2008/05/15 11:16
テーマ:創作の部屋 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

「朝月夜」(アサヅクヨ)⑬・・・こちらは戯言創作の部屋

Photo

ろうそくの灯りは、どうしてこんなにやさしいのだろう。

太古の昔から、灯りは人々の心の拠り所だった。

灯りの下に人々は集まり、語らい、食事をした。

そしてそこに愛が芽生えた。

古(いにしえ)の人々の生活に思いを馳せながら、私は鶴ヶ城のろうそくの灯りを見つめていた。

 

たけのこ型に作られた陶器の燭台は、小さなお地蔵様のようで、斜めに切り取られた孟宗竹の中で、ゆらめく炎はかぐや姫を連想させた。

「愛」 「希望」 「夢」 「未来」。

地元の中学生が作った燭台に書かれた文字は、春を待つ会津の人の心。

彼は何度もシャッターを切り、「来てよかった・・・」と呟いた。

                         

それにしても冷える。

寒さが足元から這い上がってくる気がした。

ろうそくの灯りを熱心に見つめている彼に「帰りましょう」とも言えず、私は彼の傍らで震えていた。

 

その内にちらちらと雪が舞い降りてきて、会場はよりいっそう、幻想的な雰囲気に包まれた。

鶴ヶ城を雪と光が包む。

ライトグリーンにライトアップされた鶴ヶ城とそれを取り巻く、幾千のろうそくの灯り。

「ろうそくまつり」が、別名「ゆきほたる」と言われる由縁が解ったような気がした。

 

「寒い・・・」つい、口に出してしまった言葉に、彼が気付き、「戻りましょうか?」と言った。

もう限界・・・と思っていた私は、待ってましたとばかりに「うん、うん」と頷いた。

                              

駐車場に戻ると、運転手に「あれ?もう戻ってきたんですか?天守閣には行かなかったの?」と聞かれた。

天守閣・・・?

と、私が不思議そうな顔をすると、「天守閣に上ると、全体が見渡せてそりゃあ・・きれいなんだけどなあ」と、言った。

 

私と運転手の会話を理解できない彼は、すでに、カメラをバックにしまっていた。

彼に申し訳ない気もしたが、もう、引き返す元気が私にはなかった。

「ホテルへ行ってください」

私は、凍える手に息を吹きかけながら、運転手に告げた。

 

ホテルの正面玄関の車寄せで車を止め、トランクから荷物を出しながら、運転手は私に「素敵な夜を・・・」と言った。

無骨な運転手に似合わぬ言葉に、私は意味を取り違えて俯いた。

そんな私の気持ちを察して、「ゆっくりと温泉に浸かって、うまいものを食べてという意味ですよ」と言い、豪快に笑った。

私たちは、運転手に今日一日の礼を言い、ハイヤーが走り去るのを見送った。

             

自動扉を開けると、別世界のような暖かさと、従業員のにこやかな笑顔が私たちを迎えてくれた。

駅前の観光案内所で紹介された・・・と、名乗ると、「お待ちしておりました」と、フロントのカウンターに案内された。

そこで私は、宿泊カードに自分の名前を記入し、「同行者1名」と、書き添えた。

 

通された部屋は、外観から受けたイメージと違い、純和風の落ち着いた和室だった。

案内してくれた、女性従業員から手渡されたパンフレットには、「会津で過す二人だけの大切なひととき」と書かれていた。

その文字を見つめていると、「お食事はいかがいたしますか?」と聞かれた。

希望により部屋まで運ぶこともできるし、最上階の「食事処」で食べることもできると言った。

私は、「夜景を見ながらの夕食」を選択した。

口数の少ない彼と、二人きりの夕食は、会話も途切れがちで、間が持てないような気がしたからだ。

 

さらに「浴室はお部屋にもございますが、今からお時間の予約をしていただければ、お二人だけで入れる貸切の露天風呂もございます」と言った。

老舗のホテルや旅館に限らず、従業員が宿泊客のプラーベートを詮索するのは、マナー違反と教育されているはずだ。

明らかに夫婦でないとわかっても、それを装うのがルールとされている。

だからこそ、このような説明がなされるのだろう。

「貸切露天風呂」のことは、「結構です」と言って終ったが、この時ばかりは、彼が日本語が解らない人でよかったと思った。

            

