はなんて言ってた?」

「もう、何回同じこと聞くの?だから・・・順調に育っていて、うれしいって喜んでました~」

友人のAは、買ってきたお寿司を口に放り込むと、呆れ顔で言った。


何回も同じことを重ねて聞いてしまうのは、インスの様子を知りたい私の気持ちの表れだった。

インスの口から発せられたどんなに些細な言葉も、聞きたいと思った。


昨日、韓国から帰国したAは、「今日はお疲れ休み」と言いながら、私を訪ねて来てくれた。

つわりで苦しむ私を気遣い、「これなら食べられるかなと思って」と、寿司折りを持って来てくれたのだった。


「あとは・・・?」

これ以上しつこく尋ねられてはたまらないと言った素振りで、Aは、「詳しく知りたかったら、電話しなさいよ」と言った。


               


「あの人・・・忙しそうにしていた?」

Aは、解らないと言うように黙って、首を傾げた。

「最近、携帯がマナーモードになってることが多くて、繋がらないの」


「ねえ、彼って、無口な人?」

昨夜も携帯が繋がらなかったと、言おうとしたのに、Aはまったく違う話題を持ち出した。

「う・・・ん、どちらかと言うとそうかも・・・」

繋がらない携帯の話しは、そこで保留となった。


「女が、身震いするほど喜ぶようなあま~い言葉なんて、絶対言わないタイプでしょ?」

「どうかな・・・」

「ユキには言ったんだ・・・。あま~いこ・と・ば」

Aは、「きゃあ、ステキ!」と叫んで、意味あり気に笑った。


「私は、どちらかと言うと、常に陽気な男が好き。会話が途切れちゃうような男は、どうしよう~って、思っちゃう」

そう言うとAは、私の顔を覗き込むようにして、「あの眼差しでしょ?」と言った。


「眼鏡の奥のあの眼差し・・・なんて言うか・・・ちょっと少年っぽくって、澄んだ眼差し・・・あれにホレちゃった?」

「うん、うん、きっとそうだわ」と、Aは、自分の言葉にひとりで納得していた。


インスのどこに惹かれたか・・・なんて、具体的に考えたことなどなかった。

気がついたら、好きになっていた。

心の中から追い出せない存在になっていた、としか言い様がなかった。


大切に思っていたい人。

私にとって、インスはそういう人だった。


                


「ところで、彼とはどこで会ったの?」

「どこでって・・・?」

「仕事場まで行ったのかな・・・って、思って」

私は、Mのコンサート会場で見かけたジャンパー姿のインスを思い出していた。


「オ・・・オフィスよ・・・オフィス」

「明洞の・・・?」

「え・・・っ?ああ・・そうそう、明洞のオフィス」

そう言うと、Aは私の淹れたお茶をひと口飲んで、「帰ろうかな」と言った。


「ゆっくりしていけばいいじゃない」

「なんだか眠いの。夕べも遅かったし。それにこれ以上ユキの質問攻めにあったら、たまらないわ」と、Aは笑った。

「彼と会ったことの報告と、ユキが食欲がないって言ってたから、何かおいしいものを届けようって、来ただけだから」

「帰国したばかりで疲れてるのに・・・ありがとう」

「今度、ゆっくりさせてもらうね」


そう言って、立ち上がったAを私は玄関まで見送った。

「あ・・・言い忘れてた。例の話し、本決まりになったの」

例の話しとは、会社の合併の話しだった。


「今の事務所は撤退することに決まったのよ。希望者は新たな会社での採用を検討するって」

「検討するって・・・何それ?」

「全員の希望は聞き入れられないってことじゃない?まったく勝手よね。ユキは行き先が決まってるから、心配いらないわね」


「私のことより、あなたはどうするの?」

「私・・・?私は・・・辞める。新しい会社にも行かない」

「で・・・どうするの?」

「大丈夫、ちゃんと考えてるから」

「考えてるからって・・・」


「今度会った時にちゃんと話すね」

Aは、「じゃあね」と手を振って、帰って行った。

合併の話しは、以前から社員の間で囁かれていたが、こんなに早く決まるとは意外だった。


                 


