2008/02/06 07:38
テーマ:創作の部屋 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

「朝月夜」(アサヅクヨ)⑤・・・こちらは戯言創作の部屋。

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ホテルの並びの洋菓子店の前で、私は足を止めた。

店の硝子には『大好きなあの人に・・・』と言う、お決まりの言葉が貼られ、店内には色とりどりのチョコレートが飾られていた。

もうすぐ「バレンタインデー」なのね・・・、と私は思った。

あの出来事があって以来、「バレンタインデー」も大好きだったケーキも私とは縁遠いものになってしまった。

それでも、病院の味気ない食事を文句も言わず食べている彼のことを思って、店の中へと入った。

硝子のショーケースの中に並べられたケーキは、どれもシンプルなデザインだったが、それだけに味の良さと高級感が漂っていた。

「お気に召したものがありましたら、おっしゃってください」

苺ののったショートケーキを見つめて、何も言わないでいる私に店員が声をかけた。

「このお店のお薦めののケーキを5つ・・・。」と、私は答えた。

                

病室の前まで来ると、あの中年ナースの笑い声が聞こえてきた。

「あら、お帰り。買い物に行っていたの?ケーキ・・・?いいわね、ケーキのおみやげだって」

と、彼女は私が手にしている箱と彼の顔を交互に見ながら言った。

「いかがですか、ご一緒に?」と、私が誘うと「ケーキは大好きなんだけど、勤務中だし・・・密かにダイエットしてるし・・・」と言って、笑った。

彼女のような人は、ナースと言う職業がきっと天職なんだろうと私は思った。

「病室での飲食は禁止だから、1階の食堂に行くといいわ。ついでに庭でも散歩してきたら?1日中、病室にいたら飽きるでしょう。外に出るときは、パジャマの上に必ず何かを着て出ること。せっかく良くなったんだから・・・って、あなたから言ってね」

そう言って、病室から出て行った。

彼女が言ったとおりのことを私は彼に伝えると、彼にジャンパーを着るように言い、1階の食堂へと向かった。

一杯80円の紙コップ入りのコーヒーを彼は「おいしい」と言って飲んだ。

「お好きなものが解らなくて、適当に買いました」

私はそう言いながら、彼の目の前で洋菓子店の箱を広げた。

お好きなもの・・・どころか、彼が甘いものを好きか・・・苦手か、それすらも知らないのだった。

洋菓子店の店員が入れてくれた紙ナフキンを彼の前に置き、「どれにしますか」と尋ねると、彼は「これ・・」と言って、苺ショートケーキを指差した。

私の口から「えッ・・・」と言う声が漏れたので、彼は、ショートケーキは、私自身が食べたくて買ったもの・・・と、勘違いしたようだ。

「それじゃ・・・こっち」と言って、今度はマンゴー風味のレアチーズケーキを指差した。

「そうじゃなくて・・・いいんです、どうぞ」と言って、私は、彼のナフキンの上に苺ショートケーキをのせた。

病院に持って行くからと言って、添えてもらったプラスチックのフォークを差し出すと、彼は「ありがとう」と言った。

私が、どれにしようかと箱の中のケーキを眺めているうちに、彼の目の前に置いたはずのショートケーキはもうなくなっていた。

彼にマンゴーチーズケーキをすすめ、私は、チョコレートケーキを選んだ。

「甘いものは好きですか?」と私が聞くと、「ええ・・・自分では買いに行きませんが」と、彼は答えた。

彼の紙コップが空になっていることに気付いて、私はもう一度、自動販売機のコーヒーを買って来た。

すると、彼は「すみません」と言いながら、3分の1程に減った私の紙コップに、自分のコーヒーを注いでくれた。

韓国ではこんなことは普通なのだろうか・・・それともこんなことを変に意識する私が普通じゃないんだろうか・・・と、ふと思った。

               

