2006/11/07 13:27
テーマ:韓国旅行 カテゴリ:趣味・特技(旅行)

二日目


朝食はバイキングでした。

おいしくいただきました。

部屋に戻ると電話がかかってきました。

ソウルに知り合いは住んでいないのでびっくりしたのですが

日本のメル友が今 ソウルにいるから私に会いにホテルまで来てくれるとのことで・・・

日本で予約したガイド付きチャーター車にはちょっと待っていてもらってホテルの近くの

ミニョンさんが交通事故に遭ったあの道路まで行くことになりました。

ホテルの裏側の回転ドアはドラマにも出てきました。

風が刺すように寒く、韓国に来たって実感したひと時でした。

写真を撮って大急ぎでホテルに戻ってわがままツアーに出発しました。

ツアー客は私と娘だけですので、コースは事前に調べてメールしておきました。

まずソウル駅で(黒水仙のロケ地)大時計を見て、完成間近のKTXの駅の階段

(春の日にも出てきました)も見て、浮浪者に声を掛けられてガイドさんが追い払ってくれて、

コンビニでクラウン製菓のバターワッフルとスポーツ新聞を購入しました。

次は冬のソナタに出てくる教会です。

関係者の方に 日本人は団体で来て 騒ぐだけ騒いでタダ見て帰る事に

憤りを感じてそれが積もり積もっていたようでガイドさんに文句を言っていたようですが

無事 見学終了。

次は旅行の一番のメインのホテリアーの聖堂です。

旅行出発1週間前まで場所が分からずコースから外れていたのですが

ちょっとしたことがきっかけで分かったのです。

中国で発売されていた韓国ドラマのロケ地マップをネットで購入し

写真以外は全て中国語の本の住所や説明を解読しました。

写真に映った建物の名称は左端が少し切れていました。

はっきり分からないので行くのを断念していたのですが、偶然 買った本にヨン様の

通った小学校名が漢字で載っていて、ひらめきました。

聖堂の場所はプラザホテルのコンシェルジェさのお願いしたらネットで検索しプリントアウト

してくださっていました。

聖堂は地図を見ても直ぐ見つからず、近くまで行って運転手さんとガイドさんが

道行く人に聞いてくれました。

「ハkセng、ハkセng(学生、学生)」と呼び止めて何度か聞いてやっとたどり着きました。

中学校がすぐ近くにあるようでした。

聖堂の外でろうそくを買って コインを投入してきました。

今でも火を付けないまま家に飾ってあります。

そのあと 江南(カngナm)のギャラリア百貨店で宝石店を探しましたが

撤去したようで見つけられなかったのですが雰囲気や周りのお店はのこっていました。

トンヒョクとチニョンが入ったマクドナルド、ユニが行ったロックカフェに行って

お昼は三元ガーデンの焼き肉でした。

深キョンと矢田亜希子ちゃんがフレンズで行ったお店です。

お肉も冷麺(ネngミョn)美味しかったです。

午後はウォーカーヒルに行って運転手さんはここで終わりで、ガイドさんに

通訳していただきヴィラの見学を許可して欲しいと交渉しました。

ベルデスクが不在を理由にしばらく待つことになりましたが3回目に歩いて自力で

幾分にはOKと言うことになりました。

ヴィラに行くには警備員さんの許可も必要でしたが、聖バレンタインデーだったので

誰かからチョコをもらったらしいアジョッシはとても上機嫌でした。

ヴィラの内部は宿泊客がいて入ることはできませんでしたが、

満足でした。

警備員さんの所へ行く途中 もう1種類のヴィラを発見し通行止めの印が置いてありましたが

そこでうろうろしていたらアジョッシが「お客さんがいないから見ていって良いよ。」と言ってくれました。

スターライトはイベントで夕方は休業していて入れませんでした。

4時半からウォーカーヒルショーを予約してあって、座った場所はまさしくトンヒョクが

チニョンにプロポーズしたテーブルの位置でした。

この席は日本にあるウォーカーヒルの日本事務所で予約したものでした。

テーブルの形こそ違いましたが映像をチェックして気がつきました。(続く)


2006/11/07 13:25
テーマ:韓国旅行 カテゴリ:趣味・特技(旅行)

