金色の鳥篭 - 終焉 -
二千年の時を越え 諸外国に脅威を与えた、その時代。 その中心にいたのは、 頬を撫でる風が、何故か心地良い。 太陽の眩しさに思わず目を細めた瞬間、 どこからか自分を呼ぶ声がする。 正直、やっと書けた。そんな感じです。(笑) しかし、いくら閉鎖とはいえ、プレゼント創作にタムの最期って… でも、これはやっぱり書いておかないとと思ってさ。 思えばこのシリーズも終焉を迎えましたね。ちょっと感無量…
その時
ひとつの時代が終わろうとしていた。
民に平和と愛を
神の血を受け継いだひとりの男だった。
人を愛し
妻を愛し
国を愛したその男はまた
彼を知る多くの人々から愛され、尊敬されていた。
だが突然
その時はやってくる。
抜けるような夏の青空が
彼を迎えに来たかの様に…
さっきまで聞こえていた猛る男たちの声が
今は何も聞こえない。
まるで時が止まったかの様な、全くの静寂。
ふわりと宙に投げ出され
体が地面に叩き付けられた。
青く澄んだ空が、ただ広がっていた。
鼻をつく青草の匂いに、そっと首を動かすと
紅く染まった葉先が、すぐ目の前にあった。
あの白く柔らかな首筋を紅く染めたのは、僅か三日前。
逃げる手足を優しく押さえ、昇っていく后の声に幸せで満たされる。
もっとその声が聞きたくて、細いからだを強引に引き寄せると
后は少し怒ったように、唇を尖らせた。
「痛いです、王様」
「あはは、怒ったな。鳥の様に口ばしが尖っているぞ」
「そんなに…尖ってなんかないわ」
「おや。王に向かって口ばしを尖らせるとは悪い鳥だな。
よし。捕まえてさっそく篭にいれておかなければ」
「えっ?」
「スジニ。明日は出立だ。今度の戦は長くなるかもしれぬ。
…憶えておきたいのだ。お前の全てを。
お前の声も、お前の笑顔も、お前の泣き顔も…見せてくれ、この私に。
この体に刻み付けてくれ。
そうすれば、戦場にも恐れず向かってゆける。この国の王として」
「おう、さま?」
「私は弱い人間だ、スジニ。常に恐れ迷い、自分の進むべき道さえ
容易に見つけることが出来ぬ。私にはお前が指針なのだ。
私を導いてくれスジニ。やがてお前が羽ばたく方向へ、私も共に向かおう。
だから、今だけその羽根で私を包んでくれ。
明日の朝、隊列の先頭に真っ直ぐに立てるように…」
「王様」
「柔らかいな…そしてお前の羽根は暖かい…」
「・・・うっ、ス、ジ…」
声を出すと、口中に鉄の味が広がった。
激痛に顔が歪む。
いつの間にか静寂が破られ、辺りは男たちの怒号と剣がぶつかり合う音
そして馬が駆ける振動で体は小刻みに揺れていた。
「王!!」
「タムドク様!!!」
あの声はチュムチ?
それともヒョヌだろうか。
彼らは戦っている。
早く起きあがって。隊を導かなければ
だが、起き上がろうと力を込めても
体の自由が利かず、もはや何の感覚も無かった。
目の前に、出立の時、后に着せてもらった鎧が、無残な形で
転がっているのがぼんやりと見える。
― 鎧の紐を結ぶのって、すごく難しいんだよ。
誰にでも簡単に出来るってもんじゃないんだ ―
そうだな。
確かに、お前が一番上手だったよ。
「スジニ…」
愛しい名を呼んだその時、遠くで鳥の鳴く声がした。
まるで、自分を呼んでいるかの様な懐かしい響き。
そして視界が…だんだんと遠くなる。
何故か、涙が流れた。
温かく流れるひとすじの涙。
…あぁ、そうか。時が来たのだな。
そして漸く逢えるのだ…キハに。
長かった。
いや、短かったのか。
驚くほど心が穏やかだ。
何の恐れも、何の迷いも無い。
「スジニ…空が高い…な」
少し微笑んだタムドクが、何かを掴もうと空に手を伸ばした。
やがて静かに下ろされた掌には、
小さな真紅の羽根がひとつ、しっかりと握られていた。
お友達のサークルに贈った創作。ここにも持ってきました~^^
金色の鳥篭-新緑の初陣-
先日から書いていたお友達のサークルのアニバーサリーに贈る
創作。やっと書き終わりました~!向こうに先にUPしてきたので、こ
ちらにも置いておきますね。結果、今夜が一番進んだかも^^
全体の3分の1は今夜書きましたからね(爆)
風は翠。
雲ひとつ無い晴天。王子の初陣に相応しい朝だ。
頬を少し赤く染め、凛と背筋を伸ばした王子は、緊張で噛み
締める唇を少し震わせて、真っ直ぐその目を未来へ向ける。
その様子に、傍らに従う親友が大きくその名前を呼ぶと、
王子は振り向き、少しはにかんだように柔らかく微笑んだ。
あの日から続いてきた道。
いきなり目の前から走り去った華奢な背中と小さな少年。
失いたくなくて眠れぬ夜を過ごし、あの朝、死をも覚悟して
隊の前に出た。
