2008/11/05 00:46
テーマ:春の夜、夏の風・・・その始まり カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

春の夜、夏の風・・・その始まり 後編  ― 瞳 ― 

Photo

これは、昨日の咲乃編の後編。対になってるお話です。

仁と瞳が初めて逢った日。この出逢いがあったから、2年後に瞳が入団した時に、
仁は驚いたんですね。こういう隙間を埋める短編を書くのが好きなんです、私^^






「帰るよ」


「え?泊まっていかないの?皆だってもう知ってるわ、

私達の事・・ここから会館に行けばいいじゃない。

私は仕込み、パスするけど」

 

「俺が嫌なんだ。おまえは泊まっていけばいい。

どうせ仕込みは昼までかかる。

どうぞ、咲乃様はゆっくりおいでください」

 

「バカにして・・いいわ、私は残る。あのホテルお風呂

小さかったし。静岡公演だっていうから、温泉かと期待

してたんだけどね。予算オーバーだったか。

ウチの劇団も、もう少しメジャーにならないとね。

大丈夫、任せといて。私がマスコミで稼いでくるから。

きっと来年からは高級旅館よ!」

 

「当てにしてるよ、咲乃様。

・・じゃな」

 


8月。

静岡公演。

 

翌年の大河ドラマに「新撰組」が決まったこともあり、

この年の地方公演は、話題性もあって

“新撰組、その愛”で廻っていた。

 

3月の九州を皮切りに近畿、四国、東海、関東・・

最後は北海道。

新撰組ゆかりの地での公演も予定され、宇宙(そら)

にしては珍しく、全国を廻る予定だ。

 

あの3月の夜から5ヶ月。

仁と咲乃は、ときどきこうして逢う。

 

それは愛とも恋とも違う、

ただそのひとときを、お互いの肌で埋めるだけの行為。


不思議とこの関係が爽やかなことが、

咲乃は気に入っていた。

 


言い出したのは、咲乃だった。

 

あの夜以来、咲乃は仁をよく連れ出した。

2人とも酒は強かったし、食べる事も好きだった。


地方の地酒や名物の食べ物。

芝居の話、タップの話、咲乃のマスコミでの体験談。


仁は口数こそ少ないが、酒が入るとよく喋る咲乃に

静かに相槌を打っていた・・友達として。

 

“決して結婚を望まず、自分の才能を認め、自分を

自由にさせてくれる、見た目のいい男”

 

今まで何故、気付かなかったんだろう。

こんな身近にいるではないか。

 

寂しい時に抱いてくれる温もりだけが今は欲しかった。

心を求めると、見返りを要求される。

真剣に愛した男から受けた傷は、咲乃が思っていた

以上に深かった。

 

咲乃は仁に提案する。

 

1・・お互いを自由にする事

2・・結婚を言い出さない事

3・・別れるときは、未練を残さない事

 

もとより仁に異論があるわけは無い。

そんな都合のいい女、こっちが探したいくらいだ。

 

― お互いを自由にする事 ―


ただその最初の一項目目をさっさと破り、

それまでの仁の女全てに引導を渡した咲乃には、

少々苦笑したが。

 

そうして始まった2人。

劇団内でその関係が知られるようになるのに、

そう時間は掛からなかった。

 

 

その日は、とても暑い日だった。


朝9時からの仕込みの時には、

気温はもう30度を軽く超えていた。

 

今回の芝居は時代劇ということもあり、

大道具も大掛かりだ。

 

江戸の試衛館道場、京都壬生の屯所、三条小橋池田屋。

そして、総司の死の床になる江戸の植木屋の離れ。

 

転換も多く、立て込みにも時間が掛かる。

会館内は冷房が効いているが、積み下ろしと搬入だけで

もう汗だく。ナグリを持つ手も汗で滑り、仁のTシャツは

もう3枚目だった。

 


殆どの仕込みを終えて仁が会館の外に出たのは、

もう昼近かった。


また気温が上がったらしい。

直射日光が当り、暑いと言うより痛いくらいだ。


仁は、会館の隣の大きな木のある児童公園に逃げ込んだ。

バンダナを外し、水道の蛇口から勢いよく頭に水をかける。

 

「うゎあちっ!」

 

