【創作】契丹の王子⑥
考えてみれば、ジャン将軍とは、タムトク様と初めてお会いした百済王都以来のつき合いということになります。
サト殿と同じですわね。
最初のころは、タムトク様の前に突然現れた私を、冷ややかな目で見ていましたけど、だんだんやさしい言葉をかけてくれるようになりました。
とりわけ、ワタルに対しては、ヒマをみつけては騎馬や武術の手ほどきをしようとするほどの入れ込みようで、指導係のシギョンが気をもむほどでした。
だからというわけでもないのでしょうが、こういうときは、なぜかいつも一番に駆けつけてくるのです。
その日も、近くの草原で歩兵訓練を指揮していたとのことでした。
城の中庭で教練中のワタルにもまだ知らせていないうちのことでしたから、本当にどこからどう情報を仕入れるのでしょう。
そして、そんな将軍につられるように、あの若い側近や私がつれてきた侍女たち、それから警護兵たちやら近くにいた下働きの者たちまで20人ばかりが客間になだれこんできたのです。
それほど広くない部屋は、ちょっとしたお祭り騒ぎのようになってしまいました。
「いや、まったく、タシラカ様、お手柄でございましたな!」
「将軍、この手柄はタシラカだけのものではない、
私の手柄でもあるのだ。」
「ああ、それは失礼をば!
王のご協力なくしては、お子はできませんからな!」
タムトク様のぬけぬけとした言葉に、ジャン将軍が頭を下げ、その場にいた人たちがどっと笑いました。
タムトク様は、王というご身分でありながら、こんなときすっとその場の人々の輪に入ることのできる方でした。
でも、周囲の人々から見れば、『王』というと、何となく畏れ多い、遠慮のようなものがあったのも事実でしょう。
それを、ジャン将軍はそのきわどい話によって見事なまでに埋めてしまうのでした。
タムトク様も、そこに集まった人たちも、みな楽しそうにしていました。
でも、私は寝台の上に座ったまま、将軍の話をただ黙って聞いていました。
いいえ、きわどい冗談についていけなかったわけじゃありません。
高句麗に来てから、タムトク様配下の武将の方々が屋敷に出入りするようになっていましたので、私も、顔が赤くなるような会話も何となく聞き流せるようになっていました。
そなた、耳年増になったのではないかと、タムトク様が苦笑いするほどでしたわ。
でも、そのときは・・・。
それは、妊娠初期ということで、気分があまりよくなかったということもあったでしょう。
薬師の先生が薬草を煎じてくれたので、胸のむかむかした感じはおさまっていたのですけど、何となく身体がだるいようなふわふわしたものがまだ残っていたのです。
でも、それだけではありませんでした。
そうです、ひどく大切なことを忘れているような気がしてしかたがなかったからです・・・。
「いやあ~、正直言うと、このわしはちょっと心配しておったんですよ。
これだけ仲がいいのに、この10年間でワタル様おひとりで、その後お子ができないっていうのはどうしたものだろうかと・・・。」
「それは、ちょっとしたきっかけの問題だ、将軍。
私とタシラカが悪いわけではない・・・。」
再び、大きな笑い声。
私は、タムトク様と将軍のやりとりを聞くともなしに聞きながら、ひとり考え事をしていました。
ちょっとしたきっかけの問題・・・、
出会い、生まれ出る命・・、
ワタルもチャヌス様も、契丹の少年も、それから、タムトク様も・・。
だから・・・
いつのまにか、私はひとりまったく別のことを考えていたようでした。
依然としてジャン将軍の大きな声が続いていましたけど、話は別の方向に進んでいっていました。
「・・この間も、長老屋敷に出かけたときに、わしはジョフン相手にそんなグチをこぼしたんですわい。
しか~しながら、さすが、天下無敵の長老家のジョフン、
片目をこんなふうにつぶって笑って言いましたぞ、
それはタムトク様のせいだわよ、ご寵愛が過ぎるのもよくないって、わたしゃ、一度ご忠告しようと思っているんだわよぉ、なんてね。」
「ジョフンがそんなことを?」
はははは・・・・・、タムトク様の愉快そうな笑い声!
客間の中が笑い声に包まれましたけど、私はひとりぼんやりとしていたようです。
「タシラカ?」
タムトク様が私の顔を心配そうにのぞきこんでいました。
「気分が悪いのか?
