2008/11/30 00:39
テーマ:創作 菜の花の記憶 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

菜の花の記憶  12話  「糸口」

Photo

雨の中で思い出した遠い日の記憶。

仁は、幼い時に遊んだ秘密基地に向かいます。そして・・そこには・・

 




あれは、確か。

ローズテストガーデンの奥の森の中。


小さな川があって、丸木橋を渡って・・

 


「仁。ここか?思い出したのか?」

 

「知ってるはずないんだ・・こんな初めての場所。

懐かしいなんて思わないんだ・・でも、道は分かる。

何回もこの道を通ったって事は分かる。思い出したの

とは少し違うけど。

変だろ?今、俺の足、勝手に動くんだぜ。

アル、さっきの雨で足元が滑る。気をつけろ。

瞳・・おいで」

 


何故俺は、あいつを探しているんだろう。

何故早く、早くと気持ちが急くんだろう。

 


瞳を護って歩きながら、その小さな手に俺の心を

全て預け、ただあいつへと・・足は動く。

 

無くした筈の俺の記憶。

その奥底で何かが“急げ!”と叫んでいた。

 


あ!

 


「仁さん?」


「瞳!ゆっくり来い!!」

 

 


小さなその小屋は、いつから使われていなかったのか。

花栽培に使われていたのか、肥料小屋だったのか。


入り口は狭く、桜の巨木が見事な花を湛えて、

その入り口を覆い隠すように枝を張っていた。

 


「・・バーナード?」

 

「バーナード!いるのか?!」

 


「おい、返事しろ!どこにいる!!

俺だ・・・・・・バーニー!!!」

 

 

 


「・・・バ・・・カ・・・・おそ、い・・よ・・・エド」


「バーニー!!そこか?!」

 

小屋を覆い隠すその太い枝は、雨と風で倒れたのだろう。

それとも雷が落ちたのか。


太い幹にまで亀裂が入ったその木で完全に入り口は塞がり、

人一人の力では到底持ち上げることなど出来なかった。

 

「仁!」

「仁ちゃん!!」


「てつ・・だ、え!」


俺と、木島、常さん、そして、アル。

途中からは瞳も加わり、5人がかりで1時間以上も格闘し、

やっとの事で、ほんの少し枝はその場所の入り口を開けた。


狭い小屋の中でバーナードは、

大きな体を折り曲げるように横たわっていた。

 

「エド・・遅い」


「バカ言え!ここを思い出すのに、31年掛かったんだ。

・・来てやっただけでも、ありがたく思え」


「フフ、そうだな。でもきっと来るって思った。

だから待てた。どうしてだろう・・どうして、そう思ったん

だろう・・分からないけど。でも助かった。正直ヤバかったよ。

そうか、エド。僕が呼んだの、聞こえたんだな」


「立てるか?」


「足がっ・・・悪いほうの足、

床にはまって切ったんだ。ここ、古いよ」


「バカか?お前」


「お前が、言うな・・いつも僕が、助けて・・やってたんだ」


「仁!早く病院に!」


「いえ・・だい、じょ・・・・ぶ・・・で・・す・・・・」


「バーニー!!」

 

 


意識を失ったバーナードは、軽い栄養失調と脱水症状だった。

床板で切った脹脛は15針縫ったが、思ったより軽い症状で

済んだのは、食料が少しあった事と、雨水が小屋に染み込んだ

お陰で、渇きを癒せたからだそうだ。

 


丸一日の入院。

栄養剤の点滴と、本当に起き上がるのかと疑うほどの

深い眠り。

 

瞳は、「寝顔が仁さんと同じ」と言い、

木島は俺を見てニヤリと笑った。

 

アルはホテルに行かず、病室のソファーに横になり、

常さんの膝枕で眠った。

眠りにつくまでアルは、バーナードの寝顔を

ただじっと見つめていた。

 

探していた、敵との対面。

多分アルが想像していた姿より、ずっと子供っぽい表情の

その寝顔は、アルの右手の握り拳の力をだんだん緩めて

いく。やがて眠りについたアルの髪を、常さんはずっと

撫でてやっていた。

 

皆が思い思いの夜を、その病室で明かした。

 

 

翌日の夜明け。

バーナードは静かに目を開けた。

ベッド横のイスで雑誌を読んでいた俺を見つけると、

まだぼんやりとした顔で呟いた。

 


「あぁ・・やっぱりいたんだ」


「起きたのか?」


「夢だと思ってた」


「何が?」


「エドがいる事」


「俺も不思議なんだ」


「何が?」


「お前と普通に話してる」


「あぁ・・・あの時さ・・あのカフェで。

言いたい事、何にも言えなかった。

いざエドが目の前にいると、あんな風にしか出来なくて。

・・怒らないで聞けよ。白状するとね、瞳と知り合った時、

初めは下心があったんだ。エドが愛している女、僕が奪った

ら、エドはどんな顔するだろうって。

僕はエドが苦しむ姿を想像した。僕の今までの想いに比べ

たらそんな事、他愛も無い事だと思った。

でも瞳は、エドしか見ていなかったよ。

エドへの愛が心から溢れんばかりで・・アハハ、誘惑した

つもりだったんだけどね。誘うように見つめても、さりげ

なく肩を抱いても、瞳は全然気付かない。

エド。あの娘、本当に面白いよ・・ハハハ。

あの笑顔。お日様みたいなあの笑顔に、僕は久しぶりに

心から笑った。そして瞳の中にエドを感じた。

・・やっと気付いたんだ。

今まで僕はエドを憎みながら、本当はエドが恋しかったんだ。

エドに、逢いたかったんだって。


カフェからまっすぐこっちに来たんだ。

気付いたらオレゴン行きの飛行機に乗ってた。

空港でチョコレートを買ったよ。あと、カップケーキ。

ね、憶えてる?ほら、上に青いブルーベリーのクリームが

乗ってる奴。何だか急にあそこでお菓子が食べたくなってさ。

子供の時みたいにあそこで寝転んで、腹ばいになって。

ハハ、まさか雷が落ちるとはね。携帯は切れて通じないし、

夜は寒いし。“このまま死ぬのかな”って少し考えたよ。

マムに叱られたような気がした。きっとマムなら、こう言うな。


“バーニー、エドと仲直りしなさい、エドは何にも悪くないのよ”

って。・・分かってるんだよ。この感情が理不尽な憎しみだって

事は。エドは何も憶えていない。僕を忘れたことだって、エドの

せいじゃない。


エドが行ってから、マムは笑わなくなった。

グランマが亡くなってからは、もっと酒に頼るようになった。

どんなに僕が勉強していい成績を取っても、

どんなに僕がダンスをうまく踊って見せても、

マムは、エドの事だけを愛してた。挙句の果てに僕は怪我をした。

ダンサーになって、メインストリートで踊るってマムの夢さえ、

もう叶えられない。どうすればよかったんだ?

僕は、どうすればマムを・・笑わせられた?」

 

「バーナード」


「あれ?バーニーって呼んでくれたよね、さっきは」


「・・そうだったか?」

 
「フフ・・アメリカって国はね、人種のるつぼって言うだろ?

いわば移民の国だよ。でも実際はしっかり差別がまだあってさ。

この街だって、僕らは少数派の黄色人種。

グランマは日本人、マムはハーフ。僕に流れてるアメリカの血は

たったの4分の1だ。“僕は日本人?それともアメリカン?”

現実を突きつけられるたびにその疑問がやってくる。


“9・11”の時、ハイスクールからのたった1人の親友が

あのビルにいたんだ。彼は在米コリアンで、こんな僕を理解して

くれた唯一の友だった。その時、僕は仕事でラスベガスにいて、

ニュースを聞いて慌てて帰ろうとした空港は、もう大混乱だった。

長い行列、厳重過ぎるほどの手荷物検査。

そして“アメリカン”と“それ以外”とに列を分けられたんだ。

アメリカで生まれて、アメリカで育ったのに僕は、

“それ以外”だった。

笑えるだろ?この顔はそんな書類とは関係ないんだ。

結局彼は、遺体も見つからず、アメリカの風になった。

彼のオンマの号泣する声がまだ耳に残ってるよ・・


それからの僕は、本当のアメリカンになろうと決意した。

他人に隙さえ見せなかった。ice manと呼ばれることを誇りにも

思ってきた。実力なんだよ。力さえあればこの国は、こんな僕で

も認めてくれる。・・忘れかけてたんだ、エドの事。

自分の事で・・アメリカ人になることで精一杯で。

その年、マムが死んだ。

長年のアルコールで、体はもう、ボロボロだったんだ。

マムが死んで、僕はまたエドを思い出した。エドはマムの事を

知らない。あんなに愛していた息子に忘れられたマム。

死んだことさえ伝えられない。そんなの・・可哀相すぎるだろ?


