海翔ける~高句麗王の恋 耐えること
☆「ひっぱりますねえ・・。」なんて言われちゃったので、何とかここまで書いてみました。
でも、Rまでには至らなかったので、期待はずれかも・・・・。
ブログにはRは入れないほうが・・、というご意見もあるので、どうしようかと思案中です。
でも、いずれ避けて通れない道なんですけどね。
次回は、そのあたりも入れてみようかな。
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ジョフンの言葉は、しばらくの間タシラカをしあわせな気持ちにさせた。
高句麗王タムトクとは、百済王によれば、『残虐で野蛮で女好きな・・』とのことだったのに、この国に来てから耳にした話では、若いながら、北方の雄、高句麗の名を不動のものにした英雄だということだった。
そして、彼の乳母であるジョフンは、女であれ男であれ、まっすぐな方なのだといったのだ。
ジョフンの言う通りかもしれないと、タシラカは思った。
彼女がその日草原で見たタムトクとは、無邪気に雲雀の姿を追う少年の心を持ち、
今夜訪ねて行ってもよいかなどと唐突に言って、彼女を戸惑わせた人であり、
それから、ふいにタシラカの頬にくちづけして、驚かせた人だった。
だが、彼がどんなに心魅かれる人であっても、彼女がどんな思いを抱いたとしても、彼は敵国の王であり、タシラカは人質の身なのだ。
それは、何も変わらないままなのだと、彼女は当たり前のことをかなしい気持ちで受け止めた。
それに、タムトクはもうすぐ正妃を迎えるとのことだった。
妃となるはずの姫をさしおいて、なぜ彼は自分などに声をかけたのだろう?
彼の言葉のどこに、ジョフンの言う真実があるというのか・・・?
本当は、彼にとってタシラカは、ほんのいっときの気まぐれな相手でしかないのかもしれなかった。
となれば、彼がやってきたとき、タシラカはどうすればいいのだろう?
その一方で、彼が訪ねてきたら長老屋敷の人々はどう思うだろうと、タシラカは思った。
誰にも何も知らせていなかったから、その時がきたら皆さぞびっくりするだろう。
だいたい、自分たちの屋敷にいる人質の娘のところに王が毎朝通ってくるのさえ、
ジョフン以外の屋敷の人々は、首をかしげている様子さえあったのだ。
もしかしたら、タシラカのことを、彼らの敬愛する王をたぶらかしたふとどきな娘などと考えるかもしれない・・・。
また、タシラカといっしょに人質として引き渡された侍女たちは、百済や倭に対する裏切り者だと思うに違いなかった。
特に、ハルナなどは、あからさまにタシラカにきびしい視線を浴びせているのだ。
どちらにしても、彼が今夜やってきたら、彼女は孤立することになるのかもしれなかった。
それでもいいわと彼女は小さな笑みを浮かべた。
頬には、まだ、あのふわりとしたくちづけの感触が残っているような気がしていたのだ。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。
タシラカは落ち着かない気持ちのまま、夜を迎えた。
だが、その夜遅い時刻になっても、タムトクは姿を見せなかった。
何ごとか城であったのかと思ったが、何の知らせもない。
タムトクの重臣であり、長老家の長でもあるジュンギも、いつものように夕刻には城からもどっていたのだ。
屋敷の中は変わったことは何もなく、すべていつものままだった。
ジョフンさえ、昼間、つんとして彼女の前から立ち去ったのに、
けろりとして、言ったのだ。
『早くおやすみになったほうがいいですよ。
明日は朝からまた、タムトク様がいらっしゃるでしょうからねえ。』
仕方なしに、タシラカは侍女たちといっしょに、早々に床についたのだった。
寝静まった屋敷の中で、目をさえざえとさせたまま、タシラカは馬の駆けてくる音がしないかと耳をすませていた。
だが、何の物音もしないまま時は経っていく。
今となっては、物静かなたたずまいも、やさしい笑みも、『そなたといっしょにいたい』などという言葉の熱さも、どこか遠い世界のことのように思えてくるのだった。
そして、残ったのはただひとつの思いだけだった。
やっぱり、彼は高句麗の王。
そして、私は人質・・・。
不安な目をした人質の娘に同情して、
ほんのいっときいい夢をみせてやったとか・・?
