2011/05/31 11:07
テーマ:ラビリンス-過去への旅- カテゴリ:韓国TV(ホテリアー)

ラビリンス-11.嘘

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 ジョアンが予約したホテルは、ドンヒョク達のホテルから、2ブロックほど
離れた場所にあった。
ジョアンはチェックインを済ませると、ジニョンとルカの荷物を抱え
まずジニョン達を部屋へ案内した。

部屋は細めのシングルベッドがやっとふたつ入る程の広さしかなく
バスルームはシャワーとトイレが付いているだけの小さな空間だった。
「すみません、今丁度観光シーズンで、部屋が空いてなくて・・・
 こんな小さなホテルで・・」 ジョアンは済まなさそうにジニョンに言った。

「充分だわ」 ジニョンは笑顔で答えた。

「僕の部屋は隣ですから、何かあったら直ぐに電話下さい
 一時間程休んだら、食事に出掛けましょう」
ジョアンはふたりの荷物をベッド脇のサイドボードに置くと、
鍵をジニョンに渡し部屋を出て行った。

 

「ジョアンさんて・・」 
ジニョンとふたりだけになると直ぐに、ルカが口を開いた。

「えっ?」

「ジョアンさんて、ジニョンさんにとても気を遣ってるんですね
 ・・・彼があなたの助手みたい。」 ルカはベッドに跳ねるように腰掛け
弾まないスプリングを確かめながらそう言った。

「ああ、・・私の方が年上だから・・じゃない?」

「・・・・・ねぇ、ジニョンさん、ボスってどんな人ですか?」
ルカが突然ドンヒョクのことを訊ねたが、彼との関係を隠してしまった手前
ジニョンは答えを間違ってはいけないと、一呼吸置いた。

「・・・どんな人って?」

「とても素敵な人だって聞いたものですから」

「あ・・そうね・・まあ・・素敵だわ」 
ジニョンは嬉しさと恥ずかしさが入り混じった気持ちを隠そうと、
人差し指で自分の鼻を撫でながら、ルカの視線から遠ざかった。

「でも・・・人を人とも思わない怖い人」

「えっ?」 ジニョンは小さく背中に届いた声に振り返った。

しかしそこにはルカがとっくに眠ったかのようにベッドに横たわっていて、
しばらくすると本当に寝息を立てていた。

≪疲れたのね・・・でも・・さっきのは・・・聞き違いだった?≫
ジニョンはしばらくベッドの中のルカを見つめていた。

 

 

ドンヒョクがミンアと会うことができたのは、その日の夜だった。
会長の公約通りエマもその席に現れた。
エマはディナーの席にふさわしい優雅な装いで凛と佇み、
ほんの数時間前にドンヒョクの前で見せた儚い女の姿はそこに無かった。

ドンヒョクはミンアの安否の確認ができたことでまずは安堵していた。
「すまない」 彼はミンアに向かって、申し訳なさそうに言った。

「ボス・・・ご安心下さい。
 携帯電話を取られた以外は何の不自由もありません。
 かなり丁重に扱っていただいています。
 こうしてお目にかかって、お話しすることもできるんですから。
 ただ、ボスの手や足になれないことが残念です。
 こんな時にやはりジョアンがいたらと・・・」

「朝、連絡が来た・・今日はフィレンツェ観光だと言っていたよ
 さっき家に戻ったところだ、と留守電も入っていた。
 君から連絡が無い、とも・・・
 ・・してみるか?」 ドンヒョクはそう言って携帯を差し出した。

「いいえ、ボスの携帯から電話したら変に思います。
 私が普段と違うことをすると、何か予期せぬことが起こっていると。
 あの子・・勘がいいですから。」

「そうだな。飛んで来られても困る」 ドンヒョクはそう言って笑った。

その時エマが、俯いて嬉しそうに笑った。
今まで彼女には少しの笑顔も見せてくれなかった彼が
目の前で笑っていたからだった。
ミンアはそんなエマの様子を視線の端で捕らえていた。

