歌謡界代表作曲家
2月12日、ソウル江南区三成洞のある録音室で合同
インタビュー
(ソウル=聯合ニュース)
「今日は少し幼くしてみた。彼らよりも老けて見えるか...」
(キム·ジェジュン)
JYJのキム·ジェジュン(28)が写真撮影で冗談を言った。
後輩であるビーストのヨン·ジュンヒョン(25)とブラックBの
ジーコ(22)は、「僕らも幼く見える顔ではないのに...」とし
ょげた表情で笑った。
三人が並んだ姿はチームのように見えた。
「ボーカルひとりに、ラッパー二人だから、チームでもでき
ます。ジェジュン、ヨン·ジュンヒョン、ジホ(ジーコの本名)
の頭文字を合わせたらJYJね。ハハハ。」
彼らの共通点は、「作曲するアイドル歌手」という点。ただ
メロディーを口ずさんでアルバムのクレジットに名前を上
げるレベルではなく、作詞·作曲·編曲が可能で自分のア
ルバムを手作りプロデュースし、他の歌手にも曲を与え
て、歌謡界で認められている「著作権アイドル」である。
韓国音楽著作権協会によると、キム·ジェジュンは37曲、ヨ
ン·ジュンヒョンは60曲、ジーコは46曲を作詞·作曲した。
最近三成洞のある録音室で合同インタビューをした彼ら
は、かなり親交が厚かった。ヨン·ジュンヒョンは、昨年キム·
ジェジュンの歌 「Don't walk away」」でラップフィーチャリ
ングしたことがあり、ジーコはブロックBの活動前ヨン·ジュ
ンヒョンと音源を一緒に作業した縁がある。音楽を作ると
いう共通分母なのか
「共にするのがおもしろい」と楽しんでいた。
ジーコは「今ここにいるのが不思議だ。小学校6年生の
時、東方神起の「ザ·ウェイユーアー」、中2の時「ライジン
グサン」を歌って自慢した記憶がある。中国留学時代の
スーパーメガヒット曲を出した東方神起とグループがすご
かった」と話した。
「最近、憂鬱な気分の明け方3~4時ごろに、あるレストラ
ンで一人で酒を飲んでいたんだけど、ジェジュン兄さんか
ら電話がかかってきました。ヒョンが
「俺も一人でお酒飲んでる最中」と言って走ってきてくれ
たんです。
ヒョンは、僕が話をしなくても心を分かってくれる人で、僕
と感情線が似ていると思います。」(ヨン·ジュンヒョン)
キム·ジェジュンは「ジュンヒョンは、悲しく見えることが多
い、それで、会った時は、ジュンヒョンが笑うのを見るが好
き」と言うと
ジーコは「兄さんたちは悲しい感情を楽しむ人々のよう
だ」と相槌を打った。
◇「作曲を始めた理由は・・」
彼らが、作曲に興味がわいた理由はそれぞれ違ってい
た。
キム·ジェジュンは、JYJ以前東方神起の頃から曲を書い
た。彼は過去に放送局の控室で会った時、MP3に入れて
おいた自作曲を聞かせてくれたりした。アルバムに収録し
た初の単独自作曲は、2008年に東方神起4集の「愛よ泣
かないで」だ。
「歌を始めると、僕のメッセージを込めた歌を作って歌痛
いと思いました。
最初は好奇心半分、楽しみ半分でした。一番最初に関心
を置いたのは編曲でした。どのようにアレンジするかによ
って、全く異なる音楽になるから」
(キム·ジェジュン)
ヨン·ジュンヒョンは、練習生時代繰り返される日常の規則
的な宿舎生活が窮屈で曲を作り始めた。
「作曲家のヒョンが、コンピュータの前で作業するのが、ま
るでゲームを楽しんでいるようだった。僕もやってみたい
と言うと、ヒョンたちは歌詞から書いてみろと言った。歌詞
を書くと、メロディが作りたくなって、トラックまで作ることに
なった」と説明した。
ジーコはラッパーで「ハイテクニシャン」になりたかった。
作曲は夢にも思わなかった。しかし、企画会社に適当な
