【創作】契丹の王子①
城門のところに立つ警護兵が、直立不動の姿勢になった。
タシラカは軽く会釈すると、城内に足を踏み入れた。
五日ぶりの参内だった。
高句麗に来て、一年以上がたとうとしていた。
タムトクの指示もあって、タシラカは城内の奥向きのことを取り仕切るようになっていたのだった。
正妃スヨンは、出産後もう一年近くたつというのに、体調が思わしくなくて寝たり起きたりの状態が続いていた。
そして、彼女の元には、生まれて数ヶ月の嫡子チャヌスがいた。
その上、城内を束ねるべき侍女頭の中にも適当な人物が見当たらなかった。
ジョフンはすでに引退して長老屋敷に引きこもってしまっていたし、アカネは身重の身体という状況だった。
そんなこともあって、正妃に気兼ねしながらも、タシラカが城内のことを管理するようになっていたのである。
そんな彼女も数日前から何となく身体がだるく、その日は正妃付きの侍女にスヨンの様子をたずねたらすぐに屋敷に帰ろうと思っていたのだった。
ところが、城門近くにある植え込みの陰で、ひとりの初老の女が待ちかまえていた。
二人の警備兵たちの手をかいくぐり、女はタシラカに近寄ると、大きな声で言った。
「お願いでございます。
倭のお方様とお見受けいたします。
お聞き届けいただきたいことがあって、こちらで、お待ちしていました。」
侍女たちが顔色を変えてタシラカを守るように、その女の前に回りこんだ。
警護兵たちが駆けつける。
が、女はそんなものには目もくれずに、言った。
「あやしい者ではございませぬ。
今はこちらのお城の下働きをしていますが、
かつて、契丹王室で女官をしていた者です。」
十分あやしいではないか!
そんな警備兵の制止を物ともしない様子で、女は言った。
「お、お願いでございます、
お方様、私の話をお聞きくださいませ。」
女は警護兵ともみ合いながらも、叫び続ける。
「王子が・・、私どもの王子が、
処刑されてしまいます!
なにとぞ、なにとぞ・・・、
お方様のお力で、
王におとりなしを!」
王子?
タシラカは小首をかしげて、そちらを見た。
警護兵の声が、いっそう大きくなる。
何を無礼な、ずうずうしい!
もうひとりが、女の腕をつかむ。
「あ・・・、お願いです、
どうぞ、話をお聞きください。
王子は・・、悪いヤツにだまされたのです!
・・そんなことができるような方ではありません・・・」
タシラカは手を上げて警護兵を止めた。
「なんのことです?」
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
女の語るところによれば、ひと月前のセンピとの戦いのときに、たまたまそこに身を寄せていた元契丹族の王子が、高句麗軍に捕らえられたというのだ。
「さきほども言いましたが、私はかつて、契丹の王宮で女官として仕えていたことがございました。
契丹をごぞんじでしょうか?10年以上も前のこと、まだ即位まもないタムトク様に攻められて、国は跡形もなくみんなちりじりばらばらになって、はるか北方の草原に追いやられた部族でございます。
・・・その10年前の戦のときに、何が起こったか・・・。
お方様はご存知かどうか知りませんが、
こちらのタムトク様は、お母上様のことで当時の契丹王を恨んでおいででした。・・・落城の際には、ひどく残忍な方法で契丹王を処刑されたのです。」
その話は、いつだったか、タムトクから聞いたことがあった。
『そなたに出会うずっと以前のことだが、
私は、北の異民族の王を憎んだことがあった。
それで、残忍なワザで、殺害しようとしたのだ・・・。』
あのとき彼は、ひどくつらそうだった。
そして、そうだ、それは彼の母后に深く関係のあることだった。
捕虜として異国の王に連れさられたタムトクの母、
故国に残した子を思いながら、ついに帰ることもなく亡くなったタムトクの母に・・・。
それは、同じような境遇のタシラカを愛したことへの、タムトクの複雑な思いでもあった。
タシラカは首を横に振った。
「タムトク様は、降伏した捕虜に対して残忍なことをなさるような、
そんな方ではありません。」
だが、そんな彼女の言葉には何も答えないまま、女は弱々しい笑みを浮かべると続けた。
「その王子とは、処刑された契丹王の孫にあたる方です。
たぶん、捕虜として城内で過ごすうちに高句麗とのことを誰かが面白おかしく話してきかせたのでしょう。
祖父の仇とばかりに、執政の間にいたタムトク様に刃を向けたのです。
もちろんすぐに取り押さえられ、タムトク様は何事もなかったのですが・・、
でも、みんな言っています、
王の命を狙うなどと大それたことをしでかしたんだから、これはどうやっても、死刑は免れないだろうって・・・。」
しわの深く刻まれた顔をゆがませて、その女は話し続ける。
「10年前の戦に敗れ王を殺されたとき、私もこちらに連れてこられました。最初のころは、それは、タムトク様を憎みましたけど、でも、それはもう、ずいぶん昔のことです。
私もほかの者も裕福というわけではないですけど、それなりに平和に暮らしています。
今は、王を恨むなんて、そんなことはけっして・・」
「王子は多感な年頃です、
顔も覚えていないような祖父王のカタキを討たねばなどと、
頭に血がのぼってしまったのです。
誰かにそそのかされたのです。
そうに違いありません!
深い考えがあったなんて、とても思えません!」
「まだほんのお小さいころ、私はおそばでお世話をしていたことがありますが、とてもやさしい方でした。
そんな恐ろしいことは、けっして、けっして・・・。
お願いでございます!
どうぞ、お助けくださいませ、
どうか、王におとりなしを!」
コメント作成するにはログインが必要になります。