Aは、「ユキは行き先が決まっている」と言ったけれど、何ひとつ決まっていないことは、私自身が一番良く解っていた。


インスとの関係。

結婚への道のり。

お互いの仕事のこと、親のこと。

韓国と日本との距離。

何より、おなかの中の子供のこと。

考えてみたら、具体的に決まったことなど、何ひとつない。


Aが帰ってしまった部屋で、一人になると、急に不安が押し寄せて来た。

インスの声が聞きたい・・・。

日中は遠慮している携帯電話のインスの番号を開いた。


やはり繋がらない。

インスの声を聞いたのは何日前だっただろう。

3日前・・・?4日前・・・?

思い出せない・・・。


近いはずの記憶が思い出せないのに、遠くの記憶が甦った。

「携帯が通じない時は、ここに電話して」

会津で別れる時にインスから、手渡された名刺・・・。

私は、今まで見ることもなく、バックの中に入れたままにしていた名刺を取り出した。


明洞じゃない・・・。

電話番号の下に記されている会社の住所は、まったく違う地名だった。

私は、自分が勘違いしていたことに気が付いた。


でも・・・それならばなぜ、Aは、「明洞のオフィス」と言ったのだろう?

私より韓国の地理に詳しいAが、間違えるはずはないのに、と思った。


会社が移転した可能性もある。

そうなると、電話番号も変わってしまっているかもしれないと思いながら、私は名刺の番号に電話をかけた。


                 


「キム監督は、今日はお休みで・・・」

聞こえて来たのは若い男性の声だった。

「お急ぎのご用件でしょうか?よろしかったら、こちらで承りますが・・・」

事務的な応答が続いた。


インスが休暇をとっていると聞いて、私は戸惑ってしまった。

「お急ぎですか?失礼ですが、どちら様でしょうか?」

「キムさん・・・ご夫妻に日本でお世話になった者です」

私はとっさに嘘を言った。


「それなら、携帯の番号をお教えしますので・・・」

仕事関係の用件ではないと解ったからか、男性の口調が柔らかくなった。

「携帯は繋がらないようですが・・・?」

「ああ・・・多分、病院に・・・」

「病院・・・?具合でも悪いんでしょうか?」

私は、急に心配になった。


「いえ、いえ、キム監督は元気です。奥さんが・・・怪我をされて・・・。ほとんど毎日、病院に行っているんです」

受話器を持つ手が震えた。

「だから、携帯も繋がらないんだと思います」

「必要なら、病院の名前を言いますが」


相手の声を遠くに聞きながら、「結構です」と、言うのが、精一杯だった。


心臓の鼓動が大きくなるのを感じながら、冷静にならなければ・・・と、私は、自分に言い聞かせていた。




2009/05/23 20:06
テーマ:創作の部屋 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

創作の部屋~朝月夜~<34話>

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スジョンの病室のあるフロアで、エレベーターを降りると、僕の姿を見つけて、看護士が走って来た。

「よかった!どちらに行かれたのかと探してたんです。スジョンさんがさっきからずっと・・・呼んでいて・・・」

看護士が言い終わらない内に、僕は病室へと急いだ。


「早く連れて来て!」

スジョンの叫ぶ声と、なだめる看護士の声が廊下にまで聞こえた。


「スジョン、どうしたんだ」

僕が声をかけると、スジョンは恨めしそうな目で僕を見上げた。


「奥さんとふたりで、何を話してたの?」

「奥さん・・・?あの人は、違うよ・・・」

「じゃあ、誰なの!」

誰なのかと聞かれて、僕は答えることができなかった。


「落ち着いて、聞いて」

僕は、スジョンの両肩に手を添えた。

スジョンは、その手を払いのけると、「奥さんに触った手で、私に触らないで!」と叫んだ。


「スジョン!しっかりしてくれ!」

僕は、思わず大きな声を出してしまった。


「スジョン・・・僕は、キム・インス。今は別れてしまったけど、君の夫だったキム・インスだ。解るよな・・・?」

スジョンは唇を噛みながら、さっきと同じように恨めしげな眼差しを僕に向けた。


「別れた・・・?夫・・・?」

「そうだ・・・。僕たちは離婚した。それは君の意思でもあった。忘れたのか?」

「離婚・・・?おかしい・・・」と、言うと、スジョンは突然笑い出した。


「何がおかしい」

僕は、腹立たしい思いを込めてそう言った。

「だって・・・私たち、これから結婚するんじゃない」


              


