2011/04/25 21:54
テーマ:ラビリンス-過去への旅- カテゴリ:韓国TV(ホテリアー)

ラビリンス-7.白い手

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「フランク・・・久しぶりだな。最後に会った日から何年になる?」

「さあ、数えたことはありません。」
 
「はは・・5年だよ、フランク」
ドンヒョクのそっけない返事に対して、ジュリアーノ会長は努めて
親しげにそう言った。

「そうでしたか?」

「ああ、随分と待ったぞ。
 やっと私の仕事をしてくれる気になってくれたそうだな。」

「報酬が折り合いましたので。
 割のいいビジネスに乗らない馬鹿はいません」

「無論、君がやってくれるなら、金に糸目は付けない。
 以前からそう言っていたはずだが?・・ああ・・そんなことより・・
 結婚したそうだな、フランク・・」
その言葉に、ドンヒョクは神経を逆撫でされたかのように苛立を覚えたが、
彼はそれをおくびにも出さず、左の口角を上げるだけでそれに答えた。

「聞いた時はまさかと思ったぞ。
 君のような男は結婚などに興味はないと思っていたんでね。
 しかし・・それもまた必要な時もあるだろう、なあ、フランク」
ジュリアーノはわざと媚びるように言った。

「そんなところです」 ドンヒョクはその媚を無視して淡々と答えた。

「ははは・・我々にとっては時に、結婚もビジネスだ。
 しかしめでたいことには違いない。何か後で祝いを贈らせてくれ」
ジュリアーノは穏やかそうな笑みを浮かべてそう言った。

「お気遣いなく。・・・それより急ぎの用とは何でしょう」 
ドンヒョクは急かすように言った。
必要以上にこの場所に留まることを嫌悪する自分を辛うじて
抑えていたからだ。

「今日アメリカ企業の人間が入国した。明朝会って欲しい」

「わかりました。」

「それからもうひとつ。」 
会長は軽く手を挙げて、ドンヒョクの背後に向かって合図を送った。
「・・・・・・」 
ドンヒョクがその合図の先を追うように後ろに視線を向けると、
一人の女が彼を横切って、会長の傍らに立った。

「フランク・・・紹介しよう。」

「・・・・・・」 ドンヒョクは無言でその女を視線で追った。

「私の弁護団の主任弁護士だ。・・エマ・・」
会長はそう言って、彼女の背中を軽く押して、ドンヒョクの前に立たせた。
「おおそうだ、君達は旧知の仲だったな」
ジュリアーノは、たった今気がついたとばかりにそう言った。

「・・・ええ」 ドンヒョクは表情も変えず答えた。

エマヌエーラ・ビアジ。
アメリカとイタリアの混血である彼女は人目を惹く美しい人だった。
金色の長い髪を緩い夜会巻きにして、凛とした佇まいの彼女が、
彼に微笑んだ。 「Mr.フランク・・・お久しぶりです」

