海翔ける~高句麗王の恋 草原
月見の宴の翌日から、朝駆けの後長老家の屋敷を訪ねていくのが、
タムトクの日課になった。
初日に、途中でしとめた血のついたままの山鳥を持っていって彼女に悲鳴をあげられてからは、
彼の手土産は、名前も知らないような野に咲く花だったり、谷川で拾ったきれいな小石だったりした。
だが、そんなものを手にうれしそうな顔で長老屋敷へ馬を走らせる高句麗王の姿に、
サトら側近の者たちは困惑していた。
王が女人に熱を上げるのは初めてのことではない。
だが、即位と同時に迎えた正妃を病で亡くしてから三年、そんなことも皆無だった。
だから、寵愛する女人ができたことは、正直言って喜ぶべき事なのかもしれなかった。
なんといっても、王はまだ若いのだ、いつまでも亡くなった正妃に義理立てして、女人を遠ざけているようであっては困る。
だが、時期と相手が問題なのだと誰もが思った。
半年後には、大豪族の娘を新しい正妃として娶ることになっている。
この時期に、いかになんでもそれはまずかろう。
それに、熱を上げている相手は敵国の人質の姫だ。
それがどんな影響を及ぼすことになるか、高句麗王を取り巻く家来たちは気がかりだったのだ。
5日ほど経ったある朝のこと、いつものように馬を駆けさせながら、サトは思い切って王に声をかけた。
「今日も、お立ち寄りになるのですか?」
横に並んで走る王の表情は明るい。
「むろんだ。」
「あえて申し上げますが・・・」
「何も言わなくてよい!」
きっぱりと言う。
そして、ハハハハ・・・という笑い声。
サトばかりでなく、伴走する側近二人が顔を見合わせる。
「そのほうらの言いたい事はわかっている。だから、何も言うな。」
少し作戦を変えることにした。
「いえ、ですから、それほどお気に召したならば、
おそばに置かれたらよろしいかと・・・。
こうして、毎日訪ねていくのは・・・・」
サトの言葉に、高句麗王は手綱を引いた。
黒毛の愛馬が歩みを止める。
「毎朝訪ねていくのが楽しいのだ。
・・・それがまずいとでも、そなたは言うのか?」
すっとした切れ長の目でじっと見つめる。
そんなにムキにならなくても、とサトは思った。
たかが、女のことではないか・・・。
「いえ、ただ、長老の家の者たちも驚いていましたゆえ・・、
王子の頃ならいざ知らず、王のご身分でありながら、などと。」
「ジョフンは喜んでいたぞ。」
「はい、確かに・・・。
ですが、毎朝立ち寄られる王のために、
屋敷内の者たちは、朝餉の用意などにも気を配らねばならず・・・、」
もごもごと続けるサトに、タムトクはふっと笑って言った。
「遠まわしな言い方はやめよ。いつものそなたらしくないな。
・ ・・長老家の者たちが迷惑だからなどというのではない、
ただ、人目につくのがまずいのだ、
ハン家との婚儀のことも考えよ・・・、
つまりそういうことだな?」
いや、実はもうひとつあるが、だいたいはそういうことなのだと、サトは心の中でつぶやいた。
わかっているなら、それを実行してほしいぜ、と。
しかし、王は照れくさそうな笑みを浮かべた。
「・・・サト、わかっていても、どうしようもないこともあるのだ。
かの姫を、力ずくでそばに召すというようなことはしたくない。」
それから急いでつけ加える。
「・・どうやら、私は、かの姫の心がほしいらしい。
たかが、女のことだ、許せ。」
それから、ハハハ・・と大きく笑って言った。
「今日は、かの姫と二人でそこらの草原を歩くとしよう♪
屋敷内にいるから長老家の者たちに迷惑がかかるのだ。
朝餉は城に帰ってからとるゆえ、支度はいらぬと伝えよ。
・・・ああ、人目につくのはやむをえないな。
そのほうら、迷惑ならついてこなくてよいぞ。」
しかしながら、しかしながら・・・、
かの姫は、王に対してよからぬことをたくらんでいるのでは・・・、
サトはそう言いたかったが、この場ではそれは口にできなかった。
せめて、警備をしっかりとするしかないか、
サトはそう心に決めたのだった。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
ざわざわと風のわたる一面の草原。
朝の光を浴びて、草の背が光る。
柔らかな春のひざしの中で、
タムトクは、タシラカの手を引く。
横に付き従うのは、黒毛の愛馬。
春のゆったりした空気の中で、
ちょっと眠そうにゆっくりと歩を進めている。
こわくない、
タムトクが彼女に声をかける。
なのに、彼女は・・、
恐る恐る手を差し伸べて、そうっと愛馬の鼻のあたりをなでる。
いかにも緊張した顔で・・・。
今度いっしょに乗ろう、そんな彼の言葉にも曖昧に笑うだけだ。
さらに、数メートル離れたところには、
サトら側近たち3人の姿がある。
後に先にと大きな円を描くように取り囲む。
やがて、ざわざわとした風の音が一瞬止んで、
何か別のいきものの鳴き声がした。
雲雀だ!
