「朝月夜」(アサヅクヨ)③・・・こちらは戯言創作の部屋。
ガチャガチャと金属とガラスがぶつかり合う音が遠くに聞こえた・・・。
昔、聞いたことがあるような・・・。
牛乳販売店のおじさんが、自転車の荷台に牛乳を積んで、家々に届ける音・・・。
幼い頃、私は父方の実家で暮らしていた。
母は、美しい人だった。
その美しい母は、父よりも好きな人ができて、私たちの前から姿を消した。
父は、母を責めることはしなかったが、一人娘の私を不憫に思い、やがて会社を退職して、祖父の茶畑を継ぐ事にした。
私と一緒にいる時間を多くしたいからだ、と父は言った。
退職までの数ヶ月、私は祖父と二人きりだった。
田舎の朝は早い。
鶏小屋に行って、卵を取って来ることと、祖父が丹精している盆栽に水をやるのが私の仕事だった。
いつも決まった時間に、茶畑の向こうからやってくる牛乳屋のおじさん。
雫の滴る冷たい瓶に入った真っ白な牛乳。
それが、朝の仕事をやり終えた私への、毎朝のご褒美だった。
母とはあれから一度も会っていない。
大人になるにつれて、父と私を捨てた母が許せなくなった。
同時に、自分は一人の人を生涯愛しぬく・・・そんな女になりたいと思うようになった。
ここは、病院だったのだ・・・。
病院はもう、朝の仕事が始まっていた。
目を開けて、彼を見ると、彼も私を見ていた。
「インスssi・・・気分はいかがですか?」
彼は、自分がなぜここに寝ているのか、状況が掴みきれずにいるようだった。
私が、夕べのことをひと通り話すと、彼は、「お世話になりました。ありがとう・・・」と言った。
ホテルに置いたままになっている荷物は、あとでO氏が届けてくれること。
2~3日は安静にしていた方がいいと医師に言われたこと。
他のスタッフは今日の便で帰国すること。
などを、手短に話した。
私は、彼の左手の薬指にに指輪があることに気付いていた。
帰国するはずの夫が帰らなかったら、妻は心配するだろうと思った。
「ご家族に連絡しますか?」と尋ねると、彼は「いいえ。結構です」と言って、また、目を閉じてしまった。
「起きてますか~」
ノックの音と共にゆうべのナースが入って来た。
「明け方、一度来たのよ。熱も下がって、よく眠っていたわ」
そう言われて、点滴の容器が代わっていることに気がついた。
付き添います、などと偉そうなことを言って、眠ってしまった自分がはずかしくなった。
「もうすぐ、朝ごはんですからね。その前に検温してくださいね」
ナースはそう言って、彼の脇の下に体温計を差し込んだ。
「しっかり朝ごはん食べなさいよ。たくさん食べて、眠ればすぐに元気になるから。好きなんでしょ?彼女のこと。だったら、心配かけちゃダメよ・・・って、言っても解らないわね」
中年のナースは、まるで自分の息子に言うような口調で話すと、明るく笑った。
「なんて言ってたんですか?」
ナースが出て行くと彼が私に聞いた。
「もうすぐ、朝ごはんですって。好き嫌いせずに何でも食べなさいって。そうすれば、すぐに元気になりますよって・・・」
私は、ナースが誤解している点を除いて、彼に伝えた。
朝食のトレーを彼の前に置くと、彼はすまなそうな顔で、「すみません・・・」と言い、私の朝ご飯のことを気遣ってくれた。
不自由なのは言葉だけで、彼はトイレにも一人で行けたし、顔を洗うこともできた。
私が、ずっと側にいるのも気詰まりだろうと思い、喫茶室で朝食を食べてきますと言って、病室を出た。
砂糖もミルクも入れないコーヒーを一口飲んだとたん、空腹感を感じた。
考えてみたら、昨夜の酒宴の席で、コップ半分程度の乾杯のビールを飲み、つまみをひとつかふたつ食べただけで、その後は何も口にしていなかった。
コーヒーだけにしようと思った朝食に、私は、サンドイッチを追加した。
二杯目のコーヒーに口を付けながら、顔を上げると、硝子越しに会釈をするO氏の姿が見えた。
おそらく、私が喫茶室に行ったことを彼から聞いて、ここまで来たのだろう。
O氏は、席に着くなり、「インスをよろしくお願いします」と言って、頭を下げた。
彼はひとりで何でもできるから、私がいることがかえって、彼の負担になるのではないかと、私は言った。
「インスはそういう男(ヤツ)なんですよ。女性に対して愛想がない。それなのになぜかもてる・・・」
