2011/07/25 09:33
テーマ:ラビリンス-過去への旅- カテゴリ:韓国TV(ホテリアー)

ラビリンス-18.ルカの秘密

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「フランクを返してください。」 ルカはジニョンを嘲るように繰り返し言った。 

「何故?」 ジニョンはルカを真っ直ぐに見て聞いた。

「フランクはあなたのものじゃない。」

「・・・・・・」

「・・・・彼のそばにはいつも女が群がってた。
 彼はそんな女たちをいつも軽くあしらってた。あなただって・・」

「そうなの?」 しかしジニョンは彼女に対して平然として答えた。
ジニョンの落ち着き払った態度に、ルカは苛立ちを隠せず、彼女を険しく睨んでいた。
ジニョンはそんなルカに向かって小さく笑った。
それがまたルカの気持ちを逆撫でた。

「あなた達は10年間も別れていたんでしょ。
 まさか、その間にフランクが誰も愛さなかったって、信じてるわけ?
 あなた以外に誰も抱かなかったと?」
ルカは口調を荒げてジニョンを攻撃した。

「知ってるのね・・・私達のこと・・・」 ジニョンは驚いてルカを見た。

「ええ。何でも。」 ルカは胸を張って答えた。

「そう・・・・そうね、確かにこの10年間のあの人を私は知らない。
 どんな生活を送っていたのか・・どんな人と出会っていたのか・・・
 何ひとつ知らない・・・」 
ベッドに腰掛けていたジニョンは少し寂しげに言葉を続けた。
「ねぇ、ルカ・・・心から・・愛する人の生きて来た何もかもを知らないって・・
 どういう気持ちだと思う?・・・」

「・・・・・・」

「胸がね・・破裂するように苦しいのよ・・とっても・・・
 10年・・とっても長い年月だわ・・私はその10年の一分も一秒も・・
 彼のことを知らない・・・」

「・・・・・・」

「その世界を想像するだけで・・すごく苦しくなる。悲しくなる。
 それでもどうしても想像してしまうの・・・
 この時彼はどんな風に生きていたんだろう・・
 あの時彼はどんな景色に埋もれていたんだろう・・
 私以外の誰を見ていたんだろうって・・
 その度にね・・・どうしようもなく胸が締め付けられるの・・」

「・・・・・・」

「でもこれだけは信じられる・・・
 私が苦しいのは・・彼に愛したひとがいるとか、いないとか・・・
 そういうことじゃない・・・」

「・・・・・・」 ルカはジニョンの言葉を真剣な顔で聞いていた。

「そうじゃないの・・・あるのは・・
 あの人が過ごした時間に自分が存在できなかった・・その後悔・・・
 そのことが悲して・・悔して・・寂しくて・・ただ・・それだけなの・・」 

ジニョンはそう言いながら、先刻見かけた美しい女性に対して
わずかながらでもドンヒョクに腹を立ててしまったことを後悔していた。

≪そうよ・・そんなはずは無いんだから・・・少なくとも今はもう≫

「フランクにはあなたの知らない恋人がいた。彼が今でも。
 その人を愛してる。そんなことは考えないの?」 ルカはまた声を荒げた。

「それは・・・ない。・・ないわ」 ジニョンはきっぱりと答えた。

「はっ・・呆れた。」 ルカはジニョンから顔を背けた。

「・・・・・・」

「すごい自信。」 ルカがジニョンを嘲るように言った。

「自信?・・そうじゃない。自信なんて・・・これっぽっちもない・・ただ・・・」

「ただ?」

「ただ・・信じてるだけ。私達の繋がりを信じてるだけ・・・。」 
ジニョンはそう言って微笑んだ。
その笑顔が本当に自信と愛に満ち溢れているようで、まぶしかった。
それが余計ルカの胸を掻き毟った。

「そんなことない。・・・彼は・・彼は・・・」 
ルカの険しい瞳に次第に涙が滲むのが見え、ジニョンは驚いた。

「・・・ル・・カ?・・・」

「そんなことない。・・あなたのものじゃない。
 彼は・・・フランクは・・・あなたのものなんかじゃない!」

「きゃあっ・・」その時、ルカの怒りは頂点に達していた。
突然ルカはベッドに座っていたジニョンの両肩を掴みベッドへと押し倒した。

「あなたのものじゃない!・・彼女のものなんだ!」

「!・・・彼女?」 とても強い力だった。「ル・・カ・・・痛い。」





「ミンア・・・話してくれ」 レイモンドが急かすようにミンアの肩を掴んだ。
「はい。でも車の中で・・・。とにかくエマの所へ急ぎましょう。」

「ああ、わかった」 レイモンドは立ち上がり、ジョアンも出口へと向かった。

ミンアは自分の机の引き出しから、予備の携帯電話を取り出し、
先程の二枚の写真と一緒にバックの中に入れた。
そして、レイモンド、ジョアンの後に続いて事務所を後にした。