・・調べたんだ、エドの事。

まだあそこで、先生してると思ったけど。

そうしたら・・よりによってエドは、あんなに僕がなりたかった

“ダンサー”になってた。

エドだって苦しんでその道を選んだのに、僕はまた君を恨んだ。

そんな時クリスに見せられたんだ。東京でのウエストサイドの

ビデオを。それは悔しい位に感動的で、悔しい位に素敵な舞台

で。舞台の上のエドは・・エドのタップは・・震えがきて・・

僕は、涙がこぼれそうだった。

僕が、僕の方が日本に行けば、マムは幸せだったのかも知れな

い。エドが踊ってあげれば、マムは笑っていられたのに・・・


悪かった。あの記事は故意に書いた嘘だ。

あの舞台は素晴らしかった。あれは、あの記事は、

僕の・・エドへの・・」

 


いつの間にか瞳も、木島も、常さんも、そしてアルも

バーナードの話を聞いていた。

 


「ダディーを返せ」


「アル!」


「ダディーを返せよ!!あんたに会って、オレは敵討ちが

したかった。初めジンをあんたと間違えたんだ。そしたら

ジンはオレにそんな事はやっちゃ駄目だって。

ね、どうしてあんたは、ジンの兄弟なの?

どうして、あんたはオレと、同じなんだよ!

オレ、ジンが好きだ・・ジンが悲しむ事、したくない。

でも・・オレ・・オレ・・・」

 

アルは、常さんの胸に飛び込み泣き出した。

その声は、俺たちが初めて耳にする

アルの子供らしい泣き声だった。


「この子は?」


「あんたに父親を殺された子よ。劇評でね」


「え?」


「直接はあんたのせいじゃないわ。でもそれが原因で亡くなった

のも事実。そしてこの子のマムはあんたのマムと同じよ。

夫を失った悲しみに耐えられずに、アル中で入院中。

真実を書くのはいいわ、でもペンは人を殺せるのよ!

憶えておきなさい。見なさいな。

この子は・・まるであんたじゃないの!」

 


そうだ。思いだした。

バーナードの、この表情。


バーニーはいつも俺をかばってくれた。

そして、俺の代わりに叱られてくれた。

とても苦しそうに、マムや身勝手な大人の叱責を全身に浴びて

いた。叱っている者の想いをその小さな体に受け入れて、

俺には舌を出し“エヘヘ”と笑いかけてくれた。

誰よりも優しく、誰よりも傷つきやすい、バーニー。

 


「そうだったのか。申し訳なかった。今更謝っても遅いが・・

ただ1つだけ言わせてくれ。

僕は嘘は書かない。必要以上の絶賛もしない。

僕が書いた事で傷つく役者は多いだろう。

でも、僕が取り上げる役者は僕の目に留まった役者だ。

ひどい演技だろうが音程を外そうが、僕はそいつに目を向けた。

それはね・・悪い事じゃないと思う。見るに値しない役者の事を

僕は記事にはしない。自分で言うのも変だが、僕は悪い目は持っ

ていないよ。僕が書いた人は、書くだけの価値のある人だけだ。

そんな物で駄目になってしまうなら、もうそれ以上にはなれない。

厳しいね・・それが現実なんだよ。

僕が嘘を書いたのは・・僕の劇評家人生の中で、“宇宙の舞台”

ただ1つだけだ」

 


アルは、もう泣いていなかった。

ただ、バーニーを見つめていた。

バーニーの毅然とした言葉に、ただそこに立ち尽くしていた。

 


コンコン。

 

その時、誰かが病室のドアを叩いた。

部屋の中の6人は、一瞬顔を見合わせる。


瞳が立ち上がり、そのドアを開けた。

入ってきたその男は、俺のよく知った男だった。

・・俺が唯一、こう呼ぶ男。

 


「親父?」

 

そこに、親父が立っていた。

 

あのいつもの飄々とした表情ではなく、

今まで見たこともないような、神妙な顔をした親父が。

話し出した口調こそ、いつもの調子ではあったけれど。

 

「仁。思いがけず懐かしい所に招待してくれたな。

大変だったよ、NYに行ったらホテルで萌ちゃんにお前達が

ここにいるって聞いて。お!木島君、結婚決めたのかい?

すっかり奥様って感じだったぞ、彼女。去年家に来た時より

ずっと女っぽくなってた。式には呼んでくれよ。

仁と瞳の親友の結婚式だ。何をおいても出なくちゃな」


「どうして?なんでここに親父がいるんだよ」


「この間、瞳に電話もらった。お前達が心配だって。

あぁ、バーナード・・君は憶えてるのか。昔の事を」


「お久しぶりです、稲垣さん。31年ぶり、じゃないな。

僕は1回あなたの家に行った事がある。

まだ美雪ちゃんが生きていた頃。ご存知でしたか?」


「いや。そうだったのか。

仁に・・エドワードに会いにかい?」


「会いに?いいえ、確かめにです。エドがどう生きてるのか、

僕より幸せなのかどうか。あの頃エドは幼稚園で働いていて。

僕が行った時、学校帰りの美雪ちゃんとすれ違ったんです。

美雪ちゃんは僕を見て驚いた。“お兄ちゃんに似てる”って。

かわいい娘でしたね。見ず知らずの僕を、園に連れて行こうと

したんですよ。僕は、わざと英語を捲くし立てて・・逃げました」


「ハハ、あいつらしいや」


「しばらく外で隠れてるとあなたが帰ってきた。

エドと、美雪ちゃんと、奥さんとあなた。

幸せそうでしたよ。園庭でエドが運動会の準備をしていて、

美雪ちゃんがそれを邪魔して。

考えたらエドは家族の誰とも血が繋がってなかったんだ。

・・理想の家族に見えたのに」

 

「仁。お前に全部話さなきゃいけないと思って来たんだ。

31年前の事、お前が記憶を無くしたときの事、お前達の

父さんの事を。バーナードの具合さえよければ行きたい所が

ある。お前に見せたいものもな」

 

「親父?」

 

 

31年前。


そこに忘れた、俺の記憶。

 

見えてきたその糸口。

 

その先端を今、俺は掴もうとしていた。

 

 

コラージュ、mike86


2008/11/29 00:33
テーマ:創作 菜の花の記憶 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

菜の花の記憶 11話  「雨の中で」

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11話、「雨の中で」です。この回を書いていた時、確か、韓国MBCの原語版「太王

四神記」のタムドクの雨の立ち回りを見たすぐ後で^^凄く興奮して、ぜひあの雨の

中の顔を仁に・・と思って書いたんです。実際ポートランドは雨の街。1年の半分くら

いは雨なんだそうです。どんより暗い空。色とりどりの街の花々。そんな街で仁は・・

 



 


ポートランド国際空港。

 


俺と瞳、木島と常さん、

そして・・アル。


つい昨日まで、この場所に来る事になろうとは

想像もしていなかった。

 

 


クリスの報告を聞いて、俺はすぐに部屋を飛び出そうとした。

だが俺のその手を止めたのは、瞳だった。

 


「駄目よ!今倒れたばかりなのに。そんな体で何処に行こう

って言うの?そんな長旅、無理だわ!あなたは自分がいつも

丈夫だって思っているから、傍で見ていた私の気持ちが分から

ないのよ。それにバーニーがそこにいるって何故分かるの?

そんな遠くまで行って無駄足だったら・・・ね、お願い。

せめてあと1日安静にしてて」

 

「・・1日?1日中俺にここで寝てろって言うのか?

その間にもあいつに何かあるかも知れないのに?

瞳、信じてないだろ。今まで兄弟だと認めもせずに、お前との

仲まで嫉妬してた俺が、急にあいつを心配しだしたりしたから。

あぁ、俺にだってよく分からないんだ。何故、こんなにあいつ

の事が分かるのか。でも、聞こえるんだ。今は、聞こえるんだ。

あいつが俺を呼ぶ声が。

“エド”って、どこかで俺を呼んでる・・・

俺が思い出さなきゃ、今、あいつを探さなきゃいけないんだ。

心配かけてごめん。でも、俺は行く。

クリス!今からチケット取れるか?何時間くらいかかるんだろう。

ごめんな雑用ばかり押し付けて。木島、悪いが瞳を頼むよ。

相原にもよろしく言っといてくれ。それから」

 

「仁!お前、バカか?まったく、全然お前は成長してないな!

俺達はお前の何なんだ?何でも1人で片付けようとするな!

お前の家族はな、俺達の家族でもあるんだ!瞳だって、お前の

女房だろうが!瞳の想いまで無視するなよ。

だいいちお前、金無いだろ。どうやってそこまで行くんだ、あん?

・・・オレゴンは遠いぞ?

俺様の、この光り輝くウルトラゴールドカードがなかったら、

絶対オレゴンまでなんか行けるもんか。

クリス!チケットは3枚だ。いいな!」


「5枚よ、クリス」


「常さん?」


「仁ちゃん、あんな説明でこの子が納得すると思ってるの?

子供だと思って舐めたこと言ってんじゃないわよ!