太陽に熱せられ、熱湯のような水道水を直に浴び、

思わず後ろに飛び退くと、どこからか、くすくすと笑い声が

聞こえた。


振り向くと2人の女子高生が、通りからこっちを見て笑っている。

 


1人は背が高く、メガネのショートカット。

セーラー服のスカートから出た長い足は、

まるで“岡ひろみ”だ。


そしてもう1人は、その岡ひろみの肩くらいまでしかない、

小柄な少女。長い髪をなびかせ、肩を震わせて笑っている。

 


「やだ。ね、こっち見てるよ。もう!瞳ってば、

コラ、笑わないの!・・・まだ見てる・・行こうよ。

変な人だったらヤバイじゃない。ちょっとかっこいいけど」

 

「ガチ袋下げてるよ。劇団の裏方の人かな。今夜の仕込み

してたんだね、きっと。でもさっきの顔さ~・・アハハ、

可笑しかったね~。そうだ!ねえ、今夜行くでしょ?

めぐちゃん。“宇宙(そら)”の公演!」

 

「当ったり前じゃない。残りのバイト代はたいてチケット

買ったんだから。家のお母さんなんかさ。“受験生が芝居

なんか・・大学入ったらいくらでも見れるでしょ!”って、

こうだもん。分かってないよね~、今注目の劇団なのに。

しかもこんな地方の市民会館に来てくれるなんてさ~。

これを見逃してなりますかっての!

瞳は見たことなかったっけ?宇宙の舞台」

 

「ないよ。この前東京行った時は“レ・ミゼラブル”と

“キャッツ”ハシゴで見て109寄ったらお財布スッカラカン

だもん。なんでチケット代ってこう高いかな。

もっといっぱいミュージカル見たかったのに・・・

ね、そんなにいいの?タップ、なんだよね」

 

「そうなの。群舞がさぁ・・地響きみたいにズンズンくんのよ、

ハートにさぁ~。それに、何て言っても“影山 仁”よ。

この間はね、“ウエストサイド”だったの。あそこの代表作!

彼のベルナルド、野生の男って感じで素敵だったなぁ~」

 

「へぇ。めぐちゃんがそこまで言うなんてよっぽどだね。

ふふ・・夜が楽しみだ~」

 


すでに冷たくなっていた水を頭から浴び、

遠ざかる女子高生2人の会話を聞いていた仁は、

何故か可笑しくて仕方がなかった。

 

「ハハ・・ハッハ・・・アッハッハッハ!!」

 

何が可笑しいのか、何故笑っているのか。

自分でも分からない。


その声をずっと聞いていたいような、

何かくすぐったいような・・

 


頭を蛇口の下に突っ込んだまま、


仁はしばらく大声をあげて笑い続けた。

 

 

 

開場 6時。

開演 6時半。

 

注目の東京の劇団の公演とあって、

客の入りもまずまずだ。

 

― 時代劇 “新撰組、その愛”―


第一幕 <江戸、試衛館道場>

 

武士になりたくて、何かこの日本を変えたくて。

若いエネルギーの塊のような男達が集まってくる。


竹刀を使っての稽古の場面。


田舎で少しは鳴らした男達も、沖田の剣の前では

誰も太刀打ちできない。

 

『何だ・・もっと骨のある奴が集まると思ってたのに。

近藤さん!これじゃ俺の稽古にならないよ。

この人達、俺から一本も取れないんだ!

あんた達も悔しくないの?俺みたいな年下に負けてさ』

 

『なんだとー!!』

 

沖田1人対、20人の弟子達。

入れ替わり立ち代り、沖田に向かっていく。

・・そこから始まるタップ。


胴着、袴は本来素足。

普通のタップシューズを履く訳にはいかない。

この芝居のシューズは、草鞋の裏にタップチップが

埋め込まれた特別仕様だ。


計算された殺陣。

狭い舞台で男達の竹刀がぶつかり合う。

一歩間違えれば大怪我は免れない。

タップの乾いた音が正確にリズムを刻む。


仁の沖田は20人の男達の間をかいくぐるように、

竹刀を繰り出していく。


剣道4段の仁の殺陣は、腰が据わり構えに隙がない。

殺陣からのタップの群舞


そして最後に、

 
一足一刀の間合いからの、

仁の返し胴が見事に決まった・・

 


第二幕  <京都 池田屋事件>

 