「・・後で連絡取れるようにしてみます。それより奥様は・・」
ミンアはそう言い掛けて、エマの視線を感じて口ごもった。

「妻も観光を楽しんでいるようだ」 ドンヒョクが即座に答えた。

「そうですか。良かった」≪ジョアンもやっと観念したのね≫
ジョアンが今回の仕事から外されたことを不満に思っていることを、
彼女は知っていた。
そのせいでジニョンに対し、不満げな態度を取りはしないかと
それだけが気になっていたのだった。

 

「それで・・会長の様子は?」 ドンヒョクが話題を変えると、
ミンアは無言で、警戒するようにエマに視線を向けた。

「気にしなくていい。思ったままを報告しなさい。」 ドンヒョクは言った。

「はい。・・・ボスを警戒するように、部下に指示しておられる姿を
 何度かお見かけしました。ボスの同行を逐一見張っているようです。
 ボスがどう動くのか・・・かなり気になさっているように思います。」

「どう動くも・・僕は会長の仕事をしているだろう?」 
ドンヒョクはまたも笑って言った。

「はい、私もそこがよくわかりません・・・
 Ms.ビアジはどのようにお考えですか?」 
ミンアはエマに視線を移して言った。

「・・そうね。・・・面白がっているのは確かだわ」 
エマはドンヒョクを見つめながら答えた。

「面白がってる?」 ミンアが言った。

「人が面白がる時は・・・その相手が怖い時。
 相手に脅威を感じている時だと、私は思うわ」 
エマは形ばかりの笑みを浮かべながら言った。

「相手って・・今回うちのボスは会長側ですよ。
 ボスに仕事を依頼なさったのも会長です。
 会長が怖がる必要が何処にあるというんでしょう?」 ミンアは言った。

「怖いから自分の手元に置きたい・・・ということかしら。
 自分の自由に動いてもらうために」 エマは答えた。

「ボスは誰の自由にもならないわ。」 ミンアは強い口調で言った。

「自由にならないから欲しいのよ。」 エマも強く返した。

「あなたも?」 ミンアはエマを睨んで言った。

「ミンア。」 ドンヒョクはミンアをたしなめるように名前を呼んだ。

「・・・申し訳ありません」 いつしかミンアは自分がエマに対して
攻撃的な物言いをしていたことに気がついて、自らを省みた。

「今日のミーティングはこの辺で宜しいでしょうか」 エマが言った。
エマがこの場を早く切り上げたがっていることを、ドンヒョクは察していた。

彼女のその目が、この場所を警戒しろと言っていた。
「ああ。」 ドンヒョクはそれに応じた。

 

 