プロデューサーがいなく、「僕がやらないと」と考えた。
ダンス、バラード、ポップ、ヒップホップ、ロックなど様々な
ジャンルを行き来する彼らは、自分だけの曲の操作方法
がある。
家で一人で作業しているキム·ジェジュンは、ピアノやノー
トパソコンだけあっても、落ち着いて座って曲を作る。アレ
ンジスタイルから構想してメロディーを作った後、歌詞を
最後に付ける。
彼らは「順序が少し違うだけで作業しているプロセスはま
ったく同じだ、他人が書いた曲であっても、良い曲であれ
ば取り入れ、編曲を一人でするというこだわりもない。オ
ープンマインド」という点を強調した。
歌詞は主に経験がベースになる。ヨン·ジュンヒョンがビー
ストヤン·ヨソプのソロアルバムをプロデュースした自作曲
「カフェイン」をタイトル曲にしたというと、
二人は「もしかしたら歌詞に(別れ)経験談を込めてそうし
たんじゃないか」とからかった。
「経験を混ぜた想像ですよね。(笑)」(ヨン·ジュンヒョン)
「そういえば、「カフェイン」よりおまえ(兄さん)のソロ曲
「花」という曲が実話に思えた···」(キム·ジェジュン、ジコ)
◇「初の制作料は数十万ウォン...一緒に作業すると面白
そう」
彼らは互いの音楽的な強みを出した後に評価した。
「ジーコはラップをしっかりとしている友人であり、羨まし
いほどのフック(Hook)のアイデアが優れていないか」(ヨ
ン·ジュンヒョン)
「僕の音楽が刺激的である一方、間が多いジェジュン兄さ
んは、編曲とメロディーが簡潔ながらも起承転結がはっき
りして安定的で、それが歌唱につながってる。また作曲く
らい重要なのが作詞だが、ジュンヒョン兄さんの歌詞は
頭の中に沢山描かれる繊細さがすごいよ」(ジーコ)
キム·ジェジュンは 「僕だけでなく、周囲の音楽する弟たち
も、音楽とラップスタイルが好きで、実力と感覚が違うから
だ」と褒め称えた。
後でコラボしても面白そうだというアイデアも出た。
キム·ジェジュンは 「完全に錯覚であり光栄だ」とした。
「一人のトラックを作った後、三人が集まってメロディーと
ラップメイキングをすることもあって、最初から三つが集ま
ってトラックを操作することもできて本当に面白そうだと思
う」(ヨン·ジュンヒョン)
「うまく行く」 アイドル歌手ゆえ、各自ヒット曲を出して、著
作権料も増えた。
お互いの顔を見ながら額を明かすの困った表情だ。
ジーコは「ブロックBデビュー前インディーズ音楽界で活動
していた18歳の時に初めてもらった著作権料が15万ウォ
ンだった。それに比べれば今はありがたいことに、たくさ
ん増えた」 と笑った。
ヨン·ジュンヒョンは 「ビーストのデビューアルバムで初め
て作詞をしたとき、10万~20万ウォン台だった。それは著
作権料の存在自体を知らなかったとき」というと、
キム·ジェジュンは「僕はそれよりも多かったようだが...」と
言葉を濁した。
付加収入がついてくるが、警戒しなければならない部分
は盗作だ。
昨年歌謡界は相次ぐ盗作論議で疲弊した。
キム·ジェジュンは 「盗作かどうかに気を使うよりも、イン
スピレーションに応じて、表現が出てくて曲を作る。しか
し、メロディーとリズム、ループがすべて同じ曲なら疑って
みるべきと思う。三拍子が合致するのは、簡単ではない
から」と付け加えた。
◇「作曲を始めた理由は・・」
彼らが、作曲に興味がわいた理由はそれぞれ違ってい
た。
キム·ジェジュンは、JYJ以前東方神起の頃から曲を書い
た。彼は過去に放送局の控室で会った時、MP3に入れて
おいた自作曲を聞かせてくれたりした。アルバムに収録し
た初の単独自作曲は、2008年に東方神起4集の「愛よ泣
