2011/02/03 23:18
テーマ:passion-果てしなき愛- カテゴリ:韓国TV(ホテリアー)

passion-42.改革の終点

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フランクがいつものようにジョギングを終えて、ラストスパートを掛けると
視線の先にジニョンの笑顔が見えた。
彼女はハウスキーパー達の朝礼を済ませ、解散したばかりだったが
フランクの姿を見つけると、室内に戻る仲間達から離れ、彼を待った。
彼が大きく手を振る姿を見て、ジニョンも思わず手を振ってしまったが、
その瞬間後ろを振り返ると、案の定まだ仲間達がその場にいて
彼女をからかうように笑っていた。


「今日も早いのね」

「ああ・・これが僕のスタイルだからね」

「スタイル?」

「ん・・」

「たまにはサボりたくならない?」

「んーあるよ」

「へぇ~どんな時?」

「・・・君が朝まで僕の腕の中にいる時」

「・・・・・・」

「離れたくなくて・・ベッドから出たくなくなる」 
フランクはジニョンの耳元でそう囁いた。

「もう!」 ジニョンは赤面して、彼の腕を思い切り叩いた。

「はは・・本当だからしょうがない」

「んっん・・だったら・・止めるわ。」 
ジニョンは咳払いと共に姿勢を凛と正して言った。

「えっ?」

「あなたの長年培ったスタイルを崩したら悪いもの」

「何を止めるって?」

「その・・・あ・・」

「ねぇ、何を止めるの?」 フランクは面白がるように食い下がった。
ジニョンは頬を真っ赤にしたまま、プイとフランクから顔を背けた。





その朝の八時
フランクはホテル地下一階にある大ホールの壇上にいた。
そして面前には500人余りの従業員と全支配人が顔を揃えていた。
テジュンはフランクの望み通り、全従業員を二分し、招集をかけた。

「あ~あ、今日私本当は非番だったのよ。」 
スンジョンがジニョンに向かって、まるであなたのせいよ、
と言わんばかりに愚痴をこぼした。

「先輩・・私のせいではありませんから。」

「でも知ってるんでしょ?彼に聞かなかった?
 ねぇ、どうして集められてるの?私達」

「知りません。」

「また~」

「本当です。彼・・仕事のことはあまり話さないから。」

「ふ~ん・・」 スンジョンは壇上に立つフランクに視線を向けた。

この日勤務日ではない者にも緊急連絡網を回し突如出勤させたことで
スンジョンのみならず、彼らは自分達が集められた理由を模索し、
場内はざわめいていた。


「ソウルホテル従業員の皆様。」
フランクの響く低音の第一声で、一瞬の内に会場は静まり返った。

「先刻、全ての手続きが完了し、このソウルホテルは事実上、
 私、シン・ドンヒョクの手中にあります
 よって、このホテルを生かすも殺すも・・私の胸先三寸・・」

フランクは鋭い眼差しで従業員と対峙すると、左の口角を小さく上げた。
すると、今まで静まり返っていた会場がまたざわつき始めた。

「お静かに。」 フランクが再度渇を入れると会場は再び静寂と化した。

「先日、レイモンド・パーキン氏が・・今後一切リストラなどしない・・
 そう約束したと聞きましたが・・・私の考えは彼とは違います。
 よって、この場で彼の発言は撤回させていただきます。
 必要と有れば、それもまた選択のひとつとなる、そう思っていただきたい。
 そしてその決定を下すのは飽くまでも私、シン・ドンヒョクです。

 しかしながら、私達は決して悪戯にあなた方の生活を
 脅かそうとしているわけではありません。 

 あなた方がホテルに対して、今後望む限りの雇用を欲するならば
 それに見合った労働を我々に提供していただければそれでいい。
 単純明快なことです・・・ご理解頂けますか?」