アルは、あんたより立派に大人よ。自分でちゃんとカタを付け

られる。決着はアルに付けさせなさい。アタシはそれを見届けに

行くから。木島ちゃん!どうせならここまでやるのが、かっこいい

男ってものよ。そんなあんたに萌ちゃんはイ・チ・コ・ロ!」


「よーし!出発だ。皆、支度しろ!」


「そうそう。金持ちは単純じゃなくちゃ!」

 

 


NYは早くも夏の陽気だったが、ポートランドは未だ肌寒かった。

アメリカ大陸のちょうど正反対。

改めてこの国の大きさを思い知る。

 

空港から一歩外に出た俺は、何か不思議な感覚に囚われた。

まるでデジャブのような、目の前の風景。

 

見たことなどあるはずが無かった。

しかも、ここを出たのは5歳の時。

31年前とはきっと何もかもが変っているはずだ。

 

「おい、仁!何してる。タクシーこっちだぞ」


「あぁ、木島。この街はバスが便利なんだ。

市内に出るには、金もかからな・・・い」


「仁?」


「・・・・・・・瞳。荷物、持つよ」

 

 

窓の外を流れる景色。

灰色の空。

今にも雨が降り出しそうな、重く湿った空気。

バスは走り続ける。

 

窓枠に肘を突き、

31年前の自分の故郷であるはずの街を眺める。

 

「え~と、どれどれ~・・・オレゴン州ポートランドは、

日本の札幌と緯度が同じで、姉妹都市にもなっています。

冬季は雨が多く夏でも25度くらいまでにしかなりません。

春は花が多くバラの街とも言われています。

・・あら?この街ナイキの本社があるのね。へ~、ここには

消費税が無いんですって!あのティファニーだって税金かから

ないのよ~。ふふふ、5番街で悩んでたピアスがあったの。あれ、

ここにもあるかしら。いい所じゃない、あんたの故郷って!

こんなことでもなくちゃ来られなかったわ。ありがと仁ちゃん♪」

 

空港で日本人向けの観光ガイドをちゃっかり貰って来た

常さんは、バスの中でもハイテンションだ。


俺やアルが背負っている重苦しい空気が一気に軽くなる。


俺が苦笑いしていると、瞳は安心したように常さんと一緒に

明るく喋り出し、アルは、常さんに体をくすぐられてくすくす

笑い始め、遂には“キャハッハ!”とはしゃぎだした。

 

その楽しそうな声は、緊張している俺を癒してくれる。

 

 

空港で感じた感覚が段々強くなってきた。

 

思い出す・・というのとは少し違う、

頭で感じるのではなく、皮膚が呼吸し始めたような、

眠っていた細胞が、少しずつ目を覚ましていく・・そんな感覚。

 


「瞳」


「ん?何?」


「手、握っててくれないか。なんだか、冷たいんだ」


「うん。仁さん、私はここにいるわ。だから・・大丈夫」


「あぁ」

 


俺の震えが瞳に伝わっただろうか。

さっきから手が小刻みに震えている。

掌にはうっすら汗もかいている。


舞台の本番ですら緊張など殆どしたことのない俺が、

目の前の風景に動悸を抑えられない。

 

「仁。この辺だ、クリスが教えてくれた住所。

・・・・大丈夫か?降りるぞ」

 

 

ポートランドは、緑の街だった。

5月の風は、まだ初春の香りで、街中に赤や黄色の花が

色とりどりに咲き始めていた。

 

木島と常さんが、露店でオレンジを売っている老婆に

メモを見せ、道を尋ねている。もっとも、2人はオーバーアク

ションの身振り手振りで、会話しているのは冷静なアルだ。

 

瞳はずっと俺の手を握っていた。

そして時々下から俺の顔を覗き込み、にこっと笑いかける。

 

一体、今俺はどんな顔をしているんだろう。

小さく笑い返すと、瞳は手を強く握り返した。

 

「仁。こっちだ」


「やっぱな・・・そんな気がしてた」

 


街の真ん中を走る路面電車。

三叉路の交差点。

その一角の大きな花屋。

三軒先の古いベーカリー。

 


目の前の霧がほんの少しづつ、晴れていく。

 

 

ああ。そうだ・・・・あぁ。


そこの路地を入ると、教会があって・・・

隣は・・俺、の・・・・幼稚園。

 


「瞳。手、離すよ」


「仁さん」

 


「その道を左・・・大きな屋敷があって・・・

・・・犬がいたんだ、大きな犬。俺が怖がって、いつも遠回り

しようって・・・そうだ・・隣に・・隣にいたのは・・・・」

 

 

『バカだな。こわくなんかないよ。エドはすぐなくんだから』


『じゃあ、バーニー、さきにいってよ!

ぼく、うしろにかくれてるから』


『よし!せーので、いっきにかけぬけようぜ』


『ほら!やっぱりバーニーだってこわいんじゃないかー!』


『『いっせーの~・・・・わ~~~~!!』』

 

 


「結局いつも、全速力でアパートの前まで走るんだ。

どっちが早く階段を上れるか競争して・・

ドアを開けると・・グランマと・・・マム、が・・・

ハハ、ハ・・ハハもういいよ、木島。住所、見なくてもいい。

あの赤いレンガのアパート。ここだったんだな。

たまに夢に、出てくるんだ。赤い建物が。

周りはみんなぼやけてるのに、この赤だけは見えるんだ。

・・ここ、だったんだな」


「思い出したのか!仁」


「いや。まだ、ぼーっとしたぼやけた記憶だけだ。何しろ

31年前だぞ?お前だって31年前の事、はっきり覚えてるか?

・・あいつはあれからずっとここに住んでたのかな。

新聞社が把握してる住所ってことは、上京するまでここに

いたって事なのか?あいつ、大学は」


「ハーバードよ、仁ちゃん」


「げ・・マジかよ」

 


アパートの傍には、薄紫のスミレが咲いていた。

それこそ、あたり1面に・・

誰かが手を掛けているようには見えない、まさに雑草に

近かったが、それはとても美しかった。

 

俺は、その花から何故か目が離せなくなっていた。

一斉に俺の方を見て話しかけている様に感じた。

 


「あら?バーニー、まだいたの?

もうNYに戻ったんだと思ったのに」


「え?」

 

突然俺に話しかけてきた初老の女性。

驚いた俺の顔と、木島達の顔を怪訝そうに伺っている。

 

「急に来るからおばさんも驚いたけど、少しは街も見られた?

あなたがいた頃と、あまり変ってないでしょう?

あ、ローズテストガーデンは行ってみた?

もうバラの季節ね、ここまで香ってくるもの。

せっかく春になったっていうのに、また雨が降りそうよ。

本降りになる前に帰らなくちゃ・・バーニー?」

 

「やっぱり来たんですね。バーナードは、ここに」


「え?えぇ・・あんたバーニーじゃ、ない。じゃぁ、

え?もしかして・・・エ、ド?」


「ご存知なんですか?僕を」


「よく顔を見せてごらん!・・ああ、そうだ、エドだよ!

眉の上の、この傷。これはあたしの息子が喧嘩した時に

あんたにつけてしまった傷さ!憶えてないかい?あの子が

振り回した三角定規の角が当って血がいっぱい出てさ。

あんたの血を見て、今度はバーニーが息子を殴って。

・・・ああ・・あれから何年経つの?また会えるなんて!!」


「いつ来たんですか!」


「誰が?」


「バーナードです!来たんでしょう?ここに。

それは、いつですか?」


「あぁ、もう4、5日前よ。そうだ、確か木曜日だったわ。

工房に行く途中だったからよく憶えてるもの。

あの日は昼過ぎから大雨で風も強くて・・・

それよりあんた、日本に行ったんでしょう?

あんたたち仲が良かったから、バーニーはしばらく泣いてね。

アリスも人が変ったみたいになって・・アリスが亡くなった

のは知ってるんだろう?かわいそうな人だったね。

綺麗な人だったのに」


「バーナードを探しに来たんです。あいつ帰ってこなくて、

仕事に穴あけてしまって。あいつが行きそうな所知りませんか?

早く探さないと・・」


「あぁ、どこに行くのって聞いたんだ、あたしも。

そしたら笑って変な事言ってたよ。

“秘密基地を見に来たんだ”って」

 

ひみつ・・きち?

 



『エド・・マムにはないしょだぞ!』

『うん、ぼくたちの“ひみつきち”だね』

 


次の瞬間、俺は駆け出していた。

その場所を知っているのは俺だけのはずだ。

約束したから。

 

“内緒だ”って、約束したから。

 

 

「おい!仁!待てよ、どこ行くんだ?おい!!」

「待って、ねえ!」

「仁ちゃん!」

「ジン!!オレも行く!」

 

 


どこだ。


何処だ!

 

思い出せ・・・・


思い出せ!!