顔色があまりよくないようだが・・。」
「いえ、だいじょうぶです。」
ジャン将軍がおろおろと落ち着かない顔になりました。
「こ、これは失礼をば!
うれしさのあまり、つい度が過ぎました、お許しを。」
「いえ、そういうことではありません・・・。」
私は急いでそう言いましたが、そんなことはまったく耳に入らないかのように、薬師の先生はしたり顔でうなずきました。
「やはり、その位にされたほうがいいでしょう。
お体にさわっては・・・。」
「まことに、そのとおりです!
もしも何かあったら、わしは死んでお詫びをせにゃならんところですわい。」
ジャン将軍が頭を下げ、タムトク様もうなずいておっしゃいました。
「屋敷に帰る馬車を用意させる。
・・いや、いつものあの馬車ではだめだ、
揺れの少ないものを選らばなければな。
用意ができるまで、そなたはここでゆっくり休め。
私は急ぎの合議があるゆえ、そろそろ行かねばならないが、
何も心配しなくてよい。
・・・・ああ、それから、タシラカ、今夜は帰れないが、
明日の夕餉には帰れると思う。」
タムトク様は立ち上がり、将軍たちといっしょに出て行こうとされました。
私ははっとしました。
帰れないほどの急ぎの合議・・・・?
それは、もしかしたら?
私は急いで早くも扉の外に出ていらしたタムトク様に声をかけました。
「お待ちください、タムトク様!」
ふり返ったあの方に、私はすがるように続けました。
「あの・・、お話したいことがあります・・。」
ああ、と、あの方は小さく首をかしげて笑みを浮かべました。
「タシラカ、明日の夜ではだめか?急ぎの審議があるのだ。」
明日の夜?・・・それでは遅すぎます、タムトク様、
ぜひとも、その『急ぎの審議』の前に聞いていただきたいことなんですもの・・、
そう思いながらも、私は何と言っていいかわかりませんでした。
と、ジャン将軍は片目をつぶって言いました。
「これは、タムトク王ともあろう方が!
タシラカ様のことで、家来どもをちょっとくらい待たせるなんてことは、
以前はどうってことなかったでしょうが!
サトがよくグチっていましたぞ。
その上、こたびは、めでたいことなんですからな!
大事なお妃の願いごとのひとつくらい、何をさておいても・・・」
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
「なんだ?
珍しいな、そなたがそのようなことを言うなんて・・」
タムトク様は寝台のところまで戻ってくると、私の手をとりました。
「ごめんなさい。」
そうは言ったものの、私はどう切り出していいかと途方にくれていました。
ただ、あの方のお顔を見つめていました。
タムトク様はふっと笑みを浮かべて、私の肩を抱き寄せて・・・、
「タシラカ、心細いのか?
何も心配することはない。
私がついている。
いつもいっしょだ。」
はい、と私はうなずきます。
タムトク様の手が髪をさらさらとなでるのが感じられて・・・、
その心地よさに、いつしか私はうっとりとなっていました。
と、低い声が耳に響いて・・、
「ワタルのときは、そばにいてやれなかった。
それがずっと気にかかっていた。
すまないと思っている。」
タムトク様・・。
私は涙がこぼれそうでした。
あのときは、それでよいと自分で決めたのですもの、
タムトク様、あなたのせいではないわ。
「・・こたびは違う。
北とも南とも、できるだけ面倒な戦にならないよう、ことを進めるつもりだ・・・。
お互いに、戦になどならずに済めばそのほうがいいのだ。
・・なにより、私はそなたの側にいたい。」
わかるな?というように、あの方の唇が額にあてられて、
はいと、私は答えて・・・・、
そうして、私はそのやわらかな感触のやさしさに励まされるように、そのことを口にしたのです。
「・・・お願いしたいことがございます。」
「なんだ?
何かほしいものでもあるのか?」
「いいえ、タムトク様・・、
・・・ワタルはもうすぐ10歳になります、・・・来年は11歳、
チャヌス様はまだ1歳ですけど、すぐに大きくなります。
・・・・これから生まれてくるこの子も・・・。」
「なんだ?
