2015-09-30 18:05:50.0
テーマ:創作 同じ空の下で カテゴリ:日記(今日の出来事)

同じ空の下で 6














「はい。では今日はここまでにしましょう。お疲れ様でした。

皆さん、本番も近いです。くれぐれも風邪や怪我に気をつけて。

でも僕は、恋愛の自由については制限しないですよ。

文哉君の様に、恋に目が眩んでコースアウトさえしなければね」



「代表、勘弁してくださいよ」





珍しいバーニーの冗談に笑いの渦が起こり、その日の稽古は終った。


文哉は皆にからかわれながらも、バーニーと仁に深々と頭を下げ、


稽古場を後にする。


静かになったそこに残ったのは、仁とバーニー。


そして、ずっと稽古を見学していたアルだった。





「団員にはあんなジョークが言えるのに、

息子のミスには厳しいんだな」



「ん?どういう意味?」





稽古場の隅で腕を組み、ずっと稽古を見つめていた仁が、


演出席に座るバーニーの前につかつかとやってくる。


わざと大きく靴音を響かせて、バーニーの前に立った仁は、


何事も無かったかのように台本に目を通すバーニーの手から


すっとペンを抜き取った。





「返してくれないか、仁。それ、去年のバースデーに操からもらった

んだ。あ、そうだ。今日の稽古で気がついたんだけど、2幕の群舞。

あそこの曲、ロックよりかえってクラッシックの方が良くないか?

若者達の焦燥感がその方が生きると思うんだけど」



「お前、わざとなのか?わざとならその理由を聞かせてくれ。

俺は、お前みたいに頭が良くないから意味が分からない。

お前は、あいつを一体どうしたいんだ」



「仁」



「あいつ、嬉しかったんだぞ、久しぶりに稽古に出られて。

最近の奴にしちゃ、珍しくテンション高かっただろ?」



「稽古に出なくなったのは、彼が決めた事だ。僕は初めから強制

なんかしていない。まだ学生だし、色んな興味もあるだろうしね。

それに、君も分かってるだろうけど子供の機嫌に合わせて稽古を

進めていいほど、今は暇な時じゃないはずだろう?」



「バーニー。ナオトが今日どんな顔して踊ってたか見ただろう?

あいつはやっぱり踊りたいんだよ。自分がどう進むべきか悩むなんてのは

あの年齢なら当たり前さ。大学に行くのだって悪くはない。

でもナオトは、あいつは絶対踊るべきなんだ。

文哉には悪いが、俺はチャンスだと思ったよ。

こういう事でもなきゃ、素直にあいつが稽古に来るとは思えなかったし、

あいつだって」



「仁、確か前にも言ったけど。

僕はエドに、踊る事だけが全てだと思って欲しくないんだ」



「はぁ?馬鹿か、お前は」



「エドが踊れるのは認めるよ、2歳の頃から仁が教えたんだ。

さっきの振り写しだって、いきなりあれだけ踊られたら…ね。

仁こそ稽古場の空気が全然分かってない。僕は反対したよね。

やっぱりあそこでエドを呼ぶべきじゃなかったんだよ」



「バーニー!」



「話は終わり。これから本多で池さんと打ち合わせなんだ。

知ってた?池さん、今年いっぱいで辞めるらしい。

オーナーは引き止めてるらしいけど、足がやっぱり駄目なんだってさ」



「待てよ!おい、話を逸らすな」





机の上の台本や書類を手早くまとめたバーニーが


稽古場のドアに手をかける。


仁は思わずその腕を力いっぱい掴んだ。





「痛いよ、仁」



「おい。お前の息子の問題だぞ」





180を越す中年の大男が2人、対峙している。


興奮する仁と冷静に言葉を返すバーニー。


その姿に、それまで黙っていたアルが口を開いた。





「ボクに」



「え?」





ゆっくりと車椅子を動かして、アルがやってくる。


突然のアルの言葉に、2人は黙ってその様子を見ていた。


やがて2人の傍までやってくると、そっと仁の腕につかまり、


アルは車椅子から立ち上がった。





「おい!何やってんだ!」



「アル!」



「ダイジョウブ、もう立てるんだ。少し前から。

これからリハビリしてすぐに歩けるようにもする。

そして踊れるようにもね。ね、バーニー。ジンも聞いて。

あの子、エドワード。彼をボクに預けてくれない?」



「預ける?」



「うん、そう。彼は…あっ!」



「おい!言わんこっちゃない」





大きくふらついて倒れそうになったアルの体を、


仁が強引に車椅子に押し込んだ。


手に持っていた多くの書類を放り出したバーニーは、


そのまま跪いて車椅子に座るアルの手を取った。


少し恥ずかしそうに笑うアルの手を、バーニーは優しく両手で包む。





「アル、無茶しないでくれ。君の時間を奪ったのは僕だ。

焦る気持ちは分かるけど、まだ無理だよ。

舞台は君を待ってるし、時間はある。だから」



「ありがとう、バーニー。心配してくれるのは嬉しいけど、

少しは焦らせてくれないか?今日、ボクは凄いモノを見ちゃった

んだからさ。あんなの見せられて、ゆっくりなんて出来ないよ」



「アル」



「宇宙の舞台はNYでも何度も見てるし、こっちに来て稽古見て

るけど、正直今までこんなに焦った事なかったんだ。それがさ…

彼の噂はジンからずっと聞いてた。ボクが初めて踊った時も驚い

たけど、あの子の才能はそんなもんじゃないって。

バーニーはいつもそんなジンを笑ってたけど、ボクはずっと興味

があったし、彼のダンスを見たかったよ。

ねぇ。バーニーは彼をどうしたいの?