かないで」だ。
「歌を始めると、僕のメッセージを込めた歌を作って歌痛
いと思いました。
最初は好奇心半分、楽しみ半分でした。一番最初に関心
を置いたのは編曲でした。どのようにアレンジするかによ
って、全く異なる音楽になるから」
(キム·ジェジュン)
ヨン·ジュンヒョンは、練習生時代繰り返される日常の規則
的な宿舎生活が窮屈で曲を作り始めた。
「作曲家のヒョンが、コンピュータの前で作業するのが、ま
るでゲームを楽しんでいるようだった。僕もやってみたい
と言うと、ヒョンたちは歌詞から書いてみろと言った。歌詞
を書くと、メロディが作りたくなって、トラックまで作ることに
なった」と説明した。
ジーコはラッパーで「ハイテクニシャン」になりたかった。
作曲は夢にも思わなかった。しかし、企画会社に適当な
プロデューサーがいなく、「僕がやらないと」と考えた。
ダンス、バラード、ポップ、ヒップホップ、ロックなど様々な
ジャンルを行き来する彼らは、自分だけの曲の操作方法
がある。
家で一人で作業しているキム·ジェジュンは、ピアノやノー
トパソコンだけあっても、落ち着いて座って曲を作る。アレ
ンジスタイルから構想してメロディーを作った後、歌詞を
最後に付ける。
彼らは「順序が少し違うだけで作業しているプロセスはま
ったく同じだ、他人が書いた曲であっても、良い曲であれ
ば取り入れ、編曲を一人でするというこだわりもない。オ
ープンマインド」という点を強調した。
歌詞は主に経験がベースになる。ヨン·ジュンヒョンがビー
ストヤン·ヨソプのソロアルバムをプロデュースした自作曲
「カフェイン」をタイトル曲にしたというと、
二人は「もしかしたら歌詞に(別れ)経験談を込めてそうし
たんじゃないか」とからかった。
「経験を混ぜた想像ですよね。(笑)」(ヨン·ジュンヒョン)
「そういえば、「カフェイン」よりおまえ(兄さん)のソロ曲
「花」という曲が実話に思えた···」(キム·ジェジュン、ジコ)
◇「初の制作料は数十万ウォン...一緒に作業すると面白
そう」
彼らは互いの音楽的な強みを出した後に評価した。
「ジーコはラップをしっかりとしている友人であり、羨まし
いほどのフック(Hook)のアイデアが優れていないか」(ヨ
ン·ジュンヒョン)
「僕の音楽が刺激的である一方、間が多いジェジュン兄さ
んは、編曲とメロディーが簡潔ながらも起承転結がはっき
りして安定的で、それが歌唱につながってる。また作曲く
らい重要なのが作詞だが、ジュンヒョン兄さんの歌詞は
頭の中に沢山描かれる繊細さがすごいよ」(ジーコ)
キム·ジェジュンは 「僕だけでなく、周囲の音楽する弟たち
も、音楽とラップスタイルが好きで、実力と感覚が違うから
だ」と褒め称えた。
後でコラボしても面白そうだというアイデアも出た。
キム·ジェジュンは 「完全に錯覚であり光栄だ」とした。
「一人のトラックを作った後、三人が集まってメロディーと
ラップメイキングをすることもあって、最初から三つが集ま
ってトラックを操作することもできて本当に面白そうだと思
う」(ヨン·ジュンヒョン)
「うまく行く」 アイドル歌手ゆえ、各自ヒット曲を出して、著
作権料も増えた。
お互いの顔を見ながら額を明かすの困った表情だ。
ジーコは「ブロックBデビュー前インディーズ音楽界で活動
していた18歳の時に初めてもらった著作権料が15万ウォ
ンだった。それに比べれば今はありがたいことに、たくさ
ん増えた」 と笑った。
ヨン·ジュンヒョンは 「ビーストのデビューアルバムで初め
て作詞をしたとき、10万~20万ウォン台だった。それは著
作権料の存在自体を知らなかったとき」というと、
