2015-09-25 19:49:01.0
テーマ:創作 同じ空の下で カテゴリ:日記(今日の出来事)

同じ空の下で 4














「…舞。何でお前が居るんだよ!」


「え?何でって」





OREGONの黄色いエプロンをつけた舞の腰を、


黒人青年の大きな手が支えている。


片手にコーヒーの出前用のポット、もう片方の手は黒人青年の手を


握っていた舞が怪訝そうにエドを見つめた。





リビングの中は、いつものコーヒーの香り。


エドが中学の頃まで愛用していたマグカップが、


テーブルの上に置かれている。





「おい。手、離せ」



「え?」



「舞、お前も何やってんだ」





その言葉に、舞が慌てて握っていた手を離した。


手の中にあったポーションミルクがコロコロと床に


転がっていく。


その軌跡を辿ったエドは、ひとつ大きな溜息を吐いた。





「ね、エド。今日、エドが夕食作るんでしょう?

だから操ちゃんがね、エドはどうせまたカレーで済ますつもり

だろうからアルさんにって、チキンとサラダをね。

アルさん、操ちゃんの料理大好きなんだもの。特にOREGONチキン

は大のお気に入り。この間なんか1度に6ピースも食べたのよ。

って…ね、エド。聞いてる?」





エドは舞の言葉を半分も聞いていなかった。


そして、にこやかに自分を見つめている黒人青年をただ見つめていた。


そんなエドの様子に、青年はフッと笑い、


エドは、その青年の態度にピクリと眉根を寄せた。





「エド。またあんた、そんな態度…そろそろ」



「そうだよ。エドってば、どうしたの?急に怒鳴るなんて…」





見るからに不機嫌なエドを気にしていた舞だったが、


可奈子の声で、初めてその存在に気がついた。





「あら?お客様?ね!ね!もしかしたらエドの恋人?