フランクの問い掛けに、彼らは一様に固唾を呑んでいるだけだった。
フランクは続けた。
「さて・・改めて、ソウルホテル従業員、皆様を前にして申し上げる。

 私はこれから一年を目処に、このソウルホテルを
 世界トップクラスのホテルに押し上げる。」

更にざわついた会場で、フランクは平然とそれが静まるのを待った。

「ある人が私に自信満々にこう言いました
 “ソウルホテルは最高のおもてなしをします”と・・

 事実私は受けたもてなしをある意味満喫できたと言える。
 それは認めましょう。」 フランクはそう言いながら、
一度だけジニョンと視線を合わし、また正面を見据えた。

「しかし、世界トップレベルのホテルとは決して生半可なものではない。
 多くの事業家達がそれを目指し、脱落していく様を、
 私は間近に、数多く見て来ました・・・・」

その事業家達を奈落に貶めた張本人が他ならぬ自分であったことも
少なからずあると、その時フランクの胸に過ぎった。

「何事も、上るのは容易くはないが、堕ちるのは簡単なものです
 気を緩めていると、ライバルは簡単に足元をすくうでしょう。
 
 さて・・今このソウルホテルがその奈落に落とされたままであることを
 ここにいらっしゃる方のどれくらいが認識していらっしゃるでしょうか。
 経営陣は今必死になって底から這い出そうとしているが・・
 現実はまだ山の裾野にも辿り着いてはいない。」

フランクはそこまで言うと、会場を端から端までゆっくりと見渡した。
人々は、フランクの視線が自分の所に届くのを避けるように
次第に目を伏せていった。

「ホテルは万人が求めるものを提供しなければならない。
 ならば人はホテルに何を求めているか。

 人が例外なく求めるもの。
 それは心地良い眠りである。
 では・・心地良い眠りに結びつくものとは何か・・

 丁寧かつ卒の無い言葉使い・・口に合った料理・・
 心安らぐ音楽・・言葉の通じる安堵感・・
 それは言ってみれば当然のもてなしでしかない。

 それ以上の何か・・・それを見つけた所だけがトップに成り得る。
 その心を持った者たちだけが・・・トップとしての喜びを得られる。

 あなた方が、他人へのサービスを成合として生きる以上
 いつどんな時でも謙虚な姿勢を忘れてはならない。
 そして自分を磨くことを怠ってはいけない。

 高級ホテルに相応しい立ち振る舞い、言動はもちろんのこと
 何よりも・・世界一のホテルだという自信と謙虚、あなた方は
 相反したその心を常に持ち続けなければならない。

 そしてそれは決して簡単なことではないのです。果して・・・今
 あなた方に・・それができているだろうか」

フランクの表情は眼光鋭く、その言葉はその場にいた人間を
まるで威嚇するかのような厳しさが込められていた。


「ところで・・・社長。」 フランクはテジュンの方に視線を向けた。

「私に人事の権限は今もありませんか?」

「ご提案いただければ・・」

「ではハン社長、私は総支配人をオ・ヒョンマンssiに
 副総支配人をイ・ヨンジェssiにと考えております」

フランクの言葉に会場内がまたもざわめいた。
オ・ヒョンマンは、ハン・テジュンと敵対していたばかりか
人格的にも決して従業員からの尊敬を得られていた人物ではない。

ヒョンマン自身も、ハン・テジュンが社長に昇格した以上、
自分のソウルホテルでの立場は既に終わったと自覚し、諦めていた。

ヨンジェにしてみれば、まだホテルの仕事に携わったばかりで
責任者としての実力すら未知数と言えた。

「はい・・異論はございません」
しかし、テジュンはフランクの唐突とも言える進言に承諾を即答した。

そしてフランクは視線をヒョンマンとヨンジェに移した。
「では・・そういうことです」

ヒョンマンは怪訝な視線をフランクに向け、ヨンジェは目を見開いて
その視線をフランクから隣にいたジョルジュに向けた。
ジョルジュはヨンジェに向かって優しい笑みを浮かべ頷いた。

「最後に・・」 フランクはまたも会場を端から端までゆっくりと見渡した。
するとフランクはさっきまでと違う空気を感じた。
彼らの視線がフランクのそれと真っ向から対峙していたのだ。