「ああ・・」 ドンヒョクは笑みを返さなかった。

「今日から彼女とトマゾが君と行動を共にする。彼女には・・
 君の秘書兼弁護士を勤めてもらう」 会長がエマの背後で言った。

「何のために?」 ドンヒョクはエマを見て言った。

「君を見張るために。」 会長が冗談のように言った。

「見張るため・・・」 しかしドンヒョクはそれが冗談でないことを知っていた。
「私は自分の部下以外をそばには置かない。」 彼は毅然としていた。

「君の意見は聞いていない。」 会長はゆっくりとそう返した。

「・・・・・・」

「その代わり、君の秘書には私のそばで仕事をしてもらう。」 
会長はドンヒョクの傍らに立つミンアに視線を向けて言った。

「断る。」 ドンヒョクは強い口調でそう言った。

「君の意見は聞いていない。そう言わなかったか?」
ジュリアーノの言葉にもまた有無を言わせぬ響きがあった。

「私は大丈夫です。」 ミンアがドンヒョクの背中に近づいてそう言い、
口元が見えないよう小声で続けた。「その方が、内側が見えます。
そうさせて下さい。」 

ドンヒョクは目を閉じ、彼女のその言葉に、仕方ないというように頷いた。

「では、必ず一日に一度は彼女と会わせてもらう」

「よかろう。但し、その時はエマも同席させるように。」

「・・・いいでしょう」

「では・・今日のところはここまでだ。フランク・・久しぶりに食事でもどうだ?
 奥方の話を聞かせてくれ」

「いいえ。早速ホテルに戻って、明日の資料を作ります。
 それでは。」
ドンヒョクは、ミンアに目で合図を送り、その場を退席しようとドアに向かった。

「・・・・エマ」 会長はドンヒョクの後を追う様、エマに顎で合図した。

ドンヒョクは部屋を出て、エレベーターに向かった。
エマは少しだけ急ぎ足でドンヒョクの後を追い、彼がエレベーターの
ボタンを押すと同時にその横に並んだ。

ふたりは無言でエレベーターの到着を待った。
数十秒ほどして、エレベーターの到着の合図音と共に、扉が開き、
ドンヒョクはその中に足を踏み入れ、エマも彼に続いた。

エレベーターの扉が静かに閉じ、重力が上に作用した。
20階から1階に降りるまで、ふたりは正面を見据えたまま無言だった。

ドンヒョクとエマがエレベーターを降り、ロビーに向かうと、
トマゾが一足先にエントランスの入り口付近でふたりを待っていた。
彼はふたりを見つけると、外で待たせていた車の運転手に合図を送った。

ドンヒョクとエマが後部座席に、トマゾが助手席にそれぞれ乗り込んだ。
車が静かに動き出すと、エマはドンヒョクの横顔をゆっくりと覗いた。

ドンヒョクは正面を見据えたまま、彼女の視線を無視した。
彼女がその視線を彼の手に落とすと、左薬指の指輪に目が留まった。
エマはその手に自分の白い手を重ねた。





「ミラノへ行きましょう。」 ジニョンは力強くそう言った。

「ミラノへ?・・そんなことしたら・・・
 僕はここで留守番するように言われてるんですよ」
しかもジョアンは、ドンヒョクがいるだろう場所からいつも遠ざかっているようにと
彼に念を押されていたのだった。

「大丈夫よ、電話は携帯。私は自由にイタリアを満喫してる。
 事務所に電話が掛かることなんて心配しなくてもいいでしょ?」

「それはそうですが・・・」
「だったら早い方がいいわ。ね。明日の朝」

ジョアンはしばらく考えて、ジニョンを見た。
「・・・わかりました。では明日事務所に寄って、必要な資料データを
 僕のパソコンに。その足で。・・・いいですか?」 
ジョアンはそう言いながら、徐々に覚悟を決めていった。

「いいわ。ジョアン。ね、思ってたんだけど・・私達・・
 名前の響き何となく似てない?ジョアンとジニョン・・
 ね、似てる。」 ジニョンは浮かれたように言った。

「そ、そうですか?」 ジョアンは後ずさって答えた。

「いい相棒になりそうね」 ジニョンはそう言って手を差し出した。
「さっき、事務所で握手できなかったから」

「あ・・・はい。」 ふたりはしっかりと握手した。
「では、今日のところはお休み下さい。
 明日の朝、七時にお迎えに上がります。」 ジョアンが言った。

「ええ」

「これがこの部屋のカードKEYです。でもくれぐれもお願いですが、
 おひとりでお出掛けになることだけは止めて下さい。」

「わかってるわ」

「では」 ジョアンは自分の部屋に戻って行った。


ジニョンはひとりになると、寝室に入り、クローゼットを開けると
ポールに掛けられている服や、引き出しの中を確認した。
ドンヒョクが言っていた通り、ジニョンの衣類も一揃いあるようだった。
彼女は今日一日に起きたことを思い出しながら、そこにあったバックに
何枚かの衣類を詰め、数日分の身支度を手早く済ませた。
そして疲れたようにベッドに腰を下ろすと、自分の左手の指輪を見つめた。
ドンヒョクが10年前に用意してくれていた小さな石が光る指輪と並んで、
つい一週間ほど前、彼にはめてもらった彼との揃いの結婚指輪を
右手の人差し指でそっと撫でた。

ドンヒョクの言いつけを守らない言い訳を、心の中で呟きながら。
≪フランク・・・あなたのせいですからね。≫




ドンヒョクは自分に重ねられたエマの手を右手でそっと持ち上げると
その手を自分の唇へと運び、儀礼的に軽くくちづけた。
そして、何も言わず、その手を彼女の膝の上に戻した。

エマはドンヒョクのその行為が、見事に自分を拒絶していたことに
視線を落とすしかなかった。
それでも彼女は彼に、ずっと伝えたかった言葉を静かに口にした。

「・・・・あなたを・・・忘れたことはないわ」 

「・・・・・・・僕は・・・・


         ・・・忘れた。」・・・


     





 






 




2011/04/12 00:01
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ラビリンス-6.置き去り

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フィレンツェのドンヒョクのアパートは川を渡って車で5分ほど走った
小高い丘にあった。
五階建ての小さな建物の前まで来ると、ジョアンはそのガレージの扉を
車の中から自動で開けた。
扉が半分程開いた時にはジョアンは既に車を中へと進入させ、
車が入り切ると同時に、その扉は入る時と同様に自動で閉められた。
同時に明かりが灯り、そこが数台分の駐車スペースであることがわかった。