「日が暮れる前に外に出てみますか?」と私が言うと、彼は一瞬迷いながら、「タバコが吸いたい・・・」と言った。

そういえば、彼はいつも照明機材の陰で、タバコを吸っていた・・・ということを思い出した。

「今まで、我慢してたの?」と聞くと、「ええ」と言って、笑った。

俯きがちの笑顔だったけれど、入院して以来、初めて見た彼の笑顔だった。

まだ、日差しが残っているとは言っても、外は寒かった。

中庭をひと回りしても、冬枯れの木立があるだけで、眺める花もなかった。

春になったら、咲き誇るであろう桜の樹も今は、まだ眠っていた。

ベンチに座って、タバコに火をつけると彼はおいしそうに大きく息を吐き出した。

その横顔が遠い日に見た誰かに似ていると思ったけれど、その時は思い出すことができなかった。

「雪は降りませんか?」

吐き出す煙の行方を追いながら、彼が呟いた。

「そうね・・・雪が降ることはめずらしいかもしれません」

私は、病院のある栃木県・宇都宮市という場所の大体の位置と、今は、交通の便もよくなり、通勤圏となっていることなどを話した。

「福島空港の辺りは、ずいぶん雪が降っていると思います。明後日、帰国する時は、日本の雪が見られると思います。帰国便の予約、しておきましょうか?」

と、私が言うと、彼は、自分で電話しますと言った。

福島空港のカウンター業務の人なら、当然、韓国語も理解してくれるだろうと、予約の件は彼に任せることにし、彼が二本目のタバコを吸い終えたところで、病室に戻ることにした。

               

病室に向かうエレベータの中で、今夜から、ホテルに泊まることにしたと彼に告げた。

その方がお互い気兼ねがなくていいでしょうとは、さすがに言えず、私は「お風呂に入って着替えをしたいんです」と言った。

彼は、その方がいいですねと、同意するわけでもなく、反対に落胆した風でもなく、エレベーターの上昇程度を表示する文字盤を見上げながら、「そうですか」とだけ言った。

病室に戻って、昼間買った下着の入った紙袋を差し出し、「明日の朝、入浴したらこれに着替えてください」と私は言い、サイズもデザインも合うかどうか解らないと付け足した。

彼は、LサイズならOKだし、そういうもののデザインにはこだわりませんと言った。

「ユキさんの選んでくれたものなら、何でもいいです。ありがとう」と言ってくれた彼の言葉に、私は恐縮すると共に、彼もこんな風に気のきいたことが言える人なんだ・・・と、ちょっとおかしかった。

私は、残ったふたつのケーキのうち、シフォンケーキをナフキンに包み、「夜、おなかが空いたらこっそり食べてね」と言って、ベッドサイドの「物入れ」の上に置き、レモンパイは持ち帰ることにした。

困ったことがあったら、すぐに携帯に電話を下さいと、携帯番号をメモして、「ゆっくり休んでくださいね」のひと言を残して、私は、病室を出た。

               


2008/02/01 08:11
テーマ:創作の部屋 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

「朝月夜」(アサヅクヨ)④・・・こちらは戯言創作の部屋。

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「キムさん・・・キムさん・・・」

キムさん~!と、肩を叩かれて振り向いた。

「考え事でもしてましたぁ~?何度も呼んだんですよ~」

O氏と別れて、ナースステーションの前を通りがかった時だった。

肩を叩いたのは、若いナースだった。

そうだった・・・彼は、キム・インスと言う名前だったんだ。

その彼に付き添っているから、彼女は、私を「キムさん」と呼んだのだ。

「ちょっと、いいですか?」と、若いナースは私をナースステーションのカウンターへと導いた。

「退院は明後日でいいですね?先生が、あと、二晩、病院のベッドでゆっくりしたら、体力も回復するだろうって。入院費の清算は・・・」

ちょっと待ってください・・・と、私はナースの言葉を制した。

私は、単なる付添い人であって、彼の身内ではない。

彼の体力だの、入院費だのは、私の踏み込む範疇ではないと思った。

事の成り行きをこのナースに話しても意味がないように思えて、「彼と直接話してください」とだけ私は言った。

                                     

