2013/02/28 23:17
テーマ:創作 愛の群像 カテゴリ:韓国TV(愛の群像)

創作愛の群像Ⅱ 第二話 彼

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第二話 彼






「失礼します」

誰かがドアを開け、隙間から顔を覗かせた。
シニョンはその瞬間目の前が真っ白になったかと思うと、
意識を失ってしまい、座っていた椅子から滑り落ちるところだった。


僕は目の前で彼女が突然椅子から滑り落ちるのを、
寸でのところで受け止めた。

「大丈夫ですか?」
しかし、腕の中の彼女は既に気を失っていた。

「どうしたの?」 一緒にいたミンスがドアから入って来た。
「誰?この人・・」 目前の光景を不愉快に思ったミンスには、
彼の腕の中の女を気遣うより睨みつける方が先だった。

「わからない・・・部屋に入ったら急に倒れたんだ。
 ミンス・・人を呼んで来て・・」

「う・・うん、わかった・・・」 
ミンスは《仕方ない》というように答えると、部屋を出て行った。

僕は自分の態勢と、腕の中の彼女が少し楽になるように抱き直すと、
顔に掛かった彼女の髪をその耳に掛けてあげた。
改めて彼女の頬が僕の胸に埋まっているのを眺めながら、
何故か僕は自分の頬が優しく緩むのを感じた。
僕は無意識に、白くて柔らかそうなその頬を手の甲で撫でていた。

彼女がふいに身じろいだ時、僕は少しやましい気持ちになり、
彼女の頬を撫でていた手を急いで引っ込めてしまった。

結局まだ彼女が目覚めなかったので、僕は彼女を抱き上げて、
ソファーに降ろし横にしてあげた。
すると突然、彼女の目が大きく見開かれて、逆に僕の方が驚いた。

「帰って来たのね」 彼女は僕を見てそう言った。
そして僕の首に両腕を回し、強く抱きついてきた。

「帰って来たのね・・帰って来てくれたのね・・」
そう言いながら彼女は、僕の首が苦しくなるほどに腕に力を込めた。

彼女は泣いていた。
まるで迷子になった子供が、探していた親を見つけたかのように
体を震わせて泣いていた。

僕はひどく驚いたが、そんな彼女を何故か突き放すことができなかった。
それどころか、彼女を宥めようと、しっかりと抱きしめていた。

その時、ミンスが部屋に戻って来た。
「ジェホ?・・」

ミンスには、彼がまるで彼女を優しく抱擁しているように見えた。
「何してるの?」


僕はミンスの声にハッとして、「彼女」を抱きしめた腕の力を緩めた。

そこにミンスの後ろから学長が入って来た。

「シニョン・・・」

「シニョン?」 ジェホは学長にそう呼ばれた「彼女」の顔を見た。
「シニョン・・って・・・まさか・・・」

「ジェホ、もう来てたのか。あー遅かったか。
 シニョン、驚かせてしまったんだな。
 お前が驚く前にちゃんと紹介しておこうと思ったんだ」
ギルジンはそう言いながら、《しまった》というように自分の額を掌で押さえた。

シニョンはまだ、ギルジンの言葉の意味を理解できないでいた。

「やっぱり・・シニョン伯母さんなの?」 
ところが横にいる「彼」が目を輝かせてそう言った。

「えっ?」

「シニョン伯母さん・・僕です。」
シニョンは、彼の口から出た言葉にまたも驚いた。

「・・・・・・」《伯母さん?・・ジェホ?》

「シニョン・・忘れたか?ジェホだ」 
その意味を教えるようにギルジンが口を開いた。

「ええ・・ジェ・・ホ・・」 それでもまだ、シニョンの理解に及んでいなかった。

「おいおい、まだわからないか?カン・ジェホじゃない・・」
キルジンがそう言いかけると、ジェホが彼の前に手を翳し制すると、
シニョンの前で姿勢を正して言った。

「ご挨拶が遅れました。シニョン伯母さん。ジェホです。
 パク・ジェホ」

「パク・・ジェホ?」

「はい。カン・ジェホの甥です」

口をぽっかりと開けていたシニョンが、やっと僅かながら理解したとばかりに
彼らに向かって小さく笑みを作った。

「あ・・ジェホ。あの・・小さかった・・ジェホ?・・・嘘・・・」
シニョンは目の前に立つその青年が、ジェホの甥、彼の妹の子供だと
理解しようと必死だった。
「そう。あの・・ジェホ・・なのね」

「驚いただろ?」 ギルジンが面白がるように言った。
「こいつ、この二・三年日増しに奴に似て来たんだ。
 正直、この学校に入学してきた時は、お前のように気絶しそうだったよ」

