2011/02/11 21:17
テーマ:passion-果てしなき愛- カテゴリ:韓国TV(ホテリアー)

passion-エピローグ“・・・もう一回”

Photo



collage & music by tomtommama 

story by kurumi

 


『どういうことだ?ボス』
フランクからの電話を受けたレオが思わず大声を上げた。

「・・そういうことだ」 フランクはこともなげに答えた。

『イタリアへ行かないって?・・お前・・
 今回の仕事はお前が受けた案件だぞ』

「事情が変わった」

『そんな勝手なこと・・』

「お前が代わりに進めてくれ」

『お前はどうするつもりなんだ』

「アメリカへ帰る・・それじゃ」

『アメリカって・・お・・おい!フランク!・・』 
フランクはレオの言葉を最後まで聞かずに電話を切った。


「フランク・・」 ジニョンが傍らで心配そうにフランクを見上げていた。

「ジョルジュに連絡できた?」

「えっ?・・ええ、“後は任せておけ”って・・
 ・・ねぇ、フランク・・」

「搭乗手続きまで一時間位ある・・お茶でも・・あ、その前にこれ・・
 何とかしないと・・」 そう言いながらフランクはジニョンの制服を摘んだ。
そして彼はジニョンが何か言いたそうにしているのを敢えて避けるように
さっさと彼女の前を歩き始めた。

「私!イタリアへ行くわ」 
ジニョンは彼の背中に向かって追いかけるように言った。

「・・・」 彼が立ち止まって、ゆっくりと振り返ると、彼女の強い眼差しが
彼を捉えていた。

「あなたが行かないと、レオssi困るでしょ?・・沢山の人が困るはずよ」

「君が気にすることは何もない。さっきその話は済んだはずだろ?
 今回の仕事はマフィアがらみで、半年は掛かりっきりになる
 君をそんな環境に置きたくないって・・そう言ったはずだ。」
フランクはうんざりとした表情で言った。

「ねぇ、フランク・・私はこれからフランク・シンと生きるのよ
 どんな覚悟もあるわ。」 そう言ったジニョンは凛として美しかった。

「僕にその覚悟が無い。」 
しかしフランクはジニョンの強い意志を断ち切るように答えた。 

「・・・」

「いいから、君は黙って僕の言うことを聞いて。」
「嫌よ」

「・・・。」

「あなたの言うことは聞かない。」 彼女の眼差しが更に強くなっていた。

「どういうこと?」 フランクは彼女に一歩近づいて言った。

「私は私なの。あなたが私を守りたいように、私も。
 私もあなたを守って生きる」 フランクが近づいて来たせいで、
ジニョンは顎を少し上に上げなければならなかった。

「だからって・・」

「イタリアへ行きましょう。一度引き受けた仕事は全うするべき、
 それがあなたのポリシィだったはずだわ」

「時と場合による。」

「いいえ、それが・・・フランク・シン、あなたよ。」
「僕はシン・ドンヒョクだ」

「あなたの真髄はフランク・シン。」

ジニョンは一歩も引かなかった。ふたりはしばし、無言で睨み合っていた。

「・・・・・・・・ふー・・わかったよ」
ジニョンの強い意志にフランクは、“負けた”とばかりに溜息を吐いた。
「君の言う通りにしよう・・・でも」
「でも?・・・」
「イタリアへ発つ便はさっき・・・」 フランクは指を上に示して見せた。
「あ・・」
「だから、一度アメリカに帰ろう・・・そして改めてイタリアへ
 それでいいかい?」

「・・・いいわ、仕方ないもの」
フランクはジニョンを見つめながら彼女に近づくと、少し呆れた顔をして
彼女の髪を撫でた。「困った子だね、君は・・・」

「・・・?」
彼が不意にその後ろ髪を掴んでグイと下に引き、彼女の顔を自分に向けさせた。
「言っておくけど・・僕はこれでも業界では名の知れた男だ。 
 色んな意味で恐れられてもいる。」 
フランクは厳しい眼光でジニョンを刺した。

「知ってる。」 それでもジニョンは怯まなかった。

「ふっ・・その僕を操ってるのが君だとわかったら、
 僕の威厳は地に落ちる。」

「操るって・・人聞き悪いわ」

「本当のことだろ?」 フランクは掴んでいた彼女の髪から力を抜くと、
その頭を自分の胸に強く押し付けた。
ジニョンは彼の大きな手が動くままに、身を任せ彼にもたれかかった。
「我侭言って・・ごめんなさい」

「我侭ってわかってるんだ」

「ちぃ・・」

「こんなことになるなら、請けるんじゃなかったよ、今回の案件」
フランクはそう言って、天を仰いで見せた。

「もう遅いわ」

「とにかく、決して無茶はしないこと。君が考えているほど
 甘い世界じゃないんだ。それだけは約束して。いいね。」

「ええ、約束するわ。」

「君は必ず僕が守るから・・・」

「ええ」

「それから、ソウルホテルのことも心配しないでいい・・・
 僕が細かく目を配るし・・・助けてくれる人も沢山いる」

「心配してないわ」

「そう?・・・本当は心配だろ?本当のことを言ってごらん?」
そう言って、フランクは自分の胸から彼女の顔を少し離すと
その目を覗きこんだ。「・・・そりゃあ・・」

「だろ?でも僕はここを出たら一年間は入国はできない。」

「ええ、わかってる・・そんなこと最初からわかって・・」

「でも君はできるんだ」

「えっ?」

「君は韓国へ行けるってこと」

「でも・・私は・・」

「ねぇ、さっき二度と離さない、って言ったこと・・撤回するよ」

「えっ?」

「はは、そんな情けない顔するな・・・でも・・・長くは駄目だよ
 そうだな、一ヶ月に三日だけ・・」

「・・・」

「理事代行として・・・」

「えっ?」

「理事代行として・・・それなら、従業員じゃなくても
 一連の業務に関わることも不可能じゃない」

「そんな・・重要な立場にはなれないわ」

「理事夫人なら、その立場にならざる得ないこともあるよ
 社交的な立場で・・」

「・・・」

「さっきそれを考えてたんだ。その手があるって」

「・・・」 
ジニョンが少し困惑した表情を見せる中、フランクの表情は柔らかかった。
「アメリカに帰ったら直ぐに教会へ行こう
 イタリアに発つ前に・・・結婚式を挙げるんだ」

「結婚式?」

「ああ・・しかし身内を呼んでいる時間も無い
 君のご両親には申し訳ないけど・・
 おふたりには少し後で君の花嫁姿をお見せしよう・・・」

「・・・フランク・・・」

「ふたりだけで誓いを・・・」

「ふたりだけ・・の・・結婚式・・・」

「嫌?」 

「いいえ、嫌じゃない。」 ジニョンは晴れやかな表情で姿勢を正した。

「だったら、交渉成立。」 
フランクはそう言いながら、ジニョンの額に唇をあてた。



一時間後、ふたりはアメリカ行きの便に揃って搭乗した。
ジニョンは空港内のショップで制服から、フランクが選んだ服に着替えていた。

座席に着いて、シートベルトを締め、飛行機が離陸準備に入ると
ジニョンが突然唇を尖らせて悪態をついた。

「あなたのせいよ」
「ん?」

「あなたのせいで、心の準備も無く飛行機に乗っちゃったわ」
「頼んでないよ」 
フランクがわざとそう言うと、案の定ジニョンはキッと彼を睨んだ。
「あ・・ごめん、僕がすべて悪いです。だから、機嫌を直して」

「大事なもの・・何も持って来れなかったし」 
フランクの取り繕いをよそに、ジニョンのトーンは更に下がっていった。

「荷物は準備してたんだろ?ジェニーにそのまま送ってもらうといい」

「みんなにお別れも言えなかった・・・
 社長・・エントランスで見送ってくださるっておっしゃったのに・・・」

「向こうに着いたら、お詫びの電話を入れよう」

「・・・・・・」

「・・・どうした?いざ飛行機に乗ったら怖気づいた?
 後悔してるの?・・」

「まさか・・後悔なんてしてない。ただ、ちょっと感傷に浸ってるだけよ
 飛行機が飛び立つ時って、そうなるものなの!知らないの?」
そう言いながら、ジニョンは目尻に滲んだ涙を急いで拭った。

フランクはジニョンの強がりに笑みを向けながら、彼女の背後に腕を回し
その頭に掌を添えると、そのまま自分の肩へと誘導し、言った。
「泣いていいよ」

「・・・・・」

「ねぇ、ジニョン・・これからもきっと泣きたくなる時はあると思う・・・
 でも約束して・・泣く時は必ず、僕の傍で・・・
 僕がこうして涙を拭えるように・・・わかった?」
そう言いながら、フランクはもう片方の掌で彼女の涙を優しく拭った。

ジニョンは黙って頷きながら、静かに目を閉じた。



夕暮れ迫る茜雲の中、飛行機が飛び立ち、ふたりはソウルを後にした。

フランクにとって、生まれ故郷にして、21年ぶりに訪れた懐かしい地。
たった二ヶ月の間に起きた出来事が走馬灯のように脳裏を巡った。

≪長年恨みに思っていた父との再会があった・・・
 少なからずそれは和解の道を辿っているだろう

 幼い時に別れた妹にも自分が兄であることを
 認めてもらえたような気がする・・・

 仕事以上の絆を結んでしまったソウルホテルの存在も大きい

 それはすべて、今僕の肩に眠る女により、もたらされた
 シン・ドンヒョクとしての世界

 そして僕は、フランク・シンとして生きるもうひとつの世界も、
 これから先・・この女を軸とするだろう

 間違いなく、僕は彼女によって育成され、
 彼女によって生かされている

 僕は認めなければならない
 僕のすべては彼女のものなのだと

 僕のすべてが・・・彼女のもの・・・それって・・・

 それって、凄く素敵なことじゃないか?≫

フランクは穏やかに口元を緩め、心地良さに揺れながら目を閉じた。
柔らかい眠りに誘われていた時、突然ジニョンの頭が彼の肩から離れ、
現実に引き戻された。
フランクは不満げに薄目を開けた。「・・・どうした?」

