銀色の焔
ブロコリ、存続決定。おめでとー!今日は職場の飲み会で、PCを開けるのが遅くて
夜遅くに結果を知り、涙が出てきました・・これからも私なりに楽しい話題や、創作
を書いていきますので、どうぞお付き合いくださいね♪
で、今日は存続おめでとー記念(笑)で、短編をもう1つ。
内容は少し重いですけどね~。あの事件の後のお話。仁の姿に涙した方も多かった作品です・・
「キャーーーーー!!」
その時。
咲乃は、ただ震えていた。
目の前では、仁が瞳を抱いている・・瞳はもう動かない。
仁の叫ぶ声。
瞳を、愛する女を呼ぶ・・声。
楽屋が騒がしくなってきた。
誰かが救急車と警察を呼んだらしい。
これから自分はどうなるんだろう。
そうか・・これでもう、終わりなんだ。
事の重大さに気持ちがついていかない。
ただ咲乃の目は、仁と瞳を呆然と見つめていた。
「救急車、まだか!!アキラ、楽屋封鎖しろ。
劇団の奴らには俺から後で話す。皆まだ舞台だろ?
そこで待機だ、いいな・・・・仁、おい、仁!!」
「・・うごかないんだ・・さっきまで話してたんだ・・
ごめんなさいって・・自分が悪いんだって・・俺が怪我して
なくてよかったって・・笑って・・俺にわらっ・・て・・」
「仁、もうすぐ救急車が来る。大丈夫だ、瞳は強いよ。
こいつ今まで風邪一つひいた事ないじゃないか。
稽古がどんなに苦しくても、足が動かなくても、瞳はいつも
最後までついて来るだろう?
・・・おい!お前がそんなんでどうする!しっかりしろ!」
「代表!救急車来ました。それから・・警察が」
「よし。アキラ、仁と瞳を救急車へ。俺も後で行く。あ!待て。
萌、呼んで来い。病院まで付き添わせろ。いいな」
「咲乃」
「木島さん、私・・こんなつもりじゃなかったの。
気づいたらここが血で、いっぱいで・・あ、嫌!
ね、止めて!仁が・・仁が行っちゃう!」
「咲乃!!!お前、自分が何をしたのか分かってるのか?
バカヤロウ!お前はもっと自信家で、優雅で冷静で・・
こんな事・・こんな事するなんて・・」
「木島さんが私の何を知ってるっていうの?
私の事、何にも知らないじゃない!私はそんな女じゃないわ。
嫉妬深くて、傲慢で、ちっとも冷静なんかじゃない。
・・・憎かったの。仁は私にあんな風に微笑まない。仁は私を
愛した事なんかない。若くて、きらきらしてて・・それにあの“声”
あの声で、仁を呼ぶのよ。仁が、仁があの娘を・・・
私はここにいる。ここにいるのに!」
咲乃は錯乱状態だった。
警察が楽屋に来た時、震えながら木島の服の端をずっと
握っていた。連行しようと警官が腕を掴むと、叫び声を上げた。
子供がいやいやをするように、身をよじって抵抗した。
木島は咲乃を落ち着かせようと、声を掛け続けたが、
咲乃の震えは止まらない。警官が力ずくで連行しようとした
その時、舞台からその男は飛び込んできた。
「咲乃さん!!」
あれだけ震えていた咲乃の体が、何故かピタリと止まった。
焦点の定まらなかった目に、少しずつ光が戻っていく。
咲乃は男の方にゆっくりと振り向いた。
「斉藤・・く、ん」
「待ってます、俺。咲乃さんが誰を愛していようが関係ない。
俺、間違ってました。あなたが好きだから。あなたの為なら
何でもする。それが俺の愛なんだと思ってました。
あなたが俺と一緒にいてくれるなら、誰を敵に回しても、って。
俺の気持ちは知っていますよね。
一度寝たからって恋人面するなと、あなたは言うけれど。
あなたが何をしても。
あなたがどんな風に変っても、俺の気持ちは変らない。
憶えていてください。
俺が、いつも傍にいることを。いつまでも待っていることを・・」
連行される咲乃から抵抗する力が抜けていく。
そして一瞬、斉藤に微笑んだ後、
いつもの咲乃の顔に戻って行った。
警官が咲乃の顔を隠そうと上着を被せようとしたが、
咲乃は毅然とそれを拒んだ。
その頬には、確かにひとすじ涙が流れていたが、
それを拭こうともせずに、咲乃は歩き出した。
公演中の舞台搬入口に救急車とパトカー。
さすがに目立つこの組み合わせに、もう劇場外には野次馬が
集まっていた。咲乃はその喧騒の中、静かに車に乗り込む。
木島はその車を見送りながら心の中で呟いた。
“・・咲乃。
お前の辛さも、お前の仁への想いも。
俺は分かっていて、見ないふりをしていたのかも知れない。
お前が瞳を見る目にずっと前から気付いていたのに、
俺には止める事すら出来なかった。
お前はいつも大人で、冷静で・・
お前は誰よりも芝居を愛していた。
何が、芝居は人間観察だ!
