2009/08/16 13:34
テーマ:創作の部屋 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

創作の部屋~朝月夜~<41話>

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「スジョンはどこにいるんだ!」

あらゆるものに対する怒りが僕の胸に渦巻いていた。

それは、突然死んでしまったスジョンに対して。

スジョンの元気な姿を見て、肩の荷を降ろしたような気分になった数時間前の自分に対して。

誠意のない警察官の応対に対して。

さらに、自身の「誠意」を棚に上げて、警察官を責める自分に。


「病院に・・・」

「だから、その病院はどこだと聞いているんだ!」

怒りの矛先を目の前の警察官に向けている自分自身が嫌になった。


取り乱すだけで、要領を得ないスジョンの母を相手にしていても仕方ないと判断した僕は、電話を切ってすぐに警察に駆けつけたのだった。


病院の名前がメモされた紙片を警察官が差し出した。

「病院に搬送されたものの・・・即死状態で・・・」

「そんなことは解っている」

解っている・・・と、答えながらも本当は、何も解っていなかった。


解るはずがない。

スジョンは数時間前、僕の目の前で笑っていたのだ。


僕は、警察官から、紙片を奪うと病院へ向かった。

ハンドルを握りながら、先ほどの警察官の言葉が甦る。


「目の前に急に飛び出して来て・・・。ブレーキを踏む間もなかったと・・・。運転手は、まるで自殺行為だと言っています」

遠慮がちな言い方ではあったが、明らかに運転手を庇っている口ぶりだった。


スジョンは、自らトラックに向かって身を投じたのか・・・。

そんなことをする理由がどこにあるんだ・・・。

数時間前に交わしたスジョンとの会話を何度も反芻してみたが、「自殺」を連想される言葉は何ひとつなかった。


「なぜなんだ!」

行き場のない怒りが、再び湧き上がって来た。


                


数人の友人と近親者でスジョンを見送った。

参列者の中には、僕の両親の姿もあった。

離婚したからと言っても、嫁として親しくしていた時もあったのだから・・・と、母は言った。


「結婚も離婚も親に何も相談せず、ひとりで決めちゃって・・・。スジョンはこんなことになっちゃうし・・・。ちゃんとご飯食べてるの?夜は早く寝てる?仕事も大事だけど、たまには帰ってきたら?」

そう言って、母は僕の手をそっと握り締めた。


僕の手は、母よりずっと大きいのに、母にとっては僕はいつまでも子供らしい。

ソウルに来ることもめったにないから、数日間滞在して僕の面倒を見ると母は言った。


「インスは、大人なんだ。ひとりでも大丈夫だよ」と、父が僕の気持ちを代弁するように言った。

無口な父は、黙って僕の肩を叩くと、母を促して帰って行った。


スジョンと結婚した時からずっと、両親は孫の誕生を待ち望んでいた。

たとえ結婚はしていなくても、ユキとの間に子供ができたことを両親が知ったら、きっと喜んでくれただろう。

その子供を失ったと知ったら、父と母を奈落の底に突き落とすことになる。


遠去かる両親の後姿を見送りながら、ユキとのことを話さずによかったと僕は思った。


                  


「呼び出してごめんなさいね」

待ち合わせ場所のカフェに僕が到着すると、スジョンの母は申し訳なさそうに頭を下げた。


「元気そうでよかったわ・・・」

「お義母さんも元気そうで・・・」と言ったものの、僕の目には義母はひと回り小さくなったように映った。


スジョンが亡くなってから、義母と会うのは初めてだった。

季節は、晩秋から初冬へと変わり始めていた。


「スジョンの物をやっと片付ける気になって・・・」

義母は1冊のノートをテーブルの上に置いた。

僕は、ノートを手に取り、ページをめくった。


日付と曜日とその日の天気。

それは、スジョンが書き残した日記だった。

退院して数日経ってからのもの・・・日付を見てそうだと解った。


『○月○日。いいお天気。母と買い物に行って、花を買った』

『○月○日。映画が観たい・・・。でも、ひとりでは行く気になれない』

たった1行で終わる日もあれば、その日観賞したDVDの感想を長々と綴っている日もあった。



書店で見つけた本のこと。


友人を招いてお茶を飲んだこと。



さらにページをめくる。


日記に綴られた内容は、他愛もない日常のことが続いていた。


自ら命を絶たねばならないような動機も理由も感じられなかった。



義母はなぜ、僕にこれを見せる気になったのだろうかと思った。


「これを届けるために・・・?」

僕を呼んだのですか?と聞きたかった。



「生まれ故郷に帰ろうと思うの」
問いかけたこととは違う答えを

義母は言った。



                 