「ジニョン?」 ドンヒョクは部屋に戻ると直ぐにジニョンの携帯に電話した。

「あ・・・・・」 ジニョンの声がそれだけ聞こえて、声が途絶えた。
そして少しして彼女の声が届いた。「ごめんなさい、場所を変えたの」

「誰かいたの?」

「ええ、ジョアンよ・・今食事に来てるの。
 席で話すわけにはいかないから・・」

「そう・・ところで・・・
 今日は何処で美味しいものにありついているんだい?」

「あー・・・あの・・ヴェッキオ橋の近くの・・その・・」

「ココ・レッツォーネ?」

「そう!そこ・・」≪行ったのは嘘じゃないわ≫

「そう、そこの料理は美味しいんだ」

「ええ、とても・・」

「楽しそうだね・・もう怒ってない?」

「んー・・・少し怒ってる・・かも」

「ごめん」

「でもいいの・・大人しくしてるわ。あなたが望むなら」

「ああ、頼むよ・・ジョアンなら・・
 あいつなら、必ず君を守ってくれる・・・安心して、付いておいで」

「ええ、そうする」

「これから少しの間、電話できないかもしれない。
 でも心配しないで、いいね。」

「ええ。わかったわ」

「随分素直だね。」

「そう?」

「ああ、珍しい」

「あら・・素直になりなさい、ってあなたが言ったのよ」

「そうだったね・・・でも・・・」

「ん?」

「逢えなくて寂しいって・・」

「えっ?」

「・・・言わないの?」

「・・あ・・ごめんなさい、ドンヒョクssi・・もう切らないと・・」

そばに人の気配を感じたジニョンは慌ててそう言った。
そしてドンヒョクに対して嘘をついている後ろめたさを抱きながら、
急いで電話を切った。


「ジニョンさん?」 

「あら・・ルカ・・デザートは?」

「はい、今・・それでお呼びしようかと・・・お電話、お済みですか?」

「ええ」

「Ms.グレイス?」

「いいえ、違うわ」

「・・・・デザート、美味しそうですよ」 ルカが満面の笑顔で言った。

「そう?じゃあ行こう。」 
ジニョンもそれに応えて、彼女の腕を取り、店の中へ向かった。


チョコレートで薔薇の花を形どったケーキがジニョンの席に置かれていた。
「まあ、ホント、美味しそう。私、間違いなく太るわね。
 毎日こんなに美味しいものばかりいただいて・・あ・・ジョアン・・・
 ミンアさんだけど・・」 そう言いかけながらジニョンはケーキを口に頬張った。
「彼女ね・・今、電話できるような・・・状況じゃないらしいわ
 近い内に向こうから掛けるからって・・・伝言があった。」

「そうですか」 ジョアンは肩を落として溜息を吐いた。

「・・・どなたからの伝言だったんですか?」 ルカが首を傾げた。

「ジニョンさんの助手からだよ」 ジョアンがすかさず答えた。

「ジニョンさんにも助手がいらっしゃるんですか?」 ルカは目を大きく見開いた。

「ああ・・ま・・まあね」≪かなりできる・・助手がね≫ジニョンは天井を仰いだ。
ジョアンは傍らで俯いて意味有りげに笑みを含んだ。

「凄いな~私も早くそんな仕事がしてみたい。
 いつか私にも助手付きますよね」

「まだ雇うとは決まってないだろ?」 
ジョアンはフォークを口に運びながら淡々と言った。

「ジョアン。」 ジニョンがやんわりと彼をたしなめた。

「私!頑張って、ボスに早く認めていただけるようになります!」
しかしルカはジョアンの言葉に、決してめげることは無いようだった。

 


ドンヒョクはジニョンが穏やかでいてくれる様子に安堵しながらも、
少しばかり落胆したようにベッドに腰を下ろした。

緊迫した状況下にある自分が、唯一心を解きほぐせる場所、
それがジニョンという存在。それは間違いの無い事実だった。
そんな掛け替えの無い彼女を、手元に置くことができない現実を、
ドンヒョクは恨めしく思った。

『逢えなくて寂しい』

さっきの言葉は彼自身の想いだった。

本当は彼が彼女に言いたかった言葉だった。

そして、彼女から聞きたい言葉だった。


  寂しいって言わないの?


    ・・・「言わなかったね・・・」・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 



























 


 


2011/05/17 13:11
テーマ:ラビリンス-過去への旅- カテゴリ:韓国TV(ホテリアー)

ラビリンス-10.過去の影

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「お年を聞いてもいい?」 車中、後部座席でジニョンがルカに質問していた。

「二十二歳です。」 ルカは答えた。

「二十二歳か・・うちの妹と同い年だわ。
 でも妹よりあなたの方がちょっと若く見えるわ。」
ジニョンはルカを見ていると、ジェニーと過ごした日々を懐かしんで、
少し感傷的になっていた。
≪私ったら・・ホームシック?・・・
 ソウルを出てまだ三週間しか経っていないのに≫
「あ・・ごめんなさい・・何だか妹を思い出してしまって・・・」
ジニョンは潤んだ目尻に指を宛がい、微笑んだ。