取り戻そうと挑む俺の目の前に、柔らかく微笑む大きな人が
立った。
敗北とか諦めとかじゃない。
この人になら。
この人となら。
惚れたのは…俺のほうだった。
命を懸けても少しも惜しくない運命的な出逢い。
選んだ道は真っ直ぐで揺るぎ無く、それはいつも俺を支えて
くれた。
だから今も胸を張り、俺はこの道を歩く。
出立の時が近づき、辺りが騒がしくなった。
やっと緊張が解れてきたのか、王子は見送る妹姫に笑顔で
手を振っている。
隊列全体に響き渡る声で、チュムチ将軍が大声で冗談を
飛ばした。大きな笑い声が起こり、兵士達の顔は皆、明るい。
長い髪をなびかせ森の奥から颯爽とお館様が馬を走らせて
来る。
隊列全体を見渡し、王子の笑顔に少し頬を緩めるとそのまま
静かに列に加わった。
そして…風が変わる。
圧倒的な空気が、その場を支配する。
歓声と踏み鳴らす靴音。
新緑から漏れる溢れる光が、眩く馬上の人を包んでいた。
王だ。
我らの王がやってきた。
片手で手綱を捌き、ゆっくりとした歩調で進むその姿は神々し
く、それはまるで一枚の絵のようだ。
我が軍に攻め入られ抗う事もせずに兄弟国になっていく国々
は、きっとこの王の姿を見た瞬間、畏れと共に魅せられてしま
うのだろう。
あの朝の俺の様に。
隊列の先頭に着いた王が澄んだ空を見上げた。
眩しい陽の光に少し目を細め、やがて小さく微笑みそして頷く。
まだ緊張している様子の王子を呼び、自分の横に着かせると
けして大きくはないが、よく通る低い声で皆に向かってこう語り
かけた。
「・・・見よ!美しい朝だ。
この光も、この風も、きっと我が王子アジクの初陣にとの、
天からの贈り物であろう。
皆の者。
よくぞ今日まで未熟な私と后を支え、共にアジクを育ててくれた。
今日からはこのアジクも、高句麗の一矢となって皆と共に歩む。
どうか、仲間に入れて欲しい!皆の力が必要だ」
「父上・・・」
「王様!」
「我らが王!!タムドク王!!
アジク様!王子様!!」
天下に轟く高句麗の王がひとりの父となった姿に誰もが驚き、
感動し、再び兵達から大歓声が起きた。
皆は口々に、王の名と王子の名前を叫ぶ。
その光景に心を打たれ、俺の目にも熱いものが込み上げて
来た時、耳のすぐ傍で、聞き覚えのある透明な囁き声が聞
こえた。
「…って言うわけだからヒョヌ。アジクだけじゃなく今日から
アタシもよろしくね。大丈夫よ、一兵士としてちゃんと隊長の
命令には従うから」
「えっ?」
驚いて振り向くとそこには、きちんと戦支度を整えた高句麗の
后、スジニが居た。
肩には愛用の弓が数本。
長い髪を束ねて微笑む姿は、二児の母になった今でもまるで
少女の様だ。
「しっ!なっ、なんて格好をしてるんですお后様。
まさか戦に出る…なんてつもりじゃないでしょうね?」
「そうよ、当たり前じゃない。こんな格好で他にどこに行くって
いうの」
「冗談言ってる場合ですか。いいですか?今すぐに宮にお戻り
ください」
「イヤよ。ずっとこの日を待ってたんだもの。アジクの初陣の時
には絶対に一緒に行くってアタシ決めてたんだ」
きっとわくわくと胸躍らせているのだろう。
少し上目遣いに大きな瞳を輝かせ、后は満面の笑みを見せた。
この人は俺がその表情に弱い事も、その大抵の頼みを断れ
ない事も、計算済みなのか。
明らかに行く気満々で、大きく張った胸を拳でトントンと叩いて
みせている。そんな后に気付いた弓隊の隊員達が騒ぎ出した
時、隊列の先頭ではチュムチ将軍が、アジク王子への祝福の
歌を大声で歌い出したようだった。
少し照れて頭を掻く王子と、その歌に合わせて陽気に踊り出
す兵士達。
踊りの輪の中心は、王子の側近である息子スファンだ。
急に始まった祭りのような騒ぎに、隠れていたはずの后は
気を許したのか大きな声で笑い出した。
「アハハ!ヒョヌ。何?その顔!そんな眉間に皺ばっかり寄せ
てるから、何時まで経っても後添えが来ないのよ。
それにもっとさ、こう心を広くしてないと早く老けるよ」
「この顔は生まれつきです。それに誰のせいでこんな顔してる
と思ってるんですか。当然王様は御存知ないんでしょう?
ダメです、無理ですよ。何かあったらどうするんです」
「弓の腕は落ちてないわ。宮でいつも稽古してたから。
アジクもすっごく筋が良いけど、アタシにはまだまだ勝てない
しね」
「后。いや、スジニさん。さ、戻って下さい。
さっき隊長の命に従うと言いましたよね。なら従ってもらいます」
「もう~、お願いよヒョヌ、連れてって!昔はあんなに優しかっ
たのに。アタシの為なら何でもするって言ってくれてたじゃない」
「いつの話ですか?昔は昔、今は今です。知ってるでしょう?