そなた、なにが言いたい?」
こちらを覗き込んだあの方は、早くもちょっと怖い顔をしていました。
「契丹の少年の話を聞きました、あなたを襲ったという・・・。」
そう言い終わったとたんでした、
タシラカ・・、タムトク様は私の肩を引き離すと立ち上がりました。
私は急いでおしまいまで話してしまおうと、あの方を見上げました。
「・・・ワタルとはたった5歳違いです、
まだ、子供ですわ、タムトク様。
私は・・、
私は恐ろしくてたまりません!
ワタルがもう少し大きくなって誰かを憎み、殺そうとしたら、
そう考えただけで!
どうか、あの子たちに憎しみを残さないでくださいませ。
お願いでございます、
どうぞ、あの少年の命をお助けください!」
タムトク様はこわばったお顔のまま、すぐには何も答えませんでした。
だからというわけではなかったのですけど、私はもうひとこと付け加えてしまったのです。
「きっと、・・・・・きっと、亡くなられたお母上様だって、そのように・・・」
「タシラカ!」
もう一度私の名を呼んだその口調は、それまでとはまったく違うものでした。
いいえ、こちらに向けられたその目の光も、私の知らないものでした・・。
「それ以上、話してはならぬ!」
そう低い声でうめくように私を封じたのは、確かに、タムトク様の中にいる何か別のものでした。
タムトク様!
私はどきどきしながら、目の前の見知らぬ方を見上げていました。
恐ろしさに震えて、それでも、私は・・と!
でも、次の瞬間、私は気がついてしまったのです、
その見知らぬ方の内側に刺さったままになっているトゲのようなもの、それが血を流しているのだと!
「タムトク様・・・」
と、あの方は何かをこらえるように、一瞬切れ長の両目をぎゅっとつぶり、それから、ふっといつもの皮肉な笑みを浮かべて、おっしゃったのでした。
「今の話は聞かなかったことにする、よいな。
そなたは何も心配しなくてよい、ゆっくり休め。
明日の夜には帰るゆえ。」
それは、確かにいつものタムトク様でしたが、
こちらに向けられたまなざしには、氷のように冷ややかな、それでいて、
何か悲しみとも寂しさともつかないものがあって・・・。
ぼうぜんとしている私に、もう一度かたい笑みを浮かべると、あの方はさっと身を翻して出て行ってしまったのでした。
地味なひとりごと~撮影延期記者会見と韓流
韓国ドラマの輸出がかなり減っているという。
それを、嫌韓とか反韓のようなことが理由のひとつだとする空気があるけど、それはちょっと違うだろうと、私はいいたい。
そこに感動を与えるものがあれば、誰もがきちんと評価するだろう。
からっぽなままでは、誰もついていかない。
たとえ、ヨンジュンであっても、それは免れないだろう。
姿を見られればいいと考えるファンも多いだろうが、
(もちろん、私自身もそれを否定はしないけど、)
本当はちゃんと作品の中で輝いている彼が見たい。
そんなこと、当たり前だろう。
当たり前のことが当たり前だと思われなくなって、
ただ、目先のことばかりにとらわれてしまうから、
だから、韓流の衰退などといわれることになるのではないか。
常に王の道を歩むこと、
道を見失ったら基本に立ち返ること、
それは意外にシンプルだ。
本質を知っていること、
頑固なまでに、『それ』にこだわること。
目がくらんではいけない。
本流から逸脱してはならない。
そうならないために、ものすごく自分自身を律していかないとならないのだろうが、
それができる人がひとりいることを、私は知っている。
【創作】契丹の王子⑤
ここで、タムトク様がおっしゃった『あの時の子』について、少しお話しておきましょうか。
そのころ、城内には、タムトク様に新しい側室をお薦めしてはどうかという話がありました。
正妃スヨン様は病気がちでしたし、私はといえば、高句麗王都に来てから一年近くが経とうというのに、それまで懐妊の兆しが見られないという状態だったからです。
すでにタムトク様の血を引く王子はチャヌス様とワタルがいましたけど、お子は多いほうがいい、せめてあと数人は・・と周囲が考えるのも無理のないことでした。
戦乱の世にあっては、王の後継候補は何人いても多すぎるということはなかったのです。
タムトク様は、王都にいらっしゃる間、夜はたいてい、私がいただいていた屋敷に帰ってこられましたが、これをよくない傾向だと眉をひそめる人たちもいました。