病室に戻ると、窓辺に立って外を見ていた彼が振り返って、「朝ごはん、おいしかったですか?」と聞いた。

「ええ・・」と私は答えながら、彼の手の中に携帯電話があることに気が付いた。

きっと、奥さんに連絡したんだわ・・・私は当然のことだと思った。

「ユキさん・・・」と。彼が初めて私の名前を呼んだ。

仕事中も、「通訳さん」とか「あの・・・」とか、名前を呼ばれた記憶はなかった。

知っていることが意外で、私は、つい、どうして私の名前を知っているのかと、不躾な質問をしてしまった。

「Oさんに、あなたのことを何と呼んだらいいのか、尋ねたら、ユキさん・・・と、教えてくれました」

初対面の時の自己紹介で名乗った名前を、彼が憶えていてくれたのではなかったことに私は、少しがっかりした。

「ユキさんは、ここにいて大丈夫なんですか?」

彼は、私が家に帰らず、ここにいることをやはり気にしていたのだ。

「私は、ひとり暮らしだから、待っている人はいないの。それより、早く元気になって、帰らないと・・・。あなたには待ってる人がいるでしょう?私のことは気にしなくていいから。こういうのを日本では《乗りかかった船》と言うのよ」

私は、冗談めかしてそう言った。

「乗りかかった船」と言う日本での古くからの言い回しが、通じたかどうか解らないが、彼は、「すみません・・・」と、本当に申し訳なさそうに呟いた。

私より年長の彼が、その時は年下のように思えた。

                                     

朝の回診の時に、先程、ナースステーションで私に尋ねたことと同じことを担当のナースが彼に聞いた。

私は、それを通訳して彼に伝えた。

病院では、予約をすればシャワー室を利用することができた。

午前中は、自力で入浴可能な患者。

午後は、介護を必要とする患者、と決まっていた。

今朝の回診の時に、どうしますか?とナースに尋ねられて、彼は、明日の10時を希望した。

終了したコンサートのことや、他愛もない話しをしているうちに時刻は正午になろうとしていた。

旅先での入院と言うこともあって、彼は、病院から、貸与されたパジャマを着ていた。

しかし、下着類はそういうわけにも行かない。

O氏が持って来てくれたバッグの中に数枚の下着は入っているだろう。

だが、せっかくO氏から自由に使ってくださいと預かったものがあるのだから、彼に新しい下着を買ってこようと私は思い立った。

そのことを彼に話し、ついでに昼食を済ませてくると言って、私は病室を出た。

                                        

外はすっきりと晴れていた。

駅前の大型スーパーの下着売り場に着いて初めて、私は彼の下着のサイズが解らないことに気が付いた。

サイズだけではなく、紳士用下着も様々なものがあり、彼がどのタイプの下着を愛用しているのか、それも解らなかった。

売り場の店員に尋ねると、「Lサイズ」が、無難であると言うことと、彼の年齢から言って、最近の若者が好むタイプのものを薦めてくれた。

店員は最初、「プレゼントですか?」と私に聞いたが、プレゼントの品として男性用の下着を選ぶ女性がいるのだろうか?

父の下着さえ買ったことのない私には、想像もつかないことだった。

スーパーの最上階の喫茶店で昼食を済ませると、先程、駅前を通りかかった時に目に留まったホテルに向かった。

玄関を入ると、黒いスーツを着た従業員がにこやかに迎えてくれた。

私は、正面の受付カウンターで、シングルルーム、2泊の予約をした。

ふた晩くらい、病室のソファで寝ることは構わなかったが、付きっきりでいるほど彼は重病ではない。

無造作に詰め込まれたバッグの中を片付けたかったし、ゆっくりとシャワーの湯を浴びて眠りたいと思った。

それにも増して、彼が気兼ねするだろうと言うことが何より気になった。

何をしても「すみません・・・」と、申し訳なさそうに言う、彼の顔が浮かんだからだった。

 

 

 

 

 


2008/01/27 09:17
テーマ:創作の部屋 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

「朝月夜」(アサヅクヨ)③・・・こちらは戯言創作の部屋。

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ガチャガチャと金属とガラスがぶつかり合う音が遠くに聞こえた・・・。