次に「お休みになるときはこちらのお部屋で・・・」と、隣の部屋に通じる襖を開けた。

おそらく私は、その瞬間、顔色が変わっていたと思う。

ここに通された時から、部屋はふたつあるのだと解っていた。

その時点で私は、各部屋に一枚ずつ布団を敷いて・・・と、すでに考えていたのだった。

備え付けのテレビの使い方や空調の調整の仕方も上の空で、私は、ふたつ並んだセミダブルのベッドを見ていた。

ひと通りの説明を終えると、女性従業員は、「それでは、どうぞごゆっくり」と言って、部屋を出て行った。

その間、彼はずっと窓辺で、タバコを吸いながら、外を見ていた。

篝火が焚かれた中庭は、先程から降り始めた雪で白くなりかけ、遠くに流れる川音が聞こえていた。


2008/05/06 11:07
テーマ:創作の部屋 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

「朝月夜」(アサヅクヨ)⑫・・・こちらは戯言創作の部屋。

Photo

「何もしませんから・・・」と言う彼の言葉に「当然です!」と言い返しながらも、動揺している自分を彼に悟られたくなくて、私は早足で、観光案内所を出た。

彼とひとつの部屋に宿泊することに対して、そんな場面は、微塵も思い浮かばなかった。

 

私は、ただ、病室で感じた気詰まりを、また、ホテルで彼も感じるだろうと思って、「どうしますか?」と聞いたのだ。

何もしませんから・・・?そんなこと、あえて口にする必要があるのかしら、と私は思った。

今まで意識していなかったことを、意識せざるを得なくなって、私は早くも彼との宿泊を決めたことを後悔し始めていた。

 

そんな気持ちが顔つきに表れたのだろうか。

彼は、ハイヤーに乗り込むと、「先ほどは、失礼なことを言いました」と言った。

私は、なんと言ったらいいのか、解らずに黙っていた。

           

「宿は取れましたか?」と、運転手に聞かれた。

私が、「はい」と短く答えると、「そりゃあ、良かった。この時期、野宿ってわけにもいかないもんなあ~」と言って、大きな声で笑った。

 

私たちは、運転手の勧めで、七日町の郷土料理店で、昼食をとることにした。

囲炉裏がある部屋で、会津の郷土料理を食べた。

「鰊の山椒漬」「棒だらの煮物」などの魚料理は、韓国人の彼の口に合うかと、心配したが、彼は、おいしいと言って食べていた。

 

和洋折衷の調和の取れた個室は、落ち着いた佇まいで、塵ひとつ落ちていない床は、黒光りするほどに磨きこまれていた。

客を迎え入れるため、心地よい空間を提供しようと言う店主の心遣いが感じられた。

 

郷土料理店を後にした私達は、老舗のろうそく店に立ち寄り、職人の熟練した技に、しばし目を奪われた。

「やってみてはいかがですか?」と言う、女性店員の言葉に、私たちは、乳白色のろうそくに、思い思いの絵付けをした。

出来上がったところで、彼が「交換しましょう」と提案した。

 

彼が差し出したろうそくには、ピンクの花びらを散らせている桜が描かれていた。

散る間際の、いっそう美しい桜を連想させる彼のろうそくを見たら、自分のろうそくがひどく幼稚に思えて、絵柄を隠すように私はろうそくを握り締めた。

彼は、私の手からろうそくを抜き取ると、「かわいい・・」と言って笑った。

ピンクの手袋をして、頬を赤く染めているろうそくの中の「雪だるま」は、今の私そのものだった。

           

「次は、有名な酒蔵へ行きますか?」

運転手に促されて、私たちはろうそく店を出た。

良い米、良い水、そして会津の冬の厳しさは、酒造りにもっとも適していると言われているそうだ。

酒蔵の中を見学する為には、事前に予約が必要だった。

見学はあきらめて、「きき酒コーナー」で、地酒を試飲することにした。

 

久し振りのアルコールに彼は感動したようで、薦められるがままに何杯かのお酒を飲み、そのうちの一本を購入した。

私は、匂いをかいだだけで、酔いそうなので、試飲も丁寧に辞退した。

 

その後、武家屋敷に向かい、そこを出た時には、辺りは薄暗くなりかけていた。

「ちょうどいい時間だと思いますよ」と、運転手は、鶴ヶ城に向けて車を走らせた。

鶴ヶ城に着いた頃には、薄闇の中、すでに何本かのろうそくに明かりが灯され、幻想的な雰囲気を醸し出していた。

 

