過ぎ去れば夢は優しい
怒涛の一週間だった。
ココロの空模様は快晴から暴雨風へ。
そんな一週間だった。
けれど、Friday night は穏やかな夜風の中にいた。
「過ぎ去れば夢は優しい」
子どもの頃に聞いた歌の中に、こんなphrase があったっけ・・・。
phrase が伝える思いとは違うかもしれないけれど
夢のwarming up をしていた頃に蒔いた種たちは芽を出し、花を咲かせ、その花たち
は優しかった。
秋の空のような1週間の
はじめと終わりの時空間で感じた非現実感と非日常感。
初めて感じた感覚だった。
不思議だった
あれは
現実の世界で感じる夢の感覚だったのかもしれない。
夢・ゆめ・ユメ・・・「夢」
アジサイのような「夢」に彩られた6月は
時色 toki‐iro で彩られた6月でもあった。
4月の魚
「大丈夫か?」
「大丈夫よ・・・」
新しい扉を開けた朝
小さき恋人が
私の手から
飛び立った
新しい扉を開けた夜
旅立つ大きな恋人に
小さな声で
大きな嘘をついた
image
先日、とある言葉を囁いた。
取引先との会議でのことである。
あまりにも斬新な内容にふと漏らした言葉。
―――「すっげぇ~!」
会議の後、隣に座っていた取引先の社員が、
「さっきは驚きました」と話しかけてきた。
私:「ん?何が?・・・あぁ、あのアイデアね」
社員:「イエイエ、ジョニーさんのあの言葉ですよ。“すっげぇ~”っていう・・・。あの一言が今回の会議一番の収獲でしたよ」
その社員によれば、それまでの私には、私の辞書に「げっ!」とか「マジっ?」とか「すっげぇ~!」という言葉はない・・・そんなimageだったらしい。
そういえば・・・以前、職場の同僚にYong Joonのファンであることを話した時、
「えぇ~!? 意外です。ジョニーさんとBae Yong Joonや冬ソナ・・・結びつきません。imageじゃないですよ~」と言われたこともあった。
imageとは恐ろしくもあり、面白くもあり・・・。
かくいう私も他者に対してimageを持っている。
Bae Yong Joonに対しても然り。
そして、いつの日かあの社員や同僚のように、今私が抱いているBae Yong Joonに対するイメージの一角が崩れることがあるのだろう。
かつてBae Yong Joonが写真集のtitleを「像 THE IMAGE VOL. ONE」とした意図が何となくわかるような気がする。
Bae Yong Joonの中のcynicalな部分が、あのtitleに顕れているような気がする。
隠された言葉
「・・・じゃないですか」
今日、仕事の出先で「AERA」に出会った。
今回の来日に伴うあの3部作(?)を久方ぶりに読んだ。
読みながら、Yong Joonの丁寧な返答振りに「Yong Joonの魅力」を再認識していた。
しかし・・・
「ん・・ん?」
以前読んだ時には気にならなかったが、今日とても気になった言葉があった。
インタビューの前編(6月30日号)に何回も出てきた
「・・・じゃないですか」
という言葉である。
言葉は生き物で、時と共に変化する。
「・・・じゃないですか」という言葉も、使われ始めて久しいけれど、私が随分おとなになってからだと思う。
この気になる言葉を前に、ふと思った。
「コレは日本人的な言葉だ。文章を書いている人が日本人(多分)だからこんな言葉が出てくるのだろう。いくらなんでもYong Joonがこの言葉に含まれているニュアンスを韓国語に含めたとは考え難い。・・・であれば、Yong Joonの本当の言葉・その意味・ニュアンスはどうだったのだろう」
と・・・。
Yong Joonの言葉は、翻訳されたものでしかない。
それ故、「翻訳者」や「ライター」というフィルターを通って来る。
その上、言葉は受け手の側でもフィルターを通る。
出先からの帰り道、
「隠されたYong Joonの言葉を知ることは無理なのだ」
と悟り、大きなため息をついた。
フゥゥ~~~。
恋色の風呂敷
私はBae Yong Joonに負けず劣らず完璧を求める。
だからBae Yong Joonが完璧を求めようとする気持ちが少しわかる。
今日、完璧を求める自分が
とてもつまらない人間に見えることに気づいた。
Bae Yong Joonがそういうことを超越できているのは
やはりBae Yong Joonの人間性なのか・・・
こんな時、Bae Yong Joonとトコトン話をしてみたいのである。
しかし、それは完璧に不可能
こんな時、Bae Yong Joonがとてつもなく遠い存在であることを
認識させられるのである。
――― だから、恋色の風呂敷でココロを包むしかないのである。
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