キム·ジェジュンは「僕はそれよりも多かったようだが...」と
言葉を濁した。
付加収入がついてくるが、警戒しなければならない部分
は盗作だ。
昨年歌謡界は相次ぐ盗作論議で疲弊した。
キム·ジェジュンは 「盗作かどうかに気を使うよりも、イン
スピレーションに応じて、表現が出てくて曲を作る。しか
し、メロディーとリズム、ループがすべて同じ曲なら疑って
みるべきと思う。三拍子が合致するのは、簡単ではない
から」と付け加えた。
◇「作曲を始めた理由は・・」
彼らが、作曲に興味がわいた理由はそれぞれ違ってい
た。
キム·ジェジュンは、JYJ以前東方神起の頃から曲を書い
た。彼は過去に放送局の控室で会った時、MP3に入れて
おいた自作曲を聞かせてくれたりした。アルバムに収録し
た初の単独自作曲は、2008年に東方神起4集の「愛よ泣
かないで」だ。
「歌を始めると、僕のメッセージを込めた歌を作って歌痛
いと思いました。
最初は好奇心半分、楽しみ半分でした。一番最初に関心
を置いたのは編曲でした。どのようにアレンジするかによ
って、全く異なる音楽になるから」
(キム·ジェジュン)
ヨン·ジュンヒョンは、練習生時代繰り返される日常の規則
的な宿舎生活が窮屈で曲を作り始めた。
「作曲家のヒョンが、コンピュータの前で作業するのが、ま
るでゲームを楽しんでいるようだった。僕もやってみたい
と言うと、ヒョンたちは歌詞から書いてみろと言った。歌詞
を書くと、メロディが作りたくなって、トラックまで作ることに
なった」と説明した。
ジーコはラッパーで「ハイテクニシャン」になりたかった。
作曲は夢にも思わなかった。しかし、企画会社に適当な
プロデューサーがいなく、「僕がやらないと」と考えた。
ダンス、バラード、ポップ、ヒップホップ、ロックなど様々な
ジャンルを行き来する彼らは、自分だけの曲の操作方法
がある。
家で一人で作業しているキム·ジェジュンは、ピアノやノー
トパソコンだけあっても、落ち着いて座って曲を作る。アレ
ンジスタイルから構想してメロディーを作った後、歌詞を
最後に付ける。
彼らは「順序が少し違うだけで作業しているプロセスはま
ったく同じだ、他人が書いた曲であっても、良い曲であれ
ば取り入れ、編曲を一人でするというこだわりもない。オ
ープンマインド」という点を強調した。
歌詞は主に経験がベースになる。ヨン·ジュンヒョンがビー
ストヤン·ヨソプのソロアルバムをプロデュースした自作曲
「カフェイン」をタイトル曲にしたというと、
二人は「もしかしたら歌詞に(別れ)経験談を込めてそうし
たんじゃないか」とからかった。
「経験を混ぜた想像ですよね。(笑)」(ヨン·ジュンヒョン)
「そういえば、「カフェイン」よりおまえ(兄さん)のソロ曲
「花」という曲が実話に思えた···」(キム·ジェジュン、ジコ)
◇「初の制作料は数十万ウォン...一緒に作業すると面白
そう」
彼らは互いの音楽的な強みを出した後に評価した。
「ジーコはラップをしっかりとしている友人であり、羨まし
いほどのフック(Hook)のアイデアが優れていないか」(ヨ
ン·ジュンヒョン)
「僕の音楽が刺激的である一方、間が多いジェジュン兄さ
んは、編曲とメロディーが簡潔ながらも起承転結がはっき
りして安定的で、それが歌唱につながってる。また作曲く
らい重要なのが作詞だが、ジュンヒョン兄さんの歌詞は
頭の中に沢山描かれる繊細さがすごいよ」(ジーコ)
キム·ジェジュンは 「僕だけでなく、周囲の音楽する弟たち
も、音楽とラップスタイルが好きで、実力と感覚が違うから
だ」と褒め称えた。
後でコラボしても面白そうだというアイデアも出た。