「あなた方、ひとりひとりが・・・ソウルホテルである。
 いつもそれを・・・肝に銘じなさい。」

それでも会場はフランクの言葉に最後まで静まり返ったままだった。

「以上です。」 フランクはすかさずそう締めた。

そして、悠然と壇上を下り、ひとりその場を立ち去った。

ジニョンは会場を後にするフランクの背に、清々しい笑みを送っていた。

 

最近、皆が少し有頂天になっているのではないかとジニョンは思っていた。
ソウルホテルがフランクたちの手によって守られ、従業員は皆、
働く場所を約束されていた。

そのため、多くの従業員が、まるでぬるま湯に浸かっているが如く
緊張感も無く仕事に就いているように思えた。
ホテルの現状はまだマイナスから脱したわけでもないのに、
確かに緊迫感が失せていた。

こんな時、石を投げてくれたのはやはりフランクだった。

今この場所で、彼が投げた石の意味を理解しているひとりとしてジニョンは

   彼が・・・


   フランクが誇らしくてならなかった・・・



 

フランクが立ち去った後の会場はまだ静まり返っていた。

そこにいた多くの人間が、たった今フランクに厳命されたことを
心に反芻しているだろう。ジニョンはそう思った。

しばらくして、従業員達は三々五々会場を後にする中、オ・ヒョンマンが
何か自分に言いたそうにしていることに気づいたテジュンは
その場に留まっていた。

「どういうことでしょうか」 ヒョンマンがテジュンに向かって口を開いた。
「理事のお言葉は解せません」

「解せないとは?」 

「それにあなたも理事と同じ考えだとは到底思えない」

「どうしてですか?・・・ああ、あなたが総支配人になると、また倉庫の・・・」

「ん!ん・・それは・・」 ヒョンマンは罰の悪そうな顔で口ごもった。

「わかってます・・ははは・・言ってみただけですよ」 テジュンは
ヒョンマンに対してわだかまりなど存在しないと言いたげに笑って見せた。

「あなたもまたこのホテルを愛している人間に変わりは無い

 違いますか?それを理事もわかってらっしゃる
 そして、あなたの潔い決断力は私に欠けているものでもあると・・

 今のソウルホテルにあなたのそれは必要不可欠である
 理事はそう判断したのだと、私は思っています
 だから・・承諾しました。異論がお有ですか?」

テジュンは真直ぐにヒョンマンの目を見て言った。

ヒョンマンは彼のその言葉に言葉を詰まらせて、ただ首を振った。

 


夜十時、予定通りフランクは再びホールへと向かい、壇上に立つと
自分の思いを従業員全員に行き渡らせるよう、熱心に話した。

従業員達は朝の話を既に聞き及んでいたせいか、混乱も無く
ただ黙って真剣な面持ちで彼の話に聞き入った。

「では以上です」 そうしてフランクは壇上を下りた。
彼が5段ほどの段を下りる間も、会場の静けさに変化は無かった。

彼は冷徹極まりない経営者よろしく、たった今、従業員達を前に
無慈悲を露にした。

ソウルホテルは自分のものであると。生かすも殺すも自分次第なのだと。
だから、自分の言う通りに働け、そうでないと首を切る、そう言ったのだ。

フランクは壇を下りながら、俯きがちに小さく溜息を吐くと、
左の口角を薄く上げた。
そして彼が壇上を下り切った時、会場の一角から数人の拍手が起こった。

それは料理長ノ・ジュヨンであり、オ・ヒョンマンであり、テジュンであった。
彼らの悠然とした拍手の音は徐々に伝染するように広がり、
直ぐに満場の音と化した。

そして入口付近では、朝フランクの話を聞いた従業員達が仕事の合間を縫って集り、
彼に尊敬の眼差しと温かい拍手を贈っていた。

 

フランクは今まで、ひとつの企業の経営に関して、自分が先頭に立ち、
熱く関わったことなど一度としてない。

言わば、依頼を受けた企業を買うか売るか、そのどっちかのために、
自分自身の利益に重きを置いた働きをするだけのことだった。

それがどういうわけか今、このソウルホテルという韓国の一ホテルを、
如何に世界に名だたるホテルへと成長させるか。
その為には何が必要であるのか。それを熱く論じていた。

