2009/12/23 01:54
テーマ:創作  叫ぶ靴音  カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

クリスマスの町へ  -叫ぶ靴音のオマケ-

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入院中に書いていたお話です。でもシャバで^^読み返したら色々直したくなって・・

クリスマスバージョンにも変更したからこんな時間になっちゃった。

早く寝なくちゃ(笑)

しかし、自分を瞳にするとは・・作者の特権だわね^^





その病棟のナースステーションに飛び込んで来た男は、

どこから走ってきたのか、大きく息を切らせていた。


面会時間のタイムリミット。

そのギリギリの時間にやって来た男の緊迫した様子に、

年若い看護師は、意識して笑顔を作り、応対に当たった。

 

「御家族の方ですか?面会カードはお持ちですか?」


「あ、すみません。ここに妻が入院しているって聞いて・・

影山 瞳です。病室は・・」


「あぁ、救急で入られた影山さんですね?御主人ですか?

413号室になります。分かりますか?このナースステーションを

右に曲がって突き当たりを・・・あらら、行っちゃった」

 

看護師の言葉を最後まで聞かずに、男は廊下を走って行った。

その後ろ姿を、カウンターから身を乗り出すように数名の

看護師が見送った。

 

「やっぱかっこいいわ。TVで見るより数段いい」


「ですよね!私、奥さんの顔見た時に気付いたんですよ。

じゃぁもうすぐ旦那さんも来るなって。弟さんもイケメンですけど」


「私の友達がデビュー当時からのファンなのよ。

前に舞台一緒に見に行ったんだけど、凄いのよねあの劇団。

群舞もいいけど、やっぱ影山 仁だわ。

あの人のタップ、感動ものよ」


「え?師長。あの御主人、有名人なんですか?」


「あんた知らないの?国際的なタップダンサーで俳優。

何年か前に渋谷であったでしょ?劇場の楽屋での刺傷事件。

413はその被害者」


「渋谷で?・・・分かった!思い出した。萩原 咲乃だ!」


「馬鹿ね。大きい声出さないの!患者さんの事、あれこれ詮索しちゃ

ダメでしょう?看護師の鉄則よ。まったくあんたって娘は・・

はい。さっさと仕事に戻る!」


「は~い・・・って言うか、最初に興奮してたの師長じゃない」

 


病室の前の「影山 瞳」という文字を、仁はしばらく見つめていた。


あの日。

意識なく生死の境を彷徨っていた瞳の姿が目に浮かぶ。


冷たい手。

呼び掛けても答えない眠ったままの瞳。

そして再び目を開けた時、瞳は声を失っていたのだ。

仁に向かってにっこり笑いながら。

 


ゆっくりと引き戸を開けると、奥のベッドに瞳は横たわっていた。

片手が点滴に繋がれているのか、ドアが開く音に軽く首だけを入り口

に向け、仁ににっこりと微笑んだ。

・・・まるであの日の様に。

 

「あ、仁。よかった。結構早かったね」


瞳の横からひょっこり顔を出したバーニーが先に仁に声を掛けた。

仁は表情を崩さぬまま、バーニーに軽く手を振った。

 

「あ、その顔・・仁さん、もしかして怒ってるの?

えへっ・・びっくりしたでしょう?」


「当たり前だ。心臓が止まるかと思ったぞ、いきなり入院なんて。

瞳。耳、そんなに悪かったのか?」

 

ベッドの横の椅子に座っていたバーニーがそっと立ち上がり、

仁に座るように促した。

そして携帯を取り出すと、「操に電話してくる」と言い、

ポンと仁の肩を叩いて病室を出て行った。

 

入れ替わりに座った仁は、瞳の頬に手を当てゆっくり指を滑らせる。

瞳は、仁の目を覗きこむように悪戯っぽく笑った。

 

「舞台が跳ねて楽屋にメッセージ。“弟さんに連絡して下さい”だ。

急いで電話してみりゃ、こいつは冷静にお前が入院したからここに

来いって言う。俺がどれだけ心配したと思ってる。

おい、何があったんだ?朝は大丈夫だっただろう?」


「うん。夕方から稽古場で来年の春公演の打ち合わせだったでしょう?

待望のバーニーの新作だもの。オリジナルは久しぶりだし、代表も

すごく乗ってるし。曲もね、いい感じに出来てきたのよ。

ピアノであいちゃんと合わせてたの。前からの耳鳴りが朝から酷かった

んだけど、その時すごいめまいがきて・・

倒れちゃったらしいわ。気がついたら救急車の中だった」


「聞こえ辛いって言ってたよな。耳鳴りの音で音程取れないって」


「一週間入院ですって。点滴治療でだいぶ改善されるはずだって先生が。

ふふ、稽古場は大騒ぎだったらしいわよ。

代表はいきなり救急車呼んじゃうし、先輩は慌てて仁さんに連絡しよう

としたんだけど、本番始まる時間だったからバーニーに止められたん

ですって。で、バーニーが手続き色々やってくれたの。

操ちゃんがパジャマとか用意してくれて、舞のお迎えには常さんが。

・・あっ」

 


ジャワーーッ・・


突然の大きな水音に仁は飛び上がった。

やがて、ガチャンと個室に備え付けのトイレのドアを開け、

悠然と出てきた男の姿を見ると、仁は大きく天を仰ぎ、

派手に溜息を吐いた。

仁のその姿に、瞳はくすくすと笑い出す。


「ご、ごめん仁さん。常さんが居るって言うのすっかり忘れてた」


「瞳。そういうのはだな、最初に言ってくれ。違う意味で心臓が止まる」


「まったく。出るタイミング考えちゃったわ。バーニーも気利かせて

勝手に出てっちゃうし。アタシがここに居るの、2人共忘れてたっての?

失礼しちゃうわ」


「ごめんなさい、常さん。そんなんじゃないのよ」


「いいわよいいわよ、どうせアタシなんか。

舞を保育園に迎えに行って、操ちゃんが入院の支度する間、

エドと舞の子守りして。ディナーの仕込みもそのままに着替え持って

飛んできたっていうのにさ、この扱いよ」


「あぁ、そりゃどうも。ありがとうと言っとくよ。

しかしトイレで夫婦の話を立ち聞きなんて、趣味が悪いぜ」


「あら~、何言ってんの?立ってなんかしてないわ。アタシそんなに

行儀悪くないもの。トイレはちゃんと座ってするわよ、便座に!」


「こいつ!人がせっかく・・おい、ふざけんなよな!!」


「キャハハ!おっかしい~。2人とも漫才じゃないんだから・・

あははお腹痛い・・仁さん、本気で怒ってる、可笑し過ぎ。

え?何?キャッ!痛いっ!針抜けちゃった・・」


「瞳!」


「瞳ちゃん!」

 

 


仁と洋介があわてて押したナースコールに、何故か看護師が3人も

飛んできた。その慌てた様子を病室に戻る途中で見たバーニーは、

もしや瞳に何があったのかと、看護師を追いかけ乱暴にドアを開ける。


1人は瞳の点滴の針を換え、1人はさっき測ったばかりの血圧を測り、

もう1人はただ闇雲にベッドのまくら位置を直している。

呆気に取られる仁たちに、中でも一番ベテランらしい看護師が

その言葉とは真逆の、にこやかな表情でこう言った。

 

「この病気は難しいものじゃありませんが、安静も必要なんです。

点滴、安静。先生も仰っていたでしょう?無理なさらないで下さいね。

ストレスや過労も原因の1つなんですよ。それに奥様は血管が細くて、

この針もやっと入ったところなんです。色白の奥様の傷をこれ以上

増やさないでください。分かりましたね!」


「「はい。申し訳ありません」」


「それと・・残念ですが面会時間が過ぎています。

私共、心を込めて奥様を看護いたしますので、今晩は安心して

お帰り下さい。では」

 


妙にぎこちない行動の3人の看護師は、にこやかな笑みを絶やさず

ドアを開けた。

傍に立っていたバーニーに軽い会釈をして、病室を後にする。

病室にいた仁と瞳とバーニーと洋介の4人は、お互いに目を見合わせ、

一拍おいて4人同時に噴き出した。

 