『御用改めである!無礼をいたせば容赦なく切り捨てる!』


舞台の上での戦いと、影絵のようなホリゾントの裏での立ち回り。


総司はまるで楽しむかのように、剣を操っていた。

剣を出せば、相手が面白いように倒れていく。


思わずほころぶ笑顔。

が、その時、いきなり喀血する総司。

白いホリゾントを総司の鮮血が染めていく。

 

『あれ・・俺・・・どうしちまったんだ?これ、俺の血?』


無傷の総司が、


静かに・・崩れ落ちた。

 

 

袖に戻ると、木島がニヤケた顔で仁を迎えた。


「調子いいな、仁。なんかいい事でもあったのか?

血のりべったりなくせに、今のお前の顔、楽しそうだぞ。

池田屋の立ち回りも動き、良かったし。

ん~・・咲乃、な訳ないか。おい、教えろよ。

遂に本命の女、現る・・か?」

 

「バカ言え、そんなんじゃないさ。ただ、何か気分が

いいんだ。俺にも何故かは分からないんだけど。

この舞台ちゃんと演じなきゃって、今日は不思議に

そんな気がする・・木島。俺のラストナンバー見ててくれよ。

今日は踊れそうなんだ。今ならうまく演れそうな気がする」

 

最終場  <江戸、植木屋の離れ>

 

『姉さん!・・・姉さんどこ?・・いないのか。

皆、どこだよ・・近藤さん・・土方さん!源さん・・平助!!

俺も、行くよ。置いて行かないでくれよ。

あ、山南さん、やっと見つけた。

聞いて下さいよ。皆ずるいんです。俺が病気だからって、

先に行っちゃうんですよ。まだ腕は鈍ってない。まだやれるんだ。

・・皆、分かってくれない。

そうだ、この間から入り込んでる黒猫がいるんです。

・・見ててください・・ちゃんと斬れるんです・・おかしいな?

・・・どう・・して斬、れ・・な、い・・・・・・・・・・・・』

 


狂ったように剣を振るい、踊る総司。


仲間の幻影を、

黒猫の姿を追いかけるように、踊り続ける。

 


『・・そうか。だから・・山南さんだったのか・・

あの時と反対だね。俺を・・迎えに来たの?・・ああ・・そうか。

もうすぐ・・俺・・・ねえ、皆・・まだ闘ってるんだよな。

昔、みたいに・・まだ・・どこかで』

 

 

ラストナンバーは、仁のソロを包み込むように

隊士達が集まってくる。


新撰組隊士、攘夷志士、京都の女達。

すべてのキャストが奏でる地鳴りのような群舞。


仁の叫ぶような歌声は、観客の魂を呼び覚ました。

いつまでも、いつまでもその声は、響いている。

 

暑い夜を更に熱くして、

その幕は下りた。

 

 

終演後。

ロビーには、今踊っていたばかりの出演者が並び、

観客を送り出す。花束を渡す人、サインを求める人、

感激で役者の手を離さない人・・

 

舞台の興奮がまだ醒めず、人々の顔は紅潮している。

仁も珍しく、送り出しに出てきていた。

 

「あら?どうしたの?仁。

あなた、送り出し苦手じゃなかった?

私、初めて見たかも」

 

「あぁ。今日はそういう気分になっただけだ。なんとなく」

 

「ふ~ん。雪が降るわね。涼しくなってちょうどいいけど?」

 


興奮した観客の送り出しはなかなか終わらなかった。


客席の扉が全部閉められ、そろそろ終わりか・・と思った頃、

その声は聞こえた。

 


「あの。サインしてください」


「え、あぁ・・俺、ですか?」


「ええ。影山さん・・ですよね。影山 仁さん。沖田役の」

 


聞き覚えのある声に、

顔を上げた仁は息を呑むほど驚いた。

 

「美雪!」


「え?」


「あ。いや・・えっと・・あ、サインでした、ね」


「あの、すみません。“木村 瞳さんへ”って入れてください」


「・・キムラ・・ヒトミ・・・君の、名前?」

 

仁は改めて正面から少女を見た。


片頬だけに出来るえくぼ。

小さくてぷっくりした丸い手。

 

美雪に似ていると思ったのは、ほんの一瞬だったが、

仁はいつの間にか、その大きな目に吸い寄せられていた。

 