あの女人は王のご寵愛を受けながら、10年前にお子をひとりあげられただけではないか、それに、何と言っても倭人ではまずい、ここはやはり高句麗貴族の娘をおそばに差し上げなければ・・・、というわけです。
実際に、タムトク様の元には、側室にということで、高句麗貴族の姫君の名前が数人あげられたということでした。
なのに、タムトク様は、『無用だ』のひとことで退けてしまわれたとか・・・。
私はその話を侍女のひとりから聞き、タムトク様に対して申し訳ないのとうれしいのとで胸がいっぱいになりました。
けれども、その話は、それで終わりというわけにはいきませんでした。
それから数日後、私のところに長老家ゆかりの側近の方々が三人訪ねてみえたのです。
長老家といえばジョフン殿とすぐに思いますので、彼女に何かあったのかと私は緊張しましたが、そんなことではありませんでした。
その側近の方々はごくまじめは顔で、これは、と思える貴族の娘を、私から王にお薦めしてはどうか、などと言うのです。
最近の情勢をみると、遅かれ早かれタムトク様は側室を迎えることになると思う、たとえば正妃のご実家ハン家あたりの姫がお側にあがるのを指をくわえて見ているよりは、こちらの息のかかった姫を差し上げるほうがいいのではないか、と。
それは、王家のことだけでなく、私の立場まで考えた提案だったのかもしれません。
でも、私は素直にうなずくことができませんでした。
申し訳ないけど、私はそのようなことはできません、
王のお気持ちがほかの方に移っていったというのならともかく、
私からそのようなことを申し上げるのはいやです、と。
王家の中を取り仕切るご自身の立場もよくお考えを、などと言い置いて、その側近の方々は帰っていきました。
そのことを、居合わせた侍女たちに固く口止めし、私自身、タムトク様にもほかの誰にも申しませんでした。
でも、そういうことはどこからか漏れてしまうものでしょう?
タムトク様は、どこからかお聞きになったようなのです。
いいえ、タムトク様が何か私におっしゃったわけではありません。
ただ、どこがどうのというわけではないのですけど、いっしょにいるとき、いつにもましてやさしくしてくださるとか、そんなことですわ。
うまく説明できませんけど、いっしょに暮らしていれば、ああ、この方はご存知なんだって、自然にわかるものでしょう?
ああ、ひとつだけ、もしかしたらと思うようなことがございました。
ワタルに対する態度がちょっと厳しいものになったことです。
それまでも、タムトク様はワタルと轡を並べて遠駆けしたり、屋敷で剣の手ほどきをしたりすることがございました。
でも、それが少し本格的なものになったのです。
屋敷で夕餉をとっているとき、ワタルに対して、儒学などという難しい学問のことであれこれと質問されたりするようになりました。
また聞くところによりますと、城中にあっても、騎馬や剣術の指南の先生方に、指導方法を問いただされたりしたようです。
もっとも、ワタルは、父上がみてくれるんだよとうれしそうにしていましたが・・。
でも、きっと近いうちに、音を上げることになるのでしょうね。
そうこうしているうちに、北と西の砦に異変があるという知らせが届いて、タムトク様はまたもや出陣していってしまったのでした。
王が戦場に行かれている間は、側室に推挙する姫君がどうのなどという話はひとまず立ち消えになってしまいます。
そう考えますと、王の後継を残さねば・・、などと言い募っている間こそ平和なのだということになります。おかしなことです・・。
ところが、それから二月くらいがたってからのことでした。
戦場からは特に悪い知らせもなく、このまま休戦になるかもしれないとささやかれるようになっていました。
明け方のまだ暗いうちのこと、北の砦にいらしたはずのタムトク様が、突然屋敷に帰ってこられたことがありました。
急に休戦協定が結ばれたので、数人の側近と警護兵10名ばかりをつれて、日に夜をついで駆けてこられたとのことでした。
夜の明けきらない冷たい空気の中で、皆さんといっしょに汗と泥をいつものように洗い流しながら、あの方は白い歯を見せてにっこりされました。
『どうしても、そなたの顔を見たくなったのだ。』
そばにはほかの家来の方々だけではなく、まだ戸惑った顔の、屋敷の侍女たちもいるというのに、そんなことをぬけぬけとおっしゃるのです。
私は、そのまぶしいような笑顔をかわしながら、