 

 

大通りまで戻ってきた俺の足は、

そこでパタリと止まってしまった。

もどかしい想いが、俺をイラつかせる。

 

「はぁはぁ・・おい!待てよ、仁。闇雲に探したって仕方が

無いだろ?第一、ワイズマンがそこにいるって保証は・・

怖えーな、睨むなよ・・分かったよ。そうだ、おい!何か

キーワードはないのか?子供が考えそうな事、子供が大人の目

を逃れて隠れられる場所・・子供の時は俺だって、庭の柿の木

の上に秘密基地を作ったよ。俺は一人っ子だったから誰も手伝っ

てくれなくて、結局ハンモックをくくり付けただだったけど。

でも柿の枝って弱くてさ。折れてすぐ下に落っこっちまった。

お手伝いさんにえらく怒られたっけ・・・そうだ、そうだよ!

大きな木とか、洞窟とか、何かの小屋とか」

 

 

ポツ・・・


ポツ・・・

 

 

雨が落ちてくる。

 

一粒・・


二粒・・・

 


そして、あっという間に土砂降りになった。

 

瞳たちは、ベーカリーの大きな軒先に走っていく。

 

 

「雨が、降ってる」

 

「仁さん!そんなところに居たら濡れちゃうわ!

早く、こっちに」

 

「雨が・・・・雨が、降ってる・・

        雨・・・・・・雨・・」

 

 


『あめ・・やまないね。マム、しんぱいしてるかな』


『しんぱいなんかするもんか!

ぼくはわるくないのに、ぶつなんて』


『ごめんね。ぼくのせいでグランマにまでしかられて』


『エドのせいじゃない!さきにけがさせたのは、ジョンだぞ!

なぐったっていいんだ!』


『バーニー・・・』

 

 

 

・・・・雨!!

 

突然目の前に現れたフラッシュバックする映像。

 

 

"緑の森"

"小さな物置"

"大きな木"

"木々を濡らす雨"

 

向こうに見えるのは・・・・"バラの公園″

 

 


『あ、ローズテストガーデンには行ってみた?』

 

 


・・バーニー。

 

分かった。

 


今、行く。

 

 


待ってろ。

 


そこで、

 

 


     待ってろ・・

 


 

コラージュ、mike86


2008/11/28 00:51
テーマ:創作 菜の花の記憶 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

菜の花の記憶  10話  「胡桃の一片」

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さっき、届いたばかりのイベントDVDを見ていたら旦那が帰宅。「お前、この中に居る

んだよな・・楽しそうだね」って^^埼玉の時は、1人悶々と家で想ってただけだったか

らね、私は。人見知りの私がオフ会に出掛けたり、創作書いたり。旦那にしたら私

が楽しそうにしてるのが嬉しいらしい。公認をいい事に、またリビングはヨン関係で

埋まっていく・・ふふ(爆)さて。ふざけるのはこの辺で・・10話です。

 





バーナードが、消えた。

 

 


俺がその事を知ったのは、日曜の新聞記事だった。


週2回掲載していたバーナードの劇評。

レギュラーのそのコーナーに休載の文字を見つけた俺は、

目を疑った。

いきなりのその休載は謝罪文のみで、その原因も、

次回の掲載予定も書かれてはいない。

 

新聞社に問い合わせた俺は(不審がられたので仕方なく、

“兄”だと名乗った)

編集者から信じられない言葉を聞いた。

取材をドタキャンし、依頼された仕事もそのままに

行方不明になっていると。

自分達も連絡が欲しいから、そう伝えるようにと。

 


『来週から新作ミュージカルが5本も』


『これから取材なんです』


『僕はあなたみたいに暇じゃない』

 


先週、あのカフェであいつは確かにそう言っていた。


フリーのあいつが仕事を放り出したと言うことは、

まずい事なんじゃないのか。

劇評家生命には影響はないのだろうか。

あの時、あのまま取材をすっぽかしたのだとしたら、


今、あいつは一体どこにいるのだろう。

 


Gパンの尻ポケットにねじ込んであったタバコは

最後の1本だった。

大事にその1本に火を点けた俺は、身体を丸めて

眠る瞳を起こさぬよう、静かにベランダに出る。


早朝の街を見下ろし、タバコを深く吸い込むと、

ジリッとした日差しが肩を直撃した。

 


5月中旬のブロードウェイは、すっかり夏の暑さだ。

ここに来た時には、想像もしていなかった今の状況。


アメリカ初公演、初日パーティー、翌日の劇評記事、

上演中止、そして・・・バーナード。

 

早いものだ。

俺達も、2週間後には帰国予定だった。

 



♪菜の花畑に、入り日薄れ、

   見渡す山の端、霞深し・・春風そよ吹く・・

 



ん?・・今何で、この歌だ?

  どうして歌ってるんだ?・・俺。

 

不意に口をついて出てきた歌。

何故かこのところ、よく頭の中でリフレインしている。

まさか、ホームシックになった訳でもあるまいし。

 


そのタバコが燃え尽きていた事にやっと気付いた俺は、

次の瞬間、自分でも驚く行動に出ていた。

 


ただバーナードに逢いたかった。

あいつと本気でもう1度話したかった。

 

すぐクリスに電話し、あいつの行きそうな所はないか、

何か心当たりはないかを問い詰めた。

だが、クリスも記事に穴を開けたバーナードの情報を

聞いたばかりらしく、反対に俺が何か知っているのでは・・

と思っていたらしい。

 

「携帯の電源切ってるんです、彼。ボクも何度も電話したん

ですけど。オフィスも、自宅も出ないんです。彼の友人は

ボク、他に心当たりがなくて。

どうしたんだろう、今までこんな事なかったのに。

彼がジンさんと兄弟だって聞いて、ボクも正直驚きました。

今思えば、あの時から変だったんだ。

あのパーティーでジンさんの話題を出した時から・・

あの冷静なice manが、明らかに動揺してた。それから用も

無いのにボクのオフィスに時々顔出すようになって・・

ジンさん、今ホテルですか?そこにいてくださいね。

ボク、新聞社に行って何か情報仕入れてきます!

ボクならこの街は、顔パスですから!

あぁ、こんな事しかボクはあなたの役に立てない。

この間だって、折角あなたがボクを訪ねてきてくれたのに、

ボクは席を外していて。あんなチャンスは滅多にないのに。

あなたを待たせておかなかったスタッフを恨みましたよ。

いいですね、今度こそボクが行くまでそこにいて下さいよ!

彼を探しましょう!一緒に!

あなたの為なら、このクリス・ウイリアムズ、何でもします!

あなたが、好きだから。待っててください!ジンさ・・・・」

 


話が長くなりそうなクリスの電話を途中で切り、

小さく溜息をつき携帯を閉じたその瞬間、

部屋のドアを乱暴に叩く音が聞こえた。

 

「仁!おい、新聞読んだか?ワイズマンが原稿落してるぞ!」


「あ、木島ちゃんも来たの?そう、アタシも今読んでびっくり

しちゃって・・ちょっと仁ちゃん、早く開けなさいよ!!

早く開けないと、このドア蹴破るわよ!」

 

ドアの外で木島と常さんが騒いでいる。

・・・うるさいのが来たな。

 

「まったく朝っぱらから物騒だな。今開ける。

少し静かにしろよ」

 

雪崩れ込むように入ってきた2人。

ハデな原色のパジャマのままの常さんは、

相変わらずのハイテンションで。

 

「んもう!ね~ね~ちょっと、どういう事なの?

もどきは何かしでかしたの?仁ちゃん何か知ってるんじゃな・・

わおっ!と。・・アタシ、見てないからね」


「?ん?どうした・・・わっ瞳!!バカッ!!

おい、向こう向け!木島、お前もだよ!」

 

考え事をしながらクリスと電話していた俺は、

途中で起きてきた瞳がシャワーを浴びていたのを、

すっかり忘れていた。そしてそのまま2人を部屋に通して

しまったものだから、瞳はバスタオル1枚で(俺しかいない

つもりで両端を前で軽くつまんでいただけだった)

出て来たところを見られてしまったのだ。シャワーで声が聞こえ

なかった瞳は、そうとも知らずに鼻歌交じりで、

 

「え?な、に?キャーーーーー!!ヤダ、代表まで・・んもう、

仁さんってば!どうして教えてくれないのよ!!」

 

バチーン!!

 

「おい、痛てーな。悪かったよ。手加減しろよな、少しは」

 

驚いてもう少しでバスタオルを落とす所だった瞳は、

思いっきり俺の背中を叩くと、寝室に飛び込んだ。

 

「ほう?案外胸あったな。ありゃ、萌よりありそうだ。

それに結構色っぽい。ま、新婚だ。無理もないか・・

そうだ!そうそう、仁はおっぱい派だったっけ。

ハハハ、常さん、昔劇団の稽古場で皆で飲んでる時、

“女はおっぱいかケツか!”の議論になったことがあってさ。

その時は野郎だけだったから、余計下ネタで盛り上ってたんだ。

こいつはと言えば、例のごとく隅の方でかっこつけて飲んでた

んだけど、急に騒いでる俺たちの傍にツカツカ寄ってきたかと

思ったら、ぼそっとこう言うんだよ。


“俺は・・・・断然、おっぱいだ”って!


一瞬静まり返った後、大爆笑さ。

こいつがこの顔で、この声で“断然おっぱいだ!”だぜ?