エマがドンヒョクの部屋を出て、自分の部屋へ帰ろうとした時、目の前に
トマゾが立っていた。

「トマゾ・・・」

「エマ様・・如何なさいましたか?」

「あ・・いえ、何でもないわ。あなたこそどうしてここへ?」

「あなたの部屋を訪ねたらいらっしゃらなかったものですから」

「何か用だったの?」

「いえ・・あなたのご様子が・・心配だったものですから。」

「私は大丈夫よ」

「もう遅いですから、お休みになった方が」
そう言いながら、トマゾはエマをエレベーターホールにいざなった。

「ええ、そうするわ。明日のMr.パーキンとの商談に備えないと」

「ご無理なさいませんよう」

「それじゃあ、お休み・・あ・・トマゾ・・フランクの・・その・・
 奥様のこと・・何か知ってる?」
エマは正直、彼の妻の存在を口にすることさえ辛かった。

「いいえ、何も存じ上げません。
 フランク様はご自分の私生活を表にお出しになりませんから」

「そうね・・・」

「あの方はそれほど、奥様のことに関心が無いように思われます
 あの方にとっては奥様より大事なものがあるのでしょう、きっと。」

「・・・そうかしら・・・」 エマは俯き呟いた。

「エマ様・・・」 

エマは呼び止めるトマゾに振り返った。

「・・・フランク様は必ず、あなたの元へ戻って来ます」
トマゾはそう言って、エマに向かって笑みを浮かべた。

「えっ?・・・」

「あなたを愛する者の力を信じるのです。」

「私を・・・愛する者?・・・」

「はい。」 トマゾは確信に満ちた表情で答えた。

エマはエレベーターの扉の奥に消えた。

それを確認すると、トマゾはポケットの中から、携帯電話を出し
ひとつのボタンを押した。





部屋の中ではドンヒョクがジニョンの携帯電話のGPS機能を駆使し、
追っていた。この世で何よりも大事なものの行方を。

その行方はドンヒョクにとって、今進めなければならないどれほど重要な案件よりも
5年もの年月を掛けてやっと追い詰めた、決して許せぬ相手のことよりも、
ましてこの世の終わりよりも、遥かに重大であることに違いなかったからだ。

この瞬間、彼の苛立ちは頂点に達していた。
電源が切られていて役立たずの機能と、連絡をよこさない部下達の所業と
拭えない不安に、心が押し潰されそうだった。

ドンヒョクは振り上げた拳を激しく机に叩きつけた。
何をやってるんだ!」





「5年前のことです。覚えておいでですか?
 このイタリアにボスが常駐していた頃・・・悲しい事件がありました。」
車に乗り込むと、一呼吸を待たずしてミンアが口を開いた。

「ヴァチカンの?」 レイモンドが直ぐに察して答えた。

「ええ。あの時ボスは、ヴァチカン市国の或るカーディナルの依頼で、
 ジュリアーノ会長の裏の顔を探っていました。
 結果的には・・・失敗に終ってしまいましたが・・・」

「確か、あの時にフランクに力を貸していた人物が亡くなったと・・」

「ええ・・滞在先のホテルで・・ご家族と共に火災が原因でした。」

「あの後、フランクがかなり精神的にまいっていたのを覚えてる」

「はい。私も・・・辛かったです。
 私にとってもボスの下での、初めての仕事でしたから。・・・
 その頃は既にボスは・・・フランク・シンという人は、
 このイタリアでも力を認められていて・・
 そのボスを信用してカーディナルは仕事を依頼してきたんです
 順調でした。
 もう少しでジュリアーノの首を押さえられるところまで来てました。
 それが・・・5年前のある日・・・
 調べ上げた資料データも・・証拠も・・何もかもが事務所から無くなっていました
 そして最悪なことに・・・ボスの協力者とその妻・・二人の子供が亡くなりました。
 ボスは彼らがジュリアーノの手に掛かったと確信していました
 しかし・・証拠も無くて・・・
 事件として扱われることさえありませんでした。
 ・・・何もかも・・・闇に消えたんです。
 資料も証拠も証人も・・・何もかもです」

「・・・・・・」

「ボスはご自分を責めていました。ここから消えた証拠のために
 あの家族が犠牲になったと・・・
 その時の、ボスの悲観にくれるお姿は哀れでなりませんでした。
 そのボスの姿を見て、エマが・・・突然泣き崩れたんです。
 そして自分がやったことだと告白しました。」

「エマの裏切りがあったのか・・・そのことは聞かされていなかった。
 結果だけしか、私の耳には入らなかった。
 彼は私には多くを語らなかったから・・・あの頃はまだ
 マフィアとしてのパーキン家そのものを彼は警戒していたんだ」

「はい・・きっと・・・。
 ボスは驚きを隠しませんでした。呆然としていらっしゃいました。
 それでもボスは・・・エマに問いただすことをしませんでした。
 ただ、呆然として・・「出て行け」と・・・それだけ・・・
 エマはボスの前から姿を消しました。」

「しかし・・何故・・・」

「エマはS.Jで一年以上前からボスと共にこのイタリアで働いていました。
 この地でのボスの地位を固めることに大きな役割を担っていた人です。
 私にとっても良き先輩でした。
 賢明な方で・・ボスのパートナーとしてふさわしいと思っていました。
 その頃ボスとエマが親密だったことはご存知ですよね・・・」

「ああ・・しかし・・フランクには・・」

「ええ、わかっています。
 それでもエマはボスを心から愛していました。」

「なら・・何故裏切った?」

「愛していたから・・・」

「愛していたから?」

「よくはわかりません。
 おふたりに何があったのかも存知ません。
 その頃はまだ私はジニョンssiの存在は聞かされていませんでしたし・・・
 結果として・・彼女はボスにひどい裏切りをしてしまった。
 それだけが残ったんです」