どこか空の高いところにいるらしい。
タムトクは遠い空を見上げた。
だが、その青さに溶け込んでいるのか、姿は見えない。
顔を上向けたまま、言う。
「・・・を見た事はあるか?」
「ええ・・」
「私もだ。
今日は、見えないな。」
「・・見えませんわね。」
気がつけば、彼女も同じように並んで空を見上げている。
その無邪気な顔!
妙にきらきらしていて、いそいで言葉を探す。
「寒くはないか?」
「いいえ、いい気持ちだわ。」
白い歯がこぼれる。
タムトクも笑みを返す。
「このあたりは、私の縄張りだったのだ。
まだほんの子供の頃のことだが、
雲雀を追いかけたり、蝶を追いかけたり、トンボを取ったり、
後ろにいる、あのサトもいっしょだった・・・。」
タムトクの指し示す方をふり返りながら、彼女がうなずく。
「私が育った所には、こんな草原はありませんでしたわ。
山がすぐそこまで迫っていて・・。
でも、小さな川が流れていて、そこでオタマジャクシをとったり・・・。
乳母の親戚の男の子が、ずかずかと泥の中に入っていって、取ってくれました。
泥がはねて、その子の顔が真っ黒になったりして・・・」
タシラカはくすくす笑う。
タムトクはまぶしそうに目を細めて言った。
「私なら、オタマジャクシだけではないな、
姫のためなら、ドジョウでも、フナでも・・・・。
だから、いつまでもこの国にいよ。」
まあ・・、それきり、彼女は黙ってしまう。
その見開いた大きな瞳を、タムトクは見つめ返す。
そのまま、二人とも、ただ草原の中にたたずんでいた。
やがて、お決まりのように、風がまた吹き始める。
ざわざわと草原を渡る音。
タシラカの長い黒髪が後ろになびく。
「歩こう。」
うなずいた彼女の手を取り、先にたってずんずん歩く。
吹きすぎる風の音・・・。
後ろをふり返らずに、タムトクは大きな声で言う。
「そなたといっしょにいたい。」
彼女の声が後ろから追いかけてくる。
「どうしてですの?