笑ったな~、腹抱えて笑った。皆ツボに入っちまってさ・・

仁。あの時、お前は一緒に笑ってたよな。俺はそれが嬉しかった

んだ。7~8年前だよ。あぁ・・今、思い出した。

それにしてもお前を叩くのか、瞳は。

・・・くっくっ・・さっきのお前の顔・・アハハハ!!」


「ハッ、何とでも言え!しかもそんな大昔の話まで。

おい!いいかお前達、忘れろよ!記憶の隅から今の映像を

抹消しろ!おっぱい話も瞳の裸も、口外したら・・ぶっ殺す」


「「ガッハッハッハ!!」」

 


いつの間に着替えたのか、笑われ散々な目にあっている俺の

目の前に、瞳はマグを置いた。


「代表!コーヒー淹れました。お飲みになりたければ御自分で

どうぞ。セクハラ代としてセルフにさせていただきます。

仁さんにもまだ怒ってるけど、叩いちゃったからチャラにして

あげる。常さんは・・私の裸なんか興味ないでしょう?」


「まったく。鈍感なうえにおバカさんだね、あんたは。

アタシはノーマルだって何回も言ってるじゃない。あんたの事

だって仁ちゃんさえいなきゃ、とっくに口説いてるわよ。

はあ~・・今夜はあんたの今の映像で眠れないかもね」


「だから、それはさっき“記憶を抹消しろ!”と言ったはずだ」


「ギャハハ!!仁ちゃん、本気だわ~。そうだ!そうよ。こんな

バカ話してる場合じゃなかったわ。仁ちゃん、“もどき”どうし

ちゃったのよ~!どっか行っちゃったの?」


「ん、ああ・・・消えたんだ。取材もドタキャンしたらしい。

水曜に会った時は、これから仕事だって言ってた。

今週新作が5本もあるって、忙しそうに」


「えっ!仁さん、バーニーがどうしたの?」


「瞳・・あいつ、今朝の劇評休載していなくなったんだ。

あの時、カフェで会ったろ?あの後から連絡取れないらしい。

あれからもう4日だ。もし事故にでも遭ったんなら、新聞社に

知らせがくるだろうから、そうじゃないとは、思う」

 

またドンドンとドアを叩く音。

アルが新聞を片手に飛び込んでくる。

そして俺を見るなり、「ジン!」と叫んだ。

 

「アル!アタシが帰るまで部屋で待ってるって約束したでしょ?

どうしてこうなったのか、仁ちゃんに聞いてくるって。仁ちゃんは

“もどき”のお兄ちゃんだから何か知ってるかもしれないって・・

日本語で言っても分からなかったかも、だわね。ね?だからアル」


「常さん!・・・・アル」


「ジン。どういうこと?本当なの?ジンとワイズマンが兄弟って」


「日本語、分かったのか?あぁ・・分かるよな、常さんは体中で

話してくれるから。きっと片言でも通じるんだろう。

新聞、お前が読んでやったのか。

あぁ、そうだ。俺はあいつの双子の兄だ。

俺も、こっちにきて初めて知ったんだが。ごめんな・・黙ってて。

お前に何て言ったらいいのか、正直判らなかったんだ。

お前の親の敵が、俺の弟・・・そうだよな、たとえ仕事とはいえ、

許せないよな。

アル。俺を殴れ。俺を殴ってくれ!

そんなことじゃお前の気が済まないかも知れないが、

俺に出来る事は、これくらいしかない。

しかも、あいつがああなったのは、俺のせいかも知れないんだ。

あいつが憎んでるのは、俺なんだよ。アル・・

ごめん・・ごめんな・・ごめん・・どこにいったんだろう、あいつ。

あの自信家が・・あの“ice man”が。

あの時、俺を見る目が震えていたんだ。

俺に向かって溢れ出しそうな言葉を呑み込んでた。

そして、俺に一言、

“思い出せ”って・・・


俺は一体、何を忘れているんだろう。

俺はどうして、日本に行ったんだろう。

俺は、エド・・“エドワード・ジン・ワイズマン”

それは・・・誰だ。

俺は、誰なんだ!!」

 

 

話している間にどんどん気持ちが高ぶっていく。

先日の不安とは違う、胸の奥を襲う痛み。

あいつの顔が目の前に浮かぶ。

 


息が、苦しい。


頭が・・痛い。


目の前が、霞む・・

 


どうしたんだ?

一体・・どうしたんだろう、俺。

 


「ね、仁さん?大丈夫?顔色、悪い」

「おい、仁!真っ青だぞ。どうし、た!・・・・・・仁!!」

「ジン!!!」

 

 

 

 

 


「・・・あ、俺・・どうしたん、だ?」

 


気がつくと、俺はソファーに寝かされていた。

額には、濡れたタオルが乗せられている。

慌てて起きようとすると、頭がまだ少しふらついた。

 

瞳は俺の手を握り、泣いていた。

大きな目から涙が溢れていた。

 

「やだっ・・仁さんのバカ・・心、配・・心配したんだから・・

急に倒れるんだもん。さっきまで元気でバカな話してた人が、

真っ青になって、崩れるみたいにバタン!って。

あぁ・・やだ、まだ私、震えてる・・・」


「倒れたって?俺が?」


「あぁ。初めて見たぞ、お前のあんな顔。

瞳の手術の時のお前も凄い顔してたが、あの時とは違う・・

何か憑依しちまったみたいに真っ青になってさ。

おい、仁!起きて平気なのか?まだ無理しないで寝て、」


「俺じゃない」


「ん?」


「俺じゃない、俺が倒れたんじゃない。

・・・きっと・・・バーナードだ」


「お前、何言って・・」


「あいつに何かあったんだ・・・きっと。

そうだ。きっと・・きっとどこかで、俺を、呼んでる」


「仁?」

「仁さん?!」

「ちょっと、仁ちゃん、あんた、何言ってんの?!」

 


俺はまだふらつく体を無理矢理起こし、

携帯でクリスを呼び出した。

 

コールが繰り返される。

10回・・15回・・20回・・・・


思わず握り締めた携帯を、床に投げつけようとした瞬間、

今度は乱暴にドアチャイムが鳴り響いた。

 

「ジンさん!ジンさん!!いますか?僕です。分かりました!

バーナードの故郷が」


クリスの声が聞こえた。


出ようとする俺を制し、慌てて瞳がドアを開ける。

 

「ジンさん、分かりました、彼の故郷が!オレゴンです!

オレゴン州ポートランド。分かったのは住所だけですが。

彼、友人も恋人もいないらしくて・・

自宅にも行ってみましたが、やはり戻っていないそうです。

オレゴンって、NYの反対側ですね。むしろカナダに近い・・

結構遠いですよ。ここからだと」

 


オレゴン?


ポートランド?

 


オレゴン・・・

 

 


『・・エド、エド!・・・マムにはないしょだぞ。ボクたちだけの

ひみつの場所だ!』

『うん!ぼくたちの“ひみつきち”だね・・わかった、ないしょだよ

・・・バーニー』

 

 


オレゴン・・

 

その響きには微かに覚えがあった。

 

それは、何故か懐かしい

 

遠く、

 

甘い、響き。

 




コラージュ、mike86


2008/11/27 00:26
テーマ:創作 菜の花の記憶 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

菜の花の記憶  9話 「バーナードとエドワード」

Photo

遂に、仁とバーニーの直接対決!カフェでの3人、重い空気みたいですね。

向かい合う冷静なドンヒョク顔と、睨みつけるヨンジュン顔^^妄想すると・・おいしい

かも(爆)

 




カラン

     カラン・・・

 

グラスの中のオレンジジュース。

私は、意味もなくストローを動かしている。

 

カラン

     カラン・・・

 

予想以上に大きな音が出ると、

3人ともピクっと体を震わせる。誰も、何も話さない。

 

 

・・気まずいな。


これってもしかしたら、とてつもなくヤバイ状況って、奴?

バーニーは31年間、憎しみにも似た仁さんへの想いをずっと

抱き続けてきたんだし。

仁さんは、いきなり聞かされた兄弟だっていう事実や、

バーニーの劇評の事があるし、それに・・

たぶん今、私の勘だと(あんたの勘は当てにならないって

あいちゃんは言うけど)仁さんは私にも怒っているみたい。

もしかしたらバーニーとの事、疑ってる?

あの顔は仁さんがMAXで怒ってる顔よね。

バーニーもさっきまであんなに笑ってたのに、

今は完全に無表情だし。

 

ここは私が、明るく話しかけてみるべき?

 

「今日はいい天気ね!」とか、

「好きな食べ物はなんですか?」とか?


でもこの空気は、そんな軽い会話じゃ持ちそうにないんだけど。

 

2人の顔色を伺っていたそんな時、

さっきまで晴れていた空から、急に大雨が降ってきた。

張り出したテラス席の屋根にバラバラと大粒の雨が落ちていく。


やった!

これなら天気の話題は・・できそう?

