2012/08/20 21:41
テーマ:徒然なる カテゴリ:ニュース・報道(社会・政治・経済)

これわかり易いよ^^

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竹島問題わかりやすーい\(^o^)/クソワロタ



↑娘のミクシからもらってきました^^
表の上でダブルクリックすると大きくなります
何度アップしてもすぐ消えるのはここのサイトだけ・・・なるほどvvアメブロもミクシも消えない
出処はよくわかりませんが、かなりちゃんとしてます
たったこれだけで下の説明ほぼ踏まえてるかもね^^

因みに外務省のホームページでは↓



竹島の認知


【日本における竹島の認知】

1.現在の竹島は、我が国ではかつて「松島」と呼ばれ、逆に鬱陵島が「竹島」や「磯竹島」と呼ばれていました。竹島や鬱陵島の名称については、ヨーロッパの探検家等による鬱陵島の測位の誤りにより一時的な混乱があったものの、我が国が「竹島」と「松島」の存在を古くから承知していたことは各種の地図や文献からも確認できます。例えば、経緯線を投影した刊行日本図として最も代表的な長久保赤水(ながくぼせきすい)の「改正日本輿地路程(よちろてい)全図」(1779年初版)のほか、鬱陵島と竹島を朝鮮半島と隠岐諸島との間に的確に記載している地図は多数存在します。


2.1787年、フランスの航海家ラ・ペルーズが鬱陵島に至り、これを「ダジュレー(Dagelet)島」と命名しました。続いて、1789年には、イギリスの探検家コルネットも鬱陵島を発見しましたが、彼はこの島を「アルゴノート(Argonaut)島」と名付けました。しかし、ラ・ペルーズとコルネットが測定した鬱陵島の経緯度にはズレがあったことから、その後にヨーロッパで作成された地図には、鬱陵島があたかも別の2島であるかのように記載されることとなりました。

3.1840年、長崎出島の医師シーボルトは「日本図」を作成しました。彼は、隠岐島と朝鮮半島の間には西から「竹島」(現在の鬱陵島)、「松島」(現在の竹島)という2つの島があることを日本の諸文献や地図により知っていました。その一方、ヨーロッパの地図には、西から「アルゴノート島」「ダジュレー島」という2つの名称が並んでいることも知っていました。このため、彼の地図では「アルゴノート島」が「タカシマ」、「ダジュレー島」が「マツシマ」と記載されることになりました。これにより、それまで一貫して「竹島」又は「磯竹島」と呼ばれてきた鬱陵島が、「松島」とも呼ばれる混乱を招くこととなりました。


4.このように、我が国内では、古来の「竹島」、「松島」に関する知識と、その後に欧米から伝えられた島名が混在していましたが、その最中に「松島」を望見したとする日本人が、同島の開拓を政府に願い出ました。政府は、島名の関係を明らかにするため1880(明治13)年に現地調査を行い、同請願で「松島」と称されている島が鬱陵島であることを確認しました。

5
.以上の経緯を踏まえ、鬱陵島は「松島」と称されることとなったため、現在の竹島の名称をいかにするかが問題となりました。このため、政府は島根県の意見も聴取しつつ、1905(明治38)年、これまでの名称を入れ替える形で現在の竹島を正式に「竹島」と命名しました。



【韓国における竹島の認知】

2.しかし、『三国史記』には、于山国であった鬱陵島が512年に新羅に帰属したとの記述はありますが、「于山島」に関する記述はありません。また、朝鮮の他の古文献中にある「于山島」の記述には、その島には多数の人々が住み、大きな竹を産する等、竹島の実状に見合わないものがあり、むしろ、鬱陵島を想起させるものとなっています。

3.また、韓国側は、『東国文献備考』、『増補文献備考』、『萬機要覧』に引用された『輿地志(よちし)』(1656年)を根拠に、「于山島は日本のいう松島(現在の竹島)である」と主張しています。これに対し、『輿地志』の本来の記述は、于山島と鬱陵島は同一の島としており、『東国文献備考』等の記述は『輿地志』から直接、正しく引用されたものではないと批判する研究もあります。その研究は、『東国文献備考』等の記述は安龍福の信憑性(しんぴょうせい)の低い供述を無批判に取り入れた別の文献(『彊界考(きょうかいこう)』(『彊界誌』)、1756年)を底本にしていると指摘しています。