私はあんなことをしたのに・・?」
風の中で聞く彼女の声・・。
まるで、夢の中の出来事のようで・・・。
「私にもよくわからない。ただ、そなたには嫌われたくない。」
そなたには嫌われたくない・・・、
その言葉が風の中で空に舞う。
まるで、夢の中の出来事のように・・・。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
サトは二人の側近たちと少し離れたところに立っていた。
一応、王の警護をしているわけだが、
二人の楽しそうなやりとりは、ちらほらと耳に入ってくるのだった。
サトよりも少し年下のほうが、近寄ってくると小声で言った。
「いい感じですね~♪」
「ああ・・」
サトは短く答える。
と、もう一人、サトと全く同じ年ごろの男が話に加わる。
「これは、タムトク様、本気だな?」
「そのようだな。」
またもや、ぶっきらぼうに返事をする。
「へえ・・、じゃ、じゃあ、ハン家の姫はどうなるんです?」
「ばかだな。あっちは正妃になるんだ。
こっちの姫はよくても側室だな。
タムトク様だっておわかりだ。
比較にもならないよ。
な、サト、そういうことだよな?」
「へえ、そういうことですか。タムトク様、いいな、うらやましいな。」
「静かにしろ!タムトク様はともかく、俺たちは仕事だ。」
浮かれる年下の同僚を、サトたしなめる口調で言った。
なぜか、自分でも不機嫌になっているのがわかった。
「それにしても、いい感じだよな。」
同僚の言葉が、青空に吸い込まれていく。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
風のわたる草原を、どこまでも二人で歩いていきたかった。
が、タムトクはそろそろ、城に帰らなければならなかった。
「今日は楽しかった。」
われながら、気の利かない言葉だとすぐに後悔する。
言いたいことの半分も言えないものだと・・・。
だが、タシラカは微笑みながら、答えた。
「ええ、また連れてきてくださいね。
今度はお花の咲いているところがいいわ。」
ああ・・、とうなずきながら、タムトクはじっと考えていた。
サトにはあんなことを言ったのに・・・、とタムトクは思った。
今度は、明日ではなく、花の咲いているところでもなく・・・、
その言葉を胸の中でくりかえす。
ほんのわずかな沈黙に、
彼女が、ん?というように、小首をかしげる。
風の中でたたずむタシラカ・・・。
タムトクは彼女の手を取った。
「姫、・・いや、タシラカ、今夜、訪ねていってもよいか?」
風のざわめきが大きくなった。
月9ドラマ・ゲスト出演!なんちゃって・・
いきなりびっくりするようなタイトルで失礼しました。朝からずっと、こんな妄想がうずまいて頭から離れないんです。それで、これは、一度吐き出さないと息苦しくてたまらんと思ったので、ここに書かせていただきます。
最近月曜夜9時からのテレビドラマにはまりつつあります。
ご覧になっている方もたくさんいらっしゃると思いますが、クールな音大生、千秋君と、彼にあこがれるピアノ科の女の子、ノダメちゃんのお話です。
このクールな音大生の彼っていうのがなかなかよい!
オーケストラの指揮者をめざしている才能あふれる若者なんですが、今どきの若者チックなところとクラシカルなところが入り混じっている、そこんところがよろしい!
そして、もちろん、音楽に対してすごく真剣なところもいい!
特に、コンクールなどで、オーケストラの指揮者として、タクトを振るときのまなざしと、すっと伸びた背筋、そういった彼を取り巻くものが、ものすごくいい!
(なんだか、どこかの方を思わせるでしょう?)
ろくにコンサートも行ったことのない私も、やっぱり、オーケストラのコンダクターって、こうなんだと思いました。
で、私は当然ながら、こう思ったわけです。
われらがBYJが、このドラマに一話だけ特別出演するっていうのは、どうかと・・・。
あ、お怒りになる前に、もう少し聞いてください、お願いします。
そうですね、彼の役どころは、やはり韓国の新進気鋭の指揮者、ウィーンかどこかのコンクールで上位入賞したこともあるような・・・、それで、現在はどこかちょっと有名なオーケストラの指揮者を務めている・・・。
で、主人公、千秋クンの噂を聞いて、千秋クンがコンダクターを務める学生オーケストラのコンサートを聴きに来る、しかも、うるわしの婚約者同伴で・・・。
このあたりで、彼(BYJ)の回想シーンみたいな部分を挿入してもいいですね。
なんだか、あのチアキ君ってあなたに似ているところがあるわね、とうるわしの婚約者(私的にはジニョンさんみたいなタイプ)がささやく、隣にすわった彼はふっと笑って、そうかな?なんて目をふせる。
すると、かつてのコンクールでオーケストラを前にタクトをふる渾身の姿が・・・、
曲はベートーベンの『英雄』。
・・なんていうのはどうでしょう???