「おじさん・・大げさだな」
ジェホが満面の笑顔で、ギルジンの胸に拳を柔らかくぶつけた。

「おい、おじさん・・か?」

「あ・・いけない・・。学長。でした」

昔、シニョンとのことで一時は激しい憎しみを抱き、ぶつかり合い
そして後に理解し合い、最期は本当の兄弟のように認め合ったふたりが、
時を隔ててシニョンの目の前にいた。

《いいえ・・・違うのね》
シニョンはその事実に内心ショックを受けていた。
《そうよね・・そんなはずがあるはずないのに・・・》

「でも学長、人が悪いな。伯母さんに会わせてくれるなら
 最初から教えてくれれば良かったのに」

「はは・・ちょっとな。ふたりを驚かせたかったんだ」

「先輩・・ホント、ひどいわ」
シニョンは内心の動揺を必死に隠しながら笑った。

「でも、会いたかったんだ・・伯母さんに。ずっと会いたかった」
ジェホが突然、シニョンを見つめて、熱く言った。

「ええ、私も会いたかったわ」 シニョンもやっと冷静になって答えた。

「でも会いに来てくれなかったじゃないか」 ジェホが不満げに言った。

「そうね、ごめんなさい・・・随分とご無沙汰していたわ」

シニョンは12年前、ジェホとつながるすべてのものを断ち切って
この韓国を去った。

「母も会いたがってるよ」

「ええ、ジェヨンは・・元気?」

「はい、元気です」

「あ・・お父様・・ソックssiは?」

父の名前をシニョンが口にすると、一瞬ジェホの目が曇ったのを感じた。

「ええ・・父も元気です」
彼が笑顔に戻ってそう答えたので、気のせいだったのだと思い直した。

「学校が始まったらご挨拶に行こうと思ってたのよ」

「本当に?」

《ええ・・・ただ・・・》
「本当よ」
シニョンは笑って答えたが、本心は少し違っていた。
正直、ジェヨンたち家族のことは、ずっと気にかかっていた。
帰国したら直ぐに会いに行くつもりでもいた。しかし帰国後、
ジェヨンの家族が、ジェホとシニョンの新居だったあの家に
住んでいることを父から聞かされて、足が重くなってしまったのだ。

「じゃあ、今日来てよ」 ジェホは我儘を言う子供のように言った。

「えっ?」

「そうだ、これから・・。いいでしょ?直ぐに母さんに連絡するから」

「あ・・いえ、今日は・・その・・」

「悪いなジェホ、シニョンは今日は俺と約束があるんだ」
シニョンが言いよどんでいると、ギルジンが直ぐに助け舟を出した。

「そうなの?」

「え・・ええ・・そうなの、ごめんなさい。近い内に必ず伺うわ。」

「本当に?約束だよ」
そう言ってジェホが小指を出した。
シニョンが戸惑っていると、彼はシニョンの手を取って、無理に指切りをさせた。

「小さい頃はいつもこうしていたでしょ?伯母さんと。
 伯母さんがアメリカに行ってしまう時も、泣いてた僕にこうしたんだ。
 『泣かないで・・必ず戻ってくるから』って」

シニョンはその日のことを思い出した。
ジェホを失って、周りの人間をことごとく恨んで生きていた私に
ただひとり、いつも笑顔で、私の頭を撫でてくれた子。
『泣かないで・・・シニョンssi』

そうだった。
その頃彼は大人の真似をして、私のことを『シニョンssi』と呼んでいた。

私がアメリカに発つと知って、泣き叫んで私に抱きついた。
『行かないで、シニョンssi、行かないで・・
 シニョンssiは僕が・・伯父さんの代わりに僕が守ってあげるよ、
 だから行かないで!』


「でもずっと帰って来てくれなかった」 そう言ってジェホは私を軽く睨んだ。

「ごめん・・・」

「いいよ・・・こうして戻って来てくれたから」 今度は、優しい眼差しで私を見つめた。
私は彼のその見覚えのある笑顔に、思わず視線を落としてしまった。


「ジェホ」
彼を呼ぶ声に振り向くと、さっき窓の外にジェホといた女の子がいた。

「あ、ミンス・・紹介するよ、僕の伯母さん。イ・シニョンssi」

「あ、初めまして。キム・ミンスです」

「初めまして。ジェホのガールフレンド?」

「いや・・」
「そうです。」
ジェホの言葉を遮るようにして、ミンスはきっぱりと答えた。

「そう、よろしくね」
まだ複雑な心境の私は、無理に笑顔を作って答えた。



ジェホとミンスが部屋を出て行くと、ギルジンが言った。
「まだあの家には行きたくないのか」

私は黙ってうつむいた。

「俺の家に来るか?・・・ジェホに嘘は付きたくないからな」

「ええ・・・そうするわ」

「その前に、校内を案内するよ」

「ええ・・ありがとう」



シニョンは、ギルジンの案内で古きものと新しきものが融合した校舎を
懐かしさを噛み締めながら歩いた。

ジェホと過ごした教室や図書館はそのまま残っていたが、
ギルジンが一緒なので、必要以上に感傷的にならずに済んだ。

シニョンが赴く必要がある教室などを主に案内された後、
「ここが最後だ」
そう言ってギルジンがひとつのドアの取っ手を掴んだ。

「教授たちの集会室。俺が新しく用意させたんだ。」
ギルジンが部屋のドアを引いて、シニョンをエスコートした。
シニョンは部屋に入った瞬間、差し込んだ西日が眩しくて
思わず目を細めた。