昔、聞いたことがあるような・・・。

牛乳販売店のおじさんが、自転車の荷台に牛乳を積んで、家々に届ける音・・・。

幼い頃、私は父方の実家で暮らしていた。

母は、美しい人だった。

その美しい母は、父よりも好きな人ができて、私たちの前から姿を消した。

父は、母を責めることはしなかったが、一人娘の私を不憫に思い、やがて会社を退職して、祖父の茶畑を継ぐ事にした。

私と一緒にいる時間を多くしたいからだ、と父は言った。

退職までの数ヶ月、私は祖父と二人きりだった。

田舎の朝は早い。

鶏小屋に行って、卵を取って来ることと、祖父が丹精している盆栽に水をやるのが私の仕事だった。

いつも決まった時間に、茶畑の向こうからやってくる牛乳屋のおじさん。

雫の滴る冷たい瓶に入った真っ白な牛乳。

それが、朝の仕事をやり終えた私への、毎朝のご褒美だった。

母とはあれから一度も会っていない。

大人になるにつれて、父と私を捨てた母が許せなくなった。

同時に、自分は一人の人を生涯愛しぬく・・・そんな女になりたいと思うようになった。

                                    

ここは、病院だったのだ・・・。

病院はもう、朝の仕事が始まっていた。

目を開けて、彼を見ると、彼も私を見ていた。

「インスssi・・・気分はいかがですか?」

彼は、自分がなぜここに寝ているのか、状況が掴みきれずにいるようだった。

私が、夕べのことをひと通り話すと、彼は、「お世話になりました。ありがとう・・・」と言った。

ホテルに置いたままになっている荷物は、あとでO氏が届けてくれること。

2~3日は安静にしていた方がいいと医師に言われたこと。

他のスタッフは今日の便で帰国すること。

などを、手短に話した。

私は、彼の左手の薬指にに指輪があることに気付いていた。

帰国するはずの夫が帰らなかったら、妻は心配するだろうと思った。

「ご家族に連絡しますか?」と尋ねると、彼は「いいえ。結構です」と言って、また、目を閉じてしまった。

「起きてますか~」

ノックの音と共にゆうべのナースが入って来た。

「明け方、一度来たのよ。熱も下がって、よく眠っていたわ」

そう言われて、点滴の容器が代わっていることに気がついた。

付き添います、などと偉そうなことを言って、眠ってしまった自分がはずかしくなった。

「もうすぐ、朝ごはんですからね。その前に検温してくださいね」

ナースはそう言って、彼の脇の下に体温計を差し込んだ。

「しっかり朝ごはん食べなさいよ。たくさん食べて、眠ればすぐに元気になるから。好きなんでしょ?彼女のこと。だったら、心配かけちゃダメよ・・・って、言っても解らないわね」

中年のナースは、まるで自分の息子に言うような口調で話すと、明るく笑った。

「なんて言ってたんですか?」

ナースが出て行くと彼が私に聞いた。

「もうすぐ、朝ごはんですって。好き嫌いせずに何でも食べなさいって。そうすれば、すぐに元気になりますよって・・・」

私は、ナースが誤解している点を除いて、彼に伝えた。

                  

朝食のトレーを彼の前に置くと、彼はすまなそうな顔で、「すみません・・・」と言い、私の朝ご飯のことを気遣ってくれた。

不自由なのは言葉だけで、彼はトイレにも一人で行けたし、顔を洗うこともできた。

私が、ずっと側にいるのも気詰まりだろうと思い、喫茶室で朝食を食べてきますと言って、病室を出た。

砂糖もミルクも入れないコーヒーを一口飲んだとたん、空腹感を感じた。

考えてみたら、昨夜の酒宴の席で、コップ半分程度の乾杯のビールを飲み、つまみをひとつかふたつ食べただけで、その後は何も口にしていなかった。

コーヒーだけにしようと思った朝食に、私は、サンドイッチを追加した。

二杯目のコーヒーに口を付けながら、顔を上げると、硝子越しに会釈をするO氏の姿が見えた。

おそらく、私が喫茶室に行ったことを彼から聞いて、ここまで来たのだろう。

O氏は、席に着くなり、「インスをよろしくお願いします」と言って、頭を下げた。

彼はひとりで何でもできるから、私がいることがかえって、彼の負担になるのではないかと、私は言った。

「インスはそういう男(ヤツ)なんですよ。女性に対して愛想がない。それなのになぜかもてる・・・」

そう言って、はは・・と笑った。

「もっとも、あなたが、世話はできない・・・というのであれば、話しは別ですが・・・」

けして、そういう意味ではない、という私の言葉を聞いて、気が変わらないうちに・・・と思ったのか、もう一度お願いします、と頭を下げると、テーブルの上の伝票を掴んで、立ち上がった。