「アハハ、見た?あの人達の顔!あれ、どう見ても仁ちゃん見たさよね。

あの血圧測ってた子、見た?ちらちら仁ちゃんの顔ばっか見ちゃって」


「点滴の針刺してくれた人が看護師長さんだって。

あの人絶対仁さんのファン。私にだって分かっちゃった。

だって目がこーんなにハートになってるんだもん」


「呆れたな。あんなにジロジロ見られたのは初めてだ。

でもあそこまであからさまだと笑えるけどな」


「びっくりした。看護師が3人、大慌てでここに入って行くんだ。

また瞳が倒れたのかと思って。あはは、最後に僕に挨拶した人、顔が

引きつってたね。動作がなんだかコメディー映画みたいだったよ」

 

ふふふ、アハハハ・・・

 

「さ、みんなもういいから帰って。あとこれ1本終わったら寝るだけ

だもん。私は大丈夫だから」


「でも瞳・・」


「帰ろうか、仁ちゃん。たまには3人で店で飲まない?」


「明日も舞台だ。そうは飲めない」


「じゃ、少しだけ。お腹空いてるでしょう?アタシも急いで店閉めて

きちゃったからディナーの仕込みそのままなの。

悪いけど食べてくれない?ちょうどあんたの好きなタンシチューだし」


「へぇ・・それは懐かしいな」

 

 

それからたっぷり30分。

別れを惜しむ夫婦の姿に洋介は苦笑していた。


何度同じ事を言い、瞳の髪を撫でるのか、

何度「じゃあね」と言い、その頬に口付けるのか。


バーニーはそんな2人を静かに微笑んで見つめている。

 

「行こう、仁」


「おう」

 


静まり返った病棟に、仁のブーツの音がコツコツと響く。

時間外受付から外に出ると、中とは別世界のクリスマスムードの

街が仁達の目の前に現れた。

 


運転する仁を、後部座席から洋介は見ていた。

助手席のバーニーは、iPotを耳に当て手帳に何やらメモをしている。

多分、次回公演のナンバーを聞いているんだろう。


ジュッという小さな音が静かな車内に響く。

見ると仁が煙草に火をつけたところだった。

咥え煙草のまま片手でハンドルを握る仁。

少し眉間に皺を寄せたその表情に洋介は思わず微笑んだ。

 


「何だよ。気持ちわりーな」


「ん?ふふ、何でもないわ」


「なら笑うな。俺の顔に何か付いてるか」


「ううん。何でもない。お腹空いたね、早く帰ろう」


「ああ・・なぁ、常さん。あいつ、疲れてたのかな。

過労が原因って言ってただろ?舞の世話、劇団の公演、歌の仕事・・

俺が留守にする事も多いから、家の事も全部瞳に任せっぱなしで」


「そうね。むしろいい機会だったんじゃない?

あの子、頑張ってたもん。いい骨休めになると思えばいいのよ」


「・・色々ありがとな。これからもよろしく頼む」


「あはは~。台風でも来るんじゃない?

仁ちゃんがアタシに礼なんて」


「また・・チッ、人がせっかく」


「仁ちゃん、あんたの靴音・・」


「あ?」


「あんたの靴音よ。トイレの中から聞こえてきたわ。

病棟の廊下をこっちに向かって走って来たでしょう?

瞳ちゃんの事を想って必死で走ってた。帰り際に瞳ちゃんを想い

ながら歩いてる音もいい音だったわ。あんたの心の中が全部見える

ような、真っ直ぐで綺麗な音・・

ねぇ。あの夜のニューヨークニューヨーク。憶えてる?

アタシ、あの時の仁ちゃんの音に涙が出そうだった。苦しんでるあんたの

心がね、あのゆっくりしたメロディーに溢れてたの。

叫んでたわ、まだ自分が何なのか分からずに、どう踊っていいかも

分からずにね。素敵なダンスだった。

木島ちゃん、凄い拾い物したなってアタシ思ったんだもの」


「ふっ・・ダンサーとしてあの時期がピークだったって事か・」


「違うわよ。馬鹿ね、あの時の音は・・」


「ああ。分かってるさ。多分、俺が一番分かってる。

あの時があって今の俺がある。美雪の事も瞳の事も、バーニーと

再会した事も。全部が全部今の俺の血になってるんだ。

役者としてもダンサーとしても無駄だった事は何も無い。

・・そういう事だろ?」


「うん。そう、そうよ」


「なぁ、やっぱ飲もうぜ。あのシチューには美味い赤だな。

どうせMIYUKIのワインセラーには良い酒なんかないだろ?

どっかで買って行こう」


「馬鹿言わないで!とっときの出してあげるわ。

良い酒なら二日酔いしないんでしょう?

アタシのロマネ、開けてあげる」


「お、太っ腹だな。そういうのをいつも店に置いとけよ。

悪酔いする酒ばっかだ、あの店にあるのは」


「もう!今褒めた所なのに・・あ~もうやっぱり。

仁ちゃんってどうしてそう口が悪いの?」


「何言ってる、何だかんだ言って俺の事が好きなくせに」


「アタシはゲイじゃないって言ってるでしょーが!」


「アハハハ!」

 


ヘッドフォン越しに聞こえるそんな仁と洋介の会話に、

2人に気付かれぬようひっそりとバーニーが微笑んだ。

窓の外は、金色に煌くクリスマスイルミネーション。

 

・・・舞とエドはもう眠ったかな。

 


大笑いしながら仁がアクセルを強く踏み込む。


車は彼らの町に向かって、眩い光の中を走っていった。


2009/12/11 00:49
テーマ:創作  叫ぶ靴音  カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

叫ぶ靴音  4

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・・憶えてますか?(笑)続きをUPするのにずいぶん掛かっちゃいました。


「叫ぶ靴音」やっと完結です。

そして、これのオマケの様な作品をもう1つクリスマス用に書きました^^


こちらは仁とバーニーの誕生日(笑)23日にUPしますね~♪

 

 




one ,two , three・・・Ready or not , here I come!

           
       Daddy?Bernie?・・・どこ?



   幼稚園、俺がやるから

    
      だから母さんはおじちゃんと結婚しろよ


    
 お兄ちゃん・・美雪と遊ぼ!


               

             愛してる、仁・・

 







「美雪!」

 

 

・・・・ぁ

 

「仁ちゃん、仁ちゃん。大丈夫?」

 


いつのまに眠ってしまったのか。

気がつくと仁は、MIYUKIの店内のベンチシートの上で丸くなっていた。

 

カウンターの中から洋介が仁を呼んでいる。

店内には、珈琲の良い香りが漂っていた。

 



「うなされてたわ。夢見てたのね。その・・妹さんの夢?」


「・・何時?」


「まだ4時半。もうすぐ夜が明けるけど。30分くらい寝てたかしら?

ごめんなさい。アタシが色々聞いたから・・思い出させちゃったわね」

 


仁は、重い頭を引き剥がすようにべンチシートから起き上がり、

大きく足を広げて座ると、脱力したように後ろの壁に頭を

もたせかけた。やがてテーブルの上の煙草を1本咥えると、

紫煙と共に大きく息を吐き出した。

 


「目、覚めた?今、珈琲淹れてるから」


「変な夢見た・・久しぶりに深酒したからだな。

・・なぁ。さっき言った事、忘れてくれ。俺も二度とここへは

来ないから」


「最後は、仁ちゃんの腕の中だったんでしょう?妹さん。

幸せだったんじゃないのかしら、若すぎたけれど」


「幸せ?馬鹿言うな。あいつは18だったんだぞ!