ジョアンは車を降り、ジニョンの方のドアを開けるために急いで回った。
「ありがとう」 ジニョンは礼を言って、車から出た。

「ではご案内します」 そう言ってジョアンはエレベーターに向かった。
「ここはエレベーターがあるのね」 ジニョンはそう言って笑った。

「外観は古い建物ですが、中はかなり近代的に改築されています」
ジョアンはエレベーターにカードを差し込み、扉を開けると、
まずジニョンを中へ入れ、後から自分が入ると、五階のボタンを押した。

「私の部屋はこの二階にあります」

「そうなの?」

「はい、このアパートの住人は我々だけなんです
 イタリアでの仕事の時だけ使います
 レオさんの部屋が四階、ミンアさんの部屋が三階」

「各階に一部屋ずつだけなの?」

「はい、一階スペースはご承知のように駐車場です」

五階に着いてエレベーターの扉が開くと、そこは直ぐに広い玄関だった。
大理石張りの玄関ホールを進んで行くと、同じ床面が更に続き
広いリビングルームが開けていた。

正面はすべてガラス張りで、その向こうに少し前にドンヒョクと歩いた
フィレンツェの街並みの絶景が開けていた。

「素敵」 ジニョンは思わずその景色に声を漏らした。

「すごいでしょう?・・ここは丘に建っていますので、
 私の部屋からの眺めも絶景です・・ここは更に・・ですね
 あの川がアルノ川・・川向こうの左手の奥に今日到着された駅
 少し手前に我々の事務所が近いドゥオーモが見えます」
ジョアンは指を差しながら、説明した。

「・・・・それから、あの橋がヴェッキオ橋ね、映画で見たことがあるの」 
ジニョンも指を差して見せた。

「はい。後で歩いてご案内致しましょう」

「ええ、ありがとう」

「お部屋をご説明します。間取りは各階違ってるんですが。
 あちらのドアが寝室、奥の部屋が書斎で使ってらっしゃると伺ってます。」

「ええ、彼に聞いているから大丈夫よ」
 
「そうですか・・では・・お疲れでしょうから、少しお休みください
 私は部屋に戻っております」

「ええ」

その時、ジョアンの電話が鳴って、彼はジニョンに断って電話に出た。

ジニョンはその間、ひとりテラスに出て、手すりに手を掛けると、
大きく深呼吸した。

≪この国は感動の嵐だ≫ドンヒョクの声が聞こえた。
「ほんと・・そうね」 ジニョンはその声に清々しく答えた。

 

ふと気がつくと、ジョアンがテラスに出てくるところだった。
彼が何か言いたげな表情をしていたので、ジニョンは首を傾げた。
「ん?・・」

「あ・・はい。ミンアさんからでした。ミラノに向かうと」

「えっ?明日じゃなかったの?じゃあ、急いで用意しないと・・」


「あ・・あの・・もうお発ちになりました」


部屋へと向かおうとしたジニョンの足を、ジョアンの声が引き止めた。

「どういうこと?」

「我々は留守番だそうです。ミンアさんから・・移動中の電話でした」

「・・・・・・」 ジョアンの言葉にジニョンは瞬時に表情を硬くした。
そして、彼女はリビングに戻ると電話を取り出し、ドンヒョクに掛けた。
しかし、それからは空しいアナウンスが繰り返されるだけだった。
“この電話は電波の届かない所に・・・”「・・・・・・・・・」

「あの・・・」
「何!」 
ジョアンは振り向いたジニョンを見て、思わず後ずさった。
目に涙を潤ませた彼女が、見事に恐ろしい顔で彼を睨みつけたからだ。

「緊急だったんです。」 
「置いていくことないわ。」

「止む得なかったんです・・きっと」
「慰めてるの?」

「いえ・・そんな・・」
「ひとりにして」

「しかし・・・」
「ひとりにして。」

「・・・・わかりました」
ジョアンはジニョンの余りに寂しげな後ろ姿にそれ以上の言葉を掛けられず、
すごすごと玄関の方へ向かった。

しかし、彼は立ち止まった。
気を取り直し、思い切って踵を返すと、そのままリビングへと戻った。

その気配に気がついて、ジニョンは振り向かないまま言った。
「何?・・ひとりにしてと言ったでしょ?」 強がって放った声が涙に揺れた。

「・・・食事に行きませんか」 ジョアンは彼女の背中にそう言った。
「・・・・・・・・・」 ジニョンは答えなかった。

「この辺は美味しいものが沢山あるんです」
ジョアンはそれでも、優しい口調で食い下がった。

「・・・・・・・・・」

「お腹・・・すきませんか?」 

「・・・・・・すいた。」

 