その光の中にうっすらと人影が浮かんだ。
背が高く、スラリと足の伸びた男性だった。
彼はコーヒーカップを片手に、無表情に窓の外を見つめていたが
その横顔があまりに美しくて、シニョンは一瞬息を呑んだ。

「やあ、こちらにいらしたんですか?」 
ギルジンがシニョンの後ろから声を上げたので、彼女は驚いて
自分が一瞬目の前の彼に見とれていたことを知った。

すると、彼は冷たい表情をそのままにゆっくりと振り向いた。
その瞬間、シニョンはさっきとは別の意味で息を呑んだ。
振り向いた彼の片方の頬に、決して美しいとは言い難い
大きな傷跡があったからだ。

「先程到着されたと伺って、探していました」 
ギルジンが続けながら、彼に歩み寄った。

「それは失礼しました。学長」 
彼が初めて口を開いて、持っていたコーヒーカップをテーブルに置いた。

「先輩・・」 シニョンは後ろから小さく言った。

「あ、丁度良かった。紹介しよう。
 シニョン・・お前と同時に新任として赴任されたキム・ジュンス先生。
 アメリカからいらした、数学と英語の教授だ。
 キム先生、こちらはイ・シニョン・・心理学の教授です。」

「・・・よろしく」 彼はそう言ってシニョンに手を差し伸べたが、
その表情は決して好意的には見えなかった。

「よろしくお願いします」 
シニョンは怯んではいけないと、背筋を伸ばし、凛とした表情で応じた。
その瞬間彼が俯き加減に「フッ・・」と笑った気がして、
シニョンは自分が馬鹿にされたのだと、むっとして彼を睨んだ。

「何か?」 シニョンは言った。

「いいえ・・何も・・」 
彼はまるでさっきまでの無表情に軌道修正でもしたかのように
彼女を冷たく見つめた。

「何処かで・・・お会いしましたか?」 シニョンが突然そう言った。
一瞬何処かで見かけたような気がしたからだ。

「何処かで?」

「あ、そんなはずないですよね」

「いいえ、お会いしています」 ジュンスが少しだけ笑みを浮かべて言った。

「えっ?本当に?」 
シニョンは自分から確認していながら、その答えに驚いた。

「おまえ達、初対面じゃないのか?」 ギルジンも驚いて言った。

「何処で?・・ですか?」 シニョンはまだ答えが見つからず尚も問うた。

「さあ、何処でしょう」

「えっ?」

「思い出してみてください」

「えっ?」

シニョンはこのジュンスという男がわからなかった。
冷たい顔はそのままに、言っていることは冗談にしか聞こえない。

「あの。私を馬鹿にしてます?」

「いいえ」

「だったら何処で?」

「だから・・・当ててみて」

「あのね」

ジュンスはゆっくりと後ろを向き、シニョンから顔を逸したが、
間違いなく肩は笑っていた。
シニョンは面白くなかったが、『会ったことがある』という彼の言葉に
興味を持たずにはいられなかった。

「いいわ。アメリカからいらしたそうだけど、私も10年ほどNYに・・
 そこでお目にかかったかしら」 

その問いに彼は無言で口角だけを上げた。

「アメリカはどちら?」

「マサチューセッツ」

「学校は?」

「ハーバード」

「うーん・・接点がないわね」 シニョンは唸りながら腕を組んだ。

隣でギルジンがふたりのやり取りを呆れたように眺めていた。

「おい、いつまでやる気だ?」

「だって先輩、この人が・・」

「宿題にしましょう」 彼が真面目な顔で言った。

「宿題?」

「ええ」

シニョンはジュンスを呆れた表情で見つめた。
「真面目におっしゃってるの?」

「ええ」 ジュンスは《無論》というように腕を組み言った。

「いいわ。思い出してみせる」 

「待ってます」



妙なやり取りをしたジュンスを残して、シニョンはギルジンと部屋を後にした。

《可笑しな人・・・》シニョンは心の中でそう呟いた。

でも本当に何処かで会ったことがある?それももしかしたら彼の悪ふざけ?
でも初対面の人間にそんな悪ふざけをするだろうか。
だったら、何処で?

シニョンは首を傾げながら、たった今出て来た部屋の方を振り返って
そのドアの向こうの彼を思い浮かべていた。



 








 


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