 

仁さんとバーニーは互いの顔を見ずに、

そんな風景をただ、見るともなく眺めていた。

 

長い・・・長い沈黙。


よく見ると、長い足を組み、窓枠に頬杖をつくスタイルや、

時々唇を弄りながら考え込む表情まで、2人はよく似ていた。

仁さんもバーニーも、気付いてはいないだろうけれど。

 

遂に耐えられなくなった私が口を開こうとした瞬間、

仁さんはその体勢のまま英語で話し出した。

 


「何故だ」


「何がですか」


「何故、瞳と一緒に居る」


「何故?何故でしょう・・偶然の成り行きですよ。

僕には何もやましい所はありません。

それより英語、上手ですね。発音もまあまあです。

結構調べたつもりだったけど、これは知らなかったな。

習ったんですか?それとも・・思い出したとか?」


「話を逸らすなよ。何故瞳に近づいた。俺への当て付けか?

しかも何故、俺に向かってそんな口調なんだ。

ぶった話し方はよせ」


「変ですか?別に意識してる訳じゃありません。

僕はあくまでも劇評家ですから。お客様とも言える俳優に

敬意を払うのは当然です。僕が誰に近づいたって?心外だな。

僕はあなたの“奥様”から声を掛けられたんだ。

そんなに心配なら鎖にでも繋いでおけばいい・・

しかしあなたは随分と “何故”の多い人だな。

もう質問は終わりですか?じゃ、僕はこれで」

 

「え?バーニー!帰るの?

ごめんなさい。折角送ってくれたのに」

 

「いや、きょうはたのしかったよ、ひとみ。

エヴァのスコーンもうまかったね。エヴァはああいったけど、

あのことは、そんなになやまなくてもいいとおもうよ。

ひとみがおもうほど、わるくない。

それに、きっともうひとみのなかに、エヴァたちは“たね”を

まいたはずだしね。あとは、ちょっとしたきっかけさ。

だいじょぶ、ぼくはひとみならできるとしんじてるから。


では“影山さん”失礼します。仕事があるので。

これから取材なんですよ。実は来週から新作のミュージカル

が5本上演されるんです。完全オリジナル作品が2本、ロンドン

ミュージカルのリメイクが2本。後の1本はセリフのない歌と

ダンスだけの作品です。このオーディション、覗かせてもらった

んですが、凄かったですよ。あれだけ踊れるダンサーが揃うのは

滅多にない。無名の新人も多かったけど、これは期待大ですね。

初日までに特集記事を組む予定なんです。

劇評家の仕事は、タダで芝居見てお気楽に感想を書いてるだけと

思っていませんか?事前のリサーチ、キャストの情報、材料は

多いに越した事はない・・忙しいんですよ。

僕はあなたみたいに暇じゃないんです」

 

「ずいぶんと瞳に、馴れ馴れしい口を聞くんだな。

いつからそんな関係になったんだ。鎖に繋いどけだと?

ふざけるな!お前こそ日本語話せるんじゃないか。

それに俺は好きで暇になった訳じゃない・・原因はお前だろ」


「皮肉に聞こえましたか。それは失礼。

僕自身は意識してないんですが、僕の批評はどうも辛口らしくて。

付いたニックネームが“ice man”。名誉な事です」


「やめて!もしかして2人とも、喧嘩してるのね?」

 

言葉の意味は分からなくても、2人の表情と仁さんの口調で、

ただの会話じゃないのは伝わってきた。

バーニーの仁さんを見る目が、笑顔なのに怖い。

 

「喧嘩なんかしてないさ。

いや、まだその段階までも行ってない。

瞳、帰ってろ。俺はこいつと話さなきゃならない」


「エド」


「誰の事だ?俺はそんな名前じゃない!」


「事実は事実だ!

君の名前は、“エドワード・ジン・ワイズマン”

そして残念だが僕の兄だ!

父は“影山 慎一”、母は“アリス・L・ワイズマン”

僕らの中には、4分の3の日本の血と、4分の1のアメリカの血が

流れてる。君は5才の時、記憶を無くした。事故に遭ってね。

そして日本へ行ったんだ。

僕は忘れなかったさ。君の事を忘れた事なんかなかった。

・・ずっと。そうだ、僕と話したいのならエド・・思い出せよ」


「待て!!まだ話は終わってない!

おい、ワイズマン!!!」

 


キッと仁さんを睨み、カフェのドアを乱暴に開け出て行った

バーニーは、雨の中、目の前に止めてあった車に乗り込んだ。

 

10秒・・・20秒・・

 

ハンドルに手を置き、暫く微動だにせずに前を向いている。

そしてチラッと窓側の私達を見ると、

次の瞬間アクセルを強く踏み込み、NY市街に消えていった。

 


「仁さん、あのね」


「・・やめてくれ」


「えっ?」


「どうして俺に黙ってた。瞳」


「違うの、本当に初めは偶然だったの。偶然入った教会に

バーニーがいてね・・彼、もう何年もあそこに通ってて、

シスターに紹介してくれたの。仁さんが心配するような事は

何もないよ。確かに送り迎えはしてくれてたけど・・

それに、ホラ!私、英語話せないから通訳してくれて」

 

「分かった、もういい。明日からは俺が一緒に行く。

通訳なら俺でいいだろ?だから、もう、あいつに逢うな」

 

「違うわ!仁さん、勘違いしてる。そんなんじゃない!

バーニーは悪い人じゃないの。私はあの記事でさえ、彼の本心

じゃないって思ってる。

片割れだった仁さんを、急に引き離された5歳のバーニー。

仁さんだけを想っているお母様に、自分は愛されてなかった

って・・確かにあなたの事を憎んでるのかも知れない。

でもそれはきっと、あなたへの大きな愛情の裏返しなのよ。

私、この3日間バーニーと話してそれが分かったの」

 

「バーニー、バーニー!!それがあいつの愛称なのか?

やけに親しげに呼ぶんだな、あいつの事を。

夫の俺の事はまだ“さん”づけなのに?

私には分かるだと?たった3日であいつの何が分かるんだ!!

・・瞳、あいつをかばうな。俺の前で親しげにしないでくれ。

お前とあいつを見た時、心臓が潰れるかと思った。

思わずあいつを殴り倒しそうになった。

・・これでも・・抑えたんだ」

 

「仁さん」

 

「この何日か、理由の分からない不安がずっと心の奥にあった。

漠然とした、形のない不安・・舞台の事、ダンスの事、俺なりに

答えを出した。なのに・・夜中に目覚めて隣を見ると、お前は

俺の腕の中で眠っている。眠ってるお前を抱き締めてその不安を

打ち消してたんだ。

あいつの目だ。あの目がずっと俺の頭の中にあったんだ。

・・あいつが、弟?

確かに似てるし、あいつの想いも感じるさ、でも・・

俺には記憶がない。兄弟だった事、ここで育った思い出がない。

あいつがその事で苦しんでいようが、俺にはどうする事も出来ない

んだ・・ごめん、少し時間くれないか。このままじゃ帰れない。

過去をはっきりさせなきゃ、俺もあいつも行き違ったままなんだ。

ごめん、先に帰っててくれ、少し遅くなる」


「仁さん!」

 

いきなり立ち上がり、ドアの方に向かう彼の腕を

私は咄嗟につかんだ。


何て言ったらいいか分からなかった。

ただ、彼をこのまま行かせてしまいたくなかった。


彼はゆっくり振り向くと、私を見つめ大きく息を吐いた。

そしておずおずと私の頬に片手を添え、不器用に微笑んだ。

 


「・・怒鳴って悪かった。

だがお前も悪いんだ・・分かってるか?」


「うん・・ごめん・・黙ってて・・・・ごめん」


「クリスに会って来るよ。今まで避けてきたんだ、現実と

向き合いたくなくて。自分が何者なのか。俺は何を忘れて

しまったのか。そしてあいつの事・・調べたいんだ。

クリスは何か知ってるかもしれないから。

・・ごめん。愛してる、瞳」

 

両手で私の頬を包み、大きな背中を丸めるようにして、

彼は私にキスをする。

カフェの通路のど真ん中で。


彼が時々こういう大胆な愛情表現をするのは、

彼の中に流れている、4分の1のアメリカの血なのかもしれない。

自分では自覚すらしていないだろうけれど。


カフェを出た彼は、店の前でタクシーに乗り込んだ。

私に小さく手を振ると、ドライバーに行き先を告げ、

車は市街に向かう。

 

仁さんとバーニー。

ちゃんと向き合わなければいけない時期に来ているんだ。

そうしなければきっと、バーニーの少年期は終わらない。

仁さんとの、空白の31年間も埋まらない。

 

 

私は、その夜。

一本の電話を掛けた。

 

 


「驚いた・・これが昨日と同じヒトミ?

一晩でこんなに変るなんて。やっぱり彼が魔法掛けたか?

ん?ハハハ!愛の力だわ、こりゃ」


「エヴァ」


「うん。それでいいの。想いが声に溢れてるよ。

分かる?声、今すごく出てるのが」


「私にはあまり分からないけど」


「ね、どう?そこで聞いてた彼!