ええ、わかっていますよ~。
彼は次回作の撮影でお忙しいし、今はタムトクがその中に入っちゃってるから、周りがどんなに薦めてもそんな一回こっきりのドラマ出演なんて受けないでしょう。
ただでさえ、中途半端はおいやな方ですし・・・。
でもね、あのロッテチョコのフォトを見たときから、私は一度でいいから、オーケストラの前に立ったお姿を見たいと思ったんです。
インスのようなふつうの男もいいかもしれない。でも、彼は元々ふつうの男じゃないんだから、持って生まれた光の部分、オーラを必死に消して・・・、なんて難しいことを考えなくても、そのままのお姿をそっくり映像の中で見せてほしいんです。
もっとも、もうすぐオーラあふれるタムトクに会えますけどね、でも、コンダクター役の彼っていうのもいいでしょう?
【タムトクの恋・番外編】海の向こうに帰る人~その4の1
☆これは、サークルにアップしていたお話の続きです。
この場をお借りして、書かせていただきます。
なお、【高句麗王の恋】とは別のバージョンの続きですヨン。
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「あんたの言う通りだ。こんなところでぐずぐずしていても始まらねえ・・・。
とっとと、けじめをつけに行くとするぜ!」
そんな捨て台詞をタムトクに残し、それからタシラカには「あばよ」と言う言葉を投げかけて、
あくる日の朝早く、キビノナカツヒコはヤマトへと発っていった。
吉備の兵の大半が出発して、朝からざわついていた屋敷の中は、少し静かになったように思われた。
が、それもほんの一時のことだった。
タムトクがすぐに行動を開始したからだった。
それは、彼女の決意をひっくり返す可能性のある要素は、すべて取り除いておこうとでもするかのようなすばやいものだった。
「そなたの一族は、今どうしているのだ?」
いかにもさりげない口調で言う。
「身内と呼べる者は、このあたりには誰もおりません。
・・・・もうご存知でしょう?
祖父がヤマトに対する反乱に加担して敗れて以来、
私の親族はこのあたりに住むことを許されなくなりました。
私が吉備で育てられたのは、乳母がナカツヒコ様の親族だったためです。」
答えるうちに、顔がこわばるのがわかった。
タムトクは、やわらかくタシラカの手を握って言った。
「タシラカ・・・、そんなことを言うつもりではなかったのだ。」
「わかっていますわ、ここの領地と屋敷のことでしょう?」
そう、確かに彼の言うとおりだった。
彼といっしょに高句麗に行くと決めたからには、後を引き継ぐ者をきちんと決める必要があった。
数十年前、手白香の祖父が加担した、ヤマト大王家に対する反乱(注)のために、王族の身でありながら一族は朝廷を追われ、領地の大半を奪われたのだった。
その一部である北の国がタシラカの所領となったのは、彼女が身重の身体で高句麗から帰ってきたときのことだった。
そのために奔走してくれたのが、朝廷で大将軍の地位にあったナカツヒコだったのである。
タシラカの考えはすでに決まっていた。
「ここは、隣国の吉備にまかせるのが一番よいと思います。
ナカツヒコ様は私がここを領有するように取り計らってくれた人ですし、
ナカツヒコ様の人柄は、ここの領民もよくわかっていますし、
それに、ナカツヒコ様の親族には私の乳母もいますし・・・・。」
「そう何度もナカツヒコ、ナカツヒコと言うな。
・・・よい、ヤツがヤマトから首尾よい返事を持って帰ったら、その話をしよう。」
「それから、ここの屋敷の者たちのことですが・・・、私といっしょに行きたいと言っている者もいます。できれば、そのような者たちは・・・・」
最後まで聞かずに、タムトクは言った。
「よい、船が沈まぬ限り連れて行くことにしよう。そなたも心強いだろう。」
満足そうな笑み・・・。
ひとつ片付いたぞ、彼は、そんなふうに思っているらしかった。
だが、タシラカは、自分の中に小さなしこりがあるのを感じていた。