それとも、ほんの余興程度に、からかってみただけとか・・・?
そういうことなの、タムトク様?
もしかしたら、明日の朝、彼はいつものように馬で駆けてきて、
何事もなかったかのように、
血のついたままの山鳥か何かをどさりと彼女の前に投げ出したりするのだろうか?
ならば、そのときは、私も何食わぬ顔で朝の挨拶などをしなければならない。
にこやかに?
そう、この上なくにこやかに。
いかにも夜中お待ちしていましたのに、などという顔で出迎えてはいけない。
そう、間違っても、赤い目のままうらみ言を言ったりしてはいけないし、
涙をみせたりしてはいけない・・・。
彼は敵国の王なのだから。
私は人質の身なのだから。
何を、どうされても仕方がないけど、
でも、私は、倭の王族に連なる身、
心を強く持って・・、
泣かないで・・、
そう、高句麗の王などには負けないで・・・。
タシラカはそう心に決めた。
それでも、たとえようもなく、タシラカはさびしかった。
タシラカの思いだけが空回りして、部屋の隅にひっそりと息づいたまま、
夜は更けていった。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
どれくらい時間が経ったか・・・、
うとうととまどろんだタシラカは、短い夢をみた。
明るい朝の日差しの中、いつものようにやってきたタムトクにタシラカは言う。
『昨夜は、お見えにならなかったんですね。』
タムトクは無邪気に笑った。
『ハハハ・・・、
私を待っていたのか?
許せ、ほんの戯言のつもりだったのだ。
まさか、そなたが本気にするとは思わなかった。
まもなく、私は妃を迎えることになるが、
そなたがその気ならば、一度くらい相手をしてやってもよいぞ。』
あら、本気になんかするはずはないじゃないですか、
タシラカはそう言おうとした。
でも、涙があふれて・・・、
心がずきずきと痛んで・・・。
タムトク様!
思わず、そう叫んでいた。
そして目が覚めた。
頬が涙でぬれていた。
胸が痛かった・・・。
あたりはまだ薄暗かったが、薄く朝の光が差し込もうとしていた。
やはり彼は来なかったのね、そう心の中でつぶやく。
私は、こんなところで何をやっているのだろう、
ちょっとからかわれた言葉を真に受けて、ひとりでどきどきしたりして、
ばかみたいだと・・。
もう、やめよう、
誰も信じるのは・・・。
誰も愛するのは・・・。
誰も・・・。
そのとき、屋敷の外で、馬のいななきが聞こえた。
おもわず、タシラカは立ち上がっていた。
引き戸を開け、部屋の外に出る。
薄暗い回廊には誰もいなかった。
静けさに包まれたままの回廊を、小走りに走る。
表門に通じる扉のある方へ・・。
途中、見覚えのある侍女が、続いてジョフンが・・、
突然現れたタシラカを見て、驚いたような顔で何か言ったようだったが、
彼女は何も答えなかった。
タムトク様・・!
ほどなく、外に通じる扉を開けた。
冷たい外気が頬に触れる。
タシラカの視線の先に、見覚えのある姿が、馬からひらりと跳び下りるのが見えた。
胸の奥につんと痛みを感じる。
私は、こんなにもこの方が好きなのだ・・・、
この方を待っていたのだ、
タシラカはぼんやりとそんなことを思いながら、
開け放った扉の前に立ちすくんでいた。
「こ、これはタムトク様、今日はまたお早いことで・・・。」
屋敷の門を守る長老家の家臣のひとりが、びっくりしたような声を上げる。
「早いのではない、遅すぎたのだ。」
そんなことを言う大きな声・・・。
そして、後ろに従者らしい若者を一人従えて、彼は足早にこちらに向かって歩いてきた。
すぐに、扉の前にたたずんでいる彼女を見つける。
足を止めて、うれしそうな笑みを浮かべる。
「・・・待っていたのか?
