2016/05/29 10:08
テーマ:創作 愛の群像 カテゴリ:韓国TV(愛の群像)

愛の群像Ⅱ 第十七話 カン・ジェホの遺したもの



    三年もの間中断していた創作ですが、自分の中でずっと気になっていたので、
   ちょっとだけ再開^^

   今更という感もありますが(笑)、人にお見せするというより、

   自分の頭の中にある完結までを、いつの日か完成させたい。

   ここを訪問される方は大分少なくなってますが、もしもお読み頂ける機会がありましたら、

   大変申し訳ないですが、まずは一話から十六話までお読みいただいた上で、

   十七話にお進みください。kurumi
  





第十七話 カン・ジェホの遺したもの



「ジェホヤ・・・」

シニョンは立ち上がることも、止めど無く流れる涙を拭うことも
今この時は諦めようと思った。

幻でもいい、ジェホの世界に身を投じていたかったから。




気が遠くなる程の、永遠とも思える程の、時が経った気がした。

シニョンが力無げに見上げて、掛け時計に視線をやると、
ジュンスとの珈琲タイムから、優に一時間は経っていた。
 
ジェホの日記の存在を知らなかったわけでは無い。
彼が亡くなって、ひと月も経った頃だっただろうか、
彼の伯母がシニョンに渡すべく、それを持参してきた。

しかし、彼女はその包みを解くことなく、伯母にそのまま
返してしまった。

伯母は黙って頷いて、シニョンの気持ちを受け入れてくれた。
きっと、彼の死を受け入れる準備ができないでいたのは、
シニョンだけでは無かったのだろう。


シニョンはもう一度だけ瞼を閉じ、 平静を保つ作業を試みた。
 《大丈夫、、、大丈夫》
自分の心臓の音に、落ち着け、落ち着けと暗示を掛けた。

そして、懸命に瞼に力を加えると、すっくと立ち上がり、
深く息を吸い込み、吐き出すと同時に、大きく目を見開いた。

辺りを見渡すと、床にはジェホのノートが散乱したままだった。
彼女は、一冊一冊を拾い上げ、番号順に束ね合わせると、
机の引き出しに仕舞った。

そして彼女は、受け持ちの授業を知らせる予鈴に従った。
彼女は今の自分に、微かながらも理性と言える感情が
残っていたことに救われた。





その日の授業が終わり、シニョンが帰り支度を始めても、
ジュンスは現れなかった。

僅かに心寂しさが過ぎったものの、シニョンにとっては
その方が有難いことだった。

《今、私はどんな顔をしている?》

果たして、何事も無かったように、彼に笑顔を向けられるのか。

そんな自信は到底無い。

シニョンは大急ぎで身支度を整えると、最後に引き出しの中から
ジェホの日記をバックに移し、誰の視線からも逃れるよう、
視線を落としたまま、車に乗り込んだ。



家に帰ると、母から投げられる小言を背に、階段を駆け上がった。

《馬耳東風という諺をそろそろ知った方がいいわ、オンマ》
そう心で呟いて、階段下の母を微かに一瞥すると、
「大事な仕事の準備があるから、声を掛けないで」と、
自分の部屋に雲隠れを決め込んだ。

部屋に入ると、おもむろにベットに腰掛け、持っていたバックから、
大事なジェホを開放した。

《それが・・・カン・ジェホ?》
そう言ったジュンスの声が聞こえた。

《今更、それをあなたが読むことに意味があるの?》

意味があるだろうか。
「わからないわ・・でも・・・」
さっきジュンスに答えた言葉を口にした。

《あなたは言ったね。
 “心に住むひとりの男を死ぬまで離すつもりはない”と。
 “それはあなたにとって許せることなのか”と・・
 僕にそう聞いた》

《やってみたけど・・・努力してみたけど・・・やはり許せないと、 
 今・・そう言ったら、どうする?・・・答えてみて》

結局、彼のその言葉に、彼が求める答えを出せなかった。


《僕か。・・・カン・ジェホか。・・・》

《そのノートを封印して欲しいと言ったら?》

「・・・それは・・・できない。」またジュンスの声に言った。

ジェホは私の一部だから。

《悲しくなるだけだ》

だとしても、

《苦しくなるだけだ》

きっとそうかもしれない。

でも、ジェホが私の手元に戻った以上、避けるわけにはいかない。




古びた日記のページを捲るごとに、そこに綴られた
まだ幼かったジェホが哀愁を誘い、知り得なかった彼に
愛しさを覚え、胸が締め付けられた。

幼いジェホのそばに、自分が寄り添い、思わず彼の涙を
拭おうとするたび、彼が消える。

時を越え、彼を抱きしめて、頭を撫でてあげられたら、
どんなにかいいだろう。

そう思いながら、頬を涙が何度も何度も伝って落ちた。

彼が意固地に実母に会いたがらなかった理由がそこにあった。

日記は、ジェホの幼少期から、十五歳位までで、途絶えている。
ジェヨンを抱えて、自分を誇張し、肩で風を切って生きていた
その頃のことが何も書かれていなかった。

それはきっと、
彼に押し寄せた数々の不遇が、彼を痛めつけるには、
十分余りあったからに違いない。

彼の大学生活を知るシニョンはそう納得した。


日記の大半は、ジェホがシニョンに想いを寄せた頃から、
彼女への切なく、悲しい思慕が切々と綴られていた。

そして、彼自身が自分の最期を受け止めた後の、
彼の張り詰めた強さと砕け散りそうな弱さと、シニョンへの
深い愛が綴られていた。

シニョンは思った。
そのひとつひとつを、自分がどれほど分かってあげていたのか、
きっとわかってはいなかった。
あの頃の自分が、自分自身の悲しみに押しつぶされ、
そのことが、どれほど彼を傷つけ、悲しませていたのか、
数々の後悔の念が蘇って、何度もページを閉じては、
また開いた。


□□□□

ジェヨンに子供が出来たことを、伯母さんが嬉しそうに報告した。
「シニョンももう直ぐだね」と叔母が悪気なく言ってしまった。

その帰り道、シニョンssi、あなたは妙に饒舌だったね。
ジェヨンの子供のことに触れないよう、不自然に話題を
すり替えていた。

僕はあなたに子供を遺してやれない。
医者にそう言われていたのを、聞いていたんだね。

  

□□□□

生まれてくる子のために、楽しそうにベビー服を選んでいるシニョンssi。
そんな彼女が、小さな靴を手に取りながら、ほんの一瞬だけ、
寂しげな眼差しを僕に隠した。

ごめん・・・
あなたに子供を遺せなくて・・・本当にごめん。



□□□□

シニョンssi、このところ僕を避けているね。

日に日に近づく僕の死の影を、まるで遠ざけるように、
僕の目を見なくなってしまった。

駄目だよ、シニョンssi。

分かっていたはずだろ?
何もかも知っていて、覚悟を決めて、僕と居てくれると、
決めたはずだろ?