前のヒトミと違うでしょう?」


「驚いてるんです・・あんな声、この小さい体のどこから

出てくるんですか?それに、こんな短期間に声って出るよう

になるものなんですか?」


「元々持ってたのよ、この子は。

私達はちょこっと、その宝箱を突っついただけ。

声ってね、心と体のバランスがとても大事なの。

技術だけじゃ歌えないのよ。昨日までのヒトミはね・・

早くあなたに成果を見せたくて焦ってたのね。

私達がこんなでしょ?楽器がでかけりゃ、大きな音が出て

当たり前なのよ。今日のヒトミは、あなたに認めてもらいたい

って想いより、あなたに愛されてるって想いを実感したんじゃ

ないかしら。それとあなたへの愛もね。そうね、2人でゆっくり話す

時間があったとか、とっても素敵なmake loveをしたとか。

あら?大事な事よ。これこそ、心と体の名バランス!

あなたよ、ヒトミに声を出させたのは。これが愛じゃなくて何?

ああ、羨ましい!


さて。これなら大劇場でもマイクなしで大丈夫ね。

お宅の劇団はマイク無しなんですって?気に入ったわ!

聞いた事あるけど、日本って、ピンマイク平気で付けてるんです

ってね。昔は、ブロードウェイじゃありえなかったけど、今は

ここでも結構見かけるの。あたしアレ、キライなのよね。

生声でやってこその舞台でしょう?まして口パクなんて詐欺

だわよ。ところで・・・彼氏。あなた何者?

あの“ice man”とどういう関係?

あ!これはプライバシーに関わるわね。

ヘへ、またシスターテレサに怒られちゃう」


「彼は弟です。子供の頃、僕は日本に行きましたが」


「ふ~ん。やっぱりね。同じオーラだもん、貴方達。

ただ、バーナードの心には、あなたみたいな暖かな“核”が

ないの。どっかに置いてきちゃったのよね、きっと少年期に。

ね、知ってた?あ、またこんな事喋ると怒られそうだけど・・

バーナードってね、本当はダンサーを目指してたのよ。

御両親みたいな」


「えっ?」


「お母様の希望だったみたいよ。でもハイスクールの頃、駅の

階段から落ちそうになった子供を助けて怪我したらしいわ。

彼の右の足首、よく動かないのよ。その事故でね。

日常生活は平気みたいだけど、医者に言われたんですって。

ダンスは無理だって。彼って、ほんの少し歩き方変でしょう?

ああん!またやっちゃった・・今度は懺悔だわ~」


「ね、仁さん。何?」


驚いて固まっていた仁さんは私の問いに慌てて答えた。


気がつかなかった・・あ、そういえば少し。

立ち姿の体重の掛け方に癖があるなとは感じてた。

その立ち方が、バーニーをより傲慢そうに見せてもいたから。


バーニーがダンサー志望だったなんて・・・

 

 

 


「♪なのはーなばたけに・・いりーひうすれ

   みわたーすやまのーは・・かすーみ・・ふかし・・」

 

マム、エドだよ。

マムの・・エドが来た。

 


僕はどうすればいいんだ?


僕の今までの想いは、どうすればよかった?


やっと・・やっとそのチャンスが来て、


やっと、実現、したのに・・

 

何故かな。


エドを見ていると、涙が出てくるんだ。


思わず・・・抱き締めたくなるんだ。

 

憎んでるのに。

殺したいほど、憎んでたのに。

 

ね、答えてくれ、マム。

・・・・答えて、くれよ」

 

 

その時、バーニーはNYにはいなかった。

 

取材のアポをドタキャンして。


沢山の仕事を放り出して。

 

 

あの・・


あの場所に、来ていた。

 




コラージュ、mike86


2008/11/26 00:59
テーマ:創作 菜の花の記憶 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

菜の花の記憶  8話  「蕾」

Photo

31年間、離れ離れだった双子の兄弟。瞳に出逢って、初めて穏やかな笑顔を見せ

るバーニー。31年の彼の想いは・・





「ヒトミ!声、作っちゃダメよ。今あなた、意識して発声

変えたでしょ?いいの。そんな事しなくても、あなたなら

出来るから。ボールみたいに“ポーン”と声を向こうに投げ

てごらん!あぁ、今更言う事じゃないわね、そんな事。

ね、あなたの良い所が全部消えちゃってるの。私達の真似

なんかしなくていいの!あなたはプロシンガーなのよ!

しっかりしなさい。ヒトミ!」

 

教会に通い始めて、3日目。

 

エヴァや皆の圧倒的な声の前に、私は普通にさえ声が出せなく

なってしまっていた。一度意識し出したら、かえって力が入っ

てしまい、つまらぬ技巧に走ったりする。抜け出そうとすれば

するほど悪循環。もう完全にスランプだった。

 

「ヒトミ、ちょっといらっしゃい」

 

痺れを切らしたエヴァは、私を外に連れ出した。

 

「教えないから、自分で感じなさい」と言ってくれていた

エヴァが、初めて私にダメだしをした。今までは口を出さず、

ただ私の歌を聴いてくれていただけだったのだけれど、通い

始めて3日目、遂に耐え切れなくなったらしい。

 


その教会の庭には、小さな花壇と小さなテーブル。

数人が寛げる可愛いベンチがあった。

小さく可憐な花々が無造作に植え込まれたその花壇は、

作りこんだ花壇よりかえって心が落ち着く気がした。

 

エヴァは私をそこに座らせると、一旦教会内に戻り、

ティーセットとスコーンを載せたトレーを重そうに抱えて

きた。

 

「悪いわね。やっぱり3人分は重かったわ。こんな体型でも

一応乙女ですからね、力は無いのよ。ええ、そこに置いといて

くれる?・・私の母は、イギリス人なの。イギリス人にとって

ティータイムはとても重要なものなのよ。私も若い時には、随分

母に反抗したりしたけど、この年になるとね。やっぱり幼い時から

の習慣は大切にしたいわ。さ、このスコーン、私が焼いたのよ。

ヒトミの口に合うかしら?」

 

「・・・エヴァ、私」

 

「ヒトミ、あなた少し焦ってない?早く成果を出さなきゃって。

ここに来ている以上、自分の歌を変えなくちゃって。

あぁ、そういえばあなたの事、私、何も聞いてなかったわ。

日本から公演で来た、ミュージカルシンガーだって事だけ。

はぁ~この人、詳しい事何も話さないから・・・

ねぇ、本当にちゃんと訳してるの?余計な事まで訳さなくても

いいのよ。さっき、シスターテレサに私が怒られてた時、あなた

ヒトミに訳してたでしょ・・バーナード」

 

「事実は包み隠さずですよ。僕はいつもその精神で仕事してます

からね・・エヴァ、僕の事は気にしないで下さい。空気みたいな

ものだから。居ないつもりで、どうぞ、続けて」

 

「あら、空気がタバコ吸ったり、美味しそうに紅茶飲んだりする

のかしら?私に頼みごとなんかした事のないあなたが、いきなり

彼女を連れてきた。驚いたのよ、あなたの顔があんまり優しかっ

たから。てっきりあなたの想い人だと思ったのに・・

“ice man”にも 遂に春が来たのかってね。」


「僕の、ですか?残念ですが、ハズレです。

そうだったらよかったんですけどね。瞳はとても魅力的だし。

・・すみません。僕の事はいいんです。続けてください」

 

「あなたって相変わらず複雑な人ね、バーナード。

ヒトミ。何故今のヒトミが上手く歌えないか、分かってる?」

 


それが分かれば、苦労はしない。

今の私は、3日前まで自分がどんな風に声を出していたのかさえ

完全に忘れている。

私には時間がないのに。ここにいる時間はもうあまりないのに・・

 

「そうよ、今のヒトミの顔そのまんま。あなた焦ってるわ。

早く結果を出さなきゃ、何かを掴まなきゃ!って。

そしてすぐ喉を締めちゃう。歌っていうのはね、心の声なの。

心が荒れてる時には、声も荒れる。

幸せな時には、声にも想いが溢れ出るのよ。

この間、ヒトミが歌ってくれた日本の歌。あれ、すごくよかった。

純粋で優しくて、愛に溢れてた。誰かを思い浮かべてたんでしょ?