「・・・・・・」

「でも・・・彼女がボスを裏切るとしたら・・・“愛していたから”・・
 それしかないと思いました」

「それで?・・・あの写真との繋がりは?」

「・・・・エマと写っていたあの子達・・・私も何度か会ったことがあります
 ボスの仕事を通じてです。・・・つまり・・・」

「つまり?」

「あの子達は・・・さっき話したボスの協力者の子供達です」

「協力者の?・・・彼らは亡くなったんじゃ・・」

「ええ。家族全員・・・亡くなりました。」

「5年前に?」 ジョアンが初めて口を挟んだ。
「だって・・あの写真には2008年って・・・書き違えたのかな」

「いいえ・・・日付に間違いは無いと思うわ・・・だって・・・
 写真の中のあの子達・・・成長しているもの」
ミンアは自分の中でも整理できない事実を、口にすることで
納得しようとした。

「ということは?」
「亡くなっていなかったということだ」 
レイモンドがジョアンに答え、自分自身にも答えた。
 
「ええ・・・そういうことになります」 そしてミンアも疑念を抱えつつ頷いた。

「しかし・・どういうことなんだ?」 
それでも釈然としないレイモンドが独り言のように呟いた。

「わかりません・・・あの時確かに、4人の遺体が発見されたと
 イタリア国家警察で発表されたんですから」

「・・・考えられるとしたら・・警察の発表が偽りだったということだ。」

「そんなこと、できるんですか?」

「・・・ミンア・・・そんな裏工作・・嫌と言うほど見てきた」 
レイモンドは自嘲するかのように小さく笑って、そう言った。





「夜分遅くに大変申し訳ございません」 ドンヒョクの元に1本の電話が入った。
ローマのホテル総支配人、ベルナンドからのものだった。

「どうした?何か・・」≪あったのか?≫という前に、ドンヒョクの耳に
思いがけない言葉が入ってきた。
「奥様が30分ほど前にこちらへいらっしゃ・・」
「ジニョンが?」 ベルナンドが言い終わらない内にドンヒョクが声を上げた。
彼は思わず立ち上がっていた。

「やはり、ご存知ありませんでしたか?
 ご連絡するべきかどうか少し悩んだのですが・・・
 あの階に他の誰かをお連れするのは珍しいのではないかと」

「誰と一緒だったんだ?」

「お名前は伺えませんでしたが、お友達だとおっしゃってました
 お若い・・・女性です。」

「女性?」 フランクは頭を巡らせていた。

「はい。ジニョン様が“彼女”とおっしゃいましたので・・・しかし・・」

「しかし?」






「ジョアン・・さっき、この写真を見たとき、ルカに似てると言ったでしょ?」
説明している途中で、ミンアがジョアンに写真を示しながらそう言った。

「あ・・はい」

「この子?」 ミンアは小さい方の子を指して言った。

「いいえ・・」

「だってルカって、女の子なんでしょ?・・こっちの子は男の子よ」

「似てるというか・・・面影があるんです。何となく・・髪型も色も違うけど・・」
ジョアンは写真を持ちながら、首を捻った。

「ちょっと、待って?・・そうよ。思い出したわ・・」 
ミンアがジョアンの言葉を遮った。「ボスが凄く可愛がっていた子・・・
 名前はルーフィー・・将来医者になることを夢見てた・・
 それでボスがあだ名を付けたわ
 ルカ・・・そうルカと呼んでた。その頃、ボスだけがそう呼んでたの」

「ルカは女の子ですよ・・・男の子じゃ・・」 ジョアンはまさかというように言った。

「・・・彼はとってもキュートな・・男の子だったわ。
 成長しているとしたら、今17歳。」 ミンアが答えた。





「しかし、私には・・・」 総支配人ベルナンドが続けた。
「私には男の子に見えました」

「男の子?」 ドンヒョクが言った。

「はい。ティーンエイジャーかと・・・」 

「ティーンエイジャー?・・・・まさか・・・


         ・・・ルカ?・・・」・・・









カーディナル
=枢機卿


 







2011/07/12 19:33
テーマ:ラビリンス-過去への旅- カテゴリ:韓国TV(ホテリアー)

ラビリンス-17.写真に隠された謎

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「いつか・・必ず。
 あいつをこの世界から抹殺してやる。そう決めた。
 ずっと・・この機会を狙っていたんだ。
 邪魔をするなら、僕の目の前から・・・消えろ。」

エマはドンヒョクの怒りに震わせた言葉を、彼の目を真っ直ぐに
見つめながら聞いた。
そして、その怒りに立ち向かうかのようにゆっくりと口を開いた。

「・・・・愛しているの。」 

「・・・・・・」 予測していなかったエマの告白にドンヒョクは一瞬言葉を失った。

「あなたを愛してる。」 彼女は決して彼から目を逸らさなかった。

「・・・・邪魔をするなら消えろ。・・そう言ったんだ。」 
ドンヒョクは気を取り直して彼女の不意打ちの告白に反撃した。
しかしエマは話し続けた。
彼に再会してからずっと胸にしまっていたことを。

「あの時のことを許してとは言わないわ。ただ・・聞いて欲しい」
「・・・・・・」

「あなたが一度も聞いてくれなかった・・・あの日のこと・・
 私があなたを裏切った理由。」
「・・・・・・」

「わかってるわ・・あなたはあの瞬間から・・私に心を閉ざしてしまった」
「・・・・・・」

「でもあれは仕方なかったことなの。そうしないわけにはいかなかった・・・」

「そうしないわけにいかなかった?」 
それまで無言だったドンヒョクがやっと口を開き、彼女の言葉を繰り返した。
その言葉には長年拭えなかった激しい怒りが見えた。

「ええ。あなたを守るために。」 

「僕のために?」 

「ええ。」

「僕のために・・・・あの家族を犠牲にしたというのか。」

「ええ。」 エマは敢えて力強く答えた。

「何故・・・」 その瞬間、ドンヒョクの怒りの眼差しに悲しい光が差した。

「何故?・・・私が・・あなたのためなら何だってできるから。
 ・・・いつだって。あなたを守るためなら・・・何でもできるから。
 あの時も・・・あの後も・・たった今も・・・・
 この5年間・・その為に、その為だけに私は・・
 ここで・・会長のそばで生きていたんですもの。」
エマは自分が言いたかったことは、正にこのことだと言わんばかりに、
彼に向かって胸を張った。