僕たちは、成り立たない会話をしばらく繰り返した。

スジョンに夕食を食べさせた後、看護士にスジョンを託し、僕は病室を出た。


飲んでも酔えないことは解っていたが、自宅に着くなり、僕は酒を飲み始めた。

今日1日の出来事が、頭の中を駆け巡っていた。


「必ず守ると約束してくれますね」

ユキの友人の断定的な言葉は、僕にとっては意外だった。


そんなこと、当然のことじゃないか。

僕は、少しの皮肉を込めて、「僕がそんなに頼りない男に見えますか?」と、言った。


「そうじゃなくて。さっきの・・・献身的な・・・私にはそう見えました・・・。インスさんの姿を見て、不安になったんです」

「ユキの元に戻って来られなくなってしまうんじゃないかって・・・。ふと、そんな気がしたものだから・・・」


「ユキのことは、僕が必ず守ります。約束します」

「その言葉を聞いて安心しました。失礼なことを言って、ごめんなさい」

彼女は、僕に向かって小さく頭を下げた。


「先ほどから、気になっていたんですが。今のところ順調とは・・・どういう意味でしょうか?」

「え・・・私、そんなこと言いましたっけ・・・?」

彼女の顔色が、一瞬変わったように思えた。


「ええ、確かに。どういう意味でしょう?」

重ねて尋ねる僕に、彼女は明らかに狼狽の表情を見せた。


               


「ユキは、あなたとお付き合いしていることを、隠していました」

意を決したように彼女は話し始めた。


「好きな人がいる・・・韓国の人だと聞いた時は驚きました」

「あ・・・別に深い意味はないんです。いつも一緒にいられない人との恋をどうしてユキは選んだのかな・・・って」

「好きな人とは、いつも一緒にいたい。誰でも思うことですよね?」


僕は、黙ってうなずいた。

彼女が僕を責めるつもりで言っているのではないことは、十分解っていながら、心が疼いた。


「おなかに子供がいると知ったのは、数日前です」

ここで彼女は、言い澱んでしまった。

僕は、何かあったな・・・と直感した。


「職場のトイレで苦しんでいるのを私が見つけたんです」

僕の直感は外れてはいなかった。

「その時初めて、ユキが妊娠しているのだと解りました」


騒ぎになることを恐れて、救急車を呼ぼうと言う彼女の言葉をユキは拒んだと、彼女は話した。

「私がタクシーに乗せて、病院まで連れて行きました」

ユキは、愛し合ってるとは言え、未婚でありながら妊娠していると言う事実を公にしたくなかったのだろう。


「幸い大事に至らず、今日あたりは自宅に戻っていると思います」

大事に至らず・・・と言う、彼女の言葉を聞いても、僕の心は晴れることはなかった。


このところ、新しく企画された仕事のこととスジョンのことに意識が集中して、ユキに電話もしていなかったことに気付いた。

自分の責任感の無さに僕は言葉を失った。


                


「ユキにこのことはけして言うなと、口止めされていました。ですから・・・知らないふりをして下さい」

「忙しいあなたのことをユキはとても気遣っていました。余計な心配をかけたくないと思っているんです」

今にも大声で叫びそうになる自分を僕は、必死に抑え込んだ。


「医師は何と・・・?」

「今回は無事に済んだけれども、無理はしないようにと言われたそうです」

彼女の言った「今のところ・・・」と言う意味がはっきりと理解できた。


「超音波の胎児の写真は、心配しないでね・・・と言う、ユキからのメッセージです」

最後にそう言って彼女は席を立った。


別れ際、「今日のことは・・・」と言い出した僕を制して、「解っています」と、彼女は言った。

「今日、病院で見たことは忘れました。ユキがインスさんを気遣うのと同じように、私もユキを気遣ってやりたいんです。大切な友達ですから」

僕は、改めて彼女に礼を言った。


「できるだけ、ユキと連絡を取り合ってくださいね。元気な声を聞かせてあげること・・・それがユキには一番うれしいことだと思います」

そう言い残して、彼女は帰って行った。


               


