滅びかかった茶文化の継承を考えるなら・・・
内容とは全然関係ないですが・・・
みんなに一生懸命手を振ってくれるこんなに優しい王様。お茶好きだとおっしゃるなら、お金に糸目をつけず、世界中から美味しいお茶をいっぱい集めてきて差し上げたいです。あ、でもこの時の設定は王様ではなく江戸時代の朝鮮通信使(=大使)でしたっけ。でも何だか王様にしか見えないです(笑)
日本人は3度の食事の後、おやつの時間にお菓子と一緒に、お客様がいらしたら少し良いお茶を…と、1日何度も緑茶を飲む。
私が普段使っているのは100グラム2千円までで、新茶の時期などは少し贅沢をして3千円くらい。せいぜい1ヶ月5~6千円というところだろう。
前述のお茶名人のパク・ドンチュンさんの作られるお茶はごく僅かで知り合いに配る程度ということで、一般には手に入らないそうだ。
もし韓国の(彼が満足できるクオリティの)お茶を手に入れようとすると、シン・グァンスさんの作られる50グラム120万ウォン(=100グラム約2万4千円)。あるいは彼が普段飲んでいる80グラム8万ウォン(=100グラム約1万円)。
彼は1日0~2回ほどしか飲まないから、一筒(=80gということなのかな?)1ヶ月持つのだろう。
私たちは、いくら出の良いお茶だとしても、使用後十分に開いてしまった茶殻を置いておいて、数時間後に使いまわすようなことは普通しない。その度に茶殻を捨てて新しい茶葉を使う。食後に、あるいはおやつと一緒にと気軽に使うとしたら、1回に1人2グラム使うとして4回使ったら1日8グラム、1ヶ月で8×30=240グラム。お茶の葉だけに2万5千円近く…。お茶名人さんのだったら5万円以上かかる。
1人で飲むということはあまりないし、そうなると5万10万、お茶の葉だけの為に吹っ飛ぶ。
これを「高くない」「…円程度」と言えるのは、やはり「オカネモチサン」だろう。
私が今まで飲んだことのある日本の緑茶の中でもっとも高価だったのは、京都の宇治の玉露の最高級のもので、100グラム1万円ぐらいだったと思う(もっと高価なものもあると思う)。
茶葉は細いこよりのように美しく、淹れた水の色は薄い上品な黄緑色で、香りは非常に高く鼻腔にまとわりつくような風味ととろりとした甘みがあり、普段飲んでいるものとは全くの別物で、確かに素晴らしかった。
でも、やはりそう気軽には買えない(悲しいことに彼の普段使いとほぼ同額)けれど、たまの贅沢に買ってもいいな、と思えるお値段。
韓国の、一度衰退したお茶文化を、将来に継ぐべき文化遺産として復活させたいなら、一般の人たちが気軽に買える値段でなければならないだろう。
この本を読んだ「ヨン様」家族の日本人が、体験ツアーなり何なりで大挙して押し寄せて、ただでさえ生産量が少なく、ために日本国内の最高級の緑茶の数倍のお値段がする緑茶を買い占めるようなことになってしまったら、どうなるのだろうか?
外貨は稼げるだろう。PR大使の役割は実際、そういうところにあるのだろうし。
その時はいいけれど、伝統文化の継続的な復活にはならないだろう。
国内の良い品質の生産物を、国内の一部の富裕層と海外の人たちだけが知ることができるというような状況を、彼は本当に望んでいるのだろうか?
この項を読んでいて、最終的に残ったのは、こんな疑問でした。
何だか今日はお金の話ばかり。
さもしくてごめんなさい。
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