「奥様、かなり怒ってらっしゃるようです」 ミンアが困った表情で言った。

ドンヒョクは口の左端を上げただけで、何も答えなかった。

『ヤ!シン・ドンヒョク!アニ・・フランク・シン!・・・
  よくも私を置いて行ったわね!』

彼は10分程前に、留守番電話でジニョンの声を聞いたばかりだった。
≪君に言うと、いつも押し切られてしまうからね≫

ドンヒョクはミンアに悟られぬよう、俯き苦笑した。

 

時間は夜の7時を回っていた。
ジニョンとジョアンはアパートのエントランスで落ち合い、徒歩で
ヴェッキオ橋の方へ向かった。
目的の店はその橋の近くにあるトスカーナ料理の伝統料理店だった。
「これからご案内する店は小さな店ですが、歴史があるんですよ
 料金は安いのに・・料理は絶品なんです」 
ジョアンはジニョンを元気付けようと声を張った。

「楽しみだわ」 ジニョンもそれに応えて、努めて笑顔を彼に向けた。

「寒くないですか?」 ジニョンの薄着を見て、ジョアンは言った。

「そうね、少し・・」 ジニョンはそう言って自分で自分の肘をさすった。

「これを羽織ってください。」 
ジョアンは手に持っていたカーディガンを彼女に渡して言った。
「用意してくれていたの?私に・・」 
彼が既に上着を羽織っていたのを見て、彼女はそう言った。

「先ほどお話するのを忘れましたから・・・。
 日中と夜の気温差が激しいですから、お出掛けの時は
 必ず上着を持って出られるといいです」

「ありがとう」 ジニョンは彼の細やかな心遣いに感謝して微笑んだ。


目的の店には10分も掛からず着いた。
ジニョンはジョアンにお薦めの料理を適当に選んでくれるよう頼み、
料理が運ばれてくるまで、彼女は無言で待っていた。
ジョアンは、彼女が突然見知らぬ地で、夫に置いていかれた寂しさと
静かに戦っている間、邪魔をするまいと彼女から視線を外した。

その内に鼻先にいい匂いのパン粥が運ばれ、ジニョンの沈んだ顔が
一瞬綻んで見えた。
「美味しそう」 ジニョンがそう言うと
「美味しいです」 ジョアンが即座に微笑み答えた。

ジニョンは早速、スプーンを手に取り黙々と食べだした。
そんな彼女の様子にジョアンは心の中で安堵し、心から喜んだ。
≪そんな風に食べられるということは、大丈夫ですね≫


「話して。」 
メニューがデザートに差し掛かった時、ジニョンが突然そう言った。

「何をです?」 
「彼の仕事のこと」

「それは・・・」
「言えないの?」

「話してもおわかりになりません」
「わからないかどうか・・わからないでしょ?」

≪仕事なさい。そしてあなたが会社にどれ程必要なのか
 彼に教えてあげるといいわ。≫

ジョアンはジニョンが先刻自分に言ったあの言葉を思い出していた。
≪まさか・・本気で?≫
そう思いながら彼女を見ると、真剣な彼女の眼差しがジョアンを刺していた。

「駄目です、ジニョンssi・・・あなたを仕事に巻き込んでしまったら
 僕はボスに殺されます」 ジョアンは半分本気で眉を下げた。

「ジョアン。確認するわ。
 あなたは私の面倒を見るように彼に命令されているのよね」

「はい」

「ということは私の命を守るのがあなたの指名ね。」

「はい。・・ですから。」
「あなたの命は私が守るわ。」

「えっ?」 ジョアンは何か聞き違えたのかと確認するように首を傾げた。
「フランク・シンから、あなたの命を守る。約束するわ。」
ジニョンは、真顔で繰り返した。

「あの・・・」 ジニョンのその言い様が可笑しくてならなかった。
「つべこべ言わない。」 
ジニョンは有無を言わさないというように、そっぽを向いた。

≪ボスにそっくりだ≫とジョアンは思った。
そう思うとまた可笑しくなって、心の中で笑っていた。
しかも、その可笑しさが、彼には不思議と心地良かった。

「・・・・・わかりました。でもこういうところでは・・
 部屋に戻りましょう」 ジョアンは店内を見回し言った。

「いいわ。」 ジニョンはデザートもそこそこに直ぐに席を立った。

 

 

ドンヒョクがミラノに到着すると、三日前にローマ空港に出迎えた車が
待ち構えていた。
「会長がお待ちかねでございます。フランク様」 
空港で出会った、男が意味ありげな笑顔を作って言った。