・・俺が、あいつを殺したんだ」


「でも、愛し合ってたんなら」


「あんたに何が分かる」


「仁ちゃん!!」


「帰る。シチュー美味かった」


「待って。仁ちゃん!」

 


仁は急に立ち上がり、ドアに向かって歩き出した。

履いたままだったタップシューズが、パンパンと音を立てる。

 


「アタシ、まだ聞いてないわ。仁ちゃんの靴音」


「靴?何だそれ」


「アタシ昨夜電話で言ったわよね。タップシューズ持って来てって。

ここで踊って見せてくれない?音楽掛けるから」

 


振り向いた仁は、カウンターの中の洋介を睨み付けた。

昨夜は、不覚にもこの男の前で美雪との事を話してしまった。

木島といい洋介といい、これ以上自分の弱みを握る人間を作りたくない。



仁は、ことさら冷たく洋介に言い放った。

 


「悪いが御免だ。昨夜は俺がどうかしてた。

もういいだろう。だけどあんたも、どうして俺なんかに拘るんだ」


「初めは単なるアタシの好奇心。どんなダンスを踊るのか見たかったの。

でも今は少し気が変わったわ。そうね・・あんたのためよ。

あんたは充分苦しんだ。もういいでしょう?少し楽になりなさい」


「楽?ふっ、何言ってる・・あんた、俺に説教しようってのか」


「ううん・・愛する人と死に別れる辛さはアタシにも分るの。

泣きたい時に泣けばいい。泣けないなら、それをエネルギーに変える事よ。

ね、見せてくれない?このフロア、少し直したのよ。

引っ掛けて怪我するって、この間、仁ちゃん言ってたでしょう?

この一画だけ大理石張ったの。音も出るはずだから」

 


そう言うと洋介は、1枚のレコードを年代物のプレーヤーに乗せ、

静かに針を置いた。



スタンダードジャズが、流れ出す。

仁は洋介の顔をじっと見つめた。

 

昨夜飲みながら外した蝶ネクタイを、緩めた襟にぶら下げた洋介は、

朝になってつけたのか、赤と黄色のド派手なバンダナで髪を

包んでいた。カウンターから仁を見つめているそのアンバランスな

姿に、仁は呆れたように溜息を吐いた。

 


「・・変な奴だな。あんた、よく見りゃいい男なのに。

そんな格好や女言葉で人を安心させて騙してんのか?

良い趣味じゃないぜ」


「騙す?人聞き悪いわね。アタシはアタシよ、このまんま。

“自分を隠して生きるな”って昔ある人に言われたの。

それからアタシは楽になれたわ。仁ちゃんも、ここで一歩踏み

出さなきゃ。代表が拾ってきた特別待遇の研究生・・

あんたは試験結果とは関係なく劇団に残れるんでしょう?

中途半端な芝居なんかしたら、真剣に上を目指してる同期生が

かわいそうだわ」


「何だと!」


「踊って。次の曲は“ニューヨークニューヨーク”よ。

フレッドアステアとはいかなくても、そこまで大口叩いてるんだから、

それなりのダンスなんでしょうね」


「くっ・・・・みてろ」

 



洋介から目を離す事なく、仁はその板の上に立った。

1度かがんで靴紐を縛り直すと、パン!と大きく爪先を鳴らす。



やがて・・


曲が変わった。

 



Start spreadin' the news,        I'm leavin' today

I want to be a part of it    New York, New York

 




薄暗い明け方の狭い店内。

その小さな板の上で、曲に乗せ、仁が踊り出す。



低いシナトラの声と、乾いたタップチップの音。

ゆっくりとした曲に乗せ、仁の靴がステップを刻む。



タップについてはまるで素人だが、その音を聞き、踊る仁の姿を見た

洋介は、やがて「ほぉ・・」と深い息を吐いた。

 




・・・やだ、何?これ。

こんな色っぽいダンス、初めて見た・・想像以上だわ。

タップってもっと軽いダンスかと思ってたけど、これは・・

うわっ・・ちょっとこれ、事件かも知れない。

木島さんって人、もしかしてすごいもの拾っちゃったんじゃない?

 




ゆっくりとしたそのメロディーに体を委ねながら、

仁は何故か、不思議な感覚に囚われていた。



デジャブーのようなどこか懐かしい響き。

仁の細胞の中の何かが呼び覚まされるような、苦しく切ない感情。



よく知っているスタンダードナンバーなのに、

踊る仁に新しい何かを教えるようなメロディー・・

 



・・・何だ?この曲。シナトラ、だよな。

      ラジオ?・・あぁ・・これ、ラジオから流れてた・・



ラジオ・・・ラジオ?・・・・・・どこで?

 




突然踊るのを止めた仁は、しばらく放心したように立ちすくんでいた。

その目は何を見ているのか。

どこかに意識が飛んでしまったようなその姿に、

洋介が慌てて声を掛ける。

 


「仁ちゃん?どうしたの?」

 


今度は洋介が止める間もなかった。

仁は急に我に帰ると、そのままドアに向かって猛然と走り出した。

 


「ちょっと!待って、仁ちゃん!!」

 

 


昨夜の雪は夜半に雨に変わったのだろう。

早朝の商店街の道路は、融けかけた雪でぐちゃぐちゃになっていた。


滑るタップシューズに何度も転びそうになりながら劇団まで走って戻った

仁は、その勢いのまま稽古場に飛び込んだ。

 


まだ薄暗い稽古場の大鏡に自分の姿が映っている。

肩で息をして、真っ直ぐ自分を見返しているその姿。


そこにいる男は、困惑した顔をしていた。

頭の中が混乱し、知らないうちに涙が頬を伝っている。

 


・・胸が苦しい


・・・これは、この想いは何だ?

 



仁は深く息を吐くと、

大鏡に映る自分の姿に向かって大きく拳を突き出した。

 


「うわぁーー!!」


「仁!止せ、何するんだ!」

 


後ろから仁の腰を抱え、大きく振り上げたその腕を掴んだ男は、

自分より大きな仁を全身で押さえ込んだ。

 



「・・木島っ・・離せ!!」


「馬鹿ヤロウ!怪我したいのか!仁。お前、今まで何処行ってた。

待ってたんだぞ、お前、携帯持ってないから連絡できないし」


「離せ!関係ないだろ、お前には」


「関係ないだと?ふざけるな!お前を拾っちまった時に俺は決めたんだ。

お前と運命共にしようってな。いつまで切れた携帯に縛られてんだ!

いくら充電したって、あれにはもう新しいメッセージは来ないんだぞ!

早く前を向いてくれよ。俺はお前に宇宙の未来を賭けたんだ!!」


「拾ってくれなんて、俺は頼んでない」


「仁!!」


「離せ、木島!殴られたいのか!」


「嫌だね。お前の馬鹿力で殴られたら、

俺様のハンサムな顔が歪んじまう」


「馬鹿言うな。よく鏡見ろ」


「その鏡をお前は割ろうとしてるんだ。

これ、特注なんだぞ。100万はしたな。お前に弁償出来んのか?」


「・・ぁ。はぁ・・お前。うあっ!くそっ」




仁の体から力が抜けたのを確認した木島は、

そっと掴んでいた腕を離した。


フロアの真ん中で、睨み合う仁と木島。

仁はまだ肩で息をしていたが、やがて脱力したように

そのままフロアの真ん中に大の字に倒れこんだ。

 


「仁・・心配したんだぞ。お前は俺の友達だろうが」


「憶えてたのか。今日が命日だって」


「ん?あぁ。事務所でな、劇団の今年の日程を調べてたんだ。

カレンダーをめくろうとしたら、今日の日付にマルが付いてた。

お前に出会った時に書いたんだよ。で、思い出したのさ」


「こんな夜中に?また夫婦喧嘩か」


「放っとけ。なぁ、仁よ。お前・・」


「木島」

 


両足を大きく振り上げ、

パン!という音を立てて腹筋だけで起き上がった仁は、

不安げな顔をした木島に向かって、もう1度名を呼んだ。

 



「木島。俺って何だ」


「ん?どういう意味だ」


「お前を信じていいのか?俺は・・本当に舞台に立てるか?」


「どうした、急に」


「・・ある人に言われたんだ。中途半端な芝居は同期生に悪いって。

で、タップを踊った。シナトラが懐かしくて、苦しくて。

何故か頭がモヤモヤするんだ。ここでまた踊れば答えが出るかと思った

けど、鏡の中の俺が赦せなくて、それで」


「支離滅裂だな。それで解れっていうのか?何があったんだ」


「俺にも解らない。ただ・・」


「ただ?」


「踊りたいんだ。ただ、踊りたい。自分でも分からないんだ。

あいつの・・美雪の声が聞こえて、俺に踊れって言うんだ。

懐かしい歌が、俺にスポットライトの光を見せるんだ。

でも大鏡に映る俺は、いつもの俺で。

お前の期待や、歓声に応えられるような男じゃない。

俺は・・どうしたらいい」


「仁、暴れろよ。そして叫べ。

お前の音に、お前のダンスに俺は惚れたんだ。

お前と創りたいんだよ。宇宙の新しいミュージカルを。

いいんだ、今のお前のままで。

これから俺達の本当の幕が上がるんだからな」

 