夕方になったせいか、寒さが増したような気がした。

私は、コートの襟を立て、肩を抱いた。

そんな私の様子を見て、彼は「寒いですか?」と言いながら、首に巻いていたマフラーを取ると、私の首に巻いてくれた。

「いいです・・・大丈夫です」と言いながら、巻いてくれたマフラーを取ろうとした私の手を制して、「風邪を引いたら、僕のせいになる・・・」と、言ってもう一度巻き直してくれた。

彼の顔があまりに近くて、視線を合わせているのが照れくさくて・・・、私は慌てて横を向いた。

 


2008/04/19 09:50
テーマ:創作の部屋 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

「朝月夜」(アサヅクヨ)⑪・・・こちらは戯言創作の部屋。

Photo

驚いた顔をした君を見つめながら、僕はなぜか満足感を味わっていた。

夕べから、胸につかえていたものを吐き出すことができたからだ。

元々、期待などしていなかった。

ただ、正直に言ってしまいたかった。

 

すみません、失礼なことを言って・・・。

僕は、心の中で、言い訳の準備をした。

ところが、君は、思いもかけないことを言った。

「行きましょう!きれいな景色を見て、おいしいご飯を食べて、温泉に入ったら、日本で仕事をしたいい思い出になりますね」

 

予想外の君の発言に、僕は一瞬、言葉を失った。

そして、実に不躾な言葉を口にしてしまった。

「温泉って・・・一緒に泊まってくれるってことですか?」

しかし、それに対しても君の応えは、冷静だった。

 

「飛行機のチケットを持っていないあなたを、ここに置いて、私だけ帰るわけにはいかないでしょう?通訳として、会津見物に付き合います。今から、観光バスの出発時間を聞いて来ますから、インスさんは、カウンターに行って、明日の飛行機の予約をして下さい。」

そして、さらにこう言った。

「差し出がましいことを言うようですが、ご家族に帰国の予定をきちんと連絡して下さい。今日、帰国できなくなった理由も、ちゃんと話して下さい」

君は、まるで仕事を指示するような口ぶりだった。

            

僕は、言われたとおりに飛行機の予約カウンターに行き、帰国便の予約をした。

空港ロビーのソファに座って、君が戻るのを待っている間、僕は、今、手にしたばかりのチケットを見つめながら、「土曜日か・・・」と呟いていた。

 

君は、すぐに戻って来て、観光バスは、すでに座席が完売になっていたと言った。

「代わりにハイヤーを頼みました。少し高くつくけど、これがあるからいいですよね」

君はそう言って、O氏から預かった封筒をちらつかせながら、小さく笑った。

 

「飛行機のチケットは、取れましたか?」

と、君に聞かれて、僕は「ええ・・・」と答えた。

「良かったわ・・・」と、君は、安心した様子だった。

行きましょうかと、君に促されて、僕達は、ハイヤーの乗り場へと向かった。

 

「何時の便ですか?」

僕が予約したチケットは、明日のものだと信じている君は、出発の時刻だけを僕に尋ねた。

「えっ・・・?」

「明日の飛行機の時間です。遅刻したら困りますから」

「帰国は・・・・土曜日です」

「土曜日・・・って、今日は、水曜日ですよ。何か、勘違いしていませんか?」

君は、足を止めて、僕を見上げた。

             

「ソウルへの便は、1週間に3日だけ。月曜と水曜と・・・土曜日だそうです。僕も知らなくて・・・」

「そんな・・・予約係の人は、韓国語が解る人でしたか?」

僕は、黙って頷いた。

「困ったわ・・・どうしよう、私はそんなに長い間、会津にいるわけいはいきません。ちょっと待ってて・・・」

君は、僕にバッグを預けると、予約カウンターに向かって、走って行った。

 

おそらく、予約係は、僕に告げたことと同じことを君に言ったのだろう。

途方に暮れた様子で、君は戻って来た。

「大丈夫、一人で何とかなりますから」

僕は、そう言うしかなかったし、チケットを手にした段階で、本当にそう思っていた。

これから、4日間もの長い間、君を付き合わせるわけにはいかないって・・・。

             

韓国の運転手もそうだが、日本の運転手もよく喋る。

しきりに君に何かを話しかけ、そのたびに君は、ええ・・・とか、まあ・・・とか、曖昧な返事をしたり、真剣な顔で聞き返したりしていた。

そして時折、僕の顔を見ては、韓国語で話しの内容を教えてくれた。

「残念だけど、猪苗代の方まで行ってる時間はなさそうなの。雪があって車が走れるかどうか・・・って。それに・・・猪苗代湖畔の冷たい風は、体によくないと思うわ。まだ、回復したばかりだもの・・・その代わり、会津市内をゆっくり見て、回りましょう」