こんな事も見抜けずに演出家だなんて、聞いて呆れる”
その時、木島の携帯が、緊急事態を知らせてきた。
「直人?私・・・瞳が・・ひと、みが・・」
「おい、萌!どうした、まさか?」
「違うわ、まだ、大丈夫。でもね、出血が激しいの。
病院にストックしてある血液だけじゃ足らないの。
ね、皆に声掛けてちょうだい!輸血しなくちゃ。時間がないの」
「分かった、皆に声掛ける。瞳は何型だ?」
「ABよ。AB型!あなたと一緒!ABは他の型からも貰えるって
いうけど、やっぱり・・お願い急いで!なるべく沢山、急いで!
・・・仁さん、瞳の傍から離れないの。
ずっと手握ってるの。お願い、瞳を助けて!」
そうだ!今は、感傷に浸ってる場合じゃない。
まずは、瞳だ。
木島は劇場内に戻ると、大声で叫んだ。
「おい!皆集めろ!AB型の奴何人いる?俺と酒井と、あと誰だ?
すみません。劇場関係の方でAB型の方、いらっしゃいませんか?
血液が足りないんです。ABです!AB型・・・・・あぁ拓海」
「代表!本当なんですね、瞳」
「あぁ。今、病院だ。詳しい話は後だ。
緊急事態だ!血が足りない。出来るだけ集めてくれ!
時間が無い。そうだな・・5分だ。」
それから5分後。11人が揃った。
拓海が楽屋口にいた仁と自分のファンに声を掛け、
しかも野次馬の中からも何人か手を上げてくれた人がいて、
思いがけず人数が集まった。
今どきの渋谷の若者も、結構捨てたものじゃない。
木島、拓海、11人のAB型。
そして斉藤が病院へ向かった。
「・・直人」
「萌、ご苦労だったな。今、採血してもらってる。
俺も400取ったよ。どうだ?瞳は。喉・・なのか?」
「うん。首の近く。でも傷そのものより、出血が・・
ね、大丈夫よね?瞳、助かるわよね?」
「バカ。あんな元気が服着て歩いてるみたいな奴が簡単に
死ぬもんか。いや、死なせやしない。俺の血も入れるからな、
きっと天才的才能も輸血されるよ」
「バカね。瞳にその浮気な性格がうつったらどうするの。
・・直人、私ね。仁さんを見ていられなかった。
あんな仁さん初めて見たわ。
お医者様の言葉も、看護師さんの言葉も、
きっと何にも聞こえてないのよ。ただ、瞳を見つめてるの。
ずっと手を握って・・神様に祈ってるの」
「そうか」
病室の中には、瞳の手を両手で握り締め、ただ祈る親友がいた。
大きなその背中が小刻みに震えて見える。
声を掛けることも出来ず、木島はそのままそっとドアを閉めた。
程なくして、採血を終えた劇団員と拓海、斉藤が
病室前にやってきた。
「一般の方、無事に終わって今、帰ってもらいました。
連絡先控えてあります。後で代表の方からお礼すると伝えて
おきました。・・・相原、瞳は?」
拓海達に萌が瞳の状況を説明している時、
静かにそのドアは開いた。
皆一斉に振り向く。
そして、そこに立つ男を見た誰もが、息を呑んだ。
「仁?」
そこにいたのは・・・見たこともない仁だった。
ついさっきまで同じ舞台を踏んでいた、
皆が知っている仁ではなかった。
稽古場で汗を光らせてタップを踏んでいる仁。
酒の席でのみんなのバカ話に、つい噴き出す仁。
劇団の廊下で、窓の外を見ながらタバコを燻らせる仁。
瞳と愛を誓い、満面の笑顔で“結婚する”と言った仁。
そういえば仁の顔は、このところとても穏やかだった。
ましてその幸せな笑顔を見たのは、まだ半日前だというのに。
瞳に出会う前、人付き合いを嫌っていた頃の仁でも、
こんな表情はしなかった。一切の感情を無くした、無の表情。
その体から・・銀色の焔が立ち上る。
近寄る者を寄せ付けない、白銀のオーラ。
「仁!おい!今、採血が済んだ。これから輸血が出来る。
大丈夫だ、瞳は助かるよ・・・仁・・仁!!」
「雄介いるのか」
それはとても深く、低い声だった。
「仁!」
もとよりそのつもりだったのだろう。
斉藤は何も言わず仁の前に進み出た。
「雄介。俺が何を言いたいか分かってるか」
「・・はい」
「あれは、咲乃に言われてか」
「いえ」
「お前が自分で?」
「はい・・そうです」
「・・そうか」
誰にも止める時間はなかった。
次の瞬間、斉藤の体は大きく後ろに飛ばされていた。
目の前には、大きく突き出した仁の拳・・
「仁!」
木島以下、その場にいた劇団員は固まった。
ここで仁が暴力沙汰を起こしたら・・それこそ・・
だがそれ以上、仁は手を出さなかった。
噛み締めた唇からは血が滲み、握った拳は震えていたが。
仁は大きく一回息を吐いた。
天井を見つめ、流れそうな涙を堪えている。
「雄介・・悪かった」
いつしかあの銀色の焔は消えていた。
ゆっくり振り返ると、瞳の元に戻っていく。
その扉が閉まってしばらくして・・
瞳の命を救う輸血が医師、看護師によって始められた。
ーーーーー
「ねえ、仁ちゃん!今日は、お仕事ないの~?」
「ん?ないよ、どうした?」
久しぶりの休日。
“今日は瞳とどこかに行こうか”
そう考えていた仁が起きたのは、もう昼近かった。
疲れている夫を起こさずに、
瞳は萌と買い物に行ってしまったらしい。
ランチの客も帰り、いつものMIYUKIでのこの2人。
仁は新聞を読みながらコーヒーを飲み、おにぎりを頬張っている。
「あのさ。仁ちゃんのこの間のドラマ。ほら、深夜のアレ・・
瞳ちゃん、何か言ってなかった?」
「別に」
「うそ~!ホントに~何も言ってなかった?