キム·ジェジュンは 「完全に錯覚であり光栄だ」とした。
「一人のトラックを作った後、三人が集まってメロディーと
ラップメイキングをすることもあって、最初から三つが集ま
ってトラックを操作することもできて本当に面白そうだと思
う」(ヨン·ジュンヒョン)
「うまく行く」 アイドル歌手ゆえ、各自ヒット曲を出して、著
作権料も増えた。
お互いの顔を見ながら額を明かすの困った表情だ。
ジーコは「ブロックBデビュー前インディーズ音楽界で活動
していた18歳の時に初めてもらった著作権料が15万ウォ
ンだった。それに比べれば今はありがたいことに、たくさ
ん増えた」 と笑った。
ヨン·ジュンヒョンは 「ビーストのデビューアルバムで初め
て作詞をしたとき、10万~20万ウォン台だった。それは著
作権料の存在自体を知らなかったとき」というと、
キム·ジェジュンは「僕はそれよりも多かったようだが...」と
言葉を濁した。
付加収入がついてくるが、警戒しなければならない部分
は盗作だ。
昨年歌謡界は相次ぐ盗作論議で疲弊した。
キム·ジェジュンは 「盗作かどうかに気を使うよりも、イン
スピレーションに応じて、表現が出てくて曲を作る。しか
し、メロディーとリズム、ループがすべて同じ曲なら疑って
みるべきと思う。三拍子が合致するのは、簡単ではない
から」と付け加えた。
エイベックスとの法的紛争終了
JYJ(キム·ジェジュン、パク·ユチョン、キム·ジュンス)は、
日本で新しいアルバムを出すことができるか。
所属事務所シジェスエンターテイメントは16日、公式ホー
ムページの公知を通じて"シジェス(JYJ)とAVEX(エイベ
ックス)は、これまでに発生したすべての法的紛争を終了
すること合意した"としながら"シジェス(JYJ)とエイベック
スは、今後の両者の活動には一切干渉しない」と明らか
にした。
JYJは、去る2009年11月、前所属事務所SMエンターテイ
メントの専属契約効力停止仮処分申請を受けた後、2010
年2月頃シジェスエンターテイメントを通じてエイベックス
と専属契約を締結した。
しかし、両方とも活動範囲と関連して意見の衝突を示し、
エイベックスは、その年の9月の一方的な契約の停止を
通知した。
以後JYJ側はエイベックスに専属契約解約を通知して、
日本で独自に活動した。エイベックスがJYJの日本での独
占的なマネジメント権があると主張すると、JYJ側は、日
本の裁判所に妨害行為などの禁止と損害賠償等を請求
した。
去る2013年1月、日本の東京地方裁判所は、エイベックス
のJYJの日本での独占的なマネジメント権を主張するなど
の行為を禁止してシジェスエンターテイメントの約6億6千
万円(当時ハンファ約78億ウォン)の損害賠償金を支給を
求める判決を下した。
エイベックスがこれに控訴しましょう、日本の東京高等裁
判所は、積極的な介入に乗り出し、最終的にエイベックス
とC-Jesエンターテイメントは、合意を導き出すことになっ
た。
したがって、これまで日本でコンサートを開くなど、独自の
活動を継続しながらも、肝心のアルバムを賭けることは
大変だったJYJの活動の方向も変わることができると思わ
れる。
シジェスエンターテイメントペク·チャンジュ代表は「JYJの
日本活動を保証する内容の1審の判決と2芯の合意を導
いてくれた日本の司法に感謝している」とし「これからJYJ
の日本活動が法的に保障されたことが正式に確認したと
いう点で意味がある。長い長い法的紛争がすべて仕上げ
てうれしい」と伝えた。
http://star.ohmynews.com/NWS_Web/OhmyStar/at_pg.aspx?