「ねぇ・・どうして三日なの?」

「ん?」

「さっき、一ヶ月に三日ならって・・」

「・・・?」 ジニョンが韓国に一時帰国する話をしているとわかるのに
数秒を要した。「・・・ああ、あの話?」

「三日じゃ何もできないわ・・
 移動時間を差し引くとほんの一日ちょっとじゃない?」

「だから?」

「せめて一週間はないと、十分なことはできないわ」

「駄目。」

「でも」

「忘れたの?君・・僕と離れたくないって、さっき泣いてた」

「あなたほどじゃないけど・・」
「!・・・・・・」

「それにね、ほら・・役に立たなきゃ、行く意味がないじゃない?」

「じゃあ、四日」

「六日」

「五日」

「・・・・・五日?・・しょうがないわね、手を打つわ」 
ジニョンは“仕方ない”というように、表情を曇らせて見せながら
承諾した。

「最初から五日が目的だったね」 フランクは横目で彼女を睨むと
その表情を探った。

「・・あなたのまねをしただけ・・たまにはいいでしょ?」

「あ、言っておくけど、その期間は必ずレイモンドが同行する」

「レイ?」

「ああ、第一にレイも必ずその時期に韓国に入る予定がある。
 第二に僕の妻となれば、狙う奴がいないとも限らない。 
 最後に第三、おっちょこちょいの君をひとりで遠出させるには心もとない。」

「うー!」

「唸るな、事実を言ってる」

ジニョンはプイと顔を横に向けたが、フランクの右手で直ぐ元に戻された。
「とにかく。今後、僕の手の届かない場所に行く時は
 必ず僕の信頼する人間と共に動くこと。」

「パパが言ってたわ、フランクは過保護過ぎるって」

「余計なお世話だと“パパ”に言っておいて・・・もう、寝てもいい?」 
フランクは心の中で愉快に笑っていた。

「いいわよ・・私の肩にもたれて?」 そう言いながら、ジニョンは
さっきフランクが自分にしたように彼の頭を自分の肩に誘導した。
フランクは心もとない彼女の肩に一度は頭を落としたものの
結局目が冴えてしまって頭を上げた。

ジニョンが“どうしたの?”というように、首を傾げた。
するとフランクがジニョンの耳元で囁いた。「キスしたくなった

「・・・駄目よ、こんな所で」 ジニョンはきょろきょろと周りを見渡し、
困ったような顔をした。

「君が起こしたんだ」 そう言いながら彼は彼女に顔を近づけていった。

「だって・・」 ジニョンは少しだけ頭を後ろに後退させたが、
結局フランクに飛行機の窓に追い詰められてしまった。

「ちょっとだけ」 フランクのまるで子供のおねだりみたいな言い方に
ジニョンはクスリと笑うと、照れたように目を閉じた。

ジニョンのシャイな承諾にフランクはニヤリと口角を上げると
彼は彼女の頬を両手に挟み、その唇に自分の唇をそっと押し当てた。

静かなくちづけだった。
優しくそしてなまめかしく、時に溜息混じりに愛しさを込めた
長い長いくちづけだった。
ジニョンは徐々に陶酔し、いつしか自分の腕を彼の首に回していた
頭の中が白くなり、ここが何処なのかさえわからないほどだった
甘く酔いしれる中、彼女は自分の頬が赤く火照っていくのを感じていた。

しばらくして、唇を付けたままフランクは彼女に優しく囁いた。
ジニョン・・・

ん?・・・

これ以上は・・・

ん・・・・

求めちゃ・・駄目だよ

「・・!フランク!私はそんな・・」 
ジニョンは突然正気に戻ったように彼から顔を離した。

「シー・・・」 フランクは唇に人差し指を当てて笑った。
そして次にはお腹を抱えるようにして、声を殺し笑っていた。

「ごめん
・・・」 笑いを堪えてフランクは謝ると、彼女の耳元にまた囁いた。

「これ以上続けると・・僕がもたないんだ」

ジニョンは彼の言葉に今度は頭まで真っ赤になったようだった。
フランクはそんなジニョンが愛しくてならなかった。

孤独だった氷のような世界が嘘のように暖かな風に溶けていく

今、目の前に・・そしてこれからも永遠に・・ジニョンがいる

いいや、それはきっと遥か遠い時間からに違いない

ふたりがこの世に生れ落ちる前からずっと

彼女の魂はずっと彼の元にいたのだから

彼の魂は必ず彼女の胸で生きていたのだから

   ≪男と女は・・・

    神様に生を受ける前はひとつの体だったの

    神はそれをわざと引き裂いて

    この世に遣わすという意地悪をなさった

    引き裂かれたそのふたつの体は

    ひとつの体に戻ろうと

    もうひとつの体を懸命に探すの・・・
   
    そしていつの日にか・・・

    彼らは自分の意志と関係なく

    惹き合い・・・出逢って・・・

    必ず・・・愛し合うのよ・・・≫


昔ソフィアがそう教えてくれた・・・

それが半身というものなのだと 

昔はそんな話を聞いても、気にも留めなかった

この世に信じられるものなどひとつも無いと思っていた

この世に僕の幸せなど存在しないと思っていた

でもジニョン・・・今は信じられる

君さえいれば・・・


「ジニョン・・・」

「ん?」

フランクはジニョンの唇の上ではじくようにくちづけると、
彼女の瞳の中で幸せそうに微笑んだ。


  そのすべてが叶うことを・・・


     ・・・「愛してる」・・・











      叫びたいほど・・・愛してる・・・












       「フランク・・・」 


       「ん?・・・」


       「・・・・もう一回」


       そう言ってジニョンが頬を染め目を閉じた



            ・・・えっ?・・・




 

              passion epilogue  the end  2010.2













2011/02/08 21:16
テーマ:passion-果てしなき愛- カテゴリ:韓国TV(ホテリアー)

passion(終)命の糸

Photo

collage & music by tomtommama 

story by kurumi

 

話してくれてありがとう
 ホテルに何かあったんじゃないかって・・そればかり考えてた・・』

「君のことが心配で仕方ないんだ、みんな・・」

『あなたも?心配してた?私が心変わりするんじゃないかって?』
「いいや」
『うそ・・』
「ほんとだよ」

『あなたが守ってくれたホテルですもの・・私達のホテル・・あなたと私の・・』
「私達のホテル・・・」 フランクは感慨深げにジニョンの言葉を繰り返した。

『ええ、そうよ、だから・・残された二日間、私、精一杯のことをする』
「ああ・・」

『・・・愛してる』 突然ジニョンが言った。
「・・・・・・」

『・・・どうして・・黙ってるの?』 
フランクの沈黙に、ジニョンは少し照れたように返した。

「たまにはいいかなって・・」
『何が?』
「たまには・・君の・・“愛してる”で一日が終わっても・・」
『え?・・・』

「いつも僕しか言ってない」
『そうだったかしら』
「そうだった。」
『・・・・いいわ・・んっ・・ん・・愛してる。これでいい?』
「最後が余計」

『贅沢ね・・わかったわ・・ドンヒョクssi、よく聞いて。』
「心して聞かせて頂きます」
『ふふ、じゃあ、聞いたら同時に電話を切るのよ』
「ああ」

『ドンヒョクssi・・・愛してる・・愛してるわ』
約束通り、ジニョンのその言葉を最後に、ふたりは静かに電話を切った。

 

翌日の朝、ジニョンが出勤すると、彼女の姿を見つけたジョルジュが、
一目散に走って来るのが見えた。そして彼女に辿り着いた彼は、
息を弾ませながらもどかしそうに顔を歪めた。ジニョンはその時、
彼が告げようとしているそのことが、誰もがずっと待ち侘びていたことに
違いないと確信していた。「ほんとに?」 ジニョンは彼より先にそう言った。

「ああ、本当だ」 ジョルジュもまた、それだけを先に言った。
そのことが可笑しくて、彼は笑いを堪えながら続けた。「決まったんだ退院」

ドンスクの病状がすこぶる好調で、一時的に退院の許可が出たのだった。
ジニョンは閊えていた何かが、すっと胸から降りる感覚に幸せを感じた。

「・・・良かった」 そして彼女はひと言そう呟いただけで沈黙してしまった。
こみ上げる熱いものが胸を詰まらせ、その後の言葉を失わせた。
ジェルジュには、ジニョンのその思いが痛いほどにわかっていた。
だから直ぐには言葉を掛けず、労わるように彼女の背中を優しく撫でた。

「フランクにも知らせようと思ってるんだけど・・」
「ええ、そうね・・でも彼は、今日一日出掛けているの
 検察だとか、ソウルでの最後の仕上げがあるからって・・・
 今日は随分と遅くなる、そう言ってたわ・・」
ジニョンは昨夜、フランクが言っていたことを、そのまま彼に伝えた。

「そうか・・じゃあ、電話でもしておくかな」
「ええ、そうしてあげて?彼も凄く心配していたから・・きっと喜ぶわ」
「ああ、そうするよ・・ところで・・いよいよだな」
「えっ?」
「渡米・・明後日だよな・・何時だっけ」
「ええ、10時よ」
「・・フランクが・・話したんだって?」
「ん?」
「国際会議のこと」
「ああ・・ええ・・」
「でも、心配するな。手前味噌だが我が弟はああ見えて優秀だぞ」
「ええ。心配はしてない。その代わり!これからヨンジェの特訓なの。
 今日と明日は徹夜を覚悟してもらうわ」
ジニョンはそう言って、自分の腕に力瘤を作る仕草をした。

「そりゃあ、いい。一ヵ月後にはレイも助っ人を連れてやってくるんだ」
「ええ、聞いたわ。」
ジニョンの笑顔が、全てを吹っ切ったようでジョルジュは嬉しかった。

「やっと・・・なんだな」
「何が?」
「やっと・・お前は幸せになれる」
「今までだって幸せだったわ」
「いいや。お前の幸せはあの人だ。」 ジョルジュが断言するように言った。

「そうなの?」 ジョルジュの至って真面目な言い方があまりに可笑しくて、
ジニョンは疑わしげに笑ってみせた。ジョルジュは“そうだろ?”と首を傾けた。
「・・・そうね。」 ジニョンはまぶたをゆっくり閉じて彼の言葉を素直に認めた。