もしかして、ボク達みたいなダンサーにはしたくない?」





真っ直ぐに自分を見つめるアルの瞳。


その優しい表情には、かつて自分を親の敵として憎んでいた少年の


面影は無かった。バーニーは自分を庇って怪我をしたアルの手を


強く握ると、小さな声で答えた。





「…アル。そうじゃない」



「なら、ボクが教えるのが不満?NYには行かせたくない?」



「違うんだ」



「おい、バーニー。お前、他人の話してんじゃなんだぞ。

お前の息子、この宇宙の後継者の話じゃないか」



「だから…それが嫌なんだよ」





握っていたアルの手を静かに膝の上に置くと、


バーニーは立ち上がり、ゆっくりと窓の前に立った。


稽古場の明かりが窓に反射し、自分を見つめる仁とアルが見える。


小さく溜息を付いたバーニーは、ほんの少し寂しそうに笑った。





「駅の階段だったんだ」



「駅?」



「そう、駅。ちょうど今のエドの年齢だったよ。

ハイスクールの3年。マムの病気はますます悪くなってたけど、

僕が踊るとキラキラした目をして笑ったんだ。

“バーニー、あなたには他の人には無い才能があるのよ。

パパの子なんだもの、あなたはきっと素敵なダンサーになれるわ”

そう言って笑うマムが見たくて僕はダンサーを目指した。

生活は酷いものだったけど、アルバイトを掛け持ちして何とか

ダンススクールにも通ってた。

駅の階段さ、地下鉄の。

今でも時々、あの時の光景が蘇ることがある。

あれもやっぱり、僕の運命だったんだよね、きっと」



「バーニー…」








「…その日は確か雨で、大きなバッグを担いだ僕は傘を差してた。

今でも時々夢に見るよ。駅に続く下りの急階段。

傘を畳んでいた僕の横を5歳くらいの男の子が通り過ぎようと

したんだ。そして、その子は足を滑らせた。

…咄嗟だったよ。もしかしたら仁が昔、階段から落ちた時の事が

頭をよぎったのかも知れない。僕はその子の体を抱えて階段下まで

落ちたんだ。無事だったその子が立ち上がって大声で泣き出した

のは憶えてるけど、そこで僕は気を失った。

左鎖骨骨折、アキレス腱断裂、右足踵の粉砕骨折。

…マムの夢が、僕の全てが、そこで終った」







窓ガラスに映る仁たちに向かって話していたバーニーは、


息で曇ったガラスを指でなぞると、ようやく振り向いた。


困惑する仁の表情に、また少し不器用に笑うと小さく頷きながら


言葉を続けた。





「仁。エドは自由なんだ。自分の未来は自分で選べばいい。

こんな家に生まれたからって、僕の事や劇団の事を気にして欲しく

ないし、人並み以上に踊れるからって、それに縛られて欲しくない。

誰かのために犠牲になって欲しくないんだ。彼は自由なんだ」



「バーニー、お前」



「愛してるんだ。彼を愛してる、だから…

僕はマムのためだけに生きて、その夢を僕自身が壊した。

言えなかったよ、マムには。僕がもう踊れないなんてね。

だから余計、仁を憎んだ。そして僕の心も壊れていった。

エドが悩んでるのは分かってる。だからこそ自分で決めて欲しいんだ。

僕には…僕の青春は、そんな選択権さえ無かったから」





メール着信があったのか、ジャケットの内ポケットから


バーニーが携帯を取り出した。しばらく画面を見つめた後、短く返信


すると、静かにそれを閉じる。


一連の動作を見ていた仁が、「操か?」と聞くと、


バーニーは少し顔を赤らめて小さく2度頷いた。






「お前さ。それ、あいつに言った事あるのか?

愛してるって。エドのためを思って厳しくしてるって」



「いや。仁、こういうのを日本語で“親バカ”って言うんだろう?