うわっ可愛い~、ちょっとあんた結構趣味良いじゃない!」





大きなエドの体にほぼ隠れていた可奈子は、舞と目が合うと


ピョコンと小さく飛び上がり、慌てて会釈をした。





「そんなんじゃない。コイツは部活の仲間で」



「へぇ…意外。あんたってこういう可愛いタイプが好きだったんだ。

いつもの言動からすると、案外年上趣味なのかと思ってたわ」





昔からエドの周りには、いつも女の子が寄ってきていた


けれど、エドは誰の事もまったく相手にしなかった。


高校に入っても特定の女の子と付き合ってる様子は無かったし、


ましてや家に女の子を連れてきたのは、可奈子が初めてだったのだ。





「っさいな。もう帰れよ。もうすぐディナー始まるだろ」



「はいはい、言われなくても帰るわ。お邪魔でしょうしぃ。

ふふ、帰ってさっそく操ちゃんに報告しなきゃ。

エドが女の子連れて来てたって!」



「舞っ!!」



「キャー!怖い怖い。え~っと…」



「あ、はい!えっと。私、可奈子です。近藤可奈子」



「可奈子ちゃん。うーん、名前も可愛いなぁ。ザ・女の子って感じ。

じゃ可奈子ちゃん。また今度ゆっくりね。学校でのこの子の事、

色々教えて頂戴。この子、聞いても何にも話してくれなくて…

アルさん。私、店に戻りますね。分かるかな?しーゆーあげいん?」



「Yes,舞サン。Thank you very much for your kindness.」



「可奈子ちゃん、こんな子だけど、エドをよろしくね!」



「いいから!!」





エドの一喝をまたアハハと笑い返し、舞が出て行くと、


リビングには明るいソウルミュージックだけが響き渡った。





車椅子に乗ったアルが、ゆっくりコンポの前に進み出る。


長い指でスイッチを切ると、器用にCDを取り出し、ケースに収めた。





「Ed?Edward」



「お袋のチキンもあるんでしょうけど、オレも飯作ります。

出来たら呼ぶんでTVでも見てて下さい。

たぶんCSかどっかで映画でもやってるんじゃないかな」



「Ed…」



「って言ったって日本語分かんないか。可奈子、TV点けてやってくれ。

外人は手間かかってしょうがない」



「エド。この人は?」



「あぁ。親父と仁おじさんの知り合いのNYのダンサー。

怪我して舞台休演したんで親父が連れてきたんだ。な、頼む。

オレ、飯作るからさ」



「え?あ、あ…う、ん」














「STOP!!どうした文哉。これくらいのステップ、君が踊れないわけ

ないだろう。君のジャンプを活かした見せ場だ。なのに何故遅れる?」



「すみません代表。ちょっと足が滑りました。

もう一度頭からお願いします」



「この役は君にあてて書いたんだ。仁だって君のために

振付けてる。分かってるだろう?」



「…はい」





珍しく稽古場でバーニーが声を荒立てた。


木島の演出法を忠実に守っているバーニーは、滅多な事では


劇団員を叱責することはない。


役者の気持ちが役に近づくまで、役の気持ちのままダンスに


命が吹き込まれるまで、じっくり待つのがバーニーの演出だ。





「やる気が無いのか?」



「違います!!」



「待て、バーニー」





それまで稽古場の隅で若手のダンスを指導していた仁が、


つかつかとやってきた。


そして、自分より5センチは高い文哉の目の前に立つと、


鋭い目で文哉をじっと見つめた。





「やっぱりお前か。昨日はこんな音じゃなかった。

いつだ、何やった?」



「…な、何がですか、仁さん」



「親指、かな。それとも甲?」



「アハ、な、何言って」



「仁?」



「バーニー。文哉、怪我してる。

稽古始まってから、そろそろ4時間だ。こいつのことだから

痛み止めで踊ってたんだろうが、もう限界なんだろう。

さっきの群舞から音がほんの少し乱れてたから、誰かなと

思ってたんだ」



「仁さん、違いますって。大丈夫です!まだ踊れます!」



「怪我?」



「大した事ないんです。こんなのすぐ治るし」



「シューズ脱げ。踊っていいかはバーニーが決める。

おい、カズ。文哉を押さえろ!」



「ラジャー!!」



「止めて下さい、仁さん!馬鹿、カズ。離せって!」」





半ば楽しそうに仁達は文哉を羽交い絞めにし、


まだもがいている文哉の両足のタップシューズを


強引に脱がせた。





右足の爪先から甲にかけて不器用に巻かれた包帯。


親指の先にじっとりと血がにじんでいる。


文哉は大きく溜息を吐き、天井を見つめた。





「あらら。こりゃ痛いね」



「まったく。いくらお前が我慢強くてもこれはダメだな」



「大丈夫です、仁さん。昨夜コンビニに行った時、ちょっと

チャリでコケただけですから。こんなの」



「え~?コンビニ。先輩んちのアパートの目の前ですよね~」



「違うよ、駅の向こうの方。あっちは今、弁当50円引きだから。

って、バカ!お前。面白がってるな、カズ」



「だって。いつも慎重な先輩が珍しいじゃないですか。

なるほど、目当ては50円引きの弁当じゃなくて、バイトの亜紀ちゃんか~。

そうか、昨夜はシフト入ってたんだ」



「…あぁ、もう。いいだろう?」



「カズ、もうからかうな。で、これどうしたんだ?