この十年の永い苦しみは、決してふたりだけに課せられたものではなかった。
その重みを共に背負ってくれた人達がいた。陰から支えてくれた人達がいた。

両親の想い、レイモンドの想い、私達を愛してくれたみんなの想い
そして・・・目の前にいるジョルジュの瞳の中にもそれはあった。

≪私達ふたりがふたたび寄り添えたのは、あなた達のお陰
  あなた達の惜しみない慈悲と祈りがもたらしてくれたもの・・・≫

「ありがとう」 ジニョンはジョルジュに向かって心を込めて言った。
「ん?」 ジョルジュは聞こえない振りをしていただけだった。
「ううん・・何でもない」 ジニョンにもそれはわかっていた。
「あーサファイアに母さんの部屋を用意してるんだ。二時間もしたら
 連れて行けると思う。お前も後で顔を見せてやってくれよ」
ジョルジュはジニョンの頬にそっと指を触れながら、そう言った。
その時彼は心の中で彼女に、今度こそ、“さよなら”を告げた。「もちろんよ」
ジニョンの笑顔は、全ての迷いから解き放たれたように美しかった。

 

その頃フランクはキム会長を訪ねていた。

「今更、何の用かね」 キム会長は憮然として口を結んだ。
「お願いがあって参りました」
「お願い?」
「はい」
「君が私に・・何の頼みがあるというんだ?」
「ソウルホテルをお願いしたいんです」
「・・・・」
「私はしばらくソウルへの入国はできません」
「当然の報いだろう」
「これから韓国でソウルホテルを存続させていく上で、
 あなたと敵対しているのは得策ではないと考えています」
「・・・それで?」
「理事への復活を・・・。ソウルホテルは・・あなたにとっても・・
 ただのホテルではないでしょう?」
「何をバカなことを・・」
「いいえ、わかっています・・・あなたにとっても大事なもの・・・
 それを共に守りたい。」
「・・・・・・」



ジニョンがランチタイムにサファイアのドンスクの部屋に立寄ってみると
ドンスクの穏やかな笑顔が見えた。「ジニョン・・来てくれたのね」
傍らには部屋の準備を自らやっていたテジュンがいた。「またサボりか?」
ジニョンはテジュンに向かって口を尖らせた後、ソファーに寛ぐドンスクの
首に腕を回した。「おめでとうございます」
「ふふ・・まだ、おめでとうは早いわ」 そう言ってドンスクもジニョンの腕を抱いた。
「でも、やっぱり嬉しいです」

「実を言うとね、あなたを安心して行かせたくて、
 ジョルジュとテジュンssiが無理やり私を退院させたの」
「えっ?」 
「う・・そ・・」
「止めて下さい社長、こいつが本気にしますよ」 「・・・・・」
「テジュンssi、社長はあなたよ・・ジニョン、冗談よ・・治療は本当に順調。
 大事な娘の門出をホテルで見送りたくて、急がせたのは事実だけど」
「社長・・お母さんたら・・・」

「ふふ、明後日はホテルのエントランスで見送らせてね」
「・・・はい。」 ジニョンはドンスクの温かい気持ちを笑顔で受け取った。




ジョルジュは先刻からフランクと連絡を取ろうと彼に電話を掛けていたが、
一向に連絡が取れないまま時間ばかりが過ぎていた。
彼がレオとの連絡に切り替えた時には既に正午を回っていた。

『ジョルジュ・・どうしました?』 「フランクと連絡を取りたいんですが」
『ああ、フランクなら今頃空港に向かっているはず・・』
「空港?」 『あっ・・』 ジョルジュの驚きの声に受話器の向こうでレオが思わず
“しまった”というような声を上げた。

「空港って?・・帰国は明後日じゃ・・」
『あ・・ええ、実は次の仕事でイタリアに・・私もこちらの処理が片付き次第、
 後を追います』 「イタリア?・・ジニョンはそのことを?」
『あ・・・いや、・・このことはどうかまだジニョンさんには
 伝えないでいただきたい』  「どういうことです?」
『向こうに着き次第、自分から説明すると、フランクが言っていました』
「では、明後日ジニョンもイタリアへ?」
『いや・・向こうには彼女を連れて行くわけにはいきません
 今回も少々込み入った仕事でして・・半年は行きっぱなしです
 彼女には仕事が終わるまで、ソウルに残るよう・・そうフランクが・・』

「何を・・どういうことなんです?いったい!彼は何を考えてるんだ!
 直ぐに連絡を・・フランクと話がしたい!」ジョルジュは声を張り上げた。
『彼は・・今日は電話には出ないと思います』 
「冗談言うな!教えて下さい!彼は何時の便で・・」





「ジニョン!」

ジョルジュが朝とは打って変わって、血相を変え部屋に入って来るのを
ジニョンは仕事の打ち合わせ中だったヨンジェの肩越しに見ていた。

彼は近づくなり彼女の腕を強い力で掴むと、理由も言わず、
部屋から彼女を連れ出した。「何よ!ジョルジュ・・いったい何なの?」

「いいから!黙ってついて来い。時間が無いんだ」
「チョッと、痛い・・時間って?」 彼は通用口に用意していた車の助手席に
彼女を無理やり押し込むと運転席へと急ぎ、直ちに車を発進させた。

ジニョンはジョルジュに掴まれていた腕を擦りながら、彼を睨み付けていた。
そのジョルジュが運転しながら、ジニョンに何かを投げて寄こした。「何?」
それはパスポートだった。「ジェニーに持って来てもらった」 「だから・・何?」
ジョルジュは一度大きく深呼吸して、ゆっくりと事の次第を話し始めた。

ジョルジュの突然の強行の理由を聞かされたジニョンはしばし無言だった。
フロントガラスを睨み付けたまま、微動だにしない彼女を時折気にしながらも、
ジョルジュは彼女への言葉をみつけられないまま、ハンドルを握っていた。



その時既にフランクは空港にいた。
掲示板にイタリア行の便の案内が表示される中、人々で混雑するロビーを
人待ち顔で見渡していた。
本当ならば二日後には、ジニョンの手を取り、ここに立つはずだった。
今、自らが決意しておきながら、傍らに彼女がいない事実を
落胆している自分が情けなかった。
「明日は覚悟が必要だな」 フランクはそう呟いて、フッと笑った。
イタリアに着いたら直ぐに、ジニョンに連絡して詫びなければならない。

≪君は激しく怒るんだろうね・・僕を酷くなじるだろう
 君の怒った顔が目に浮かぶようだよ、ジニョン・・
 でも僕は間違っていない・・・この選択は正しいはずだ・・
 ホテルのため・・そして君のためにも・・・ソウルホテルは君の・・・
 いいや僕にとっても大切なもの・・・僕達のホテルのため・・・これは・・
 もう少しだけ僕達に与えられた試練だと・・そう思わないか?ジニョン・・・≫

 


ジニョンは小刻みに震える指を唇で噛んで、膨れ上がる不安に耐えていた。
空港に近づくにつれ、窓から飛行機が遠い空へと飛び立つのが見えた。
その時、十年前レイモンドの車でフランクを追ったあの日のことが蘇った。
「許さないわ・・フランク。」 彼女のその呟きは隣にいたジョルジュにも聞こえた。

「着いたぞ」 
ジョルジュの声よりも先に、ジニョンは車のドアを開け、外へと飛び出した。


ジニョンは懸命に走った。
混雑するロビーにひしめく人々を掻き分けて、必死に彼の元へと走った。

「今度こそは」 ジニョンはその言葉を何度も呟いていた。

「今度こそは・・絶対に駄目・・・絶対に駄目よ・・フランク」

≪今度こそは離れるわけにはいかない≫

≪彼をひとりで行かせるわけにはいかない≫

≪自分を置いて行くなんて、絶対許さない≫

ジニョンの頭にはこの時、ホテルのこともドンスクのこともなかった。
彼女にはこの世にたったひとつ・・フランクのことだけだった。まるで・・・
彼に初めて出逢ったあの日のように・・・心がすべて・・フランクで一杯だった。
「フランク!・・フランク!・・フランク!ー」

しかし走っても走っても、そこにフランクの姿は見えなかった。
時は・・・無情だった。
「フランク・・フラ・・ンク・・フラン・・ク・・・」 
彼女のか細くなる声と共に次第に周りの雑音が消えていった。見上げると・・
電光掲示板が、イタリアへ向かう便の「離陸完了」を告げた。
ジニョンは目の前が真っ白になっていく中、ただ呆然と立ち尽した。
終には掲示板さえ霞んで見えなくなった。
肩から力が抜けて、さっきまで必死に走っていたはずの膝が
小刻みに震えたかと思うと、それが急にガクンと下に落ちる感覚を覚えた。

気がつくと、ジニョンは空港ロビーの冷たい床に力なく座り込んでいた。
自分の周りから何もかも消え去って、自分だけが暗い闇に取り残された。
声を上げて泣くこともできなかった。
ただ自分の心臓の音だけが、頭の中を駆け巡るように響いていた。

どれくらい時間が経ったのだろう。
しばらくしてジニョンは、背後の気配に思わず息を呑んだ。

そしてゆっくりと後ろを振り返るとそこに、いるはずのないフランクがいた。
幻覚なのだと思った。

そのフランクがひざまずいて、力なく延ばした彼の指が彼女に触れた時
その頬がピクリと反応して、幻覚ではないことを知った。

目の前の彼は堪えきれないほどの彼女への想いに言葉を失い、
ただ切ない眼差しを向けるだけだった。

「何してるの?」 しばらくしてジニョンが吐き捨てるように言った。
「こんな所で何を?・・・」
ジニョンはフランクを冷たく睨み付けながら、激しくなじろうと試みたが
その声は次第に震え、涙が溢れるのを止められなかった。

