2008/12/03 00:17
テーマ:創作 菜の花の記憶 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

菜の花の記憶  最終話 「あの場所から」 後編

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長い間、「菜の花の記憶」お読みいただきましてありがとうございました!最終話の

後編になります。NY公演から3年後。仁が海外公演から帰ってくると、瞳達や、常さ

んの姿が見えません。とりあえず、劇団に向かう仁に、サプライズが^^

 




「おい・・何だ、これ」

 


「あ!来た来た。副代表!仁さん到着でーす。

これより、“ミッション2”に入りまーす!

・・驚きました?僕は迎えに行こうって言ったんです

けど、代表が絶対ダメだって。まったく子供なんだから、

こういうことになると皆、俄然張り切るんだ。

さ、予定時間よりもう30分も押してるんです。これからは、

司会進行の僕の指示に従ってもらいますからね!

萌ちゃんいいよー!仁さん驚いて口開いたまんまだから」

 

アキラが俺を急き立てる。

何だって、ここはこんな事になってるんだ?

 


だって、これはどう見ても、

 

“結婚式”だ。

 

「アキラ、ミッション2だって?やぁ仁、お帰り。

遅かったね。あれ?ダメだよ花婿がサンダル履きじゃ!

タキシード、僕の部屋にあるから、早く着替えなよ」


「バーニー、これって」


「見た通りさ。瞳と仁の結婚式だよ。

まだ式、あげてなかったんだって?この前MIYUKIで飲んでて

そんな話になってさ、皆で計画したんだ。

仁!ダメじゃないか。男はともかく、女性はウェディングに

夢持ってるんだよ。瞳にドレス、着せてあげなきゃ・・・

そうそう、お前達の結婚式、絶対出席したいって奴がいてさ。

仁、久しぶりだよね。いいよ・・・おいで」

 

「ジン!!」


「・・・ア、ル?」

 

そこには、まもなく少年期を終える長身のアルがいた。

俺の背をもう少しで超えそうに逞しくなったアル。

16歳になるアルは今、ダンススクールでプロダンサーを目指し

ている。ハイスクールにも通い、学費と生活費はバーニーと

俺と常さんが援助していた。

 

「ジン、お帰り。忙しそうだね。NYでもジンは有名だよ。

仁の名前を新聞やTVで見るたびにオレ、嬉しくってさ。

スクールの皆に自慢してるんだ。

“ジン・カゲヤマはオレの親友なんだ”ってね。

・・ジン、バーニーから聞いてる?オレの事。

ジン達のおかげで、マムの具合も良くなった。仕事も親方の

手伝いが出来るようになったし、医者ももう大丈夫だ!って。


・・ありがとう、ジン。オレ、踊ってみて分かったんだ。

ダディーが死んだのは、決してバーニーのせいじゃないん

だって事。人に何か言われたくらいで腐って辞めちゃうなら、

それは本当にダンスを愛してたんじゃなかったんだ。

本当にダンスが好きだったら、誰が何を言ったってもっと

もっと踊りたくなるもん!ね、そうだろ?バーニー」


「ん?・・どう、かな」


あれから時間が出来ると渡米し、アルを静かに見守っていた

バーニーは、その言葉が嬉しかったんだろう。

照れた様に笑うと、くしゃくしゃとアルの頭を撫でた。

 

「さあ!花嫁さんの登場よ~~!ほら、司会!何やってんの?

早く仁ちゃん連れてきな・・あら?仁ちゃん!まだそんな格好

してんの?瞳ちゃんの支度はバッチリ。あんた惚れ直すわよ~!

バーニー、何でもいいから早く兄貴を剥いちゃって!!」

 

 


「なぁ、この部屋。こんなだったか?」


「そうだよ。家具だってそのままだ。

僕は何も持たずに来たから・・憶えてない?」

 

劇団の地下1階。

更衣室の奥のドアの先にその部屋はあった。

 

美雪を亡くしてボロボロになっていた俺。

木島に拾われ、ここに移り住んできた俺。

女たちの為に、このドアを開けていた俺。

そして瞳に、このドアの前で初めて声を掛けた。

 

俺は、しばらくドアの前から動けなかった。

バーニーに肩を押され、やっと中に入る。

 

「今は僕の部屋だよ」

 

「あぁ。不思議だな。ここに俺、10年もいたのに部屋の

間取りさえ忘れてた。ここにいた時の俺はどっかに行っち

まったんだな。・・それよりお前、よかったのか?

NYであんなに華々しく活躍してたのに、こんな小さな劇団で。

あっちのお前のアパート、高級ホテルみたいだったじゃないか」


「こんな?仁がそんなこと言うとは驚きだな。

やっと僕にも“仲間”が出来たのに。

ここはいいよ。いつも刺激的で、皆個性豊かで。

あんな事までした僕を、暖かく、手荒に歓迎してくれた。

代表、瞳、拓海、アキラ、萌。常さんだってもう僕の仲間だ。

それに、舞もいる。

ここは、僕の居場所なんだ。もう、1人じゃない」


「・・バーニー」


「ほら、急がないと!また常さんが騒ぎ出すぞ」


「なぁ・・俺、まだお前に言ってなかったよな」


「ん?何を?」


「マムをありがとう。俺は何もしてやれなかった。

全部、お前に・・」


「僕はマムを独り占めしてたんだ。礼なんて、言うな。

さ、行こう・・・エド」


「あぁ」

 


稽古場に戻るとそこには、手作りの祭壇の前に神父の衣装を

着せられたクリスがいた。


何かと理由をつけては来日するようになったクリス。

確かに俺専属の海外担当PDではあったが、メールや電話で

済むところを、わざわざ飛行機に乗って奴はやって来る。

劇団内では、いつクリスがオフィスを東京に移転するか、

賭けする者までいるくらいだ。

 

いい男なのに、どこかコメディーの匂いが漂うクリスの神父

ぶりは、どことなく変だった。

ありあわせの衣装を着せられたバイトのエキストラみたいだ。

その格好に苦笑しながら俺と瞳は、その前に厳かに立つ。

 

ウェディングドレス姿の瞳は髪をアップにし、舞台以外では

しない化粧で、頬はバラ色に染まっていた。出産で太ったのを

本人は気にしていたが、俺は今の瞳の方が好きだ。

 

「瞳。すごく綺麗だ」


「皆が無理矢理ドレスやメイクまで・・変じゃない?」


「いや、綺麗だ・・・ここで押し倒したいくらいさ」

 

「うおっほん!ゴホゴホ・・ア、ア、・・・・影山 仁。

あなたは、この木村 瞳を妻とし、貧しき時も、病める時も、

共に助け、共に敬い・・ああ~~!!ジンさん。やっぱりボク、

あなたが好きです!!この結婚はーーー!!」

 

「あ、の、バカ!!こんな時に!」


「んもう!!だから神父はアタシがやるって

言ったでしょう?」


「仁!!何でもいいからキスしちまえ!」


「ちょっと、直人!あなた乱暴すぎよ!」


「瞳~!俺と再婚するか~!」


「拓海さん!もう酔ってるんですか?」


「えっ?クリスって、仁さんが好きだったの?」

 

“へ?”

 

「お前・・今まで気がつかなかったのか?」


「うん・・えっ?」


「アッハッハ!これが、木村 瞳だ。どうだ、この相変わらずの

天然鈍感娘!お前はいい!実に面白れーよ。アッハハハ・・

よし!こいつらは誓う。俺たちは承認した。

後はキスして終わりだろ?いつもの事だ、勝手にやっとけ。

あ~とにかくめでたい!今夜は飲むぞー。

乾杯は誰だ?な~もういいんだろ?」

 

厳粛なはずの結婚式は、あっという間にどんちゃん騒ぎになった。

これじゃ、いつもの打ち上げと何が違うっていうんだ?

ま、どうせ、俺達なんてのは・・・こんなもんか。

 


何でこんなに騒げるんだというくらい、稽古場はうるさかった。


今日は朝から大人に付き合わされて疲れたんだろう。

相原(本名“木島 萌”)の膝の上で眠そうにぐずり出した舞は、

俺の顔を見て両手を伸ばす。抱っこすると、

「パパのにおいがしゅる」と言ってすぐ寝入ってしまった。


眠った舞を起こさないように、騒がしい稽古場から外に出た。

 

今夜は月が綺麗だ。

 

稽古場前の階段に腰を下ろし舞を抱えなおすと、

ウェディングドレスからトレーナーとジーンズに着替えた瞳が、

舞のジャンパーを持ってやって来た。

 

「あなた、寒いから舞にこれ着せて」


「OK」


「お帰りなさいもまだだったね。それにごめんね、隠してて」


「そうだよ。ランチ時に閉まってるMIYUKI、火が消えたリビング。

・・・家出されたかと思った」


「ふふ、まさか」


「また少し重くなったか?舞の洋服買ってきたけど、サイズ大丈夫

かな。ちょっと逢わないと変化が激しいな、子供って」


「ロンドンの舞台、TVでやってたの。この子、画面に向かって

“パパ、パパ!”って凄かったのよ。

不思議よね、バーニーがあんなに似てても間違えないの。

代表がバーニーの事を“ほら、パパ帰ってきたぞ!”って

からかっても“あれはバーニー叔父ちゃん!”って怒るんだもの。

聞いたらね、匂いなんですって。パパの匂い」


「タバコ止めたからかな。さっきも言われたよ。

でもあいつだってそんなに吸う方じゃないよな。

・・・俺、臭いか?」


「バカね。ふふ、あなたが禁煙して3万損したって

代表まだ言ってるわ」


「木島がバカなんだ。“子供が出来たからってお前にタバコが

止められる訳がない”って3万も掛けるからだ。

おかげで俺は禁煙できた上に、金もゲット出来た」


「・・あなたの匂い、好きよ・・私も・・・」

 

