passion-17.揺れたワイン
collage & music by tomtommama story by kurumi
「ハン・テジュン・・総支配人・・・私をみくびるな・・・」 「レオ」 フランクの指示により弁護士としてのレオが要求を淡々と述べ始めた。 「続けろ」 フランクはそれを冷たく無視してレオに命じた。 レオは続けた。 「そんなことをおっしゃるなら、あなた方はこのホテルを・・」 「社長!」 テジュンがとっさに、社長の言葉を食い止めた。 「ふっ・・それが正解ですね・・総支配人・・・ ドンスクはフランクのその冷徹な表情に恐れをなして黙り込んだ。 「このホテルの経営が今、その日一日の実質売り上げに 「・・・・・」 テジュンもドンスクも言葉を詰まらせた。 「いいですか・・・ そう言ったフランクの目はテジュンを奈落に落とすほどの鋭さだった。 「韓国で一番優秀な弁護士を準備なさった方がいい・・ テジュンはフランクの言葉にひと言も反論ができなかった。 「・・・・?」 「彼女をひとりでここへ寄こしてください 「何を・・」 「できませんか?」 「当然だ。」 テジュンのその言葉は総支配人としてではなかった。 「そうですか・・・」 フランクは片方の口角だけを上げて小さく笑ったが そして彼はテジュンらをその場に残し別室へと消えた。 テジュン達が部屋を出て行った後、レオがフランクの部屋のドアを開けた。 「ボス・・帰ったぞ・・また後で詫びに来るそうだ・・・ 「・・・レオ・・忠告は止めろ・・・ひとりにしてくれ」 あんな風に彼らを追い詰めたのはきっと自分自身がジニョンに対して 副総支配人の暴走により、社長とテジュンがフランクの部屋に フランクとの一件以来、スタッフのジニョンに対する風当たりが強く、 「それで、どうだったって?」 「ああ、母さん、かなり疲れていた」 ヨンジェは落胆したようにそう言った。 「あいつ、許せない。」 ヨンジェはフランクのことをそう言った。 「何を言われたの?」 「いや・・何でもないよ、ヌナ・・」 「何なの?」 ジニョンは“言いなさい”という目で彼を強く見た。 「それでどうするの?」 スンジョンが心配げにジニョンを見た。 今回の一件があって、予想外にジニョンを庇ってくれたのは 周りの人間がジニョンが昔の恋人と共謀して、ソウルホテルを 「行くわ」 ジニョンは彼女に相談したわけではなかった。 「駄目よ・・私も一緒に行くわ」 「ひとりで来いって」 「あなたの恋人って・・怖い人なの?」 ジニョンはスンジョンの余りに神妙そうな顔つきが可笑しくて、 「いいえ大丈夫・・・彼は・・・きっとわかってくれる」 ≪大丈夫・・・?・・・何が大丈夫なんだろう・・・ ただジニョンは信じたかった。 ≪フランクがこんなことをするわけがない≫ 「お呼びでしょうか、お客様。」 ジニョンはひとりで現われた。 「総支配人がここへ?」 フランクは彼女の目を見られなかった。 「いいえ、彼は知りません」 「僕は“お客様”に逆戻り?ソ支配人。」 彼は寂しげに言った。 「あなたがそれをお望みのようですから。」 「・・・・座って?」 「ホテルは大丈夫だ・・心配はいらない」 フランクは溜息混じりに言った。 「そうですか・・・それはありがたいです 「そんな風に言わないでジニョン・・今はホテルのこととは関係なく 「ふたりの話?言ったはずよ・・私には何も無いわ・・・」 「僕にはある・・・わかってるよね・・・僕が・・・ 「愛してる?・・あなたには簡単な言葉なのね」 「興奮しないで・・・ジニョン・・・ ジニョンはフランクの言う通りに、彼が差し出したグラスを手に取った。 あれほどに客の部屋で、個人的な時間は過ごせない、と言っていた彼女が、 「ワイン・・飲みました・・・お客様。 「ふっ・・この分だと・・・ 「ええ、何なりと・・お客様。 「そう。・・それならお願いしよう。 「・・・・!」 「何でも・・・言うことを聞くんだろ?」 そしてジニョンは乱暴に席を立ち上がったかと思うと、ベッドへと向かい、 その瞬間フランクはテーブルを拳で強く叩いて、立ち上がった。 「止めろ!」 ふたりはしばらく互いを睨みつけたまま動かなかった。 「どうして?・・」 ジニョンは問うように言った。 「どうして!・・」 フランクは怒りに任せて言った。 「どうして・・・私の愛するホテルを奪いに?」 「どうして、ホテルなんかのために自分を?・・」 「あなたにはわからないわ!」 