そうなのだ、どうしてももう一度彼に確かめたいことがあるのだ・・・。
明け方、まどろみの中で愛し合ったあとで、彼はささやいたのだった。
『タシラカ・・・、そなたを正妃にはできない・・・。』
厚い胸の下から響いてくるやわらかな低い声だった。
タシラカは、目を上げる勇気がなかった。
彼がどんな顔をしていても、自分は悲しいのに決まっているのだ。
『はい』
そう、短く答える・・・。
背中にまわした彼の大きなてのひら・・・。
そのいとおしむような手のあたたかさ・・・。
『・・・時には、むこうへ行かねばならない。』
はい・・、そう言おうとして、タシラカはその言葉を飲み込んだ。
『・・・それでも、私は、すべてそなたのものだ。』
はい・・・、信じています、タムトクさま・・・。
口に出す事もできないまま、タシラカは彼の胸に唇をあてた・・・。
彼が正妃を迎えたということが問題なのではない。
かつて、彼は彼女に誠実であろうとしたのに、ともに生きることから逃げ出したのだから。
今さら彼を責める資格など、何もない。
だが、何か、うっとりした時の流れのなかで、『そのこと』をいとも簡単にかわされたような気がしたのだ・・・。
「領地や屋敷の話は、そなたから屋敷の者たちに説明すべきだ。
早いほうがよい。
すぐにでも、主だった者たちを集めよ。・・・タシラカ、よいな?」
どこかぼんやりしているタシラカに、彼はてきぱきと指示をすると、
乗馬の練習をしているワタルの様子を見てくるなどと言いながら、外に出て行こうとした。
その広い背中に、タシラカは声をかけた。
「あの・・・、タムトク様・・・」
彼は足を止めた。
くるりとふり返る。
なんでもない顔で、ひとこと言った。
「なんだ?」
やっぱり・・、タシラカは確信した。
タムトク様、あなた・・・。
「お話があります。」
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
彼はちょっとの間黙っていた。
タシラカも・・・・。
沈黙の中でのやりとり。
やがて、彼は思い切ったようすで切り出した。
「スヨンのことだな?」
まっすぐに彼女の目を見つめる。
「もう、話した。あれがすべてだ。
だが、そなたの気が済むまで話してもよいぞ。」
すっとしたまなざし。
何の疑念も感じさせない瞳の色。
タシラカは何と答えていいかわからなかった。
激しい言葉を思い切りぶつけてしまいそうで、自分がこわかった。
彼は、領地の話でもするかのように、さらりと話しだした。
「今朝も話したとおりだ、
そなたを正妃にはできない、正妃はスヨンだ。
が、私にとっては、女人は、そなたただひとりだ。」
うん、と生真面目な顔でうなずく。
それから、急に恥ずかしくなったのか、彼は口元に照れたような笑みを浮かべた。
「おかしいと思うのなら、笑ってもいいぞ。
・・・・そんなことは信じられないと思うのなら、それでもいい。私の正直な気持ちだ。」
タムトク様、そんなステキなお顔をされてもだめですわ・・・。
タシラカの目にうっすらと涙が浮かぶ。
無理やり怒った顔を作ると、そっけない口調で言ってみる。
「・・・ほかの方にも、同じようなことをおっしゃったんでしょう?」
「タシラカ!」
せつない目!
「私が、そんなことをすると思うか?」
まいったな・・・というふうに首を振る。
「・・・ごめんなさい。ちょっと言ってみたかっただけなの・・・・・。」
思わず涙がこぼれる・・・・。
彼の腕がすっと伸びて、あっと思うまもなく、タシラカは抱き寄せられていた。
彼の匂い・・・、タシラカの好きな匂い・・・。
「タシラカ・・・・、彼女・・・スヨンには、最初に正妃の話が持ち上がったときに、ちゃんと伝えたのだ、私の心は別の女人にあると。」
ええっ!
広い腕と胸の作る空間で、タシラカは身じろぎする。
「スヨンは、驚いたようだった。
そなたかと聞かれたので、そうだと答えた。
そして、彼女は私の申し出を受け入れてくれた。」
「そんな・・・!」
思わず顔をあげると、彼を見つめる。
「いけないか?
