タムトクの言い訳
すでにご存知の方もいらっしゃるだろうが、私はさるサークルで、創作『タムトクの恋』を書いている。
今日はその内容について、お詫び方々、言い訳みたいなことを言ってみたい。
いうまでもなくこの創作は、『太王四神記』とはまったく別のものである。
で、私は妄想のおもむくままに、タムトクにヒロイン以外の正妻がいて子も生まれると設定したのだが、これがみなさん、予想していた以上に、うっ!となるようなのである。
というよりも、ヒロインの代わりに、お話の中のタムトクと産みの親の私に、半分本気で(???)お怒りのようなのだ。
あんた、ちょっと~、反省しなさいよ~、なんてね。
ま、まあ、ある程度は予想されたことなのだけど、気の小さい私は、す、すみません・・、とひたすら頭を下げるばかりなのである。
しかし歴史を見れば、騎馬民族においては、力を持つ者、王となって君臨する者が、弱い者の面倒をみるのはふつうのことである。
いつぞや書いたように、そうでもしなければ、厳しい自然の中では、弱い者、たいていは女性や子供は、生きていくこともままならなかったからである。
だから、後のモンゴル族も、それから清朝を打ち立てた女真族も、王が複数の妻を持つのは当たり前のことだった。
(ちなみに、先日公式で読んだところによれば、韓国では、女真族と韓民族は同じ起源を持つとする方々もいるとか・・・。)
だから、私もこのお話を書くにあたって、タムトクだっていいよね?などと思ったのだった。
別に、ご本人にお聞きしたわけではないけど・・・・。
でも、やはりというか、当然というか、たとえ創作であっても、どうしてもタムトクに彼を重ね合わせてしまうから、みなさん、「青さん、ゆるせん!」となるのである。
ヨンジュン・タムトクは、一人の女性を愛しぬく、そんな英雄であってほしいと誰もが思うのだ。
もちろん、私だってそういう気持ちがないわけではない。『冬ソナ』も『ホテリアー』もその路線なのだから。
それに、金銀DVDをのぞいてみれば、ご本家のタムトクはきわめて誠実な好青年で、ふたりの女性に手を出すなんて、もうぜ~ったいに、考えられないようなタイプである。
これはもう、全然、私には勝ち目はない・・・。
ただ、ごめんなさいと謝るのみである。
でもね、聖人君子の代表みたいな聖徳太子だって、何人もお妃がいたんだよ、その中のひとりが、タシラカみたいな愛妃で、太子の亡くなった数日後に息を引き取っているんだよ・・・・。(このお話は、もう書きましたね?)
これって、すごい純愛だと思うんだけど、だめかな?
だから、奥様がふたりいても、古代においては純愛は成立するんだって、だめかな?
ということで、ここで小さな声で言いたいです。
どうか、私のタムトクを許してあげてね、
ついでに、そんなことを大して反省もしないまま、ここで書いている私のことも・・・ね?
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