4.なお、『新増東国輿地勝覧』に添付された地図には、鬱陵島と「于山島」が別個の2つの島として記述されています。もし、韓国側が主張するように「于山島」が竹島を示すのであれば、この島は、鬱陵島の東方に、鬱陵島よりもはるかに小さな島として描かれるはずです。しかし、この地図における「于山島」は、鬱陵島とほぼ同じ大きさで描かれ、さらには朝鮮半島と鬱陵島の間(鬱陵島の西側)に位置している等、全く実在しない島であることがわかります。


(地図)
竹島の領有権に関する我が国の一貫した立場

  1. 竹島は、歴史的事実に照らしても、かつ国際法上も明らかに我が国固有の領土です。

  2. 韓国による竹島の占拠は、国際法上何ら根拠がないまま行われている
    不法占拠であり、韓国がこのような不法占拠に基づいて竹島に対して行ういかなる措置も法的な正当性を有するものではありません。

    韓国側からは、我が国が竹島を実効的に支配し、領有権を確立した以前に、韓国が同島を実効的に支配していたことを示す明確な根拠は提示されていません。


    竹島


    竹島は
    島根県隠岐郡隠岐の島町に属している。隠岐島からは北西約157Km、韓国の鬱陵島(うつりょうとう)からは約92Kmの位置(北緯37度9分30秒、東経131度55分)に在る。竹島は日本・韓国双方の大陸棚とは繋がっていない孤島であり、島は2つの小島(西島、東島と呼ばれる)と、これを取り囲む数十の岩礁で構成されている。この2つの主島は、いずれも海面から屹立(きつりつ)した峻険な火山島で、幅約150メートルの水道を隔てて東西に相対している。面積は全ての島嶼(とうしょ)を合わせても約0.2平方kmで、日比谷公園ほどの大きさしかない。


    西島は、海抜157メートルで円錐状をしているのに対し、東島はそれよりやや低い。周囲は断崖絶壁をなし、船をよせつけない。ただ東島の南端には、わずかな平地があり、島の頂上にも若干の平坦な地所がある。飲料水は溜まり水に頼るほかなく、全島一本の立木もない。周辺海域は対馬暖流と北からのリマン寒流の接点になっており、魚介藻類の種類、数量ともに極めて豊富。この不毛な無人島の領有権をめぐり、日韓両国は1954年以来、執拗な争いを続けているわけであるが、現在に至るまで竹島問題が解決されない一つの理由に、韓国の世論形勢があるというのも否めない。
    竹島問題を理解するには、先ず鬱陵島の歴史を知らなければならない。鬱陵島は朝鮮半島から115kmの海上にあり、島の大きさは70Km2である。鬱陵島は西暦512年以来、韓国の支配下にある。しかし、李氏朝鮮(1392-1910)は、鬱陵島への渡航を禁じた。これには大きく分けて二つの理由があり、国内的には税金を逃れて島に渡るものが後を絶たなかったことと、対外的には倭寇による襲来から島民を守る為であった。この無人島政策は1438年から1881年まで続けられた。


    17世紀初頭、伯耆国(ほうきこく=現・鳥取県)米子の海運業者だった大谷甚吉(おおやじんきち)が、航海中に暴風に遭い、無人島になった鬱陵島に漂着した。彼は、新島の発見と考え、帰国後、同志の村川市兵衛とはかり、1618年に江戸幕府(1603-1868)から鬱陵島への渡航許可を受ける。鬱陵島はその発見から「竹島」や「磯竹島」と呼ばれるようになった。大谷、村川両家はその後毎年交替で鬱陵島に渡り、アシカ猟やアワビの採取、木材の伐採などを行い、両家の鬱陵島経営は78年間続けられた。当時鬱陵島へ渡るコースは、隠岐島から松島(現在の呼び方で竹島)を中継地にしていた。大谷、村川両家は、この竹島(旧・松島)の経営をも手がけていた。竹島が航路中の寄港地、漁猟地として利用されアシカ猟を行っていた記録も残っている。江戸幕府は松島に対する渡航許可も1656年に出している。(注意:竹島はむかし松島と呼ばれ、鬱陵島は竹島と呼ばれていた。韓国もこの歴史的経緯・事実に対しては異論は出ていない)

    1905年、明治政府は竹島を島根県に編入し国際法的にも日本の領土になった。しかし日本の敗戦後、GHQは竹島を沖縄や小笠原諸島と同様に、日本の行政権から外した。これを口実に1952年1月18日、李承晩(イ・スンマン)韓国初代大統領は海洋主権の宣言ライン、いわゆる「李承晩ライン」を設け、韓国は竹島周辺海域の水産資源を得る事になる。これが日韓の竹島問題の始まりである。