“あぁ、そうか。どこかで聞いた声だと思った・・昼間の”

 


「あの・・凄かったです、ラストのソロ。

私、涙が止まらなくて・・タップ、感動しました。

ありがとうございました!」

 

「あ・・ありがとう・・・あ!君」


「はい」


「いや・・・・元気で」


「え?はい。頑張ってください!」

 


仁は、静かに少女を見送った。


“岡ひろみ”と笑いあいながら、仁が今書いたばかりの

サインを大事そうに抱え帰っていく。

 


「よし!みんなお疲れ!明日はマチネもあるからな、

あまり飲みすぎるなよ。送り出し伸びすぎてケツカッチンだ。

急いで顔落とせ。解散!!・・どうした?仁。おい!」

 

「え?・・あぁ。何でもない・・・・おい、木島!」


「ん?」


「今夜付き合えよ。お前と飲みたい」

 

「さっき、咲乃がお前が変だって言ってたが、本当だな。

どうした、お前から誘うなんて。モチ、お前の奢りだよな?

よーし行こう行こう!・・あ、いいのか?咲乃は」

 

「俺達はそんな関係じゃない。相手の行動に干渉なんかしないさ」

 

「それだよ。男と女なんて、しょせん干渉しあってなんぼの

もんだろ?そういうとこが、かえって心配なんだ、俺は。

妙に冷めてるお前達がさ。遊び人の仁さんにあえて忠告だ。

・・おい!女は怖いぞ」

 


顔を落として会館を出ると、

昼の暑さを忘れるような涼しい風が吹いていた。

昨夜のような少し重い、潮の混じった風。

 

木島はメイクもしていないのに、いつも支度が遅い。

仁は、楽屋口の壁にもたれて、タバコを取り出した。

深く・・・ゆっくりと燻らせる。

 


『あの・・“木村 瞳さんへ”って入れてください』

 

キムラ・・・ヒトミ・・

 


あの少女を思い出すと、何故か顔が綻んだ。

そしてその声がまだ耳に残っていた。

 

何だろう。何か、妙な気分だ。

あ、そうか、そうだな。

今日の俺は・・・きっと変なんだ。

 

仁は口の端で小さく笑うと、

悪びれもせず遅れてきた木島と並んで、

夜の街へ消えて行った。

 

 

 

仁はまだ気付いていない。


まして瞳は、想像すらしていない。

 


それが、


5年後の永遠の約束の、

 


静かなプロローグだということを。

 

 

 

コラージュ mike86


2008/11/04 00:59
テーマ:春の夜、夏の風・・・その始まり カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

春の夜、夏の風・・・その始まり 前編 ― 咲乃 ― 

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え・・^^「いつか・・」の続編を、との御希望を頂きまして、木に登ってやって
まいりました。これは前後編構成の短編です。まだ瞳に出逢う前の仁。
咲乃と付き合うキッカケ話です。のっけのRに驚いた方もいた作品。
私も書いてて驚きました(爆)

 





「・・・ねっ・・・きて・・」


「OK。仰せのままに」


「ふざけない、で・・っ・・あっ・・・仁・・」

 

 

サイドボードのタバコに手を伸ばしたのは、

女の方が先だった。

何も纏っていない上半身を隠しもせず、

軽くシーツを引き上げたままで。


男は、まるで何も無かったかのようにベッドを抜け出すと、

大股に部屋を横切り、シャワーブースに消えた。


やがて出てきた男は、大振りのバスタオルでバサバサと

長髪を拭きながら、床に散らばった衣服を無造作に

身につけ始める。

 

そして部屋の空調を切ると、大きく窓を開け放した。

 

「仁。もらったわよ。あなたは?」


「あぁ」

 

夏の夜の風が、心地よかった。

湿り気のある少し重たい風は、

ここが海に近いせいか。

 


「何を考えてるの?仁。あなたの目、何が映ってるのか

まるで分からないわ。私を抱いてても、違う事考えてる。

・・いつものことだけど」

 

「お前らしくないな。俺のことなんて関心ないだろう?」

 

「ふふ、そうね。それにそんな詮索したら、

捨てられちゃうんでしょ?仁さんに」

 

「人聞きの悪い事言うな。

俺はそんなことをした憶えはない」

 

「そうよね、仁は何もしない。誘うのはあくまで女。

二股かけようが、その事で女同士が争おうが、気にも

しない・・もしかして、サイボーグ?」

 

「バカ言え、何言ってる」

 

「それでもベッドの中の仁は優しいって?