彼女は彼女なりに、傾きかかったハン家のことを考えたのだと思う。
そして、結論を出したのだ。」
ひどいことを・・・と、タシラカは思った。
理屈抜きで悲しかった。
彼女とは、高句麗の城内ですれちがった時に、二言三言言葉を交わしただけだった。
まだ若い、気負いの感じられるような姫だったという印象しか残っていない。
だが、彼女は、今かつてのタシラカと同じような境遇にいるということになる。
ヤマトの大王の妃にと望まれ、これを断ったタシラカに対して、
スヨンは、愛しているのは他の女などといわれながらも、これを受け入れたというのだ。
「ひどいわ!スヨン様がお気の毒です!」
彼はちょっと戸惑ったように言った。
「タシラカ、私は・・・、
私は、そなたがつらいだろうと思ったのに・・・・・。」
「それとこれとは、別です!」
タシラカは強い口調で言った。
彼は小さなため息をついた。
「そなた、スヨンにはやさしくて、私には手厳しいのだな?
そうだ、私は、ひどいことを言った。
だが、言い訳かもしれないが、スヨンはそなたとは違う、
王の妃となるべく育てられてきた娘だ。
彼女は、そなたとは違う論理で生きている。」
「あの方が傷ついていないとでもおっしゃるんですか?
そんなことを言われても、それでもタムトク様の正妃になりたいと・・・・?」
「タシラカ、みながみな、そなたと同じではない。
だが・・・・、そうか、なるほどな、そなたはそう考えるのか。
・・・・そなたの言うとおり、私はひどい男かもしれない。
だが、王である以前に、私は私だ。
王として『形』を優先させねばならないのなら、
せめてそこにかかわる人間には筋を通しておきたかったのだ、
そなたに対しても、スヨンに対しても。」
彼は叱られた子供のような顔になった。
まあ、なんてさびしそうな・・・、
まっすぐな・・・・。
やっぱり、この方を放ってはおけないとタシラカは思った。
「タムトク様・・・、許してさしあげますわ。
・・・・ごめんなさい、あなたを困らせたりして。
私のためにせいいっぱいやってくださっているのに・・・・。
元々は、私が悪いんですもの、だから、私には何も言う資格がないのに・・・。
それに・・、それに・・・・・・、一番ひどいのは、私かもしれないわ。
心の奥の奥のほうでは、あなたが私を愛してくださってるとわかって、
私、すごくうれしいんですもの・・・・。」
「タシラカ・・・、何度でも言う、愛してるよ。」
「私も・・・・・。」
「ひどい男でも愛していると言ってくれるのだな?
よかった♪
そなた、やさしいのだな?それに、他の妃にヤキモチも妬かない・・・。
私も、これからは余計な気遣いはしないことにする。
で、これからは、妃の二、三人、許してもらえそうだな?」
「それは・・・、だめです・・・、タムトク様、だめですわ!」
焦がれる心の奥底で
チェジュ島でのイベントに参加されると言う、
私は行けないけど・・・・。
写真展での斬新なお姿、なかなか魅力的、
私は落ち着かない気持ちだったけど・・・。
クラシックのCD、
同じ曲を同じ気持ちで耳にしているのだと思えば、それもいいわ・・・。
ミニョンさんのフィギュア、
ドラマの中の彼そのままで・・・、それもいいかも・・・・。
どれも、作品を待つ間の通過点として見るならば、確実に彼の足跡をたどることができるから・・・・。
ふわふわしたテレビ画面から流れる情報だけでは、いかにも頼りないから・・。
でも、それでも・・・、
じりじりと焦がれる心の底の底にあるのは、やはりひとつの思い。
作品が見たい!
タムトクに会いたい!
ただの名もない一人の王子が草原の中を走っていく姿が見たい!
スジニの手をとり玉座へといざなう姿が見たい!
愛馬の手綱を操りながら、馬上でりりしく行進する姿が見たい!
幾千もの兵たちの先頭に立って、突き進む姿が見たい!
草原の王はだれをも恐れさせる軍神の姿かたちをして、
硬い鎧に実をかためながらも、
やさしげな風貌の持ち主。
あたたかく深い懐で、
敵味方、すべての男たちをひきつけ
女たちの歓声を集める・・・。
そんな姿を、私は見たい!
ごめん、
私はどうしてもそう思ってしまいます!