「私・・お姉さんが欲しかったんです。
 ジニョンさんをお姉さんと思っていいですか」 ルカは人懐っこい笑顔で言った。

「慣れ慣れしいぞ」 ジョアンが運転席からすかさず横槍を入れた。

「いいのよ・・嬉しいわ。あなた・・ご兄弟は?」 
ジニョンはジョアンを軽く睨んだ後、ルカに笑顔を向けた。
ジョアンは思わずルカの方を睨んだが、彼女は我冠せずのようだった。

「ひとり。・・妹がいます。」

「そう、あなたにも・・・」 ジニョンはそう言って優しく微笑んだ。
「何処からいらしたの?・・あぁ・・ミラノだったわね」 
ジニョンはさっき聞いたことを思い出したように言った。

「・・・出身はヴェネチアです。祖父の家がそこに・・・
 私はそこで生まれたんです」 

「ヴェネチア・・・水の都ね・・まだ行ったことはないけど、
 素敵な所だと聞いてるわ」

「はい。いい所です・・とても」





エマは会議室を出た後、昼食を外ではなくルームサービスに変更して、
部屋で休息を取っていた。
しかし頭の中は、指折り数え待った男のことでいっぱいだった。

そこへドアの呼び鈴が鳴った。
その瞬間、彼女の顔が綻み、輝いた。≪フランク?≫

彼女はドアに急いで向かうと、覗き穴も確認せずにドアを開けた。
しかし、そこに立っていたのは彼ではなかった。

「・・・・・何か用?」 
彼女は一瞬にして表情を曇らせると、トマゾに向かって冷めた声を投げた。

「会長がお呼びです。」 トマゾは表情を変えることなく用件を言った。

「会長が?」

「はい。上のラウンジでお待ちです」

「・・・用意したら行くわ」 エマは気が乗らないように溜息を吐いて、
乱暴にドアを閉めた。





「どんな様子だ?エマ」
エマが席に付くと、ジュリアーノは手にしていたカクテルグラスを
テーブルに戻して言った。

「はい。すべて順調に進んでいます。Mr.サイモンも・・」
「そんなことは聞いていない。」 ジュリアーノは彼女の言葉を遮った。

「・・では?・・」 エマは首を傾げた。
「フランクとはどうだ?」

「・・・・・・」

「5年ぶりの再会はどうだった、と聞いているんだ」 
ジュリアーノはその目の奥に意味深な影を忍ばせて言った。

「・・・特に・・何も・・・5年も経っているんですもの・・
 拘りはありませんわ。お互いに・・・」

「お互いに?そうか?」 

「ええ・・とうに過ぎたことですから」 エマは微笑んで答えた。

「過ぎたこと・・・・エマ・・ワインでもどうだ?」

「いいえ・・私は・・・」

「フランクの選んだワインの方がお好みかな?」
ジュリアーノがそう言った瞬間に、エマは隣の席に付いていたトマゾを睨んだ。

「私は・・」 トマゾが言い掛けると、ジュリアーノが更に笑った。
その様子にエマは一瞬にして表情を強張らせた。
「盗聴を?」 エマは疑うように言った。

「心配するな。会議室だけだ。」 ジュリアーノは平然と言った。

「どうしてそんなことを?・・」 

「どうして?私がお前やあいつを・・信用しているとでも思っていたのか?」
ジュリアーノは愉快そうに笑った。

「・・・・それでは何故、私を彼の元に?」

「何故?・・・」

「ええ、何故。」

「無論。・・・・面白いからだ。」 ジュリアーノはそう言って小さく笑った。

「面白い?」 エマの目に一瞬力が入ったが、彼女は努めて平常心を保った。

「ああ。そうじゃないか?トマゾ・・・」 