まったくとんだ悪党ね。安心して。私はそんなバカな

女じゃないから。そんなヒマもないしね。

やっと、マスコミの仕事がどんどん入ってきてるっていう

のにドロドロはゴメンだわ。

仁は?マスコミには出ないの?

この間の公演でどっかの演出家に誘われてたじゃない。

たしか、大手のプロデュース公演でしょ?出ればいいのに。

仁のタップ、ここだけじゃもったいないわよ。

木島さんだってそう言ってたでしょう?」

 

「いいんだ。それに・・・まだ早い」


「何が?」


「いや・・・いいんだ」

 

 


影山 仁は、人付き合いが苦手だった。

そして、相手に自分の心の中を探られるのを嫌がった。


求めたわけでもないのに、何故か女はやって来る。

鬱陶しく思いながらしかし拒む事もせず、入団してから8年。

軽く付き合っては、別れを繰り返していた。

 

もとより仁には、付き合っているという意識さえ

無かったのかも知れない。

 

時折起こる男の衝動と、それを包んでくれる女達。

叩かれたドアを開くのは、彼女達に対する礼儀でもあった。

 

 


この夜の5ヶ月前。


3月。

九州公演。

 

その楽日の打ち上げに、仁の姿はなかった。

 

その理由を知っていたのは、その場では木島だけ。

その日付が何を意味しているのかは、誰も知らない。

 

会場内から消えた仁の姿に、最初に気付いたのは咲乃だった。

さっきまで壁際の席でタバコを吸っていたのに、


今は何処を探しても仁はいない。

 

「木島さん、仁、知らない?」

 

「おう、咲乃。悪いことは言わない。

今日のあいつは放っておけ」

 

「どうして?今日の仁の“総司”良かったのに。

最後、泣きながら踊ってたじゃない。あんなに感情込めて

踊る仁、あんまり見ないから・・何かあったの?」

 

「色々あるんだよ。男にだってな。

お前は仁には興味無かったんじゃないのか?」

 

「興味なんて無いわよ。あんな女ったらし。

だいいち私、仁の女、全部知ってるのよ?今更なんかあったら、

あの娘達のお下がりじゃない!冗談じゃないわ」

 

「ハハ、遊び人仁さん一刀両断だな。

お前こそどうなんだ。そろそろ三十路だろ?

いい男いないのか?それともまだあの台詞言う気か?」

 

「そうよ。恋愛より芝居!恋は舞台の上でも出来る。

女優としての私はこれからなのよ。男で神経使うのは

時間の無駄!・・そうよ・・そう・・・

そりゃ、私だって女だもの。誰かに抱いて欲しい夜もある

けどね。結婚だの、嫉妬だの・・・面倒なのよ。

木島さん!私、今夜は飲みたい気分なの。

ね、一緒に、いい?」

 

「男だな、お前の感覚は。だから向いてんだよ、女優にさ。

よし、飲めよ!お前がどれだけ飲めるか、今日は見届けて

やる。おい、村上!ワイン持って来い!」

 

 

南国と言っても、3月1日の夜はまだ肌寒かった。

仁は、打ち上げ会場をそっと抜け出すと、

ただ1人街へ出た。

 

駅前からの長い商店街の中を、

片手をポケットに入れ、ゆっくり歩いていく。


観光客相手の民芸品店。

夕食のおかずが所狭しと並ぶ惣菜店。

早めに出来上がった飲兵衛たちは肩を組み、

次の店へと気勢を上げる。


何も考えずに過ごすには、ココが一番時間が潰せた。

 

“お?この帽子。今度の小道具に使えるかな”


“やっぱりここなら焼酎だよな。つまみは何がいいんだろう”


“そういえば最近、漫画読んでないなぁ。何が面白いんだろう。

また親父に電話で自慢されるの癪だし。あぁ、これこの間新聞で”

 

本屋で仁の目に飛び込んできたのは、美雪が好きだった

アニメ雑誌だった。

表紙を彼女のお気に入りのキャラが飾っている。

 

“あぁ。ここにいたのか。まずったな。

久しぶりだね。でも今日は逢いたくなかったよ

・・クワトロ大尉”

 


毎年この日は、なるべく何も考えないようにしてきた。

入団したての頃は酒に溺れたりもしたが、

それは仁をさらに落ち込ませた。

 

女は特に厄介だった。

女はいつでも仁の“特別”になりたがった。

自分の方だけを見て欲しいと。

ただでさえ素っ気ない仁が、この日は何も見ようとしない。


“何故?どうして?何があったの?”