おしのび
☆ちょっと噂を小耳に挟みまして、もうそわそわと落ち着かない日々を過ごしています。
それで、去年だったかな?『トウキョウの休日』っていうお話を書いたことを思い出しました。そうしたら、数日後、極秘来日っていうニュースがとびこんできて、それはもうびっくりしたものでした。
で、ここにその一部に新しく書き加えたものを追加して、アップしたってわけです。
そわそわしている方、よろしかったらおつきあいください。
なお、お断りしておきますが、これはフィクションです。
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チェジュ発の便が成田に着いた時、背の高いその人物に目を向けるものはほとんどいなかった。
カジュアルというよりむしろくたびれたという表現に近いブルージーンズの上下、
穴が開いているのが目を引く真っ白いTシャツ、
帽子からはみだしたくしゃくしゃの長い髪、あごの辺りの無精ひげ・・・。
学生か、またはあやしい人物・・・、ともするとテロリストに間違えられてもおかしくない様子だ。
後ろを行く連れの男性は、さっきから笑いをかみ殺していた。
さすが、俳優だよな・・・、彼はそう思った。
ともかく、そんなちょっとあやしい感じで『彼』は日本に潜入した。
やがて『彼』は、入国手続きカウンターに歩み寄ると、パスポートを差し出した。
担当の係官は、この道20年のベテランだ。
あやしい人物でも、彼は臆することなく無表情のまま目の前の人物をじろりと見た。
何となくひっかかるものを感じた彼は、パスポートに目をやる。
そこに書かれたハングルと英語表記のサイン、それから添付してある写真をたっぷり1分ほど見てから、顔を上げた。
目の前のあやしい男性をじっと見る。
冗談だろう?もう少しましなウソをついてくれよ・・・。
彼はそう思ったが、もう一度パスポートの写真と目の前の顔を見比べた。
と、目の前にいるあやしい『彼』はにっこり笑う。
それから右手の人差し指を唇にあてた。
シー・・・・。
一瞬係官はあっけにとられた。が、彼もプロだ、ベテランだ。
元の表情に戻ると、なかなかの発音の英語で言った。
「疑うわけじゃないが、ちょっとここにサインをしてみてください。」
ぺらぺらの白い紙とペンを差し出す。
それから、さらに続けていう。
今度は、少し口ごもるのを抑えられなかった。
「・・・あ、サインのあとに、『ミチコさんへ』って書いてね・・・。
つまり、私の妻なんだけど・・。あ、よかったら、でいいから・・・。」
その言葉を聞いて『彼』はうなずくと、後ろをふり返った。
連れの男性に何事か話しながら、手を差し出す。
相手の男性も心得た表情でうなずくと、手に持ったビジネスバッグの中から色紙らしいものを取り出し、
そのあやしい『彼』に渡した。
ラッキー♪ 色紙、もってるのね♪
係官は、ついうれしそうな顔をしてしまった。
その顔に、『彼』はにっこりと笑いかけると、日本語で言う。
「ナイショですよ・・・。」
さらさらというペンを走らせる音・・・・。
もう疑う余地もなかった。
ああ、ミチコが喜ぶだろうな、・・・あいつに、なんて言おう・・・。
係官はわくわくする気持ちを抑えて、いつもの顔を必死で作っていた・・・。
やがて「入国審査」が終わり、係官は規定どおりの書類と、それから色紙を受け取った。
思わずにんまりとしてしまう。
今朝ちょっとまずいことになったが、これであいつの機嫌が直るな・・・。
それにしても、最後に「ナイショですよ」なんて・・。
係官はくすくす笑う。
隣の国の王子様なのよ、普通の人じゃないの・・、なんてあいつが騒いでいるわりには、
ぶっちゃけた、シャレのわかるおもしろい男じゃないか・・・。
まあ、これで当分の間、あいつに対して大きな顔ができるってもんだ・・。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
「だから~、本物だったんだってば~。
君はそんなこと言うけどさ、これでも必死だったんだよ。
ミチコのためだって思ったからさ~。」
ヒロシは鼻の頭に汗を浮かべてそう言った。
「ふうん・・・、ほんとっぽいけど、でもうそくさいわ。
あなた、今朝の仕返しをしようとしてるんでしょう?」
「そんなんじゃないって!」
「確かに、今朝は私もわるかったって思ってるわ。
でもさ、うっかり寝坊して、朝ごはん作る時間がなかったくらいで、あんなに怒ることないじゃない・・・。
私だって、わるいな~って、ちょびっと思っていたのにさ。
それを根に持って、こんな手のこんだ仕返し考え付くなんて、インケン!」
「そんなんじゃないって・・・。
今朝は少しいいすぎたかもしれないと思っていたんだ、俺も。
そしたらさ、目の前に立っていたのが、ミチコの好きな『彼』だったから・・・・。」
ヒロシは鼻の頭の汗をぬぐった。
「ほんとは仕事中にそんなことしちゃ、いけないんだけど、でもミチコのためだって思ったからさ・・・。」
「でも、『彼』は今撮影中なんだよ。
やっぱり、あなたの勘違いじゃないの?