俺は生涯タムドク王の忠実な家臣。王が全てなんです。
大丈夫、心配しなくてもアジク様は我々が護ります。それにい
ざという時には、すぐ傍にスファンがおります。親の俺が言うの
もなんですが、あいつは強い。弓でも槍でも今、あいつに勝て
る者はそうは居ないでしょう。
それに、あいつはアジク様が大好きなんですよ。だから・・・」
「親父!!それ以上は恥ずかしいから止めてくれ。それに
そんな大声で怒鳴りあってれば、全部皆に聞こえてるけどね」
「え?あ・・・」
驚いて辺りを見回すと、すぐ傍でスファンが仁王立ちしていた。
いつの間にか隊全体も俺達を見ている。
「うわっ!!」と慌てて后を隠そうとする俺を、大きな笑い声が
包む。
溜息を吐くそんな俺の耳に、からかう様なチュムチ将軍の
大きな声が飛んで来た。
「おうよ、ヒョヌ。国内外に忠義と名高い高句麗の弓隊長!
お前、そのじゃじゃ馬に未だに惚れてるからって、そいつの我
がままを簡単に聞いちゃいけねぇぜ。初陣だろうが何だろうが
息子の戦にオモニがついていくなんざ、聞いた事がねえ。
構うこたぁねえから、さっさと宮に戻すんだな。戦は遊びじゃね
えんだから」
「ちょっとチュムチ!遊びとは何?アタシが戦を知らないとでも
思ってるわけ?昔、前に向かって走ることしか知らないあんた
を、何度アタシが助けてやったか、憶えてないとは言わせないよ」
「バ~カ!まがりなりにも后だろうよ、お前は。后ってのは城を
護るもんだぜ。だいたいお前がそんなだから、アジクがいつま
で経っても甘ちゃんなんだよ」
「ちょっ…あんたね!」
「そこまでだ。こら、頭から湯気が出てるぞ。スジニ」
「え?湯気だろうが何だろうが!!アッ・・・王様」
そこには腕を組み、少し小首を傾げた笑顔の王が立っていた。
悪戯が見つかった后が、ばつが悪そうに少し後ずさると、王は
すっと手を伸ばしあっという間にその体を抱き取った。
そして后の額に自らの額を押し当てると、愛おしそうに呟いた。
「ん。湯気はもう冷めたかな?」
「あの、王様、あのね」
「チュムチはああ言ってたが、アジクが心配というだけで行くの
ではないのだろう?お前はずっと飛ぶ機会を待っていた。
新しい弓を作り、密かに鍛錬も積んでいた。
そんなお前を、私が知らなかったと思っていたのか?」
「ご…ごめんなさい」
優しい口調とは裏腹に、王の表情は厳しかった。
后はそれまでの笑みが消え、唇を噛んで下を向いている。
「ヒョヌ将軍。すまない、后と話がしたいのだ。
出立の時刻ではあるが、しばし時をくれぬか。少しでいい、悪
いな」
「あ、いえ。承知しました」
俺の返事が終わらぬうちに、王は后を連れ隊から離れた場所
に馬を着ける。その様子を俺が目で追っていると、やがてチュ
ムチ将軍がやってきた。
「ああいう嫁を持つと男は苦労だな。亭主の言う事も聞かずに
自分勝手に飛び跳ねようとする。その点、うちのタルビは良い
女だぞ!献身的だし、いつでも俺を一番に立ててくれるから
な。女ってもんは亭主に仕えるのが本分だ。甘やかしたらつけ
あがるだけさ」
「…そういうもんですかね」
「おうよ、そういうもんだ。お前もあんな女をいつまでも想って
ねえで、さっさと若い嫁でも貰え。ぐずぐずしてるとスファンの
方が先になっちまうぞ」
「それはそれでいいじゃないですか。俺は全然構いませんよ」
「忠義の上に片恋も貫くってか。まったくお前は損な性分だな」
「損?一介の魚屋が高句麗の将軍にまでなれたんです。これ
以上、俺は何も望みません」
ふと視線をお館様に移すと、その目は静かに王達を追っていた。
遠くの后の姿に小さく笑みを湛えながら、その表情はとても柔
らかい。
忠義の上に片恋も貫く。
それは、お館様にこそ当てはまる言葉だ。
何も望まないと言いながら、俺はまだ心のどこかで彼女を待っ
ている…
王たちの馬がこちらにやって来る。
俺の横で后を降ろすと、王はそのまま隊列の先頭に向かった。
ほんのり上気した肌と、桃色の唇に微笑みを湛えた后は、自分の
馬に乗ると、宮には帰らずゆっくりと隊列の先頭に移動していく。
「どうなってんだ。王様と話をしてきたんだろう?