質問攻めは・・こりごりだった。

 


たいていはMIYUKIに逃げ込んで、常さんとのくだらない話

で一日過ごす事が多かったが、今年は地方公演が入っていた。

 


演目は「新撰組、その愛」

 

仁の沖田総司は、病に蝕まれた体で一人踊る。


“まだやれる” “もう1度闘える”


その希望が打ち砕かれる。もう庭に現れた黒猫すら斬れない。


そして、自らの死期を悟る。


初めはゆっくりゆるやかに。

そしてだんだんと、激しいリズムに・・・

 


楽日の今日は、意識していないのに涙が溢れた。

美雪への想いと、役への想い。

泣きながら踊ったのは、初めてだった。

 

“駄目だな、もう9年だ。

こんな事じゃ美雪にも呆れられる”

 


思わず買ってきてしまったアニメ雑誌を脇に抱え、

焼酎の小瓶をラッパ飲みしながらホテルへの道を歩く。

 

“今年もこれで過ぎたな。あとは寝ちまおう。

  それでもう・・明日だ”

 


賑やかな通りを過ぎ、

大きな橋を渡った先に宿舎のホテルはあった。

 

酒を飲みながら歩いているというのに、まったく酔えない。

深夜になって冷え込んできたせいもあるのか、

かえって頭が冴えてしまった。

 


その橋を渡りはじめた時、中程に誰かが立っているのが見えた。

欄干に時々身を乗り出して、川の流れを見つめている。


いや。


川を見ているんじゃない。

時々、座り込んでは、吐いてもいるようだ。

近づくと、それはよく知った人物だった。

 

「・・咲乃?」

 

確かに咲乃だ。

しかも相当酔っている。

 

「珍しいな。お前がこんなに飲むなんて。どうした?

あぁ・・木島に飲まされたな?」

 

「ああ~っ!影山 仁!やっと帰ってきたか!

今までどこ行ってたんだ!!今日は、いいダンスだったって、

珍しくこの咲乃さんが褒めてあげようと思ったのに。

おい!こら、影山 仁!!・・・そこに直れ!」


「おいおい、大虎かよ。咲乃!帰るぞ。歩けるか?」

 

「まったく。ねぇ、いい男ぶるのやめてくれない?

イライラするのよ、あんた見てると。

何があったか知らないけど、もういい加減いいんじゃない?

春だよね。春が・・いけないんだ・・そう、いつもそうだった。

・・ねぇ、仁。私達・・友達、よね」

 

「友達?あぁ、そうだな、友達だ」

 

「打ち上げはいつも途中で抜けちゃうし、甘いものには

目が無いし、女はとっかえひっかえだし・・

ねえ・・仁は、いったい何目指してるわけ?」

 

「支離滅裂だな。どういう思考回路だ。

おい、いい女が台無しだぞ」

 

「ハハ~、いい女だなんて思ってんの?仁の一番嫌いな

タイプでしょ、私は。私もね、あんたみたいな男は一番嫌い・・

いつもなんか鎧を被ってて、相手に心まで踏み込ませない。

何考えてるの?かっこつけちゃって・・私ね、自信があるの。

きっとね・・この世界でトップになってみせる。きっとよ。

そのためには・・なんだってやるわ・・

男なんて・・そうよ、男は・・邪魔なだけ・・」

 

「失恋でもしたのか?お前を振る男もいるんだな。

そりゃ、度胸のある奴だ」


「何か言った?」


「ハハ、いや。帰ろう。ほら、つかまれよ」


「だ~か~ら~、いい男ぶるなって言ってるでしょ!

離してよ!歩けるんだから!」

 


咲乃は千鳥足ながらも何とか自力で歩けるようだ。

2人は、橋を渡りきり、ホテルへと歩いてゆく。


咲乃は本当に珍しく酔っていて、大きく両手を広げ

“はあ~”と1つ大きな溜息をついた。

 


「・・ね、少し話してもいい?