 




仁達の卒業公演は、その夜から20日後。

下北沢駅の傍のスズナリという小劇場で行われた。


まだ無名の小さなミュージカル劇団。

その研究所の卒業公演。


そんな舞台に劇場のキャパを超える人数が、狭い階段下に並んでいた。

 



「おい。どうしたんだよ、これ」


「あ、代表」


「すげーじゃないか。今年のチケット、こんなに売れてたのか?」

 


受付を担当している事務所スタッフが、観客の対応に追われながら

背後に現れた木島に向かって笑顔で答えた。

 


「いえ。ノルマが達成出来なかった研究生がほとんどなんですけど・・

これ、多分影山君のだと思います。

この前事務所に、“影山 仁のチケット50枚ちょうだい”って買いに

来た人がいたんですよ。うふっ、ちょっと変わった面白い人でしたよ」


「ほう?あいつ、いつそんなパトロンが出来たんだ?」

 

 




小さな舞台にスポットライトが当たった。

木島 直人 演出の「ウエストサイドストーリー」

そのオープニングの音楽が流れ出す。

 


同期生と共に袖を跳びだした仁は、

眩しい光の中、初舞台の板を踏みしめた。

 

 


それはダンサーとして、俳優としての、仁のスタートラインだった。

この年の春、仁は劇団宇宙の正式な団員となる。



仁が加入した事で、劇団はタップミュージカル劇団として活躍を始め、

若手人気劇団として演劇界に旋風を巻き起こして行った。

 



美雪への愛が仁の中で思い出になるには、まだ多くの時間が必要だった。


あのドアを叩く女達や、劇団同期の咲乃との偽りの関係は、

仁の心を閉ざしていくばかりだったから。

 




仁が自分の本当の姿を取戻したのは、それから9年後。

 


それは、

運命の人、木村 瞳に出逢い、

 



彼女を護りたいと思った、その瞬間だった。

 

 


コラージュ、明音


2009/11/07 01:03
テーマ:創作  叫ぶ靴音  カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

創作  叫ぶ靴音  3

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 いや~・・間に合わないかと思いましたよ。今回は^^

書きあがったのが30分前。誤字あるんじゃないかなあ。

今回は常さんがメインですね。この男、話し出すと長いんだ・・(爆)







深夜1時半。


終電が行ってしまった下北沢駅には、

まだコンパ帰りの学生がたむろしていた。

 

降り続ける雪を避けるように駅の階段に腰を下ろしていた

集団のひとりが、突然ギターで古い昭和演歌を弾き出した。

周りの仲間の大爆笑の中、

その物悲しいメロディーが駅前に流れる。

 

仁はその横をタップシューズのまま走りぬけて行った。

積もりかけた雪で湿った道路に、

パンパンパンという靴音が響いていく。

ギターの音をかき消されたのを不満に思った集団の数人が、

走り去る仁の後ろ姿を追いかけ、ロータリーに飛び出した。

 

「おい、止めとけよ」


ギターの青年が静かに友人を止めた。

路地を抜けた仁を見失った彼らは、

「何だ?今の」と言いながら、雪宿りの階段へと戻っていった。

 


殆どの店が閉まった商店街。


細い路地の奥にあるMIYUKIの店内からは、

淡い光が射している。

その重いドアを仁は、坂の上から走ってきた勢いのまま

乱暴に開けた。

 

外の雪と風が、仁と一緒に店内に入って来る。

傘も差さずに走ってきた仁からは、雪の匂いがした。


急激な寒さとカウベルの大きな音に、

店内に居た全員が振り向いた。

 

カウンターの中に洋介。

席にはジャンパー姿の中年男性が1人。

奥のテーブル席には客とのアフターなのか、

高い声で甘えるキャバ嬢と、仕立てのいいスーツを着た

商社マン風な男の2人連れ。

 

ドアの正面。


先日自分が倒した花瓶が置いてあった棚の下に、

卒公のチラシが貼ってあるのを見た仁は、息を切らせたまま、

カウンターの中にいた洋介に視線を走らせた。

 

「あら、仁ちゃんじゃない。どうしたの?

あんたを呼び出したのは明日よ・・って、ちょっと、仁ちゃん!

あんたまさかこの雪の中、傘も差さずに来たの?」


「・・え?あ、あぁ・・」

 


そういえば、何故自分はここに来たんだろう。

 

美雪への想いに押し潰されそうになり、タップを踏む足が急に止まった。

雪が降りしきる中、擦り切れたトレーナーとタップシューズの格好のまま

全力疾走で坂を下り、まっすぐここまで走ってきた。

 

・・・何故?


  そうだ。何故、俺は今・・ここにいる?

 


木島と出逢い、誘われるままに宇宙に入って1年近く。


踊る事に夢中で、他の事は何の興味も無かった。

研究生として当然芝居の稽古はしていたが、自分を曝け出し、

声を張って台詞を喋り、感情のまま歌う事にまだ抵抗があった。


そんな自分が、何かを求めてここにいる。

思い切りドアを開けて・・

自分は一体、どうしようと思っていたのか。

 

仁は突然の自分の行動に戸惑い、慌てて踵を返した。

 

「・・あ。違う・・悪かった。帰るよ」


「ちょっと待って、仁ちゃんいいのよ!別に今日だろうと

明日だろうと関係ないの!アタシがあんたに逢いたかったのよ。

来てくれて嬉しいわ!それより仁ちゃん、あんた濡れてるわ。

しかもそんな靴のまんまで・・待ってて。タオル持ってくるから」


「いや、大丈夫だ・・」


「何言ってんの!もうすぐ卒公でしょう?

風邪なんかひかせられないわ。どうせ今日はろくな客が来ない

からそろそろ看板にしようかな、って思ってたのよ。

ね、徳ちゃん。あんたもう帰るってさっき言ってたわよね」


「おいおい常さん。俺もそのろくでもない客だってのかい?

大体、急になんだよ。話が盛り上がってたところじゃないか。

ついさっきまで飲み明かそうって言ってただろう?」


「さっきはさっき、今は今よ。

アタシはね、いい男と飲みたいの!」


「まったく、これだよ。これだけ毎日通って来てやってるって

いうのに、客を客とも思ってやしねえ。

不思議だよな、この店もさ。

店主がこんなんで、よく常連客が離れないもんだよ」


「あら?嫌なら来なくてもいいのよ。

アタシは、自分が食ってける分だけ稼げればいいんだから。

でもこんだけの材料使って、この値段で出してる店なんか

最近の下北でお目にかかった事ないけどね。

・・そうだ、徳ちゃん。聞いたわよ。アンタんとこの肉。

最近、また質落としたんだって?肉正の旦那がこの間怒ってたわ。

あんな商売続けてたら、あの店も先が見えてるってね。

奥さんによく言っとく事ね。見えない口コミほど怖い物ないんだから」


「おっと、まずい。お鉢が回ってきちまった。じゃ、お先~」

 

ジャンパー男はへらへら笑いながら席を立つと、

仁の顔を見上げながら、肩をすくめておどけてみせた。

そして奥のキャバ嬢に片手を小さく上げて、

「おやすみ、アケミちゃん」と言うと、

両手でドアを開け、大きな傘を差し帰っていった。

 

「まったく。若い後添えもらってから変なのよ、あの男。

あの店、味だけは良かったのに。今じゃメニューの名前ばっかり

凝っちゃって・・ほら、仁ちゃん。カウンター空いたわ、座って。

そうだ・・ちょっと、アケミちゃん!タクシー呼んであげるから、

そのスケベ男押し込んで帰しなさい。今日はもう看板なの」


「え~?常さん、まだ1時半だよ~。

閉店まで30分あるじゃない」


「ごめんね。たった今、用事が出来たの。

外は雪よ、タッ君も待ってるわ。早く帰んなさい。

ねえ、お兄さん。あんた、この頃よく来るけど、アケミちゃん狙い

ならお店だけにしてあげて頂戴な。この子、こんな事言ってるけど、

本当は早く帰りたいのよ。子供預けてるからね。

この若さでシングルマザーだけど、真面目な良い子なの。

それに、残念だけどいくら待ってもこの子、お客とは寝ないわよ」


「常さんっ!!」


「それともお客としてじゃなくこの子と向き合ってくれるの?