≪ふっ・・らしくもないことを・・・実に笑える≫

フランクは心の中で自嘲しながらも、胸の奥に生まれた熱い感情に
心地良くさえある自分がいることを知っていた。

一匹狼を良しとしていたはずの自分が、この会場での彼らとの
一体感に震えていたことも、目尻に薄く熱いものが滲んだことも
≪生涯ジニョンには言うまい≫そう思った。

 

しかしジニョンにはわかっていた。

拍手を浴びながら出口へと向かう彼が自分の視線を避けている理由が何なのか。

だからその時は、彼を追わなかった。
本当は走って行って、思い切り抱きつき、人目もはばからず
キスしたい気持ちを、胸に手を当て懸命に堪え、
拍手が鳴り止まぬ会場を後にする彼の背中を万感の思いで見送った。

ジニョンがふと人の気配に気がつくと、テジュンが背後に立っていた。
彼女は今にも泣き出しそうな自分を見られたくなくて顔を背けたが
どうも彼は自分に話がしたそうだった。「何?・・テジュンssi」
「仕事・・上がってくれ」

「えっ?私、今日夜勤よ」
「それは俺が代わる」

「どうして?」
「どうしても」

「あのね・・」
「上で・・・待ってる人がいる」
テジュンはそう言いながら、天井を指差した。

「上って?・・屋上?・・待ってる人って?・・・・」
テジュンの勿体つけたような口ぶりから、待っている人が誰なのか
ジニョンにもやっと理解が出来た。

「・・・早く行ってやれ」 テジュンはまるでジニョンを追いやるように急かした。

「テジュンssi・・」

「ん?」

「どうしてそんなに優しくしてくれるの?私は・・」
ジニョンはフランクとの愛を確認し合ってからというもの、
そして、彼と一緒にアメリカへ帰ることを決意してからも、
テジュンに対して、誠意を示していただろうか、と思った。

「言うな。」 テジュンはすかさずジニョンの言葉を止めた。

「でも・・」

「何か言ったところで、お前の気持ちが変わるのか」

「・・・・・・」 ジニョンの沈黙にテジュンは情けない表情で笑った。

「だったら・・何も言うな。
 お前はただ、お前の幸せを考えればいい 」

「・・・テジュンssi・・・」

「行けよ・・」 テジュンは顎でジニョンの進むべき方向を指し示した。

「・・・ん・・・」

ジニョンはテジュンに言われるまま、自分の幸せに向かった。
彼女を見送っていたテジュンは、その姿が見えなくなるのを確認すると、

大きな溜息をひとつ吐いた。「本当に行きやがった・・・」


   少しは・・・


    ・・・躊躇ってみせろよ・・・

 





















 

 


2011/02/03 11:14
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passion-41.受容

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助手席でジニョンは静かに眠っていた

フランクは東海からの帰り道、休憩のために車を路肩に止めると
煙草を一本手に取った。


“君がいてくれさえすれば、僕はきっといつか・・
 父のことも受容できる・・そんな気がする”


外に出て、車のボンネットに背をもたれ、煙草の煙を燻らせながら
さっき自分がジニョンに対して言った言葉を思い返していた。

   情けないな・・・

そして溜息混じりに唇を歪めた。

彼女の力が無くては、過去さえも取り戻せない自分の弱さを
恥じることも無く彼女にさらけ出していた。

   君を守ろうと、生きてきたはずだった
   
   それがいつしか僕は、君に保護を求めている

   笑える・・・本当に笑える・・・

フランクは助手席で眠るジニョンの方へ向かい、車の窓枠に頬杖を付くと
しばらくの間、彼女の寝顔を見つめていた。

穏やかな時間が赤い夕暮れの中で静かに流れていた。

彼は、彼女を起こさないようにそうっと、その髪を撫でた。

   でも・・・君だけは・・・笑わないで・・・




東海から戻ったジニョンは予定通りドンスクの病室を訪れた。
病室にはジョルジュとヨンジェの姿も無く、ドンスクはというと
穏やかな笑みを浮かべながら静かに眠っていた。