本当はこんな私情を劇団に持ち込んじゃいけないんだろうけど」



「まったく。子も子なら親も親だな。全然素直じゃない。

素直にあいつを抱きしめてやれよ。あいつは、お前が思ってるより

もっと繊細だぞ。お前の言葉ひとつで傷ついて、揺らいで、葛藤してる。

それでもお前を追い掛けてるんだ。信じてやれよ、あいつを」








坂の途中の公園は、もう誰も居なかった。


古い外灯は、所々故障していて、全体の半分しか灯っていない。


暗い公園の奥で、エドは鉄棒に両足を掛け腹筋をしていた。





ギシ、ギシ、ギシ…


1回起き上がるごとに、古い鉄棒は苦しげな音を刻む。


その音と、エドが吐く規則的な息遣いだけが公園内に響いていた。





しばらくしてエドの体が止まった。


逆さまにぶら下がったまま、はぁはぁと肩で大きく息を吐く。





「最低、か。ま、そうだよなぁ」


小さく呟いたエドが、また反動をつけようとした時、


目の前で柔らかい障害物とぶつかった。





「っ!何だよ」





エドは暗闇で目を凝らし、下から順にその障害物を確認すると、


どうやらエドにぶつかったのは人間で、


腰に手を当て仁王立ちしているらしい。





「おい、痛てーな。誰だよ、急に。あ」



「ちょっと!あんたこそ何やってんのよ、こんなとこで!」





エドの質問とほぼ同時に、聞きなれた声が頭の上から聞こえてきた。


あきらかに不機嫌なその声の主は、


鉄棒に掛かっているエドの足を外そうと強引に靴に手を掛けた。


慌てたエドは抵抗し、自分から鉄棒から飛び降りる。


少しふらつきながら2、3歩後ずさったエドは、


大きな声で、その相手の名前を叫んだ。





「ちょっ!舞、バカ!危ないだろ。何すんだ!

お前、頭から落ちたらどうすんだよ!」



「バカはどっち?少しは頭打った方がいいのよ。

そしたらもっと素直になるでしょ!」



「どういう意味だよ」



「エド。あんた、踊りたいなら素直に言えばいいじゃない。

パパもバーニーおじちゃんもきっと分かったはずだよ。だから」



「お前なぁ…いきなりやって来て説教かよ。マジ勘弁な」



「ねぇ。何を怖がってんの?エド。

さっき稽古場でのあんたのあんな顔。私、久しぶりに見た」



「オレがどんな顔だって?もういいよ。その話は」





いきなりの舞の態度に憤慨したエドは、大きな溜息をつくと、


舞の横を顔も見ずに通り過ぎた。


大股で公園の出口に向かうと、家とは反対の駅の方へ歩き出す。


そのエドの態度に、今度は舞が大袈裟に溜息をついてその後を追った。





「ちょっと。何処行くの?」



「酒飲みに」



「バーカ。この街であんたに酒飲ませる店なんか何処にも無いわよ。

それなりに有名だもん、うちの家系」



「っさいな。関係ないだろ?ついてくんなよ」



「うるさいって何?あんた、ぜんっぜん分かってないのね。

パパはあんたのためを思って稽古に呼んでくれたのに。

分かるでしょ?ね、バーニーおじちゃんにちゃんと謝りなさいよ。

あの役、文哉さんも素敵だけどエドにぴったりだもの。

悪いけど智さんのダンスとは、ちょっと違うと思うんだ」



「お前まで知ったような口聞くなよ」



「“まで”って何?そうだ、アルさんがね」



「またアイツかよ。お前、最近アイツの話ばっかな」



「ちょっと真面目に聞きなさいよ!アルさんはあんたの事」



「まともに英語も話せねえのに、いつも何話してんだよ。

身振り手振り?それともボディーランゲージって奴?」



「何それ」



「奴はオレなんかと違ってオトナだから色々教えてくれんだろ?

足怪我してたって、他の機能はヤル気満々だもんな」



「何?イヤらしい。いい加減にしなさいよ。

あの人はそんな人じゃないわ!」



「お!庇うわけだ。“あの人”…なるほどね」



「エド!」



「放っといてくれよ!もういいから、オレの事は。

お前には、何の関係もないんだ」



「エド!!」






分かっていた。


自分が何でこんなに苛立っているのか。


さっきの稽古の事や可奈子の事だけじゃない。


舞の顔を見るたびに、いつも頭に血が上る理由。


そしてアルに対する想いが、かつての憧れだけでなくなっている事も。





エドは坂道を全速力で駆け下りた。


舞の自分を呼ぶ声がだんだん小さくなる。





やがて降り出した雨が、エドの肩を濡らし出した。


はぁはぁと息を切らせて立ち止まったエドは、


力尽きた様にどさっと地面に座り込む。





暗い夜空からの雨は冷たく、それはまだ少し熱かったエドの


片頬を冷し、その頬を伝う涙を消すのに好都合だった。





「どうして、こうなるんだ。いつもいつも」





何もかもが思うようにいかない。


自分の想いと口をついて出てくる言葉は、いつも正反対だ。


エドはこぶしを固く握り締め、雨に濡れたアスファルトを


何度も叩き始めた。





赤く滲んだ雨が、無造作に投げ出されたエドの足元を


流れていく。





エドは空を見上げ、しばらくその場から動けなかった。







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