2008/05/22 01:32
テーマ:太王四神記 カテゴリ:韓国TV(その他)

最終回を想う


ジェホを愛することは、自分の人生を愛すること

「愛の群像」は、

本当の幸せは、自分の日常生活の中にこそ存在していることを、

認識させてくれました。

ジェホを愛し続けることによって、

自分自身が励まされ、頑張ることができると実感します。

ドラマで描かれていた 家族や友人の姿を客観的に視聴したことによって、

現実の家族や友人たちへの理解にも繋がっていると感じます。


幸せに満ち溢れた表情と、

「明日も愛していると言ってあげますよ」という言葉を、

愛する人に遺すことができたジェホ。。。


自分の存在が、愛する人にとって「今が一番幸せ・・・」であったという

想い出を抱いて ずっと生きていくシニョンさん。。。


自分サイズの幸せが描かれた作品。

最初は、ただ ジェホが死んでしまって悲しくて、

泣いてばかりいました。

しばらくの間は、1人でいると、ジェホの言葉を想い出しては、

号泣してしまう自分自身に驚くばかりでした。

でも、何度もジェホのことを想い出し、

最終回の眩しい笑顔に会うために戻ってみると、

間違いなく ハッピーエンドなんだと確信できる作品。。。


何故 このタイミングで語りたくなったのか・・・

それは、「太王四神記」の鑑賞を終えて、

今回の作品が 投げかけているテーマは、とてつもなく大きくて、

自分の価値観では 

すべてを理解することができないものだと感じたからと、

私サイズの幸せを描いていた「愛の群像」と、

この作品が 語りかけてくる 幸せの違いを比べてみたくなったからです。


今回の作品を観る時、

宗教に対して、救いを求める気持ちや、こだわりを持っていない私と、

心から 神を信じておられる方々とは、

受け取り方は 大きく違うはずだと、想像します。

私は、近所のお寺(仏教)の保育所に、超短期 通わせられ、

人数の関係で 2歳だった私は、3歳児のクラスに入れられました。

おやつの時間に加われず立ち尽くしていても、

気付いてもらえなかったことや、

トイレで粗相して、掃除をしなければならなくなった先生に、

睨まれたこと・・・  忘れられません。

その後、カトリックの幼稚園に通っていた時、 ← (^^;;) メッチャクチャ

窓の外の雨を見ながら 

独り言で「アーメン ソーメン ヒヤソーメン」と言ったら、

クラスの子供たちが真似しだして・・・ ^^;;

近所の遊び友達の密告で 私が主犯だと発覚し、

幼稚園に隣接している お御堂で ひとり 懺悔をさせられたこと・・・

4歳だった私は、シスターが ものすごく 怒っておられるから、

謝って、許して欲しい・・・一心で お祈りしました。


高校時代の修学旅行で、長崎に行った時の旅行記。

担任の先生が、文集掲載作品に選んでくださったけれど、

私の文章に、踏み絵について感じた疑問が含まれていたため、

削除要請を受けたこと・・・


神さまって・・・心が広くないな。。。私の正直な感想。 

心に刻まれた想いです。

今でも 変わりません。


また私は、世界各地で繰り広げられている紛争・戦争のほとんどが、

宗教が原因で起こっているように感じる気持ちを持っています。


そんな 考えを持ちながら ファヌンさまの言動を見ていたので、

・・・・  えっ    もう 帰るの?   それで いいんかい!?

と、感じてしまいました。


2000年の時を経て、

天命を受けて 生まれてしまったがために、

愛すべき人々 みんなが不幸になっていく・・・タムドク。

 

チュシンの王になって、チュシンの国を作らなければならない・・・

平和で幸せな国を・・・

 

本来 幸せは、それぞれの存在を尊重し、

日々に感謝できてこそ感じられるものだと思う。

ジェホとシニョンさんのように笑顔を交し、

お互いが愛する人のために 頑張って働くことができる・・・

そんな小さな幸せが集まる場所が、

幸せな国。

それなのに 愛すべき人たちは・・・ 自分のために 命を落とし、

殺し合いを続けている・・・

 

チュシンの国を作るために・・・

喜んで命を捧げる・・・ 愛すべき人たち。


敵対している人たちさえも・・・

自分をチュシンの王にするために存在しているかのように、

どんどん 不幸になっていく・・・

 


最終話の最後の戦場の場面。。。

自分の子供を取り戻すための戦い。。。

そのために、愛すべき人が 命を落としていく。。。

            愛すべき人たちが、殺し合いを続けている。。。


裏切られたと思っていた キハもまた、

自分をチュシンの王にするために、真実を語らなかったことを知る。

 

天命に従い前に進むことが 自分の生きるべき道と信じ、

戦い続けてきた。

でも・・・

本当の幸せは、違うのではないか・・・


キハに対して、もう大丈夫だ と言ったタムトク。。。

その言葉には、

自分をチュシンの王にするために、辛い想いをさせたね。

天弓を折り、神物を消滅させ・・・ 天命の呪縛から

もう解放されたから・・・ もう 辛い想いをしなくていいんだよ。

そんな 心が込められていたと 私は感じました。


人は、自分自身で、幸せを感じるのだと思う。

神さまが 幸せにしてくださるのではない。


このドラマは、

神のために戦うことに疑問を投げかけているように 

私には感じられました。


2007/12/04 21:01
テーマ:太王四神記 カテゴリ:韓国TV(その他)

どうして ミスキャスト?


待ちに待った。。。

字幕放送

しかも私は、オンエア時 

子供が試験(定期考査)勉強中だったので

もうひと踏ん張り待って 今日 録画で鑑賞しました。。。

PCにかじりついて 時々 途切れ途切れ・・・

韓国語が ちんぷんかんぷんで解らなかったことが

字幕さまの おかげで、

おぉ~~~      へぇ~~~~~~~~~  

セリフ 想像通り ! ちょっと 嬉しい。。。

 

ワクワク ドキドキ 

 

映像も素敵だし。。。

                よかった。。。。

 

これから しばらくの間 こんな楽しい月曜日が続くと思うと、

幸せで 心が暖かくなってきます。

 

ところで・・・

初回の泣き所 ヨンジュンさんのファヌンが自らの手で

セオを・・・ のシーン?

うぅ・・・ん・・・

私は、そこは・・・ やっぱり ふたりとも美しいわ~~

表情がジェホに似ているって少し話題になった 表情 

確かに そうだわ。。。。

 

などと 邪念が入ったためか、

今のところ (冬ソナも一回目よりも回を追うごとに

涙があふれてくるシーンが増えていくので・・・現在進行形)

まだ 涙には至らず。

 

 

それより、セリフが解って・・・

あぁ・・・ こんなシーンだったんだ・・・

もう・・・ 胸が痛くて

想い出すだけで 今も ウルっとくるシーンがあります。

 

「そなたも私の民だ・・・」

           そなた 「も」 ・・・ か ・・・

   「あなたの民になどなりたくない・・・

    私は

        王だったのよ・・・・」

 

神様なのに何もできない ファヌン。。。

 

悲しみ   恐怖 ・・・

いろいろな想いが込められた表情のカジン。。。

 

                 さすがです・・・ ムン・ソリさん

 

繊細さと迫力・・・  

カジン 演技派女優のあなたが演じたからこそ

胸にズシンときました。

 

 

 

 

 

やせ我慢して 強がる 自分を思い出しました。。。。


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