宮に戻るんじゃないのかよ。おいお前、行くのか?」
背筋を伸ばし手綱を引く后は、にこりと微笑むと静かに答え
た。その声はさっきの男勝りのスジニではなく、高句麗の后と
しての声だった。
「今回の戦から、私も戦闘に加わります。高句麗の后として外
交的にも努めたいと思いますので、皆さんよろしくお願いしま
すね」
「おいおい。どうなってんだ?」
キリっと前を向いて先頭のアジク王子の傍まで進んだ后は、
王子の肩を軽く叩くと、少し後方に退いた。
慌てて戻ってきたチュムチ将軍に王が代わって返事をする。
「ということだ、チュムチ。だけど勘違いするな。私は別にスジ
ニを甘やかしているわけではない。王としてスジニの戦闘力と
后としての能力が欲しいだけだ」
「聞こえてたのか、意地が悪いぜ。しかし、それが本当の理由
かい?案外王様が“一人寝が寂しい”なんてあいつに言ったん
じゃないのかね」
「確かに戦場は殺風景だからな。お前達の様な男達だけで
は、私が安らげん」
「出た、本音だ!まったくこれが諸国を黙らせる広開土王だっ
てんだから。俺達家臣がちゃんとしねえと、いつまた大国に狙
われるかしれねえぞ!」
「あははは、そうかもしれぬな。では皆の者、そうならぬ様、心
して任に当たってくれ。待たせたな。では、出立だ!!」
新緑の光眩しい、初陣の朝。
弾ける様な王の言葉に、兵達の顔にまた笑顔が広がった。
士気上がる旅立ちの時。
后が戦闘に加わったこの日から、高句麗の快進撃は止まる事
を知らず、さらに領土を拡大していく事となる。
隊から離れて二人。
あの時、王は本当は后に何と言ったのだろう。
忠義と片恋の損な性分の俺は、
未だにその答えを考えては、一人笑う時があるのだ。
金色の鳥篭 -蒼穹の光-
お友達のサークルが2周年のアニバーサリーを迎えたって事で、
何かお祝いを・・と書いた短編です。
久しぶりの金色の鳥篭。思い入ればかりが先行して時間かかっちゃい
ました^^
待って!!
どこにいるの?
待って・・・待って。
・・・オンニ!!
姫が泣きながらカンミ城主に抱き抱えられるように
して城へ帰って来たのは、空がとても澄んだ初夏の
昼下がり。
普段静かな城主の大声にびっくりして、ついアタシも
大きな声で姫の名を叫んで、おろおろしている供を叱っ
てしまったんだけど、聞けば姫が供の目を盗んで森の
大木によじ登り、自分から足を滑らせたんだそうで。
幸い怪我は軽くて、足に擦り傷が何か所か出来た程度。
アタシは訳も聞かずに叱った供に謝って、大きく溜息を
ついてしまった。
もっとも、助けを呼ぶ声を城主が聞きつけてくれなかっ
たら、木から落ちてもっと大きな怪我をしてただろう
し、もしかしたら命だって危なかったかも知れない。
王様の留守の間、大事に至らなくて本当によかった
って、アタシは胸を撫で下ろしたんだ。
泣き疲れたのか、安心して気が緩んだのか。
無邪気な顔をして姫は寝てしまった。
アタシは思わず柔らかな姫の頬を指でなぞった。
「オモニ!オモニ!」
「アジク?」
「姫は?怪我したってたった今、聞いて」
扉を開けるのももどかしそうに、アジクが部屋に飛び
込んできた。どこから走ってきたんだろう。
大きく肩で息をしている。
「しーっ!寝てるわ。さっきまで兄さまを呼んでたん
だけど。きっと泣き疲れたのね。今は静かだけど帰って
きた時はもう大騒ぎだったのよ」
「怪我はどこ?城の屋根から落ちたって聞いたけど!」
「誰がそんなバカな事言ったの?嘘よ。からかわれた
のね。青将軍の庵のそばの木。それも落ちる前に助けて
もらったの。だから下りる時に少し足を擦りむいただけ。
そういえばあの木、あなたもスファンとよく遊んでたよね」
「あ!あぁ・・そうか、よかった。
何だか変だと思ったんだ。チョロ兄さんは笑ってるのに、
チュムチは僕に身振り手振りで、さも大怪我したみたいに
屋根から落ちた様子を教えてくれて。
・・クソっ!嘘ついたな」
「え?チュムチが帰ってるの?」
「うん今、外で。さっき着いたって言ってたよ」
「そう」
妹思いのアジクは、さっそく姫の寝顔を覗いている。
姫はそんな気配を察したのか、ほんの少し鼻をむずむず
させると、クシャン!と1つ、小さなくしゃみをした。
「アハハ、大丈夫みたいだね。よかった」
「うん・・ね、アジクごめん。ちょっと見ててくれる?
目を覚ましたら、お願いね」
「はい」
王様と行動を共にしているチュムチが帰って来た。
それも、予定より一月以上も早く。
何かあったんだろうか。王様は?
もしかして、王様の身に何か・・
嫌な予感がアタシの体中を駆け巡る。
アタシは一刻も早くチュムチに会おうと、
城内を走り始めた。
「チュムチ!!」
中庭で談笑している城主とチュムチを見つけた時、
アタシは思わず走り出し、外に飛び出した。
びっくりした2人の将軍は、前のめりになり今にも
転びそうなアタシを大慌てで支えた。
「おっと、危ねぇじゃねぇか!おいおい、お后様。
いくら天下にその名が轟くチュムチ様が帰って来た
からってそんな大袈裟な歓迎振りは感心しねえな」
「チュムチ!ね、どうしたの?どうしてこんなに早く
帰ってきたの?何かあったの?王様は?