空いた右手で頬を撫でると、瞳は静かに目を閉じた。

愛しさに思わず塞いだ唇は、少し冷たく、震えていた。

長い静かな、深いキス。

心のままに舌を更に絡めると、それに応えた瞳の目から、

涙が一筋流れた。


「どうした?」


「・・幸せ、なの・・私、幸せだなって・・思って・・」

 


酔っ払った木島が俺の名前を叫んでいる。

クリスは、ギターで調子外れなヘビメタをシャウトし、

それに合わせて誰かが踊っているのか、

常さんがキャーキャーと奇声を上げている。

 

そして。


バーニーが大声で、笑っていた。

 


「戻るか。まったく、バカばっかりだけどな」


「うん・・行こう」

 

ぐっすり寝入った舞を抱えなおし、


俺と瞳は、稽古場に戻っていった。

 

 

 

 

 

これが、仁と瞳の物語。

 

仁、ごめん。

もう一回だけ、“エド”って呼んでもいいかな。

 

あの一週間公演の初日評。

それが僕の最後の劇評だった。

僕は断言出来る。

この記事が、僕の劇評家人生で最も真実の記事であったと。

 

 

≪ここにすべての原点がある。

   再演の“ウエストサイド”に想う≫


日本のミュージカルタップ劇団、「劇団 宇宙(そら)」

私は3週間程前、ここで同じ舞台の劇評を書いた。

今まで私は自分の感性と自分の目を信じ、信念を持って記事を

書いてきた。今回私は皆様にお詫びをしなければならない。

先般の記事は、“誤評”であったと。

私事の感情で書いてしまった、“作られた酷評”であったと。

私はここに劇評家としての筆を置き、NY演劇界から引退する事

を発表したいと思う。


色々憶測を呼ばれても一向に構わないが、私と主演俳優である

「影山 仁」は、実の兄弟である。

かの記事を読み返していただければ、当時私が彼をどう思って

いたかがお分かりいただけるかと思うが、今1つ過去を抹消出来

るとしたら、私は迷わずあの記事を新聞社に送信したあの瞬間を

選ぶだろう。改めて、ここに訂正記事を書きたいと思う。


この舞台は、まさにブロードウェイミュージカルの原点であり、

またそれを日本の小さな劇団が魅せてくれたことは、驚きと共に

感動である。タップの群舞・・このNYや、ロンドン等でも色々な

群舞を見たが、この劇団の音に心が震えるのは何故だろう。

技術は当然だが、それだけではない。

懐かしいのだ。魂の底に訴えかける、そんな靴音。


“影山 仁”は、恵まれたプロポーションと、その高い身体能力、

そして何より色気のあるダンサーだ。

当然、私と同じクウォーターであるが、その風貌は野武士を連想

させる。孤高の武士は、強さの中に優しさを滲ませ、

その確かなステップは超一流と言わざるを得ない。

更に今回驚いたのは、マリア役の“木村 瞳”の声の素晴らしさだ。

その声は高く澄み渡り、深い母性に溢れ、熱く観衆の心に響き

渡る。“木島 直人”氏の斬新な演出と、原作を見事に自分の物に

アレンジした台本。日本人が魂で表現したウエストサイド。

それは何より今現在の“アメリカ”という国を浮き彫りにし、

現実から目を逸らしがちな我々に熱く問い、語りかける・・・


今回のこの公演は1週間限定で行われる。

貴重な3週間を、私の為に無駄にした劇団関係者の諸君に

改めてお詫びしたい。

そしてぜひ皆さんに劇場へ足を運んでいただきたく思う。

この舞台はそれに値する価値ある舞台だ。

最後に。

今まで私の劇評を信じてくださり、私を育ててくださった

皆様に深く感謝いたします。

                         劇評  バーナード・シン・ワイズマン

 

 



僕はいつも想っていた。


この海の向こうに、この空の彼方に、

僕の片割れがいる。


同じ日に生まれ、同じ時を刻み、同じボールを追いかけ、

同じ子を好きになり、

僕より少し大きなその手には、いっぱいの夢を抱えていた。


エドが僕を忘れた時・・・僕の時も止まった。


何も知らないあの無垢な瞳で、この空を飛んでいったエドを、

理不尽にも僕は憎む。

それが、唯一の抵抗。


そして、いつか。


いつか、逢えたその時には・・

 

 

 

あの菜の花は、今年もあそこで花を咲かせるのだろう。


僕たちが最後に遊んだ、あの菜の花畑。


すべての始まりは・・

 

あの場所からだった。

 

 


----

 


春。 劇団稽古場地下。

 



“バン!”


「痛っ!!」


「あ、ごめん。大丈夫?怪我しなかった?」


「うっわっ!すみません!!あ、信先生すみません・・

私ここがどこか分からなくて。ここ、信先生のお部屋だった

んですか?私、忘れ物を取りに・・

えっと・・帰ります。あの・・お疲れ様でした~!」


「あ、松原!・・明日、課題のエチュード、君からだからな。

  あぁ、お疲れ・・・


            操・・・Good luck・・」


                   


                      幕



コラージュ、mike86


2008/12/02 00:32
テーマ:創作 菜の花の記憶 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

菜の花の記憶  最終話 「あの場所から」 前編

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最終話です。でもこの最終話、前後編に分かれていまして・・・

今日はまず前編を。(長さは普通の回と同じくらいあるんです^^)

明日、後編をUPいたします。



 


「バーニー、何言ってるんだ!お前がここまで築いてきた

地位を捨てるって言うのか?俺のせいか、俺が原因か?

どうして急にそんな事言うんだよ!」

 

オレゴンから戻った日から2日間。

俺とバーニーはバーニーのアパートで2人だけで過ごした。

帰りの機内でバーニーは小さな声で、

“仁・・家、来ないか?”と俺を誘った。


ただ何をする訳でもなく、一緒に食事をし、ミュージカルを

見て、夜は同じ部屋で眠る。

たった2日で、離れて暮らした31年の空白が埋まるのかと思えた

が、不思議な事にそれは、思ったより容易い事だった。


記憶が戻った俺には、まるで別れた日が昨日の事だったかの

様に、すべてが自然に思えた。

 

数種類の新聞を広げ、隅から隅まで目を通しているその横顔も、

サラダの中のトマトを俺と同じように横に退けるその仕草も、

おいしそうにジュースを飲み干すそのグラスの持ち方さえ、

記憶の隅に残っていたバーニーと、何も変っていなかったから。

 

“劇評家、辞めるよ”


その言葉を、2日目の朝食のためにキッチンに立つバーニーの口

から聞いた時、コーヒーメーカーをセットしていた俺は耳を疑った。

 

「ん?別に急に決めた訳じゃないよ。あの数日、基地の中で色々

考えてたんだ。時間はたっぷりあったからね。ハハ、今までの

36年の人生振り返っても充分お釣りが来るくらいに・・

僕にとっては貴重な時間だったよ。

そのおかげで、今ここでこうしていられる。


これでも僕、有名な劇評家なんだよ。

このくらいの休載で、新聞社も僕を手放したりしない。

確かに僕の劇評は評価されているし、僕の劇評を頼りにチケット

を買うお客さんも多い。でも・・駄目だよ。

僕はあんな記事を書いた。

個人的感情で、真実とは違う記事を書いてしまった。

それは、許されない事なんだよ。

それに、僕にはもう書きたい物がないんだ。

あの劇評を書き終えて、新聞社に原稿を送った瞬間、

“あぁ、終わった・・”と思った。

心にもない文章、仁の顔だけ思い浮かべて書いた劇評。

あれを書くためだけに、僕は今まで書いていたのかも知れない。

あれは、劇評なんかじゃない。ただの、“恋文”だ。


“宇宙”の舞台を見た時、あんなに何十回も何百回も見ている

“ウエストサイド”にワクワクしてる僕がいたんだ。

見る前から酷評を書くつもりの舞台なのに、胸がドキドキした。

冷静な分析や演劇論なんか、本当はどっかに吹っ飛んでたんだ。

これが仁の舞台なのが悔しくて・・・同時に・・誇らしかった。


クリスが新しい劇場を押さえてくれたよ。

この前の所よりは少し狭くなってしまったけど、いい劇場だ。

僕の推薦状も付けておいたし。帰国は来週末だよな。

今日から入れるから早速搬入して使えばいい。

ゲネは金曜、初日は土曜、来週金曜までの1週間公演。

大丈夫、きっと大入りになる。

・・・・ね、ベーコン、柔らかいほうがいいよね」

 

 

 

