2015/09/04 13:49
テーマ:創作 同じ空の下で カテゴリ:日記(その他)

同じ空の下で 1







遠ざかっていく、幼い日が。




公園の滑り台。


稽古場の床の染み。


そして、キミの笑顔。





飛行機雲が一筋流れる。


目指す未来は・・あの光への旅立ち。













「・・ぉい。おい!まだ終わってないぞ!アディショナルタイムだ。


何突っ立ってんだよ!」


「あ。悪い」


「何だよ、ぼーっとして。珍しいな。考え事か?」


「そんなんじゃないさ」


「いくぞ!残り3分。あと1点入れようぜ。2点差なら決まりだろ、今のB組


の戦力じゃ」


「OK!雅紀。いい パスよこせよ」









夕方の校庭に響く声。


高3の夏。


否が応でもやっ てくる受験の重圧に、エドワード・ナオト・ワイズマン


(愛称エド)は、クラスメイトと現実逃避のサッカーに興じていた。








21世紀最悪の不景気の嵐が、日本中に吹き荒れたここ数年。


世間はどこも就職難で、 良い大学を出たから即、希望の企業に


入れるって訳じゃない。





将来の夢?


希望の未来?



そりゃ、考えない訳じゃないけれど


この高3の夏に今すべき事は他に見つからなくて、


ただ規則的に予備校や高校の補習に出かける日々。




心に引っ掛ってるモヤモヤ。自分でも持て余す感情。



ただボールだけを追っているこんな 時間にも、心はどこかに飛んでいる。





「なあ、エド。俺は羨ましいよお前が。勉強だって全然やってる風じゃ


ないのに、こないだの模試、早慶一発A判定だったんだろ?