ジニョンは彼女を起こさないよう静かにそのベッドまで近づくと
傍らの椅子に腰掛け、しばらく彼女の寝顔を見つめていた。

二日前から始めた治療が彼女の体にかなりの負担をかけていると
聞いてはいたが、ドンスクの顔色は透けるように白く、こけた頬が
その過酷さを物語り、痛々しかった。

避けて通れないことだとわかってはいても、身近な人間にとって
それは本当に辛いものだった。
≪駄目よ、ジニョン・・・駄目・・・≫
ジニョンはさっきまでの強い決心が既に揺らいでいる自分を
情けなく思い、唇を噛んだ。
≪私はもう・・決めたのよ・・≫

「ジニョン?」

ジニョンがその声に驚いてドンスクを見た時、彼女はまだ目を閉じていた。

「お母さん?」 ドンスクは寝言で、ジニョンを呼んでいただけだった。
すると、ジニョンの声に反応したドンスクが閉じていたまぶたを上げ
ジニョンの方へその瞳だけを動かした。
そして今度こそ彼女に気がついて優しく顔を輝やかせた。
「・・ジニョン、来てたの?」

「はい」 ジニョンはそう言って、ドンスクの手を握った。

「今何時?」

「8時です・・・起こしてしまいましたね?ごめんなさい」

「・・・夢を見ていたのよ・・・
 そこにあなたがいたわ・・・
 あなたがね・・私に向かって何か叫んでたの
 でも・・よく聞こえなくて・・・
 そのうちね・・・あなたが諦めたように、私から離れていくの
 呼んだのよ・・・あなたを・・・
 何度も何度も・・ジニョン・・ジニョンって・・・
 でもあなたはずっとずっと遠くへ行ってしまって・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・何か言いたいことがあるのね」
沈黙していたジニョンに向かって、ドンスクは静かに尋ねた。

「えっ?」

「隠しても駄目よ・・あなたは小さい頃からそうなの・・
 何かあると、感情を直ぐに顔に出すのよ・・昔から・・・
 そう、そんな風にね・・」 ドンスクはそう言って笑いながら
ジニョンの頬に指を触れた。

「セヨンよりも私の方が早かったのよ
 あなたの・・それを見抜くのは・・」

「そうでしたね・・うちのオンマは鈍感ですから」

「あら、私はそんなこと言ってないわよ」
ドンスクがおどけたようにそう言うと、ジニョンは微笑みながら
「オモッ!」と唇を尖らせて見せた。

「セヨンが今日来てくれたわ」

「そうですか」

「セヨンも医療チームに入ってくれるんですって・・」
医者であるジニョンの母セヨンは古くからドンスクの主治医でもあり
今回のドンスクの治療のために多大に尽力していた。

「ええ、そう言ってました」

「ふー・・」 
「お疲れですか?帰りましょうか・・私・・」
息を大きく吐いたドンスクを案じて、ジニョンは言った。

「いいえ・・お願いよ・・もう少しいて頂戴・・」
「・・・ええ、・・お疲れでなければ・・」

「・・・主人が向こうへ逝ってしまってからも、
 私は沢山の友人達に助けられてる・・・これもみな、
 主人のお陰だと、最近つくづく思うの・・・
 彼が遺してくれた財産なのだと・・・」
ドンスクは白い天井を見つめながら、しみじみとそう言った。

「みんな、お母さんのこと、大好きですから」

「ふふ、ありがとう・・・
 私の周りには本当に頼りになる人ばかりだわ
 テジュンssi・・ヨンスssi・・セヨン・・
 そしてふたりの息子達・・・ひとりはまだひよこだけどね・・
 だから・・・
 だから・・・あなたは・・・何処へ行ってもいいわ、ジニョン」

