2010-06-08 21:19:15.0
テーマ:創作mirage-儚い夢- カテゴリ:韓国TV(ホテリアー)

mirageside-Reymond7 Hisname②

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   「マム!」

このベンチから見渡せるアパートの入り口に母の姿を見つけると、
僕は思わず立ち上がって叫んだ。
母は最初、僕の声に気がついて笑顔で手を振ってくれたがその笑顔が一瞬にして
硬い顔に変わり、そして次第に悲しそうな顔になった。

   「レイ!いらっしゃい!」

僕は母に呼ばれるまま、その場を離れようとしたがその瞬間、誰かに強く
手首を掴まれ身動ができなかった。
振り向くと、さっきまで温和な顔で僕と話をしていたおじさんが怖い顔で
僕の手首を強く握っていた。

   「離して・・・ください・・・母が呼んでます」

   「あ・・・悪かったね・・・痛かったかい?・ごめんよ・・
    レイモンド君、頼みがあるんだ
    私は・・君のお母さんと少し・・・話がしたい・・・
    君はその間ここで待っててもらえないだろうか」

正気を取り戻したかのように、おじさんは僕の手を離して、そう言った。

   「・・・・」

そして・・僕を優しくベンチに腰掛させると、立ち尽くしたままの母のところへ
ゆっくりと進んでいった。

母とおじさんがしばらく話をしている間、僕はずっと不安な気持ちでふたりに
視線を送っていた。

おじさんの前で伏目がちに佇む母の姿はいつものように美しかったが、
その憂い顔は僕が知る母ではなかった。


しばらくして、母が僕を手招きしたので、僕は走って母の元へ向かった。
そして母は僕を傍らに抱くと静かに言った。

   「レイ・・・この方はママの古くからのお知り合いなの・・・
    今夜はこの方もお食事にお誘いしてもいいかしら」

   「・・・・僕は・・・構わないよ」


母が食事の支度をしている間、キッチンの直ぐそばのテーブルで僕と話をしていた。
おじさんはとても優しく笑っていたけれど、時折、母のうしろ姿に視線を送る
おじさんの目が寂しそうに見えた。
それは・・・

       僕の気のせいだっただろうか


母の得意料理がいつもより沢山テーブルに並べられて僕は上機嫌だった。

   「マム!・・・今日は何だか、凄いね・・ご馳走ばかりだ」

   「そうね・・沢山お食べなさい・・レイ」

   「うん!・・」

僕がフォークを忙しく口に運びながら、母の料理を味わっている傍らで
母は伏目がちであまり開かない口元に静かにゆっくりとフォークの先を運んでいた。

おじさんはというと、そんな母を黙って見つめて目の前の皿に盛られた料理も
少しも形が崩れなかった。

   「ふたりとも・・・食べないの?
    美味しいよ・・おじさん・・これ、マムの得意料理なんだ
    食べてごらん?」

   「あ・・ああ・・ありがとう・・戴くよ・・・
    本当だ・・美味しい・・・」

   「おじさん・・・」

またおじさんが、泣いているのかと思った。
でも僕は今度は何も言わなかった。

決して楽しげとは言えない静かな会食が終わると母が僕に“勉強してきなさい”と
優しく言った。
まるで僕をその場から遠ざけようとしているようだった。

僕はふたりのことが気になりながらも、母の言う通りに二階に上がっていった。

 

 


   「どうして・・・」

   「・・・・」

   「私のところからいなくなった?」

   「・・・・」

   「探してたんだよ」

   「・・・・」

   「何とか・・言いなさい」

   「どうして?・・・」

   「・・・・・」

   「・・・私もお聞きしたかったわ・・・どうして!・・
    どうして・・・嘘を?・・どうして・・
    あなたはご自分のことを何もかも隠して・・」

   「・・・・・」

   「あなたが普通の方だったら・・・」

   「普通・・・か・・・やはり私は普通じゃないんだね・・・
    わかってるよ・・・
    私も自分が嫌いだった・・私の血が嫌いだった
    だから君と出逢った時・・思わず素性を隠したのかもしれない


    しかし・・・
    私が何者なのか・・・知ってしまったら君は
    私を愛してくれただろうか・・・
    私は君が一番嫌いな人種・・・そうだろ?
    そのことは最初から分かってた・・・だから、言えなかった」