俺なんかここんとこ、ずーっとDだぜ、D!」



「ん。まあな。でも、まだ 迷っててさ」



「迷ってるだぁ~?何を迷う事があるんだよ。


常に学年3位以内のお前なら、どこにだって行ける だろうが」



「ん~。大学そのものがさ。あまり魅力的じゃない」



「はぁ・・世の中ってのはどうしてこう不公平 なんだ。お前みたいに出来が良いのが


大学行くかで悩んでて、俺みたいに成績も良くないのに、嫌でも受験しなきゃ


いけない奴がいるなんてさ」



「お前は親父さんの跡継ぐんだろ?医者になるなら仕方ないさ。


そこそこの大学ならお前だって楽勝だろう?そう凹むなよ」



「凹みもしますよ。俺みたいな凡人に神様は不公平だ。


秀才でスポーツ万能。イケメンでおまけにハーフ。


好条件揃いまくりの上に、家は有名芸能一家。エド。お前もう反則だぜ」



「誰がハーフだ。オレは8分の1しか」



「おい。もしかして留学とかするのか?あのNYの・・お前、前に言ってたじゃ


ないか。ホラ、なんてったっけ?親父さんの・・」



「おい!お前ら試合中に何話してんだよ!ボケっとすんな。チャンスだぞ!」



「「え?」」



「行ったぞ、雅紀!エドに廻せ!」



「え?ええ~!」



「雅紀!パス廻せ!うわっ!バカ!どこ蹴ってんだよ!ここで同点に して


どうすんだ!・・ああ~~もう!!」










エドが通う高校は、東京の北新宿にある。


大都会新宿ではあるけれど、辺りは結構閑散とした雰囲気。


名前からのイメージは都会のど真ん中という印象だけれど、


ちょっと歩けば、キャベツや大根が山ほど栽培されてるし、


結構のどかな風景が拡がっている。





だけど裏門の200メートル先には、ピンクのお城の様なラブホテルが何軒も乱立


してるし、部活の帰りに校門のすぐ傍で、いかにもそれっぽい女の人が


人待ち顔で立っている所を見ると、やっぱりここは繁華街。


勉強する環境としては普通じゃないんだろう。





高校が決まった時。


下見に来た父、バーニーは、その景色にぴくりと眉間に皺を作り、


運転席の伯父、仁は、 窓から身を乗り出して、その原色の景色を見ては大笑いした。





静かで淫靡な公立高校。


思春期真っ盛りの男子達は、 当然この高校が大好きだった。








結局サッカーは、土壇場で同点ゴールを決められ、PKで逆転されて負けてしまった。


だけど久しぶりに体を動かして気分が少し晴れたエド達は、


それからマックで小腹を満たし、ネオンが輝きだした街を大股で歩きながら


AKBやアニソンを大声で歌い、新宿駅で別々の路線に散らばった。






エドが下北沢に着くと、駅のホームは結構混雑していた。


急な駅の階段を2段抜かしで駆け下り、駅前のロータリーの人込みをかきわけると、


家へ帰らずそのまま商店街へと 向かう。





夏祭りを3日後に控えた商店街には、沢山の真っ赤な提灯が風に揺れていた。


商店街が流している祭り囃子のBGMと、 風俗店の呼び込みの声が奇妙な


コラボレーションを醸し出している。


今夜は金曜日。


もうすぐこの辺も、ソワレ帰りの人でもっと 溢れかえるだろう。


下北の週末は、眠らない街だ。





1週間前からバーニーが仁と一緒にNYに出掛けていて留守だったので、


このところ夜はずっと母、操の店で過ごしていた。





バーニーは何よりも操を大切にしている人で、自分が留守の時は必ず


「マムを護れ」とエドに命令していく。


だから最近自宅には、ただ寝に帰るだけのような状態だった。





操が経営するビストロ【OREGON 】は、


地元のグルメ雑誌にしょっちゅう取り上げられている人気店だ。


「忙しいんだから、他でバイトするならココを手伝ってよ」と言う操の頼みに


エドは、時間があるとギャルソンエプロンを付け、店に出ていた。


【OREGON 】の斜め向かいには、狭い商店街の通路を挟んで、


パブ【MIYUKI 】がある。


ここの2階にはかつて仁達の家があって、子供の頃、エドは毎日遊びに来ていた。


従兄弟の3つ子達と大騒ぎして床を走り回り、


操に大目玉を喰ったのは遠い昔。


6人家族の仁一家には、さすがにここは手狭になり、


5年ほど前に劇団傍のマンションに引っ越した。

(かえってエドの家とは目と鼻の先になったわけだ)





【OREGON】と【MIYUKI】を間に挟んだ道路の真ん中。


ここまで来てエドは立ち止まり、どちらのドアを開けようか、少し迷った。


案の定【OREGON 】の前には、席待ちの人が数人並んでいた。


今朝、つまらない事で操と口喧嘩になって(悪いのは自分なのは分かっていたけど)


真っ直ぐあの黄色い屋根のドアを開ける気にならなかったから。





「ありがとうございました~。またお越しください。あ!エド。


何やってんの、そんなとこ突っ立って」





その時、【OREGON】のドアが開き、帰る客を見送ったのは、従姉弟の舞だった。





舞はエドより3つ年上の21歳。


仁の長女だ。


「・・別に。今、入ろうと思ってた」



「遅かったじゃない。今日は忙しいって分かってるんだからもっと早く帰って来て


欲しかったな。操ちゃん、カンカンよ!」



「っさいな」



「エド!何?その態度!」





どうしてだろう。


最近舞の顔を見ると、訳も無くイライラする。


舞の、いかにも年上の姉が弟を見下すような態度に、猛烈に腹が立つ。


店の客に愛想を振りまく姿にも向かっ腹が立ったし、


最近始めた化粧が妙に似合ってるのも、何だか嫌だった。





小さい時はショートヘアで、男の子みたいにツンツンとトサカの様に固い髪を


立てていた舞。


エドが7才の時、舞の家に3つ子の弟達が生まれてからは、


ますます男の子の様に、毎日泥んこになって遊んでいた。


そんな舞が、今は背中まで伸ばした髪に緩いパーマをかけている。


大きい目を見開いて怒っているけれど、


黄色いシュシュ でまとめた髪から香る、微かなシャンプーの匂いは、


女の子らしい優しい花の香りだった。





出来たら話しかけないでくれと思う。


舞のどんな態度にもムカついてしまうし、


何が原因でも、結局最後は怒鳴ってしまうんだから。





そんな舞を無視し、大きく【OREGON】のドアを開けると、


店の中は予想通り満席だった。


黄色いギンガムチェックのテーブルクロスの客席は、


4人掛けが全部で8席。カウンターが5席。


突然大きく開いたドアから入ってきたエドを、客全員が振り返った。


キッチンの奥からは、ピーク時特有の操の高揚した声が聞こえてくる。





「3卓と8卓のオレゴンチキン、出来ましたぁ!