「・・・・・・」 
ドンヒョクは自分の思いを伝えるエマの必死な様子に言葉を詰まらせた。

「あなたを守れるのはこの私しかいないのよ。」





その頃ジニョンはローマ行きの列車に乗っていた。

20分程前だった。
≪ジニョンssi・・・起きて下さい≫
ジニョンがその声に気がついて目を開けると、目の前にルカの顔があった。

≪どうしたの?・・・ルカ・・・≫

≪私と一緒にここを出て欲しいんです≫

≪・・・・どういうこと?≫

≪何も言わず、私の言う通りにして下さい。そうしないと・・・≫

≪そうしないと?≫

≪手荒なことをしたくありません≫ 
ルカはそう言ってジニョンの目の前に小型の銃を突き付けた。
ジニョンは目を大きく見開き彼女を凝視した。
そして、彼女のその行動が決して冗談ではないことを知った。

ジョアンに気づかれぬようにホテルの部屋を出る時、ルカは
ジニョンから携帯を取り上げ、ベッドの上に置いた。
その携帯にはGPS機能が付いていることを認識していたからだった。

ルカはホテルを出るとタクシーを拾い、「ミラノ中央駅」と言った。
ジニョンは隣に座るルカの顔を覗いた。
その目は遠くを見ているようで、自分が連れ出して来たにも係わらず
ジニョンに対して神経が行き届いているふうには見られなかった。
「何処へ?」 ジニョンは彼女の横顔にそれだけを聞いた。

「ローマへ」

「目的は?」

「今は言えません。」 短い言葉だけでジニョンに答えるルカは
ジニョンの腕だけをしっかりと掴んで正面を見据えていた。

ルカの行動は常軌を逸していたが、ジニョンには不思議なことに
彼女に対して緊迫した恐怖心は生まれていなかった。

それよりも彼女のことが気掛かりだった。
≪いったい何があなたにこんなことをさせているの?≫
ルカの横顔を見つめながら、ジニョンは胸の内で呟いた。





「あなたを守れるのはこの私しかいない。」 エマはドンヒョクを睨み、
そう言った。

ドンヒョクも彼女を睨み返していたが、彼は直ぐに視線を逸らし、
机に向かった。
今、彼には何よりも先に解決しなければならないことがあったからだ。
「出て行ってくれないか。」
言葉だけをエマに投げるとドンヒョクはパソコン前に座り、手早くKeyを叩いた。
そして現れたログイン画面にPWを打ち込んだ。

「今聞いて。」 しかしエマは彼の机に叩きつけるように両手を付いた。
この時彼女は、彼の注意が何処にあるのか、誰に向かっているのか
本能でわかっていたのかもしれない。

一方ドンヒョクは、自分が計り知れない癇癪を起こしかけていると自覚していた。
「いいから。・・・出て行け。」 彼はありったけの自制の力をもって静かに言った。

エマは彼の静かな口調に、逆に切羽詰ったものを察した。
「何かあったのね」

ドンヒョクは答えなかった。

「奥様のこと?」
エマがそう言うと、ドンヒョクは彼女を下から睨み上げて、冷たく威嚇した。
結局エマは黙ってその場を退き、彼の部屋から出て行かねばならなかった。

「どうして?・・・」 エマはたった今出て来た扉に背中を押し付け呟いた。

いつもそうだった。
どんな言葉を持ってしても、彼に対し揺るがない愛を曝け出し、
その想いを惜しげなく捧げようとも・・・
その瞬間に、彼の心が決して自分に無いことを思い知る。
「どうして・・・私じゃいけなかったの?・・フランク・・・」




ジニョンとルカを乗せた列車は、夜遅くにローマテルミノ駅に着いた。
ルカはタクシーを拾い、目的の場所を運転手に告げた。
その時、ジニョンは驚いた。ルカの口から出たホテルの名は
先日ジニョンも一緒に滞在したフランクのホテルだったからだ。

「どうして?・・・」
ジニョンがそう言うと、ルカは一度目を閉じて口元だけで笑った。

「あなたのホテルだからです」 

「・・・・・・」




レイモンド、ミンア、ジョアンの三人は車でフィレンツェに向かった。
街に着いた時には夜もかなり更けていた。
階段の明かりだけが灯る古いオフィスビルには、まるで中世の亡霊が
何世紀にも渡り宿り続けているようで、身震いがする。

三人は誰しも無言で事務所まで駆け上がった。
事務所の鍵をジョアンが開け、壁のスイッチに手を伸ばし明かりを点けた。
そして、ルカが置いていった荷物をレイモンド達に示した。「これです」

レイモンドは大きなスーツケースを受け取り、ミンアはボストンバックを手にした。
スーツケースには鍵がかかっていたが、レイモンドは迷うことなく
それを壊し、ケースを開けた。

開けた瞬間、レイモンドは妙だと思った。
中にはジーパンとTシャツが数枚ずつ無造作に入れられただけで、
生活の匂いも無く、決して就職する為に詰められた荷物とは言い難かったからだ。