  
□□□□

シニョンssi、知ってるよね。

僕たちが愛し合う時間はもうそんなに残ってはいない。

僕があなたを抱きしめる時間を、どうか無駄にしたりしないで。

一分、一秒、ほんの僅かな時間も、僕はあなたを愛していたいのに。


□□□□

ジェヨンに生まれた子を、シニョンssiが僕の腕に抱かせてくれた。
柔らかくて、甘酸っぱくて、「この世のものとは思えない」
そう言った僕を、あなたは屈託なく笑った。

散る命と、生まれる命、そのどちらも尊いと、あなたは僕に
教えたかったんだね。




□□□□

シニョンssi・・・ごめん。

その時が近づいているようだよ。

本当は怖いんだ。

あなたの笑顔が見えなくなって、

あなたの優しい声が聞こえなくなって、

あなたが、僕との別れを怖がっていることすら、わかってやれない。

いいや、分かっていても、それを思いやる余裕が無い。

僕に残された僅かな時間が恨めしいよ。

シニョンssi、お願いだ。

僕の最期のわがままを、叶えて欲しい。

その瞬間はどうか、僕の手を一時も離さないでいて。

僕があなたの愛を抱いたまま眠れるように、

僕があなたを限りなく深く愛していること、

あなたの幸せを何処の誰よりも祈っていることを、

あなたがちゃんとわかってくれていると、僕を信じさせて、

遺されるあなたの耐え難い苦しみを知りながら、

それでも

あなたの腕の中で逝くことを、どうか許して欲しい。


   
   ------------------------------


そう

その日、ジェホはベットの中で、自分の掌に私の言葉を聞いていた。

私は彼が求める言葉を懸命に書いた。

そして彼が「また明日」とまぶたを閉じた後も、
「愛している」と何度も何度も彼の掌に書き続けた。

《だから?だからあなたは笑顔のまま眠ったの?》

シニョンがひとり目覚めた翌朝も、彼の子供のようなその笑顔は
少しも消えていなかった。

《その笑顔は、私に遺したあなたの大きな愛だったのね。

 そうなのね。》


シニョンssi

僕が愛していること、知ってますよね。


ええ、知っているわ。

今も、これからも・・・。

















2013/08/18 18:23
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創作愛の群像Ⅱ 第十六話懐かしい文字

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第十六話



僕を・・・忘れないでシニョンssi・・・

シニョンはカン・ジェホの声を胸に聞きながら、手に取った
ノートをそっと胸に抱きしめた。

《ジェホヤ、忘れたわけじゃないわ・・忘れるわけないじゃない》

「昨日は・・・ごめんなさい、シニョンssi・・・
 あんなことするつもりはなかったんだ・・ただ・・・
 シニョンssiが・・・何処か遠くに行ってしまいそうで・・・
 また・・僕たちから離れてしまいそうで・・・
 伯父さんが・・・可哀相に思えて・・・・・」

「・・・もういいわ、ジェホヤ・・何も言わなくていい」

「・・・ね、シニョンssi・・何処にも行かない?」

「えっ?」

「もう、何処にも行かない?」 
ジェホはそう繰り返しながら、シニョンに切ない眼差しを向けた。

「何処にも・・・行かないわ」
シニョンはジェホに近づいて、そう言いながら彼の頬を撫でた。
ジェホは頬に充てがわれたシニョンの手をそっと包み込むと、
瞳に薄く溜めた涙を、瞼を閉じて一筋流した。



ジュンスはその時、シニョンの部屋の前にいた。
部屋の中から聞こえたジェホの声に、ノックする手を止めた。

しばらくして、
パク・ジェホが部屋から出て来た時、ジュンスは軽く眼を閉じた。
そして、ドアの横の壁に背中を付けたまま、ジェホの顔も見ず、
じっとしていた。
その瞬間、
パク・ジェホが自分に視線を向けたことを、ジュンスは感じたが、
それでも閉じた眼は開けなかった。
ジェホもまた、ジュンスに声を掛けることなくその場を立ち去った。


ジュンスはシニョンの部屋に入るタイミングを失ったかのように
その場に立ち尽くしていた。
その時突然ドアが開いた。シニョンが内側から開けたのだった。

ジュンスとシニョンのふたりは、一瞬互いの眼を見つめたまま
数秒の時間を数えた。

「あ・・・コーヒー・・冷めてしまったかな」 
ジュンスは手にしたトレイに視線を落として言った。

「・・・冷めても・・・美味しいわ・・きっと」 シニョンは答えた。

「入ってもいいかな?」 ジュンスは彼女に同意を求めた。

「入らないつもりだったの?」 シニョンは小さく笑って言った。

「・・・もしかしたら」 
ジュンスはシニョンの問いかけを肯定するかのように答えると、
彼女の眼をまっすぐに見た。

「何故?」 シニョンもまたジュンスの眼を真っ直ぐに見つめた。

「・・邪魔しちゃ悪いような気がした」 ジュンスは真顔でそう言った。

「・・・何を・・邪魔すると?」 シニョンはそう言って、眉を下げた。

「あなたと・・・カン・ジェホの」

「・・・・・・」

「・・・・・・あー冗談だよ。そんな真面目な顔で返さないで欲しいな。
 さあ、コーヒータイムにしよう、冷めたけど、無論美味しいさ」
ジュンスは突然、おどけた様にそう言いながら、自分から先に
彼女の部屋に入った。
シニョンもまた彼の後に続いた。

ジュンスはテーブルにカップを並べ終わると、シニョンに振り返った。
そして、彼女の机に置かれた大学ノートの束に視線を向けた。

「それが?」 ジュンスは《それがそうなのか》というように聞いた。

「えっ?」

「それが・・・カン・ジェホ?」

「あ・・・」

「ごめん・・・聞こえてたんだ。さっきの・・・。」

「ああ」

「でも・・言ってもいいかな」

「何を?」

「今更、それをあなたが読むことに意味があるの?」
ジュンスは静かにそう聞いた。

「意味?」
ジュンスの問いかけは、自分にとって、意外なことだったのか、
当然のことだったのか、シニョンには正直わからなかった。

「ああ、意味」

「・・・わからないわ・・でも・・・」

「でも?」

「読まなきゃいけないような気がする」
シニョンは自分自身に言い聞かせるように、そう答えた。

「止めた方がいい」 ジュンスは即座にそう言った。

「・・何故?」

「苦しくなるだけだ」
ジュンスはシニョンから目を逸らし、窓の外を眺めながら言った。

「・・・・・そうかもしれない」

「・・・・・・前に・・・あなたは言ったね。
 “心に住むひとりの男を死ぬまで離すつもりはない”と。
 “それはあなたにとって許せることなのか”と・・僕にそう聞いた」

「・・・・・・」

「その時僕は、“やってみます”と答えた。
 “僕の好きになった人が、その人を忘れられないままの・・・
  あなただとしたら、許すしかないような気もする”と。
 だから・・・“許せるように、努力してみます”と・・・そう言った」