そして次の瞬間、まるで彼女の理性が壊れてしまったかのように、
何度も何度も彼の胸を、顔を、激しく叩いた。

「許せない!」 
「ごめん」

「置いていこうとしたのね!私を」 
「ごめん・・」

「許せない!・・許せない!」 

「ごめん・・・」 フランクはジニョンにされるがまま、その制裁を受けた。

「もう離さないって・・約束したでしょ?離れないって・・
 約束したでしょ!嘘だったの!
 何よりも!どんなことよりも!私にはあなたが必要なんだって・・
 あなたにだって・・私が必要だったんじゃなかったの?
 そうじゃなかったの!」

「・・・・・」
「どうして?どうして!こんなこと・・・こんなこと・・」

「君のためだと・・いいや・・」 フランクは言い掛けて、頭を横に振った。
「どうかしてた・・僕はどうかしてた・・綺麗ごとを並べて・・
 君のためだなんて言いながら・・結局、その勇気もなかった・・・
 行けなかった・・・君と離れてしまう・・それが現実になると思ったら・・
 ・・・胸が苦しくなって・・潰れるように苦しくて・・
 飛行機に乗った瞬間・・心臓が止まりそうなほどだった・・・」
そう言って、彼は泣きそうに笑って見せた。「その時、君の声が聞こえたんだ」

ジニョンはフランクを睨んだまま、それでも彼の袖を握り締め離さなかった。

「・・怒らないで」
「許さない」
 
「・・許して」
「許さない。」

「お願い・・・」
「・・・・・他のことは何も考えないでって言ったでしょ?・・・
 もう嫌よ・・・あなたと離れるのはもう嫌・・
 あなたと離れて暮らすなんて・・もう考えられない
 そうなってしまったら・・・
 そんなことになったら、今度こそ私は壊れてしまう・・
 十年前・・起きたことがまた起きてしまったら・・
 もう二度と・・立ち上がれない・・耐えられない
 どうしてそんなことが・・・わからないの?」

「ジニョン・・・」

「・・このまま私を・・連れて行って・・何処へでも行く
 あなたと一緒に・・何処へでも・・」
ジニョンは止め処なく流れる涙を拭うこともせず、フランクを掴んだまま
震えるその手を離さなかった。

フランクはジニョンを見つめながら、彼女に強く掴まれた袖から、
その指をそっと離すと、彼女のひどく泣き濡れた頬を掌で拭い、
少し乱れた髪を指で優しく梳いた。
そして次の瞬間、激情にまかせて彼女を強く抱き寄せた。
そうして彼は彼女の肩に顔を伏せると、声を上げて泣いた。

ジニョンは彼がこんな風に泣くのを初めて聞いた。
いつもは静かに、心で泣く癖がある彼の・・・その泣き声を聞いた。
そして彼がその泣き声のまま、声を搾り出すように言った。

「もう・・・絶対に・・・離さない。どんなことがあっても。」
「・・・・・」

「決して・・離さない。」
「本当ね」
「ああ」

「もう・・・絶対に、置いて行かないわね」
「ああ」
「だったら・・・」

「・・・・・」
「だったら・・・許してもいい。」 それでも彼女は彼を睨み続けていた。

「・・・・もう睨まないで」
「・・・元に戻るのに時間が掛かるわ」 
彼は小さく笑って、更に彼女を強く抱きしめた。

ジニョンは目を閉じたまま彼の抱擁に身を任せながら思っていた。
このまま、自分の存在が彼に埋もれてしまえばいいと・・・
そうしたら本当に≪彼以外のすべてを捨ててもいい≫そう思った
この温もりに抱かれたままいられたら・・・そうしたらきっと、
≪私は・・私になれる・・ずっと私でいられる≫

ジニョンの顔が柔らかく微笑むのを、フランクは腕の中で感じた。
「フランク・・・」 安心しきった彼女が溜息混じりにやっと、
その名を口にすることができた時、彼は思っていた。

もう離せるはずがなかったんだ
君を僕の中に閉じ込めてしまうことができたら・・何度そう思っただろう

十年前、僕は泣き叫ぶ君の声を聞きながら・・・
心が砕け散らんばかりに君を求め、足掻き、そして自分を失くした
あの日本当は・・・君を行かせたくなかった・・・

いや違う・・・

僕達の運命の糸はとうに手繰り寄せられていたはず
最初から決まっていたはずだった

そう、初めて君に出逢ったあの時から・・・
僕達の糸はとうに結ばれていた

今ならわかるよ、ジニョン・・・

あの時・・・
ビルの角を曲がってしまった僕は・・・

本当は引き返して・・・
こうして・・君を抱きしめたかった・・・

あの時からずっと・・・


    君を・・・


    ・・・離したくなかった・・・
 

 





                passion-果てしなき愛- 完

 


2011/02/08 00:49
テーマ:passion-果てしなき愛- カテゴリ:韓国TV(ホテリアー)

passion-45.ふたりの帰る場所へ

Photo




    

  

 

collage & music by tomtommama

 

story by kurumi





 

サムチョクから帰ってからというもの
フランクはNYに発つ前に、新生ソウルホテルの業務拡充に、
ジニョンは、自分が担っていた業務の引継ぎに追われた。

ジニョンの仕事の大半はヨンジェが引き継ぐことになっていたが
それはまだ彼には荷が重過ぎるとの判断から、しばらくの間、
テジュンとジョルジュが彼のフォローをすることになった。

「大体、可笑しいんだよ!」 突然ヨンジェが不服そうに声を荒げた。

「何が?」 ヨンジェをフォローする為、ジョルジュは久しぶりに
ソウルホテルの実務に付いていた。

「俺が副総支配人なんてさ、理事はどうかしてるんだ。
 そうだよ、ヒョンがやればいいだろ?
 ・・・長男なんだからさ・・」 ヨンジェはそう言って口を尖らせた。

「おい・・理事のお考えに不服を申し立てるつもりか?」

「そういうわけじゃないけど・・」

「それに、僕の気持ちはわかってくれたんじゃないのか?
 こうしてお前と一緒に仕事するのも、僕がアメリカに帰るまで・・」

「帰るって・・はぁ・・」ヨンジェは大きく溜息を吐いた。
「アメリカがヒョンの帰る場所ってわけ?このホテルを捨てるのかよ」

「そういうわけじゃ・・」 ヨンジェの言葉に悲しみと怒りを認めて、
ジェルジュは思わず項垂れた。「ごめん・・」

「・・・ヒョンが・・謝ることないけどさ。」 ヨンジェはジェルジュのその様子に、
申し訳なさそうに、ポツリと言った。

「ヨンジェ・・悪いけど、僕はレイモンドの傍で仕事がしたい
 まだまだ・・彼の元で、多くを学びたい
 決してこのホテルを捨てるわけじゃないし、お前達を・・・」

「わかってるよ・・」 ヨンジェはジョルジュの言葉を止めた。
「わかってる、って・・ヒョンの気持ち・・」

ジョルジュはずっと昔から思っていた。
このホテルはヨンジェのために残さなければならないものだと。
そしてその思いは今、更に強くなっていた。
自分に人生をくれた亡き養父と病と闘う養母のためにも。

いつかこのホテルにまた試練が訪れた時、今度こそは自分の手で守りたい。
そう思っていた。
しかし、フランクやレイモンドの傍にいると、自分の未熟さを思い知らされて
歯がゆいばかりだった。
 
「母さんの病状が落ち着いたら、一日も早く帰りたいんだ」

「・・・わかったって・・言ったろ?」 ヨンジェは突き放すようにそう言った。
しかし本当は、ただ、寂しいだけなのだと言いたかった。
兄さんが傍にいてくれないのが寂しいだけなのだと・・・。

ジェルジュにはヨンジェのその想いはちゃんと伝わっていた。
男同士の兄弟が、口に出さなくとも分かり合えることはあると、
ジェルジュは懸命に仕事を覚えようと努力する弟の後姿を目で追いながら、
例え血が繋がっていなくとも、築かれた深い絆は揺ぎ無いものとなったと、
胸を熱くした。



翌日ジニョンがオフィスに入ると、テジュンとオ総支配人が深刻な顔で、
何やら相談しているところに遭遇した。
そのふたりが、ジニョンの顔を見た瞬間に会話を中断したような気がして、
怪訝に思い不愉快そうな表情をテジュンの方に向けた。
しかしテジュンは、とぼけたように彼女に向かって手を上げた。
「お・・ジニョン、おはよう」 

「おはよう。」ジニョンはそれに対して、表情だけで≪何?≫と聞いた。
そして、彼の隣にいたヒョンマンに儀礼的な挨拶をした。
「おはようございます・・オ総支配人」

「おはようございます・・いやぁ、ソ支配人・・いいですな」

「えっ?」

「実に・・幸せそうな顔をしている。」
オ・ヒョンマンが取り繕うような笑顔を向けてそう言った。

「何かあったの?」 
ジニョンは痺れを切らして、声を潜めてテジュンに急かすように聞いた。

「何かって?」 テジュンは首をかしげて言った。

「何かって、何かよ・・」

「何も無いけど」

「ほんと?」

「ああ」

「・・・なら、いいけど・・」

「それより、ヨンジェへの引き継ぎ、進んでるか?
 どうもあいつは、自覚が足りないからな」

「そう?随分頑張ってるわよ、あの子・・」

ジニョンはテジュンに話を逸らされたような気がして、不服だったが、
ジニョンにとって今の最大任務は、ヨンジェの教育に他なかった。

ヨンジェにホテル幹部としての自覚と経営陣のひとりとして
自立させること。
それが一刻の猶予も無い課題だった。

「早くマシにしないとな、少なくともひと月以内に・・」 テジュンは呟いた。
「えっ?」
「いや・・何でもない・・」




ジニョンがヨンジェを探して、ホテル中を回っていると、
ビジネスセンターにいるジョルジュとヨンジェを見つけて、
ジニョンは小走りに近づき、唐突にドアを開けた。

突然入って来たジニョンを見たふたりは一様に驚いた顔をして
言葉を詰まらせた。

≪また?≫「何?」 ジニョンはふたりの顔を交互に見て聞いた。

「何って?」 ジョルジュとヨンジェは首を傾げて、同時に言った。

「・・・・・・」
瞬間、ジニョンの顔がみるみる不機嫌になっていくのがわかった。
またも自分の顔を見て、話を中断されたように感じたからだった。

「何だよ」 ジョルジュがジニョンのその態度を問い質すように言った。

「何でもないわ」 ジニョンはふたりにぷいと顔を背け、踵を返し、
そのままセンターを出て行った。




「おかしいのよ」
「何が?」

ジニョンが突然、部屋に現れたかと思うと、さっきから、不機嫌を露に
腕組をしたままデスクの周りを歩き回っていたが、フランクは
机に向かったまま、ジニョンに顔を上げなかった。
それでもジニョンは続けた。