ユキの友人との会話が、鮮やかに甦って、酒の力を借りても一向に、頭は冴え渡るばかりだった。

ユキに対して、申し訳ない気持ちが溢れて、電話をする勇気もなく、僕はひたすら酒を飲み続けた。


 


2009/05/20 12:12
テーマ:創作の部屋 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

創作の部屋~朝月夜~<33話>

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「カン・スジョンさんのご家族の方ですか・・・?」

僕は、ナースステーションの前で、若い看護士に呼び止められた。

「ええ・・・」と返事をすると、スジョンが4人部屋から個室に移ったと知らされた。


教わった病室の前に着いたとたん、何かが割れる音とスジョンの大きな声が聞こえた。

ドアを開けると、ベッドの周りには、割れた食器の破片と飲食物が散乱していた。


病室の外まで聞こえた派手な音は、スジョンが夕食用のトレイをひっくり返した音だった。

義母が蹲ってそれを拾い集めようとしていた。


音を聞きつけた看護士は、病室の様子を見るなり、「あら!あら!」と大げさな声を上げて、清掃係を呼びに行った。


スジョンは唇を噛みしめて、じっと僕を見ていた。

「スジョン・・・?」と、呼びかけた瞬間、枕が飛んで来た。


「どこに行っていたの!私を置いて・・・どこに!」

スジョンが叫んだ。

この時、僕はスジョンに言葉が戻ったのだと単純に喜んだ。


「地方で仕事だったんだ」

「嘘!そんなの嘘よ!」

「嘘じゃない。今、その帰りで・・・」

僕は、普通に会話しているつもりだった。


「奥さんとずっと一緒だったんでしょう!私をひとりにして・・・」

そう言うと、スジョンは大きな声で泣き出した。

目の前のスジョンは普通ではなくなっていた。


                                 


ひとしきり泣くと、スジョンは急に静かになった。

「スジョン、少し眠ろうか・・・」

僕は、恐る恐る言葉をかけた。

スジョンは、静かにうなずくと目を閉じた。


「この1週間、ずっと、この繰り返しなの。泣き喚いて他の患者さんから、苦情が出たのよ。それで、個室に変わったの」

「連絡をくれたらよかったのに・・・」

ひとりで、うろたえていたであろう義母を思って、僕は言った。


「忙しく仕事してるあなたに、そんな電話はできないわ」

「それに・・・あなたはスジョンとは離婚しているんだもの・・・。こうして、来てくれることだって、申し訳なく思っているのよ」と言って、義母は声を詰まらせた。


心が壊れてしまうほどに、スジョンはあの男のことを愛していたのか。


しかし、スジョン・・・。

君が思っているほど、あの男は君を愛してはいなかったよ・・・。

眠っているスジョンを見下ろしながら、僕は、心の中で呟いた。


              


その夜、僕はユキに電話をかけた。

地方での仕事を終えて、今日、帰宅したことを報告し、ユキの体の状態を尋ねた。

ユキは、心配することは何もないからと、明るく答えてくれた。


今、僕が側にいなければならないのは、スジョンではなくユキなのだと僕は自分に言い聞かせた。


スジョンの荒れた症状は、それからもしばらく続いた。

幼い頃に父を失ったスジョンは、兄弟もなく、肉親と言ったら年老いた母ひとりだった。

その母に疲労の色が濃くなっていった。


我関せずと、割り切れたらどんなに楽だろうと、僕は思った。

スジョンは、別れた妻なのだ。

しかも離婚の原因は、スジョンの浮気だった。


ここで、僕がこの親子から手を引いたとしても、誰も僕を咎める事はないだろう。

そう思いながらも、僕は、スジョンと義母を見捨てることができなかった。


とりあえず、この山を越えなければ、ユキとの幸せな生活は手に入れられないような気がしていた。


                                   