CNTN_CD=A0001958594
私は昔まだジェジュンが5人で活動してる時を
あんまり知らない頃、歌のうまい子達程度の認識
しかなくって、何で活動がバラバラになったのかも
知らず、韓流ペンに誘われて2人東方神起の
コンサートに行って"私の知ってた東方神起じゃな
い"って思いからJYJ3人にたどり着いた。
それからいろんなこと勉強して教えられ、そして
念願の彼らの生歌LIVEに行けて私の思いは
決定ずけられた!
そんな私もペン暦3年・・・
そんな私も待っていたこの時を
これが本当の1歩として動き出しますように~
ジェジュンへ 大愛❤
ジェジュンペンの思いはみんな同じだよね~
ジェジュンと私達ペンは常に
繋がっているよね!
いつも沢山のツイもありがたや~
http://www.youtube.com/watch?v=pAHhFreFZ2g&feature=player_embedded#t=157
羽生君とJJコラボ
http://www.youtube.com/watch?v=q7V-sQkVNow&feature=player_embedded#t=0
感動をもたらした羽生君
そんな羽生君と最高ボーカリストジェジュンの
コラボ画像チングが作ってくれました~
こんなの実現したらいいのにね~
ジェジュンという人
@star_meigen
夢を持つことや願い続けることって、ホントに大事だと思
う。じゃないときっと人間は生きていけないから。どんなに
小さな願いでも、その人にとってはとても大事な願いだか
ら。
<母のインタビューより>
姉達が、ジェジュンにラジオを買ってあげたのです。
録音機ではなく、ラジオを買ってあげたみたいです。
姉は、一生懸命勉強するようにと買ってあげたのに、
勉強もせずHOTの歌ばかり・・・
ジェジュンが喜ぶから、姉達がテープも買ってあげ一
緒に楽しんでいたのです。
ジェジュンが、
「あ!僕もやれば、出来るかも?」
そんな風に思ったようです。
それで、中学の時から
「母さん、ぼく大きくなったら芸能人になるんだ」と・・
耳に穴を開けたり、学校が休みの間ピアスをしたり、
学校に行く時は外して
髪は、芸能人になるんだと黄色に染め、そこに赤い
色を入れたり。
それで私が「お前、今すぐ黒い髪にして来なさい!」
と叱ったら・・
ジェジュンが「母さん、僕これが初めてなんですから
許してください」と言うので
「それじゃあ、休みの間だけ、新学期が始まったら黒
くするように!」と言ったら喜んでいました。
ー歌手になりたかったジェジュンの最高の後援者は
ネットカフェのおばさんー
<母のインタビューより>
”お前は勉強もせずにネットカフェばかり通うか”と、
私も姉達も怒り・・・
ジェジュンがゲームセンターに行ったというので、行
ってみるといないんですよ。
町内にネットカフェが有るのですが、昼間は500ウォ
ン有れば1時間使えたんです。
「僕、歌の練習をして将来歌手になるんだけど、ここ
で歌の練習したら駄目ですか?」
すると「昼間客のいない時においで」とおばさんが言
ってくれたから、学校が終わるとジェジュンは、すぐ
いなくなってしまうんです。
ジェジュンはネットカフェで練習したとは言いません
でした、あとでおばさんがそう言うのです。
芸能人になり歌手デビューすると、そのネットカフェ
のおばさんがこう言うのです。
「ジェジュンがうちの店で練習をものすごくした。
来れば私が可愛いと思い練習時間をたくさんあげた
けど、歌手になって・・本当に嬉しい。」
そう言うんです。