バラバラに活動していた“宇宙”の劇団員が久しぶりに全員

揃ったのは、その劇場の搬入口だった。


妙に日焼けして、南国の現地人みたいになっている村上や、

恋人らしい黒人男性に腰を抱かれながらやってきたレイコ。

酒井にいたっては完全なレゲエ野郎だ。

 

皆それぞれのNYを過ごしていたんだろう。

だけどその目は皆、キラキラしていて・・

打ち切りへの不満も、俺への恨み言も、誰も口にしなかった。

 

やがて木島がやってくると、全員が横1列に並び、

誰が号令を掛けたわけでもないのに、皆、一斉にこう叫んだ。

 

「「代表!おはようございます!!」」


「あぁ・・おはよう」

 


そして、まるで何事も無かったかのように、

俺達のいつもの搬入は始まった。

 


大道具は、大声を掛けながらイントレを組み、NYの街並みの

パネルを順々に組み立てていく。

 
照明は、大きな機材をガチャガチャ言わせながらの

セッテングに余念がない。時々、舞台上でナグリを振っている

俺達の誰かを指名しては、バミった立ち位置に立たせピンスポを

当てている。そうして1つ1つ、色、明かりの強さを確認していく。

 

この劇場の機材と相性が悪いのか、さっきから音響が騒がしい。

どうやら、一番肝心の“トゥナイト”の頭出しのタイミングが

合わないらしい。

仕方なく一番若手のコージがマリアのセリフを言い、キッカケを

出すのだが、それがめちゃめちゃ低音のバスで

“あの人は、誰?”とやるもんだから舞台上で作業している皆は、

その度に手が止まり大爆笑。

結局、わざわざ瞳が呼ばれ、テストは決まったのだが、

安心する一方、あちこちで思い出し笑いがしばらく続いていた。

 


ナグリの音が劇場中に響いている。


楽屋からはお喋りに花が咲き、笑いながら衣装にアイロンを

かけていく瞳達の声が聞こえてくる。

 

木島は、客席の真ん中で足を組み、

腕を頭の後ろに当てながら何やら考え事をしている。

 

 
いつもの、劇場での風景。

ただ今回1つ違っていたのは、

 

木島の横に・・・今はバーニーが座っている事だ。

 

バーニーは、時々木島に何やら話しかけて頷いては、

しきりにメモを取っている。

舞台の上でナグリを振る俺と目が合うと、

俺に向かって照れた様にフッと笑った。

 

 


『おい、劇評家辞めてどうするんだ?

お前に他の仕事なんか出来ないだろう?』


『仁、忘れてやしないか?僕はハーバード卒だ。

仕事なんてどうにでもなる。

3流大学の保育学科卒とは違うからね』


『こいつ!性格悪っ』


『ハハ、もう決めてるんだ。その為に弟子入りも申し込んだ』


『弟子入り??何だ、落語家にでもなるつもりか?』


『いや・・演出をね。

師匠があれだけ芝居を見る目があるんだから、

自分で作ってみればいいって言ってくれたんだ。

“君の理想の舞台”を作ったらどうかって』


『師匠?』

 

 

本番まで時間の無い中、

俺達の集中力は凄かったと我ながら思う。


しかもブランクの間、誰もレッスンをサボっていなかった。

群舞のメンバーの体のキレは、前よりシャープなくらいだった

し、生の観客と接して自信がついたのか、拓海とアキラのダンス

には色気と華が加わった。

・・うかうかしてたら、こっちがやられそうだ。

 

しかし、何より変ったのは瞳だった。

 

あの日、教会で聞いた声より更に深い、

体の奥から湧き上がるような声。


ゲネで瞳が歌い出した時、舞台上の俺達はもちろん、客席で

見ていた木島、バーニー、クリス、常さんは、思いっきり

固まった。驚いて声も出ないとは、まさにこの事だ。

拓海は歌い出しが遅れるし、周りの群舞はストップ状態。

さすがに、木島が止めた。

 

「驚いた・・瞳、お前・・・お前には何回驚かされるんだ。

よし。よし!!ハハハ、バーナード、聴いたか?これが女だ、

まさに母性だ。憶えとけ!だから女って生き物は・・

男がいくら足掻いたって勝てない訳だぜ。

止めて悪かった。音響、いいか?ダンパの頭からだ!

今度は止めないでラストまで通すぞ!

泣いても笑っても、俺達に残されたのは一週間だけ。

気合入れて行こう!!仁、瞳、拓海、アキラ、萌。

皆、準備いいか?・・よし・・・・音楽!!」

 

 

 

それが。

3年前の、5月の出来事。

 

 


あの1週間限定公演は、それまでのオフブロードウェイの歴史を

ほんの少し変えてしまったらしい。


“すべて外人(俺達の事)のみの劇団が、過去に1度打ち切りに

なった同じ演目、同じキャストで3週間後に公演を行い、

連日大入り満員にした”という新しい記録。

 

劇場側はぜひ残ってロングランを、と誘い、

メインストリートの劇場主も木島に挨拶に来ていたが、

俺達はさっさと日本に引き上げた。

 

そして帰国し、下北の劇団稽古場に戻った俺達は、

一斉にこう叫んだんだ。


「やっぱり、ココが一番だ!」って。

 

 

常さんは密輸入の様にNYに持ち込んでいたヌカ床を、帰りの空港

で没収されたのが余程ショックだったのか、帰国して更に漬物作り

に嵌り、遂にMIYUKIの店内に新しく漬物コーナーを併設した。

するとこれが大当たりで、TVで紹介されるわ、雑誌には取り上げ

られるわで、今ではすっかり下北商店街の新名物になっている。

 


俺は、NYで決めたように研究所のダンス講師になった。

いや、正確には、なるはず・・だった。

 


俺の意思とは関係なく、帰国した俺にはダンサーとしての仕事が

どういうわけか断る隙もなく次から次へ舞い込み、あれよあれよ

という間に俺は、世界中の舞台に立っていた。

 

東京、ロンドン、ソウル、そして、ブロードウェイ。

 

やがて今の劇団事務所の規模では、俺のマネージメントに支障が

出始め、木島は俺専属の海外担当PDを新たに要請した。

 

 

バーニーが“師匠”と仰ぐ我らが木島の所に転がり込んだのは、

俺達が帰国して数ヶ月程経った頃だった。

NYでの生活と仕事を全部整理して、単身あいつはやってきた。

 

成田に着いたあいつは、迎えに来た俺と瞳を見つけニッコリ

微笑むと「僕を待ってた?」と言って、“瞳を”抱き締めた。

(こいつも、一回殺す!)

 

安定期に入ったばかりの瞳は、俺から見ても輝くばかりの

眩しさで。迎えの車の中でバーニーは「瞳、本当に綺麗だ」と

俺に耳打ちした。

 

そうなんだ。

 

あのNYでの初日の夜・・俺に弟がいると分かった、あの夜。

俺達に神様はプレゼントをくれた。

俺の痛みも、俺の葛藤もすべて瞳が受け入れてくれた、

あの夜の結晶。

 

そして生まれた、俺達の天使。

目に入れたってきっと痛くないに違いない。

 

名前は・・“舞”。


“影山 舞”

 

名付け親は、木島。

あいつは本当に、乙女チックな奴だ。

 

 

今日俺は、4ヶ月ぶりに日本に帰ってきた。

 

今回はロンドンのシェークスピア劇団とのコラボで、

NYから2人、ロンドンから1人(日本人プリンシバル楠 絢也氏)

アジアから1人(俺!)ロシアから2人のダンサーが、“マクベス”

の舞台に加わっていた。

斬新な演出、演じる役者もダンサーも男だけ。

剥き出しのイントレを荒く組んだだけの舞台装置。

ストレートプレイと、随所に散りばめられたクラッシック、タップ、

モダンダンス・・ダンサーは皆、世界で名だたる人達ばかり。

刺激の多い舞台に、俺も大いに興奮した。


特に、楠 絢也氏は、バレリーナを目指していた美雪の憧れの人

だった。美雪の部屋の壁一面には彼の写真がびっしり貼られて

いたし、彼のビデオを溜息つきながら美雪が見ていたことも、

俺は憶えていた。そんな雲の上のダンサーとの共演。

・・あいつも少しは俺を褒めてくれるかも知れない。

 

その舞台がおかげ様で好評で、予定より1ヵ月も

帰国が延びてしまっていたんだ。

 


「今から帰るから」と成田からメールを入れたのに、

一向に返信が無い。舞もいるから迎えはいいと断った手前、

何度も連絡を入れる訳にいかず、少し俺はイライラしていた。

 

劇団事務所に帰国の報告に電話すると、

事務所のスタッフがやけによそよそしい。


昨日ロンドンに連絡があった時には、

事務所へのお土産がどうだの、絢也氏はどんな人だ・・だの、

少し俺に似てやしないか・・だのと、下世話な話で結構盛り

上っていたのに、やけにあっさり電話は切られた。

 

「・・おいおい、何だよ・・」

 

 


俺は1人、成田から電車に乗って下北に向かった。

 


下北の駅を降り、商店街を抜けて家への道を急ぐ。

おかしな事に平日のランチ時だというのに、MIYUKIは閉まって

いた。商売熱心な漬物屋のマスターは何処に行ったのか。

しっかりシャッターが下ろされ、

ご丁寧に“本日休業”の張り紙まで貼ってある。

 

「あれ?定休日じゃないよな。どうしたんだ?」

 

MIYUKIの外階段を上がり、家の玄関チャイムを鳴らしたが、

こっちも応答が無かった。


「ただいま・・瞳・・いないのか?」

 

随分前に暖房を切ったのか、部屋の中は少し寒かった。

荷物を置いてしばらく待ってみたが、一向に帰っては来ない。

ソファーの上には舞のお気に入りのぬいぐるみが、

ちょこんと座っていた。

 

「舞に置いてかれたのか?

