BYJ家族の近・困・勘
【オーラ・進化・最善】
Bae Yong Joon家族の懐かしい「業界用語」とも言うべき三つの言葉。
我が職場に、これらを時々呟く人がいる。
もしかして・・・Bae Yong Joon家族?
【キムチ・柚子茶・韓国のり】
Bae Yong Joon家族の「常備食」とも言うべき三つの食べ物。
我が職場に、これらを時々持って来る人がいる。
もしかして・・・Bae Yong Joon家族?
上記のBae Yong Joon家族らしき二人・・・
ちょっと苦手なタイプなんだなぁ・・・
もし、本当にBae Yong Joon家族だったら・・・
あぁ・・・考えたくない。
されど、
勘がビンビン弾いている。
「考えすぎ」がドンドン弾かれていく。
こういう勘ほどよく当たる。
Bae Yong Joon家族の近・困・勘
お休みなさい・・・・・・☆
これ、BYJ家族の勘!
暑中お見舞い申し上げます
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「これ、主婦の勘!」
という決め台詞のドラマがある。
先日、ちょっとした会議に出席した。
分厚い資料をめくりながらの会議であった。
しかも使用言語が英語。
同時通訳がついてはいたが、わずかなタイムラグがあることや一つの意見を二か国語で同時に聴くことでホトホト疲れた。
同時通訳されず、勘で英語(意見)を聴き取ったほうがよかったと思う。
脳が、特に左脳が麻痺し始めた頃、「yon-sama」という言葉と同時に資料のど真ん中に「Bae Yong Joon」が現れた。
「Bae Yong Joon」というより「ミニョン/チュンサン」。
発言者が「冬のソナタ」の山でのシーン(遭難したユジンをチュンサンが探し出し、山小屋へ帰るときのシーン)を軽く説明し、「ポラリス」、「ミニョン/チュンサン」、「ユジン」を会議の内容に合わせて語った。
私の脳は一気に目覚め、右脳が活気づいた。
漫然としていた会議は一気に合議へと進んだ。
「冬のソナタ」は言語より語る。
「Bae Yong Joon」は言語より強し。
バリバリのスーツに身を包んだあの女史は、
多分・・・否、きっと
Bae Yong Joon家族!
これ、Bae Yong Joon家族の勘!
星空に馳せる想い
昨夜、夕食を食べながら見たテレビの映画番組。
北海道にある動物園の再生の話だった。
昨年、その動物園に行って来た。
私は動物の●●●ショーというものが苦手なので、●●●ショーがあろうがなかろうが、動物園や水族館に誘われても躊躇してしまう。
昨年のその時もそうだった。
しかし、同僚の半ば強引な引き回しでその動物園に行って来た。
とても温かな動物園だった。
同僚の行動力に感謝した。
テレビを見ながらあの時の感動が甦ってきた。
そして、その感動の次にやってきたのは、星空だった。
その動物園がある街の近くに、Yong Joonを通して知り合った人が住んでいる。
その彼女が立ち上げたサークルで3年という時間を過ごした。
とても温かなサークルだった。
私にとってそのサークルとその時間は、Yong Joonと同じくらい・・・否、それ以上の比重をもっている。
うまく言葉が見つからないが、あの動物園の動物たちのように過ごしていたと思う。
そのサークルの扉が閉じられて約1年が経った。
扉が閉じられた後も、わたしのPCには扉が残されている。
毎日、その扉にそっと手をあててみる。
いつかまたその扉をノックする日が来ることを信じて・・・。
12月20日
12月20日・・・
Bae Yong Joon家族として一つの分岐点になった日
Bae Yong Joon を遠くに感じた日
Bae Yong Joon家族がreal に迫ってきた日
12月20日
Bae Yong Joon のチュンサンに出会った日
12月20日
Bae Yong Joon を愛したひとりの女性が逝った日
2006年・・・
「12月20日」は
私の中で
Bae Yong Joon家族の日
となった
こんばんは、お元気ですか^^
☆が空に仲間入りし、1年ぶりにお話しますね。
1年・・・色々なことがありました。
Yong Joon にも、私にも。
Yong Joon はどんどん大きくなっています。
「冬のソナタ」が新たな感動をもたらしてくれています。
2009年・・・
Yong Joon も私たち家族も変化の年だったような気がします。
宙からはどんなふうに見えましたか?
またいつか、光と風と雲の絵筆で教えてくださいね。
今夜も星空に想いを馳せながら・・・
じゃぁまたね・・・お休みなさい☆
12月20日・・・
「イッチマ」という言葉を残し
Bae Yong Joon を愛したひとりの女性が逝った日
貴女を
貴女の愛を
忘れない・・・・・・
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