ミンアが開けたボストンも同じだった。
彼女が諦めかけた時、何気なく手を差し込んだボストンの底板の下から
二枚の写真が出てきた。
「ボス?」 一枚はドンヒョクの写真だった。

「どうしてルカがボスの写真を?」 ジョアンが不思議そうに言った。
「これって、結構前の写真ですよね」 彼は続けて言った。
「ええ、きっと5~6年前。
 私がボスの仕事をするようになって直ぐの頃だわ」 ミンアが答えた。

そしてもう一枚は・・・
「・・・これは・・・エマ?・・・それと・・・」
その写真には、エマと十歳前後と思われるふたりの子供が写っていた。

「!・・・この子達は・・確か・・・」 ミンアが驚いた顔をした。
「どうした?」 レイモンドが直ぐに気がついて、彼女の顔を覗いた。

「あれ?」 すると今度はジョアンが不思議そうな顔をした。

「どうした」 レイモンドはふたりの顔を交互に見ていた。

「この子・・・何だかルカに似てる・・・でもこの子は・・・
 あ・・日付が書いてあります・・・2008.12.24・・・3年前か・・・」
ジョアンが写真の裏の日付を読み上げている間、ミンアは無言で
その写真を見つめていた。そして・・・
「3年前?・・・そんな馬鹿な・・・」 ミンアが呟いた。

「ミンア・・・知ってるのか?この子達を」

「・・・・・・」

レイモンドはミンアが何かを知っているのだと理解した。
しかし、それは彼女の表情から、簡単なことではないようだった。
彼はミンアの顔を見つめたまま、彼女の口が開くのを待っていた。




タクシーがホテルに到着すると、ルカはジニョンに部屋のKeyを
フロントで受け取らせるべく、指示を出した。

ジニョンはフロントへと向かった。

「おかえりなさいませ、ジニョン様・・・」 
ジニョンがフロントの受付嬢に声を掛けようとした瞬間、脇から
ひとりの男が進み出て、ジニョンに向かって声を掛けた。
一週間程前フランクに紹介されたばかりのホテル総支配人だった。
もしもこういう状況下でなければ、ジニョンはホテリアーとしての彼の誠意に
感動を覚えたことだろう。
それほど、今の自分は疲れ切っていて、決して先日滞在していた時の
顔付きとは思えないと、ガラスに映った自分の顔を見てそう思ったからだ。

「遅くにごめんなさい。あ・・ベルナンド・・さん?だったかしら・・・」

「はい、さようでございます」

「お友達とお出掛けしていて遅くなってしまったの
 今夜はここに泊めてくださる?」 
ジニョンは自分でも上出来と思えるほど、落ち着いてそう言った。

「もちろんでございます。いつでもおふたりがお泊りできるように
 お部屋は整っております。
 ご友人の方には別室をご用意いたしましょうか」
ベルナンドは、誠意を笑顔に乗せてルカに視線を向けるとそう言った。
ルカも満面の笑顔で彼に会釈した。

「ありがとう・・・でもいいの・・・彼女も一緒で・・・ 
 私の部屋のkeyをお願いします」 
ジニョンはドンヒョクが用意してくれた自分の部屋のkeyだけを受け取った。

「かしこまりました。・・・ご案内は・・・」 

「結構よ・・・大丈夫。」 ジニョンはそう言って微笑んだ。
ジニョンがフロントマネージャーと話している間、ルカはジニョンに
ピタリと付いていた。 


ふたりは直ぐに最上階へ上がり、ジニョンはルカを部屋に招き入れた。
「どうぞ・・・」

「素敵な部屋ですね・・・・ミセス.シン」 
ルカが部屋に入るなり、ベッドに腰掛ながら、ジニョンに向かって言った。
当然このホテルに向かったルカがそれを知らないわけは無かった。
「・・・・いつ・・知ったの?」 ジニョンがルカに聞いた。

「直ぐに。・・・だってジニョンssi・・
 フランクのこと“愛してる”って・・いつも顔に書いてありましたよ」
ルカは笑顔を作ってそう言った。

「それより・・・どうしてここが私達のホテルだと知ってたの?」 
ジニョンは一番の疑問を投げかけた。ドンヒョクから、このホテルが
自分達の所有であることは、殆ど知られていない、と聞かされていたからだ。

「・・・明日の朝にはここを出ます。」
ルカはジニョンの質問には答えずそう言った。

「・・・・・・」

「きっと直ぐにここも知れるでしょうから、長居はできません
 ・・・・とにかく、今夜だけは休みましょう
 ジニョンssiもお疲れでしょう?途中で起こしてしまいましたから」

「何をするつもりなの?ルカ。お願い、話して。
 どんな理由があってこんなことを?」
ジニョンは知りたかった。≪いったいこの子は何者なの?≫

「・・・・・理由ですか?」

「ええ、聞かせて」

「気になって眠れませんか?」

「ええ。眠れないわ。」

「そうですよね。」 ルカは笑ったが、目は笑っていなかった。
「・・・・実は・・・あなたにお願いがあるんです。」

「お願い?」

「ええ。簡単なことです、とても。」

「・・・・・・」

「フランクと・・・」

「・・・・・・」

「別れて欲しいだけです」 ルカは真顔でそう言った。

「えっ?」

「フッ・・そんなに驚かないで?ジニョンssi」

「どういうこと?」

「返して欲しいんです」
ジニョンは更に驚いて、一瞬言葉を失った。

「・・・・・返す・・って?」

「ええ。」

「どういう意味?」

「さっき・・・このホテルをどうして知ってるかって・・・・
 おっしゃったでしょ?」

「・・・・・・」

「ここで・・・過ごしたことがあるからです・・・彼とふたりで・・・」

「・・・・・・」
 
「あ、いいえ、ここじゃない・・・もっと広い部屋だったな・・・
 あーそうだ、ラファエロの大きな絵が掛かってた」
ルカは部屋を見回しながらそう言った。ジニョンはメインスイートの
部屋のことを言っているのだと、直ぐにわかった。