「あなたに会うのも今日が最後だと思うわ」


スジョンの母の故郷がどこなのか僕は知らない。


「愚かな母と思うでしょうね。いまさらこんなものを持って来

て・・・。でも、スジョンのためにしてあげられることがこんなこと

しかなくて・・・」



2杯目のコーヒーを勧めにウエイトレスが来た。


義母は静かにそれを断り、ウエイトレスは僕のカップにコーヒ

ーを注ぎ、軽く頭を下げて去って行った。



「今までいろいろとありがとう。あなたには本当に感謝している

わ。葬儀に参列してくださったご両親にもあなたからお礼を言

っておいてね」そう言って、義母は席を立った。


「まだ、コーヒーが残っているわ。ゆっくりしていって」同時に席

を立った僕を制して義母は言った。



「お元気で・・・」


「あなたもね」


最後の挨拶を交わし、義母は帰って行った。


僕は2杯目のコーヒーに口をつけ、タバコに火を点けた。

開いたままになっていたスジョンの日記に視線を戻し、ページ

をめくった。


『○月○日 インスに会いたい』

それは、事故の2日前に書かれたものだった。

隣のページは空白。

さらにページをめくった。


僕の視線は、1行目の文字に釘付けになった。

『生涯でただひとり愛した人・・・キム・インス』

手を伸ばしたコーヒーカップが、カタカタと音を立てて震えた。


               


『会った瞬間から恋に落ちた。
 
告白の言葉を何日もかけて考えて・・・。

 
結局、「あなたが好きです」としか言えなかったあの日。

インスは、優しく微笑んでその言葉を受け取ってくれた。


初めて結ばれた日のこと・・・。

結婚式の日のこと・・・。今でも、よく覚えてる。

インスと暮らした日々は、私の人生で1番輝いていた時。

幸せだった・・・。


なのに・・・その幸せを自らの手で壊した私。

お互いの仕事が忙しくなるにつれて、ふたりで過ごす時間が

少なくなっていった。

仕事が忙しいことを理由に、家事を手抜きしたくなかった。


「無理をするな」とインスは私を労い、家事の分担を提案してく

れた。

家事をそつなくこなすことよりも、仕事で成果をあげることをイ

ンスは喜んでくれると私は思うようになった。

その思い込みが、私の勘違いであったのだと、今になって気

付いた。


勘違いしたまま、私はインスに褒められることばかりを考え仕

事に没頭した。

子供を作ると言う計画もいつしか忘れた。

そして、インスに甘えることも忘れた。


どうしようもなく落ち込んだ夜、やさしく抱きしめてほしいと言

いたい気持ちも。

キスをせがみたい気持ちも、全て封じ込めた。

そうすることが、インスに愛され続ける方法だと思った。


すれ違いが多くなり、体を重ねる回数も減った。

だから、インスが私を求めてくれる時は、ものすごくうれしかっ

た。

愛されていると実感できたから・・・。

でも、それを上手に表現できない女になっていることを私は感

じていた。


どうしようもない寂しさを癒す手段として、私は他の男に身を

任せた。

そうすることが、インスとの生活に破滅をもたらすことになると

解っていて、私は自分を止めることができなかった。


相手は、誰でもよかった。

結果的に、肉体的には満足を得られても、心は乾いたままだ

った。


インスに好きな人ができたと告げられた時も、私は平静を装っ

た。

自身が犯した罪の報いを受ける時が来たのだと悟った。

最後まで強い女を演じることが、インスに対する謝罪に思え

た。


夫がいる身でありながら、他の男と関係を持った罪深い女の

心には、今も尚インスへの愛が燻り続け、鎮める方法が見つけ出せない』


                


「スジョンのためにしてあげられることがこんなことしかない」

義母の残した言葉の意味がやっと理解できた。

他には何も考えられない。


ただひとつ言えることは、たったひとりの女も幸せにできなかっ

たのに、別の女に恋をした。

そして、新しく芽生えた命も恋も守れず、平然と生きている男

がここにいるという事実だけだ。


長くなった右手のタバコの灰が、カップの中に落ちたことも気

付かなかった。


2009/08/02 12:50
テーマ:創作の部屋 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

創作の部屋~朝月夜~<40話>

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あてもなく、僕は東京の街を彷徨い歩いた。

景色を作り出す色も光も音も、何も目に入らず、聞こえず・・・。

それでも僕は歩き続けた。


言葉の壁に行き当たっては、ユキに依存していた恋愛に対する姿勢を思い知らされた。

日本語を覚えよう・・・そんな初歩的な努力も怠っていたことを後悔した。


ユキの行動力の素早さは、別れの決心の深さを物語っていた。

愛しているなら我慢もし、耐えて待っていてくれるだろうと言う考えは、僕の身勝手な傲慢であったのだと気がついた。


今、僕自身の中に存在する全ての「誠意」を掻き集めても、ユキの心を動かすだけの力はないように思えた。

僕は自分の不甲斐なさを背負い、ソウル行きの最終便に乗った。


                