何かで切ったのか?」



「いえ。坂でそのまま勢いでゴミ置き場に突っ込んじゃって、

置いてあったゴミ袋が右足の上にドーン。どこかの馬鹿が鉄アレイでも

捨てたんだか、それがやたら重い袋で。

サンダルだったから直だったんですよ。右足の甲ちょっと腫れたけど

骨は折れてないです。だけど今朝親指の爪が少し剥がれて…

でも、大丈夫です。もう痛くないですって。

代表!稽古から外さないで下さい。こんなのすぐに治りますから!」



「気持ちは分かるけど、これじゃまともなタップは踏めないよ。

怪我した君を庇って稽古する訳にもいかないし。

確かにいつも慎重な君らしくない行動だったね。

分かった。公演まで2週間。それまでに治す事、いいね。

仁、仕方ない。しばらく代役立ててやろう」



「代表!!」













制服のジャケットをソファーに放り投げ、キッチンのフックに


掛かった紺のチェックのエプロンをつけたエドは、


シャツの袖をまくり上げ、シンクで手を洗った。


慣れた手つきで米を研ぎ、冷蔵庫の中の食材を確認していく姿に


可奈子は驚き、見慣れているはずのその腕の筋肉に、


目を奪われてしまった。



ついこの間まで、ほぼ裸の水着姿を見ていたというのに。





「ヤバっ…かっこ、い」



「Kanako?」



「え?あ。ごめんなさい!アイムソーリー。

そっか。はい、えっとTVね」





テーブルの上のリモコンを、可奈子は闇雲にカチャカチャ弄った。


夕方のニュースや子供向けのアニメが代わる代わる画面に現れる。


どのチャンネルにしたらいいか分からず、可奈子はエドの方を、


キョロキョロとうかがった。


そんな慌てる様子が可愛くて、青年は声を出してアハハと笑った。



「ごめんなさい。私」



「OK、ダイジョウブ」





2人の様子をエドが横目でチラッと見た。


その視線に気付いた可奈子は、また小さく飛び上がる。


ほぼ同時に玄関のベルが鳴ると、今度は「キャッ!」と叫んで


ソファーにぺたんと座りこんでしまった。





エプロンで手を無造作に拭いたエドが玄関に向かう。


少ししてリビングに一緒に姿を現したのは、拓海だった。





「やっぱり帰ってたか。

さっき舞ちゃんの声がしたからもしやと思って」



「どうしたの?うちに来るなんて珍しいね」



「ん?いや。お前を呼びに来た」



「オレ?」



「悪いが稽古場まで来てくれ。ちょっと稽古が行き詰った。

文哉が当分踊れなくなってな。代役立てようにも奴の役、

踊れる奴いなくてさ。お前しかいないんだ」



「どうしてオレが?団員ならいっぱいいるでしょ?」



「おい、どうしたんだエド。お前らしくもない。

お前最近本当に変だぞ?前なら頼まなくたって稽古場に飛んで

きたのに。文哉が足の爪剥がしたんだ。恋に目が眩んでゴミ箱に

頭っから突っ込んだ。あいつの代役だぜ?あんなに高く飛べる奴、

今の若手にはまだいないだろうが。それに今回、仁さんが奴に振付けた

ソロ、凄いんだ。エド、踊れよ。俺だってあれは踊れねえ」



「アハ…なら余計無理でしょ。拓海が踊れないんじゃ、オレなんか。

ね、誰がオレ連れて来いって?仁おじさん?それとも」



「仁さんだよ。おいお前、何言ってんだ?」



「今日の模試散々でさ。もうボロボロ、疲れてんだ。

それに今日は友達来てるし、今、飯作ってんの」



「おい、エド。お前さっきから何言って…ん?友達?」



「ハイッ!ぁ、お邪魔してます!」





ソファーに正座した可奈子が慌てて挨拶した。


ちょこんと頭を下げるその姿に拓海は驚き、


アルは優しく微笑んだ。





「ほぉ、こりゃ驚いた。お前が女連れてくるなんて。

いつ彼女出来たんだよ、操から何も聞いてないぞ」



「バーカ、そんなんじゃないって」



「いらっしゃい、お嬢さん。エドの学校のオトモダチかな?」



「え、あ、はい。同じ水泳部の」



「へぇ、なるほど。お前がね…結構やるじゃねえか。

中学までは部活なんか目もくれず毎日稽古場にいたのに、

高校入って急に水泳部に、っていうから正直驚いたんだけど。

こんな可愛い子がいるんじゃ迷うわな、こりゃ」



「うるさいよ。余計な事言うな。

って訳だから戻れよ。オレは忙しいの」



「おい。2週間だ、本番まで。じや、文哉が治るまででいい。

な、何があったか知らないが、お前、本当は踊りたいんだろ?

なら来い。何なら文哉の役、そのままお前が取っちゃえよ」








ガターン!


急にリビングの奥で鳴った大きな音に、


エド達は驚き、振り返った。





そこには、車イスから立ち上がろうとしてフロアに倒れ、


起き上がろうとしているアルがいた。


驚くエドと拓海より一瞬早く、可奈子がその体を支えに動く。


差し出す可奈子の手を、アルは笑顔で断わった。





「だ、大丈夫ですか?」





アルはまた笑顔で首を振った。


そしてゆっくり壁に手をつきながら立ち上がると、


少し乱れた息で、エドに向かってこう言った。





「イエス、レッツゴー、エドワード」






[コメント]
 
▼この記事にコメントする

コメント作成するにはログインが必要になります。

[ログインする]


TODAY 539
TOTAL 3693043
カレンダー

2017年6月

1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30
ブロコリblog