「とっても素敵な部屋ですよね、あの部屋。」

「いつ?」 ジニョンは聞いた。

「5年前です」

「5年前って・・・あなたまだ・・17?」

「ティーンエイジャーでも熱烈な恋愛できますよ、そうでしょ?」 
ルカはそう言って、意味有りげに笑った。

「・・・・・・」

「ジニョンssi・・知らないんですか?
 フランクって・・・女が放っておかないんです・・・」
ルカの言葉を聞きながら、彼女のような子の台詞には似合わないと、
ジニョンは漠然と思っていた。

「アメリカにも恋人はいたようだし・・Ms.グレイス?
 彼女も・・・そうでしょ?この国にもいったい何人の女がいたのか・・・
 ねぇ、ジニョンssi・・・彼があなたのこと・・ずっと愛してたなんて
 まさか・・思ってませんよね」 ルカはまたもニヤリと笑った。

「・・・・・・」 ジニョンは言葉に詰まった。
ジニョンは今日数時間前に、「フランクの5年前の恋人」だという女を見かけた。
大人の知的な美しい女性だった。

そしてまた、彼との関係を仄めかす若い女が目の前に現れ、笑っている。


「フランクを・・・


     ・・・返してください」・・・
 







GPS=米国による衛星測位システム、欧州の衛星測位システムはガリレオといい
現在はまだ利用されていない。今回は創作の便宜上GPSを利用していますが
EUはアメリカのGPSを利用するのを拒否し、独自に衛星測位システムを計画しているとか^^


















 




 


2011/07/05 22:08
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ラビリンス-16.戻った理由

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「ジョアンを呼べ。5分でホテルに来い、そう伝えろ。」
ドンヒョクの去り際の言葉をミンアは理解に苦しんだ。
≪5分?ボス・・何を言ってるのかしら≫

それでもボスの言いつけを守らねばと、レイモンドの後を追って部屋に戻った。
レイモンドは部屋の隙間に施した自分にしかわからない仕掛けが寸分も
動いていないことを確認すると、やっと部屋に入った。

「何をなさったんです?」 ミンアがドアを振り返りながら聞いた。
「気にするな」 レイモンドは一人掛けのソファーに優雅に腰掛けながら、
小さく笑って答えた。

ミンアが備え付けの電話の受話器を上げた。
「携帯は?」 レイモンドがそれを見て言った。

「会長に」

レイモンドはミンアを一瞥して、自分の携帯を彼女に向かって投げた。
「用心が足らないな。」

ミンアは苦笑して頷きながら、レイモンドの携帯でジョアンの番号を押した。
「・・・ジョアン?」

「ミンアさん?何で今まで連絡くれなかったんですか?
 待ってたんですよ!話したいことが山ほど・・・
 あれ?この受信・・ミンアさんの携帯からじゃ・・・」≪ない≫

「そんなことどうでもいいわ。ボスからの伝言よ。まず聞いて。」
ミンアはボスの伝言の意味を確かめるのが先、とジョアンの疑問をさて置いた。

「ボスからの?」

「“5分でホテルに来い。”・・これってどういう意・・」
「!・・・・・」 
その瞬間、ジョアンは慌てふためいてミンアからの電話を切ってしまった。
「味・・・・・ちょっ・・!ジョアン!」 

「どうした?」 ミンアの叫び声に驚いてレイモンドが訊ねた。
「切れました・・・」 ミンアは電話機を持ったまま、呆然と立ち尽くした。
レイモンドが立ち上がり、ミンアから電話を受け取ると、その瞬間に着信が鳴った。

Pronto. ?」 
レイモンドが出ると、電話の向こうから困惑したような声が聞こえた。
「あ・・あの・・・どなた・・ですか?」 ジョアンだった。
レイモンドはジョアンの質問には答えず、そのままそれをミンアに渡した。

Hello 。」
「あ・・ミンアさん・・・ごめんなさい。つい弾みで・・切ってしまいました」
≪動揺してしまって・・・≫

「・・・どういうことなの?」 ミンアは問い詰めるように言った。

「ボスは知ってるんですね。」 ジョアンは観念したように言った。
≪さっきボスに見られたと思ったのは気のせいじゃなかったんだ≫

「知ってるって・・何を?」

「僕が・・・ミラノにいること・・」
「ミラノにいるの?・・あなた。・・フィレンツェにいるんじゃ・・・あ・・
 もしかしてジニョンssiも?だから・・ボスが?・・・」 

「・・・・は・・い。」

「・・・・・・」 ミンアはすべてを納得できたものの、頭を抱えた。

「ボス・・・待ってるんですよね、僕を。」 ジョアンが恐る恐る聞いた。
「ええ。おそらく。」 ミンアは確信して言った。

「行かなきゃ・・いけませんよね」 
ジョアンは恐ろしいものに立ち向かう心の準備を始めなければと、覚悟した。
ええ。死にたくなかったら。」 
ミンアは大いに呆れて、嘲るしかなかった。