お前のご主人様は何処に行ったんだろうね」

 

俺はサンダルを引っ掛け、

とりあえず劇団に顔を出す事にした。

 


研究生達だろうか。

授業は終わった時間なのに、稽古場からゴスペルが

聞こえて来る。

 

NYから帰り、妊娠に気付いた瞳が、舞台をしばらく休む代わりに

研究生に教え出したゴスペル。

初めの1ヶ月はNYからエヴァも駆けつけ、劇団員全員猛特訓させ

られた。(エヴァの授業はそりゃ凄いスパルタで)

おかげで今では、タップに並ぶ劇団の強い武器になっている。

 

「今年は何期生だったっけ」

 

NYでの舞台が成功で終わり、凱旋帰国の木島はプロデュース

公演の演出の依頼や海外からの招聘が増え、途端に忙しく

なった。


木島に師事したバーニーは、さすがにNYで何年も劇評家として

トップを維持してきただけあってすぐにその頭角を現した。

今、実質的に劇団及び研究所を仕切っているのはバーニーだ。

劇団での立場も木島の指名で“副代表”になっていた。

 

そして、芸名を

“影山 信”と改めた。

 

「そろそろ卒公の準備だな」


彼らの邪魔にならぬ様、事務所に行こうと稽古場の前を通り

過ぎた俺は、チラッと中を覗いて驚きの余り足が止まった。

 

「何だ?・・・どういうことだ?これは・・」

 

 
後半へ・・♪

 



コラージュ、mike86


2008/12/01 00:45
テーマ:創作 菜の花の記憶 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

菜の花の記憶  13話  「透明な月」

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遂に13話です。仁とバーニー。そして義父、稲垣智明と瞳達。

彼らが向かったその場所とは・・・




その日の午後。

バーニーは無事退院し、お義父さんとバーニーは

私達をある場所へ連れて行った。

 

病院からバスに乗り、市街を抜け、

彼の実家の傍を通って15分程。

 

これから何処に行くのか。

そこには何があるのか。


お義父さんも、バーニーも何も話してくれない。

 

バス停から、10分も歩いただろうか。


その場所は、突然私たちの目の前に現れた。

 


それは、一面の。

なんと形容していいか分からないほど

ただ・・一面の。


目に見える限りの景色が、全て黄色に埋め尽くされた

 


“菜の花畑”

 


「こ、これ・・親父、ここは・・」

 

こんなにうろたえる仁さんを、私は初めて見たかもしれない。

あまりに衝撃が強かったのか、

彼は手で口を押さえ、しばらく息さえ出来ないようだった。

 
そして1人、一面の花畑に入っていく。

 

ゆっくりとした足取りで、その黄色の花の中に

分け入った彼は、目を閉じ、大きくその香りを吸い込むと、

やがて菜の花のオーラを全身に纏うように、

大きく手を広げ天を仰いだ。

 

「ここ、知ってる。あぁ・・憶えてる。

ここで俺達、遊んだよな?夢にも出てきた事がある。

一面の黄色の絨毯・・・ここは・・

バーニー、ここって・・そうだろ?そうだよな?

・・かくれんぼしたんだ、お前と。嬉しくて。走り回って。

そうだ・・俺達の横に誰かいた・・・あ・・・・親父?」

 

「仁、そうだ。そうだよ」


「仁!思いだしたのか?」


「あぁ。ここにいたあの日。あの時一緒にいたのは・・親父だ。

そうだろ?親父と、俺と・・・バーニー。

日暮れが近くて、黄色が夕日に反射してオレンジになって。

遊んだんだ・・日が落ちて菜の花が見えなくなるまで。

俺達は背がまだ低かったから、菜の花の中に隠れて遊んだ」


「そうだよ、エド。僕たちの思い出の場所だ。

僕は空港からまずここに来た。・・まだあったんだ。

ここは、あの時のままだよ」


「俺と、バーニー・・そして、親父。

でもどうして、親父なんだ?俺が5才だぞ?

だってその時まだ親父は・・俺と、出逢ってないだろ?」


「慎さんは、その時にはもう動けなかった」


「親父?」

 

「私が留学していたのは、もう37年も昔のことだ。

毎日のレポート、英語漬けの日々のストレス。

ナーバスになると日本から持ってきた漫画や、本で気分転換

していたんだが、ある日急に思い立って芝居を見ようと

ブロードウェイに行ったんだ。

チケットの買い方さえ知らなかった私は、ただうろうろする

ばかりだった。やっと見つけたキャンセル待ちの行列。

ところが、私のすぐ前でチケットは売り切れ。もう茫然自失さ。

その時声を掛けられたんだ、日本語で。

“俺はいつでも見られるから、このチケット使えよ”って。

・・それが、影山 慎一。お前達の父さんだ。

慎さんは私より2才上、背が高くて男前でな。髪が長くて・・

ちょうど、今の仁によく似てたよ。

啖呵を切って日本を出てきたのに日本が懐かしくて。

同年代の日本人が並んでるのが気になってたんだそうだ。

日本語で話がしたくてうずうずしてたって。

その縁で、私達は友人になった。

慎さんの舞台も何度も見に行った」


「親父」


「あの時。慎さんが帰国を決めた時、突然アリスさんが

いなくなったんだ。君達を妊娠している事を告げもせずに。

慎さんは必死で彼女を探した。友人は誰も行方を知らない。

オレゴンに実家があるのは知ってたが、そこで消息はぷっつり

途切れてしまった。傷ついた慎さんは帰国し、半年後日本で

見合い結婚した。・・あぁ、それが母さんだ。

母さんは保母さんで幼馴染。とんとん拍子に話が決まったらしい。

子供は出来なかったが、夫婦仲は悪くなかった。

母さんはあの通り楽天家で楽しい人だからな。

翌年私も帰国した。時々園に遊びに行ったよ。

慎さんは園の仕事は母さん任せで、芝居に出たり、バイクで

ツーリングに行ったり、ふわふわした生活をしてた。

私にはいつも笑顔だったが・・

心ではまだアリスさんを想っていたのかも知れないな。


その5年後だ。私は頼みがあると突然園に呼び出された。

園では母さんと、お前達のお爺さんが待っていた。

アメリカに孫がいる事が調べて分かったから、私に行って

欲しいと。そしてアリスさんに会って、双子のどちらか1人を

引き取ってきて欲しいと。

慎さんは肺ガンの末期で、あと半年の命だったんだ。

そして影山には跡継ぎが必要だった・・彼女と面識があるのは

私だけだったし、こんな事を頼めるのも、また私だけだと」

 

「あなたが来た時、僕らはダディーが来たんだと思ったんです。

日本からダディーが僕達に逢いに来てくれたんだって。

嬉しくて、嬉しくて・・

僕らはあなたを奪い合う様に遊びに誘った。

ここはその時に見つけたんだ。日暮れまで遊んでアパートに

帰ると、そこではマムとグランマが言い争ってた。

絶対渡さないと言うマムと、生活力の無いマムに2人は育てられ

ないと言うグランマ。事実、家はお金に困ってた。

影山家からの養育費は、喉から手が出るほど欲しかったんだ。

子供の癖に大人の顔色で緊迫した場面なのが分かった僕は

黙っていたけど、エドは・・・

エドはあの時、満面の笑みでグランマに・・こう言ったんだ」

 


「・・僕、日本に行きたい。

     ダディーと、飛行機に乗りたい・・か?」

 

「エド?」


「仁さん」

 


その時、31年前に時間は戻っていた。


記憶が戻った仁さんは、

バーニーと共に断片的な記憶を繋ぎ合せ、あの日を再現する。

それは・・とても辛い作業だった。

 

 

 

『僕、ダディーと飛行機に乗りたい!ね、いいでしょう?

バーニーも行こうよ。おみやげ買ってくるよ。

グランマにはキレイな毛糸でしょ?マムには日本のシャンプー。

ホラ、前に日本のはいい匂いだって言ってたよね。それから~』

 

『おやまぁ、エドは随分と楽しそうだ。

エドはやっぱりあの男に似てるよ。薄情者でアリスの事を忘れた

あの男に。ああ、とっとと行っちまいな。こっちも厄介者がいなく

なって助かるわ・・・稲垣さんって言ったっけ?

どうぞこの子、連れて行って下さいな。何ならバーニーもどうぞ。

この子達が生まれて5年、良い事なんかこれっぽっちも無かった。

アリスは毎日別れた事を後悔して泣いてばかり。

白人の血でも入ってりゃまだ良かったのに、また日本人だ。

自分がハーフで苛められたのもすっかり忘れちまって・・

荷物?そんなのははすぐ出来るさ。大した物なんかないし。

エド!お前は今日から日本人だ。

こんな国、さっさと忘れちまいな!!』

 

『グランマ!!エドがかわいそうだよ!やめてよ~!』

 

『マム!絶対いやよ。エドは渡さないから!』

 

『グランマ・・僕が嫌いなの?僕をいらないの?