軍はどうしたの?話し合いは上手くいったんでしょう?
それとも援軍を頼まないといけないような事に?
まさか王様の身に何かあったんじゃ・・」
「待てや、こら!暴れるな。落ち着けって!まったく
何年経っても変わんねえな。おめえは一国の母だろうが、
スジニ!」
「チュムチ!ちょっと、どうなの?
早く答えなさいよ!」
「姫も5つ。アジクだって14、そろそろ初陣だ。
最近ちったぁ后らしい姿になってきたと思ったのによ。
もういい加減その早とちり、どうにかしろって。
しかも俺には相変わらずこの態度。
な、このチュムチ様はもうただの傭兵じゃねえんだぞ!
高句麗の白将軍っていやあ、敵が恐れおののいて・・」
「んもう!じれったいなぁ。アタシの質問に答えてよ。
王様は大丈夫なの?どうなの?ちょっとチュムチ!!」
「なぁ青将軍、おめえも黙ってねえで何とか言って
くれよ、このバカに。俺がいかに・・」
「今回も、ヒョヌ将軍の出番は無かったそうだ」
「え?」
静かな城主の言葉に、アタシは思わす振り向いた。
腕を組み少し微笑んだ城主は、小さく頷いている。
「1本の矢も放たずに、友好的に兄弟国にされたそうだ。
民衆もタムドク王を歓迎している。私も今、報告を受けた」
「それじゃ」
「呆れた后だな。せっかく俺様が知らせてやろうと勇んで
帰って来たってのに。もしかしたら木から落ちたのは姫じゃ
なくて、お后さん。あんたの方じゃねえのか?」
「え?あ、えっと・・ごめん、チュムチ」
まったく、アタシってまるで成長していない。
いつまで経ってもこんな后じゃ、オンニだって安心できない
よね。
アタシに王様とアジクを託して天に昇ったオンニ。
きっとこの空のずっと高い所で、こんなアタシを見て笑って
いるに違いない。
本当にアタシなんかで良かったのかな、この国の后は。
王様はアタシがそんな事を言うと「馬鹿だな」といつも
笑うけれど、最近アタシはちょっと自信を失ってる。
アジクと姫の母。
王様の・・妻。
それだけじゃいけないんだよね、后ってさ。
逢いたいな。
何だか無性にオンニに逢いたい。
どこにいるの?オンニ。
オンニからアタシは見えるの?
そこは・・寂しくないの?
「・・ら、がね」
「ん?何?」
「お空が近かったの。こうやって、手をのばしたら
さわれそうだったのよ。お兄さま知ってた?」
部屋に戻ると、姫がアジクにお話をしていた。
大好きな兄に自慢したくて、大きな目を輝かせている。
姫のその幼い笑顔は、オンニによく似ていた。
「あの木は大きいよね。僕も前によく登ったよ」
「ねぇお兄さま。こうやって大きく手を広げてみて!
ね?まるで大きな鳥になってお空をとんでるみたいでしょ?
今日はお天気がよかったから、とってもいい気持ちだった
の。それにさっき、真っ赤な鳥も飛んでたのよ」
「真っ赤な鳥?」
「うん。前にお兄さまや、スファンオッパが話してくれた
でしょう?ずーっと見たかった鳥が飛んできたの。
もっと近くで見たくて背伸びしたら、落ちちゃって・・
ね、お兄さま。まだあの赤い鳥、いるかもしれない。
見せてあげる。いっしょに行こう!」
「こら、今日はダメだよ。大人しくしてなきゃ」
「だいじょうぶ。ね!ハヌルがおしえてあげるわ。
きっとお兄さまが見たのよりきれいな鳥よ。
あ、オンマ。ね、オンマも見たいでしょう?
すご~くきれいな」
「・・ハヌル。どこで見たの?その鳥」
「チョロおじちゃまのおうちのそばよ。
じゃ、お兄さま。こんどスファンオッパと一緒ならいい?
スファンオッパは、お兄さまよりずっと背が高いから、
抱っこしてくれるとすごーく高いのよ」
「僕だって、あいつとそんなに変わらないよ」
赤い鳥・・・
オンニ。
城主の庵の傍。
仲の良い兄妹の笑い声を背に、
アタシは迷わず城を後にした。
蒼い空。
緑の森。
水の調べ。
眩しい光。
森に向かって馬を走らせたアタシは、ハヌルが見たという
赤い鳥が居ないかと馬上から目を凝らした。
庵の傍の新緑の森。
木々の間から蒼穹の光が、
アタシの足元に差し込んでくる。
「オンニ」
アタシの姿が見える?声が聞こえる?
お願い。姿を見せて。
・・スジニ
声が、聞こえた気がした。
・・スジニ
「オンニ!どこ?」
頭上に大きな影を感じ、空を見上げた瞬間。
アタシは気を失った。
「オンニ!!」
「スジニ。おい、スジニ!!」
「・・・・あ・・あぁ」
見慣れた天井。ここはいつもの部屋。
アタシは目を覚ました。
どうやら侍医が脈を測り、侍女が唇を水で湿らせて
くれているらしい。
そして、王様が傍にいた。
大きな掌が、アタシの頬に当てられる。
そのあまりの気持ち良さに、アタシはまた
静かに目を閉じた。
「スジニ」
王様の声。
耳慣れたその優しい響きに、アタシは深く息を吐く。
お帰りになられたのですね。
お話し合いは上手くいったんでしょう?