「・・・・・・」
「ジニョンssiは私達が連れに行くわ」

「私達?・・・そう言えば、この電話・・さっきのお声はもしかして・・」

「ええ。あなた達がこそこそ動いたせいで救いの神がいらしたの。
 遠くアメリカから。」 ミンアはわざわざ力説するように言った。

「Mr.レイモンド?・・・では・・ジニョンssiに伝えて来ます。
 その足で直ちにボスのところへ。もう1分は経過しましたね」

「2分経ってる。」 ミンアは言った。




ジョアンはドンヒョクの元を訪ねる前に、ジニョンに事の次第を伝えるため
急いで部屋を出ると、隣の部屋の扉をノックした。
ディナーを済ませた後、つい30分ほど前に部屋の前で別れたばかりだった。

昼間ドンヒョクの姿を目撃したジニョンが少しばかり元気をなくし、
「早く休みたい」という彼女に合わせて、ディナーも軽く済ませた。
部屋に戻った時は、ルカはまだ留守のようだった。

しかし、何度チャイムを鳴らしても、気忙しくノックしても、中からの応答が無かった。
ジニョンの携帯に掛けてみると、部屋の中からその着信音が聞こえていた。
それなのに彼女が出る気配は一向に無かった。
ジョアンはその瞬間に顔面蒼白になり、焦る気持ちを抑えられなかった。

ジョアンは慌てて自分の部屋に戻ると、フロントに合鍵を求めた。
直ぐにやって来たホテルマンがスペアキィで鍵を解除し、共に部屋に入った。
しかし、ジニョンばかりか、ルカの姿も無く、彼らの荷物も残っていなかった。
ただ自分が掛け続けていたジニョンの携帯だけが、ベッドの上で震えていた。



ジョアンはまずミンアに連絡を取るべく、レイモンドの携帯に電話を入れた。
「Mr.レイモンド?・・ジニョンssiが!」

「ジニョンがどうした!」 レイモンドはジョアンの只ならぬ声に身を硬くした。

「いなくなったんです」
「いなくなった?どういうことだ!」

「30分前に別れたばかりなんです・・
 ジニョンssiが僕に黙って勝手に動くはず・・ありません。
 約束してくれましたから・・
 油断してしたのがいけなかったんです。僕が悪いんです。
 でもいったい・・何が・・」
ジョアンは興奮からか早口で、知らぬ間に声が震えていた。

「落ち着け!ジョアン。・・とにかくフランクのところへ・・・
 いや駄目だ。ここへ来い。」

「は・・はい。」



≪いいか。このホテルに入る時は慌てた様子を見せるんじゃないぞ≫
ジョアンはレイモンドの言葉に忠実に、胸の内に逆らって冷静を装い
ホテルのフロントを通過した。
ジョアンはレイモンドの指示通りに動いた。
まずエレベーターを20階で降り、レイモンドの部屋がある18階に
階段で降りた。
そしてレイモンドの部屋をノックする前に彼の携帯を一度鳴らし
その合図と共に開けられた部屋へ滑るように入った。

「事情を。手短に。」 レイモンドはジョアンの到着を待ち兼ねたように
彼の腕を強く引き、肩を押すように椅子に座らせると、すぐさま詰問した。
ミンアもまた、彼の横に陣取った。

ジョアンはできうる限り冷静になろうと努め、話しを始めた。
「ルカという・・ルカ・レリーニという若い女の子が一緒なんです。たぶん。
 ふたりの荷物がありませんでしたから。」 
ジョアンはそう言った後、落ち着きを取り戻そうと一度深呼吸をした。

「ルカ・レニーニ?誰なの?その子」 
ミンアがそう言うと、ジョアンは驚いた顔をした。

「!やはり・・ご存じないんですか?22歳の女の子です。
 ミンアさんに雇われて来たのだと、事務所の前で待ってたんです
 四日前のことです。僕達は・・・ジニョンssiと僕はその日、
 ボスとミンアさんを追ってミラノへ出発する算段をしていて・・
 ジニョンssiが・・・いいえ僕がルカも連れてミラノへ向かうと決めました。
 その内ミンアさんと連絡が取れれば・・・
 彼女のこともわかるだろうと・・安易に考えてました。」
 
「ルカ・レリーニなんて!名前も聞いたこともないわ。
 ジョアン!私が。この国で、しかも若い女の子を雇うなんて。
 考えるわけが無いとは思わなかったの!」
ミンアは興奮してジョアンに言葉をぶつけた。

ジョアンはその言葉が身に染みていた。実際、治安も悪く
危険な仕事が多い中、ミンアがそういうことを考えないことは
わかっていたはずだったからだ。ジョアンは自分の甘さを悔いた。
「申し訳ありません。
 最初は警戒したんです。でも・・いい子そうだったし
 彼女・・ミラノに詳しくて・・案内を買って出てくれて
 その・・助かったというか・・・それが・・・」
「それが?」

「何だか妙だと思うことが・・・」
「妙って?」
ミンアが余りにジョアンを追い詰めるように、話を急がせるので
レイモンドはミンアの腕にそっと触れて、それを無言で制した。
「あ・・ごめんなさい、続けて。」

「はっきりとはわからないんです。何が・・と言われても・・・
 ただ、ボスのことを話す彼女の言葉に何か含みを感じて。
 だからと言って・・さほど彼女に危険を感じたわけではありませんでした」

「手がかりは何もないのか」

「はい・・部屋にはジニョンssiの携帯電話以外、何も残っていませんでした。
 でも・・フィレンツェに・・事務所にルカの大きな荷物が残ってます
 そこに何か・・手がかりがあるかもしれません」