お庭をグランマの好きなスミレいっぱいにしたのに・・

キレイだってきのう言ってたのに・・グランマ』

 

『あんなもの・・・キレイなもんかね・・』

 

『見てよ!!見てよ!グランマ。ほら、僕が種を蒔いたんだよ。

ねぇ、見てよー!ここから見えるよ、ね、来て見てって・・ば、

・・・・・・・・ギャーーーーーー!!!』


『エド!エドー!!マム、グランマ!

エドが・・エドが階段から落ちたー!!』

 

 


「仁さん!・・仁さん。大丈夫?」


「あぁ、少し頭が痛い」

 

「エド。全部思い出したか・・そうだよ。

エドはアパートの階段から落ちて、頭を打った。

意識が戻った時には、僕の事もマムの事も忘れてたんだ。

自分の名前も、何もかも。

それで、日本に行ったんだ。そして“影山 仁”になった。


それからは、さっき少し話したな。

翌年グランマが亡くなり、マムはますます酒に溺れた。

“エドに似てる”と言っては僕を抱き締め、

“エドに似てない”と言っては僕を殴った。

そして遂に入院・・・面会に行く度、僕に聞くんだよ。

“バーニー、エドはどこ?”って。

それでも僕はマムの笑顔を見たくて、必死に働いて勉強して、

ダンサーも目指した。でも・・ハハ・・全部、無駄だったんだ」

 

 

早朝にまた降った雨のせいで、

菜の花はまだ少し湿り気を帯びていた。

 

日が、暮れる。

 

あの日と同じような夕焼けが、菜の花畑に反射して、

それはそれは綺麗なオレンジ色に辺りを染めていく。

 

31年。

それは、長すぎる空白の時。

 


「稲垣さん、あなたですよね。僕に毎年養育費を送って下さって

いたのは。エドが日本に発ってしばらくは送金があった。

でもまもなく遅れがちになり、送金は止まった。

そして何故か僕が11歳の時、突然それは再開した。

・・大人になって調べたんです。その年あなたがダディーの奥さん

と再婚したって。エドも“稲垣 仁”に変ってた。

影山の家も大変だったんですね。ダディーと前園長が亡くなって、

奥さんは1人で、何もかも・・

あなたはずっと見守ってこられたんですか?エドと、その人を」

 

「そんなかっこいいもんじゃないさ。私も家内を亡くしていた

からね。お互い寂しくてくっついたみたいなもんだよ。

仁のことは、少しね。いつも気にはしてた。時々様子を覗きに

行ったりしてね。仁が、私の事を憶えていなくて助かったよ。

あれから6年も経っていたからね。おかげで新たに家族になれた。


美雪が死んで仁がダンサーになった時、実は正直複雑な気持ち

だったんだ。

仁にとっては美雪の為だったんだろうが、私としてはね。

本当の息子のつもりで育てても、やはり“血”は争えないのかと。

“蛙の子は蛙”なんだ、とね。

君だってやはり芝居の世界にいる訳だし。

・・バーナード、君には苦労を掛けてしまった。

だが、君は1つ大きな勘違いをしている。


君の事を、アリスさんは愛していたよ、心の底から。

時々届いた彼女からの手紙。その手紙には、いつも仁の心配と

君の自慢、そして君への謝罪が書かれていた。

・・君のミドルネーム、“シン”。

それは慎さんから貰ったんだそうだ。

君がシンだったから君に当った。君がシンだったから・・

君に甘えてたんだ。すまなかった。仁を許してくれないか。

仁も、苦しんだ時期があってね・・

あぁ、やっぱり私は親バカだな。心配で急いで飛んで来たんだ。

瞳が大袈裟に脅かすから」

 

「お、お義父さん!じゃ、まるで私のせいみたいじゃないですか」


「そ。ぜ~んぶ、瞳のせいだ。まったく年寄りをこき使いおって。

あれ?常さん。どうしました?」


「パパさん!あんたって・・あんたって・・いいパパねぇ。

ありがと・・仁ちゃんを、育ててくれてありが・・もどき~!!

細かい事は分かんなかったけど、あんたも大変だったのね~

ぐすっ、え~ん・・アタシを泣かせてどうすんのよ~~」

 


その時アルが、ぎゅっと私の手を握った。


今まで黙って大人の話を聞いていたアル。

私がアルの顔を覗き込むと、俯いてつま先で小石を蹴っている。

繋いだ手を大きく振ったら、しばらくしてクスクス笑い出した。

クスクス笑いが段々大きくなって、いつしかゲラゲラ笑っている。


そして仁さんの胸に飛び込んで行った


「ジン・・大好きだ。大好きだよ!

ジンがダンサーで、ヒトミがシンガーで。

だからオレたち逢えたんだ!

この人と兄弟だったから、逢えたんだよね。ありがとう」

 

「アル!もう!あんたって子は。何度アタシを泣かせればいいの~

ぐすっ・・ちょっと!もどき君!アタシまだ許した訳じゃないのよ。

アンタが劇団にした事。

あんたのせいで劇団員38人、路頭に迷ったんだから!

どう落とし前つけるつもりなの?

“嘘でした”で済むんだったら、NY警察はいらないってのー!!」

 

「ハッ!そうだ。僕にはその仕事があったんだ。

連載落とした事、これも謝罪しなければいけないが、そうだった。

まずそれですよね。仁!携帯貸してくれないか?」


「あぁ・・えっ?お前、今、仁って」


「エドワード・ジン・ワイズマンは31年前に消えた。

その事に早く気付くべきだったんだ。

ここにいるのは、紛れもない日本人の“影山 仁”だ。

ダンサーで、アクターで・・僕の、片割れのね」

 

「バーニー」


「あ、クリス?早速だけど頼まれてくれないか?

・・ん?バーナードだ。あぁ、仁の携帯借りたんだ。

ゴメンゴメン、無事だよ。何とか生き残った・・怒るなよ。

うん、皆一緒にいる・・仁?代わる?何だよ、急にソワソワして。

ねぇ、君がいくら迫ってもコイツはダメだよ。

“僕の兄嫁にベタ惚れだから”・・だ、か、ら、そんな事じゃない。

バカ!仕事の話だ・・・おい!君は僕の“友達”だろう?」

 

 

バーニーが笑っている。

蕩けそうな笑顔で、クリスにジョークを言っている。


傍では仁さんがアルを肩車して、菜の花の中で歌を歌っている。

 


♪ 菜の花畑に、入日薄れ

   見渡す山の端 霞ふかし・・・

 

「後は帰ってからだ。ああ。分かってる、じゃあ。

仁!仁!その歌だよ。お前、その歌は憶えてたのか?

瞳が歌ってるの聞いて驚いたんだ。おもろ・・なんだっけ?」


「“朧、月夜”だ。有名な曲だよ。憶えてたって訳じゃないけど、

何故かな。俺のテーマソングみたいに、いつも頭の隅にあって・・

そうだ!ここで歌ったんだ。

ここで親父が教えてくれたんだ、そうだよな」


「お前が今、曲がりなりにもミュージカルなんかで喰っていける

のは、音楽的才能をこの私から受け継いだからだ。

お?もしかして私の歌、聞きたいのか?」


「いや、それは無い。断じて無い!

バーニー、俺達よくちゃんとあの歌憶えてたよ。

親父の歌は・・そりゃ、ひどいんだ。

音痴もあそこまでいくと公害だよ。耳が壊れる」


「ふふ、私も聴いたことある。あれは、確かに“衝撃的な音”よね。

ある意味・・個性的?じゃ私が歌うわ。アル、バーニー、聴いてね」

 

 


菜の花畑は、すっかり日が落ちていた。

薄暗い空に、菜の花の黄色が私達を照らしていた。

 

 

やがて西の空に、綺麗な月が昇ってくる。

 

 

それは遮る物も何も無い、

 

透明に輝く月だった。

 


コラージュ、mike86


2008/11/30 00:39
テーマ:創作 菜の花の記憶 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

菜の花の記憶  12話  「糸口」

Photo

雨の中で思い出した遠い日の記憶。

仁は、幼い時に遊んだ秘密基地に向かいます。そして・・そこには・・

 




あれは、確か。

ローズテストガーデンの奥の森の中。


小さな川があって、丸木橋を渡って・・

 


「仁。ここか?思い出したのか?」

 

「知ってるはずないんだ・・こんな初めての場所。

懐かしいなんて思わないんだ・・でも、道は分かる。

何回もこの道を通ったって事は分かる。思い出したの

とは少し違うけど。

変だろ?今、俺の足、勝手に動くんだぜ。

アル、さっきの雨で足元が滑る。気をつけろ。

瞳・・おいで」

 


何故俺は、あいつを探しているんだろう。

何故早く、早くと気持ちが急くんだろう。

 


瞳を護って歩きながら、その小さな手に俺の心を

全て預け、ただあいつへと・・足は動く。

 

無くした筈の俺の記憶。

その奥底で何かが“急げ!”と叫んでいた。

 


あ!