「・・・・・・」

「しかし・・・やはり許せない。そう言ったら、あなたはどうする?」
そう言いながらジュンスはシニョンに視線を戻した。

「ジュンスssi・・・」

「やってみたけど・・・努力してみたけど・・・やはり許せないと、 
 今・・そう言ったら、どうする?」
ジュンスはゆっくりと言葉を繋げながら、シニョンに近づいた。
そして、彼女の頬を両手で挟むと、しっかりと自分に向けた。
「答えてみて」

「・・・・・・」 
シニョンはジュンスの声をまるで遠くで聞いているような気分だった。

「答えられない?」
ジュンスはシニョンの答えを急かすように言った。

「・・・どう答えれば・・・いいの?」 シニョンはやっとそう言った。

「僕か。・・・カン・ジェホか。・・・」 
ジュンスは強い眼差しと言葉でそう聞いた。

「・・・・・・」
シニョンはジュンスの熱い眼差しに、目眩がしそうだった。
それでもシニョンは懸命に彼の情熱と戦った。

「そのノートを封印して欲しいと言ったら?」
ジュンスは机の上のノートに視線を落とした。

「・・・それは・・・できない。」 
シニョンは迷いながらも最後ははっきりと答えた。

「何故?」

「きっとそれは・・私の・・一部だから」

「悲しくなるだけだ」

「それでも」

「苦しくなるだけだ」

「そうだとしても」

ジュンスは一瞬小さくため息を吐くと、それまでシニョンの頬を
挟んでいた両手をゆっくりと離した。
そして、彼女に背を向け、テーブルの前の椅子に腰掛けると、
カップを手にし、冷めたコーヒーを口にした。

「・・・まずい」 
ジュンスはそう言って顔をしかめると、カップをテーブルに戻した。




ジュンスがシニョンの部屋にいたのはどれくらいだったのだろう。
シニョンは気づくとひとりで冷めたコーヒーをすすっていた。

《きっと怒ってるわね、ジュンスssi》

当然だとシニョンは思った。

いくらキム・ジュンスが、人間として大きな人であったとしても、
許せることとそうでないことがあるだろう。
シニョンは自分自身がたった今しがた、ジュンスの切なる願いを、
聞き入れられないと、彼の前で断言してしまったことを思い出し、
大きくため息を吐いた。

しかし、彼の願いを聞き遂げる選択は、カン・ジェホの存在をも
否定してしまいそうで、シニョンには受け入れることはできなかった。

《それでいいの?》
シニョンはジェホのノートを指で撫でながら、自分自身にそう聞いた。

「ジェホヤ・・・私とジュンスssiを許せない?」
シニョンがそう聞いた瞬間だった。窓の外から風が吹き込んで、
机のノートがスローモーションのようにパラパラとめくれ上がり
数冊のノートが床に落ちてしまった。
シニョンはそれを拾い上げようと、腰を屈めると、その中に
懐かしいジェホの文字が見えた。


《5月10日

 シニョンssiが別荘にやって来た。
 僕とずっと一緒にいると言う。決して離れないと言う。
 僕は自分自身の心に蓋をして、懸命に彼女を拒んだ。
 こんな僕と一緒にいて、彼女の幸せがどこに生まれると言うんだ。
 僕の願いは、シニョンssiの幸せだけなのに。
 シニョンssiが幸せに笑う、それだけが、僕の唯一の望みなのに。
 あの人は何もわかっていない。


5月11日

 シニョンssiを家に帰そうと彼女の実家に電話を入れた。
 そのことを彼女がひどく怒って、僕をなじった。
 「私の気持ちは変わらない」のだと。
 「だから、こんなことをしても無駄」なのだと。
 僕は彼女の熱い眼差しに自分の強い決心が揺らぐのを恐れた。
 わかってる。でもそれは駄目だ。絶対に・・・駄目だ。


5月12日

 何てことを言ってしまったんだ。
 生きたい、と・・・
 死にたくないと、言ってしまった。
 シニョンssiにすがって、さらけ出してしまった。

 そうだよ・・・僕は死にたくない。死にたくない。死にたくない。
 シニョンssi・・・生きたいよ。あなたと生きたいよ。

 いいやいっそ
 あなたの腕の中で、たった今息絶えることができたら
 どんなにか楽だろう。



次第に文字が歪んで見えなくなってしまった。
シニョンは胸の奥が締め付けられ、息ができないほどだった。
彼女は余りの苦しさに、自分の胸を何度も叩いて、息を戻した。

20年も前の出来事が、鮮明に浮かんで来るのを拒めなかった。
そして・・・
自分の心に間違いなくカン・ジェホが生きている事実を思い知った。

「ジェホヤ・・・」
シニョンは立ち上がることも、止めど無く流れる涙を拭うのも諦め
机にもたれかかっていた。




ジュンスは自分の部屋で新しく淹れたコーヒーを片手に窓際に立ち、
外を眺めていた。

《悲しくなるだけなのに・・・苦しくなるだけなのに・・・
 シニョンssi・・・
 どうして・・・自分をいじめるんだ?・・・
 あなたはもう充分・・・辛い思いをしてきたじゃないか》






















2013/07/11 16:50
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創作愛の群像Ⅱ 第十五話忘れないで

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第十五話


翌朝、ジュンスがいつもの時間にジョギングスーツに
着替えていると、中庭から何やら物音が聞こえた。

《随分早いな・・・》

ジュンスはジンスクがもう起きたのかと、扉を開けてみると、
そこにはジェホの姿があった。
ジュンスが立てた扉の音に気づいたジェホが、一瞬彼に
一瞥をくれたが、直ぐに頭を垂れて、靴紐を結び始めた。

「随分早起きだね」 ジュンスはジェホに声を掛けた。

「・・・・・・」 
しかしジェホは無言で紐を結び終わると、玄関へと向かった。

ジュンスは相変わらず素っ気ない態度のジェホに苦笑しながらも、
彼の後に続いた。

ジュンスはいつものランニングコースを進んでいたが、
前を走るジェホもまた、同じコースを走っているようだった。
ジュンスが少しスピードを上げて、ジェホの横に並ぶと、
彼は解り易く嫌そうな顔をジュンスに向けた。

《邪魔するな》 ジェホの目がそう言っていた。

「君もこのコースを?」 
ジュンスは穏やかに聞いたが、ジェホは答えようとしなかった。

終始不機嫌そうなジェホに、ジュンスが好意的な笑みを向けると、
ジェホはスピードを上げて、わざとジュンスの前を走った。

「若さには叶わないさ」 
追い抜きざまに、ジェホが嫌味な目つきを投げた。

今度はジュンスがジェホに一旦並んでみせ、これみよがしに
スピードを上げて、彼を追い抜いてみせた。

「経験が違うよ」 ジュンスも言い返した。

するとジェホが意地になったように、ジュンスを引き離さんと、
全速力で駆け抜けた。

しかし、ジュンスは負けていなかった。
互いに意地を張るかのように追いつ抜かれつしながらも結局
後半は、ジュンスがジェホに大差を付け、前を走る結果となった。





ふたりが家に戻ると、ジンスクが台所から顔を出していた。

ジェホは「ハァハァ」と息を切らし、自分の膝に手を付きながら
屈みこんでいた。

「今日はふたりで走ったのかい?」 
ジンスクが嬉しそうにふたりを眺めながら言った。

「別に・・・一緒に・・走った・・わけじゃ・・ない」
ジェホの息はとぎれとぎれで、ぶっきらぼうな強気の声も、
悲しいかな迫力に欠けていた。
一方ジュンスは涼しい顔で、ジェホを穏やかに見つめていた。