「ああ、わからない!ホテルの為なら、自分をも捨てるのか! 「そうかもしれない!」 フランクは思わずジニョンに手を挙げようとして、留まった。 「・・・・君の為に来たと言ったはずだ・・ 「私の為?・・なら・・ここからすぐに出て行って。」 「・・・・・本当に・・?」 「・・・・・」 「本当に?・・・そうして欲しい?」 「フランク・・・どうして!私をこんなに苦しめるの? 「本当にそうなの?僕は君の生活を壊してるだけ? 「・・・・・もう駄目よ・・あなたとは・・」 「どうしてそんなにこだわるの? 「僕達のもの?・・・私達のホテルよ・・ 「ハン・テジュンの名前を口にするな」 「あなたとテジュンssiの違いは・・・」 「口にするなと言ったはずだ!」 フランクは苛立ち紛れに激しく怒鳴ると、ジニョンをベッドに押し倒し、 しかしジニョンは堅く唇を結び、彼の侵入を激しく拒んだ。 フランクはそれでも執拗に彼女を求めた。 彼は彼女の唇から離れると、彼女の上からその顔を見下ろした。 「やっと・・・君を取り戻したと思ったのに・・・ 「フランク・・・お願い・・・」 「君の願いは・・・聞けない」 フランクは彼女のその眼差しから逃れるように目を逸らすと 「負けない?・・何に?」 フランクは鋭い眼差しで振り返った。 「あなたに。」 ジニョンもまた睨み付ける様に彼を見据えていた。 「僕に?・・・」 フランクはフッと笑った。 「何が可笑しいの?」 「僕を相手に勝てるとでも? 「・・・それでも負けない!」 「ハン・テジュンに伝えろ・・首を洗って待っていろと」 ジニョンはその背中に怒りの眼差しを突き刺して、そのままきびすを返した。 君こそ、わかっていないよ、ジニョン・・・ でも・・・結果は変わらない・・・
フランクにはテジュンが飽くまでも白を切り通そうとしていることが
愉快でならなかった。
「何がお望みでしょうか」
一方テジュンはフランクの威嚇に対して、決して怯むまいと覚悟した。
書類が紛失したことにより、自分達が受ける被害額。
その為にホテル側が支払うべき補償額。
そのすべてが、テジュン達には途方もない額だった。
「それは、行き過ぎたお話ではありませんか?
今は従業員のミスについて・・」
テジュンはその内容に驚いて咄嗟に口を挟み反論した。
「我々は米国市民として、アメリカでの訴訟を起こすことを考えています
その場合、一時的にホテルの資産を差し押さえることも出来ます・・
それも今直ぐに・・・」
フランク側の余りに理不尽な言い様に、社長が思わず声を荒げた。
こういう時には、多くを語らない方が懸命と言えます、社長」
フランクは皮肉を込めてドンスクに冷たい眼差しを向けた。
頼っているということをどの程度認識されていますか?
総支配人・・・」
フランクは戦々恐々としているドンスクとテジュンを尻目に更に続けた。
「何ならたった今私が
このホテルのパワーラインを止めてみましょうか?」
「・・・・・」
「決して大げさに言っているわけではありませんよ
そのボタンを押すことなど、私には雑作もないことです」
そう言ったフランクの目が冗談ではないことを如実に伝えていた。
「このホテルがどうなるか・・大いに見ものだ」
そして彼はそう言いながら、部屋の全体を見渡してみせた。
あなた方はご自分達がそういう瀬戸際にあるということを
もっと肝に銘じておくべきだ
たかが従業員のミス?・・だとしたら、あの男は・・
とんでもなく恐ろしいミスを犯したものです
そのたかがミスによって簡単に足元をすくわれることもある・・
特に・・相手が・・私のような男の場合。」
「・・・・・」
そうですね・・7.8人は必要でしょう・・・
結果は・・・同じですが。」
フランクは彼らに対してこれ以上ないほどの冷徹な声で言い放つと
フッと口元に笑みを浮かべて立ち上がり、彼らに背を向けた。
「・・ソ支配人」
フランクは後ろを向いたまま、テジュンに冷たい視線だけを戻して、
その名を口にした。
それで、今日のあの男の私への非礼を許しましょう
少なくとも・・ソウルホテルの今日の命は救われる」
テジュンはフランクに飛び掛らんばかりの強い視線を放ち拳を握った。
それでも彼はホテル総支配人として、必死に怒りを堪え、
握った拳をテーブルの下でゆっくりと開いた。
その目は決して笑ってはいなかった。
フランクはベッドに寝転がり、厳しい顔つきのまま天井を見上げていた。
しかし・・少し行き過ぎじゃないか?