そう。あのオンエアの晩、あんたロケでいなかったじゃな~い。
ア、レ、瞳ちゃん、アタシと見たのよ・・ここで!」
「・・えっ」
「少しはうろたえるんだ。そうよね~あんなベッドシーン。
まさかあんな・・ねぇ~」
「俺には笑って、素敵だったって」
「ふふふ、そう言ってたんだ。あ~そうなんだ。
可愛かったわよ~。ねぇ、焼きもち妬いてる女って
結構そそられるわね。アタシ襲っちゃおうかと思ったわ」
「常さん・・殺されたいのか」
「だって、ホントよ~!頬が紅潮して、何とも言えない色気が
滲み出てさ~あんたを想いながら、あんたが他の女を抱いてる
のを見てるのよ。その色っぽさっていったら・・
今度からあんなシーンのオンエアの日には外出しないことね。
アタシ、結構本気よ」
「常さん、やっぱ一回殺す」
「ギャハハハ!!これが前に木島ちゃんが言ってた
“銀色の焔”って奴?あの時のあんた、怖かったんだってね。
冷たいオーラ背負いまくりだったって、木島ちゃんから聞いた。
そりゃ、瞳ちゃんが生きるか死ぬかって時だったからね・・
しかしまったく、よくもそこまで惚れられるもんだわ。
・・・あぁ、瞳ちゃんも、こんな男でよかったのかしら。
あの娘まだまだ若いのよ~!何もこんな14も年上のAV男と」
「誰がAV男だ!!バカ言え、あれはちゃんとしたサスペンス
ドラマだ。俺がAVなんかに出るか!深夜枠だったからその・・
少し、過激だっただけだ。俺も一回断ったんだが・・・
瞳、遅いな。何て言ってた?何処まで行ったって?」
「渋谷じゃな~い?何でも今日は記念日だとか言ってたわよ。
愛しのダーリンにプレゼント買うんだ、とか言ってたわね。
・・ねぇ、何の日なの?」
「記念日?あれ?何だっけ。覚えがないな。今日、何日?」
「3月23日よ。ホントに覚えないの?」
「あいつの誕生日は4月だし、俺は12月。分からないな」
「帰るまでに思い出しときなさいよ。
あんたが覚えてれば、あの娘、喜ぶから」
「ああ・・」
新聞を畳み、残ったコーヒーを飲み干すと、仁は店を出た。
今年は春の訪れが遅く、まだ桜の樹には、固い蕾があるままだ。
その初春の駅前の商店街を、サンダル履きで散歩する。
駅前のガードをくぐり、本多劇場、スズナリを過ぎ、
仁はいつの間にか、劇団に来ていた。
「ハハ、結局ここに来ちゃうなぁ。散歩にならないや。
あ!・・そうか。そうだった。分かった。今日は、あの日だ」
疑問が晴れた爽快さと、その記念日の意味に、仁は微笑む。
あの日の瞳が思い出され、少し目頭も熱くなった。
帰ったら、まず瞳に何て言おう。
あの日のように「おめでとう」いや、やはり「ありがとう」か。
初めて名前で呼ばれた夜。
その声を聞いたとき感じた、胸の痛み。
瞳の女優としての才能を確信した瞬間。
「・・すっかり辛子の種に魔法掛けられちまったな」
穏やかな笑みを浮かべて、仁は家に帰っていく。
その背後の電柱にはこんなポスターが貼ってあった。
【第15回 劇団宇宙(そら)研究所卒業公演“コーラスライン”】
3/22、3/23 於 本多劇場
仁のサンダルの音が、
下北の街に高く響いた。
コラージュ、mike86
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