「だってね、みんなそうなの・・・
 テジュンssiやジョルジュたちだけじゃないの
 スンジョン先輩なんてね、
 私と顔を合わせないようにしているとしか思えない。
 ヨンジェやヒョンチョルだってそう・・まるで皆が私を避けてるの・・

 第一、人の顔を見て口を閉ざすなんて、失礼じゃない?
 何かきっと私に隠してる
 それとも・・私がホテルを辞めることに本当は腹を立ててるの?
 口ではおめでとう、なんて言いながら、実は
 “あいつは悪い女だ”なんて思ってるとか・・
 ねぇ・・ドンヒョクssi・・・」

ジニョンは自分の気持ちをフランクに聞いてもらいたかったが
彼を見ると、デスクの上に積まれた書類の山と戦っているらしく
ジニョンの話など、とても聞いてくれているようではなかった。

フランクのその様子に、ジニョンはわざとらしく大きく溜息を吐いた。
しかし、その溜息すら、彼には届いてないようだった。

ジニョンの声が止まったことに、気がついたフランクがやっと顔を上げ
ジニョンを見ると、彼女はデスクの前で自分に向かって腕組したままま
まさに仁王立ちしていた。

「な・・何?・・」 フランクの背中が思わず後ずさるように、背もたれを押した。

「何でもない。」 ジニョンはその表情のままそう言った。
「何でも無くはないでしょ」

「聞いてなかったくせに」
「聞いてたよ・・あー君の顔を見てみんなが・・逃げる?」

「そんなこと言ってない。」
「だったら、何?」

「だから・・私の・・」

「ねぇ、ジニョン・・君はあと三日もするとここを出る身だよ・・
 こんなところで油売ってる余裕ないんじゃない?」

「油なんて売ってないわ」

「やることは山ほどあるだろ?」

「そうだけど・・・」

「ジニョン?・・」

「何よ・・」

「ここに想いを残さないで」 

「えっ?」

「ホテルに君の心を置いていかないで・・そう言ってるんだ」

「・・・・・・」

「心残りが無いように・・」

「残さないわ」

「そうかな?」

「どういう意味よ」

「そういう意味」
「・・・・・・」 ≪わかってるわ・・・≫

「もういい?」
「えっ?」

「用が済んだら、席をはずしてくれない?
 本当に時間がないんだ、これ・・」
フランクはそう言いながら、目の前に積まれた書類を指差した。

「あ・・あぁ、そうね・・忙しいのよね」
ジニョンは少しばかり不服そうな面持ちで、ドアに向かった。
そしてドアノブを掴むと、ジニョンはフランクに振り返った。「フランク!」

「ん?」 
しかし彼は既に仕事に掛かっていて、ジニョンの方を向いてはいなかった。
彼女はそんな彼が無性に憎らしくなって歯を剥いた。

「今夜!電話しないで。」

「えっ?」 その声にフランクが顔を上げた。

「い・そ・が・し・い・の。」 ジニョンは語彙を強調しながら言うと、
プイと顔を逸らして部屋を出て行った。

その場に取り残されたフランクは、しばし呆然として
ジニョンが出て行ったドアを見つめていた。

そしてポツリと呟いた。「僕が何かした?」



ジニョンは自分でもわからなかった。

≪どうしてこんなに苛立っているの?

  みんなが私に隠し事したりしているなんて
  疑う必要なんてないはずじゃない?
  フランクの言う通りよ
  私には今、そんなことで時間を費やしている暇はない・・・
  わかっているわ・・・でも・・・≫


ジニョンはカサブランカの二階に来ていた。
気持ちを切り替えて仕事に集中するために、少し自分の気持ちを
整理したかった。

アメリカに発つ日まであと三日。
時が進むにつれ、ジニョンは確かに少し焦って来ていた。
自分で決心しておきながら、こんな気持ちのまま、フランクと共に
ここを去ってもいいのだろうか。
自分の選択は正しかったのだろうか。

その不安な思いが繰り返し心を掻き乱し、そのことが余計に、
皆が自分を避けているような錯覚を、誘っているのかもしれない。

≪ここに心を置いていかないで≫
さっきフランクから言われた言葉が、余計に心を乱した。

   私は・・・心をここに残している?

   だからこんなにも落ち着かないの?

   

フランクはさっきジニョンが出て行った後、気になって彼女を追った。
彼女が走って行った方角から推測して、カサブランカに寄ってみると
案の定彼女はここにいた。

彼女は彼に気が付いていなかった。

フランクは、二階の手摺りにもたれ想いにふけったように佇むジニョンに
声を掛けることが出来なかった。

   ジニョン・・・

彼は彼女のその様子をただ黙って見上げていた。




その夜、ジニョンはアパートに戻って、アメリカ行きの荷物の整理をしていた。
フランクから、ソウルからは何も持って行かなくてもいいように
向こうでレイモンドとソフィアが準備してくれている、と聞いてはいたが
やはり、持って行きたい大切なものもある。
ジニョンは、身の回りの品と一緒に、ソウルでの仲間達との記念写真を
数枚トランクに詰めようと手に取った。

  その中の一枚には、今は亡き先代の社長・・そしてドンスク社長・・
  スンジョン先輩・・テジュンssi・・ヨンジェ・・ジョルジュ・・
  みんなが映っていた・・
  
    ・・みんな、笑ってる・・・

  それは5年ほど前に、撮った写真だった

  フランクと別れて、苦悩の中に生きていた自分に
  ソウルホテルという生きる場所をくれた
  そして支えてくれた・・・人たち

彼らとの思い出が、走馬灯のように脳裏に浮かんでは消えていった。

共に笑って・・泣いて・・喧嘩して・・
そうして一緒にソウルホテルという家を築いてきた家族・・

ジニョンはその写真の中のひとりひとりに、別れを告げるように
それぞれを指で撫でた。

その時電話が鳴って、ジニョンは急いで掌を頬に這わせ涙を拭った。
フランクからだった。

「電話・・しないでって言ったでしょ?」

『本気じゃなかったくせに』 

「忙しいの!」
『そう。・・じゃ・・』 
フランクは思わせぶりに素っ気無く答えて、ジニョンを慌てさせた。

「あっ・・」
『何?』

「少し・・くらいなら・・」
『少しくらいなら?』

「話しても・・いいわ」 ジニョンは勿体つけるように言って、顎を上げた。

『そりゃあ、ありがたい』 フランクはわざと単調な口調で冷たく返したものの、
心の中ではジニョンの反応を面白がっていた。

「・・・・・・」

『また泣いてたのかい?』

「泣いてなんか・・」

『君はどうして、嘘つきになったんだろうね』

「・・・きっとあなたのせい。」

『その理由は?』

「我慢を覚えたの。」

『なるほど・・納得。』

「ふふ・・・・今ね、準備してたの」

『準備?』

「ええ、アメリカに持っていくものの・・準備」

『何も要らないって・・言わなかった?』

「そうだけど・・どうしても持って行きたいものって、あるわ」

『そう・・・それで・・終わったかい?準備』

「ええ・・大体ね」

『なら、良かった』

「うん・・・」

『あー君が気になってることだけど・・・』

「えっ?」

『今日一日・・ずっと気にしていたこと・・
 皆が私から逃げるって・・』

「そんなこと言ってないって言ったでしょ」

『はは・・・そうだったね』

「それがどうかしたの?」

『ん・・知らせると、君が気を揉むんじゃないかって・・
 テジュンssiが緘口令を敷いたんだ』

「・・何のこと?」

『聞きたい?』

「いつから意地悪になったの?」

『昔から』

「チィ・・」

『大事な国際会議がこの先半年の間に五つ計画されている
 殆ど毎月のペースでね・・・しかも
 その内のひとつは、六カ国協議・・』

「!・・・あなたも知ってたの?」

『僕が取ってきた』

「・・・それってソウルホテルにとっては大きなチャンスよね」

『ああ、そう思ってる。』

「それじゃ、ビップ担当はヨンジェじゃ・・」

『わかってるよ・・僕は承知の通りこの場にいるわけにはいかない
 だからそれなりに考えてる・・レイモンドにも来てもらう予定だ・・』

「・・・・・・」

『どうしたい?』

「どうしたいって?」 ジニョンの声が上ずっているのがわかったが
フランクはそれを指摘することなく続けた。
『この一連の仕事に顔を出してしまったら・・』
「わかってるわ・・」 ジニョンはすかさず彼の言葉を遮った。
「言わなくてもわかってる。そんなところに顔を出した人間が、
 無責任なことできる訳ないじゃない・・
 私だって、そんなバカじゃないわ」

『そう』

「・・・・それで・・・みんなが・・
 気を回し過ぎよ。テジュンssiも、ジョルジュも・・」
ジニョンは納得したように頷きながら言った。

『それだけ、君が頼りだったわけだ・・ソウルホテルは・・』

「私は・・・もう決めたの。」

『じゃあ、いいんだね。
 出発は予定通り、明々後日の朝。』

「ええ。もちろんよ」

『良かった・・・ところで・・向こうへ行ったら、
 君は最初に何処へ行きたい?レオはね、可笑しいんだ・・
 帰ったら直ぐにどういうわけか、韓国料理・・』
「家に帰りたい」 ジニョンはフランクの言葉を遮って小さく呟いた。

『家?』

「ええ・・・私達の家へ」≪そうよ、それが私の一番の望み≫ 

『ああ、そうだね・・そうしよう』≪そうだよ・・それが僕の唯一の願い≫


      帰りたい・・・私達の家に・・・



        そうだね・・・帰ろう・・・


           ・・・僕達の家に・・・



       