   「それだけじゃないわ!・・何より、あなたには・・」

   「・・妻との間には最初から愛は無かった」

   「そんなこと!理由にならない!」

   「理由にならない・・確かにそうだね・・・
    でも、私は・・・君に嫌われたくなかった・・
    君を愛してた・・心から愛してた・・・君に・・・
    愛して欲しかった・・・だから・・嘘をついた」

   「・・・・・もう・・いいんです」

   「・・・・」

   「私を・・・私達を放っておいていただけませんか」

   「それはできない」

   「なぜ?」

   「私の子供を貧しい境遇には置けない」

   「あなたの子供?私の子供だわ」

   「わかっているだろ?今の君の力では、あの子にろくな教育も
    受けさせられない・・
    食べさせていくことだって・・・それでいいのか?」

   「やはり・・あなたの仕業ですね・・昨日、仕事を失くしました」

   「・・・・・」

   「汚いわ・・あの子に・・そんなあなたの世界を見せたくない!」

   「聞き分けのないことを言わないでくれ・・
    君だってわかっているはずだよ・・君は・・・
    だから・・僕の元へ・・あの子といっしょに・・・」

   「あなたのお世話になんて・・・死んでも嫌」

   「そんなに?・・私はどうしたらいい?!」

   「何するの!止めて!」

 

 

   「ママを泣かすな」

僕はふたりが物々しい会話をしているのを何故か震えながら聞いていた。
そして、ふたりの声が次第にエスカレートしていった時には既に僕は
母が寝室のベッドサイドの引き出しに忍び込ませていた拳銃を手にしていた。

イタリアは女と子供の二人暮らしには決して安全と言える国ではない。
母は護身用にと早くからそれを手に入れていたことを僕は知っていた。

   「レイ・・何をしてるの!」

   「ママを泣かしたら・・許さない」

その人が母の手を掴んで彼女の体を激しく壁に押し付けた瞬間、
僕はその人の背後に回り、彼の腰の位置にそれを付けた。

   「レイ!・・止めなさい!」

母が僕のしていることに驚いて大きな声をあげたが、僕の目はその人を
鋭く睨んだまま、動かなかった。

   「レイモンド・・・」

   「馴れ馴れしく呼ぶな。僕を呼ぶな。」

       この子は・・・

   「ごめんよ・・・君のママを泣かせてしまったね・・・
    そうだね・・私はおいとましよう・・・
    どうか・・だから・・
    その危ないものをママに返してくれないか・・・」

   「レイ・・ママに頂戴・・お願い・・止めて・・」

母はそう言いながら僕に近づこうとしたが、それをその人は制した。
その人はしゃがみこんで僕の手に握られたその口を一旦自分の心臓の位置に
宛がうとこう言った。

   「レイモンド・・・今君がこの引き金を引いたら
    私はこの場で簡単に死んでしまう・・・
    私は・・それでも構わない・・・本当に構わないよ・・・
    しかし、君にそんなことはさせられないんだ・・・
    君のママが悲しむことになるからね・・・」

そこまで話すとその人は銃口を下に向けさせ、話を続けた。

   「今日は色々と驚かせて悪かったね・・・そして・・
    君が大事に思っているお母さんを・・・泣かせて悪かった・・・
    でも・・・君が大事に思っているのと同じくらい・・
    私も彼女を大事に思っている・・・
    君は賢い子だ・・・
    もう・・わかるね・・・私が何者なのか・・・
    私は彼女を愛してるんだ・・・
    そして・・君のことも・・・愛している・・・
    ふたりを幸せにしたくて・・私はここへ来た・・・」

僕は興奮と緊張で体全体が硬直していた。
その人は僕の手に握られたものから僕の指を一本一本外していった。
そして、やっと外されたものを後ろで涙を流して待っていた母に手渡した。
その人はその後に僕を力強く抱きしめて言った。

   「レイ・・・たとえどんなに怒っても・・・武器は使うな・・・
    武器を使わなければならないのは弱者だけだ・・・
    本当に強いものは・・・武器など使わない・・・
    使うのは頭脳だ・・・いいかい?レイ・・・
    お前は本当に賢い子だ・・・強い子だ・・・
    もっと・・もっと強くおなり・・・
    お前なら・・・私ができなかったことも・・・きっとできる
    レイ・・・
    ママを守るために強い男におなり・・・」

   「・・・・・」


     
      お前は賢い子だ・・・


        ママを守るために

 


          ・・・強い男におなり・・・