「君は?」 ドンヒョクは初めて彼に名前を尋ねた。先日空港で会った時から
気になっていた男だった。

「トマゾ・アルビノーニ。ジュリアーノ会長の秘書を努めております。」
男はそう言って、頭を下げたまま、目だけでドンヒョクを見上げた。
「トマゾ・・・前に何処かで会ったか?」

「先日空港で・・」

「いや・・もっと前に」 フランクはトマゾの目を射るように見た。

「5年前にお目に掛かったやもしれません」 トマゾは穏やかに言った。

彼がジュリアーノの側近であれば、確かに5年前に会っていても
可笑しくはなかった。

「そうか・・」

 

「まず教えて。
 今回のイタリアでの彼の仕事は何?ローマに着いた時
 物々しい出迎えがあったわ。あの人たちはいったい誰?
 彼はミラノに何をしに行ったの?誰に会いに?」

「ジニョンssi・・・一気に質問なさらないで下さい」
ジョアンはキッチンでコーヒーを入れると、ジニョンの待つリビングへと
カップを運び、テーブルに置きながら言った。
「・・・ありがとう・・じゃあひとつずつ・・」
そして、自分もまたジニョンの目の前のソファーに腰掛けた。

「空港に出迎えていたのは、今回のクライアントである
 ビアンコ・ジュリアーノ会長の部下です。
 当初我々がおふたりを出迎えるはずでしたが、会長から申し出が。
 ボスもそうおっしゃいましたので、お任せしました。
 本当は彼らは直ぐにおふたりをミラノへお連れしたかったはずです。
 ボスは敢えて彼らに出迎えさせた上で、ミラノへは行かず、じらしたんです」

「どうしてそんなことを?」
「もちろん、こちらが優位に立つために。」

「ふ~ん・・・じゃあ、ジュリアーノ会長って何者?」

「ビアンコ・ジュリアーノはイタリアの有力者です。
 この国で外国人が仕事をする場合、彼の息が掛かっているか
 いないかでは、雲泥の差があります。」

「なら、彼は・・フランクはどうして優位に立ちたいの?
 その会長をじらしたりするなんて不利でしょ?」

「ボスは・・・・・・・」 ジョアンはその後を、口ごもった。
「フランクは?・・・」 ジニョンは前のめりになって彼の答えを待った。

「ボスは・・・会長が嫌いなんです。」 
ジョアンはふたりだけなのにヒソヒソ話でもするかのように言った。
ジニョンはジョアンのその言葉が嘘っぽいと思ったが、それ以上は
追求しなかった。
「確かに・・彼は好き嫌いが激しいわ」 そう言って笑って見せた。

ジョアンは少しホッとしたように、話を続けた。
≪何か・・・私に言いたくないことがあるのね≫ジニョンはそう思った。

「今回我々は、イタリアとアメリカの交易に係わる仕事をしています。
 ボスに依頼されたことは、ジュリアーノ会長に有利に事が運ぶよう
 アメリカの企業との交渉を担うことです。」

「じゃあ、今彼はミラノで会長に会ってるのね」

「はい、おそらく」

 


ドンヒョクはその頃、ジニョンの想像通り、ジュリアーノに会っていた。

ミラノ郊外の広大な敷地の中央に建てられたジュリアーノの邸宅は、
ルネッサンスを見事に意識した造りで、贅沢を極めていたが、
ドンヒョクには悪趣味としか映らない装飾品が、目障りでしかなかった。

ドンヒョクが通された広間は、壁面に本棚と巨大な絵画以外は
空間にひとつの大きなデスクとひとつの椅子が置かれているだけだった。
その椅子にはそこの主であることを誇示するように、ジュリアーノが
悠然と座っていた。

当然、他に椅子など無い広間の中で、ドンヒョクは立たされたままとなる。

『お前を支配しているのは自分だ』と言わんばかりのジュリアーノの眼光が
ドンヒョクを執拗に捉えていた。
それがジュリアーノという男なのだと、ドンヒョクは口元だけで笑った。

「フランク・・・久しぶりだな。何年ぶりになる?」
ジュリアーノは椅子の背もたれに背中を押し付け、葉巻を手にしながら
ドンヒョクを一瞥して言った。

「さあ、数えたことはありませんが・・」 
ドンヒョクはそう言いながら、ジュリアーノという男を真っ向から見据えていた。
そして少しばかりの社交辞令を装った笑みに、自分の心の声を強かに隠した。

≪いいや・・・

  こうしておまえの前に立つこの日を・・・
  どれほど数えたか・・・


          ・・・知れやしない≫・・・

 

