mirage-儚い夢-最終話そして本当の始まり
フランクはその家のドアの前に立ち、ポケットからひとつの鍵を取り出した。 そして一度目を閉じ、何かを念ずるように深呼吸をした後、それを鍵穴に差し入れた。 彼の手がゆっくりと右に回った瞬間に、カチッという音と共にそのドアは開かれた。 中へ入ると、昔と変わらぬ調度品が目の前に現れて、フランクの過ぎ去った時間を 彼女が好きだったアンティークなスタンドも・・・ そのキッチンで彼女が僕のコーヒーを淹れていた 《卵割ってるの・・・》 《・・・君・・・料理やったことある?》 彼女の笑顔が・・・ここにあった・・・ 余計なことを・・・ 《今度用意するときはそうしよう》 《あ・・でも、ここも素敵よ・・・自然がいっぱいで 《じゃあ、あそこ・・・穴、開けちゃう?》 彼はその涙が自分の口元に届いて初めて、自分が泣いているのだと悟った。 この10年間・・・ 涙なんて・・・忘れていただろ?・・・ 愛なんて・・・邪魔なだけだっただろ? 怖いなんて・・・笑わせないでくれ・・・ もう・・・ずっと・・・ずっと・・・ 彼女のいない暗い海を彷徨って来たんだ・・・ それ以上に怖いものなんて・・・ この世に存在するものか・・・ ・・・フランク・・・ あの日霧と化して消え去った声が僕の胸に蘇る・・・ 永く・・永く忘れることを強いた・・・愛しい声・・・ あの時から・・・僕はその名を口にしなかった 彼女を求め泣き叫んでいた・・・ 暗闇の中でずっと・・・彼女の名前を・・・ ≪どこの鍵だか・・当てて見ろ フランク・・・ もういいだろう? その扉を開けて・・・君自身を取り戻せ 心を捨てたなどと虚勢を張らず 君の・・・奥深くにしまいこんだ その心に光を注ぐんだ 待っているだろ? 早く開けてくれと・・・ 早く・・・光をくれと・・・ 叫んでいただろ? ・・・持ち帰れ・・・ 「21年・・」 暗く長く・・・そして儚い夢から・・・突然・・・誰かに引き出され
ソウルへ発つ日の朝、フランクは車を走らせNYの郊外を訪れた。
この森を抜けると、そこには予想を裏切ることなく10年前と変わらぬ佇まいがあった。
白さも際立ったその家は長い年月が経ったとは思えぬ程に手入れが施され、
周辺には雑草すら生えておらず、その代わりに白い外壁を覆うかのように
薔薇の花が咲き誇っていた。
≪どこの鍵か・・当ててみろ≫
レイモンドのその言葉に、フランクは迷うことなくここを訪ねた。
急速に撒き戻していった。
僕が彼女のために選んだ絵画・・
ソファーも・・テーブルも・・・キッチンの小物までもが
何も変わることなく、昔のままに残されていた
埃ひとつかぶっていない
慣れない手つきで料理の真似事をしていた
《何してるの?》
このリビングでくだらないTV番組に彼女が笑っていた
《フランク・・どうしてそんな難しい顔をしてるの?
もう少し笑って?さあ・・》
《可笑しくも無いのに笑えない》
彼女の涙が・・・ここにあった・・・
《ジニョン・・・もう少し待ってて・・・
必ず君の・・・
一番の望みを叶えられるように・・》
《私の一番の望みはあなただわ》
彼女は・・・ここに・・・いた・・・
そしてその横には必ず・・・僕がいた・・・
めくるめく彼女との時間を繰りながら、フランクはまるで幻想の世界に飛び込んだような
錯覚を覚えていた。
そして奥の部屋に差し込む日の光に誘われるように近づいた時、彼は現実に
戻ることができた。
見上げると、そこには大きな天窓が開かれ、ガラスを通して眩しいほどの
太陽の日差しが
僕に燦燦と降り注いでいた
「フッ・・・」
僕は思わず笑ってしまった
レイ・・・ホントに・・・
フランクはベッドに腰を下ろすとその窓を通してしばらく天を見上げていた。
《やっぱり・・・ここから星が見える方がいいな~》
気持ちいいもの・・・》
《そんなこと・・できるの?》
《できるさ・・君のためなら・・・》
しらずしらず、フランクの目尻から一筋の涙が零れ落ちた。
どうしたというんだ・・・フランク・・・
《君が終わっていない以上・・彼女も終っていない》
《怖いんだな・・・臆病者が・・・》
レイ・・・
遥か遠くから、僕を呼ぶ声が届いた気がした
しかし・・・封じ込めてしまった僕の心はずっと・・・
呼び続けていたんだ・・・
・・・ジニョン・・・
住所を持たない奴を探すのは面倒なんでね≫
その頃、レイモンドはフランクがきっと、あの家を訪ねているだろうことを
確信していた。
10年という長い月日が彼の贖罪を更に深いものに変え、今度が最期のチャンスと
裏で手を回したものの、果たしてそれがフランクにとって救いとなるのか、
ジニョンの想いに沿っていることなのか、彼自身も確信があったわけではない。
しかし・・・こうせずにはいられなかった。
君の心に聞いてみろ・・・
そして・・そこへ・・・今度こそ・・・
君の掛け替えの無い太陽を・・・
しっかりと抱いて・・・
「何年ぶりだ・・ボス・・」
いや・・・10年・・・
仰ぎ見た大空は目が眩むほどに白かった
まるでたった今まで僕が見続けていた
目覚めでもしたかのように・・・
その光が僕の迷いを洗うごとく
心の中まで染入るように・・・
白く・・・
・・・眩しかった・・・
mirage-儚い夢-
完
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