 


「仁さん?」


「瞳!ゆっくり来い!!」

 

 


小さなその小屋は、いつから使われていなかったのか。

花栽培に使われていたのか、肥料小屋だったのか。


入り口は狭く、桜の巨木が見事な花を湛えて、

その入り口を覆い隠すように枝を張っていた。

 


「・・バーナード?」

 

「バーナード!いるのか?!」

 


「おい、返事しろ!どこにいる!!

俺だ・・・・・・バーニー!!!」

 

 

 


「・・・バ・・・カ・・・・おそ、い・・よ・・・エド」


「バーニー!!そこか?!」

 

小屋を覆い隠すその太い枝は、雨と風で倒れたのだろう。

それとも雷が落ちたのか。


太い幹にまで亀裂が入ったその木で完全に入り口は塞がり、

人一人の力では到底持ち上げることなど出来なかった。

 

「仁!」

「仁ちゃん!!」


「てつ・・だ、え!」


俺と、木島、常さん、そして、アル。

途中からは瞳も加わり、5人がかりで1時間以上も格闘し、

やっとの事で、ほんの少し枝はその場所の入り口を開けた。


狭い小屋の中でバーナードは、

大きな体を折り曲げるように横たわっていた。

 

「エド・・遅い」


「バカ言え!ここを思い出すのに、31年掛かったんだ。

・・来てやっただけでも、ありがたく思え」


「フフ、そうだな。でもきっと来るって思った。

だから待てた。どうしてだろう・・どうして、そう思ったん

だろう・・分からないけど。でも助かった。正直ヤバかったよ。

そうか、エド。僕が呼んだの、聞こえたんだな」


「立てるか?」


「足がっ・・・悪いほうの足、

床にはまって切ったんだ。ここ、古いよ」


「バカか?お前」


「お前が、言うな・・いつも僕が、助けて・・やってたんだ」


「仁!早く病院に!」


「いえ・・だい、じょ・・・・ぶ・・・で・・す・・・・」


「バーニー!!」

 

 


意識を失ったバーナードは、軽い栄養失調と脱水症状だった。

床板で切った脹脛は15針縫ったが、思ったより軽い症状で

済んだのは、食料が少しあった事と、雨水が小屋に染み込んだ

お陰で、渇きを癒せたからだそうだ。

 


丸一日の入院。

栄養剤の点滴と、本当に起き上がるのかと疑うほどの

深い眠り。

 

瞳は、「寝顔が仁さんと同じ」と言い、

木島は俺を見てニヤリと笑った。

 

アルはホテルに行かず、病室のソファーに横になり、

常さんの膝枕で眠った。

眠りにつくまでアルは、バーナードの寝顔を

ただじっと見つめていた。

 

探していた、敵との対面。

多分アルが想像していた姿より、ずっと子供っぽい表情の

その寝顔は、アルの右手の握り拳の力をだんだん緩めて

いく。やがて眠りについたアルの髪を、常さんはずっと

撫でてやっていた。

 

皆が思い思いの夜を、その病室で明かした。

 

 

翌日の夜明け。

バーナードは静かに目を開けた。

ベッド横のイスで雑誌を読んでいた俺を見つけると、

まだぼんやりとした顔で呟いた。

 


「あぁ・・やっぱりいたんだ」


「起きたのか?」


「夢だと思ってた」


「何が?」


「エドがいる事」


「俺も不思議なんだ」


「何が?」


「お前と普通に話してる」


「あぁ・・・あの時さ・・あのカフェで。

言いたい事、何にも言えなかった。

いざエドが目の前にいると、あんな風にしか出来なくて。

・・怒らないで聞けよ。白状するとね、瞳と知り合った時、

初めは下心があったんだ。エドが愛している女、僕が奪った

ら、エドはどんな顔するだろうって。

僕はエドが苦しむ姿を想像した。僕の今までの想いに比べ

たらそんな事、他愛も無い事だと思った。

でも瞳は、エドしか見ていなかったよ。

エドへの愛が心から溢れんばかりで・・アハハ、誘惑した

つもりだったんだけどね。誘うように見つめても、さりげ

なく肩を抱いても、瞳は全然気付かない。

エド。あの娘、本当に面白いよ・・ハハハ。

あの笑顔。お日様みたいなあの笑顔に、僕は久しぶりに

心から笑った。そして瞳の中にエドを感じた。

・・やっと気付いたんだ。

今まで僕はエドを憎みながら、本当はエドが恋しかったんだ。

エドに、逢いたかったんだって。


カフェからまっすぐこっちに来たんだ。

気付いたらオレゴン行きの飛行機に乗ってた。

空港でチョコレートを買ったよ。あと、カップケーキ。

ね、憶えてる?ほら、上に青いブルーベリーのクリームが

乗ってる奴。何だか急にあそこでお菓子が食べたくなってさ。

子供の時みたいにあそこで寝転んで、腹ばいになって。

ハハ、まさか雷が落ちるとはね。携帯は切れて通じないし、

夜は寒いし。“このまま死ぬのかな”って少し考えたよ。

マムに叱られたような気がした。きっとマムなら、こう言うな。


“バーニー、エドと仲直りしなさい、エドは何にも悪くないのよ”

って。・・分かってるんだよ。この感情が理不尽な憎しみだって

事は。エドは何も憶えていない。僕を忘れたことだって、エドの

せいじゃない。


エドが行ってから、マムは笑わなくなった。

グランマが亡くなってからは、もっと酒に頼るようになった。

どんなに僕が勉強していい成績を取っても、

どんなに僕がダンスをうまく踊って見せても、

マムは、エドの事だけを愛してた。挙句の果てに僕は怪我をした。

ダンサーになって、メインストリートで踊るってマムの夢さえ、

もう叶えられない。どうすればよかったんだ?

僕は、どうすればマムを・・笑わせられた?」

 

「バーナード」


「あれ?バーニーって呼んでくれたよね、さっきは」


「・・そうだったか?」

 
「フフ・・アメリカって国はね、人種のるつぼって言うだろ?

いわば移民の国だよ。でも実際はしっかり差別がまだあってさ。

この街だって、僕らは少数派の黄色人種。

グランマは日本人、マムはハーフ。僕に流れてるアメリカの血は

たったの4分の1だ。“僕は日本人?それともアメリカン?”

現実を突きつけられるたびにその疑問がやってくる。


“9・11”の時、ハイスクールからのたった1人の親友が

あのビルにいたんだ。彼は在米コリアンで、こんな僕を理解して

くれた唯一の友だった。その時、僕は仕事でラスベガスにいて、

ニュースを聞いて慌てて帰ろうとした空港は、もう大混乱だった。

長い行列、厳重過ぎるほどの手荷物検査。

そして“アメリカン”と“それ以外”とに列を分けられたんだ。

アメリカで生まれて、アメリカで育ったのに僕は、

“それ以外”だった。

笑えるだろ?この顔はそんな書類とは関係ないんだ。

結局彼は、遺体も見つからず、アメリカの風になった。

彼のオンマの号泣する声がまだ耳に残ってるよ・・


それからの僕は、本当のアメリカンになろうと決意した。

他人に隙さえ見せなかった。ice manと呼ばれることを誇りにも

思ってきた。実力なんだよ。力さえあればこの国は、こんな僕で

も認めてくれる。・・忘れかけてたんだ、エドの事。

自分の事で・・アメリカ人になることで精一杯で。

その年、マムが死んだ。

長年のアルコールで、体はもう、ボロボロだったんだ。

マムが死んで、僕はまたエドを思い出した。エドはマムの事を

知らない。あんなに愛していた息子に忘れられたマム。

死んだことさえ伝えられない。そんなの・・可哀相すぎるだろ?


・・調べたんだ、エドの事。

まだあそこで、先生してると思ったけど。

そうしたら・・よりによってエドは、あんなに僕がなりたかった

“ダンサー”になってた。

エドだって苦しんでその道を選んだのに、僕はまた君を恨んだ。

そんな時クリスに見せられたんだ。東京でのウエストサイドの

ビデオを。それは悔しい位に感動的で、悔しい位に素敵な舞台

で。舞台の上のエドは・・エドのタップは・・震えがきて・・

僕は、涙がこぼれそうだった。

僕が、僕の方が日本に行けば、マムは幸せだったのかも知れな

い。エドが踊ってあげれば、マムは笑っていられたのに・・・


悪かった。あの記事は故意に書いた嘘だ。

あの舞台は素晴らしかった。あれは、あの記事は、

僕の・・エドへの・・」

 


いつの間にか瞳も、木島も、常さんも、そしてアルも

バーナードの話を聞いていた。

 


「ダディーを返せ」


「アル!」


「ダディーを返せよ!!あんたに会って、オレは敵討ちが

したかった。初めジンをあんたと間違えたんだ。そしたら

ジンはオレにそんな事はやっちゃ駄目だって。

ね、どうしてあんたは、ジンの兄弟なの?

どうして、あんたはオレと、同じなんだよ!