ジュリアーノは思わせぶりにトマゾに同意を求めたが、彼は無言だった。

エマが突然立ち上がった。
「少し体調が思わしくありません。今日は失礼して宜しいですか?」 

「構わん。大事にするといい」 
ジュリアーノはワイングラスを口に運びながら、そう答えた。
エマは彼に一礼すると、踵を返し、そのままラウンジを出て行った。

ジュリアーノは出て行く彼女を一瞥しながら口を開いた。
「トマゾ・・」

「はい。」

「おまえの方はどうだ?」

「はい。首尾良く。」

「そうか・・・早く連れて来い。」

「承知致しました。今しばらくお待ち下さい」





ドンヒョクは先程からジニョンへ電話をかけていたが、繋がらなかった。
「何処にいるんだ?いったい・・」 ドンヒョクは苛立ち呟いた。

そこへドアが激しくノックされる音が聞こえた。
覗き穴の向こうに、切羽詰ったような形相のエマが見えた。

「何のつもりだ。」 ドンヒョクがドアを開けながら言った。
チャイムではなく激しくノックすることで、少なくとも彼女はドンヒョクに
ドアを開けさせることに成功した。

その瞬間にエマがドンヒョクの胸をめがけ飛び込んだ。

「フランク!」





「ここにドンヒョクssiが泊まっているのね」 ジニョンは建物を見上げ呟いた。

「ジニョンssi!もう駄目です。ボスやミンアさんに気づかれたら・・
 車に戻ってください、早く」
ジョアンが必死になって車の中から、声を潜めるように叫んだ。
ジニョンはそんなジョアンを笑いながら、急いで車に戻った。

「ジニョンssi・・ボス達が出て来たらどうするんですか」
後部座席に戻ったジニョンを振り返って、ジョアンは言った。

「ふふ・・そうでした。見つかったら大変ね」 
ジニョンはそう言って両肩を上げた。





「フランク・・・」 エマは彼の腕の中で、今まで押し殺していた想いを
吐き出すように、彼の名を呼んだ。

「どうした・・・」 ドンヒョクは直ぐには彼女を突き放さなかった。
彼女が余りに弱弱しく震えているように思えたからだ。

「いいの・・・このままでいて。少しだけでいい。このままでいて。
 お願い・・・」 エマはそう言って懐かしい彼のぬくもりを自分に移した。





ルカはジニョンとジョアンの会話を聞いて、首を傾げていた。
「ボスって・・私達のボスでしょ?」 と彼女が言った。

「僕のボスだ。まだ君のボスじゃない。」 
ジョアンは勘違いするなというように語気を強めた。

「そのボスと、どうして会うとまずいんですか?」 
ルカはジョアンの言葉を聞き流して重ねた。当然の疑問だった。

「あのね、ルカ・・私達は独自に仕事をして、ボスの手助けをするの。
 でも実は、ボスはそんなことして欲しくないと思ってる」
ジニョンはルカに向かって、朗々と語るように言った。

「つまり、ボスに内緒で動くんですね。私達だけで。」

「そういうこと。飲み込みが早いわね」

「それって・・何だか、かっこいい」 ルカが手を合わせて、浮かれるように言った。

≪軽いやつ・・・≫
ジョアンは思ったが、今はそうであってくれる方が遣り易いと思いホッとした。





「ワインは届いただろ?」 ドンヒョクはエマに言った。
エマはしばし彼の腕の中にいた。しかし、こうしている間も決して
自分の背中に回されることなく、壁に沿ってだらりと伸びた彼の腕を
恨めしく眺めた。「抱いてくれないのね」 エマはポツリと言った。