確かにホテル側はミスをしたが・・・」
フランクは体を翻しレオに背中を向けた。
≪わかってるさ≫
フランクにはわかっていた。
どうすることもできない歯がゆさへの子供じみた腹いせでしかないことを。
ハン・テジュンに対して、これ程に苛立つ源も理解していた。
それでもどうしようもなかった。
だからこそどうしようもなかった・・・。
謝罪に出向いていたことを、ヨンジェに聞かされた。
あちらこちらでスタッフ達がこそこそを噂話をする姿が目に付いて、
ジニョンはいい加減疲れ果てていた。
他の人間には聞けなかったが、気になってその情報をヨンジェに
探らせていた。
彼は反抗してはいたがもともと母思いの子供だった。
「そう・・体調もお悪いのに・・・」
ジニョンはその言葉を聞いて、まるで自分が言われたように心を痛めた。
ヨンジェが何か隠したようにジニョンから視線を逸らした。
いつも喧嘩ばかりしていたイ・スンジョンだった。
乗っ取ろうと企んだ、と実しやかに陰口を叩いていた時、彼女は
「普段のジニョンを見ていれば、
彼女がそんな人間じゃないこと位わかるはず」
と心の底から言ってくれた。
彼女に話した時には既に心を決めていた。
思わず笑ってしまったが、その表情は寂しげだった。
わかってくれる・・・本当に?≫
彼を・・・そして何よりそんな彼を愛した自分を・・・。
≪そうだろうとも・・もしそうだとしたら、ただではおかない≫
ジニョンは終始無表情を通した。
フランクがそう促がすと、ジニョンは無言で椅子に腰を下ろした。
≪息の根を止めることなどするわけがない・・・≫
ありがたくて涙が出そう」 ジニョンは嫌味を込めてそう言った。
ふたりの話をしたい」
君を愛してること・・・」
「僕達は互いの気持ちを確認しあったはずだ」
たった数時間前まで、ふたりは互いへの想いに酔いしれていた。
お互いを取り戻したことへの安堵に胸を震わせていた。
「止めて!思い出したくもない!」
「思い出したくない?」
「私を騙して・・さぞかし面白かったでしょうね
そして嘘がばれると、今度はホテルに腹いせ?!」
ワインを・・・飲むといい・・・
そうしたら気持ちが少しは落ち着く」
そして表情のひとつも変えず、一気にその中身を飲み干した。
ひとつひとつの彼の要求を素直に聞いていた。
でも・・・気分は少しもよくなりませんが。」
僕の要求は何でも聞いてくれそうだね」 フランクは俯いて言った。
それで、お客様がホテルへのお怒りを静めて下さるなら・・
その為にここへ参りました。」
ジニョンはひと言ひと言を語気を強めて言った。
次第にフランクの胸にジニョンへの言い知れぬ怒りが沸いてきた。
その堅苦しい制服を脱いで、ベッドに横になりなさい」
フランクはベッドを指差して、ジニョンを睨みつけた。
ジニョンは信じられない、という顔をしてフランクを睨み返した。
フランクは彼女から視線を逸らさなかった。
躊躇なく自分の制服のリボンに手を掛けた。
そして彼女が解きかけた制服のリボンからその手を乱暴に払いのけた。
今この場所が・・例え相手が!僕でなくても!」
ジニョンの目がその言葉が真実ではないことを訴えていた。
今はそれだけを信じてとも言った。どうして信じられない?」
10年前・・勝手に消えて・・
こうして今また突然現れて・・私の生活を壊そうとしている」
ジニョンは目に涙をいっぱい溜めていた。
君も僕を愛してる・・・そうなんだろ?」
ホテルのことと僕達のことは関係ないだろ?
ホテルが僕達のものになれば
君はソウルホテルの総支配人にも、社長にもなれるのに」
フランク・・・あなたにはわからないのね・・・
私達にとって、ホテルそのものが大切なんじゃないの
ここで働く人達が大切なの・・・仲間が大切なの
テジュンssiはいつもそれを考えている」
彼女の手首を掴んで自由を奪うとその唇を強く塞いだ。
力でねじ伏せるのは簡単だった。しかしフランクにはできなかった。
余りに頑なな彼女の唇を割ることなどできなかった。
彼女は彼をずっと睨み付けたままだった。
そしてその睨んだ目はそのままに、その目にまた涙を滲ませた。
彼は彼女の耳に向かって流れ落ちそうになったその涙を指で拭いながら
小さな声で呟くように言った。
君は今・・・誰の為に泣いてるの?」
ジニョンは請うような目で彼を見つめていた。
彼女の体から離れてベッドを下り、彼女に背を向けた。
ジニョンはベッドの上で起き上がり、フランクの背中を見つめた。
「お願い・・・」
「仕事がある・・・帰ってくれ」
フランクの背中が、更にジニョンの願いを撥ね付けた。
ジニョンは落胆してベッドから降りたものの、制服の乱れを直しながら
次第に闘志を燃やして、彼の背中に言った。
「・・・負けないわ」
僕はこうと決めたらどんなことにも決して諦めないこと・・
君も知ってるでしょ?
僕が!こうすると決めたら、必ずそうすること!
君が一番よく知ってるはずだ」
フランクはジニョンに向かって言葉を投げつけると、彼女にまた背中を向けた。
≪僕にはわからない・・・か・・・
君のそのひとことがどれほど僕を打ちのめすか
・・・僕がこうすると決めた以上・・・≫・・・