2011/02/06 14:43
テーマ:passion-果てしなき愛- カテゴリ:韓国TV(ホテリアー)

passion-44.許し

Photo




    

  

 

collage & music by tomtommama

 

story by kurumi





 

「明日は空けておいて」

「明日?・・でも仕事が・・・昨日も休んだし・・
 そんなにはお休み取れないわ・・引継ぎも急がないといけないし・・」

ジニョンの言葉に、フランクがニヤリとして見せた時、「また?」
と彼女が彼を睨んだ。

「その・・また・・」

「もう!フランク!どうして勝手に・・
 テジュンssiもテジュンssiよ・・いつも理事の言いなりなんて」

屋上に設置したテーブルで、遅いディナーをふたりで味わいながら、
幸せを噛み締めていたはずのジニョンが突然声を荒げた。

それでも彼女は、彼が微かに眉を下げ物憂な顔で彼女を見下ろし、
「時間がないんだ」と擦れ声で言うと、直ぐに降参してしまった。

「また・・そんな目で見たって・・・もう・・・
 しょうがないんだから・・・」 
彼女は自分が昔から彼のその目と声に弱いことを十分承知していて、
それが時に憎らしくもあったことを思い出した。「・・・それで?」

「ん?」

「何処に行くの?」

「あー・・内緒?」

ジニョンはどこかで聞いた台詞に、呆れたような笑みを浮かべながら
口を尖らせて見せた。

 


翌朝約束通り、フランクがジニョンを迎えにアパートに行くと、
案の定彼女はまだエントランスに下りていなかった。

そして約束の7時を10分を過ぎても現れない彼女を、
フランクは結局部屋まで迎えに行かなければならなかった。

「遅刻魔。」
眠たげな目をこすりながら、やっと玄関に現れたジニョンに向かって
フランクは呆れたように言った。
「いいから早く着替えて。直ぐに出るよ」

「だって・・昨日遅かったから・・
 結局二時を回っていたのよ、アパートに戻ったの」
フランクに急かされて、ジニョンは着替えようと部屋に戻りながら
大声を上げた。

「だから僕の所に泊まれば良かったんだよ」

「そんなこと・・・着替えだってないじゃない」

「そんなの直ぐに用意したさ」

ジニョンの着替えが終わるまでの数分間、ふたりは玄関と寝室で
互いに向かって声を張り上げていた。

「あなたが悪いんですからね
 あ~あ、お化粧もさせてくれないなんて・・」
ジニョンは更に悪態を吐きながら玄関に現れると、靴に足先を入れた。

「僕が悪いの?」 フランクが、一瞬ふらついた彼女を抱き止めて言った。
「そうよ・・あの後、片付けも大変だったし・・」 
ジニョンは彼の胸に体重を預けたまま、彼を見上げた。

「そう?僕は楽しかったな・・ふたりで洗い物なんかして・・
 新婚みたいだったじゃない?・・僕達・・」 
そう言いながらフランクが満面の笑みで彼女を見下ろした時、
ジニョンは自分の胸が一瞬にして、ときめいたことに驚いた。

「だいたい、あんな所にあんなもの作るから。」
しかしそれを認めることは癪に障るとばかりに、彼女はまた悪態をついた。

「喜んでたくせに」 彼はまたも輝くような笑顔で彼女を包み込んだ。
「チィ・・」

「そんなことより、早くして・・時間がないんだよ」 
フランクは急かすようにそう言って、彼女を自分の腕の中から解放した。
その直後、彼女の手を取り玄関を出ると、彼女から鍵を取り上げ
自分で部屋に鍵を掛けた。

「時間がないって?」 
そして彼女はそのまま、彼に引きずられるようにして階段を下りた。



「早く乗って。」 車までやって来るとフランクはそう言って、
ジニョンを助手席に押し込むように乗せた。

「もう!乱暴にしないで」
ジニョンの相変わらずの悪態に笑いながら、フランクは運転席へと急いだ。
「約束してるんだ」

「約束?誰と?・・何処へ行くの?」
「サムチョク」

「サムチョク?」
「ああ」

「私の?」
「ん・・」

「・・・そうなの?でも今日家には誰もいないわよ・・
 父は出張だって言ってたし・・母もとっくに仕事だし・・」
「だから・・お約束した」

「いつの間に?」
「昨日。・・父上には出張の時間を少し延ばしていただいた
 母上も午前中は在宅してくださるそうだ」

「ふ~ん・・」 ジニョンはわざと気のないような返事をしたが、
内心では、この上ない幸福感に満たされていた。
そして頬が緩むのを抑えられず、わざとフランクから顔を逸らせた。

もう10年も前のことになる
ジニョンの父がふたりの時間を引き裂いた事実は拭うことはできない。
ジニョンは一時、その父をどうしようもなく恨んだことがある。
しかし10年の時は、ジニョンが父の想いを理解するには十分だった。
父もまた、娘の真実の姿を、変わることの無かった想いを
長い時を掛けて知ってくれただろう。
そしてその父が、娘が唯一愛する男の真の姿をも既に
認めてくれていることをジニョンは知っていた。


ジニョンの実家のあるサムチョクは静かな街だった。
高台に位置した彼女の家の前に立ち、フランクは一度深呼吸をした。

「緊張してるの?」 ジニョンがフランクを横目に見て面白がって言った。

「少しね」 フランクは素直にそう答えた。

「へ~・・あなたでも緊張することあるのね」

「あるさ」 フランクはそう言って、ジニョンの手をぎゅっと握った。



「いらっしゃい」 ジニョンの家の門をふたりでくぐり、玄関のドアを開けると
そこにはジニョンの母セヨンが待ち構えていたようにふたりを出迎えた。

フランクはセヨンとは初対面だったが、不思議とそうは思えなかった。
彼女の笑顔がジニョンのくったくないそれと良く似ていたからだろう
そう思った。

その瞬間セヨンがフランクに近づいたかと思うと、彼を突然抱きしめ、
その頬にキスをした。

「オンマ!」 ジニョンが母のその行為に驚いて、慌てたように
彼女をフランクから引き剥がした。

「あら、いいじゃない。けちね」 セヨンは悪びれることなく言った。

「けちって・・」

「ハグして何が悪いのよ」

「彼は私の婚約者なのよ!」

「だから?」

「だからって・・!」

「歓迎の意味よ」

「だってキ・・やり過ぎよ!」
ふたりはフランクの目の前で突然、大声で言い争いを始めた。

「あの・・」
フランクは互いに食いつかんばかりのふたりを前にして
言葉を失っていた。

「よしなさい、ふたりとも・・」
その重厚な声が奥から届くと、ふたりの争いはピタリと止まった。
「お客様が驚いているじゃないか」 そして声の主が目の前に現れた。

「だって、パパ・・」
「だって、あなた、ジニョンが・・」

「おっほー・・」
父の一喝にふたりの女は互いに睨み合いながらも、口を閉じた。


「どうぞこちらへ・・理事・・」 

「あ・・はい・・お邪魔します」
フランクはホッとして、ジニョンの父ヨンスに案内されるまま
リビングへと進んだ。

「あれたちのレクリエーションでしてな・・気にせんでください」
ヨンスが後ろを振り向かないままフランクに言った。

「レクリエーション・・ですか?」


ジニョンはセヨンとのさっきまでの言い争いなど忘れたかのように
父と連れ立って我が家のリビングへと進むフランクの背中を
嬉そうに目で追った。
その時、そのジニョンの肩をセヨンが優しく抱き寄せた。
セヨンもまた、この10年の月日を娘を気遣い、陰ながら見守ってきた。
その娘がやっと、愛する人を連れて我が家の門をくぐったのだ。
セヨンはそれだけで、天にも昇る気持ちだった。
フランクの顔を見た瞬間、思わず彼を抱きしめてしまうほどに。



父とフランクはソファーに腰掛けたものの、しばらく互いに口を開かなかった。

ジニョンがそこへお茶を運び、フランクの隣に腰掛けようとした時
「席を外しなさい」と父は娘に言った。

ジニョンが困惑した顔をフランクに向けると、フランクは黙って彼女に頷いた。
ジニョンは父とフランクに従った。

「理事・・・」

「今日は私の理事という立場はお忘れ願えませんか」

「それは難しい話です」 ヨンスはきっぱりとそう言った。

「そうですか・・・」 フランクは少し寂しげに俯いた。

「お話がお有りだとか・・」

「はい・・今日はお忙しいところを、お時間を割いていただいて
 ありがとうございます」

「いいえ・・」

「今週末にアメリカに戻ることになりました」

「はい・・伺っております」

「その前に、あなたにお願いがあって参りました」
フランクが切り出すと、ヨンスは沈黙したまま、彼の続きの言葉を待った。
「・・・・・あなたは10年前、私にこうおっしゃった・・・
 娘には楽に生きられる人生を歩んで欲しいと」

「ええ、・・申し上げました・・
 正直、今でもその思いは変わっておりません」

「・・・・私はあの時、あなたのその言葉に打ちのめされてしまった
 私は決して彼女に楽な人生を与えられない・・そう思ったからです」

「だから・・娘の前から去ってくださった」

「はい」

「では・・今なら・・娘はあなたの傍で楽に暮らせますかな」

「いいえ・・・それは難しいと思います」

「・・・・・・」

「私と生きる以上、彼女に楽な人生は無いかもしれない
 もしかしたらこの先、
 彼女には耐えるだけの人生しか待っていないかもしれない 
 それでも私は・・私でしかありませんから・・
 それを変えることはできません」

当初ヨンスはフランクの言葉を伏目がちに黙って聞いていたが、
フランクが力強い視線をヨンスに向けていたので、いつしかヨンスも
フランクと視線を合わせるしかなかった。

「しかし・・これだけは誓えます
 どんなことがあろうと、彼女は必ず私が守り抜きます」

フランクがそう言うと、ヨンスは思わず俯いて、心の中で呟き笑った。
≪そんなことは当にわかっているよ≫

「正直申し上げて・・彼女が私と生きて、幸せかどうかはわかりません
 それは彼女にしか答えられないことですから・・・
 ただひとつだけはっきりと言えることは・・・
 彼女と共に生きることができる私は・・・間違いなく幸せになる
 そのことだけです」
フランクが断言するようにそう言うと、ヨンスは黙って彼の目を見た。