また弓1つ引かずに兄弟国を作られたと、先に戻った
チュムチから聞いていました。
「私が分かるか、スジニ。
私の声が聞こえるか?」
・・はい、王様。
まだ思うように出ない声の代わりに、
アタシは小さく頷いた。
王様が人払いしたのだろう。
部屋にはもう誰の気配もない。
「もう大丈夫だ。意識さえ戻ればと侍医が言っていた。
まったくこのお転婆め。姫も姫だが、そなたは后だぞ。
こんなに王を心配させる后がどこにいる。
スジニ、分かるか?お前は落馬して頭を打ち、
3日もの間、眠り続けていたのだ」
・・3日?
あれからもう、3日も?
「静かな寝顔だった。あまりにも穏やかで、本当に
息をしているのか、何度も私はお前の呼吸を確かめた。
こんな事で死ぬお前ではないと分かってはいたがな。
・・夢を見ていたのか?スジニ。昨夜は少しうなされて
いた。どうだ、辛いか?まだどこか痛むか?」
いえ、王様。
アタシは大丈夫。
そんな顔でアタシを見ないで。
王様を心配させるつもりなんてなかった。
本当よ、ごめんなさい。
「喉が渇いただろう?唇がまだ白いな。
そうだ、何か食べられるのなら・・」
立ち上がり、侍女を呼ぼうとする王様の着物の裾を
アタシはそっと掴んだ。
「大丈夫、もう平気。
だからここに居て・・王様」
喉がかすれて小さな声しか出なかった。
でも、その言葉に王様は黙って頷き、
今度はアタシの床に並んで横になった。
「・・誰かに見られるわ」
「ここは私の宮だぞ。寵妃の床に王が居て何が悪い」
「それはそうだけど」
「いいから。久しぶりだ、こんな近くでお前の声を
聞くのは・・おいで」
王様の大きな胸。
逞しいその腕に抱かれて、アタシはもう一度息を吐いた。
「草原の匂いがする」
「草原?」
「王様の匂い。王様の・・あなたの匂い」
夢を見ていたの。
夢?
そう。アタシは撃毬の試合に出ていた、王様と一緒に。
黒軍が優勢で王様が次々に点数を入れて。アタシも
相手の毬を奪って一目散に馬を走らせてた。
「そこよ、スジニ!!」
観客席からアタシを応援する大きな声がしたの。
その声に圧される様に、アタシの毬が敵陣に突き刺さった。
王様はすごく喜んで、アタシの頭を撫でてくれた・・
あの時と一緒だな。
「やった~!すごいわ、スジニ!」
大観衆の歓声の中で、アタシにはその声だけが聞こえるの。
嬉しさに振り向くと、真っ白い神官の服を着たオンニが
飛び上がりながら手を叩いていたんだ・・満面の笑顔で。
キハ・・
あの時ね。
赤い鳥を追いかけて森に入った時、ハヌルやアジクには
見えるっていう鳥が、アタシには見えなかった。
そこに大きな影が見えるのに、姿が見えないの。
だから焦って馬から落ちたんだと思う。
アタシが落馬するなんて、おかしいと思ったでしょう?
もう、アタシには見えないのかな。
もう、オンニには逢えないのかな。
逢いたいのに・・逢いたいのにさ・・
王様がアタシを抱きしめる。
強く。とても強く。
その力強さと、背中に感じる手の暖かさに涙が溢れた。
そして、アタシの心は次第に落ち着いてきたんだ。
きっともう逢えないんだね、アタシ。
そしてそれは、アタシの事はもう心配してないっていう事。
アタシは、アタシらしく王様の傍にいればいい。
そうなんでしょう?オンニ。
これからは子供達を見守ってくれるんだね、きっと。
あの森の奥で、アジクとハヌルを。
忘れないよ。
アタシ、あの光を忘れない。
抜けるような初夏の空。
蒼穹の・・・・あの光を。
金色の鳥篭 番外編 その2
お待たせしました♪
陣痛を1週間耐えていたスジニ(笑)やっと産めます^^
病院で書いていた番外編の続きは、こんなになりました~!
字で書くのに慣れなくて、打ちながら書き直した部分も多数。
さて。スジニの子は男の子?女の子?