「いつから走っているだい?」 ジュンスがジェホに聞いた。

「・・・中学からだよ」 
ジェホが返事をしそうにないので、ジンスクが代わりに答えた。

「へぇー、随分と長く走ってるね。僕もその位から走り始めたんだ」

変らず仏頂面したジェホを他所に、ジュンスは明るい口調で話した。

「この子の習慣はね、伯父さんの・・カン・ジェホの影響なんだよ。
 伯父さんが残した日記に書いてあったんだよね、ジェホヤ」 
ジンスクが台所から料理を運びながら、ジェホに向かって言った。

「へぇー」 
ジュンスはジェホが少し赤くなっているのを見逃さなかった。

「ハルモニ・・余計なことを言うなよ」 ジェホがやっと口を開いた。

「オモ、本当のことだろ?
 伯父さんのお陰で心を入れ替えたって言ってただろ?
 もともとお前は子供の頃、どうしようも無い子だったじゃないか。
 勉強もしない。・・言いつけも守らない。・・友達とも仲良くしない。
 乱暴で、効かん気で・・・」

「言いたい放題だな」 ジェホが不服そうにジンスクを横目で見た。

「それが、ある時から変わった。カン・ジェホの日記を読んでから。
 勉強も沢山するようになったし、学校も好きになった。
 それから・・ジェヨンや私をとても大切にするようになった。
 その頃からだね、あの子の習慣を見習うようになって・・・」
ジンスクは昔を思い出し、嬉しそうにそう言った。

「そんなこと・・」 ジェホの頬が更に赤くなった。

「そうなんだ」 
そう言ったジュンスのジェホを見る眼差しは、とても優しかった。

「チェッ、勝手なこと言うなよ」 
ジェホはジンスクに向かって悪態をついた。
 
「何だい、本当のことだろ?」

「ハルモニ!早くしてよ、僕もう出るよ」 
ジェホは箸でテーブルを叩きながら、ジンスクに食事を急かした。

「行儀が悪いね、そんなところも伯父さんにそっくりだ」

そう言いながらジェホの頭を叩くジンスクを、ジュンスはちらりと見た。



「じゃあ、行ってきます。ハルモニ」

「もう学校に行くのかい?早くないかい?」

「ううん、家に一度帰ってくる。母さんの様子を見ないと」

「具合悪いのかい?ジェヨン」

「ううん、そんなわけじゃないけど、昨日留守したから」

「そうかい、そうだね、そうしておやり。
 じゃあ、行っておいで。気をつけてね」

「うん」

ジェホは食事を済ませると、バタバタと家を出て行った。

ジェホがジンスクに対してはこんなにも素直な子なのだと、
ジュンスは感心しながら、彼の後ろ姿を眺めていた。

「本当にまだまだ子供だね」 
ジェホの食べた後を片付けながら、ジンスクは嬉しそうに言った。

確かにジンスクに対するジェホの態度は、まだまだ子供に見えた。

「安心したかい?」 突然ジンスクが言った。

「えっ?」 ジュンスが背中に聞こえた彼女の言葉に振り向くと、
ジンスクは部屋に飾られたカン・ジェホの遺影に向かっていた。

「ちゃんと生きてるだろ?」 ジンスクは続けてそう言った。

「・・・・・・」





ジュンスが登校すると、シニョンは既に部屋にいた。

「早いね」 ジュンスはシニョンの部屋のドアを開けながら言った。
シニョンはその声に振り向いて、笑顔で応えた。

「ええ、授業の資料の準備があって・・昨日作れなかったから」

「何だ・・」

「えっ?」

「嘘でも僕に早く逢いたかったから、とか言ってくれるといいのに」

「・・・嘘でもいいの?」

ジュンスはシニョンの言葉に、呆れたように笑った。

「あなたに・・・早く逢いたかったからよ」
シニョンはくるりとジュンスに背中を向けた後、そう言った。

「・・・・コーヒー飲む時間ある?それとも資料手伝おうか?」
ジュンスは綻んだ頬を懸命に元に戻し、言った。

「資料は用意したわ。
 そろそろ、コーヒータイムにしようと思っていたところ」

「了解。それじゃ、準備してくるね」
そう言いながら、ジュンスは自室へと急いで戻って行った。




少しして聞こえたノックの音に、シニョンはジュンスにしては
早過ぎると思いながら、「どうぞ」と言った。

入って来たのはパク・ジェホだった。

シニョンは彼の顔を見て、一瞬言葉を詰まらせた。
ジェホもまた、バツが悪そうな表情で、なかなかシニョンと目を
合わせようとしなかった。

「どうしたの?・・元気がないわ」 
シニョンは教師というよりも、伯母らしく、労りを込めてそう聞いた。

「・・・昨日は・・・ごめん」 
ジェホは変らず目を伏せたまま、ポツリポツリと言った。

「昨日は・・・お陰で思い出の場所に行けたわ」
シニョンは自分の目を見ないジェホを他所に、彼をしっかりと
見てそう言った。

「・・・・これ・・・」 
ジェホがそう言って古そうな大学ノートの束を差し出した。

「・・・何?」 
シニョンは首を傾げながら、それらを手に取った。
それは、10冊ほどもあったので、受け取った彼女の腕にも
ずっしりと重く、少し力が必要だった。

「シニョンssiが持ってるべきだと思って」

「・・・・・・」

実際には15冊もあったそのノートの表には、題名などは無く、
1から始まり15までの数字だけが書かれていたが、シニョンは
見たこともないものだった。しかし、それらを手にした瞬間、
不思議なことに、懐かしさと愛しさが湧いた。

「これ・・は?・・」

「伯父さんのもの・・・だから・・シニョンssiのもの・・・」

「ジェホの?」

「うん・・・本当はもっと早くシニョンssiに渡すべきだったけど・・・
 シニョンssiいなかったし・・・母さんが送ろうとしたんだけど・・・
 僕が先に読ませてもらってたんだ・・・」