しかし、私には、O氏と別れる前にどうしても聞いておきたいことがあった。

「あの・・・余計なことですが、インスさんには、奥さんがいらっしゃいますよね・・・?連絡は・・・」

私は、家族に連絡をしなくてもいいと言った彼の態度が気になっていた。

「プライベートなことはねェ・・・。私もよくは解らないが・・・。円満な関係ではないようで・・・」

O氏は、視線を外して答えた。

「スタッフの連中の話しによると、晩飯なんかもコンビニの弁当で済ませているらしく・・・。まあ、奥さんも忙しいんでしょう。聞くところによると、映像関係の仕事をしているとか・・・。」

O氏は言葉を濁した。

「あッ・・・そうだ、うっかり忘れるところでした」と、言いながら、O氏は、ポケットから封筒を取り出すと、私に差し出した。

「必要なものがあったら、これで買ってください。下着とか、靴下とか・・・。あなたの分もこれで・・・。」

私が受け取りかねていると、大丈夫、経費で落ちますから・・・と、言ってまた、はは・・・と笑った。

                

病院の正面玄関で、O氏を見送ると、やはり余計なことを聞いてしまったと私は後悔した。

「偏食」

「きちんと食べて・・・」

昨夜からの医師とナースの言葉を思い出した。

医療に携わるプロたちは、すでにゆうべの内から、彼の偏った食生活に気付いていたのだ。

仕事を終え、コンビニの袋をぶら下げて家路に着く彼の姿を想像したら、哀しくなった。

 

                                           


2008/01/23 09:56
テーマ:創作の部屋 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

「朝月夜」(アサヅクヨ)②・・・こちらは戯言創作の部屋。

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「2~3日安静にして、きちんと食べて、眠ればすぐに元気になりますよ」

当直の医師の言葉を、韓国スタッフの責任者であるO氏と私は、彼の眠っている顔を見つめながら聞いていた。

「明日の便で、韓国に帰る予定なんですが・・・」

O氏は、多分そのことが気になっているだろうと、私は代わりに聞いてみた。

「どうしても帰りたいというのなら、止めはしませんが・・・」

2~3日安静にしろと今、言ったばかりだろう・・・言葉には出さないが、不快感を顕わにした表情で、医師は病室を出て行った。

 

「困ったなあ・・・。ひとりだけ置いていくわけにも行かないし・・・。かと言って、誰かを付き添いに残すというのもなぁ・・・。次の仕事の準備もあるんだ。できれば明日、全員で帰国したいんだが・・・」

「私でよければ付いていますが・・・」

思いもかけない私の言葉に、O氏は先ほどの困惑した様子とは打って変わって、「お願いできますか?いやあ・・・助かるなあ」と、安堵の色を見せた。

彼と私の荷物を明日、病院まで届けてもらうことと、入院費のことなどを話し合い、O氏はホテルに帰って行った。

 

酒宴の席を抜け出してきたO氏の吐息で、病室にはお酒の臭いが充満していた。

思い切って、窓を開け、空気を入れ替えたいと思ったが、夜風は病人に良くないと思い直し、空気清浄機を作動させた。

厄介なことになってしまった・・・とでも言いた気なO氏の顔を思い出すと、眠っている彼が気の毒に思えた。

                               

「今夜は、ここに泊まりますよね?」

中年のナースが、毛布を持って来てくれた。

「この病院は、完全看護だから、付き添ってもらわなくてもいいんだけど・・・。心配でしょ?カレのこと・・・。」

「・・・・・」毛布を受け取っただけで、私は黙っていた。

「でも、良かったわね。恋人が日本人で。ここには韓国語・・・解る人いないのよ」

中年のナースは、点滴の落ちる様子をチェックしながら、眠っている彼に向かって呟いた。

 

ナースが「お休み」と言って、出て行った後、壁の時計を見上げると、針は午前0時を指していた。

打ち上げの席に彼がいないことに気付いてから、5時間以上の時が経過していた。

                                  

何事もなければ、今頃、ホテルのそれぞれの部屋で眠りについていたであろう、私と彼・・・。

それが、こうして同じ部屋にいる現実・・・。

なぜ、彼の付き添いを引き受ける気になったのだろう?