そう言って、はは・・と笑った。
「もっとも、あなたが、世話はできない・・・というのであれば、話しは別ですが・・・」
けして、そういう意味ではない、という私の言葉を聞いて、気が変わらないうちに・・・と思ったのか、もう一度お願いします、と頭を下げると、テーブルの上の伝票を掴んで、立ち上がった。
しかし、私には、O氏と別れる前にどうしても聞いておきたいことがあった。
「あの・・・余計なことですが、インスさんには、奥さんがいらっしゃいますよね・・・?連絡は・・・」
私は、家族に連絡をしなくてもいいと言った彼の態度が気になっていた。
「プライベートなことはねェ・・・。私もよくは解らないが・・・。円満な関係ではないようで・・・」
O氏は、視線を外して答えた。
「スタッフの連中の話しによると、晩飯なんかもコンビニの弁当で済ませているらしく・・・。まあ、奥さんも忙しいんでしょう。聞くところによると、映像関係の仕事をしているとか・・・。」
O氏は言葉を濁した。
「あッ・・・そうだ、うっかり忘れるところでした」と、言いながら、O氏は、ポケットから封筒を取り出すと、私に差し出した。
「必要なものがあったら、これで買ってください。下着とか、靴下とか・・・。あなたの分もこれで・・・。」
私が受け取りかねていると、大丈夫、経費で落ちますから・・・と、言ってまた、はは・・・と笑った。
病院の正面玄関で、O氏を見送ると、やはり余計なことを聞いてしまったと私は後悔した。
「偏食」
「きちんと食べて・・・」
昨夜からの医師とナースの言葉を思い出した。
医療に携わるプロたちは、すでにゆうべの内から、彼の偏った食生活に気付いていたのだ。
仕事を終え、コンビニの袋をぶら下げて家路に着く彼の姿を想像したら、哀しくなった。
「朝月夜」(アサヅクヨ)②・・・こちらは戯言創作の部屋。
「2~3日安静にして、きちんと食べて、眠ればすぐに元気になりますよ」
当直の医師の言葉を、韓国スタッフの責任者であるO氏と私は、彼の眠っている顔を見つめながら聞いていた。
「明日の便で、韓国に帰る予定なんですが・・・」
O氏は、多分そのことが気になっているだろうと、私は代わりに聞いてみた。
「どうしても帰りたいというのなら、止めはしませんが・・・」
2~3日安静にしろと今、言ったばかりだろう・・・言葉には出さないが、不快感を顕わにした表情で、医師は病室を出て行った。
「困ったなあ・・・。ひとりだけ置いていくわけにも行かないし・・・。かと言って、誰かを付き添いに残すというのもなぁ・・・。次の仕事の準備もあるんだ。できれば明日、全員で帰国したいんだが・・・」
「私でよければ付いていますが・・・」
思いもかけない私の言葉に、O氏は先ほどの困惑した様子とは打って変わって、「お願いできますか?いやあ・・・助かるなあ」と、安堵の色を見せた。
彼と私の荷物を明日、病院まで届けてもらうことと、入院費のことなどを話し合い、O氏はホテルに帰って行った。
酒宴の席を抜け出してきたO氏の吐息で、病室にはお酒の臭いが充満していた。
思い切って、窓を開け、空気を入れ替えたいと思ったが、夜風は病人に良くないと思い直し、空気清浄機を作動させた。
厄介なことになってしまった・・・とでも言いた気なO氏の顔を思い出すと、眠っている彼が気の毒に思えた。
「今夜は、ここに泊まりますよね?」
中年のナースが、毛布を持って来てくれた。
「この病院は、完全看護だから、付き添ってもらわなくてもいいんだけど・・・。心配でしょ?カレのこと・・・。」
「・・・・・」毛布を受け取っただけで、私は黙っていた。
「でも、良かったわね。恋人が日本人で。ここには韓国語・・・解る人いないのよ」
中年のナースは、点滴の落ちる様子をチェックしながら、眠っている彼に向かって呟いた。
ナースが「お休み」と言って、出て行った後、壁の時計を見上げると、針は午前0時を指していた。
打ち上げの席に彼がいないことに気付いてから、5時間以上の時が経過していた。
何事もなければ、今頃、ホテルのそれぞれの部屋で眠りについていたであろう、私と彼・・・。
それが、こうして同じ部屋にいる現実・・・。
なぜ、彼の付き添いを引き受ける気になったのだろう?