眠れない夜を過ごしても、必ず朝はやって来る。

ソファの上には脱ぎ捨てた洋服。

テーブルには琥珀色の液体が入ったグラス。

放り出された携帯電話。


頭の奥がずきずきと痛む。

いつの間にか眠ってしまったのだと気づいた。


水を飲むために冷蔵庫の扉を開けた。

しおれたレタス。

熟れ過ぎたトマト。

賞味期限切れのパックに入った惣菜。

飲み残しの牛乳。


それらを処分し、溜まった洗濯物を片付けた。

散らばった新聞や雑誌を集め、水気を失った観葉植物に水をやった。

日常の仕事に没頭することで、東京で見てきた「現実」を忘れられそうな気がした。


                


夕暮れ時になって、今夜飲むための酒とひとり分の食材を求めて街に出た。

背中を叩かれ、振り返ると見知らぬ女が笑みを浮かべて立っていた。


反応のない僕に「私って印象薄いのかなあ?」と女が言った。

女は、これでも解らない?と言いたげに、目の前で水割りを作る仕草をした。

そこで初めて、数日前ふらりと入った店の・・・名前も憶えていないが・・・あの時のショートカットの女だと思い出した。


「ひとり・・・だよね?」

女は馴れ馴れしく僕の腕を取ると、上目づかいで僕を見上げ、「一緒に行かない?」と言った。

いわゆる同伴出勤というヤツだろうと僕は思った。


「悪いが、今日はそういう気分じゃないんだ」

「う~ん、そうなんだ・・・・残念」

言葉とは裏腹に女は掴んだ腕を緩める気配がないままに、「じゃあ、コーヒー・・・!コーヒーならいいよね?」と、強引に近くのカフェに僕を引っ張って行った。


                 


先週観た映画のこと。

店のマスターが女好きであること。

同僚の女の子が最近、恋人と別れたこと。

前から欲しかった洋服をやっと手に入れることができたことなど、僕に関係のないことを女は一人で喋り続けた。


僕は、「ああ・・・」とか、「うん・・・」とか適当に相槌を打つだけだった。

意見を聞くわけでもなく、同意を求めるわけでもない一方通行の女との会話は、煩わしさよりも、むしろ僕をリラックスさせた。


「結婚してるの?」

「恋人いる?」

「お仕事は何?」

などと、矢継ぎ早に質問されたら、1分もしないうちに僕は席を離れていただろう。


喋り尽くした女は、僕の左腕の時計を覗き込むと「いけない!時間だわ!」と、言いながら立ち上がった。

バックの中からおもむろに財布を取り出すと、紙幣をカップの下に挟み込んだ。


「いいよ、僕が払う」

「いいの、いいの。私が誘ったんだから。その代わり、近いうちに店の方に顔を出して」

「憶えてないんだ。店の場所」

おおよその見当はつくが定かではなかった。


「えっ~憶えてないの?」

女は不満そうな表情で、またバックを開けると名刺を取り出した。


「この間、タクシーに乗る時、おじさんの上着のポケットに入れたんだけど・・・」

「おじさん・・・?」

「だってぇ・・・名前知らないもん」

確かに女の言うとおり、僕たちは名乗り合う間柄ではなかった。


「今度、会ったら教えて」

女は名刺ケースをバックに放り込むと、再び僕の腕時計に目をやり、「遅刻しちゃう~!」と叫んだ。


「ウチのマスター、女にはルーズなくせに時間には厳しいの」

聞き耳を立てている者は誰ひとりいないのに、女は僕の耳元に小声で囁くと、「じゃあね!」と言って、軽やかな足取りでカフェの外に出て行った。


                


『 洋風居酒屋 「再会」 マリー 』

店名と女の名前と、その下に店の電話番号が印刷されただけの地味な名刺を手に取った。

もう一度あの店に行く気はなかった。


マリーか・・・。

偶然が重ならない限り、君との「再会」はないだろうなと、僕は心の中で呟いた。

そして、ユキとの再会は、さらに困難な気がした。


マリーが置いて行った名刺をソーサーの下に忍ばせて、僕はカフェを出た。


               


翌日、僕は久しぶりにスジョンを見舞った。

玄関に現れたスジョンの母が、奥にいるスジョンを呼んだ。


エプロン姿のスジョンはとても元気そうに見えた。

口数は少なかったが、時折笑顔さえ見せるスジョンを見て、僕は安心した。


心の傷は癒えたのか・・・?

もう、大丈夫なのか・・・?

尋ねたい気持ちを抑えて、他愛のない世間話だけをして、スジョンの家を後にした。


夜半、電話の音で目が覚めた。

電話が鳴るたびに、ユキからでは・・・と期待する僕がいた。


声の主はスジョンの母だった。

「スジョンが・・・スジョンが亡くなったの」

取り乱したスジョンの母の声に、僕の体は一瞬にして凍りついた。

 


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