そういえば仁とこんな風に話すの、初めてかもね。

いつもこーんな難しい顔してさ。私の事だって、あまりよく

思ってなかったでしょ?・・さっきの事だけどね・・

振られたんじゃないのよ。その反対。

今日ね、私の彼、舞台見に来たの。彼、昔同じ演劇学校に

いたんだけど、5年前に芝居辞めて実家の会社、継いだの。

ちょうど、こっちに出張だったのよ。

終演後に楽屋に来てね。こう言うの。


“咲乃。もういいだろ?劇団で主役も張った、ドラマにも出た。

今度は映画か?俺はこれ以上、お前と他の男とのラブシーンは

見たくない。誰が好き好んで自分の女のそんな姿を喜んで見る?

普通の男の神経なら当然だろ?咲乃、お前を愛してるんだ。

結婚しよう。幸せにするから・・いいよな”って。

 

・・・何が“いいよな”よ!いいわけないじゃない!

私が今までどれだけの想いしてやって来たと思ってるの?

やっと、やっとこれからなのよ。これから私は本当の女優

になるの!今、結婚なんて出来るわけ無い!そうよ・・

でもね・・でも・・・ねえ、聞いてる?仁!!」

 

「あぁ、聞いてるよ。今日はおしゃべりだな、お前」

 

「わざと酔ったからね。酔って全部忘れちゃおうと思って。

彼をね・・愛してた・・・私が行き詰った時、私が自信を

無くした時、彼はいつも励ましてくれた。

“大丈夫だ、俺の萩原咲乃はこんな事じゃ凹まない。

お前には才能があるんだ。自信持てよ”って。

6年付き合ってたのよ。結婚も考えてたし彼の子供も欲しかった。

・・でもそれはね、“女優としての私”があってのことなの。

芝居を辞めた私は、私じゃない・・そうよ。

・・家庭に入るなんて・・考えもしなかった」

 

「別れたのか」

 

「うん。別れた。きれいさっぱり。

彼、引き止めもしなかったわ。彼だって役者だったんだもん。

分かってくれてると思ってた・・

どんなに私が芝居が好きか、私が何を目指してるのか。

・・一緒に、夢も見てたのよ。

彼の傍なら、彼の腕の中なら、私は羽ばたけるって。

私を愛してるって言ってたのに・・

ふふ・・おかしいでしょ?簡単だったの。

29歳、またフリーよ・・ハハ・・」

 

「俺なんかに話してよかったのか?そんな話」

 

「案外、友達少ないのよ、私。

同期の子達はどんどん辞めちゃうし、下からは狙われるし。

気がついたら仁しかいなかった・・私の・・友達。

・・ね、飲みにいかない?奢るから。なんかさ~、自分がバカ

みたいでね。“芝居と俺。どっちが大事か”だなんて。

そんなこと卑怯でしょ?でもね、でも・・

その答えを簡単に出す自分に腹が立ったりするの。分かる?」

 

「今日のお前は素直だな。いつもそういう話し方すればいい。

あんな気取った話し方じゃなく。

な、お前を後輩が陰で何て呼んでるか、知ってるか?」

 

「あぁ“咲乃様”って奴?ふっ・・知ってるわ。

その“様”にどんな意味が入ってるのかもね。

いいのよ・・あれも私。このバカ女も、私・・・

ア、ハハ・・・仁。飲みに行こう、ね?パーッとさ。

どうせ私、明日の仕込みは、ばっくれるつもりだもん!

ねぇ、早く!」

 

「ハハ・・“ばっくれる”って?

咲乃の口からそんな言葉が出るんだな」

 

「いいから、行こう!・・仁!遅い!」

 

「分かったよ。俺も今夜はどうせ眠れない・・

付き合ってやるよ、咲乃様」

 

2人は、駅前への道を引き返した。

 

咲乃は、これ以上ないテンションで、飲み、歌い、

仁は、珍しくよく笑った。

 

思えば、入団してから2人ともこんなに笑ったことは

無かったかもしれない。

 


仁は、辛い過去を抱えていたし、

咲乃は大きな夢へのプレッシャーに笑顔を無くしていたから。

 

 

 

2人が友達の垣根を外したのは・・・

 


             それから、まもなくだった。



 

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