「私は幸せよ!」 突然ジニョンがふたりの間に割り込んだ。
「パパ・・私は彼と生きられれば幸せ。それだけで幸せ・・
 いいえ、フランクじゃないと駄目なの」

「席を外していなさいと、言わなかったか?」 父は娘を諌めて言った。

「だって・・・」
フランクがジニョンの肩に手を置いて、彼女をその眼差しだけで宥めた。
彼女はフランクの顔を不安げに見上げたものの、彼の言うことを聞いて
また部屋を出て行った。


「娘というものは・・・持つものじゃない・・・親の気持ちなど、
 何ひとつわかろうとしない」 ヨンスは溜息混じりにそう言った。

「・・・・・・」

「ご覧の通りだ・・きっと私が何を言おうが・・」
「あなたの、お許しが欲しいんです。」 フランクはヨンスの言葉を遮って言った。

「私は・・10年前、あなたに言った言葉を後悔はしておりません
 結果として、娘に恨まれ・・あなたたちふたりの・・
 10年の人生を奪った事実があったとしても・・」 ヨンスはそう言った。

しかし事実は違っていた。彼はこの10年、後悔の念に囚われていた。
それでも彼はそう言わなかった。いや、言えなかったのかもしれない。
それは父としての意地であったのか、自分を信じたかっただけなのか。
それは彼自身にもわからなかった。
その時、フランクが父の心を慮るように口を開いた。

「私にとって・・彼女にとって・・この10年が無駄だったとは思いません
 あの頃の私は・・あなたが恐れていたような生き方しかできなかった
 いえ、今もそれは余り変わっていないかもしれない・・
 でも・・この10年間でわかったことがあります
 彼女がいなかった時間・・私は自分の命さえ惜しいとは思わなかった
 そういう生き方しかできませんでした
 しかし今、私は命が惜しい・・・それはきっと彼女がいるからです
 彼女と共に生きたいと心の底から願っているからです

 彼女は・・私に生きる力を与えてくれます
 彼女は・・私に愛することの意味を教えてくれます
 彼女は・・私にとって何ものにも代えられないものです
 彼女は・・私の・・すべてです
 彼女を・・愛しています・・深く愛しています
 
 約束します・・いつも彼女を抱きしめていると・・・
 彼女が転ばないように・・泣かないように・・
 いつも抱きしめて・・・守って生きます
 だからどうか・・許して下さい・・あなたのお許しを下さい
 ・・・ジニョンを・・僕に・・下さい・・・」

フランクは胸に込み上げるものと懸命に闘いながら、
今生涯で唯一無二に欲しいと願うものを得るために、
想いの全てを吐き出した。

「フー・・」 ヨンスは大きく息を吐いた。
「・・・・・・」 フランクは固唾を呑んで、ヨンスを睨み付けるように見た。

「・・・私より・・・・過保護になりそうですな・・・」

「・・・過保護・・ですか?」

「たまにはほったらかした方がいい」

「それはできそうにありません」

「あなたが苦労なさる」

「彼女を苦労とは思いません」

「女を甘やかし過ぎてはいかん」

「甘やかすのが好きなんです」

「あなたも強情なお人だ」

「あなたほどでは・・ありません」

「娘は小さい時から、私が甘やかして育ててしまったんです
 あれの強情は私に似ている」

「承知しています」

「先ほどおっしゃいましたな・・
 あの子と共に生きられるあなた自身が幸せであると・・」

「はい」

「ご存知でしたかな?この10年・・あの子が・・どれほど
 あなたの身を案じていたか・・あなたの幸せを祈っていたか・・」

「・・・・・・」

「結果論として・・あなたが幸せであれば・・・
 あの子も幸せだということになる」 ヨンスはしみじみとそう言った。

「・・・・・・」

「だとすると・・異論など唱えようもない」

「・・・・・・」

「何処へでも連れてお行きなさい」

「えっ?・・」

「アメリカへ連れて行く・・そう言いにいらしたんでしょう?」

「あ・・はい」

「どうぞ、あの子の望み通りに。」

「・・・ありがとう・・ございます」

「理事・・」

「ドンヒョクと。」

「・・・ドンヒョク・・・」

「はい」

「娘を頼みます」

「はい。」

 

フランクは、ジニョンの父母にふたりの結婚を認められたことで
清々しい達成感を味わっていた。
サムチョクへ向かって車を走らせていた時の不安な気持ちと
今ソウルへ帰る時の自分の心の軽さと言ったら、その違いが
余りに歴然としていて、自分でも可笑しかった。

「ありがとう」 フランクは隣に座るジニョンにそう言った。

「えっ?」
「いや・・何となく・・」

「何となく?」
「ん・・何となく・・そう言いたかった」

「・・・・・・ありがとう」
「ん?」

「私も・・何となく・・そう言いたかったの」
「はは・・」

ジニョンはしばらく、運転しているフランクの横顔を黙って見つめていた。
「何?」 その視線を感じて、フランクがジニョンを見た。

「ううん・・ただ見ていたいの・・あなたを・・」
「ずるいな・・僕もそうしたい」
「だめよ」 ジニョンはフロントガラスを指差して笑った。

ふたりは時に見つめあい、時に笑いあい、短く交わす言葉の端々に
この上ない幸せを感じていた。

「ねぇ・・」
「えっ?」

「車・・・

     ・・・止めてもいい?」・・・













 




2011/02/04 22:58
テーマ:passion-果てしなき愛- カテゴリ:韓国TV(ホテリアー)

passion-43.すべてを君に

Photo




    

  

 

collage & music by tomtommama

 

story by kurumi





 

 

 

ジニョンは屋上に上がるエレベーターの中で考えていた。

テジュンに“行け”と言われるまま向かってはみたものの・・・
≪こんな時間に・・屋上?≫

怪訝な思いを抱きながらも、エレベーターが屋上に着きドアが開くと、
外へと繋がるドアの隙間から一筋の灯りが薄く漏れているのが見え、
首をかしげた。

ジニョンは少しだけ息を呑むと、そうっとそのドアを押し開けた。
ドアが少しずつ開かれるにつれ、彼女の体が白い光に覆われていき
ドアが全開した瞬間には、彼女は余りの眩しさに手の甲で
目を覆わなければならなかった。

呼吸をひとつ置いた後、目を凝らして辺りに視線を送ると、
正面からライトが自分を照らしているようだった。
それからまた数秒経ってやっとその光にも目が慣れてくると、
光の向こうに何かが見えてきた。

見渡すと、彼女がいつも自分の憩いの場としているその一角に
食器やグラスが美しくコーディネートされた円形のテーブルがひとつ
スポットライトの中に浮かんでいた。

そして、そのテーブルの横には神妙な面持ちのフランクが立っていた。
ジニョンは彼の姿を認めると、一度ホッと息を吐いた。

「・・・ドンヒョクssi・・これって・・何のまね?」

ジニョンはフランクに向かって、困惑気味に笑みを浮かべて言った。

フランクもまた薄く笑みを浮かべながら、ジニョンが近づくのを待った。

そして彼女が彼の目の前に立つと、彼はおもむろにポケットに手を入れ、
ひとつの小さな箱を取り出した。

フランクはその箱の蓋をそっと開けると、やっと口を開いた。

「今回のことで・・・・
 僕の財産の殆どは・・ソウルホテルの債権に変わってしまった
 それは理由があって、直ぐに売ることはできない
 だから今僕に残されたものは本当に僅かなものだけ・・・

 でも・・そんなことはどうでもいいことなんだ 
 僕は君がいれば・・・
 君さえいれば・・例えマイナスからのスタートであったとしても。
 何度でも、いくらでも・・這い上がる自信がある

 だから・・・君はただ、僕を信じてくれればいい
 僕のそばにいて、僕を抱いていてくれれば・・それでいい。
 わかっているよね・・・
 僕が・・君の他に何も・・何もいらないこと。」

フランクはジニョンを真直ぐに見つめて、切々と想いを伝えた。
ジニョンはただ無言で、彼の言葉を噛み締めるように聞き、
そして彼の問い掛けにゆっくりと頷いた。

「・・・ソ・ジニョンssi・・・あなたを・・・心から愛しています・・・
 僕と・・・結婚して下さい」

そう言ってフランクは、箱の中から小さなリングを取り出した。
ジニョンはフランクの誠意溢れたプロポーズに胸を熱くした。
そして彼女は感動に極まった胸を、開放するかのように深呼吸をすると
彼に向かって笑みを添え、ゆっくりと左の手を差し出した。

フランクは、差し出された彼女の手に安堵の笑みを返すと、
その手を優しく受け取り、白い指先に輝くリングをくぐらせた。
そしてそのままその手をグイと自分に引き寄せ、彼女を強く抱きとめた。

「愛してる・・・どうしようもないほど・・愛してる。」 
フランクは彼女を抱きしめた力と同じだけの力を込めて、
自分の想いを搾り出すようにそう言った。

「・・・私も・・私も・・私も・・・」 ジニョンの想いは言葉にならなかった。
だから、その激しい想いを彼に伝えようと、力の限り彼にしがみついた。

たったひとつのテーブルの横にふたりのシルエットがひとつになって
長い時間揺れていた。



「アジシ・・・いつまでこうしてるの?」

ジェニーは自分が作った料理を乗せたワゴンの取っ手を掴んだまま
屋上に続くドアの前でなりを潜めていた。

「もう少し待て」 その横で、テジュンもまた声を潜めて言った。

「だって、せっかくの料理が冷めちゃう」

「しょうがないだろう!」

テジュンは少し後悔していた。
昨日、シン・ドンヒョクから、屋上にテーブルをセッティングして欲しいと頼まれた。
料理はさほど必要ないので、ちょっとしたオードブルとワインがあればいいと。
しかし、それだけでは味気ないだろうと考え、ジェニーと相談して
ふたりで軽いディナーを用意し、後で彼らを驚かそうと企んだ。
≪それがどうだ?これじゃあ、出て行けないじゃないか≫