昨夜ジェホは、ジンスクの家にこのノートを取りに行っていた。
シニョンにこうして返すために。

このノートはその昔、ジェホが中学に上がる時、伯父である
カン・ジェホが使っていた机を譲り受けた時、引き出しの奥から
見つけたものだった。

最初は好奇心からだった。
読み進む内、次第にのめり込み、カン・ジェホという男に焦がれた。

彼の生き様と、彼の愛と、彼の涙が、ジェホの心に染みたからだ。

そしてジェホはいつしか・・・
カン・ジェホの愛したすべてを愛しむようになった。

「シニョンssi・・・伯父さんは・・・カン・ジェホは・・・シニョンssiを
 心から愛してたんだ・・・だから・・・」

「・・・・・・」

「だから・・・忘れないで。伯父さんを・・・忘れないで」

ジェホはそう言いながら、目に涙を溜めた。


   《僕を・・・忘れないでシニョンssi・・・》

カン・ジェホの声が、シニョンの心の奥に切なく響いた。











2013/07/09 22:35
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創作愛の群像Ⅱ 第十四話ジェホとジュンス

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第十四話 ジェホとジュンス


「あなたって・・・いったい何者?」

「僕はこの世で・・まちがいなく、あなたを一番愛している男」

「チィ・・」
恐ろしく真面目な顔で、女心をくすぐるセリフを言ってのけた
ジュンスを、シニョンは呆れたように横目で睨んだ。

「その態度は心外だな」 
ジュンスはシニョンの疑わしげな態度に不満を著わにした。

「恥ずかしくない?」 
シニョンは胸の奥の熱いものを懸命に隠しながら、更に彼を
睨んだ。

「ちっとも」 ジュンスは満面の笑顔で答えた。

《なんて表情をするの?》

シニョンはジュンスから顔を逸らし、窓の外を眺めた。
無論踊る心を彼に見透かされないために。

若い娘ならばこんな時どうするのだろう。
徐ろに頬を赤らめて、彼の袖を掴んだりするだろうか。
そんな面はゆい想いが胸を過ぎった。

《・・・できるはずがないわ》
それでもこの熱い想いはきっと、年齢とは関係ないのだと、
彼に隠れて頬を綻ばせた。



「今日は本当にごめんなさい」 
自宅前に到着すると、車を下りる前にシニョンは、本当に
申し訳なさそうにジュンスに詫びた。

「僕は嬉しかったけど」 ジュンスは相変わらず優しく答えた。

「でも疲れたでしょ?今日は随分と運転していたし・・」

「いや・・ぜんぜん?、
 何ならこのままずっとあなたとドライブしてもいい」

「ふふ・・明日は何時に?・・あ・・」
シニョンは明日の朝また学校で落ち合うことを、当然のように
口にした自分に驚いた。

「明日は僕がコーヒー淹れます」

「大丈夫よ、私が・・」

「いいえ、僕の方がきっと上手だ」

「ふふ・・そうね、確かにそうだわ」

「じゃあ、決まりですね」

「ええ、それじゃ・・」

「おやすみなさい、今度こそ」

「ええ、今度こそ」

ジュンスが先に降りて、助手席に回り込みドアを開けてくれる。
近頃はそれが当たり前のように思ってしまっている自分が、
少し可笑しかったりする。

シニョンは思っていた。この数週間で、キム・ジュンスという男は
間違いなく、自分の中に息づいた。
まるで、自分という人間が彼の色に染まってしまうようだ。

《私はこんな女じゃなかったのに》

彼は愛されることの心地よさを、さりげなく与えてくれる。
適性の温度で、適性の弾力で、適性の空気で包み込んでくれる。
キム・ジュンスはそういう人だ。

別れ際に、絡めた互いの指が離れるとき、その指先に赤い糸が
繋がっている、そんな気分にさせられる。
そんな時のジュンスの柔らかく少年のような眼差しが好きだった。

《こんな気持ちになったのは・・・初めて?》

シニョンは思わず首を横に振った。

ジュンスの車がテールランプを数回点滅させて遠ざかっていった。
シニョンはその直後、ひどい自己嫌悪におちいった。

《そうよ、あなた以上に好きな人なんて・・決して・・決して・・・》
「できないわ・・ジェホヤ・・あなた以上に好きな人なんてできない
 ・・・できるはずがないわ・・・」




ジュンスが家に戻ると、入口の前に大きなバイクが止まっていた。

「ただいま帰りました」 
ジュンスは門を入ると、母屋に向かって声を掛けた。

「お帰り、ジュンスssi・・
 さっきは慌てて出て行ったけど何かあったの?」
ジンスクが扉を開けて声を掛けた。部屋の中に視線を向けると、
ジンスクの肩越しにジェホの顔が見えた。

「やあ、パク・ジェホ君・・来てたのかい?」 
ジュンスはジェホに声を掛けたが、彼はそれに答えず顔を背けた。
ジンスクはジェホの態度に顔をしかめ、彼の頭を軽く小突いた。

「は・・い、教授・・・」 
ジェホはジンスクの威圧に負けて、しぶしぶ返事をした。

ジュンスはそんなジェホの態度が可笑しくて、思わず俯いた。
笑いを堪えて顔を上げると、自分に向けられたジェホの眼差しが、
まるで突き刺すようだった。

「ジュンスssi、お茶でも如何?」 
ジンスクがそう言って彼を誘った。

「ええ・・・喜んで」 ジュンスは笑顔を向けて答えたが、
その横でジェホが不満そうな顔をしていた。

ジンスクがお茶を淹れに台所に行くと、また背を向けてしまったジェホと
丁度並んでカン・ジェホの遺影に向かうようにジュンスは座った。

「・・・・気になって来たのかい?」 ジュンスがジェホの背中に言った。

「・・・・・・」 ジェホは無言だったが、背中を少し固くした。

「シニョンssiはちゃんと送り届けて来たよ」

ジュンスがそう言うと、ジェホは怒りを顕にして、振り向きざまに
彼を睨みつけた。

「気になってたんだろ?」 ジュンスは穏やかな調子でそう言った。

「気になってなんかいない」 ジェホは刺々しく答えた。

「そう・・・・なら・・どうして彼女を困らせるのかな」

「あんたには関係ない!」 ジェホは声を荒げて怒鳴った。

「僕たちのこと・・・認められない?」

「僕たち?・・・笑わせるな」

「もう知ってるよね・・・僕たちが付き合っていること」

「シニョンssiはあんたなんか好きにならない!」

「どうして?彼女の気持ちがわかるのかい?」

「あんたなんかよりずっと!シニョンssiのことは知ってる」

「そうかな・・・」

ジェホは怒りがエスカレートする自分を抑えられなかった。

「あんたなんか!好きになるもんか!
 シニョンssiが愛しているのは・・・カン・ジェホだけだ」

「そう?」
それでも、ジュンスは至って冷静にジェホに接した。

ジェホは苛立っていた。

自分がキム・ジュンスに向けている言葉が、余りに子供じみていて、
情けなかった。
それに比べて目の前のこの男は、大人で、冷静で、余裕が有り過ぎる。
だから、またも彼から顔を背けるしか方法を見つけられない自分に
無性に腹が立って仕方なかった。