オレ、ジンが好きだ・・ジンが悲しむ事、したくない。

でも・・オレ・・オレ・・・」

 

アルは、常さんの胸に飛び込み泣き出した。

その声は、俺たちが初めて耳にする

アルの子供らしい泣き声だった。


「この子は?」


「あんたに父親を殺された子よ。劇評でね」


「え?」


「直接はあんたのせいじゃないわ。でもそれが原因で亡くなった

のも事実。そしてこの子のマムはあんたのマムと同じよ。

夫を失った悲しみに耐えられずに、アル中で入院中。

真実を書くのはいいわ、でもペンは人を殺せるのよ!

憶えておきなさい。見なさいな。

この子は・・まるであんたじゃないの!」

 


そうだ。思いだした。

バーナードの、この表情。


バーニーはいつも俺をかばってくれた。

そして、俺の代わりに叱られてくれた。

とても苦しそうに、マムや身勝手な大人の叱責を全身に浴びて

いた。叱っている者の想いをその小さな体に受け入れて、

俺には舌を出し“エヘヘ”と笑いかけてくれた。

誰よりも優しく、誰よりも傷つきやすい、バーニー。

 


「そうだったのか。申し訳なかった。今更謝っても遅いが・・

ただ1つだけ言わせてくれ。

僕は嘘は書かない。必要以上の絶賛もしない。

僕が書いた事で傷つく役者は多いだろう。

でも、僕が取り上げる役者は僕の目に留まった役者だ。

ひどい演技だろうが音程を外そうが、僕はそいつに目を向けた。

それはね・・悪い事じゃないと思う。見るに値しない役者の事を

僕は記事にはしない。自分で言うのも変だが、僕は悪い目は持っ

ていないよ。僕が書いた人は、書くだけの価値のある人だけだ。

そんな物で駄目になってしまうなら、もうそれ以上にはなれない。

厳しいね・・それが現実なんだよ。

僕が嘘を書いたのは・・僕の劇評家人生の中で、“宇宙の舞台”

ただ1つだけだ」

 


アルは、もう泣いていなかった。

ただ、バーニーを見つめていた。

バーニーの毅然とした言葉に、ただそこに立ち尽くしていた。

 


コンコン。

 

その時、誰かが病室のドアを叩いた。

部屋の中の6人は、一瞬顔を見合わせる。


瞳が立ち上がり、そのドアを開けた。

入ってきたその男は、俺のよく知った男だった。

・・俺が唯一、こう呼ぶ男。

 


「親父?」

 

そこに、親父が立っていた。

 

あのいつもの飄々とした表情ではなく、

今まで見たこともないような、神妙な顔をした親父が。

話し出した口調こそ、いつもの調子ではあったけれど。

 

「仁。思いがけず懐かしい所に招待してくれたな。

大変だったよ、NYに行ったらホテルで萌ちゃんにお前達が

ここにいるって聞いて。お!木島君、結婚決めたのかい?

すっかり奥様って感じだったぞ、彼女。去年家に来た時より

ずっと女っぽくなってた。式には呼んでくれよ。

仁と瞳の親友の結婚式だ。何をおいても出なくちゃな」


「どうして?なんでここに親父がいるんだよ」


「この間、瞳に電話もらった。お前達が心配だって。

あぁ、バーナード・・君は憶えてるのか。昔の事を」


「お久しぶりです、稲垣さん。31年ぶり、じゃないな。

僕は1回あなたの家に行った事がある。

まだ美雪ちゃんが生きていた頃。ご存知でしたか?」


「いや。そうだったのか。

仁に・・エドワードに会いにかい?」


「会いに?いいえ、確かめにです。エドがどう生きてるのか、

僕より幸せなのかどうか。あの頃エドは幼稚園で働いていて。

僕が行った時、学校帰りの美雪ちゃんとすれ違ったんです。

美雪ちゃんは僕を見て驚いた。“お兄ちゃんに似てる”って。

かわいい娘でしたね。見ず知らずの僕を、園に連れて行こうと

したんですよ。僕は、わざと英語を捲くし立てて・・逃げました」


「ハハ、あいつらしいや」


「しばらく外で隠れてるとあなたが帰ってきた。

エドと、美雪ちゃんと、奥さんとあなた。

幸せそうでしたよ。園庭でエドが運動会の準備をしていて、

美雪ちゃんがそれを邪魔して。

考えたらエドは家族の誰とも血が繋がってなかったんだ。

・・理想の家族に見えたのに」

 

「仁。お前に全部話さなきゃいけないと思って来たんだ。

31年前の事、お前が記憶を無くしたときの事、お前達の

父さんの事を。バーナードの具合さえよければ行きたい所が

ある。お前に見せたいものもな」

 

「親父?」

 

 

31年前。


そこに忘れた、俺の記憶。

 

見えてきたその糸口。

 

その先端を今、俺は掴もうとしていた。

 

 

コラージュ、mike86


2008/11/29 00:33
テーマ:創作 菜の花の記憶 カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

菜の花の記憶 11話  「雨の中で」

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11話、「雨の中で」です。この回を書いていた時、確か、韓国MBCの原語版「太王

四神記」のタムドクの雨の立ち回りを見たすぐ後で^^凄く興奮して、ぜひあの雨の

中の顔を仁に・・と思って書いたんです。実際ポートランドは雨の街。1年の半分くら

いは雨なんだそうです。どんより暗い空。色とりどりの街の花々。そんな街で仁は・・

 



 


ポートランド国際空港。

 


俺と瞳、木島と常さん、

そして・・アル。


つい昨日まで、この場所に来る事になろうとは

想像もしていなかった。

 

 


クリスの報告を聞いて、俺はすぐに部屋を飛び出そうとした。

だが俺のその手を止めたのは、瞳だった。

 


「駄目よ!今倒れたばかりなのに。そんな体で何処に行こう

って言うの?そんな長旅、無理だわ!あなたは自分がいつも

丈夫だって思っているから、傍で見ていた私の気持ちが分から

ないのよ。それにバーニーがそこにいるって何故分かるの?

そんな遠くまで行って無駄足だったら・・・ね、お願い。

せめてあと1日安静にしてて」

 

「・・1日?1日中俺にここで寝てろって言うのか?

その間にもあいつに何かあるかも知れないのに?

瞳、信じてないだろ。今まで兄弟だと認めもせずに、お前との

仲まで嫉妬してた俺が、急にあいつを心配しだしたりしたから。

あぁ、俺にだってよく分からないんだ。何故、こんなにあいつ

の事が分かるのか。でも、聞こえるんだ。今は、聞こえるんだ。

あいつが俺を呼ぶ声が。

“エド”って、どこかで俺を呼んでる・・・

俺が思い出さなきゃ、今、あいつを探さなきゃいけないんだ。

心配かけてごめん。でも、俺は行く。

クリス!今からチケット取れるか?何時間くらいかかるんだろう。

ごめんな雑用ばかり押し付けて。木島、悪いが瞳を頼むよ。

相原にもよろしく言っといてくれ。それから」

 

「仁!お前、バカか?まったく、全然お前は成長してないな!

俺達はお前の何なんだ?何でも1人で片付けようとするな!

お前の家族はな、俺達の家族でもあるんだ!瞳だって、お前の

女房だろうが!瞳の想いまで無視するなよ。

だいいちお前、金無いだろ。どうやってそこまで行くんだ、あん?

・・・オレゴンは遠いぞ?

俺様の、この光り輝くウルトラゴールドカードがなかったら、

絶対オレゴンまでなんか行けるもんか。

クリス!チケットは3枚だ。いいな!」


「5枚よ、クリス」


「常さん?」


「仁ちゃん、あんな説明でこの子が納得すると思ってるの?

子供だと思って舐めたこと言ってんじゃないわよ!

アルは、あんたより立派に大人よ。自分でちゃんとカタを付け

られる。決着はアルに付けさせなさい。アタシはそれを見届けに

行くから。木島ちゃん!どうせならここまでやるのが、かっこいい

男ってものよ。そんなあんたに萌ちゃんはイ・チ・コ・ロ!」


「よーし!出発だ。皆、支度しろ!」


「そうそう。金持ちは単純じゃなくちゃ!」

 

 


NYは早くも夏の陽気だったが、ポートランドは未だ肌寒かった。

アメリカ大陸のちょうど正反対。

改めてこの国の大きさを思い知る。

 

空港から一歩外に出た俺は、何か不思議な感覚に囚われた。

まるでデジャブのような、目の前の風景。

 

見たことなどあるはずが無かった。

しかも、ここを出たのは5歳の時。

31年前とはきっと何もかもが変っているはずだ。

 

「おい、仁!何してる。タクシーこっちだぞ」


「あぁ、木島。この街はバスが便利なんだ。

市内に出るには、金もかからな・・・い」


「仁?」


「・・・・・・・瞳。荷物、持つよ」

 

 

窓の外を流れる景色。

灰色の空。

今にも雨が降り出しそうな、重く湿った空気。

バスは走り続ける。

 

窓枠に肘を突き、

31年前の自分の故郷であるはずの街を眺める。

 

「え~と、どれどれ~・・・オレゴン州ポートランドは、

日本の札幌と緯度が同じで、姉妹都市にもなっています。

冬季は雨が多く夏でも25度くらいまでにしかなりません。

春は花が多くバラの街とも言われています。

・・あら?この街ナイキの本社があるのね。へ~、ここには

消費税が無いんですって!あのティファニーだって税金かから

ないのよ~。ふふふ、5番街で悩んでたピアスがあったの。あれ、

ここにもあるかしら。いい所じゃない、あんたの故郷って!