ひとつは・・・学生時代のことを思い出したから。

 

あれは、大学2年の夏だった。

友人同士でタイに旅行した時のこと。

私達は、バンコクからバスで3時間あまりのパタヤビーチに来ていた。

バンコク市内は日本語でも不自由はしない。

ところがビーチともなると、ホテルの従業員のほとんどは、日本語が解らない。

メニューもすべてタイ語だった。

そんな場所で、私は腹痛を起こした。

どんな風におなかが痛いのか、現地の医師に伝えるのにとても苦労した。

その時の記憶が甦ったのだった。

 

そして、もうひとつ・・・。

今回のツアーに関して、私は韓国サイドから要請があり雇われていた。

しかし、実際のところ、韓国人スタッフは、通訳など必要ないと思われるほど、淡々と仕事をこなしていた。

彼も、そうだった。

その割には過分な報酬で、申し訳ない気持ちを感じていたのだった。

そのふたつが付き添うことを決めた理由で、他には何もなかった。

 

点滴が効いているのか、彼は静かな寝息をたてて眠っていた。

私もそっと目を閉じた。

                                


2008/01/19 17:07
テーマ:創作の部屋 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

「朝月夜」(アサヅクヨ)①・・・こちらは戯言創作の部屋。

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「朝月夜」・・・と書いて、「アサヅクヨ」と読むことをまだ、薄暗い朝の空を見上げながら、彼に教えた。

天空には、仄かな光を帯びた儚い月が残っていた。

月・・Moonを「ヅク」と読むことが、彼にはなかなか理解できないようだった。

実は、私だって、数日前に知ったばかりなのだった。

彼と出会ってから、ほの白い朝の月を何度、見ただろう。

               

彼と初めて会ったのは、日韓合同のコンサート会場だった。

彼は、ステージを彩る照明監督として、客席前方の機材の脇に立っていた。

通訳である私をスタッフが紹介してくれて、短い韓国語で挨拶をした。

取り立てて、どうという人ではなかった。

ただ、握手をした時の、包み込むような手の平の大きさだけが、心に刻まれた。

関東地方一帯を回るだけの小規模なコンサートツアーであったが、各会場は予想以上の盛り上がりを見せ、10日間のツアーは大成功で、全日程を無事終えた。

               

ツアーの最終日は、栃木県の宇都宮。

韓国人スタッフ一行は、明朝、福島空港から帰国の予定だった。

ツアー成功のお祝いと関係者の労いの意味を込めて、ささやかながら打ち上げの宴がホテルで行われることになった。

だが、その席に彼は姿を見せなかった。

一足先に帰国したのだろうか・・・。

私は、傍らのスタッフにそれとなく聞いてみた。

「体調がすぐれず、部屋で寝てるんですよ」の、ひと言だけで、別段、気にする風でもなく、そのスタッフは談笑の輪の中に入ってしまった。

               

彼の部屋が4階の410号室であることは、配られた「部屋割り表」で知っていた。

私は、そっと席を離れるとエレベーターに乗って、4階に上がり、彼の部屋をノックした。

応答はない・・・。

もう一度・・・何事もなく、ただ眠っているだけで、ノックの音で目覚めてしまったら、詫びればいい・・・そう思った。

しかし、二度目のノックにも何の応答もなかった。

私は、妙な胸騒ぎを感じて、フロントに行き、事情を話して、部屋まで同行してほしいとお願いした。

まず、電話を・・・と、呼び出してみたが一向に受話器を取る気配はないようだった。

フロント係の頭によぎった思いは、私と同じだったようで、マスターキーを掴むと、早足でエレベーターホールに向かって歩いて行った。

私もその後を追った。

               

410号室の扉をフロント係の青年が、彼の名を呼びながら、二度三度ノックを繰り返したが、相変らず答えはなく、鍵穴にマスターキーを差し込み、「失礼します」と言いながら、遠慮がちにドアを開けた。

広い部屋ではない。

その位置からも充分に部屋中を見渡すことが出来た。

私たちの目に飛び込んできたのは、とても尋常とは思えない彼の寝ている姿だった。

荒い息づかいと乾いた唇。

私は躊躇いながら彼の額に手を充てた。

額は燃えるように熱かった。

「救急車の手配を・・・」私は、そう告げると「インスssi~」と、彼の名前を呼び続けた。

 


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