「・・・・・・」

「昔のように・・・」

「必要なことなのか?」
ドンヒョクがそう言うと、エマは急に笑い出し、彼の胸から離れた。

「・・会長がどうして私をあなたのそばに置いていると思う?」
エマは笑いを堪えながら言った。

「想像付くだろう。駒を並べて面白がっているだけだ」 
ドンヒョクはそう言ってコーヒーを入れた。「飲むか?」 

エマは首を振った。
「そう、面白がってる・・・あなたはわかっていたのね」

「フッ・・」

「ねぇ・・・・必要なことなのか・・そう言ったわね
 必要なことだと言ったら・・・」
エマはそう言いながら、ドンヒョクに近づき、その胸に掌を当て
彼を見上げた。

「・・・・・・」
無言で見下ろした彼の冷めた視線に、彼女は自分を蔑むように笑った。

「少なくとも・・あの頃は・・必要だった?」 それでもエマは彼を熱く見つめた。

「・・・・・・」 ドンヒョクは何も答えなかった。

「もう私に関心すらない?・・・・それが・・私への罰なの?」 
エマは呟くように言いながら、頬に一筋の涙を流した。

そうして彼女はドンヒョクから体を離した。

ドンヒョクはドアに向かった彼女の後ろ姿を目で追っていた。
その眼差しに今まで彼女に見せていた冷たさは無かった。

例え一時でも、互いの寂しさを重ね合った女の後ろ姿に侘しささえ覚えた。

まるで・・・
憎むべき女を憎みきれなかったあの時の自分自身の思いに


    ・・・タイムスリップしたように・・・


             













2011/05/16 22:12
テーマ:ラビリンス-過去への旅- カテゴリ:韓国TV(ホテリアー)

ラビリンス-9.ミラノへの途

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「フランク・・・あなたに話しておきたいことがあるの」

エマにはドンヒョクに、話したい大事なことがあった。
それは、どうしても話さなければならないことだった。

彼にはそれがわかっていた。
しかし、彼はそれを無視し続けていた。いや拒絶していた。

「5年前のことなら・・・聞く必要は無い。」
ドンヒョクはエレベーターのドアが開くと同時に、そう言い残すと、
その場を去った。
エマは結局、胸の閊えを取り除くことを許されないまま、彼の後を
追うしかなかった。


会場前には既にトマゾの姿があった。まだ9時を回ったところだった。
「どこにも先回りが得意か。」 
ドンヒョクは皮肉交じりに言ったが、彼は表情すら変えなかった。
そのトマゾがドンヒョクの後ろを歩いて来たエマに向かって
僅かに柔らかな口元を見せた。





「ルカ・レリーニと申します。Ms.グレイス?」 
彼女は質問したジョアンにでは無く、彼の後ろのジニョンに向かって言った。

「いや・・彼女はグレイスではありません。」 ジョアンが直ぐに答えた。
「グレイスは不在中ですが・・君は?グレイスに何の用なのかな?」

「あ・・私・・実はグレイスさんに雇っていただいたんです。
 彼女のお仕事のお手伝いを・・」

「仕事の?・・・聞いてないな・・・
 あ、僕はグレイスの同僚のジョアン・・キム・ジョアンです。」

「そうですか、よろしくお願いします。」 
ルカと名乗った女が、人懐っこい笑みを向け、突然ジョアンの手を取ると
握手した彼の手を大きく振った。

「ちょ・・ちょっと、君。
 あー・・あの・・グレイスはしばらく戻って来ないんだ。
 僕も直ぐに出掛けるし・・この事務所誰もいなくなるよ。
 悪いけど今日のところは帰ってもらえませんか?
 グレイスには伝えておきますから」
ジョアンはルカの突拍子も無い振る舞いに、少し迷惑そうに言った。

「・・・・・・・・」 
ジョアンの言葉に衝撃を受けたように、ルカからさっきまでの笑顔が消え、
彼女は沈黙してしまった。

「悪いんだけど・・・」 それでもジョアンは重ねて言った。
するとルカの目から、みるみる涙が溢れ出た。「・・君・・・・・」

「・・・・・私・・困るんです・・・
 ここに来るのに、アパート解約して来たし・・あ・・グレイスさんが・・
 住む所も紹介してくれるって・・言ってたし・・
 困るんです・・・私・・行く所・・無いんです」
ルカはこぼれる涙を懸命に掌で拭きながら、訴えるように言った。