あんたにその覚悟があるって言うなら、アタシも態度変えるけど」


「分った、帰る帰る。雪に埋もれて帰れなくなっちゃうもんね。

常さん、タクシーは私が拾うから大丈夫よ。

私、今日チップいっぱい貰っちゃったの・・山下さん、ゴメンネ。

今度またサービスするから。

じゃね。常さん、オヤスミ!また明日~」


「ん。ほらこれ、おにぎり。朝、タッくんに食べさせてあげて」


「・・・常さん。いつもありがと」


「うん、いいから。いい事?

駅前であの男、タクシーに放り込むのよ!

じゃあね。気をつけて。ありがとうございました~~!!」

 


洋介はドアを半分開けっ放しにし、2人の姿が見えなく

なるまで見送った。月が変わったとはいえ、3月1日の未明。

外の雪はまだしんしんと降り続いている。

 

薄いYシャツにベストを引っ掛けただけの洋介を、

仁はただ見つめていた。

 


「ゴメンね。お待たせ!ヤダ、仁ちゃん。あんたまだそんな所に

立ってたの?座ってたらいいのに。そうだ、ついでだから悪いけど

ドアの外にClose出して来てくれない?今夜はあんたに付き合うわよ。

何なら明日は店、休んじゃっても構わないから」

 

洋介はそう言うと、仁に向かってニコッとウインクすると、

ドアを顎でしゃくった。

有無を言わせぬその口調に仁はしぶしぶドアを開け、

そこに掛かっていたパネルをCloseの方に裏返した。

 

さっきよりまた雪が強くなったようだ。

仁は空を見上げ、ほぉっと息を吐くと、

ゆっくりとドアを閉じた。

 


「ありがと。寒かったでしょう?ね、ここ来て。

今、ストーブ点けたから。ほら、タオル。早く拭きなさい。

やっぱりアタシはエアコンより、こうしてストーブ囲んでる方が

好きだわ。お湯も沸くし、鍋だってかけられるし。

それに暖かいのよ、2人ならよけいにそう」


「・・マスター、俺は」


「あらやだ。アハハ・・アタシの事マスターなんて言う人、

居ないわよ。さっき聞いてたでしょう?常さんでいいわ。

下北の人は皆、そう呼んでるから」


「常さん?」


「アタシの名前は常松 洋介。二枚目な名前でしょ?

仁ちゃん、アタシがこんなだからオカマだって思ってるわよね。

でも、生憎とアタシはノンケなの。女、大好きだし。

でもいい男は目の保養になるわ。あんた、いい顔してるもの」


「オカマのノンケ?聞いた事ないぜ」


「アッハッハ、ま、いいわ。これで挨拶は終わり。

アタシ達、もう友達でしょう?そうよね!」

 


洋介はそう言うと、カウンターから小さめの寸胴鍋を持って来た。

そしてストーブにかけると、蓋を開け、中身を覗き込む。

 

「もう、仁ちゃん急に来るから。昼から煮てたから、結構軟らかいとは

思うんだけどね。明日食べさせようと思ってタンシチュー煮込んでたのよ。

ちょうど良いタンが入ったから・・うーん、まだ早いかなあ」

 

「どうして」


「ん?」

 

ストーブの上の鍋をへらでゆっくりかき混ぜながら、

洋介は仁の顔を覗きこんだ。

長い足を大きく広げて椅子に座っている仁は、

ただじっとストーブの火を見つめている。

 

「どうして俺のチケットなんか・・

40枚って言ったら、11万以上だぞ」


「あ!そうだ、忘れてたわ。チケット代!」


「いや、そんなつもりで言ったんじゃ」

 

洋介は慌ててカウンターの隅のレジから封筒を取ってきた。

そして“影山 仁 様”と書かれたその封筒を、仁の手に握らせる。

 

「はい。11万2千円。大丈夫よ、変な連中に売ってないわ。

アタシ、これでも顔は広いの。下北劇場関係者にも常連がいるし。

きっと皆、チケット無駄にしないで行ってくれるわよ。

後でアタシに感想聞かれて答えられなかったりするのが怖いから」


「だからどうして」


「アタシ・・あれからずっと仁ちゃんのこと考えてたわ。

何でこんなに気になるんだろうって不思議だった・・

下北は芝居関係の人が多いし、アタシも色んな役者知ってるけど。

仁ちゃんがあのドアから入ってきた時にね。

アタシ、感じちゃったのよ。

“この男には何かがある”。“将来きっと大化けする”ってね」


「とんだ見当違いだ。俺は・・そんな人間じゃない」


「あら?そうかしら。アタシの目って結構本物は見分けるのよ。

仁ちゃんの目。そんな風にしてるけど全然濁ってないもの。

さっき息切らせて入ってきた姿。まるで5歳の少年みたいだったわ。

飼ってた犬が居なくなっちゃったって、ママに教えに来た子供みたい。

・・ふふ、例えが変?」

 

 

あぁ・・そうか。

やっと分った。

 

俺は、この人に逢いにきたんだ。


無意識に足がここに向いたのも、

この人と、話がしたかったからなんだ。

 


この夜を他人と一緒に過ごしたくなくて。

でも、誰かに傍に居て欲しくて。

 

どうしてだろう。


こんなに無遠慮な男なのに、

いつの間にかそれを受け入れてる自分が居る。

 

・・・不思議な男だな。

 

初めて間近に洋介の顔を見た仁は、

その横顔が、驚くほど端整な事に気がついた。

そして、ただ細いと思っていた腕には、しっかりと鍛えた

筋肉がついていた。

Yシャツに蝶ネクタイ。黒のベストに細身のジーンズ。

それが嫌味なくらいに似合っている。

 

「さ、出来た。仁ちゃん、そこの棚からお皿持ってきて。

何驚いた顔してんの?アタシの顔に何か付いてる?」

 

 

去年はひとりで浴びるほど酒を飲んだ夜を、

今年は知り合ったばかりの男と過ごそうとしている。

 


・・・お前が呼んだのか?

 


言われるままに棚から皿を出しながら、

仁は、ふっと口元を緩めていた。



                      コラージュ、 明音


2009/10/31 01:01
テーマ:創作  叫ぶ靴音  カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

創作  叫ぶ靴音  2

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自転車操業、「叫ぶ靴音」。2話でございます♪

今週は息子のインフルだとかでバタバタしていて書けるかとても

心配でしたが、何とか間に合いました~。当然3話はまだ書き途中・・


今回は仁の過去話の中に、さらに回想シーンが。

死んだ妹、美雪を忘れられない仁・・苦しんでいます・・



 





「・・・なるほど。自慢するだけはある。いい脚だ」

 

仁がドアの鍵を開けると、

すらりと長い脚を黒いミニスカートで強調し、

真っ赤なセーターと同じ色の唇を、魅力的に濡らした女が

立っていた。

 

仁は、劇団員だという女の顔にうっすらと見覚えがあったが、

それが本公演の舞台の上だったのか、

稽古場を覗いた時に見たものだったのかは思い出せなかった。

ましてや女の名前など、知るはずもない。

 


「褒めるのは脚だけ?他も見てよ」


「脚だけ見れば充分だろ。ソレ目的なら」

 


暖房の入っていない仁の部屋。

ドアを押さえている仁の手を強引に押して入ってきた

奈々と名乗る女は、その寒さに体を震わせる。


香水の残り香に強烈な酒の匂い。

仁は、鼻を鳴らして天を仰いだ。

 

「やだ・・どうして暖房入れないの?