その日、仕事が休みだった僕は、朝からスジョンの病室に行き、疲れ果てた義母に、家に帰って休むように勧めた。

義母は、何度も「悪いわね・・・」と言いながら、申し訳なさそうに帰って行った。


スジョンに昼ごはんを食べさせ、ナプキンで口元を拭ってやっていた時、背後で「キム・インスさん?」と呼ぶ声が聞こえた。

振り返ると、見覚えのない若い女性が立っていた。


               


病院内のカフェで、向き合って座ると「ユキの友人のAです」と、彼女は名乗った。

そして、ユキと同じ韓国語の通訳の仕事をしていること。

ユキとは、職場で知り合ったことなど簡単な自己紹介をしてくれた。


「ユキから教わったインスさんの・・・そう、お呼びしてもいいでしょうか」

僕は黙ってうなずいた。

「携帯電話に、何度か電話しました」


ポケットから携帯電話を取り出して画面を見ると、非通知の着信履歴が表示された。

「病院内なので、電源を切っていました」

「連絡先として、インスさんの会社の電話番号をユキから聞いていたので、そちらに電話をして・・・ここが解りました」

「そうでしたか、すみません」と僕は、言いながら、彼女の来訪の意図を考えていた。


「ユキから、お忙しい方だと聞いていたので、地方にでも仕事に行かれているのかと思っていました。それが・・・」

彼女はそこでいったん言葉を区切ると、「病院と聞いて、あなたが怪我でもされたのかと思いました」と言った。


「電話では詳しいことを聞かなかったので・・・病院に着いて、初めて・・・入院されているのが、離婚された奥さんだと・・・知りました」


                                  


僕は、何と答えていいのか迷った。

それを察してか、彼女が再び口を開いた。

「今日は・・・こちらで仕事があったので・・・。ユキに頼まれたものを持って来ました」

彼女は小さな紙片を僕の前に置いた。


写真のようなその紙には、ぼんやりとしたものが写っていた。

水の中に何かが浮遊しているような・・・。

「超音波で見たユキのおなかの中の赤ちゃんです」

彼女は、僕の反応を確かめるような言い方をした。


僕は、テーブルに置かれた紙片を取り上げると、そこに視線を落としたまま「順調に育っていますか?」と聞いた。

「ご心配なく。今のところは順調です」


「今のところ」と言った彼女の言い方が気になった。

だが、それよりも、形もまだ定まらない小さな命が・・・。

確かに、ユキの中で息づいていると言う事実がうれしかった。


               


「インスさん・・・初対面のあなたに、こんなことを言うのは失礼なことだと・・・充分解っています」

紙片を見つめたままだった僕は、彼女の顔に視線を移した。


「ユキのこと・・・おなかの赤ちゃんのこと、必ず守ると・・・約束してくれますよね」


真正面から僕の目を見て、彼女はきっぱりと言った。




2009/05/15 22:04
テーマ:創作の部屋 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

創作の部屋~朝月夜~<32話>

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4人部屋の窓際のベッドでスジョンは眠っていた。

幸いスジョンは、右足首の捻挫と、額と頬に軽い火傷を負っただけで、命に別状はないと言うことだった。

最悪の状態を想像していた義母は、眠るスジョンを見て安心したのか、「よかったね・・・よかったね・・・」とつぶやきながら、スジョンの髪を撫ぜていた。


「担当の医師から、後ほど説明があると思いますが・・・」

傍らにいた看護士はそう前置きして、「精神的にかなり大きなショックを受けたようです」と言った。

燃え盛る炎の中から、助け出されたのだから、ショックは当然のことだろうと僕は思った。


外来を訪れる患者も途絶え、病院が静かになった頃、医師に呼ばれた。

一緒に行くと言った義母をスジョンの元に残し、僕はひとりで医師の話を聞きに行くことにした。


                