「行こう。」 ジョアンの話を聞いてレイモンドは即断した。
「今からですか?・・ボスにはどうしたら」 ジョアンは汗を拭いた。

「君はフランクの前で、ジニョンがいなくなったことを
 隠し通せる自信があるか?」
レイモンドがそう言うと、ジョアンは首を小刻みに横に振った。

「だったら・・逃げろ。」 レイモンドが言った。
「えっ?」 ミンアも驚いた顔でレイモンドを見ていた。

「私と。」 レイモンドは真顔で続けた。
「決めろ。私に付いて来るか。フランクに殺されるか。」

「・・・・・・」 ミンアとジョアンは共に言葉を失い息を呑んでいた。
そしてジョアンは沈黙の後にごくりと音を立てて唾を飲み込んだ。
それが彼の返事だった。

ミンアは無言のまま席を立って、手早く身支度を始めた。
「君はここへ残れ。」 レイモンドがミンアに言った。

「何故ですか?」 ミンアは攻撃的に言った。

「まだ何も予測が付かないんだ。何が起きるかわからない。      
 ルカという子が何者かもわかってない。しかし・・
 このイタリアでジニョンが前触れも無くいなくなるということは
 フランクの仕事と関係があるとしか思えない。
 ということはその向こうに・・ジュリアーノという黒い男がいる。」

「・・・・・Mr.レイモンド。」 ミンアは語調を強めてレイモンドを睨み上げた。
「何だ。」

「だからって・・私にここでじっと待っていろ、と?」
「そうだ。」 レイモンドは当然だと言わんばかりに彼女を睨み返した。

「ジニョンssiはボスの大切な方です。
 その方をお預かりした以上、お守りするのが私達の役目です。」 
ミンアもまた彼に負けじと顎を上げた。

「お預かりしたのは僕です。」 ジョアンがふたりの間でおろおろして言った。
「あなたは私の部下よ。」≪だから自分の責任でもある≫
ミンアの強い眼差しがそう言った。

「それでも駄目だ。連れては行かない。」 レイモンドは頑として言った。

「・・・・無駄なことは止めましょう。急いで。」 
ミンアは荷物を手に取るとレイモンドより先にドアを開けた。
彼は大げさに溜息を吐いて、ミンアの後に続いた。
ジョアンも急いでふたりの後を追った。

「ミンア。・・そっちは駄目だ」 レイモンドはジョアンが来た時と同じように、
エレベーター前に待機しているはずの男に気づかれぬよう階段を使った。




ドンヒョクは苛立っていた。
10分経ってもジョアンが現れることは無く、ミンアからの連絡も無かった。
ジョアンの携帯に電話をしても繋がらず、ジニョンの携帯も圏外だった。

その時、部屋のチャイムが鳴り、ジョアンかと思って急いでドアに向かった。
覗き穴の向こうにはエマがいた。

「何か用か?」 ドンヒョクはドアを開けると迷惑そうに言った。

「どうしてMr.パーキンがイタリアに?」 エマは部屋に入るなり彼に訊ねた。

「こっちが知りたい。」
ドンヒョクはそう言いながら、持っていた書類で机を叩いた。

「フランク?・・・いったい何があったの?」 
数時間前からドンヒョクは苛立っていた。エマはそれが気になって仕方なかった。

「何でもない。」 何でもないわけは無かった。

「Mr.レイモンドはあなたがここに戻った理由のために
 いらしてるんじゃない?」 

「戻った理由?」

「あなたが会長の仕事のためだけにイタリアに来たとは思ってないわ」

「そうなのか?」 
ドンヒョクは≪それは初耳だ≫と言わんばかりに鼻で笑った。

「お願い。危険なことは止めて、フランク」 
エマはドンヒョクの前に立ち、彼の目を強く見つめてそう言った。
「会長がどれほど恐ろしい人間かわかっているでしょ?
 彼に歯向かうことなんて考えないで。」

「何のことを言ってるのか理解できない。」

「お願い。もうあのことは忘れて。」

「あのこと?」

「そう、あのこと。あなたがここに戻った本当の理由。」

「・・・・・・」

「もう終ったことなのよ」 
エマが懇願するようにそう言うと、ドンヒョクの表情が次第に険しくなった。

「終ったこと?」 ドンヒョクはエマを激しく睨み上げた。
その目が今までのエマの言葉の意味が正しかったことを肯定していた。

「ええ。終ったの。」 エマは覚悟を決めたかのように言い切った。

「・・・終ってはいない。」 ドンヒョクが答えた。

「だとしても、終わりにして。」

「できない。」 彼はきっぱりと言った。

「・・・・・・私のせい・・・」 エマは呟くようにその言葉を吐いた。

「・・・・・・」

「私のせいだと・・・恨まれても仕方ないわ・・でも・・」

「・・・・・・。」 無言のドンヒョクの目が次第に怒りの色を帯びていた。

「・・・・・・」

「君のせい?・・そうだろうな・・・」 ドンヒョクはエマを更に強く睨み上げた。
 
「・・・・・・」 

「しかしもっと憎むべき奴がいる。・・・いつか・・
 そいつをこの世界から抹殺してやる。そう決めていた。
 5年待ったんだ。
 ずっと・・この機会を狙っていた。
 邪魔をする奴は誰であろうと容赦はしない。それが君でもだ。
 ・・・わかったら今すぐ・・・僕の目の前から・・・


           ・・・消えろ。」・・・
















Pronto. イタリア語で「もしもし」発音プロント





 




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