すまない、急用ができてどうしても来る事ができなかった。」
。。。。。。。。。。。。。。。。
彼女は何も答えないまま、扉の前に立っていた。
「タシラカ、怒っているのだな?」
タムトクの言葉をきっかけに、彼女はくるりと後ろを向くと、
屋敷の中に入っていってしまった。
泣いていたような・・・?
すぐに、彼女の後を追う。
屋敷の中に入ると、そこで待ち構えていたジョフンが、がしっと彼の腕をつかんだ。
「ちょっと!どうなってるのよ?」
「なんでもない!」
短く答え、その手を振りほどくと、小走りに駆けてゆく彼女の後ろ姿を追った。
彼女が駆け込んだ部屋の引き戸の前まで来ると、声をかけた。
「入るぞ。」
中からは返事はなかったが、かまわず手をかけると、すっと戸は開いた。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
彼女は向こうを向いたままでいる。
「どうしようもなかったのだ、タシラカ。
事情があって、連絡もできなかった。許せ。」
向こうを向いたまま、意外なほど明るい声で、彼女は言った。
「もう、お見えにならないと思っていました!」
「タシラカ・・・」
「タムトク様は、・・・からかわれたのかと思いました。」
「そのようなことを・・・・」
ふっと笑いかけて、今度は真剣な顔になる。
「そなた、本当に、そんなことを思っていたのか?
私がそなたをからかって、それで・・・?」
タムトクはたまらない気持ちになった。
彼女の小さくふるえる肩に手を置くと、後ろから抱き寄せていた。
こめかみのところに唇を寄せて言う。
「私がそんなことをすると思うか?」
彼女はいやいやをするように、首を横に振る。
「私は・・・、タムトク様のことをよく存じません。
お会いしたのも数えるほどですもの。
でも、この方は信じられると、そう思えたから、だから、私は昨日・・・。
なのに、タムトク様は・・・。」
涙がすーっと頬をつたう。
「タシラカ・・・」
「・・いいえ、ほんとは私、
タムトク様はおいでにならないと・・そう思っていました。
お待ちしてなんか、・・いませんわ。
さっさと・・寝てしまいましたもの・・・。」
「わかった。もう、よい。私が悪かった。」
タムトクは、彼女をくるりと自分の方に向けた。
「もう、よい、よくわかったゆえ・・。」
濡れた瞳をじっと見つめながら、タムトクは彼女の唇に、自分のそれを重ねていった。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
「ね、ジョフン様、静かになったけど、どうしちゃったんでしょうね?」
いぶかしげに、倭の姫の部屋の方をながめながら、ジョフンの侍女は声をひそめて言った。
「え?そんなことは決まってるじゃないの・・。」
「ってことは、つまり、・・ってことですか?
タムトク様のお相手は、人質の姫君ってことですか?」
「そういうことになるかねえ・・・。」
ジョフンは苦笑しながら言った。
「いいんでしょうかねえ、タムトク様ともあろう方が寵愛されるのが、倭の姫君だなんて・・。」
「いいんじゃないの、べつに・・。
あの王子が選んだのなら、間違いないわよ。
ハン家の娘より、よっぽどいいよ。」
「そ、そうでしょうかねえ・・・。
まあ、あちらはねえ、ハン家の腹黒いスジムが後ろについているわけですからねえ・・。」
うんうん、とうなずいて、ジョフンは続けた。
「まあ、それはそれとしてもさ、ハン家直系の娘は一人しか残っていないからってさ、
まだ7歳の子供をタムトク様の正妃にっていうのはねえ、最初から無理があるんじゃないかと、私は思っていたんだよ。」
「で、でも、形だけだって聞きましたけど・・・。
だって、ハン家から正妃を出すのが慣例だからって、タムトク様も同意されたんでしょう?」
「そうなんだけどさ・・、最初から私は気に入らなかったんだよ。
だから、王子にちゃんとそう言ったのにさ、
王子ったら、『ジョフン、それが政治だ』なあんて、こ~んな難しい顔して言っちゃってたけどさ。
いくら高句麗の王様だからって、そんなにガマンすることないのにさ・・・。」
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