韓国 第1日目の夜は・・・


ホテルの部屋は冬ソナパッケージだったので、冬ソナのビデオが自由に鑑賞できて、

冬ソナOSTプレゼントとロケ地マップもファイリングして置かれていました。

荷物を部屋に置いて、待っていたタクシーで(乗り込む前に貼られたステッカーがきれいに

はがされていました。)明洞聖堂に行ってまたホテルに送って来てもらいましたが、

明洞聖堂はあっちこっちで修復工事中でしたし、ロケ地になったマリア様の像が

自力では見つけられず ミンチョルを待ち続けた聖堂だけは中に入って見てきました。

一休みして 明洞を散策したのですがマクドナルドのドアを開けた途端に財布をホテルに

置いてきた事に気づき、ホテルに重い足取りで戻ったのですが、もう一回出かける

気にもなれず、ホテルの中のトパーズでステーキセットを注文しました。

こんな事なら冬ソナパッケージの食事をそのまま注文しておけば良かったと

後悔の嵐でした。

でもお肉が美味しくて満足でした。

食事後 遅い時間だったのでお風呂にも入らず寝てしまいました。

日本から持って行って電源を切ってあったはずの携帯電話が突然

鳴り出し目が覚めました。

目覚まし機能は海外に持っていっても有効だと初めて気づきました。

前の晩 みぞれが降ったようで地面が濡れていました。

娘は最強の雨女なので傘は持参していました。

次は2日目をご紹介したいと思います。


2006/11/07 13:24
テーマ:韓国旅行 カテゴリ:趣味・特技(旅行)

生まれて初めての海外旅行 ソウル編


パスポートは2003年8月に申請しました。

10年なので結構 まとまった出費でしたが韓国へ行けるなら

清水の舞台だろうがナイヤガラの滝だろうが飛び降りる覚悟も

持ててしまう・・・

最初の旅行は2004年2月13日~15日 羽田 金浦

2泊3日の旅でした。

真ん中の娘と2人だけの旅行でした。

実は2003年10月に映画「スキャンダル」の公開にぶつかる日程で旅行会社と

話し合いを進めてきたのですが出発 10日前くらいに主人の大反対にあって

あえなく撃沈してしまい高いキャンセル料を払うことになりました。

行っていたら プラザホテルのミニョンルーム2泊だったのですから・・・

行けなかった理由は稲刈りの時期に遊びに行くのは世間体も悪いし

手伝っても欲しいと言うことだったんですが。

悔しいので 次はロッテで行く韓国に応募しました。

B賞のご優待が当り 娘と参加の意思を伝えたのですが短大の行事と

ぶつかってしまい娘をキャンセルと伝えたら1人での参加は無効になるとのことで

へこんでしまいました。

悶々と過ごしていたある日 主人が「来月 台湾に行ってくるから・・・」

って言うではありませんか。

ぶっち~んと切れた瞬間でした。 

主人の祖母を面倒見ながらストレスがピークなのに私だけは我慢というのは

納得いかなくて。

最後は「台湾へ出発したのを確認して韓国へ行ってやるから(怒)」

この言葉にびっくりした主人は1週間遅れで行っても良いと渋々承諾してくれました。(喜)

 

前置きが長くなりましたが・・・

2004年2月13日

金浦空港には日本で予約したタクシーがお迎えに来てくれていました。

このアジョッシが旅行中ずっと頭痛のタネだったんです。

駐禁のステッカーを貼られたタクシーに乗り込み^^;

空港から「美しき日々」のロケ地 新村のシンナラレコードへ行きました。

その頃 韓国でOA中の「天国の階段」のOSTを買いたかったのですが

もちろんどこを見てもハングルで書いてあるので探せない(困)

思い切って店員さんに「チョnグゲ ゲダn・・・」

しどろもどろで伝えると売り場に案内していただけました。

数点持ってレジへ行き1万ウォン札を出しました。

袋は有料だと韓国語でたぶん行っているようですが

10Wなのか100Wなのかは聞き取れなくて気の利いた返事が

できませんでした。

思い切って「カメラ」と行ってみたら 店長に了解を取りに行ってくださって

遠慮がちに数枚 写真を撮ってきました。

「カムサハムニダ~」と言い小躍りしながら階段を上って行きました。

タクシーには荷物が載ったままなのにアジョッシまで店内について来ちゃって

荷物の番は誰がするのだろう・・・?