ひとつは・・・学生時代のことを思い出したから。
あれは、大学2年の夏だった。
友人同士でタイに旅行した時のこと。
私達は、バンコクからバスで3時間あまりのパタヤビーチに来ていた。
バンコク市内は日本語でも不自由はしない。
ところがビーチともなると、ホテルの従業員のほとんどは、日本語が解らない。
メニューもすべてタイ語だった。
そんな場所で、私は腹痛を起こした。
どんな風におなかが痛いのか、現地の医師に伝えるのにとても苦労した。
その時の記憶が甦ったのだった。
そして、もうひとつ・・・。
今回のツアーに関して、私は韓国サイドから要請があり雇われていた。
しかし、実際のところ、韓国人スタッフは、通訳など必要ないと思われるほど、淡々と仕事をこなしていた。
彼も、そうだった。
その割には過分な報酬で、申し訳ない気持ちを感じていたのだった。
そのふたつが付き添うことを決めた理由で、他には何もなかった。
点滴が効いているのか、彼は静かな寝息をたてて眠っていた。
私もそっと目を閉じた。
「朝月夜」(アサヅクヨ)①・・・こちらは戯言創作の部屋。
「朝月夜」・・・と書いて、「アサヅクヨ」と読むことをまだ、薄暗い朝の空を見上げながら、彼に教えた。
天空には、仄かな光を帯びた儚い月が残っていた。
月・・Moonを「ヅク」と読むことが、彼にはなかなか理解できないようだった。
実は、私だって、数日前に知ったばかりなのだった。
彼と出会ってから、ほの白い朝の月を何度、見ただろう。
彼と初めて会ったのは、日韓合同のコンサート会場だった。
彼は、ステージを彩る照明監督として、客席前方の機材の脇に立っていた。
通訳である私をスタッフが紹介してくれて、短い韓国語で挨拶をした。
取り立てて、どうという人ではなかった。
ただ、握手をした時の、包み込むような手の平の大きさだけが、心に刻まれた。
関東地方一帯を回るだけの小規模なコンサートツアーであったが、各会場は予想以上の盛り上がりを見せ、10日間のツアーは大成功で、全日程を無事終えた。
ツアーの最終日は、栃木県の宇都宮。
韓国人スタッフ一行は、明朝、福島空港から帰国の予定だった。
ツアー成功のお祝いと関係者の労いの意味を込めて、ささやかながら打ち上げの宴がホテルで行われることになった。
だが、その席に彼は姿を見せなかった。
一足先に帰国したのだろうか・・・。
私は、傍らのスタッフにそれとなく聞いてみた。
「体調がすぐれず、部屋で寝てるんですよ」の、ひと言だけで、別段、気にする風でもなく、そのスタッフは談笑の輪の中に入ってしまった。
彼の部屋が4階の410号室であることは、配られた「部屋割り表」で知っていた。
私は、そっと席を離れるとエレベーターに乗って、4階に上がり、彼の部屋をノックした。
応答はない・・・。
もう一度・・・何事もなく、ただ眠っているだけで、ノックの音で目覚めてしまったら、詫びればいい・・・そう思った。
しかし、二度目のノックにも何の応答もなかった。
私は、妙な胸騒ぎを感じて、フロントに行き、事情を話して、部屋まで同行してほしいとお願いした。
まず、電話を・・・と、呼び出してみたが一向に受話器を取る気配はないようだった。
フロント係の頭によぎった思いは、私と同じだったようで、マスターキーを掴むと、早足でエレベーターホールに向かって歩いて行った。
私もその後を追った。
410号室の扉をフロント係の青年が、彼の名を呼びながら、二度三度ノックを繰り返したが、相変らず答えはなく、鍵穴にマスターキーを差し込み、「失礼します」と言いながら、遠慮がちにドアを開けた。
広い部屋ではない。
その位置からも充分に部屋中を見渡すことが出来た。
私たちの目に飛び込んできたのは、とても尋常とは思えない彼の寝ている姿だった。
荒い息づかいと乾いた唇。
私は躊躇いながら彼の額に手を充てた。
額は燃えるように熱かった。
「救急車の手配を・・・」私は、そう告げると「インスssi~」と、彼の名前を呼び続けた。
今日からスタート
毎年この時期になるとこのフォトをPCの壁紙にしている。
清々しい夏の空と、それを眩しげに見上げるヨンジュンの横顔が大好きだから。
・・・と、同時にこんな風に太陽の下、のんびりとオフを過させてあげたいな・・と言う気持ちになる。
日本では、台風の襲撃により、地域によっては、大きな被害を受けている。
その地にもヨンジュン家族が住んでいると思うと、ニュースを見ていても心が痛む。
チェジュのお天気はどうなのだろう?
撮影は順調に進んでいるのだろうか・・。
「sweet room」と名づけたからには、できるだけ明るい話題でブログを続けていきたい。
3日坊主にならないように・・。
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