2008/11/03 16:35
テーマ:歌姫のひとりごと カテゴリ:韓国俳優(ペ・ヨンジュン)

11月3日の思い出

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 11月3日。 文化の日。


 毎年この日に思い出すのは 大学時代の芸術祭。


 
 あの頃 私は音大の人形劇サークルに所属していて

 芸術祭では 近所の子供達相手に 人形劇を見せていたのだ。

 1年生の時は 「赤ずきんちゃん」と「うりこ姫とあまのじゃく」の2本だった。

 「赤ずきんちゃん」では 最後に登場してオオカミをやっつける狩人役。

 物凄い低音で 鼻歌を歌って登場しろと言われ・・・やってみせたら大爆笑!

 先輩達からバカ受けして 調子に乗って少し長めの登場時間だったことを思出す。

 「うりこ姫・・・」では 照明を担当し 自分勝手にピンスポを動かして

 凝った照明をして 楽しかった。照明って面白いと思った!

     


 そして2年生の時に オリジナル作品に挑戦!ということで・・・

 なんと主人公が「みのむし」の女の子の話を劇にした。

 「みのむし」の生態を 私が蜘蛛博士として著名な生物学者だった

 高校時代の恩師の家を訪ねて色々教えていただいたのだ。

 「みのむし」はオスは蛾になるのだが メスは一生「みのむし」のまま。ご存じでしたか?

 そして 出来上がったお話は 「みのむし」の女の子が 自分も羽が欲しいと言って

 樫の木の精のおじさんに聞いた「ハネハネの国」へ羽を求めて冒険に行く・・・。

 そんなストーリーだった。これは先輩と友人が 徹夜で仕上げた台本だった。
 
 私もお話作りに参加したかったけど・・・

 当時私は 年の離れた妹の保育園の送迎を頼まれていたので

 脚本作りの合宿に 参加できなかったのだ。

 とっても残念だったが、先輩達が仕上げた作品はとても面白かったと思う。

 作曲の才能のあるJOONちゃんという私の親友が 
 それに主題歌や挿入歌を沢山作ってくれて・・・

 私は 先輩に頼んで「エフェクトマシーン」を部費から拝み倒して買ってもらって♪

 照明を私が担当し 頑張ってそれなりに凝った照明にした。

 総合で仕上がった作品は 結構素晴らしい出来だったと思う。

 近所に住む 「ぼくは王様」などで有名な童話作家の
  今は亡き寺村○夫先生も見に来てくれて

 色々アドバイスをしてくださったり とても充実した楽しい時間だった。

    


 音大生の女の子は ほとんどこの芸術祭の時期になると授業が無いことをいいことに

 地方の学生は実家に戻ったり 遊びにでかけたりと大学の祭りには顔を出さない。

 盛り上がってるのは お祭り付きなブラスの仲間と教育科の男子くらい。

 ブラスの人間は ビックバンドの演奏を楽しみに 

 お客さんが外から大勢やってくるので特に張り切っていた。

    

     

 そんな中でも 私は1年から4年生まで芸術祭にはしっかり参加した。

 私は3年生の時には 年下の作曲家の男の子に私の台本に作曲させて

 オリジナル「音楽劇」を作ったし 
  JOONちゃん作曲のピアノ曲でオリジナル「影絵」も作った。

 作曲科の男の子の作品は 私の意志に反して・・・

 私は ピアノとバイオリンとクラリネットの3つの楽器だけで作曲をお願いしたというのに

 彼は張り切って 訳のわからない壮大なオーケストレーションの曲を完成させてしまった。

 その時の私と彼の喧嘩は 凄まじいものであった。

 まぁ・・・喧嘩というより 私が一方的に彼に怒っていたのだけれど・・・(;一_一)

 見かねた顧問の教授がオーケストラ専用の録音室を用意してくださって

 有志の学生を募り 彼の作曲を演奏して録音してくださり(私もパーカッションで参加した)

 その現代曲風の変な曲を録音して・・・ 
  仕方がないのでそれをなんとか劇に使った思い出がある。


 
 4年生の時には 4年生で私ただ一人サークルに残り 
  卒論の代わりに影絵の大作を完成させた。

 (私の大学は卒論を出さなくても 講義を受講して単位を取れば卒業できた。)

 「赤い蝋燭と人魚」という小川未明の作品を影絵にした。

 台本は 教育学部の教授の先生(名誉教授にもなられた方)が 学生の頃に作られた 

 このお話のオペレッタの台本を 「ちゃこ。好きに使っていいよ。これ君にあげる。」

 と言って 私にくださったものだった。私はその台本の中から 使えそうな(失礼!)ところを

 切り貼りして脚本を作り 音楽も先生のオリジナルをそのまま使わせていただいて

 それを顧問の教授(今は何と大学の副学長!)の先生が 編曲してくださって

 照明は これ以上ない!くらいに私が凝りまくって作った作品だった。

 部員を総動員させて動かして上演した この「赤い蝋燭と人魚」は

 私と同じく 当時の仲間と恩師の先生にも 忘れられない思い出の作品になっている。

 この作品は 当時毎年秋に「シルエットフェア」と称して 

 早稲○、津○塾。東○女子大の3大学が合同で 新宿の人形劇場で 

 影絵の公演をしていた中に 音大生として初めて混ぜて参加させていただくことができた。

 私の作品は その早稲○の学生も感心してくれた出来栄えで(^-^)

 お客様の反応も 一番良かった作品だったと自負している。(またまた自画自賛♪)

 

 そんなこんなで 私は「やりたい!」と思ったら精一杯頑張る!

 みんなで協力して ひとつのことをやり遂げる!・・・そういったことが大好きだ。

 それは やはり・・・母からもらった遺伝子なのかもしれない。

 私の二人の息子も しっかりその遺伝子は伝わっていて

 大学祭の時期になると 燃えまくっていたようだ。

 

 「燃える」っていう経験・・・大人になってからは なかなかない経験だけど

 今年の大阪ドームのヨンジュンとの再会は・・・燃えたよ~!!

 また あんな風に 熱くヨンジュンに声援を送れる日が訪れますように(^O^)/

 

 

 

 

 

 

 

 


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