『すぐに朝餉をお持ちしますね。』
『朝餉はほかの者たちのだけでよい。
私は、しばらく休みたい。』
『まあ、お休みになるんですの?』
思わず問い返した私に、周囲から側近の方々からくすくす笑う声が聞こえてきて、
私はそれ以上何もいえなくなってしまったのです。
『お方様、俺たちのことはいいですから、
王に気を遣ってやってください。
でないと、あとが大変ですから。』
そう、そのとおりです。
ほんとうに、タムトク様は・・・。
そして、そのあとはご想像の通りでございます・・・。
あの方はたいてい礼儀正しくて誰にでもやさしい方なのですが、時々有無を言わさず・・・、というところがございました。
ほかの方なら、私も、いけませんわ!と強く申し上げたりもするのでしょうけど、この方にはつい許してしまうところがあるのです。
でも、これは私だけではありません。
側近くに仕える方々だけでなく、末端に従う家来の一人にいたるまで、みなさん異口同音に言います、タムトク様だから、まあ、いいか・・と。
そう、その最たる人が、あのサト殿でしょうね。
このときも、タムトク様の留守を守る必要から、陣中に残って代わりに指揮をとるよう言われたとのことでした。
アカネ殿が身重ということでしたから、本当なら、サト殿こそ一番に王都に帰ってきたかったでしょうに。
きっと、すまない、サト・・、なんて言われて、サト殿も承知してしまったのでしょうね。
ほんとうに、タムトク様は・・・。
そんなわがままとも思われかねないところがあるのに、周囲が認めてしまうのは、タムトク様がこれまで多くのたいせつなものを失いながら、王としての任務を果たされていること、・・・軍の先頭に立ち、政務においても常に自分を律して国のために働いていらっしゃるのをみなが知っていたからです。
いいえ、そうではないですわね、そんな理屈だけでは説明しきれないものを、あの方はお持ちでした。
それが、生まれながらの王の証とでもいうものかもしれませんけど・・・。
そう、ひとことでいえば、みんな、タムトク様が大好きだったんですわ。
話が横にそれましたが、『あの時』とは、そのときのことだとタムトク様は思われたのです。私もそう思いました。
ただ、そういうことって、何となくわかっていても口に出したくないことでしょう?
まして、私に同意を求めるなんて・・・。
でも、王家に生まれたタムトク様にとって、いえ、付き従う者たちにとって、これは重要なことでした。
生まれてくるお子がまぎれもなく王家の血筋であること、王にお墨付きを頂いたということになるからです。
私は・・、私は王家の血よりも、タムトク様との間のお子というだけで十分でした。
そばには薬師の先生がいましたから、とても恥ずかしかったですけど、タムトク様が『あの時の子だな』とおっしゃっただけで、私はもう・・・。
「ワタルが聞いたら、喜ぶだろうな!」
「はい、きっと。
・・・あなたも、喜んでくださいますの?」
半分恐る恐るといった感じで、お聞きしてみると、タムトク様は切れ長の目でこちらをちらりとご覧になりました。
「さて・・、どうかな?
そのあたりは明日の夜にでも、
ゆっくりとふたりで確かめようか・・。」
まあ!
で、でも、明日でございますか?
今日はお帰りになれないの?
私が赤くなってそう言おうとしたときでした。
突然、入りますぞ!の大声とともにがらりと扉が開けられて、ジャン将軍が入ってきたのです。
「いや~、聞きましたぞ!
おめでとうございまする!
歩兵訓練を放り出して駆けつけましたぞ!」
『ホテリアー』を抱きしめて
☆六本木の「ホテリアー」最終回に行ってきました。遅まきながら、私なりの感想です。
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いきなり冒頭から現れるのは、大写しになったサングラス姿のドンヒョク、端整な横顔。
迷いも吹っ切れ、確かな目標に照準を定めた男の、力強い足取り。
朝のきらめく光の中、新しい始まりに走る男の、すずやかなまなざし。
シャンデリアきらめく下で口にしたプロポーズの言葉よりも、
幸い薄い幼い日々の思い出、そして、迷子の子供のような言葉とせつないまなざしが、
私は好きだった。
ドンヒョクssi、ちゃんとジニョンにしあわせにしてもらいなさいね。
カサブランカの夜、静かにグラスを傾ける二人の男。
語るのはポーカーのこと?