その人の為に歌ったのよね?・・あなたの恋人?」

 

私は思わず、傍らのバーニーを見つめた。

バーニーは、咄嗟に私の目を見ないように

スコーンを食べ始める。

 


この3日間。

ホテルから150メートル程離れたアイスクリームショップの前で

バーニーは私を待っていた。

 

初日、びっくりする私に、


「おとこがひとりでこういうみせにはいるのは、はずかしい

です。つきあってください」


と、強引に私を店内に押し込んだ。

 

「こどものとき、freezerにいつもおおきなアイスがはいってる

ともだちのうちがうらやましかった。ぼくはマムに“かって”と

いえない、こどもらしくないこどもだったからね。

・・あ、これ、おいしそうだな」


そう言って、少し頬を染めた笑顔で私にチョコチップアイスを

手渡してくれたバーニー。

 


今、エヴァの言葉を静かにバーニーは訳してくれる。

特に感情を入れるわけでなく、ただ意味だけを正確に。

 

「あ、はい・・主人なんです。私の、私の一番大切な人。

彼がいたから、彼が支えてくれたから、私は今、ココにいら

れるんです。

彼がいなかったら、きっと今頃田舎に帰って、何の目的もなく

生きてたかも知れない。歌もタップも中途半端のままで・・

彼、役者でタップダンサーなんですけど、その彼のダンス、

NYに来てから一層大きくなったんです。あんなひどい記事が

出て一時は悩んでたのに、それを吹っ切って前よりパワフルに

踊るようになっ・・あ!ごめんなさい」

 

「いや、いいよ。

・・そう・・エドのダンス、かわったんだ」

 

この3日間、私達の会話に仁さんは出て来なかった。

その名前が出そうになると、バーニーはわざとらしく

話を逸らせた。

 

「えぇ。変ったって言うか・・今の仁さん、とても楽しそう

なんです。常に笑顔で踊ってるんですよ。

ダンスが好き、踊りたい、身体からその想いが溢れてるの。

改めて気付いたって言ってました。自分がどれだけダンスを

愛してるかが、やっと分かったって。

ふふ・・今、彼に触ったらリズムが飛び出してきそうなくらい

ですよ。他のダンサーと冗談言って笑いながら、ヒップホップ

なんかも踊ったりして・・

バーニー、一度スタジオに見に来て下さい。

きっとこの間の劇評が間違いだったって分かるわ!仁さんは」

 

「ジン・・そうなんだよね。エドはもう、エドじゃない。

ごめん。エドのはなし、いまはしたくない・・したくないんだ」


「バーニー」

 

 

----
 

 

「やっぱり血なのかなぁ、お前のリズム感。信じられねえよ。

アル、お前、本当に見ただけで覚えたのか?今までの全部?」


「うん、そうだよ。新作が始まる時にはリハも入れて1ヵ月以上

同じ演目だろ?ロングランになったらそれこそもっとだ。

覚えないほうがおかしいよ。かっこいいダンスを見るとさ、真似

したくなるんだ。もちろん仕事があるから全幕は見られないけど、

親方の目盗んで3階席の後ろから、こそっとね」


「真似か。いいんだよ、初めは皆、誰かの真似さ。それでいい。

よし次はタップだ。さすがに見ただけじゃこれは踏めないからな。

滅茶苦茶でいいからタップの真似もしてみろよ。

見た事あるだろ?」


「うん。えーと・・じゃ、こんな感じ?」

 


アルを預かって3日目。

2日間は、仕事に行くアルを見送り、夜は劇場まで迎えに行く

だけだったが、アルが上演中のミュージカルのナンバーを

口ずさみ、そのダンスを見ただけで細かいステップまで憶えて

いる事に気付いた俺は、ホテルの裏庭にアルを引っ張り出した。

 

ダンスはセンスだ。

 

同じようにステップを踏んでも、同じようにターンを廻っても、

センスのない奴の踊りは、うまく決まらない。


客へのアピールとか、オーバーなアクションとかそんなもの

じゃなく、身体の中にどれ程そのセンスを抱いているか。

それこそが、ダンサーの命だ。


俺の唯一の生徒である瞳は、運動神経こそ人並み以下だが、

リズム感と、絶対音感、踊るための独特のセンスを持った女優

だった。決して速くリズムを刻めるわけではなかったが、その

タップは初めから自分の音を持っていた。それを見つけた時の

俺の悦びは、きっと他人には分からないだろう。

 

アルは、まさに踊るために生まれてきた少年だった。


父親はミュージカルダンサーだったらしいし、母方の祖父母は

ダンススタジオを経営していたそうだ。今では母親以外全員亡く

なってしまったそうだが、これはやはりDNAなんだろう。

それと、ソウルフルな黒人が持っている“血”。

 


「ハハ・・そうだ、いいぞ、雰囲気つかんでるよ。

いいか、まず、基本中の基本だ。これが“スラップステップ”

トウから足を前に投げ出すように・・タタ。

な?音鳴るだろ?こうだ・・・タタ!タタ!!

そしてこれを連続・・タタ、タタ、タタタ、タタタ・・・

おい、どうしてそんなにすぐ音出るんだよ。俺なんかこれ出来る

のに2週間かかったんだぜ。はぁ~何か凹むな。

じゃあ、これは?“シャッフルステップ”だ。

タタン、タタン。な?ひざ曲げてバランス取れ!・・そうだ。

そして連続・・タタンタ、タタンタ、タタタ・・・・・

おいおいおい、待てよ。参ったな、何で出来るんだよ!

本当に今、初めてなのか?・・アル、俺をおちょくってるだろ」


「ハハハ、何だって?仁、やられてるのか?

アル、お前もいい度胸だな。こいつを凹ませるなんざ、そんな

勇気のある奴はいないぜ・・あ、すまん。瞳がいたか」

 

俺の大声を聞きつけたのか、タバコをくわえた木島が

へらへらやってきた。

非常階段に腰掛け、大袈裟に笑い、完全に日和見体勢だ。

 

「いいぞ!仁先生。未来のミュージカルスター発掘だな?」


「おい、冗談じゃないぜ木島!コイツ、踊れるぞ」

 

「あっ!仁さん居た!・・探しましたよ、ここだったんですね」

 

その時、俺を探して裏庭に走りこんできた奴がいた。

どこから走ってきたのか、かなり息があがっている。

 

「お前が俺に用事なんて珍しいな。金なら無いぞ、アキラ」


「違いますよ!あの・・実はこの前から言おうかどうしようか

迷ってたんですけど。今また見かけたんで、やっぱり仁さんに

言っておこうと思って。拓海さんには口止めされてるんですが」

 

「おい、穏やかじゃないな。拓海も絡んでるのか?分かった!

クリスのターゲットが仁から拓海に移ったっていうんだろ。

仁が邪険にするもんだから今度は拓海に乗り換えたか?」


「違いますよ!代表。ふざけてる場合じゃないんです。

仁さん・・瞳ちゃんが」


「瞳?瞳がどうした」


「この所、毎日同じ男と会ってるんです。僕、3回見ました。

1回目はタクシーから2人で降りてくるところ、

昨日はアイスクリーム屋の前、そしてさっき、カフェに2人で」


「ハハハ、男と会ってるって?瞳が?バーカ、あいつが浮気

なんかするわけないだろ。お前の見間違いじゃないのか?

確か、あいつはゴスペル習いに教会に行ってるんだろ?な、仁。

お前、そう言ってたよな」

 

「アキラ・・・どんな奴だった、そいつ」


「それが」


「いた~!仁ちゃん!仁ちゃん、仁ちゃ~~ん!!

ちょっと大変よ~~。アタシ見ちゃったの!瞳ちゃんてば

“もどき”と一緒にお茶してるのよ~。

ホラ、あの向かいのカフェで~」

 

 

常さんが乱入してくる前から、俺には答えが分かっていた。

この間から微かに感じていた心のざわつき。

根拠は何もないのに、それは何故か確信に近かった。


初めて会った時の、眼鏡の奥の冷たい目。

そして瞳にぶつかり、優しく抱き起こしたというあの後ろ姿。


瞳を疑う気はまるで無かったが、

俺はその瞬間、一気に頭に血が上った。

 


「・・ワイズマン」


「おい、仁!!」

 


気がついた時には、俺は駆け出していた。

裏庭から、ホテルのロビーを突っ切り、表通りに走る。

道路を片手で車を止めながら強引に渡りきると、

向かいのカフェのドアを乱暴に押し開けた。

そして俺は窓側の奥の席に、その2人を見つけた。

 

 

「どうしよう・・あのまま歌えなくなっちゃったら」

 

「おおげさだよ、ひとみ。さっきだって、ちゃんとうたえてた。

ぼくのみみをしんじなよ。そうだな・・ただすこし、じしんを

なくしてるだけさ。あの3にんは、ひとなみはずれておおごえが

でるんだ。あんなのとくらべてたら、だれもうたえない。

あれ?もしかして・・エドのかおみないと、うたえないの?」

 

「んもう!ふざけないで下さい。こっちは真剣なんですよ!」

 

「ハハ、おこったかお、かわいいね。ひとみ」

 

「バーニーってば!!ホントに怒る・・・・あ、仁さん!」

 


その言葉に、瞳と向かい合い、俺に背を向けて座っていた男が

静かに立ち上がる。

振り向いたその男は、人差し指で眼鏡のフレームの真ん中をつい

っと持ち上げ、正面から俺を見据えた。

 


「・・瞳、帰るぞ」

 

「エド」

 

瞳の腕を掴み、歩き出す俺の背中に向かって、

奴はそう呼びかけた。

 


「・・What?」

 

「エド・・きみのことだよ。

・・エドワード」

 

 


その時、

 

テーブルのグラスの中の氷が1つ、


カランと大きな音をたてた。

 




コラージュ、mike86


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