ここ、ただでさえコンクリート打ちっぱなしなのに」

 

奈々は、殆ど家具の無い仁の部屋を遠慮なく見て歩く。

そして奥に寝室を見つけると、バッグとコートをベッドの上に

放り投げ、どさっとその上に座った。

 

「そっか・・寒いけどこれから熱くさせてくれるのよね。

少し冷たいくらいの方が気持ちいいわ、きっと」

 


・・・寒いのはあの夜を忘れないためだ。

    あの日は、雪が積もっていた・・

 


まだ開け放したままのドアの前。

仁は、ベッドの端に座った女の脚を見ていた。

 

引き締まった足首。

ピンと張ったふくらはぎ。

組んだ脚の付け根が、ミニスカートの中から少し覗いている。

 

いつもならGOサインが出るはずなのに、今夜は何も感じない。

仁は小さく首を振ると、魅力的なその脚の持ち主に向かって、

こう言った。

 

「悪い。気が変わった。そんな気分になれない。

あんたずいぶん酔ってるだろう?俺は酔っ払いを抱くのが嫌いなんだ」


「ここまで入らせといて何?仁は誰とでもOKって聞いてたのに。

まさか私が気に入らないの?違うわよね」

 


仁はドアを開けた事を後悔していた。


確かに今夜は1人で居るには辛かった。

その温もりで、全てを忘れられる・・

そう思ってもみた。


だが女が部屋に入ってきた途端、その気持ちは急激に冷めていた。

仁の中に眠るもう一人の仁が、それは駄目だとブレーキを掛けた。


相手は団員。

女のプライドを傷つけず、やんわりと断るつもりが、

奈々の態度と言動が仁を苛立たせた。

 

・・・気に入らない?当たり前だ。

     だってあんたは・・あいつじゃない。

 


「とにかく帰れ。酒臭い女はごめんだ」


「・・アルバイトの帰りなの。お客に注がれちゃって・・

あなたってそう言う物言いするんだ。でも仁は冷たいけど、

ベッドの中では優しいって聞いたわ。

私、冷たい男、好きよ。あなたってすごくセクシーだもの」

 


・・・うんざりだ。やっぱり今夜は静かに過ごしたい。

     もうすぐ日付が変わる。だから・・

 


「帰ってくれ、先輩。あんただってこれからって人だろう?

俺みたいな男と寝たって、あんたのスキルは上がらない。

先輩だと思うからこれでも我慢してるんだ。

俺を怒らせないうちに帰った方が・・」


「あら!可愛い~!この携帯。これ、あなたの?

イメージと違うわね。あはっ、ストラップ、プーさんなんだ」

 

奈々は、ベッドサイドに置いてあった携帯を手に取り、

仁に向かって顔の横でストラップを振って見せた。

 

「離せ!それに触るな!!!」

 

寝室に飛び込んできた仁は、片手で奈々の手首を掴み、

思い切り強くベッドに押し倒した。

 

「キャーッ!」

 

弾みで奈々の手から携帯が滑り落ちる。

仁はベッドの上に落ちたその携帯を、すばやく掴んだ。

 


「痛い・・!何するの・・離し、て・・」


「人の物を勝手に触るな!」


「可愛い携帯だったからちょっと触っただけなの・・

ごめんなさい・・」

 

思い切りきつく締め上げた手首を、仁はようやく離した。

目の前には、脅えたような奈々の顔。

唇を噛み締め、仁を見つめている。

 

やがて静かに奈々は目を閉じた。

自分を押さえつけている仁の腕に、微かに指を伸ばして。


仁が押し倒した拍子に赤いセーターが乱れ、胸元から白い肌が

覗いている。その色の白さに、仁は思わず息を吐いた。

 

「・・お願い、キスし・・」

 

奈々のその言葉が終わらない内に、仁はその唇を奪っていた。

噛み付くようなそのキスに、奈々の息があがっていく。


頭の芯が痺れるくらい長いキスの後、その白い胸元に仁は強く口づけた。

 

「ぁ・・」


奈々は小さな喘ぎを漏らすと、吐息と共に呟いた。

 

「仁・・愛してるの・・・・」

 


仁の動きが突然止まる。

 

まるで固まってしまったかのように、仁は動かなかった。


奈々は驚き、慌てた。

 

「・・え?あ、どうしたの?」

 

その言葉が合図になったように、仁が起き上がった。


ベッドから降りると、驚く奈々の手を引き、強引に立たせ、

バッグとコートを掴むと、そのままドアへと強く腕を引いて行った。

何が何だか訳が分らない奈々は、身をすくめ、唇を震わせる。

 

「どうして?・・私・・」


「帰れ」


「仁!」


「帰れ。出て行ってくれ・・頼むから」

 

搾り出すような声でそう言うと、仁は奈々を押し出し、

荷物を押し付け、後手でドアを閉めた。

 

「ちょっと、ヤダ。ねぇ・・開けてよ。私・・何かした?」


「・・・・」

 

奈々はドンドンとドアを叩きながら、仁の名前を呼んだ。

深夜の廊下にそれは悲しく響いていく。

 

何分そうしていただろう。

仁から何の応答も無い事が分ると、

奈々は力が抜けたようにドアの前にしゃがみこんだ。

そしてまだドアのノブを握っているであろう仁に向かって、

ひとり言のように呟いた。

 


「・・・ゴメンなさい、悪かったわ。あの携帯、大切な物なのね。

仁・・私ね、あなたが入団してから、ずっとあなたを見てたの。

気になって、目で追って・・まるで初めて恋する中学生みたいに、

研究生の授業もよく窓の外から覗いてたのよ。

ふふ、他の研究生は気付いてくれるのに、あなた全然私を見て

くれなかった。代表には、「仁はダメだ」って言われるし、

結構バレてると思ったのに。


琴絵はね、私の一期後輩なの。

あなたと付き合いだして、あの子疲れてるみたいだった。

でね、私聞いたの。“どうしたの?”って。

先輩面して、親切そうに。

あの子、話してくれたわ。仁が自分を見てないって。

仁の心の中には他の誰かがいて、自分はただ体だけの存在なんだって。

“それじゃあ、別れたら”って勧めたのも私・・

酷いわよね。自分でも嫌になる。

でもね。今日、私・・本当に勇気を出して来たのよ。

こんな私でも、お酒の力を借りないとこのドアを叩けなかった。

慣れた女でも演じなければ、あなたに抱いてもらえない。

そう思って・・お願い、仁。もう少し私の話を聞いて」

 


最後は泣き声が混ざった奈々の声。

仁は、その奈々の声を聞きながらドアに背を預けると、

まだ手の中に握り締めていた携帯を、静かに開いた。

 


待ち受け画面の中で、仁が笑っていた。

鬼ごっこでもしているのだろう。

実家の園庭で子供達に追いかけられ、満面の笑顔で走っている仁。

それはおそらく、美雪が隠し撮りしたもの。

 

たった2年前の自分の姿。


メールボックスを開けると、

そこには未送信のメールが数件並んでいた。

最後のメールは、一言だけ。

 


「仁。愛してる」

 


仁はパチンと画面を閉じると、

ドアの外にいる奈々に声を掛けた。

 


「悪かった。痛くなかったか」


「え?う・・うん」


「1週間くれないか。だから、今日は帰ってくれ」


「1週間?そしたら会ってくれるの?本当に?」


「・・ああ」


「分ったわ。じゃあ・・来週、来るわね」

 


奈々がドアから手を離したのが分った。

長い廊下を歩き、稽古場へのもうひとつのドアを開ける音。

それが閉まっていく低く響くギィという音と同時に、

仁はガクンと膝を落とし、両手で耳を塞いだ。

 

 

 

『お兄ちゃんは心配症なんだよ。ううん、過干渉!美雪はもう大人だもの』


『大人はもっと自分を大切にするもんだ。お前まだ18だろ!』


『もう18よ!!大人だわ。そして20歳になったら堂々と結婚できる。
 
・・・何を怖がってるの?美雪がパパ達に何か言うか、心配?』


『大きな声出すな。親父に聞こえるだろ?話がある。俺の部屋に来い』


『嫌。また、“俺には出来ない”でしょ。聞き飽きたよ。

それとも、決心してくれたの?ココを離れてよそへ行く事。

ね?2人で暮らそう。

それ以外の話は聞きたくない・・・着替える。レッスンするの』


『待てよ、おい!美雪!!』

 

 


耳を塞いでいてもまだ聞こえる声。

あの夜の事は、全て鮮明に憶えている。

 