 














 


2011/04/05 22:15
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ラビリンス-5.ボディーガード

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         collage by tomtommama



                   story by kurumi












ジニョンは怒っていた。

≪それじゃ。って・・・キスのひとつくらいしない?≫
彼女はドンヒョクが消えたドアをもう一度激しく睨みつけたかと思うと、
今入って来たばかりの部屋のドアを憤然と押し開けた。
そして、怒り心頭の顔付きで廊下を突き進み、つい今しがたやっと
上って来た螺旋階段を恨めしそうに眺め下ろしながら、無言で下り始めた。

途中、ドンヒョクに対する余りの腹立たしさに、ジニョンは思わず
自分の髪をくしゃくしゃと掻いた。≪もう!≫

ジョアンはというと、そんな彼女の後を、こちらも無言で付いて下りていた。
ジニョンは二階に差し掛かった時やっと、自分を追って来る
ジョアンの存在を思い出した。
螺旋階段のカーブで、横目に彼の不満げな表情を盗み見た時、
ジニョンは心の中で呟いた。≪私だって嫌なのよ!≫
ジョアンが彼女の視線に気が付いた瞬間、ジニョンはフンと顎を上げた。





「それで?」

「はい。この数日、他の案件のキャンセルが相次いでいます。
 イタリアだけではなく・・ヨーロッパ全土・・アメリカもです」

「これがそのリスト?」

「はい。しかも既に着手していた案件までもです」

ドンヒョクはデスクの端に軽く寄り掛かるように腰掛けて、
ミンアに渡された資料を手に取ると、それを手早く捲りながら、
次第に眉間に皺を作っていった。

「これは憶測ですが・・ジュリアーノ会長の仕業としか・・」

「ん・・・一部はそれもあるだろう・・しかし・・それだけじゃないかもしれない」
ドンヒョクはそう言いながら唇の左端を上げた。

「と申しますと?」

「信用を無くしたんだ。僕が。」 

「あ・・・」

「しかし・・韓国の一件がこれほど早く影響するとは・・・誤算だったな」

「・・・・・・」
「心配するな。大丈夫だ」 
ドンヒョクは沈黙したミンアに向かって笑って見せた。

「あ・・はい。・・・いえ・・心配なわけではありません。」
ミンアは本気でそう言った。
フランク・シンという男がこのまま手をこまねいているわけがないことを
充分承知していたからだ。
「ただ・・あの、ひとつよろしいですか?」

「ん?」

「今後ですが・・・やはりジョアンの穴は大きいです」
ミンアは思い切ってそのことを口にした。

「何とかなる。」 ドンヒョクは資料から目を離さずにそう言った。

「・・・・・」

「君も不服なの?彼を外したこと」 

「あ・・いいえ。ただ・・」

「ただ?」

「彼もこの仕事に賭けていましたから」 ミンアは言った。

「それで?」 

「彼にしかできない仕事があります」

「だから?」 
相変わらず視線を向けないドンヒョクの声は終始冷ややかだった。

「いいえ・・何でもありません。余計なことを申し上げました。」
ミンアはドンヒョクの抑揚のない受け答えに、自分でも予測した通り、
簡単に屈した。

「これをレオに送って。」
ドンヒョクは資料に何やら手早く書き込むと、ミンアに渡した。

「承知いたしました」
ミンアは深く頭を下げて、部屋から出て行った。





もう直ぐ一階に着くと思った時、突然後ろからジョアンがジニョンを追い抜き
先に表へと走り出て、ジニョンに振り返った。
「奥様、申し訳ございません。駐車場まで少しお歩き願えますか」
彼はジニョンに向かって、丁寧に頭を下げそう言った。

「え・・ええ」
ジニョンは結局このジョアンという男に付いて歩くしか無かった。

「恐れ入ります。この辺は生憎駐車場が少ないものですから」
彼の馬鹿丁寧な物言いは、ジニョンを余り心地良くさせてはくれなかった。

「承知してるわ。」
ジニョンはイタリアに渡る前に、この地の交通事情も含めて、
一通りの知識をドンヒョクから聞かされていたので、少々のことでは
驚くことも、困惑することもないと思っていた。
しかしこうして突然、親交も無く、親しみも沸かない男と見知らぬ街に
放り出されるとは思いもしなかった。