王様も、心配しておられます・・(笑)
「陛下」
「・・・産まれたか」
「いえ。パソンの話では昼までかかるのでは・・と」
「そうか。良い、入ってまいれ」
「いえ。私はここで」
「フッ・・・なぁ、チョロ」
「はい」
「男とは無力なものだな。私はな、自分はそんな男ではないと
思っていたのだ。タルビの出産の時の取り乱したチュムチを見て
笑ってさえいた。確かにあの時のタルビは難産であった。
苦しむ妻を心配するチュムチの気持ちも分からぬ訳ではなかった
が、あの大男のオロオロとした姿に叱り飛ばしたものだ。
“高句麗一の強力が、何を弱気な!”とな」
「はい。私もそう思いました」
「そんな私が、いざ我が后の事となるとチュムチ以下であった。
あれの苦しむ声さえ聞く事も出来ず、こうしてここに逃げて来ている。
愚かな夫だ。父上が今、ここで笑っておられる」
「陛下」
「チョロ。あれは幸せなのだろうか」
「お后様が、ですか?」
「ああ・・私は時々思うのだ。
私の我がままであれを自由に飛ばせてやれなかったのではないかと。
私が傍にと望んだばかりにあれの自由を奪ってしまった。
あれは・・スジニは自由に空を飛ぶ鷹であったのに」
「お后様は、今でも充分に飛んでおられると思いますが」
「はは・・そうだな。
だが、后という立場では自由にならぬ事も多い。
私と一緒になった事で、国の母という責任も付いて来る。
・・もし、あの時、私があれを捜さなければ。
あの時、私があれを見つけなければ、今頃はヒョヌと平凡に・・」
「陛下。それは后に対して失礼な言葉です。
あの方には初めから陛下だけでした。2千年前からそれは変わらない。
陛下御自身もそれは分かっておられるはず」
「お前は・・スジニの事となるとよく話すのだな」
「それも、2千年前から決まっていた事です」
「そうか・・そうだな。すまなかった。気弱になったようだ。
あれが苦しんでいると思うと辛いのだ。
いつも笑っているスジニが・・」
「陛下がここで祈っておられる事。お后様は御存知です。
先ほど産室から私を呼ばれ、陛下の事を笑わせてと仰った。
時に家臣の言う事も聞かず敵陣に向かう陛下と、
男勝りの跳ね返り、元気の塊の様なあの后のお子様です。
大丈夫。きっとコロッと御生まれになりましょう」
「チョロ。そなた、それは褒めておるのか?」
「はい。私は忠義な家臣ですから」
「アハハ・・そうだな。そうであった。アハハハ・・」
城主がアタシの願い通り、王様を笑わせていたちょうどその頃。
アタシは陣痛が強くなり、いよいよって時になった。
タルビオンニが大きな声で、アタシの名前を呼んで・・
隣りの部屋では、その声を合図にさっきまで落ち着いていたはずの
パソンオンニが、お湯を沸かそうとして汲んだ水を盛大に廊下に
こぼし、チュムチとタルグは「王様を迎えに行く!」と言って宮に
向かって猛然と走って行った。
いつも冷静なコ将軍まで、うろうろと歩き出したそのドタバタ具合
は、後から皆から聞いてアタシも王様も大笑いしたけど、その時の
アタシには、そんな大騒ぎも何が何だか分からなくなってたんだ。
アタシが子供を産む。
それって何だかすごく不思議な感じがした。
アタシにもオンマがいて、そのオンマがアタシをこうして産んでくれた。
思い出す事も出来ないオンマだけど、こんな痛みと一緒にアタシを産ん
でくれたんだね。
気が遠くなるくらいの痛みだけど、オンマ、タルビオンニ、そして。
・・キハオンニ。
皆、同じ思いをしたんだ、って思うとそれがとても嬉しかったよ。
でもね。
そんな事を思ってたはずのアタシも「ギャー!」だの「痛てー!」
だの「もうヤダー!」だの、その時には凄い言葉を連発してたらしい。
いくら后だって言っても、あの修羅場で大人しくなんか出来ないって!
「そう、スジニさん上手よ。もう少し・・頭が見えてきたわ」
体が張り裂けそうな痛みに、アタシが「アーッ!」って叫んだ時、
仰け反りそうなアタシの体が、何か大きなものに包まれた気がしたんだ。
大きくてふんわりした・・まるで優しい羽。
「えっ?」って顔を上げた瞬間、それは消えてしまったけど、その時
だったんだよ。赤ん坊がするっと出てきてくれたんだ。
まるで自分から「よいしょ!」って言いながら、扉を開けて出てくる
みたいにね。
大きな産声が部屋中に響いて・・・
隣りの部屋からバンザイが聞こえてきたよ。
飴売りのおじさんが太鼓鳴らしてラッパを吹いて・・
ヒョヌと一緒に歌いだした声も聞こえてきた。
「スジニさん!・・いいえ。お后様。
姫様です。とても元気で、綺麗なお姫様ですよ」
・・・姫?
女の子?
真っ赤な顔をしたその子は、ふわっと笑った。
生まれたばかりで、まだ目も見えないのに、アタシに向かって
「こんにちは、オンマ・・」
まるでそう言っているように笑ってたんだ。
アタシの目から、自然に暖かい涙が流れた時・・
今度は本当にアタシの体は大きな胸に抱き取られた。
王様が、アタシを強く抱いていた。
その手が少し震えていた様に感じたのは、気のせいじゃない。
「頑張ったよ、アタシ」
「ああ。立派な母君だ」
「見て・・王様に似てるの。色も白いよ」
「お前に似たんだ。美人だな」
「ね、アジクにも似てるでしょ?眉のあたりがほら、ね?」
「あぁ・・これは」
「うん。似てるの、オンニに・・」
「・・・・」
「よかった。うれしい」
「スジニ」
「うれしい・・・嬉しいよ。嬉しいんだ、アタシ」
「ああ・・」
やわらかい風が、窓から吹いてくる。
明るい光が、部屋の中に満ち溢れた。
んぁ・・
小さな姫が、ひとつあくびをした。
それを見たアタシ達は、
顔を見合わせ、ふんわりと微笑んだ。
コラージュ、 明音
金色の鳥篭 番外編 その1
誰を留守番^^に置いていこうか少し悩んだんですが。
(ドンヒョクにしようか、レウォンにするか、笑)
ここが何だか大変そうなので、大切な篭の鍵を開けていきますね。
幸せな風景。少し覗いてみました・・書きなぐりですが^^
「ちょっと!アンタ達。
いい年した男が雁首揃えて、何やってんだい?