いいえ、実は、ひとりの女に対する決着の言葉。
先に立っていった方が勝ったのか、負けたのか、
経験不足な私には、わからなかったけれど・・・。
桜の木の下でたたずむふたり。
浮かび上がるシルエットが大スクリーンの画面いっぱいに広がる。
手に持った飛行機のチケットをドンヒョクに返そうとするジニョン、
それを受け取らないまま、ただ彼女を抱きしめるドンヒョク。
表情、言葉は?、いいえ、そんなものは何もいらないわ。
ふたりがどんな会話をし、どんな思いでいるのか、手にとるようにわかるから。
ただただ、息をのむように美しいシーン、そして、
かなしくも、美しい恋人たち。
ホテルを守るため、必死で生きてきた女の静かな最期。
今まで見過ごしていた死の演技の見事さ。
ぞっとするほど素敵でした・・・、そんな言葉で、ヨンジュンを評価した感性ゆたかな女優さん、
さすがです・・・。
ソウルを発つ日、彼女をぎりぎりまで待ち続けた彼。
そこに秘められた思いは、過去の、そして現在のメールの言葉になって、彼の指先からあふれ出る。
『・・海に来ています。父に会いました。・・今日顔を見た瞬間、それは恋しさだったのだとわかりました。・・・・』
『今日、教会ですべてを告白するつもりでいました。僕がなぜソウルホテルにやってきたのか、何をしようとしているのか・・・』
『ごめんなさい、傷つけてしまったね・・・』
『ジニョンさんが望むなら、今あるものすべてを捨ててもいい、だから、僕から離れていかないで・・。』
『疲れ果てた僕をはじめから温かく包んでくれたあなたを、僕は失いことはできません。・・・』
『僕はどこにいようと、心の一番奥にソ・ジニョンという名前を抱いて生きてゆきます。・・・』
『僕たちの愛が試されるときがきました。・・・あなたが僕のもとへ来る日があると約束してください。・・・』
いつもながらの、いいえ、いつも以上に胸にせまるせつない言葉たち。
それらは、確実に彼女のもとへ届いたはず。
なのに、ジニョン、あなたは間に合わなかった・・。
男気と友情とやさしさ・・、それから、自らの強い意思によって、彼は彼女のもとへ帰ってくる。
チェックインする彼、迎える涙の彼女。
これほどの男を、これほどまでに不幸にも幸せにもするジニョンという不思議なキーワード。
ラストシーンは、もちろん、ホテルロビーでの力強い抱擁。
それにしても、ドンヒョク、
あなたは、なんとしあわせそうな顔をしていることか!
見逃せないのがホテリアー終了後の映像。
『ぺ・ヨンジュンと家族のための・・・』で始まる『BYJ FAMILY BOOK』のCM。
髪を伸ばし始めたころの彼の顔がスクリーンいっぱいに登場して語りかける。
『僕はしあわせです・・・』。
いつもの低い声よりもほんの少し高いトーン。
ドンヒョクからチュンサン、インス、そしてタムドク、
確実に歩いてきたあなた・・・。
ああ、ヨンジュンssi、本当に今、あなたはしあわせなんでしょうか?
【創作】契丹の王子④
「あ、タムトク様!
ただいま、お方様にお取次ぎをいたしますので・・・」
外からそんな声が聞こえたと思ったら、いきなり客間の扉が開けられて・・・・、つかつかと入っていらしたのはあの方でした。
寝台に横になっていた私は、あわてて起き上がりました。
「ああ、そのままでよい!」
タムトク様はそうおっしゃいましたが、そんなわけにはまいりません。
胸のむかむかした嫌な感じはほとんどおさまっていましたし、何よりも、あの方がひどく心配そうなお顔をされていましたから。
タムトク様はそんな私のところまで近寄ってくると、いかにもさりげないふうに、私の頬に手を伸ばし、長い指でちょんと軽くつついて・・・、
「・・・心の臓が止まるかと思ったぞ!」
「タムトク様・・・」
「まったく・・。
大事な合議の最中に、そなたが倒れたとなどと聞かされたのだぞ!」
「申し訳ありません。
でも、私、倒れてなどいませんわ。」
タムトク様の真剣なお顔がおかしくて、私はつい、クスリと笑ってしまいました。
そばにいた侍女たちも、笑いをこらえているようです。
タムトク様はそれに気がついたのか、ちょっとむっとした感じでおっしゃいました。
「ふん、おかしいか?