君の意見に反対する理由は何もなかった。

 

車が会津若松の市内に近づいた頃、運転手がまた君に何かを尋ねた。

僕の帰国が土曜日だとわかった時と同じ、困惑の表情を浮かべて、君は僕を見た。

「会津の・・・鶴ヶ城で《ろうそくまつり》と言う、お祭りが開催されているらしく、ホテルは、予約客で、いっぱいだろうって・・・」

             

とりあえず、市内見物は後にして、駅前の観光案内所に行って、宿の手配を先にした方がいい、と言う運転手の言葉に従って、僕達は、駅前で一旦、車を止めた。

イベント開催中ということもあって、駅前の観光案内所は、混んでいた。

観光客を掻き分けるようにして、君は、「宿泊案内」と書かれた、カウンターに行くと、若い男性職員を捕まえて、早速、話しを始めた。

 

二人のやり取りは僕には理解できない。

男性職員は、さっきから、何度もPCのキーを叩き、そのたびに首を振っている。

空いているホテルが見つからないのだろうと、想像できた。

あきらめかけた頃、カウンター越しに、職員が君を見上げて、ひとこと言い、君はホッとしたような顔をした。

しかしそれもつかの間で、一瞬にして君の表情は、曇ってしまった。

「ホテルが、見つからないんですか?」

気になって、僕は尋ねた。

君は答えることに躊躇している様子だった。

「空いているホテルが、やっとひとつ見つかりました。但し、部屋が・・・どうしてもひとつしか取れないって・・・」

              

物事を決める時に、男にとっては、さほど重要でないことも、女性にとっては重要なことがある。

同室に宿泊すると言うことは、君にとっては、まさしく「重要」なことで、それ故に決めかねていたのだった。

「どうしましょう・・・?」

「僕は、構いませんが・・・」

男なら誰もがこう答えるだろう。

今度は、職員が、「どうしますか?」と言うような顔で、君と僕を交互に見た。

君は、もう一度僕の顔を見て、迷いながらも「お願いします」と言った。

 

すべては僕の我儘から発生したことであるのに、こういう時に、上手い言葉が見つからない。

「何もしませんから・・・」

なんとも間の抜けた言葉が、口を突いて出た。

君は「当然です!」とひと言言うと、急ぎ足で、出口に向かって歩いて行った。

職員が、僕にホテルの場所が書いてあるパンフレットを手渡してくれた。

 

「当然です!」と、怒ったように言った君の顔が、なんだかとてもかわいくて・・・。

僕は小走りで、君の後を追いかけた。

 

 


2008/04/07 20:37
テーマ:創作の部屋 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

「朝月夜」(アサヅクヨ)⑩・・・こちらは戯言創作の部屋。

Photo

苛立ちの原因は、自分自身の中にあるのだと、充分解っていた。

夕べ、「会津・・・」と言う言葉を口にした時点で僕は大いに後悔した。

そして、それ以上、何も言えなくなった。

恋人でもない女性を旅に誘うなどと言うことは、常識外れも甚だしいことなのだ。

微かな願望は、夜を越えても、消えずに残っていた。

そんな気持ちを、封印するように僕は、引き出しの中に旅行雑誌を隠した。

それを君に見つけられてしまった。

カバンの奥底にしまいこんでおけばよかったと、思った。

僕の苛立ちは余計に募り、行き場のない感情は僕を無口にさせた。

空港に着いたら、飛行機に乗るふりをして少しでも早く君と別れよう。

タクシーの中で、僕はそう思っていた。

ところが君は僕をお茶に誘い、「会津に行きたかった?」と聞いた。

心の中を見透かされたような気がして、僕は、思わず席を立ってしまった。

外に出て、タバコに火をつけた。

空港の冷たい風はソウルの風に似ていた。

 

                            

 

家の前に見慣れぬ車が止まっていた。

車から降りる男の姿が見えた。

続いて妻が降りてきた。

男が妻を抱き寄せ、キスをした。

僕はその光景を見て、ただ呆然と立ち尽くしていた。

二人は別れを惜しむかのように、もう一度抱擁を繰り返し、男は車に戻り、走り去った。

妻は、走り去る車を見送り、次に僕を見た。

そして、足早に玄関に向かった。

僕は、妻の後を追った。

「あの男は誰だ?」

「いつからなんだ・・・?」

「キスだけの関係か・・・?」

「どういうつもりなんだ・・・?」

部屋に入るなり、僕は、矢継ぎ早に妻に尋ねた。

妻はひと言の弁解もしなかった。

「離婚してください」・・・そう言っただけだった。

「ルール違反じゃないか!」僕は、吐き捨てるようにそう言ったが、不倫にルールなど、最初から存在しないのだった。

 

