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先日、とある言葉を囁いた。
取引先との会議でのことである。
あまりにも斬新な内容にふと漏らした言葉。
―――「すっげぇ~!」
会議の後、隣に座っていた取引先の社員が、
「さっきは驚きました」と話しかけてきた。
私:「ん?何が?・・・あぁ、あのアイデアね」
社員:「イエイエ、ジョニーさんのあの言葉ですよ。“すっげぇ~”っていう・・・。あの一言が今回の会議一番の収獲でしたよ」
その社員によれば、それまでの私には、私の辞書に「げっ!」とか「マジっ?」とか「すっげぇ~!」という言葉はない・・・そんなimageだったらしい。
そういえば・・・以前、職場の同僚にYong Joonのファンであることを話した時、
「えぇ~!? 意外です。ジョニーさんとBae Yong Joonや冬ソナ・・・結びつきません。imageじゃないですよ~」と言われたこともあった。
imageとは恐ろしくもあり、面白くもあり・・・。
かくいう私も他者に対してimageを持っている。
Bae Yong Joonに対しても然り。
そして、いつの日かあの社員や同僚のように、今私が抱いているBae Yong Joonに対するイメージの一角が崩れることがあるのだろう。
かつてBae Yong Joonが写真集のtitleを「像 THE IMAGE VOL. ONE」とした意図が何となくわかるような気がする。
Bae Yong Joonの中のcynicalな部分が、あのtitleに顕れているような気がする。
マザー・テレサ
企業の人員削減やノーベル賞授賞式のカウントダウンのニュースでにぎわうテレビ。
そのテレビのとある番組で、マザー・テレサを取り上げていた。
ノーベル平和賞を授与されたマザー・テレサが、その日その番組で取り上げられたことは、単なる時制の一致だけではないような気がする。
幾度となくマザーテレサの人生を見てきた。
見るたびに マザー・テレサから異なる課題を与えられた。
番組名をもじるわけではないけれど
見るたびに 私の心は動いた。
今回もそうだった。
私に新しい課題を与えてくれ、心を動かしてくれたマザー・テレサ
と
私にマザー・テレサを見つめる心を未だ持たせてくれている神
に
感謝して・・・
・・・おやすみなさい。
限界と「たら・れば」
Bae Yong Joon・・・
あなたは自分自身の限界を感じたことがあるだろうか。
私は年に数回、自分自身の限界を感じる時がある。
限界を突き破る何かが欠けている。
その「何か」が「甘え」であることはわかっている。
結局
自分自身の限界は、自分自身の「甘え」である。
故に
限界を創っているのは自分自身である。
「もし・・・・・・だったら」
「もし・・・・・・していれば」
「たら・れば」の人生は後悔を生み出すかもしれない。
しかし、「甘え」をすてて「たら・れば」人生に挑んでいけば
限界を突き破ることができるかもしれない。
Bae Yong Joon・・・
あなたは一つしかない人生の中で
何をどのように考えているのだろう
私がBae Yong Joonの友人だっ「たら」
あなたとトコトン話をする機械があ「れば」
あなたに問うてみたい。
――― Bae Yong Joonという人間は自分自身の限界をどう考えるか―――
と・・・。
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