私は、死ぬほど心配したのだぞ!」
「ごめんなさい、タムトク様。
どこかで間違えて伝えられたのだと思いますわ。
ご心配かけました。」
「本当にだいじょうぶなのか。
まだ顔色が悪いようではないか!」
はい、私はうなずきましたが、タムトク様は私の言っていることなど半分も信用できないというように、傍らに控えていた薬師の先生の方をふり向いて、どうなのだと詰め寄ります。
このところずっとスヨン様のお部屋に詰めていた薬師の先生は、かすかに笑みを浮かべて、はい・・、と頭を下げました。
と、タムトク様はいぶかしげな顔になって、こちらにお顔を向けました。
「だいたいだな、そなたには、控えの間で待つよう一時も前から言ってあったはずだ。」
今度は別の方向からだわと、私はちょっとあわてました。
「はい、そのように確かに承りました。
でも、私はスヨン様の様子をお伺いしてからと思ったんです。
この三日間お訪ねすることができなかったんですもの。」
「・・・・」
タムトク様は一瞬黙ってしまいました。
この方は、私が『スヨン様』の名前を口にするたびに、いつも困ったようなお顔をなさいます。
でも、このときはすぐに続けておっしゃいました。
「そうは言っても、怪しげな者がそなたに暴言を吐いたと聞いたぞ。
まして、先日から風邪気味だと言っていたではないか。
そんなときに、私の指示を無視するから、このようなことになるのだ!」
「暴言だなどと・・・、
そのような大げさなことではありません。
城で働いている者が話しかけてきただけですわ。」
私は笑いながらそう言いましたが、タムトク様は、ふん、どうだか・・・、とうつむきました。
そのとき、私は気がついてしまったのです、
タムトク様の中に何があるのかを・・・。
その二つの目が悲しい色をしていましたから・・・。
10年以上前の契丹で起こったこと、そこに隠されている母上様のこと、それが原因で15歳の少年が刃を向けたのだということ、そして、もしかしたら少年ゆかりの初老の女性が私に伝えようとしたことも・・・。
タムトク様の内側に何かトゲのような痛いものが刺さっているのだと、私は思いました。
やがて、タムトク様はほっとため息をつくと、おっしゃいました。
「では、ちょっと風邪気味なだけだとでもというのか?」
私は複雑な思いのまま、薬師の先生にうなずくと、そばにいた侍女たちにしばらくの間席を外すよう申しました。
侍女たちが出て行くのを、タムトク様は、ふうむというお顔でごらんになっていましたが、やがて、私と薬師の先生の顔を交互にながめながらおっしゃいました。
「なんだ?
もしかしたら・・・、なのか?」
こわいくらい真剣な顔に、かすかな期待の色!
まあ、さすがにおわかりになったのですね?
その直前にあったいろいろなことをどこかに追いやって、私はにっこりとしてしまいました。
「はい!
その、もしかしたら・・、ですわ。」
タムトク様は切れ長の目をすっと細めて、そうか・・、とつぶやくようにおっしゃいました。
それから、ぐっと何かを飲み込んで、
「タシラカ、
・・・あの時の子だな?」
「・・・・・」
私は何も答えられずに赤くなっていました。
あの方はふっと笑みを浮かべると、そのまま強い力で私を抱き寄せて・・・、
「そなたは最高だ・・・。」
そう、かすれたような声でおっしゃるのを、私は腕の中で夢のように聞いていました。
「最高なのはあなたですわ・・・」
私はそうお返事したのですけど、それはタムトク様にちゃんと聞こえなかったかもしれません。
だって、私は、もう胸がいっぱいでしたから。
やがて、こほんとひとつ咳払いが聞こえて、薬師の先生が重々しい声で言いました。
「ええ~、お二人でお喜びのところを失礼いたします、
とりあえずは、王家の伝統に基づいてことを進めさせていただきますぞ。
タシラカ様、ご懐妊でございます。
今、三月に入ったばかりでしょう。
あと六月もすれば、・・・そう、たぶん今年の冬には、
王子様か姫様がご誕生ということになります。」
それから、薬師の先生は顔中に笑みを浮かべて宣言したのです。
「高句麗王タムトク様、タシラカ様、
まことに、おめでとうございます!」
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