    日本政府外務省
    日本政府外務省 - 英語版
    Web 竹島問題研究所 - 島根県総務課
    渡海船印 - 米子市立山陰歴史館
    サイバー独島システム - 慶尚北道
    独島博物館
    発信 竹島 - 山陰中央新報 (プロローグ)
    竹島北方領土返還要求運動島根大会
    新海洋法条約と竹島問題
    96年07月12日 - 韓国大使館に右翼
    99年12月27日 - 竹島に住民票を移す
    01年12月26日 - 「独島は韓国の領土」CDを世界各国へ
    鬱陵島 - 江戸時代に竹島と呼ばれていた島
    国連海洋法条約 - UNITED NATIONS CONVENTION ON THE LAW OF THE SEA



2011/04/04 15:52
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ペットのいる被災者、避難をしている方へ (拡散)

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避難所に連れて行けなくてお困りの方
避難したくてもペットがいる為、出来ないでいる方
やむを得ず自宅に残してきた方
やむを得ず、解き放してきた方
色々な理由でお困りの、ペットのいる被災者の方へ!
 
現在、ペットを助ける色々な方法があり、
多くの団体やボランティアが活動しています。
 
このたびの被災で、ペットについてお困りのことがありましたら、
直接下記に連絡を!
 
 ●緊急災害時動物救援対策本部
 
 ●東北地震レスキュー.com
 
 ● 無料でペットを預かります
                                     以上、nekoyaさんの情報より。
 
必ず良い方法が見つかると思います。
どうぞ、あきらめないでくださいね
 
イメージ 1イメージ 1
↑イル友の動物絵本の作家さんよりお借りしてます
私はこんな優しい絵は描けません^^


2011/03/27 11:28
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真実より安心を

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ニコニコしてこんな風に言われても、危機感が伝わり難いけど、
連日の報道で、何を信じていいのか解らなくなっているのは、
私だけではないでしょうvv;


専門的なことは分からないけれど、この先生がおっしゃるように、
行政や国が保身だけに甘んじてきたとは考えません。

しかし”情報に惑わせることのない確かな目や耳”なんて、
どうやって培えるというのでしょうか。

情報にしか頼る術はありません

素直(?)な私達一般人には、お偉い先生方が仰る事は全て正しく
聞こえます。
おそらくどの方も正しいのでしょう。

現実の惨憺たる状況を目の前にして、原発の是非を問うのもナンセンスに思われます
未曽有の現実には、どんな壮大なる計画も机上の理論でしかないでしょう。
私たちが今賛同出来るのは温かみのある感情論のみですし。

混沌とした今この時期に波風立てても何の意味もないはずです。

真実だけの情報より、今は安心できる確かな情報が欲しいと思います。






中学生か高校生の頃に

文明は文化を滅ぼす (Destroy civilization and culture)

『The civilization destroys the culture.』( 文明は文化を滅ぼす)
という課題の英作文を書かされた記憶があります

『The civilization will become uncontrollable in man exceeding man's wit.』
『The civilization will become uncontrollable exceeding the human intellect.

文明は人間の知能を超えて手に負えなくなるだろう

どっかで聞いたことありそうな言葉ですが、生意気盛りだった頃に書いていました。
英文は正確には憶えていませんので、苦手なのでおそらく適当です><



子供の頃見てた「猿の惑星」の影響があったのでしょうが
確か、人間が最も低レベルなのは美しい惑星を自滅させたから。。。
という結末のシリーズがありました


猿の惑星 [DVD]


2011/03/20 13:37
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1995・3・20

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あれから16年・・・

まだ心も体も、傷は癒えていない人がたくさんいる

あの日

今、夫となっている彼が

結婚しようと言わなかったら

あの事件の被害者になっていたかもしれない

私たちはあの日の朝、地方の田舎町で愕然とTVを眺めていた・・・




19年に一度の

エクストラスーパームーン

見れなかったなあ…(もしかして20日って今晩でもいいのかな?)


酔って爆睡出来ることの幸せをありがとう



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「スーパームーンとは、
太陽、月、地球が一直線になり、地球にもっとも近づくことです。
3:10に満月になり、その1時間後の4時9分に月が最も地球に近いところを通過します。
19年ぶりに地球と月の距離が最短距離なことからExtreme Super Moon(エクストラ・スーパームーン)と呼ばれています」


2011/03/19 08:49
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今日の誕生花

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名前が好きだったからだけど、派手花好みの私が珍しく好きな野草
今日の誕生花だったのね^^