そこにジンスクがお茶を持って戻って来た。

「ふたりで何を話してたの?」

「男同士の話です」 ジュンスが答えた。

「へー男同士の話ね。いったいどんな話なんだい?ジェホヤ・・」

「何でもないよ」 ジェホはぶっきらぼうにそう答えた。

「お前ももう大人になったんだね」 
ジェホの言葉を無視して、ジンスクが彼の髪をクシャクシャに
しながらそう言った。
まるで目に入れても痛くないと言わんばかりの眼差しを向けながら。

「止めろよ!」 
ジェホはジュンスの前で子供扱いされていることに腹を立て、
思わず力任せにジンスクの体を押しやってしまった。
その拍子にジンスクが大きくよろけてしまったのを、咄嗟に
ジュンスが抱き抱え、彼女が倒れるのを救った。

その時だった。

「伯母さんに向かって何をする!」 

ジュンスが突然声を荒げ、ジェホの胸ぐらを掴んで彼を睨みつけた。
その突き刺すような目に、ジェホは一瞬怯んでしまい、息を呑んだ。

「だ・大丈夫よ。ジュンスssi、そんなに怒らないで。この子、
 ふざけただけですから」 
ジンスクはジュンスの豹変した態度に驚いて、思わずジェホを
庇っていた。

ジュンスはハッとして、ジェホの胸ぐらから手を離し、静かに座った。

「はー・・驚いたわ、ジュンスssi、あなたでも怒ることがあるのね」
ジンスクは驚いたというより、感心したというような言い方でそう言った。
そうすることで、空気が悪くなってしまった場を執り成そうとしている
ことをジュンスは察した。

「あ・・失礼しました。はは・・僕としたことが大人気なかったですね。
 ジェホ君、悪かったね」
ジュンスはそう言って、またいつもの穏やかな表情を向けた。

「・・・・・・」 
ジェホは無言でジュンスに崩された自分の襟を正し座った。

「お前が悪いんだよ」 
ジンスクもいつものように、ジェホを小突く真似をした。

「ごめん・・ハルモニ・・痛かった?」 
ジェホはジンスクに申し訳なさそうに言った。

「ほらね・・いつもはこんなに優しいんだよ」 
ジンスクがそう言ってジュンスに微笑むと、彼も笑みを返した。

ジンスクとジュンスは、お茶を飲みながら他愛のない話しを交わした。
ジェホはと言うと、相変わらず無言でカン・ジェホの遺影に視線を
向けていた。

「・・・伯父さんによく似てるね」 
ジュンスがジェホに視線を向けて、カン・ジェホの遺影と彼を交互に
見ながら言った。
その言葉に、ジェホではなく、ジンスクの方が口を開いた。

「そうなの・・この子はね、生まれた時からあの子にそっくりだった。
 まるでカン・ジェホが生まれ変わってきたようにね。
 母親が・・ジェヨンが・・ブラザーコンプレックスっていうのかい?
 何かあるごとにね・・
 『オッパは・・オッパは・・』って言うんもんだから・・・
 この子ったら、物心ついた頃から、
 『伯父さんてどんな人だった?』って・・・
 『こんな時伯父さんだったらどうしてた?』って・・
 よく聞いたものだよ、ね」
ジンスクはそう言いながらジェホに同意を求めるように彼を見た。
そして続けた。

「私もね・・・次第に口調まで似て来たこの子に、つい・・・
 あの子を見てしまって・・・
 『伯父さんみたいな男におなり』って・・・
 口癖のように言ってしまった・・・
 困ったものでね・・・
 死んでしまうと・・いいところばっかり思い出すもんだから・・・

 あの子の生きた証をあちらこちらに残したくなってしまう・・・
 そのせいだね、きっと・・・お前はいつの間にか、
 カン・ジェホという男に心酔してしまったのかもしれない
 だから、父親ともぶつかってしまうんだね・・・だから・・・・・・」

「ハルモニ!・・・大げさに言わないでよ」 
ジェホは面倒臭いという態度で、ジンスクの話の腰を折った。
 
「愛されてるんですね」 ジュンスが言った。

「えっ?」

「カン・ジェホ・・・ssi」

「ああ・・愛してるなんて言葉・・照れくさいけどね・・・
 そうだ・・昔ここでね、あの子が私に言ってくれたんだよ・・・
 『伯母さんが僕の初恋の人だったって・・・愛してる』って・・・」
 実際、あの子のその言葉が私を救ってくれた・・・
 そのあとね・・後悔したんだ・・・
 私も・・ちゃんと言葉にすれば良かったって・・・・
 だから今はね、伝えてる・・『愛してるよ、ジェホヤ』って・・
 昔も・・・今も・・・これからもずっと・・・愛してるって・・・」
ジンスクはそう言いながら、ジェホの遺影を愛しそうに見つめた。

「・・・・・きっと・・・伝わっています」 ジュンスは静かにそう言った。

「そうかい?ジェホヤ・・・」 
ジンスクはそう言って、ジェホの遺影に微笑んだ。

「・・・・・ジンスクssi・・明日が早いので、そろそろ失礼します」
ジュンスがジンスクの背中に向かって言った。

「あら・・そう?」 ジンスクは振り向いて言った。

「ええ、おやすみなさい。ジェホ君も・・今日は泊まっていくのかい?」

ジュンスがそう言うと、またも無言で返すジェホの頭をジンスクが
小突いた。
ジュンスはふたりのやり取りに微笑むと、「では・・・」と言い残し
部屋を出た。

すると彼らに背中を向けたその瞬間、ジュンスの笑顔が消えた。
そして彼は目を閉じ、胸の中で小さく呟いた。

《そう・・・伝わって・・・いるさ・・・》

 


2013/07/06 23:10
テーマ:創作 愛の群像 カテゴリ:韓国TV(愛の群像)

創作愛の群像Ⅱ 第十三話この世で一番の・・・

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第十三話 この世で一番・・・





「久しぶりに来てみたくなったんだ・・・僕の・・・

  いいや、僕とあなたの・・・隠れ家に・・・」

シニョンは、そう言ったジェホの顔を無言で見つめていた。

「ここ・・もう営業してないんだ・・・でもオーナーに頼んで・・
 たまに息抜きに使わせてもらってる・・・ほら・・鍵も・・」
ジェホは顔の横で鍵を揺らして笑った。

「ね、シニョンssi、こっちへ・・・」
ジェホは立ち尽くしていたシニョンの手を取り、見覚えのある建物へと進んだ。
そして持っていた鍵を鍵穴に差し込むと、ドアを開け、シニョンを
いざなった。
中に入るとジェホは迷うことなくスウィッチに手を伸ばし、暗闇に
灯りを灯した。

明かりと共に中の様子が目の当たりに広がると、シニョンの頬に
少し赤みが指した。
その空間には確かに、ジェホの温もりが感じられたからだった。

シニョンにとって、カン・ジェホと過ごした思い出は、決して
多くはない。
この場所での出来事はその少ない中の忘れられない
ひとコマでもあった。
ジェホが昔、連れて来てくれた「彼の隠れ家」と称していた
小さな美術館。
ジェホは生前、ここをとても大切にしていた。