ドンヒョクは窓辺に向かうと、数年ぶりに眺める懐かしい街の景色に、
ホッとしたように溜息を吐いた。
ふと見下ろすと、通りを歩くジニョンとジョアンの姿があった。

ジニョンの歩き方を見て、彼は思わず苦笑した。
≪随分、怒ってるね・・ジニョン≫

ドンヒョクはぎこちなく連れ立つふたりの姿を追いながら、
微かに笑みを浮かべ呟いた。

『彼にしかできない仕事があります』先ほどのミンアの言葉が頭を過ぎった。

「彼にしかできない仕事・・・」 ≪だから、頼んだんだ≫





ジニョンとジョアンのふたりが無言のまま連れ立って、5分程歩くと
駐車場に着いた。

「どうぞ」 ジョアンは後部座席のドアを開けて、無表情ながらも
ジニョンを卒なくエスコートした。

前と後ろに別れていても、小さな車のせいか、二人の距離は妙に近かく、
そのせいで否応なしに、ジョアンの表情が視界に入ってくる。

「聞いてもいいかしら」 
ジニョンは居心地の悪い沈黙を敢えて破り、彼に尋ねた。

「はい?」 ジョアンはバックミラー越しにジニョンに視線を送った。

「ジョアンさん、あなたは・・
 夫から私の面倒を見るように言い付かったのよね」

「警護するようにと。」

「私といることが、あなたのお仕事なのね」

「はい。」

「あなたもそれを納得なさっている・・」

「もちろんです。」 ジョアンは力強く言った。

「・・・・そうは見えないけど。」 
ジニョンは助手席の背もたれに頬杖付いて彼を軽く睨んだ。

「えっ?」
「納得しているようには見えない」

「奥様・・・そんなことは・・」 
ジョアンは内心を見透かされたとばかりに、言葉を淀ませた。

「いいのよ。気を遣わなくても」

「そうではありません」

「でもひとつお願いがあるわ・・・私を呼ぶ時に奥様は止めて。
 私は奥様という名前じゃないの・・ソ・ジニョンという名前があるわ・・・
 “ジニョン”・・・言ってみて。」 ジニョンは命令口調で言った。

「・・・・・・」

「早く。」

「ジニョン・・さ・・ま」

「ジ・・ニョ・・ン」

「それは・・・」

「だったら・・“ジニョンssi”・・あなた韓国籍よね」

「・・・・・ジニョン・・ssi」

「いいわ。」 ジニョンは満足そうに微笑んで言った。

「・・・・・・」 
ジョアンは怒った表情の彼女が突然自分に笑顔を向けたことに困惑して、
思わず視線を逸らしてしまった。

「それから・・彼が・・フランクがどう言ったか知らないけど、
 あなたは私に四六時中付いている必要はないわ」

「それは駄目です」

「どうして?・・私はご覧の通り大人よ、自分のことは自分で守る」

「それは無理です」

「無理?」

「はい。ここでは・・特に我々の仕事は」

「ねぇ、ジョアン・・・そう呼んでもいいわね・・・
 フランクは・・・あなた達はそんなに危ない仕事をしてるの?」
ジニョンはそう言いながら、助手席の背もたれを抱くように腕を回して
ジョアンの顔を覗き込んだ。

「いいえ、そうではありません。しかし・・・・・」
ジョアンはジニョンが突然顔を近づけて来たことに驚いて、
思わず顔を窓際に背けた。

「あなた・・この仕事・・私のその・・警護?
 納得して無いでしょ?」

「・・・・いいえ・・」 ジョアンの顔は「Yes」と答えていた。

「わかり易いのね・・あなた」 

「・・・・・・」

「どうして嫌だって言わなかったの?フランクに」

「・・・・・・・・言いました。」 
ジョアンはしばらくの沈黙の後、観念したように答えた。

「それで?」
「・・・・・・」

「有無を言わさなかったのね」 
ジニョンは“想像できるわ”というように頷いて言った。

「・・・・・・ボスは・・常に起こるであろうことを想定なさいます
 それが稀有なことであったとしても、予知できる危険であれば・・
 そのお陰で、我々は今まで仕事上、危険に遭遇したことがありません。
 正直申し上げて、慎重過ぎると思うことさえあります
 どうしてそこまで警戒なさるのか・・・わからないことも時にあります。
 しかしボスは万事、どの場面であれ、物事を軽視することを
 私達にお許しになりません
 僕は・・その・・奥様の・・いえ、ジニョンssiをお守りすることが
 嫌なのではありません。
 ただ、今まで進めていたプロジェクトは僕も・・いえ私も・・
 少なからず係わって来たものです
 それが先日突然、半年間、あなたをお守りするように・・
 ボスに命を受けました。
 S.Jはボスとレオさん、ミンアさん、そして私。4人だけです。
 もちろん、頼りになるブレーンや忠実な現地スタッフはいますが
 決して人手が足りている状態ではありません
 それなのに・・・ボスは私を・・・私に・・・」