「カン・スジョンさんのご主人ですか?」

警察で聞かれたことと同じことを聞かれた。

「スジョンとは、別れました」

僕も同じように答えた。


医師はカルテに視線を落としたまま、「そうですか・・・離婚されているんですね・・・」と、言った。

元夫・・・今は家族ではない男にどこまで話していいものか・・・と、医師は迷っている様子だった。


「外的負傷は、たいしたこともなく、1週間もすれば傷は落ち着くと思います。ただ・・・精神的にかなりショックを受けたようで。搬送された時も取り乱した様子だったと聞いています」

そのことは、先ほどの看護士も言っていた。


「火事の現場にいたんですから、ショックは当然のことだと思いますが・・・?」

「キム・インスさん・・・今は、スジョンさんとはご夫婦ではないと言うことなので、率直に言わせてもらいますが、スジョンさんは、あのホテルでひとりではなかった・・・」

「それは、解っています」

「救出された時の状況をまだ、詳しく把握していないので、これはあくまでも私の推測ですが・・・」


「・・・ひとりではなかったのに、助け出された時はひとりだった。つまり・・・同行者に置き去りにされた・・・と」

医師は、僕の顔を正面から見据えて言った。


               


病院に搬送された時、スジョンは同行者の姿を探し求めていたらしい。

治療中も、「待って・・・」とか、「置いて行かないで・・・」と、言ったような言葉を、うわ言のように叫んでいたと医師は言った。


あの夜、道端で抱き合っていたスジョンとあの男の姿が、僕の頭の中で、フラッシュバックした。


                  


ホテル火災から、1週間が、経っていた。

同行したはずの男からは何の連絡もなかった。


火災当日、義母が警察で口に出した男の名前。

警察官の調べにより、同行したことは確認が取れていた。


なのに、なぜ、何も言ってこない・・・?

結婚するはずのふたりだったんじゃなかったのか・・・?

その答えをスジョンから聞きだすことはできなかった。


スジョンは、言葉を失っていた。


                 


スジョンの様子がおかしいと気付いたのは、入院後3日目くらいからだった。

名前を呼んでも返事をしない。

問いかけには何も答えない。

いつも空ろな表情で、ただじっと僕の顔を見ていた。


医師は、火災の後遺症だと言った。

ユキとは3日に1度電話で連絡を取り合った。

スジョンのことは、ユキには話さなかった・・・と言うより、話せなかった。

今はただ、ユキのおなかの中の子が順調に育つことだけを僕は、祈った。


来週から1週間、僕は仕事でソウルを離れなければならなかった。

その前に、あの男と会おうと僕は決めた。


               


勤務先の会社の受付で、男の名前を告げ、ロビーの片隅のソファに座って、男が現れるのを待った。


現れた男は間違いなく、あの夜、僕が見かけた男だった。


小さなテーブルを挟んで向き合った男は、別れた亭主が何の用だと、言わんばかりの表情をあからさまに見せた。


僕は、火災発生時の様子を訊ねた。

「スジョンは、入浴中だった。早くしたくをしろと言ったら、先に行って、私もすぐに行くからと言った」と、悪びれた様子もなく淡々と語った。


「スジョンを置き去りにしたのか?」と、僕は問い詰めた。

「スジョンは、すぐに来ると言った。火災現場から、ひとりで逃げ出すことは犯罪か?」と、今度は開き直った。


確かに男が言うとおり、犯罪ではないだろう。

しかし、同行者を現場に残し、ひとりだけ避難することが道義的に許されることだろうか。

まして、この男にとって、スジョンは愛する女であるはずだ。

僕には、男の行動が理解できなかった。


                


その時、男の携帯電話から、着信音が鳴り響いた。

「ああ、俺だ。誕生日・・・?そうだったな。忘れてないよ。今夜は早く帰る」


おそらく電話の相手は、男の妻だろう。

「結婚してるのか?」

聞かなくても解ることを僕は男に聞いた。


「スジョンは・・・?」と、問いかけながら、知らないはずはないと僕は思った。

「最初から、知っていた。それを承知で付き合っていたんだ」

僕は、自分の心臓が大きな音を立てているのが解った。


「あの日も、別れ話をするはずだった・・・」

男は初めて、すまなさそうな表情をした。


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