次は宿泊先のプラザホテルですがミニョンルームの1952の下の952号室(泣)へ泊まることに・・・(続く)


2006/11/07 13:21
テーマ:韓国旅行 カテゴリ:趣味・特技(旅行)

韓国旅行への野望


私は当時 海外旅行の経験がなく、パスポートも持ってなかったので

韓国へ行こうと思い立っても何をどうして良いのかさっぱり分からないでいました。

偶然が重なって小さな旅行会社と出会って、お互いの知恵と希望を出し合って

旅行の計画は着々とできあがって行きました。

しかし旅行会社が小さく、まだ日本で韓流が定着していない時期だったために

秋の繁忙期にツアーでない個人でウォーカーヒルを予約することは簡単ではありませんでした。

妥協して成り立っている旅行計画書を前にため息がでました。

細かい部分を検討するのにはどうしてもソウル市内の地図を読めないと話しになりませんでした。

ハングルと漢字とカタカナで書かれた地下鉄の駅名を覚えていく内に漢字語が理解できる

基礎ができていったようです。

蚕室→チャmシL 室長 シLジャン

江辺→カngビョng 漢江→ハnガng

成均館→ソンギュnグヮn 三成→サmソng

地図に穴が開くのではないかと思うくらい毎日 地図を眺めながら

耳はウォークマンで韓国語を聞いていて、日本に居ながらにして

韓国にいるのと同じ状況を作りました。

しかし自営業のためいつも一緒にいる家族からは

仕事中でもヘッドフォンをしたままでしたので

怪訝な顔をされました。

段ボール箱を数えるのにも覚えたばかりの漢数詞や固有数詞で数えてみました。

夏 冷房もない部屋で真夜中に汗だくで中国語字幕の「初恋 全66話」を見ました。

韓国テレビ局の会員になれば無料で映像を見ることができると聞き、早速 会員登録を

することにしましたが、当たり前な事にどこを見てもハングルで書かれていました。

会員加入の字すらどのことかさっぱり分からず、日韓辞典で名前・住所・国・

などあらかじめ記入しそうな単語のハングル表記をリストアップしておきました。

ここで問題が発生しました。

最後の行の認証で ハングルを入力しなければいけないのですがやっとハングルが

読める程度でまたハングルで入力する方法すら未知の世界でした。

1つ1つの問題を片付けて認証にトライしても何度もはじかれてしまいました。

既に会員登録済みの友人に聞いて名前もハングルにするのだと教わりました。

漢字で4文字の名前はハングルにしても4文字です。

韓国人の名前は大抵3文字なので半ば諦め気分で入力したら

数回でOKが出ました。

KBSができればMBCも完了し残るはSBSのみでしたがなかなか

簡単には行かず、直接 メールで問い合わせをしたら 今はネットでの

会員登録はできなくしてあるとのこと。

必要事項をメールで送れば会社で登録を代行していただけるという返事が来ました。

もちろん翻訳機を使用してのやりとりでした。

誰もこの時点でアンニョンハセヨしか分からない私がテレビ局の会員登録が

できるなんて想像しなかったと思います。

自分でも不思議でしたが、全ては愛と気迫で乗り越えた事だったと思いました。(続く)


2006/11/07 13:17
テーマ:韓国語学習 カテゴリ:その他韓国関連(語学)

ハングルスタートは愛と気迫で・・・


2003年4月BSー2で冬のソナタを見た。

ミニョン登場から一気にのめり込み4月中に 日本語字幕がなく生声のヨン様・ジウ姫の冬のソナタを

ネット無料配信で日本語訳をUPしている所を探し出し20話全て見てしまいました。

残念な事にそれは現在 なくなりましたが・・・

次にはまったのが「ホテリアー」で忘れもしない5/5から有料で視聴を始めました。

期限があるので時間に追われてほとんど徹夜で見てしまいました。

この日を境に「韓国に行きたい、ホテリアーのロケ地巡りをしたい、ハングルを学習して

韓国の新聞の見出しやテレビのテロップを読んでみたい。」

と次々に願いが増えて行きました。

6/1 田舎の町にはハングル講座のようなものは1カ所もなく、長女が卒業した

高校の理事長先生を訪ねました。

娘は高1の時 学校の部活動で日韓の高校生がお互いの国を訪問し合い

交流を深めるという行事に飛び入りで参加させて戴きました。

理事長先生はその交流を十何年も続けていて韓国語の勉強も続けていらっしゃったので

勉強方法を伺いに行ったのです。

理事長室に入ることなど今までなかったのですが、全く抵抗がなく

お話しができました。

その日の帰りに朝鮮語辞典を購入し、帰宅後にはNHKラジオハングル講座の

バックナンバーとCDをネットで注文しました。

ハングルは逃げなのに直ぐにでも注文しなければいけないという

衝動からパッパと決めてしまいました。

6月の半ばにして4月号を始めたのですが、兼若教授のラジオ講座は

インパクトが強く、歌でカナダラを覚える方法だったので分かりやすく、すんなり

学習を始めることができました。

この歌のお陰で3日でカナダラをマスターできました。

私は来る日も来る日もラジオ講座のCDをウォークマンで聞いて

飽きるとK-POPS 次はラジオ講座と言うようにハングル漬けの

毎日を送っていました。(続く)


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