だいたい、あなた、思い込みの激しいところがあるからさ。」
「そんなんじゃないって・・。
ちゃんとパスポートで確認したって言っただろう?
そこに名前がちゃんとハングルと英語で書いてあったんだから・・・。」
最後のほうはだんだん小さな声になる。
もしかしたら、あれはにせものだったのかな?
いやいや、あれは本物だった!
「だから、それは同姓同名ってやつじゃないの?」
そこまで言われて、ヒロシもむかっときた。
「じゃ、なんで、サインしてみてっていったら、こんなふうにサインしてくれるわけ?」
「そこがあやしいんじゃない、いかにも本物らしく見せようとして、『ミチコさんへ』なんて書いちゃって・・・。
でも、残念だけど、本物の彼なら、『お元気で』とかなんとか書きそえてくれるものなのよ、あなたは知らないだろうけど・・・。」
そんなこと知っててたまるかよ、そう思いながら、だんだん自信がなくなってきたヒロシは、半分やけになって言い放ったのだった。
「いいよ、君がそういうことを言うのなら、兄貴んとこのミチコにあげるからさ。」
「あ、あら・・、ちょっと待ってよ。お兄さんとこのミチコちゃんは、『彼』の大ファンだけど、まだ幼稚園生じゃない!
・ ・あの、これ、ご近所のサエコさんに見せてみるからさ。
あの人、三年もカジョクやってるから、すぐにわかると思うのよね。」
その言葉に、ヒロシはキレてしまったのだった。
10年連れ添った夫よりも、近所のファン歴三年のオバサンのほうを信用するのかよ、と。
「もういい!ぜったいに、兄貴んとこのミチコにやることに決めた!」
「ええっ!そんなこと言わないでよ。
・ ・・私、一度も言ってないよ、偽者だなんてさ、
かもしれないって言っただけじゃないよ~。」
「いいや、言った!もう、やめた!だいたい、これは俺がもらってきたんだからな。
俺のプロとしてのメンツにかけて、本物だって思ったから、だから君のために頼んだんじゃないか!それを君は・・・・。」
「なによ!泣かなくったっていいでしょ!
いいわよ!そんなもの、私だっていらないわ!
幼稚園通ってるミチコちゃんなら、彼のよ、って言えば、喜ぶでしょうよ!
たとえ、にせものでも!」
おまえは~!
もう、知らないぞ、あとでぎゃーぎゃー言うなよな!
ヒロシは、妻に絶対に教えてやらないと思ったのだった。
『彼』がくしゃくしゃの長い髪をしていたとか、
くたびれたジーンズの上下に、インナーは穴あきの白いTシャツだったとか、
にっこりと笑った笑顔が「とびきりステキ」だったとか、
『ナイショですよ』と、シーっと口元に指をあてたとか・・・・。
それにしても、とヒロシは思った。
兄貴んとこのミチコにも、ほんものじゃないわよ、おじちゃん、なんて言われちゃったりして・・。
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☆このときのお話では、『彼』は、空港を出た後、「テツコさん」に会いに行くのですが、今回はどうなのでしょう?
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