窓の外が少し明るくなっていた。

奈々が寒いと言っていた理由が分かった。

 

いつのまにか雪が降っていたのだ。

あの日の景色と同じように。

 


一面の雪の園庭。

美雪を抱き締め、叫び続けた幼稚園のホール。

運ばれる美雪の手から、滑り落ちた白い携帯・・

 


「くそっ!」

 


仁は、タップシューズを棚の上からひったくると、

乱暴にドアを開け、稽古場に走っていった。

 


暗い稽古場の大鏡が、窓から射す月明かりと雪の光に反射していた。


仁はタップシューズを履くと、

稽古場の灯りも点けずにステップを踏み始めた。

 

 

タタン。

タタン。


タタタタタタ、タタタタタタ・・

 

どんどん激しくなるリズム。


体を苛める事で、仁は頭を空っぽにしたかった。

 


「うお~~~っ!!!」

 


深い叫びと共に、仁が踊る。

 

その仁の靴音が、深夜の稽古場に鳴り響いた。

 

 

 

『バーレッスンはね。毎日続ける事が大事なのよ。

1日休むと自分に分り、2日休むとパートナーに分り、3日休むとお客さんに

分っちゃうんだって。アハハ、これ、どっかで読んだ受け売りだけどね。

お兄ちゃん、知ってた?』


『何だ?それ・・おい、明日お遊戯会なんだからいい加減にレッスン

止めろよ。まだやる事が残ってるんだ。準備が出来ないだろ!』


『ねぇ。明日のお遊戯会。職員で出し物やるんでしょう?

お兄ちゃんは何やるの?』


『ん?あぁ・・・・白雪姫』


『白雪姫~?アハハ、まさかお兄ちゃんが王子様?』


『仕方ないだろ?他に男の職員なんていないんだから』


『白タイツ穿いて、ちょうちんブルマーで??アハ!想像できない~っ!』


『笑うなよ。俺だって“こんな衣装嫌だ!”ってお袋に言ったんだ』


『本当にそんな衣装なの~?それ絶対ママに遊ばれてるよ~。

アハハハ・・超ウケる。マジお腹痛い・・』


『こいつ!笑ったな?いつまでも笑ってると、こうだぞ!!』


『キャハッ!くすぐったいよ、お兄ちゃん。

いや~~タイツ王子~、助けて下され~!』

 

 

ふざけてくすぐった美雪の体。

その予想外の柔らかさに、目眩がしそうだった。

 

腕の中の美雪が突然振り向いた。

背伸びをして、仁の首に腕を廻す。

 

『キスしよう。お兄ちゃん』


『美雪?』


『白雪姫は、王子様のキスで眠りから覚めるのよ。

どうせ明日の白雪姫は、サユリ先生でしょう?

その前に美雪が練習してあげる』


『バカ言え。おい、止せよ!』


『私達の毒リンゴは、自分達の意思とは関係なく兄妹になっちゃった事。

そのリンゴをこのキスで消してあげる。

これ、美雪のファーストキスよ。欲しくないの?』


『美雪・・・・おい!止めろ!』

 

美雪の腕を振りほどき、仁はまた作業に戻った。


わざとらしいその背中に向かって美雪は言った。

 

『意気地無しね・・お兄ちゃん』

 

 

 

 

仁の足が止まる。


その荒い息使いが、稽古場に響く。

 

いつしか涙が流れていた。

もう枯れたと思っていた涙。

 


仁はそのまま、ロッカールームに下りて行き、

誰のかも分らないスポーツタオルを摘み上げ、首に掛けると、

 

そのまま、

 

真夜中の街へと走って行った。


2009/10/24 01:20
テーマ:創作  叫ぶ靴音  カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

創作  叫ぶ靴音  1

Photo

劇団 宇宙シリーズの新作。

先日仁のMVを作ってくれた「君恋」の明音ちゃんの強引な押しに

屈して書き始めたお話です^^

3話か4話のミニ連載ですが、まだまだ書き途中。

なので、ちゃんと週1で出せるかも怪しいですが・・・・

とりあえず、1話行きましょう!さてどうにかなるか?頑張れ、私^^

 



その男が重いドアを押して入ってきた時、

ドアのカウベルが“コロン”と小さな音を響かせた。

 


深夜12時半。

 

こんな時間に来る客は、近くのキャバレーのホステスか、

翌日の仕込みを終えた商店街のレストランのシェフくらいだ。

時間が不規則な彼らは、真夜中でもヘビーな夕食を摂る。

 


・・今夜まだ来てなかったのは誰だったか・・

 

常連客の顔を思い浮かべながら、洋介は小さなその音に反応した。

 

 

「いらっしゃいませ~!今日は何にする?

オススメはね、サバの味噌煮と、キンピ・・」

 

「あの。ここはチラシ、置かせて貰えるのかな」

 


振り向いたそこには、1人の長身の男が立っていた。

 


長い髪を無造作に縛り、黒いジャンパーに破れたジーンズ。

無精ひげを生やし、大きなバッグを肩に掛けた男は、

洋介の顔も見ずに、大股で店内に入ってきた。

 


「あら、すごい美形がやってきた。ワイルド系だわね。

この辺のホストクラブじゃ見ない顔だけど。

あんた新人さん?どこの店かしら?」

 

「ホスト?バカ言え、何言ってる・・俺はただ卒公の」

 

「卒公?・・・あぁ、劇団の人なの?あんた役者?研究生なんだ。

ごめんなさい。いつもこの時間はもう決まったお客しか来ないから、

てっきりあんたもそのクチかと思っちゃった。

ふ~ん・・卒公か。もうそんな時期よね。で、あんた、どこの劇団?」

 

「そら」

 

「え?」

 

「劇団宇宙。ダメならいい。他に行くから」

 


ぶっきらぼうにそう言うと、男は黙って店を出ようとした。

大きく振返ったその瞬間、男の肩から提げた大きなバッグが棚の上の花瓶に

引っ掛かり、派手な音を立てて床に落ちた。

 


ガッシャーン!!

 


粉々になった花瓶。

水浸しになった床の上に、男のバッグの中身が大きく散乱した。

 


「あっ!」

 

「・・ゴメン」

 

「いいから!動かないで。あんた怪我は?どこも切らなかった?

あ~あ、カバン、濡れちゃったわね。チラシにもかかっちゃった?

あ!これ、携帯。大丈夫?それにも結構掛かったでしょう?」

 

「携帯?・・・・・あぁ、いや。これは、元々使えないから・・

悪いけど。チラシ、濡れたから全部置いとく。捨ててくれていいから」

 

 

床に落ちていた白い携帯を洋介の手からひったくった男は、

バッグからチラシを取り出すと、それを洋介の手に押し付け、

足早に店を出ようとドアに手を掛けた。


洋介は、その大きな手に思わず手をかけた。

 


「ちょっと!ちょっと待ちなさい!!

あんたね。人が親切で聞いてるのに黙って行こうっての?

どうやら怪我は無さそうね。それはよかったけど・・

ねぇ。夜中に突然来て、人の仕事増やして勝手に帰るなんてどういう了見?

分った。チラシは置いといてあげる。だからあんた、片付けるの手伝いなさいね。

こんなに割れ物が散らかってたら、他のお客さんが入れないでしょう?