そんな風にして、練習したと聞きました。
家では特別練習したとか、誰かに習ったとかいうこと
はありませんでした。
<姉のインタビューより>
ジェジュンは家で絶対に歌いませんでした。
8番目の姉の前では歌ったのですが、家族の前で歌
って見せたことはありません。
私達もジェジュンが本当に歌が上手いのかな?と考
えたのですが、本当に上手かったんです。
まあ、母が歌は上手ですからね。
昔から鼻歌を歌っていたので、影響かもしれません。
私は今でもジェジュンのダンスが上手いのか分かり
ません。
ジェジュンは・・上手く踊るんですけど、ジェジュンが
踊ると。ジェジュンの顔を見ると笑えちゃって到底見
られないのです。
ージェジュンの家出事件ー
母のインタビューより
ジェジュンが高校1年生の時こう言ったんです。
ジェジュン「お母さん、ぼく歌手になってはダメ?」
母「何が歌手ですか、勉強を一生懸命やりなさい。お
母さんは反対です!」
ジェジュン「でも、お母さん、僕歌手になる!」
母「歌手はダメです。」
歌手に反対したから、最初は勉強もせずふらついて
いました。
なので「家から出て、ジャージャー麺の配達でも何で
もして勝手に歌手になれ」と言ったら、ジェジュンが
本当に家を出てしまったんです!
ソウルの駅前のようなところに行き、変なところで寝
たりしたらおかしなところに連れて行かれかねないの
で、夜通し歩き回ったんですって。
仕事を探そうと。
ところが、幼い未成年だと中国料理店では使ってくれ
なかったんですよ。
ジャージャー麺の配達しようとして行ったのに、子供
だからと使ってくれなかったわけです。
本当にジャージャー麺の配達をして歌手になろうとし
たらしいです。
それで
新聞配達をしようと新聞店に行ったのですが
ジェジュンが
「僕2日間何も食べてなくて、ジャージャー麺注文して
くれませんか?」
ジャージャー麺とご飯を注文してくれたのでそれを食
べると
「僕、2日間寝られなかったので、少し寝ます。」
社長「お前を採用するなら住所を教えてもらわなくて
は。」
ジェジュン「僕ですか。僕は悪い人ではないです。歌
手になろうと出て来たんです。」
「うちの両親が歌手にさせてくれないから、家出した
んです。僕の家は姉が8人いて、公州のどこそこに暮
らしています。
僕は悪い人間ではないので採用しても大丈夫で
す。」
それで、ジェジュンが寝ている間にその社長が家に
電話してきて
「息子はいるか?自分が捕まえておくから、迎えに来
て連れて帰れ」と言うのです。
それで、ちょうど仁川(ソウル)にいる上の姉が連れ
てきてその後、
「本当に歌手になりたいのか?!」
と聞いたら、本当になりたいと言うのです。
それでも止めさせようとしたのですが、5番目の姉と4
番目の姉が
「そんなになりたいのならオーデションを受けろ」
ヌナの職場に行く時の車があるから土曜日に連れに
来ると言うんです。
<姉のインタビューより>
5番目の妹ユンスが
「それじゃ、私が連れて行く」と言って、父に分からな
いように明け方起きて2人でバスに乗って行ったので
す。
その時が始まりでした。
ジェジュンは”いつも僕を歌手にしてくれたのは5番
目の姉のお陰”と言ってくれるのだと、言います。
はじめは落ちて、次の月にオルチャンとかモムチャン
とか言う何かになったんです。
ジェジュンは、姉達のサポートが大きかった。
お借りしましたm(_ _)m
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