ここにいたって男は用無しなんだ。邪魔だからあっちに
行っとくれ!!」
「おい、パソン。まだなのか?ずいぶん時間が掛かるじゃ
ないか!。もう夜明けになるっていうのに」
「馬鹿お言いじゃないよ。いくらスジニが男勝りでも、
初産なんだ。そう簡単に生まれてくるもんかね。
そうだねぇ・・昼近くには生まれるんじゃないかい?
先生もここはいいから、あっちで休んでなよ」
「あ・・はっ・・昼・・・おい、いくらなんでも・・」
「もう!いい加減にしとくれ!ね、そこにいるアンタ達もだよ。
天下に轟く高句麗軍の武将が聞いて呆れるね。タルグや城主は
ともかく、チュムチとヒョヌは子持ちじゃないか。
嫁さんで経験してるだろう?
アタシは忙しいんだよ。手間取らせないでおくれ」
「パソン姉さん。俺達はだな。王様の代わりに・・」
「ああ。王様が心配なさってるのは分かってるさ。
まだずっとあそこにおいでなんだろう?
城主、ついていなくていいのかね。さっきスジニを運んできた
時の顔って言ったら・・アタシしゃ王様の方が貧血で倒れちま
うかと思ったよ」
「・・本当に大丈夫なのか?」
「スジニかい?大丈夫さ。少し産み月には早いけどね。
子供自身が早く生まれたがってるんだろうよ。アタシ達はその
手助けをほんの少しするだけさ。あの王様とスジニの子だよ?
きっと元気に生まれてくる。王様にそう言っておくれ。
大丈夫だからって、ね?」
お師匠様以下、高句麗軍の武将達が、隣りの部屋でパソンオンニに
そんなお説教をされていただなんて。
その時のアタシは全然知らなかったんだ。
時々襲ってくる怖ろしいくらいの痛みと、
嘘みたいにやってくる凪の時間。
お腹の中の赤ちゃんが、ずっとアタシに語りかけてくれるみたいで、
アタシは、次の痛みが待ち遠しくなるくらいだった。
アタシの手をタルビオンニがずっと握っていてくれた。
時々苦しくてその手を思いっきり強く握っちゃったりしたんだけど、
オンニの手は、そんな時もずっと優しかったんだよ。
嵐が去ると、おにぎりを食べろってオンニが言って。
アタシは、言われるまま大きなおにぎりを三つも食べたんだ。
「大丈夫、強い子が生まれるわ、きっと」
タルビオンニの優しい声が、ずっとアタシを励ましてくれたの。
王様はどうしただろう・・
アタシをここに運び込んだ時、確かに大きな胸が目の前にあったのに。
産み月には、あとふた月もあったんだ。
昨夜・・ううん、ほんの少し前。
アタシは、弓の点検をしていて、王様は難しい書物をすぐ傍で読んでいた。
ほんの少し弓を引き絞った時、急にお腹に激痛が走ったんだよ。
暖かい水が足元に流れて・・
破水したんだって。妊婦が弓なんて!って、オンニに叱られたよ。
大きな木のあるチュムチの家。
宮にも侍医大勢がいるのに、王様は何故かアタシをここに連れてきた。
そしてオンニにひと言
「助けてくれ・・」
そう言って、行ってしまった。
アタシが苦しむ姿を見たくないんだと思う。
王様って案外弱虫なんだよ。
周辺諸国を恐れさせる高句麗軍の王。
天にその力を返した後も、領土をどんどん拡げて行ってる。
“広開土王”って言われてるんだって。
戦場では連戦連勝。馬上の王様は千里を駆け抜ける・・
でもアタシの傍にいる王様は、とても心配症。
あまり大事にされすぎて、つい反発したくなっちゃうくらいにね。
きっと王様はあそこにいるんだろうな。
前にアタシを后にするって誓ってくれたあの場所に。
そして祈ってくれてるんだ。
アタシの無事を・・・
そして、この子の無事を。
待ってて王様。
そこで待っててね。
きっとキハオンニが来てくれるよ。
そして、色んな話をしてくれる。
もうすぐ・・もうすぐだから・・・そこで待っていて。
思いつくままに書いた「金色・・」の番外編。
結末は、この1週間で考えてきます。
待ってて^^下さいね♪
追記(笑)
息子リンにエールを送って下さった皆さん!
ありがとう~!
無事に、剣道2段。合格いたしました~。
嬉しいですね~。久しぶりにガッツポーズしちゃいました^^
9年間。運動が苦手なのに頑張って稽古に通ったリン。
我が息子ながら褒めてあげました。
ああいうのって見てる親の方が緊張しますね(笑)
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