シニョンもその後、ジェホに伴って何度か訪ねたことがあったが、
この場所の存在は親しい人たちにさえ教えたことは無かった。

  『シニョンssi・・ここは僕とあなたの隠れ家だよ。
   だから・・・ふたりだけの秘密の場所だ。いいね』


シニョンが遠い日に思いを馳せている間、ジェホは勝手を
わかったように、ミニキッチンでコーヒーを淹れ始めていた。
シニョンはそんなジェホを見つめながら、自分が最初に
発すべき言葉を懸命に探していた。

「・・・・・・ジェホ?」 シニョンはやっと声を出すことができた。

「ん?」
 
ジェホは丁度、戸棚からマグカップを出しているところだった。

「・・・どういうつもり?」 シニョンは少し間を置いて聞いた。

「・・・どういうって?」 ジェホはコーヒー豆を挽いている傍らに、
カップをふたつ並べながら言った。

「何の悪ふざけ?」 
シニョンの声には次第に力が込められていた。

「・・・悪ふざけ?」 シニョンの言葉を繰り返して顔を上げた
ジェホも、険しい眼差しをしていた。

「どうしてここを知ったの?」 
シニョンはため息混じりにそう聞いた。

ふたりは少しの間、向きあったまま動かなかった。

少ししてジェホはシニョンから顔を逸らし、ふっと口角を上げた。
「信じないんだね」

ジェホはそう言った後、コーヒーがドリップされていく様をただ
黙って見つめていた。
その最後の雫がガラスの容器に溜まった黒い液体に落ちて、
波紋を描いた時、彼はやっとそれから目を離した。

「部屋に行かない?寒くなったから・・・」 
ジェホは微動だにしていなかったシニョンの手を強く掴んだ。
シニョンはその手を解こうとしたが、大人になってしまった彼の
力には及ばなかった。
彼は彼女の手を掴んだまま、ひとつの部屋へと進み入った。

この部屋もまた、シニョンには彼との思い出の場所だったが、
今は到底懐かしむ気分にはなれなかった。

ジェホは重ねられた布団の上からクッションを取り出し、それを
床に置きながら言った。
「まだ暖かくないから、この上に座ってて。コーヒー持ってくるよ」 

ジェホが部屋を出て行くと、シニョンは力が抜けたように
腰を落とし、頭を抱え込んだ。




少しして、ジェホがコーヒーをふたつ手にして戻って来た。
そして彼はシニョンの手にカップを持たせ、自分も彼女の
傍らに腰を掛けた。

「温かいでしょ?」 ジェホはシニョンとの間に生じた隔たりを
気にしていないとばかりに、明るく言った。

「・・・・・・」 シニョンは答えなかった。

「ここ・・・覚えてるよね」

「・・・・・・」

「僕が初めてあなたに心を開いた場所・・・」
ジェホは、自分が「カン・ジェホ」だと言わんばかりにそう言った。

「・・・・・・」

いつまでも無言のシニョンに向かって、ジェホは話を続けた。
「あなたは・・・」

「止めましょう、ジェホ・・・パク・ジェホ・・・」
シニョンがやっと口を開いて、ジェホを悲しげに見つめた。

「僕は・・・カン・ジェホだ」
ジェホはシニョンから目を逸らしてそう言った。

「いいえ違う」
シニョンの強い口調に、ジェホは彼女を睨むように見返した。

「何故違うと言える?どうして違うと言える?
 この前だってそうだった。あなたは信じてくれなかった。
 でも僕はカンジェホだ。あなたと愛し合ったカン・ジェホだ。
 ほら、覚えてるでしょ?
 あなたはあの日、ここで僕と心を交わしてくれた。
 あなたが優しく僕の心を癒してくれた。
 ここで・・・僕があなたに話したこと・・覚えているでしょ?
 忘れたりしないよね。
 ここで・・・あなたが僕にしてくれたことも・・・忘れていないよね。
 ね、シニョンssi・・僕は・・」

「カン・ジェホ」 

「・・・そう。カン・ジェホだよ。僕は・・カン・ジェホ」

「そう・・・もしもあなたがカン・ジェホなら・・・」
シニョンが切ない眼差しでジェホを見上げると、彼は息を呑んだ。
「・・・・・・」

「もしもあなたが本当にカン・ジェホなら・・・ジェホに体を返して。
 パク・ジェホに返して」

「・・・・・・」

そしてシニョンは、無言で睨みつけるジェホの目を見つめたまま、
バックから携帯を取り出し、彼から視線を逸らさないまま、
その電話の向こうに言った。

「・・・・・ジュンスssi?お願い、迎えに来て欲しいの・・ここは・・」

ジェホはシニョンのその言葉に、怒りを顕にした眼差しを向けた。
彼は瞬間的に、彼女の手にあった電話を奪い取り、それを床へ
激しく叩きつけた。
そしてシニョンをそのまま壁に押し付け、彼女の手首を強い力で
押さえつけた。

「ジェホ!」 シニョンはジェホを強く睨みつけた。

「あいつには渡さない・・・あんな奴に・・・渡さない・・・」
ジェホの行動は常軌を逸していたが、シニョンはそんなジェホを
憐れむような眼差しで見つめながら、努めて穏やかに言った。
「・・・・ジェホ・・・離しなさい」

「・・・・・・」

「ジェホを傷つけないで」

「・・・どういう意味?」

「カン・ジェホは・・・妹を・・ジェヨンをすごく愛してた・・・」

「・・・だから?」

「だから・・・あなたがカン・ジェホなら・・・こんなことをしない。
 愛する妹の子供を・・・パク・ジェホを傷つけるようなこと・・・
 決してしない・・・」

「どうしても信じないの?
 だったら、僕はどうしてこの場所を知ってるの?
 どうしてここがあなたとの大切な場所だってわかるの?
 あなたと・・カン・ジェホの・・」

ジェホはそう言いかけて項垂れると、シニョンの手首を離した。

「ジェホ・・・」 
シニョンは突然膝を抱え込むようにして黙り込んでしまった
ジェホを放っておけず、彼の隣に並んで座った。
そして彼女は、ジェホが用意してくれたコーヒーカップを手に取り、
少しぬるくなってしまったコーヒーを口に流し込んだ。

彼女はジェホの手にもカップを持たせようとしたが、彼は首を
横に振って強く拒んだ。そんなジェホを切なげに見つめながら、
シニョンはアメリカに発つ前日のことを思い出していた。