こんなことでもなくちゃ来られなかったわ。ありがと仁ちゃん♪」

 

空港で日本人向けの観光ガイドをちゃっかり貰って来た

常さんは、バスの中でもハイテンションだ。


俺やアルが背負っている重苦しい空気が一気に軽くなる。


俺が苦笑いしていると、瞳は安心したように常さんと一緒に

明るく喋り出し、アルは、常さんに体をくすぐられてくすくす

笑い始め、遂には“キャハッハ!”とはしゃぎだした。

 

その楽しそうな声は、緊張している俺を癒してくれる。

 

 

空港で感じた感覚が段々強くなってきた。

 

思い出す・・というのとは少し違う、

頭で感じるのではなく、皮膚が呼吸し始めたような、

眠っていた細胞が、少しずつ目を覚ましていく・・そんな感覚。

 


「瞳」


「ん?何?」


「手、握っててくれないか。なんだか、冷たいんだ」


「うん。仁さん、私はここにいるわ。だから・・大丈夫」


「あぁ」

 


俺の震えが瞳に伝わっただろうか。

さっきから手が小刻みに震えている。

掌にはうっすら汗もかいている。


舞台の本番ですら緊張など殆どしたことのない俺が、

目の前の風景に動悸を抑えられない。

 

「仁。この辺だ、クリスが教えてくれた住所。

・・・・大丈夫か?降りるぞ」

 

 

ポートランドは、緑の街だった。

5月の風は、まだ初春の香りで、街中に赤や黄色の花が

色とりどりに咲き始めていた。

 

木島と常さんが、露店でオレンジを売っている老婆に

メモを見せ、道を尋ねている。もっとも、2人はオーバーアク

ションの身振り手振りで、会話しているのは冷静なアルだ。

 

瞳はずっと俺の手を握っていた。

そして時々下から俺の顔を覗き込み、にこっと笑いかける。

 

一体、今俺はどんな顔をしているんだろう。

小さく笑い返すと、瞳は手を強く握り返した。

 

「仁。こっちだ」


「やっぱな・・・そんな気がしてた」

 


街の真ん中を走る路面電車。

三叉路の交差点。

その一角の大きな花屋。

三軒先の古いベーカリー。

 


目の前の霧がほんの少しづつ、晴れていく。

 

 

ああ。そうだ・・・・あぁ。


そこの路地を入ると、教会があって・・・

隣は・・俺、の・・・・幼稚園。

 


「瞳。手、離すよ」


「仁さん」

 


「その道を左・・・大きな屋敷があって・・・

・・・犬がいたんだ、大きな犬。俺が怖がって、いつも遠回り

しようって・・・そうだ・・隣に・・隣にいたのは・・・・」

 

 

『バカだな。こわくなんかないよ。エドはすぐなくんだから』


『じゃあ、バーニー、さきにいってよ!

ぼく、うしろにかくれてるから』


『よし!せーので、いっきにかけぬけようぜ』


『ほら!やっぱりバーニーだってこわいんじゃないかー!』


『『いっせーの~・・・・わ~~~~!!』』

 

 


「結局いつも、全速力でアパートの前まで走るんだ。

どっちが早く階段を上れるか競争して・・

ドアを開けると・・グランマと・・・マム、が・・・

ハハ、ハ・・ハハもういいよ、木島。住所、見なくてもいい。

あの赤いレンガのアパート。ここだったんだな。

たまに夢に、出てくるんだ。赤い建物が。

周りはみんなぼやけてるのに、この赤だけは見えるんだ。

・・ここ、だったんだな」


「思い出したのか!仁」


「いや。まだ、ぼーっとしたぼやけた記憶だけだ。何しろ

31年前だぞ?お前だって31年前の事、はっきり覚えてるか?

・・あいつはあれからずっとここに住んでたのかな。

新聞社が把握してる住所ってことは、上京するまでここに

いたって事なのか?あいつ、大学は」


「ハーバードよ、仁ちゃん」


「げ・・マジかよ」

 


アパートの傍には、薄紫のスミレが咲いていた。

それこそ、あたり1面に・・

誰かが手を掛けているようには見えない、まさに雑草に

近かったが、それはとても美しかった。

 

俺は、その花から何故か目が離せなくなっていた。

一斉に俺の方を見て話しかけている様に感じた。

 


「あら?バーニー、まだいたの?

もうNYに戻ったんだと思ったのに」


「え?」

 

突然俺に話しかけてきた初老の女性。

驚いた俺の顔と、木島達の顔を怪訝そうに伺っている。

 

「急に来るからおばさんも驚いたけど、少しは街も見られた?

あなたがいた頃と、あまり変ってないでしょう?

あ、ローズテストガーデンは行ってみた?

もうバラの季節ね、ここまで香ってくるもの。

せっかく春になったっていうのに、また雨が降りそうよ。

本降りになる前に帰らなくちゃ・・バーニー?」

 

「やっぱり来たんですね。バーナードは、ここに」


「え?えぇ・・あんたバーニーじゃ、ない。じゃぁ、

え?もしかして・・・エ、ド?」


「ご存知なんですか?僕を」


「よく顔を見せてごらん!・・ああ、そうだ、エドだよ!

眉の上の、この傷。これはあたしの息子が喧嘩した時に

あんたにつけてしまった傷さ!憶えてないかい?あの子が

振り回した三角定規の角が当って血がいっぱい出てさ。

あんたの血を見て、今度はバーニーが息子を殴って。

・・・ああ・・あれから何年経つの?また会えるなんて!!」


「いつ来たんですか!」


「誰が?」


「バーナードです!来たんでしょう?ここに。

それは、いつですか?」


「あぁ、もう4、5日前よ。そうだ、確か木曜日だったわ。

工房に行く途中だったからよく憶えてるもの。

あの日は昼過ぎから大雨で風も強くて・・・

それよりあんた、日本に行ったんでしょう?

あんたたち仲が良かったから、バーニーはしばらく泣いてね。

アリスも人が変ったみたいになって・・アリスが亡くなった

のは知ってるんだろう?かわいそうな人だったね。

綺麗な人だったのに」


「バーナードを探しに来たんです。あいつ帰ってこなくて、

仕事に穴あけてしまって。あいつが行きそうな所知りませんか?

早く探さないと・・」


「あぁ、どこに行くのって聞いたんだ、あたしも。

そしたら笑って変な事言ってたよ。

“秘密基地を見に来たんだ”って」

 

ひみつ・・きち?

 



『エド・・マムにはないしょだぞ!』

『うん、ぼくたちの“ひみつきち”だね』

 


次の瞬間、俺は駆け出していた。

その場所を知っているのは俺だけのはずだ。

約束したから。

 

“内緒だ”って、約束したから。

 

 

「おい!仁!待てよ、どこ行くんだ?おい!!」

「待って、ねえ!」

「仁ちゃん!」

「ジン!!オレも行く!」

 

 


どこだ。


何処だ!

 

思い出せ・・・・


思い出せ!!

 

 

大通りまで戻ってきた俺の足は、

そこでパタリと止まってしまった。

もどかしい想いが、俺をイラつかせる。

 

「はぁはぁ・・おい!待てよ、仁。闇雲に探したって仕方が

無いだろ?第一、ワイズマンがそこにいるって保証は・・

怖えーな、睨むなよ・・分かったよ。そうだ、おい!何か

キーワードはないのか?子供が考えそうな事、子供が大人の目

を逃れて隠れられる場所・・子供の時は俺だって、庭の柿の木

の上に秘密基地を作ったよ。俺は一人っ子だったから誰も手伝っ

てくれなくて、結局ハンモックをくくり付けただだったけど。

でも柿の枝って弱くてさ。折れてすぐ下に落っこっちまった。

お手伝いさんにえらく怒られたっけ・・・そうだ、そうだよ!

大きな木とか、洞窟とか、何かの小屋とか」

 

 

ポツ・・・


ポツ・・・

 

 

雨が落ちてくる。

 

一粒・・


二粒・・・

 


そして、あっという間に土砂降りになった。

 

瞳たちは、ベーカリーの大きな軒先に走っていく。

 

 

「雨が、降ってる」

 

「仁さん!そんなところに居たら濡れちゃうわ!

早く、こっちに」

 

「雨が・・・・雨が、降ってる・・

        雨・・・・・・雨・・」

 

 


『あめ・・やまないね。マム、しんぱいしてるかな』


『しんぱいなんかするもんか!

ぼくはわるくないのに、ぶつなんて』


『ごめんね。ぼくのせいでグランマにまでしかられて』


『エドのせいじゃない!さきにけがさせたのは、ジョンだぞ!

なぐったっていいんだ!』


『バーニー・・・』

 

 

 

・・・・雨!!

 

突然目の前に現れたフラッシュバックする映像。

 

 

"緑の森"

"小さな物置"

"大きな木"

"木々を濡らす雨"

 

向こうに見えるのは・・・・"バラの公園″

 

 


『あ、ローズテストガーデンには行ってみた?』

 

 


・・バーニー。

 

分かった。

 


今、行く。

 

 


待ってろ。

 


そこで、

 

 


     待ってろ・・

 


 

コラージュ、mike86


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