舞ちゃん、7卓のビーンズサラダもお願いね」


「はーい」





舞がエドの顔を半ば睨みつけるように舌を出し、両手にチキンの皿を持って、


目の前を通り過ぎる。


鼻先に、ほんのり甘いいつもの匂いが漂った。





「ただいま」


左手でフライパンのジャンバラヤをあおりながら、器用に右手でオーブンの中を


確認した操は、エドの顔も見ずに肘でそのドアを閉めた。



「遅い!あんた今、何時だと思ってるの?」



「7時半くらいだろ。駅に20分に着いたから」



「金曜のディナーは混むの分かってるでしょう?何やってたのよ。


もっと早く帰って来れないの?」



「受験生だよ、オレは」



「また。都合の良い時ばっかり受験生なんだから。


勉強なんか全然してないくせに」



「な。お袋・・その事だけど」



「ゴメン、話は後。悪いけど、早く着替えて。今日はずっとこんななのよ。


あんたのファン、何人帰したか」



「何だ?それ」



「最近多いのよ、あんた目当ての女の子。


まあね、今日は特別な日だから余計なんだろうけど。・・忘れてたの?」



「だから何が」



「どうしてもって子の分だけ受け取っといたわ。


更衣室にあるから後は自分でどうにかしてね。とにかく早く着替えてよ」





からかう様なその言葉に、訳も分からず奥の更衣室に向かうと、


小さなロッカーの上に、何やら仰々しいカードが置いてあった。


ロッカーの中は色んな形のラッピングバッグ。


床の上にはビニールに包まれた大きなミッキーのぬいぐるみ。





「なんだこれ・・あっ!」


先頭の目につく所に置かれていた、金と赤のリボンで飾られたカードには、


<Happy Birthday to Edward> と、書かれている。


「あ、そっか。誕生日」


このところの単調な日々の繰り返しに、エドは本当に自分の誕生日を忘れていた。





今日で18歳。これでやっと18歳以下お断りから開放される年齢だ。





妊娠9ヶ月で操に陣痛が来た時、まだ小さいからと心配する周囲をよそに、


3250gという立派な体重で生まれたエド。


その朝はバーニーが演出する劇団の公演初日の朝だった。


仁は病院で万歳!と大声で叫び、常さんが周囲もはばからず


号泣したというから、その日の下北は結構なお祭り騒ぎだったに違いない。





小さい時からエドは、仁から色んな話を聞かされて育った。


バーニーと、仁の出生の話。


アメリカで生まれ育ったバーニーの辛い幼少期。


そして両親の出逢いと、その深い愛情。





仁はエドを膝に乗せ、ゆっくり煙草を燻らせては、


ひとつひとつ言葉を噛み締めながら、静かに話して聞かせた。


バーニーは、そんな自分の事はまるで話さず(仁が話しているのを知っていたのか)


いつも少し不器用にエドを抱きしめた。





操を愛し、心から尊敬しているバーニー。


その愛情表現の豊富さに比べ、エドに対してのハグはどこかぎこちない。


それが幼少期のトラウマを心に抱えた結果と知ったのも、


仁がエドに教えてくれた事だった。





「ちょっと何してんの?お客さんまた入った・・エド?」



「なぁ、舞。お前のプレゼントってこの中にあんの?」




支度の遅いエドを見かねて、舞が更衣室に顔を出す。


舞も知らなかったのだろう。


うず高く積まれたプレゼントの山に、ぅわっと小さく驚くと、


次の瞬間にはエドの顔を覗き込み、意味ありげにニヤッと笑った。



「ん?私?さぁ、どうかな。去年せっかくあげたシャツ、あっさり奏に


やっちゃうような奴だもん。今年は考えちゃうな」



「オレには小さかったんだ。しょうがないだろ」



「まったく背ばっかり伸びちゃって。男の子ってつまんない」



「3つ子はまだ全然小さいだろ」



「そんなのもうすぐよ。あの子達パパに似たみたい。


もうママも抜かしちゃったもん」



「あんた達!いい加減にしてよー!」



「ほら、言わんこっちゃない。エド、早くねっ!」





その夜は、閉店近くなっても客足が途切れなかった。


その後もプレゼントや花束を持ってくる客も居たけれど、


舞のからかうような視線が悔しくて、エドはそれを全部断った。


もっとも、客を粗末に扱うと後で操の雷が落ちるので、


したくもない作り笑顔でやんわりと・・だったけれど。






夜10時の閉店時。


メニュー看板を仕舞おうと、外に出たエドの目の前に、


黄色い縞のシャツと細身の黒い皮のパンツを穿いた常さんが立っていた。





まだMIYUKIは営業時間内のはず。


首を傾げ、いぶかしがるエドに、常さんは超のつく笑顔でこう言った。





「ハッピーバースデー、エド。皆待ってるわ、うちにいらっしゃい」



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