  『シニョンssi、行かないで。僕も一緒に行く』

まだ幼かったジェホが、自分にすがって泣きじゃくった日のこと。
結局その後拗ねてしまって、丁度今みたいに膝を抱え込んで
黙り込んでしまったこと。
   
今この時、ふたりの息遣いだけが微かに聞こえる音もない部屋で、
ジェホのコーヒーは、僅かも減っていかなかった。



しばらくして、シニョンはジェホを残して部屋から出た。
そして小さくため息を吐きながら、手の中の携帯電話を見つめた。
それは、さっきジェホが床に強く叩きつけてしまったせいか、
電源を入れても作動してくれなかった。

「どうしよう・・・」 
シニョンは、30分程前に掛けたジュンスへの電話を思い浮かべ、
彼がきっと、自分の電話の意味もわからず心配しているだろうと、
それが気掛かりだった。

室内はすべての照明が消されていて、電話機を探そうにも、
足元すらよく見えなかったので、シニョンは、さっきジェホが
点けていた場所を思い出しながら、照明スウィッチを探していた。

その時だった。
目の前のドアノブがガチャりと音を立て、扉が内側に動き出した。
シニョンは思わず身構えて、後ずさりした。
小さな玄関灯の灯りを背に黒い影が中へを入るのがわかると、
シニョンは更に身構えた。

「シニョンssi?」 その影は言った。

「・・ジュンス・・・ssi?」 

シニョンの視界に、その影が光にうっすらと浮かび上がるように
ジュンスを認めさせると、彼女の頬が安堵に綻んだ。
「・・・・でも・・・どうして?」

「迎えに来て、と頼まなかった?」 ジュンスはそう言って笑った。

「え・・ええ・・いえ・・そうじゃなくて・・・どうしてここが?」

「ああ・・・これ・・・」 
ジュンスはそう言って、自分の携帯のストラップを持って、それを
ゆっくりと振ってみせた。
それでもシニョンにはまだ理解できなかった。

「それより・・寒いくないですか?・・車に・・」 
ジュンスはそう言って玄関の方を指した。

「あ・・ええ・・ちょっと待っててくださる?」
シニョンはそう言って、ジェホがいる部屋に向かった。

シニョンが部屋に入ると、ジェホは積み上げられた布団に
寄り掛かって寝ているようだった。

「ジェホヤ・・」 
彼はシニョンの声に、一向に反応しなかった。

ジェホはきっとキム・ジュンスと帰ることを拒むだろうと思った。
シニョンは仕方なく、メモに伝言を書いて、彼のコーヒーカップの
横に置いた。

「・・・・ジェホヤ・・・帰るわね・・・」
シニョンは再度声を掛けたものの、諦めたようにため息をついて、
後ろ髪を引かれる思いを残しながら部屋を出た。

シニョンが部屋を出ると、ジェホはゆっくりと目を開けた。
そしてその視線を彼女が残したメモに落とし、それを手に取った。

 《ジェホヤ・・・先に帰るわね・・・
  ジェヨンには連絡を入れておくわ
  明日はちゃんと学校に来るのよ シニョン》

ジェホはそのメモを握りつぶし、壁に向かって投げつけた。




シニョンが外へ出ると、ジュンスが車にもたれ掛かって待っていた。
シニョンはジュンスがドアを開けてくれたので、それに従った。

帰路につく間、シニョンは残してきたジェホが気がかりだった。
そして、ほんの二時間ほど前まで一緒に過ごし、自宅まで送り
届けたはずの自分が、全く違う場所から彼を呼び出した理由を
聞こうともしないジュンスのことも。

美術館を出る時から、ずっと無言で運転しているジュンスの横顔を、
シニョンはそうっと覗き込んだ。

「何ですか?」 ジュンスはフロントガラスを見据えたまま言った。

「えっ?」

「何か言いたげだから・・・」

「ああ・・・・んっ!・・・あの・・生まれ変わりって・・・信じる?」
長い沈黙の後にシニョンは聞いた。

「生まれ変わり?」

「ええ・・・生まれ変わり」

「あー・・・信じないわけじゃないけど」

「信じるの!?」 シニョンは声を高く張り上げた。

「そんなに驚くことですか?あなたが聞いたのに・・」 
ジュンスはシニョンの大きな声に、眼を丸くして笑った。

「・・・それより・・・誰といたのか気にならなかった?さっき・・」
シニョンは声のトーンを意識して下げた。

「誰かと一緒だったんですか?」

ジュンスがとぼけたように言ったので、シニョンは呆れたような
声を漏らした。
さっきから何ひとつ詮索しないジュンスに対して、彼女は妙に
苛立ってもいた。

「あなたって・・・」

「僕が何か?」

「私の・・その・・・気にならないの?」

「気にならないって?」

「私の・・・・その・・・」

「亡くなったご主人のこと?」
言いよどんでいるシニョンに、ジュンスは逆に聞いた。

「・・・・・・」

「気にして欲しい?」

「そうじゃないけど・・・
 今まで一度もあなたから尋ねられたことがないなって・・」

「んー・・・あなたの・・とても愛していた人の・・その話を・・ 
 僕は聞かないといけないのかな」
ジュンスが言葉を強調するように、ゆっくりと言った。

「そうじゃないけど・・・」

「だったら。・・・聞かない選択をします」 
ジュンスは少し声を張ってそう言った。

「・・・・・・」

「不服?」

「・・・・・・あ・・いえ・・・あ、そうだわ・・それより!」

「今度は何?」

「これ・・」

「ん?・・」

ジュンスがシニョンに流した視線の先に、彼女の手にある
携帯電話を認めた。

「電話が・・?」

「これであの場所がわかったって・・さっき・・」

「ああ・・」

「どういうこと?」

「GPS・・契約してあるから・・その携帯と僕の携帯」

「えっ?」

「あ・・誤解しないで・・いつも使っているわけじゃないですよ」

「あの・・・・契約って?」 シニョンは首を傾げた。

「その携帯・・誰から?」
ジュンスは《これが答え》と言うように言った。

「これは・・プレゼントされたの・・・・あ・・ジア・・に?」

ジュンスは、まだシニョンがすべてを理解していなさそうだったが、
ある意味の答えにはたどり着いただろう様子を伺いながら、
満足げに笑った。

「ま、難しいことはいいでしょ?・・・
 あなたが僕を必要とした時に、あなたを見つけられたんだから」

シニョンはそれでもまだ納得がいってないというように、
再度首を傾げ呟いた。「GPS?・・・・・・」

「それで・・・パク・ジェホは大丈夫だったのかな?」 
ジュンスが突然言った。

「えっ?」 シニョンは思考回路の軌道修正を余儀なくされた。
「知ってたの?」

「いいや」

「だって・・」

「あなたの言動から連想しただけです」

「・・・・・・」

シニョンはジュンスが見えないところで、僅かに唇を尖らせた。

いつもそうだ、とシニョンは思った。
何故かいつも最後には、ジュンスに遊ばれているような気分に
なってしまう。

「あなたって・・・」

「ん?・・・」

「あなたって・・・いったい何者?」

「はは・・何者?ときましたか?」

「だって・・」

「僕は。・・・この世で・・まちがいなく・・・
 
       あなたを一番愛している男」


 


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