「えっ?」

「行きなさい・・・彼と一緒に・・・それが言いたかったんでしょ?」

「お母・・さん・・・」

「ジョルジュがうるさくて仕方ないの・・・
 ジニョンの幸せを考えろって・・・
 母さんが足かせになってるんだって・・・」

「そんなことは・・・」

「ああ、情けないわ。」 ドンスクが突然語気を強めて言ったので
ジニョンはそれに驚いて一瞬目を大きく見開いた。

「・・ジョルジュのことよ・・」

「・・・・・・?」

「小さな頃から、私が全部お膳立てしてあげていたのに
 好きな子ひとり、繋ぎ止めておけなかったなんて」

ドンスクは本気とも冗談とも付かない言い方で不平を言った。

「お母さんたら・・」

「ふふ・・わかってたの・・・ごめんなさいね
 あなたは10年前、ジョルジュじゃなく
 他の人を愛した・・・それがあの方ね・・・
 そのことも知ってたわ
 でもまたあなたは私達の元に戻って来てくれた
 もしかしたらこのまま・・・そう思っていたの
 でも今度はジョルジュがあなたから逃げ出してしまった
 いいえ、あの子はあなたの幸せのために身を引いたのね

 でも、ジニョン・・・10年よ・・・
 長かったわ・・・
 私が望んでいたのはジョルジュの幸せだけじゃない
 あなたの幸せも・・・同じように望んでいた
 それが・・・あなたとジョルジュであってくれれば・・・
 それは私の幸せでもあった・・・

 だから、ちょっとだけ我侭を言ってみたの
 ジョルジュに諭されるまでもない・・・
 あなたが・・・彼を・・シン・ドンニョクssiを
 深く愛していることは・・・私だってわかっていた
 いいえ、あの子より私の方がわかっていたわ
 だって、あなたが生まれた瞬間から見ていたのよ・・・
 あなたを・・見てきたのよ・・私・・・」

時々息を深くつきながら涙混じりにゆっくりと話すドンスクを前にして、
ジニョンはいつの間にか、こみ上げる嗚咽を堪えきれずに
ドンスクの手の甲を自分の頬に宛がって、ただ・・ただ泣いていた。

  


その頃フランクは部屋にテジュンを呼んでいた
「お呼び立てして、申し訳ありません」

「いいえ・・ご用件は・・」

「今週末に帰国します」

「ああ、そうでしたね」

「それで、ハン社長、お願いがあります」

「お願い・・・ですか?」

「ええ・・ソウルホテル従業員全員に、
 私の話を聞いていただく機会を作って欲しいのですが」

「それは・・今やこのホテルの筆頭理事はあなたです
 実質上の経営者でもある・・
 そのようなことは、私に頼むまでもないことではありませんか?」
テジュンのその言い方には、事実を素直に認めた男の潔さが見えた。

「ふっ・・・では、明朝8時と夜10時の二回
 ホテル業務に支障がないよう、全従業員を二分していただき
 しかる場所に召集して下さい」

「かしこまりました。」 フランクの依頼をテジュンは即座に承諾した。

「理由はお聞きにならないんですか?」

「あなたが・・必要のないことをなさいますか?」
テジュンはそう言って、フランクに信頼の眼差しを向けた。

「・・・・・・」 フランクは彼のその眼差しを受けて、安堵したように
薄く笑みを浮かべた。
「それから・・・もうひとつ・・」

「はい。」

「・・・ジニョンを・・」

「・・・・・・」

「ジニョンをアメリカに連れて帰ります」 フランクはテジュンの目を真直ぐに見た。

「・・・・・・」 
「いいですか?」 
フランクは、一瞬言葉を詰まらせたテジュンに向かって確認するように言った。

「ああ・・・ホテルとしては・・逸材を失うことに・・」 
テジュンは急いで自分の答えを探し、真摯に答えようと努めた。

「男としてです」 
「・・・・・私に断る必要がお有ですか?」
フランクの率直な言い方に、テジュンはソウルホテル社長の立場から
長い間、ジニョンを愛し続けた男の顔をさらけ出すように、フランクを見据えた。