「自分の妻の警護を命じた・・・」 
ジニョンがジョアンの言い憎いであろう言葉を代わりに繋げた。

「いいえ・・それはきっと口実なんです。
 ボスは・・私がそのプロジェクトに必要無いと。
 ・・・つまり、ボスに見切られた。・・そう思っています・・あ・・」

ジョアンは胸の内を吐き出すように、ジニョンに向かって本心を語った。
しかし、その直後にジョアンは自分を嫌悪した。
決して言ってならないことを、言ってはならない相手に言ってしまった。
彼女の寛容さに、本心を簡単に引き出されてしまったことを後悔した。

「申し訳ありません。あなたにこんな話をするべきではありませんでした
 どうかお願いです。今僕が言ったこと・・忘れてください。」 
ジョアンは突然車を停めて、ハンドルを強く握り締めたまま言った。

「一度耳に入ったものは消えないわ」 ジニョンはサラリと答えた。
「・・・・・・・・・」

「ふふ・・ありがとう。良かったわ、話してもらえて・・・」
ジニョンの柔らかなその言葉にジョアンは顔を上げ、彼女を見た。

「私ね、知らない人と四六時中一緒にいるなんて息が詰まるの。
 でもあなたはもう知らない人じゃないわね
 あなたの胸の内を知ったから・・・」

「・・・・・・・・・」
「そうでしょ?」 ジニョンは満面の笑顔で微笑んだ。

「あ・・・は・・はい」

「ねぇ、ジョアン?あなたはフランクのプロジェクトを進めていたんでしょ?
 だったら、進めたらいいわ、これからも」

「進めるって・・」
「彼の仕事を裏からサポートすることならできるでしょ?」

「サポート・・ですか?・・」
「ええ、私も手伝うわ。」 ジニョンは大げさに腕組して見せた。

「あの・・ジニョンssi?」

「だってあなたは私と一緒にいることが仕事でしょ?
 逆を言えば、私があなたのそばにいればいいことよね」

「まあ・・そうですが」

「だったら。仕事なさい。・・わかった?
 そしてあなたが会社に、いいえフランク・シンにどれ程必要なのか
 彼に教えてあげるといいわ。」 そう言ってジニョンは腕組をした。

「・・・・・・」 ジョアンは正直ジニョンの言葉に困惑していたが、
満足そうに微笑み頷く彼女に、何も言えなかった。

「ところで・・」 ジニョンは話を変えて言った。「社名の、S.Jって何かの略?」

「社名・・ですか?・・アー英語で“Steal”“Jesus”
 この国の魂を盗むという意味が込められているんです
 もちろん、それは我々だけの隠語ですが・・」

ジョアンはそう言いながら、出会ってから初めて笑った。

「その方がいいわ」
「えっ?」

「笑っている方が素敵よ」 そう言ったジニョンの笑顔の方が・・・
≪ずっと素敵だ≫と、ジョアンは心の中だけで呟いた。





ドンヒョクはこれまでミンア達が集めていた資料の確認を終ると直ぐに、
受話器を取り、内線でミンアを呼んだ。

「はい、ミンアです」 
隣の部屋で待ち構えていた彼女は、直ちに受話器を取った。

「・・・ミラノへ行く。・・手配を頼む」 
「はい。準備は整っております。」

「ん。」
「奥様とジョアンは如何なさいますか」 ミンアは聞いた。

「置いていく」
「ジョアンに任せておいて大丈夫でしょうか」

「・・・あいつはそんなに信用無いのか」 フランクは笑った。

「いえ、そういうわけでは・・・そうですね、大丈夫。」 
ミンアは最後は自分に言い聞かせるように呟いた。

「10分後に出よう。夜には向こうに着きたい」
「承知いたしました。」

ドンヒョクは受話器を置くと、座ったまま椅子をくるりと窓側に回した。

≪ジニョン・・・君の怒りは頂点を極めるね、きっと≫
彼は心の中でそう呟きながら、小さく笑った。

さっき別れた後、ジニョンがさぞかし自分を睨んでいただろうことを、
彼は承知していた。
だからこそ最初から、彼女の顔をまともに見ようともせず、
そそくさと部屋に入ってしまったのだった。

ドンヒョクはこのイタリアにジニョンを連れて来たことを、最初から後悔していた。
その後悔が、自分の中で時間を追うごとに増していることもわかっていた。
そしてそれがもう、遅過ぎるということも。

ドンヒョクは椅子の背もたれを背中で強く押して天井を見上げると、
上に向かって大きく溜息を吐き、静かに目を閉じた。

≪本当に・・・≫


    ・・・「連れてくるんじゃなかったよ」・・・

















 



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