               

男と抱き合ってキスをしている妻を見て、取り乱している自分が、以外だった。

なぜなら、妻に男がいることを僕は薄々気付いていたからだ。

気付いていながら、知らないふりをしていた。

当たり障りのない会話を交わし、妻の手料理をおいしいと言って食べ、僕以外の男と関係を持ったかもしれない妻を抱いていた。

世間に対する面子。

男のプライド。

妻に裏切られたという被害者意識。

夫としての意地。

妻に対する未練。

いろんなものが交錯して、僕は離婚を言い出せなかった。

できることなら、妻の浮気に目をつぶって、このまま夫婦生活を続けよう、僕はそう思っていた。

ところが妻は一時的な遊びではなく、本気だったのだ。

本気で、僕以外の男を愛していたのだ。

そのことに初めて気付いた。

日本に来る三日前の出来事だった。

僕が日本に発つ日の朝、妻は離婚届を置いて家を出た。

 

               

こうして離れて暮らしてみると、もっと早くそうすべきだったのだという気持ちになった。

帰国したら、離婚届を提出しよう、そう思った矢先に僕は体調を崩し、入院してしまった。

そして、君と出会った。

妻との結婚生活が破綻したから、君とどうにかなりたい・・・などという淫らな気持ちは毛頭ない。

ただ・・・もう少しだけ一緒にいたい。

単純にそう思った。

思えば僕はいつも、自分の気持ちをあまり表に出さず、格好つけて生きてきたように思う。

時には、感情のおもむくまま正直に生きたっていいじゃないか・・・・。

そんな思いが僕を大胆にさせた。

「一緒に会津に行ってくれませんか。このまま、ユキさんと別れたくないんです」

驚いた表情をした君を、僕はじっと見つめていた。

 

 


2008/03/20 08:23
テーマ:創作の部屋 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

「朝月夜」(アサヅクヨ)⑨・・・こちらは戯言創作の部屋。

Photo

病室の扉を開けると、彼の姿はなく、ベッドの上に荷造りが終ったバッグが置かれているだけだった。

開け放した扉の向こうから、若いナースが、「キムさんは、会計に行ってますよ」と教えてくれた。

「もう、間もなく戻ると思います」と、白衣の袖を捲くって腕時計を見た。

正面玄関のすぐ横が会計なのに、彼の姿に気づかなかった。

もう少し早く来ればよかったのだろうか・・・。

なんだか少しも役に立っていないようで、心苦しくなった。

 

「忘れ物のないようにしてくださいね」そう言って、ナースは会釈をして出て行った。

室内を見回し、クローゼットの中も覗いてみたが、残っているものは、何もなかった。

最後にベッドサイドの物入れの引き出しを開けたら、一冊の旅行雑誌が残されているのに気がついた。

彼の前に、この部屋を使っていた患者のものだろうか・・・一瞬、そう思った。

だが、彼が入院する時に、私はこの引き出しを開けたが、ここには何も入っていなかった。

 

私は旅行雑誌を手に取るとパラパラとページを捲った。

何箇所かのページの右上の角が、折られていることに気がついた。

『猪苗代湖のひまつ氷』

『鶴ヶ城のろうそくまつり』

『会津若松』

・・・・・。

彼が夕べ、電話で言いたかったことはこのことだったのだと、私はやっと理解できた。

 

一緒に行ってくれと言いたかったのだろうか・・・。

いや、彼に限ってそんなことを言うはずはない。

だって、彼は12時の飛行機で韓国に帰るのだから。

どんなところか知りたくて、私に聞きたかったのだろうか・・・?