大体、あんたの図体がでかいせいだからね。

こんな高い棚にカバン引っ掛かけた人なんて、アタシ、見た事無いわよ。

あんたが初めてだわ」

 


「箒」

 

「え?」

 

「ホウキ。片付けるんだろ?掃くから貸してくれ」

 

「あ、ああ・・あのカウンターの奥に・・・・あら。案外素直なのね」

 

 


慣れた手つきだった。

 

綺麗に床を掃き終えた男は、今度は雑巾を固く絞り、

大きな手で床を丁寧に拭きあげていく。


長い足を折り曲げ狭い店内を窮屈そうに拭いている姿に、

洋介はしばらく目が離せなかった。

 

たっぷり30分かけて掃除を終えた男は、ぐるり店内を見渡し、

最後に滑らないかどうか試す様に、スニーカーの爪先でキュッと床を擦ると、

踵でパン!と大きな音を鳴らした。

 


「終わった。

そこのカウンターの脇、床板が少し剥がれかけてる。

引っ掛かったら怪我するよ。修理した方がいい・・じゃ」

 

「あ、ありがと」

 


男が醸し出す独特の空気に圧倒されていた洋介は、

床に置いてあったバッグを手に取った男の顔をまじまじと見つめた。

 


「ねぁ・・あんた、一体何者?無愛想かと思えば、結構親切だし、

男のくせに掃除も手馴れてる。研究生の割には年食ってるわね。

前に何かやってたの?何だかよく分んない人ね。

ねぇあんた、年いくつ?名前は?」

 

「ずいぶん色々聞くんだな。そんな質問に答えなきゃいけないなら

もういいや。ノルマあるけどバイト代出せば払えない額じゃないし」

 

「あ。ゴメンなさい。いいのよ、置いていきなさい。

色々言って悪かったわ。

宇宙って言ったわね。本多の先の坂の上でしょ?」

 

「ああ」

 

「そう。あそこはミュージカル劇団謳ってるくせに、肝心のダンスが

弱いのよね。演出、木島さんって言ったっけ?

彼は才能あるのに、惜しいなって思ってた」

 

「見た事あるのか?俺が来年団員に上がれば、宇宙のダンスは

変わるさ。じゃあチラシ。この封筒の中に当日清算のチケットも

入ってるから」

 

「ええ、いいわ。分った」

 

 

洋介はもう1度男の顔を見た。

 

少し頬がこけた精悍な顔。

鷹の様な鋭い瞳。

時々育ちの良さを感じさせるのに、粗野なその口調。

 


・・・面白いのが下北に来たわね。

このスタイル、ルックス。立ち姿はダンサーそのものだし、

声も大きくて深い・・・この子、伸びるかもしれない。

 

 

「もう、いいか?」

 

「えっ?」

 

「人の顔ジロジロ・・あんたゲイか?離してくれ。

俺はその趣味は無い」

 

「どうしてそんな・・あっ」

 


いつのまにか、またその男の腕に手を掛けていた洋介は、

驚いて飛び退いた。

 


「やだ、アタシったら」

 

「もしチラシ足りなくなったら・・まあそんな事ないだろうけど。

番号はここ。夜は俺の部屋に直になってる。じゃ」

 

「待って!ね、あんたお腹、空いてない?

よかったら食べて行きなさいな。

代金はいいわ。綺麗に掃除してくれたからそのお礼。

アタシ、あんたともう少し話がしたいの」

 

出て行こうとしたその男は、洋介のその言葉に一瞬足を止めた。

そしてゆっくりと店内を見回した後、ふっと溜息をつき、1人呟いた。

 


「やっぱり・・」

 

「え?」

 

「やっぱり、名前通りの店だな・・入るんじゃなかった。

あれしろこれしろ・・・うるさいよ・・」

 

「ノルマあるんでしょう?アタシ、芝居を見る目は肥えてるわよ。

見たところあんた踊れそうだし、舞台栄えしそうだわ。

これからも時々・・」

 

「悪いけど。俺はそういうの好きじゃない」

 

 

カラン!!

 


今度は大きな音を響かせて、男はドアを大きく開け放した。

2月の冷たい風が、店内に吹き込んでくる。

大きく長い髪を振り払った男は、小さく溜息を吐くと

ゆっくり振り返った。

 

 

「・・なぁ。どうしてこの店、こんな名前なんだ?

  どうしてMIYUKIって」

 

「あんた、名前は?

この卒公のチラシに名前載ってるんでしょ?

教えなさいよ。

チケットもさばいてあげるし、見に行ってあげるから」

 

「・・ジン」

 

「ジ?」

 


「仁。俺は・・影山 仁」

 

 

 

 

 

当日清算のチケットというのは、

実際には口約束と大して変わらない。

金券では無いのだから、公演に行きさえしなければ

それはタダの紙切れだ。

仁が封筒に入れておいたチケットは、そんな何の保証もない

紙だった。。

 

洋介は、常連客に前売り料金で強引にチケットを売りつけた。

チケットは後からあげるからと、金だけ先にふんだくった洋介に

客はブーブー文句を言ったが、そんなことはお構いなし。


1週間で40枚ものチケット代が溜まったその夜、

劇団宇宙に電話すると、あの日、本人が言っていたように

本当に仁が直接電話に出た。

 


「・・はい。劇団宇宙」

 

「影山 仁?」

 

「・・・・・誰だ」

 

「アタシよ。MIYUKIのマスター。憶えてない?」

 

「・・あぁ、オカマの。で、何?何か用?」

 

「チケット売れたわ。当日清算じゃないわよ。

ちゃんと売れたの、40枚。

お金取りにいらっしゃいな。ちゃんと金券持ってくるのよ。

アタシの所に当日清算券なんて、今度からは絶対止してね」

 

「売ったって・・40枚も?どうして」

 

「あんたの舞台が見たいから。興味あるのよ、あんたに。

どんな風に踊るのか、どんな芝居するのか。アタシの目で

確かめてあげる。今夜はこれからまだお客が来るから

明日の夜9時に店に来て。

お腹空かせていらっしゃいね。

それから、タップシューズ、忘れないでよ」

 

「・・あんた、何者?」

 

「アハハ、それはこの間アタシが言ったセリフでしょう?

あの後、何だかモヤモヤしてたの。あんたがアタシに何か自分を

見せた気がしてね。やっと理由が判ったわ。

あんた、タップやるのね。そうでしょう?

あの時あんたが踵を鳴らした音、まだ耳に残ってる・・

明日は9時で店閉めるわ。あんたのために待ってるからね。

いい?必ず来るのよ」

 


いきなり掛かってきた電話。

言いたい事だけ言って切れたその電話に、仁は呆れた。

 


「・・チッ、あのオカマ。結構強引だな」

 

 

コツコツ。


今度は部屋のドアをノックする音。

 

遠慮がちだが確かなその音に、仁はまた舌打ちした。

今夜はもう誰とも会いたくなかった。

 


「誰」

 

ドアの傍に行こうともせず、仁は声だけで答えた。

どうせその前に立っているのは、招きたくない客だ。

 


「団員の佐倉 奈々。この前の本公演で主役だったわ。

知ってるでしょう?」

 

「何の用?俺はあんたなんか知らない」

 

「ふふ、まったく・・噂通りね。あんたは敬語ってのは使わないの?

私、一応トップなんだけど」

 

「俺には関係ないからな。

あんたに取り入ってどうなるもんでもないし。

それより、今日は駄目だ。帰ってくれ」

 

「私を追い返すっていうの?他の女は部屋に入れてるのに?」

 

「どうやら変な噂ばかり広まってるな。

だから、俺はあんたなんか知らないって」

 

「私は知ってるわ。影山 仁、25歳。

木島代表が拾ってきた一匹狼のタップダンサー。

今年の研究生の異色の逸材。そして、最高にいい男・・・

聞いたわ。琴絵と別れたんでしょう?なら今はフリーよね。

ね、早くここを開けて」

 

「せっかちな女だな。そんなに飢えてるなら他の男誘えよ」

 

「顔も見ずに断るの?私、結構体にも自信あるんだけど」

 

「本当にいい女は、自分からそんな事言わないさ」


「だ・か・ら。見てから言ってよ。ね、ドアを開けて」

 

 

・・・まただ。またこんな事の繰り返し。

誰も俺の心の中なんか見てやしない・・・

 

 

仁が劇団に入ってもうすぐ1年。

自分から求めもしないのに、仁は女に不自由した事が無かった。

 

先週、2ヶ月付き合った女と別れたばかり。

もっとも、仁には付き合っていたという意識さえ無かったが。

 


・・・琴絵?

あいつ、そんな名前だったっけ。

 

 

一向に帰ろうとしない女に辟易とした仁だったが、

この長い夜を1人過ごすには、その過去はあまりにも辛すぎた。

 


女の温もりに包まれれば、今夜をやり過ごす事が出来るかも知れない。


意味の無い行為に没頭する事で、あの日を忘れられるかも知れない。

 


ふと、そう思った仁はゆっくりと立ち上がり、

 


カチリ。


ドアの鍵を外した。


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