「アジシ・・・」

「うるさい!」

ジェニーはテジュンに一喝されて、口を尖らせた。
その時、外から声がした。「誰?」 シン・ドンヒョクが物音に気づいたのだ。
テジュンは大きな溜息を吐くと観念したように、ドアを開けた。



ドアの向こうで何やら物音がしたのを、フランクは聞いた。
ここにはもう誰も上がって来ないはずだったが、ドアを開けて出てきたのは
テジュンと妹ジェニーだった。

「オッパ・・お邪魔してごめんなさい」

たった今までフランクと抱き合っていたジニョンが少し照れたように俯き
乱れた髪を指先で直した。

「料理をお運びしました」

「料理?・・あ・・こんな遅い時間に従業員の手を煩わせては・・」

「ご心配には及びません・・きっと理事はそうお考えだろうと・・・
 他の従業員は残しておりませんのでご安心を・・
 ジェニーと私であなた方へ心ばかりの品です」

そう言って微笑んだテジュンの誠意にフランクは感謝の眼差しを送った。

「お客様。」 ジェニーが突然声を上げた。「どうぞ、お席へ・・・」

フランクとジニョンはジェニーに促がされるまま、並んで席に付いた。

ジェニーとテジュンが運んできた器をテーブルに並べ終わると
ふたりはフランクとジニョンの目の前で料理を被っていたクロッシュを
少し大げさな動作で上げて見せた。
そしてジェニーは言った。「ようこそお客様・・星空レストランへ」

「星空?・・星出てないぞ」 隣でテジュンが空を仰ぎながら横槍を入れた。

「いいの。・・・オッパ、貸切のレストランよ」 ジェニーはフランクにウインクしてみせた。
フランクは呆れたように顔を背けたが、その顔には綻ぶような笑みが浮かんでいた。

用意した料理のお披露目が終わると、テジュンとジェニーは
「どうぞごゆっくり・・お客様」と声を揃えて、屋上から素早く去って行った。
彼らが自分達に気を利かせたように、慌てて去って行く姿を見送ると、
ふたりはお互いに顔を見合わせて笑った。



「美味しそう・・」 ジニョンは並べられた料理を見渡して、溜息混じりに言った。

「ああ、そうだね」

「急にお腹すいてきちゃった」

「それじゃ、遠慮なく戴こうか」

「ええ」

テジュンとジェニーの気持ちが嬉しかった。
自分達の結婚が、皆に祝福されているようで、料理を味わいながら
フランクは自分の体中に幸せが深く染入るのを実感していた。


「でも・・こんなところに・・・こんなものを作るなんて・・」
しばらくしてジニョンは改めて、周囲を見渡しながら言った。

「決めていたんだ」

「えっ?」

「君にプロポーズする時は、レストランをひとつ借り切るって・・」

「レストラン?」

「ああ、実はこの前ジェニーにそんなことを話してた・・
 だから彼女、さっき、あんなことを・・」

「あなたがジェニーにそんなことを?・・」

「最近、ジェニーとよく話をするんだ・・
 長く一緒にいられなかった分を少しでも埋めたい、彼女そう言ってた・・
 “オッパのことを沢山教えて”って・・」
フランクはジェニーとの会話を思い出して、小さく笑った。

自分がジェニーに話していた過去のことの殆どが、ジニョンと過ごした
数ヶ月だけだったような気がしたからだった。
「彼女に話していたこと・・君とのことが殆どだったな・・考えてみたら・・
 話すことが何もなかった・・」

「・・・・・・」 ジニョンはその笑顔が少し切なかった。

「その時、質問されたんだ・・“オンニにプロポーズする時は
 どんなサプライズを考える?”って・・
 あー・・韓国では男性が女性に告白する時は、
 サプライズを考えるのが常らしいよ」

「聞いたことがあるわ」

「ジェニーには情報をくれる人たちが沢山いるからね
 あの子も大分韓国文化に精通してきたみたいだ」

「ああ・・」 ジニョンは厨房のイ主任達を思い描いて笑みを浮かべた。

「本当はね、いつの日か君にプロポーズする時・・その場所は
 君と初めて行ったあのレストランだと思ってた。」

「ニューヨークの?」

「ああ、でも気が変わったんだ」

「えっ?・・・」

「今はどうしてもこのソウルで僕の気持ちを伝えたかった」
フランクはそう言って、ジニョンを熱く見つめた。

「・・・・・・」 ジニョンは彼のその眼差しに、胸が圧迫されるほどに
感動していた。

「ここでも本当はレストランのひとつも借り切りたかったんだけどね
 ほら、東海の家の改装の手配したら本当に何も無くなって・・
 だからハン社長に理事の特権を使わせてもらったというわけ。」

「ふふ、だったら、無理しなくてもよかったのに・・・
 これだって、高かったでしょ?」
ジニョンは既に自分の指に納まったリングを見つめながらそう言った。

「いや、それは・・・最近買ったものじゃない」
「えっ?」

「10年前に・・買ってあった」
「10年前?」

「ああ、だから余り高い物じゃないよ。その頃もそんなにお金なかったから・・」
「・・・・・・」

「ショック?安物で・・」
「ええ。ショック。」

「あーでも困ったな・・直ぐには新しいのは買えそうもない」
「10年間も眠らせていたなんて・・」

「えっ?・・」
「もっと早く私の指に納まるべきだったのに・・・可哀想に・・・」
ジニョンはそう言いながら、薬指に光るリングをそっと撫でた。

「はは・・確かに・・・早く君のところに行きたいって
 夜毎泣いていたような気がする」

「あなたのせいね」 ジニョンはそう言ってフランクを睨んだ。
「そうだな」

「許せないわ」
「どうしたら、許してくれる?」

「そうね・・・どうしよう」

ふたりは見つめ合ったまま、互いの胸の内の熱いものを心で感じた。
ふたりにはそれ以上の言葉はいらなかった。
ジニョンはフランクから視線を優しげに外すと、10年の時を経て
やっと自分の指に納まったリングをいつまでも愛しそうに眺めていた。

フランクはそんなジニョンを愛しく抱きしめるように見つめた。
そして心の中で呟いた。

   いいよ・・どんな罰でも受けるよ、ジニョン・・・

   今この時が・・・・
   神がたったひとつの僕の望みを叶えてくれたことに違いないから

   神が君を・・・僕に残してくれたに違いないから・・・



「・・おいで」 フランクが手招きをして、自分の膝の上を指差した。
ジニョンが“座るの?”という表情をすると、彼は黙って頷いた。

ジニョンが頬を赤らめながらもフランクに従って、彼の膝の上に座ると、
彼は彼女の背中を自分の胸に埋めるように後ろからしっかりと抱きしめた。

「覚えているかい?・・
 10年前、あの家で、こうしてふたりで星空を見上げたこと・・」

「ええ・・覚えているわ・・」

「本当はジェニーが言うように“星空レストラン”だったら
 よかったんだけど」

「オモ・・今夜だって、私には見えるわ、綺麗な星空が・・・」

「嘘つき・・」

「ふふ・・心で見てるのよ」

「はは、なるほど・・うん、とても綺麗だ」 そう言いながら、
フランクは彼女を真似て、暗い夜空を見上げて見せた。

「ね。」 ジニョンは“見えたでしょ?”と瞳を輝かせた。

「あの日・・」

「えっ?」

「あの日こうして星空を見上げながら・・・僕は君に、
 自分の生い立ちを話した・・・」

「ええ、そうね」

「自分のことを人に話すのはね、本当に初めてのことだったんだ」

「・・・・・・」

「10歳の時に親に捨てられたこと・・
 アメリカに渡って、養父母との関係が上手く行かなかったこと・・
 自分が誰にも愛されずに育ったと・・だから・・
 人間なんて・・これっぽっちも信じていない・・って」

「ええ・・」

「僕は人間が嫌いだ・・・
 人を信じたことなんて一度もない・・・

 人を愛したこともない・・・
 愛を・・・信じたこともない・・・、そう言った」

「そうだったわ」

「その時、君が僕になんて言ったか、覚えているかい?」

「う~ん・・・何て言ったかしら・・」

「あなたが・・そんな悲しい心のままに生きるのは嫌・・
 そう言ったんだ」

「・・・・・・」

「あの頃僕は18歳の君に・・愛するということの潔さと・・
 愛されるということの心地良さを教えてもらっていた」

「・・・・・それじゃあ私は、あなたの先生ね」

「そうだね・・先生だ」

「じゃあ、少しは尊敬してね」

「尊敬してるよ」

「嘘ばっかり」

「本当さ・・」

「ふふ・・ねぇ、覚えてる?」

「ん?・・」

「その後、私があなたに何をしたか・・」

「その後?」 

ジニョンはおもむろにフランクの膝の上から下りて、彼に向き合った。
そして彼の前にひざまずくと、彼の手を取り、その甲に唇を付けた。
そして、顔を上げ、彼の目を優しく見つめた。

「私は・・あの時・・あなたを慰めたかった・・・
 あなたの心を撫でてあげたかった・・
 でも・・18歳の私は・・上手く言葉が見つけられなくて・・
 あなたに・・・何をしてあげればいいのか・・わからなくて・・・
 こうして、あなたの手にくちづけたの・・・」

「・・・・・・」

「10年経った今でも・・・私・・あまり成長していなくて・・
 まだ上手く気持ちを伝えられないけど・・・
 ・・・愛しています・・・ドンヒョクssi・・・心から・・
 愛しています・・・だから、もう・・・泣かないで・・・
 決して・・心で泣かないで・・・」

「・・・・・・」

「私がずっと・・・抱いていてあげるから・・・」
ジニョンは瞳に涙を一杯溜めて、フランクに熱い心を届けた。

「・・・・ああ・・・そうして・・・」 彼女のその想いに胸を詰まらせたフランクは
そう答えるのがやっとだった。


     私がずっと・・・あなたを・・・



          ・・・抱いていてあげる・・・
























 






[1] [2]

TODAY 36
TOTAL 596981
カレンダー

2011年2月

1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28
スポンサードサーチ
ブロコリblog