悲しい言葉
時同じくして・・・
約1か月前から、我が職場でもゴタゴタが続いている。
年度初めの新鮮な空気と戸惑いの空気の中で、「事件」が起こった。
それから、来る日も来る日も会議、会議、会議の連続。
当人の「個」としての立場、組織人としての立場、そして「組織」そのものの立場・・・。
事件から派生した様々な問題が、日替わりメニューで提起される。
そして会議、会議、会議・・・。
解決の方向性が定まらぬうちに5月を迎えることになるのだろうか。
こんな時は、組織の危機管理状況とともに組織内部の集団力学的な模様もあぶり出される。
私は、
場は違うが類似した「ゴタゴタ」を、見守ることしか出来ないのであるが、見守る中で目にしたとある言葉に悲しくなった。
組織の方針を貫くことは必要であろう。
受け手が欲していることを淡々と伝えることも否定はしない。
ただ、現況を受け止めているならば、その現況に配慮した言葉を使ってほしかった。
その言葉を目にした時、大きな組織の中での私たちの立ち位置というか役柄が、その言葉の発信者からどう捉えられているか判った気がした。
そう感じたのは私だけだろうか。
そう感じたのは私だけかもしれない。
けれど、そう感じた存在がここに在るという事実。
この悲しみはいつまで続くのだろう。
恋よ恋
Yong Joonにとっては余計なお世話だろうが
Yong Joonは恋をしているのだろうか。
先日、とある場面を見ていて思った。
結ばれることがなくても
付き合うことがなくても
恋をしていてほしいと思った。
Yong Joonは出会いの機会がないと言うけれど
「恋」そのものと出会う機会はあるように思う。
「冬のソナタ」に寄せる想いのひとかけらは
確かに「恋に恋した」時の想いに似ている。
Yong Joonも私も「恋に恋する」年頃ではないけれど
私には
「恋に恋した」頃の想いが
いま現在の恋を運んで来た。
Yong Joonにも
「恋に恋した」頃の想いが
新しい恋を運んでくるだろう。
私がミニョンやチュンサンやBae Yong Joonにずっと恋をしているように
Yong Joonもずっと恋をしていてほしい。
私には
Bae Yong Joonが
恋さえも「自己管理」しようとしているように感じる
それは
あまりにも・・・
恋よりも・・・
切ないことかもしれない。
髪を切る
「何かあったの?」
髪を切ると
私と付き合いの浅い人は必ずこう言う。
髪を切る時は必ずベリーショートにするからである。
何もないのであるが、落差が激しいので驚くらしい。
Bae Yong Joonが髪を切った。
長い髪のBae Yong Joonは
髪を切る時どんな思いがあったのだろう。
髪を切られながらどんな思いがこみ上げて来たのだろう。
勝手な推測だが
Bae Yong Joonは結構長い髪を気に入っていたのではないだろうか。
勝手な感想だが
長い髪のBae Yong Joonの表情・姿からは自分を楽しんでいるように感じた。
なのに、なぜ髪を切ったのだろう。
Bae Yong Joon以外には
Bae Yong Joonが「テサギ」以降も長い髪であり続けた理由や切った理由を知る由もない。
しかし、敢えて「こだわり」と「ちょっとしたところで自分と自由を楽しむ」という要素を持っているBae Yong Joonに
髪を切った理由と心境を問うてみたい。
答えは
意外と私のように
「何もないよ。」・・・・・・なのだろうか。
四則演算
想いを
足して 引いて 掛けて・・・
整理した
最後に 割って・・・
割り切れない想いだけが残っている
Your waiting
疲れてる?
私にはそう見えた。
一つの大きな仕事を終えた後だもの
達成感が飽和状態だよね。
疲れているよね。
そして
次の仕事が待っている。
貴方を愛するたくさんの人が待っている。
けれど
貴方は何を待っているのだろう。
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