亀裂~これってどうなのよ?
何をきっかけにそんなことになったのか、よくわからなかった。
ただ、気がついたときは、もう激しい言葉のやりとりが始まっていた。
「どうして、あんたはいつもそうなの?!」
「そんなふうに、ふつう言うかな~?
自分だって、好きなことやってるくせにさ!」
「私はいつも、ちゃんとご飯作って、お掃除して、仕事だってして・・・」
「だって、いつもパソコンあけてヨン様の写真見たりしてるじゃん!」
「あら、私だって、趣味のひとつくらいあったっていいでしょ!
あんたの場合はいつだって・・・・・」
そんな言葉の応酬が続いた後で、思わず、娘の右足が、壁に向かって繰り出され、
ドシンという大きな音とともに、安普請の自宅の壁には大きな穴が開いてしまっていたのだった。
あっ!
そう叫んだのは、私よりも娘のほうが早かった。
本当にそんなことになるとは思わなかったらしい。
そう、私も思わなかったのだ。
女の子なのに、そんなことで・・・、思わず出てしまいそうになった言葉を飲み込んだのは、私以上に彼女が動揺していたからだった。
「どうしよう・・・」
そんな言葉とともに、しゃがみこんで、彼女は『亀裂』に手を当てる。
厳冬のさなかである。
当然、そこからは冷たい風が・・・。
「どうしようっていったって、どうしようもないよね。
今夜は冷えそうだね・・・。」
元気なくうなずく娘の後ろから、なんだ?とのぞきこんだのは、夫である。
しかられるかと思ったのか、そちらにぼそりと、
「やっちゃったの・・・。」
夫は壁の穴を見てさすがに驚いたようだったが、すぐにかがみこんで『亀裂』の程度を調べる。
それから、すぐ近くにかかっていたままになっていた去年のカレンダーをはがして、その箇所に画鋲で止める。
「とりあえず、これでいい。な?」
にこりともしないで、すましてそんなことを言う。
ええっ!
それを、そういうふうに使うの?!
それって、どうなのよ?
穴の上にかぶせるようにかけられた去年のカレンダー、それは、私がどうしてもとりはずせなかった、憂いに満ちたインスが一面に大きく載っている大きなものだった。
あなたはいつも娘に甘いわね、そして、インスをそんなふうに使うのね・・・、そう思いながら、なんとなく言い出しにくい雰囲気がただよう。
まあ、住宅メーカー勤務の専門家のやることだから・・、とヘンなふうに自分を納得させようとする私。
「そ、そうね・・・。」
そして、もうひとこと、
「ヨンジュンさん、癒し系だからいいかもね・・・・。」
やっとの思いでそう続けた私。
クスリと思わず笑った娘は、私と目が合い、急いで神妙な顔にもどる。
それで、ひとまず小さないさかいは終了し、壁の『亀裂』には応急処置がほどこされ、家の中には平和が戻った。
だが、『亀裂』の上には、依然として、インスの憂いに満ちた顔がある。
娘との小さないさかいの末に生じた結構大きな『亀裂』、その修復に使われたインス。
冷たい風の上にかけられた、憂いに満ちたインスの顔。
胸の中には、依然として複雑な思いがいっぱい詰まっている。
これって、どうなのよ?
そう思いながら、私は、心の中でインスに手を合わせたのだった。
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