「・・・いいえ、ありません。」

「ふっ・・・そうです・・・最初から彼女の心はあなたにあった」
テジュンはさっきまでの堅い口調とは違って、少し気を緩め話し始めた。
「とっくに私も気づいていました・・・だからあなたに・・・
 少しばかり敵意を剥き出しにしていたのかもしれない
 しかし・・無駄に足掻くのはもう止めにしました」

「・・・・・・」

「言ってみれば、ジョルジュの方がずっと大人だった
 ・・・・奴に頭を下げられました
 ジニョンを諦めてくれ、と・・・
 あいつの方がどれ程長く彼女を思っていたかしれないのに」

「・・・・・・」

「ジニョンの幸せがあなたの元にしか無いと知った以上
 私がおふたりの邪魔をする理由は何もありません・・私とて・・・
 彼女の幸せを願っているひとりですから・・・」

「ありがとうございます・・・」

「それで・・何か他にもご用命がお有ですね?
 どうぞ、何なりと・・・・
 あなた方のために私は何をしたらよろしいのでしょう」






テジュンが部屋を出て行くと、フランクはデスクの椅子に深く腰掛け
天井を見上げた。

そしてソウルに来てからのこの二ヶ月のことに思いを巡らせていた。

自分が如何に変わってしまったか
それを一番よくわかっているのは他でもない自分自身だった。

最初は無論、ジニョンを求めてこの地に降り立っただけだった。

そして、彼女との愛を取り戻そうとする内に、いつしか
多くのものを抱え込んでしまっている自分に驚いていた。

自分の財産の殆どを要して、ひとつのホテルを救おうとすることなど
二ヶ月前の自分に想像できただろうか。

いったい・・何が自分をそうさせたんだろう。

それはジニョンの存在が大きいことには間違いはない。
しかしそれ以外の何かが自分の心の根底にある魂を動かした。

自分の意思とは関係なく、生まれ故郷であるソウルを離れた21年前から
誰一人信じるまいと、生きてきた。
それが自分の運命なのだと、全てを諦めて生きてきた。

   愛など本当に邪魔でしかなかったんだ。

   それが・・・今ではどうだ?

   あれほどに恨んだ父を受け入れようとさえしている

   ≪そう・・ジニョンの保護の元で・・≫

フランクはそう思って、思わず頬を緩めた

愛されることを知らずに育った自分が、ジニョンを愛することによって
彼女の周りに存在するもの全てをいつの間にか受け入れている事実に
困惑と安らぎが入り混ざった不思議な感覚を味わっている。

   それが何故か心地良いらしい・・・

フランクは椅子の背もたれに体を預けながら目を閉じ口元を綻ばせた。


   これもまた・・・愛なんだろうか・・・




その時目の前のリンクが鳴った。ジニョンだった。
「どうしたの?」 彼女が電話の向こうで泣いているようだった。

『ううん・・何でもないの・・・』

「泣いているでしょ?」 ≪強がるのは悪い癖だ、ジニョン・・≫

『ううん』

「ドンスク社長にお会いしたのかい?」 ≪きっと辛かっただろ?≫

『ええ』

「その涙は・・・どっち?」 ≪隠しても無駄だよ≫

『えっ?・・・ああ・・ん~・・うれし涙』

「やっぱり泣いてるんだ」 

『チィ・・』

「たまには素直になりなさい」

『・・ふふ・・はい。・・今とても嬉しくて、泣いています』

「はは・・じゃあ、もうひとつ素直になって、言ってごらん?」

『何を?』

「僕に・・逢いたいって」

『三時間前まで逢ってたわ』

「んー三時間十分も経ってる」

『ふふ・・そうね・・うんと長い時間が経ったわね』

「そうだろ?」

『私に逢いたいの?』

「う~ん、逢いたい・・かもしれない。」

『正直になった方がいいわ』

「はい、逢いたいです」

『しょうがないわね・・じゃあ、行ってあげようかな』

「お願いします」



   僕はいつしか、君に守られて生きている

   君に寄りかかって生きている・・・

   僕という人間が、自分自身を取り戻すために・・・

   そう・・・

     僕のすべてを・・・


        ・・・受け入れるために・・・





        














     





















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