それとも、ただ単に、暇つぶしに見ていただけかもしれない。

様々な考えが頭をよぎった。

 

「ユキさん・・・」と、声をかけられるまで、彼が戻ったことにも気づかず、私は、ライトアップされた鶴ヶ城の写真を見つめていた。

「退屈だったので・・・」そう言いながら、彼は私の手から雑誌を取り上げるとバックの脇のポケットに、無理矢理押し込み、「行きましょう。全部終わりました」と言った。

                                 

私たちは、ナースセンターに立ち寄り、お世話になった礼を述べ、タクシー乗り場へと急いだ。

車体に大きく「A」と社名の入ったタクシーを見つけて、近づくと、運転手らしき男性が車に寄りかかるようにして、タバコを吸っていた。

「あの・・・すみません」

私が、声をかけると、運転手は、吸っていたタバコを靴の先で踏み潰しながら、「キムさん?」と言った。

私が頷くと、「奥さんが、日本人で安心したよ。韓国人のお客さんだって聞いてたもんで・・・韓国語なんて、全然わかんないからさ」運転手はホッとしたような表情で、後ろのトランクを開けた。

私たちは、それぞれの荷物をトランクに積み込んで、タクシーの後部座席に座った。

 

「今日は、平日で道も空いてるだろうから、1時間足らずで着くと思いますよ」と、運転手が言った。

「多い時はこの車に4人乗ることもあるんだよ。2人でも、4人でも料金は同じ。ははは・・」運転手は、ミラー越しに私を見て、大きな声で笑った。

その後も、飛行機でどこまで行くのかと聞かれ、行き先を韓国だと告げると、「ダンナの実家に里帰りかい?いいね~」と、言う始末。

私は美容院でも、タクシーの中でも、必要以上の会話は、好きではなかった。

 

雑談は、しばらく続いた。

その間、彼はひと言も口をきかなかった。

相槌を打つことに疲れ始めた頃、運転手が、「福島は寒いよ」と言った。

「雪は降っていますか?」と私が聞くと、今日は降っていないが、かなり冷え込んでいるということだった。

そのことを彼に伝えた。

彼は、ジャンパーのボタンをひとつ外すと、黙って、自分の胸元を指差した。

昨日、私がプレゼントしたセーターの紺色が見えた。

                                     

空港に着いてタクシーを降りると、運転手が言ったとおり、宇都宮とは明らかに違う寒さだった。

出発まで、まだ間があったので、私は彼をお茶に誘った。

平日のせいか、やはりカフェも人影は疎らだった。

コーヒーを飲みながら、店内を見回すと、壁には、いくつもの観光用ポスターが貼ってあった。

そのすべてに、美しい写真と福島県内の名所への誘いの言葉が添えられていた。

 

「会津へ行きたかった?」自然にその言葉が出た。

しかし、彼は「はい」とも「いいえ」とも言わず、「タバコを吸ってきます」と言って、席を立ってしまった。

余計なことを言ってしまったかしら・・・?

そんなことはないわよね・・・。

昨日、彼の口から出た「アイヅ」の言葉・・・そして、ページの折れ曲がった旅行雑誌。

気になったから聞いただけなのに・・・。

彼の素っ気無い態度が、私には以外だった。

                               

私は、O氏から預かっていたお金を返さねばと思い、テーブルの上に封筒を出して、彼が戻るのを待っていた。

「本来なら、夕べの内にお返しすべきでした」

私は、そう言い添えて、彼の前に封筒を置いた。

「これは、ユキさんへの謝礼だと言われています。このまま受け取って下さい」と、彼は、言った。

「困ります」「こちらも困ります」そんなやり取りが続き、結局、私が納める格好になってしまった。

 

私は、申し訳ないという気持ちよりも、後味の悪さを感じていた。

この数日間のことは、あくまでも私の意志で行ったことだった。

異国の地で、病気になり困っている彼の助けになれば・・・と思ってした行為だった。

それが、お金と代引きされたような気がしたからだ。

 

気まずい空気が漂って、私は「ソウルは、晴れているでしょうか?」と、当たり障りのない話題を口にした。

「さあ・・どうでしょう」

彼はまたも、素っ気無い答え方をした。

会話が続かない。

タクシーの中でも感じたことだが、今日の彼は不機嫌な表情をしていた。

韓国で待っている奥さんと、上手く連絡が取れないのだろうか?

しかし、そんなことは、今の彼の様子からして聞けるはずもなく、私は、黙ってコーヒーを飲み干した。

                                

壁の時計を見ると、時刻は、11時になっていた。

「そろそろ行かないと・・・」

私はバッグを持って席を立った。

「嘘を言いました・・・チケットは取っていません」

何を言っているんだろうと私は、思った。

「一緒に、会津に行ってくれませんか。このまま、ユキさんと別れたくないんです」

彼の言っていることは、またも私には理解できない言葉に聞こえた。


<前 [1] ... [183] [184] [185] [186] [187] [188] [189] [190]

TODAY 77
TOTAL 2575626
カレンダー

2018年9月

1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30
スポンサードサーチ
ブロコリblog