一週間分の映像が流れていました。
家人は一泣きして出かけて行きました・・・
今、余震がありましたね
そろそろ涙はしまっておきたいところだけど
泣いてばかりじゃ前に進めないから
でも、
日がたつほど
生々しさが際立ちます
亡くなられた方
改めてご冥福をお祈りいたします。



その花の名を「ひとりしずか」と言います。

早春の林の中にひっそりと静かに立つ一本の白い花穂。
名前も花姿にピッタリです。
      義経と別れた静御前が吉野山で舞う姿を、
この花の美しさにたとえたとも伝えられます。
      
まだ寒い早春の林の中に、ひっそりと一人静かに、
しかし凛として咲く花。
      野に育つ花たちは、風も雨も雪も全て受け止めて生きています。
      
我々人間も、生きると言うことは似たようなものではないでしょうか。












災害被害者を支援する人の基本的態度と技法

原子力災害発生時の住民としての対応

災害時における保健活動

                    ↑ 私がいつも情報や知識をいただいてるブロ友さんのページです


2010/08/26 18:43
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幼児虐待・・・

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一昨日はアップできなかったのですが
さっきコピペできたので、試しにのせてみました
おそらくすぐにきえるかも・・・ですが
昨日TVで、1ヶ月前のネグレクトで1歳と3歳を死なせた事件を
特集してましたね。

私自身多少なりとも、
躾、教育に疲れ始めている今日この頃です・・・><




(ジィジィさんより転載させて頂きます。)

同じ年頃の孫を持つジージとしては今度生まれ変わってきたら、

僕の孫に生まれてきて欲しい・・・

そんな思いを天国の二人に伝えたい・・・



オレンジリボンキャンペーンのきっかけとなった事件を

覚えてらっしゃるでしょうか。

これは2004年 栃木県小山市 で起こった

3歳(隼人ちゃん)と4歳(一斗ちゃん)の幼い兄弟が虐待の末、

川に投げ込まれ殺害された事件をきっかけに始まったものです。

事件から1年後加害者下山明宏は死刑判決を受けましたが、

不服として上告中東京の拘置所で2006年に死亡するという、

なんとも釈然としない結末でした。
 

自分の子ども二人と3人で暮らしていた下山の元に、

暴走族時代の先輩Kが二人の幼い兄弟を連れて転がり込んできました。

当初は「昔のよしみ」で仲良く暮らしていましたが、

家賃や食費のことなど、次第に先輩Kに対し不満が募ってきました。

そしてその不満の矛先は先輩Kにではなく、

幼い兄弟に向けられるようになり暴行が日常となりました。

7月のある日、顔や体中にあざのある二人の幼い男の子が、

あるコンビニで一つずつお菓子とジュースを持ってレジにやってきました。

店長に「お金はもっているの?」と聞かれましたが

二人は返事ができません。

お水を一杯あげると一気に飲み干したそうです。

不審に思った店長は警察に通報、二人は児童相談所に保護されました。

店長はその結果を聞いて安心したそうです。

しかしその後児童相談所に

「人さらい!」と罵声を浴びせながらやってきた父親に、

「祖母のところに預ける」という約束で二人を引き渡しました。

ところが父親は嫌がる二人を元の後輩の家に連れ戻してしまったのです。

そして悲劇は起こりました。


殺害の当日下山は一軒のガソリンスタンドに駐車し

数時間もの間二人に暴行を加えました。

そして二人は瀕死のまま橋の上から川に投げ捨てられました・・・


3~4歳・・・まだ憎まれ口も聞けない天使達でした。

二人は何度か家出を試みています。

この年頃の子どもに「家出」という発想はありません。


ただ二人は本能として「そこにいてはいけない」と感じ取ったのでしょう。

そこまで二人は追いつめられていました。

見知らぬ街角を彷徨ったあげく二人は保護されました。

しかし大人達の都合で再びその家に連れ戻されてしまいました。

どうにもならない地獄です。

二人の絶望感はどれほどだったでしょうか・・・

まるで大人達が作った罠にはまってしまったようです。

二人にとってその家にいる時間よりも、心細かったけれども

彷徨っていた時間の方がきっと幸せだったのです。

たった3歳と4歳、悲しいあてのない旅・・・

この二人の行動は切なくて胸を貫きます。

語り継ぎましょう・・・


事件当日、車の中で何時間も暴行を受け続けた残酷さにも

胸を引き裂かれますが、二人の家出の、絶望的な結末と悲しさは、

この事件を象徴しています。

辛いですが語り継がねばなりません。

戦争の悲惨さを語り継ぐように二人のことを語り継がねばなりません。

それが私達大人にとって彼らに報いる唯一の行動であり、

一番の供養です。


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