「そう言われても・・・」 
ジョアンが困り果てていたところに、ジニョンが突然口を挟んだ。

「いいじゃない。一緒に連れて行きましょう、ジョアン・・」 

「ジニョンssi」

「私達、これからミラノに行く所なの。一緒に行く?
 その内、Ms.グレイスとも会えるだろうし」

「いいんですか?」 ルカは涙でいっぱいの目を輝かせた。

「ジニョンssi・・困ります」 ジョアンがジニョンを制するように言ったが
ジニョンは彼に掌を見せ、にっこり微笑んだ。

「ありがとうございます。Ms.ジニョン?
 あなたもMs.グレイスの同僚の方ですか?」

「彼女は・・」 
「ええ、そうよ。」 ジョアンの言葉を遮って、ジニョンは答えた。
「荷物は・・・あー必要なものだけにして・・・ 
 後は事務所に置いて行っても・・いいわね?」
そして彼女はルカが持って来たらしい大きな荷物を見ながら言った。
「これ・・階段を持って上がったの?・・全部?」

「はい。下には置いて置けないので・・・三回位・・往復しましたけど・・」

「若いのね」 ジニョンは感心したように言った。

「はい。」 
ルカは満面の笑顔で答えた。その時にはもう彼女の目に涙は無かった。

ジョアンはそのそばで呆れたような視線をジニョンに向けた。
「ミンアに確認も取ってないのに、勝手に決めては・・」

「だって、可哀相じゃない。このまま放っていけないわ」

ジョアンは天井を仰ぎ、『誰でも信用する』とハングルで呟いた。
「えっ?」 ジニョンはジョアンを見上げた。

『ボスがそう言ってました。ジニョンssiは「誰でも信用する」と・・』
彼はハングルで続けた。

『この子悪い子じゃないわ・・・目を見ればわかるもの』

『それがあなたの口癖だと、ボスから聞いたことがあります』
ジョアンはわざとらしく大きな溜息を吐いて、そう言った。

ジニョンは無言で口を尖らせて見せた。

『気をつけてください。』 ジョアンはそう繋げた。

ハングルが今や、ジニョンとジョアンふたりの共通語になっていた。




ジョアンは仕方なく、というように、ルカを事務所に迎え入れた。

ルカはジニョンより少し背が高く、イタリア系の綺麗な顔立ちで、
ウエーブの掛かった赤い髪を後頭部で一束にしているスタイルが
とてもキュートだった。

「あなた・・ルカ・・だったわね、よろしくね」 ジニョンが言った。
「はい」 
ルカはジニョンのそのひと言と彼女の笑顔だけで緊張を解いたようだった。

「荷物はその辺に置いて?」 ジョアンが傍らで部屋の隅を指して言った。
「ありがとうございます」 無愛想なジョアンに、ルカは笑顔で答えた。

ルカが大きな荷物を部屋の片隅にまとめている姿を目で追いながら、
ジョアンは必要な資料をパソコンに移す作業に取り掛かった。
「グレイスとはどういう縁で?」 
彼がパソコンから目を離さないまま聞いた。

「知り合いの紹介です。」 ルカは直ぐに答えた。

「知り合い?誰?」

「あー大学の教授です」

「仕事の経験は?」

「いえ、まだ大学出たばかりで・・・勉強の為に・・
 資料整理の仕事を下さると」

「そう・・・さっき彼女に電話してみたけど、繋がらないんだ。
 後で掛かってくると思うけど」

「はい。」 
ルカはさっきから、ジョアンという男が何とか自分を連れて行くのを
回避したがっていると察していた。

「ジニョンさんはここでどんなお仕事を?」 
ルカはジニョンに向かって、首を傾げ、満面の笑顔でそう聞いた。
ルカは頼みの綱が彼女であることを直感で悟っていた。

その為に彼女に取り入ろうとしているのだと、ジョアンは疑っていた。

「その人は・・」 ジョアンが口を挟んだ。
「ああ。私はね、ジョアンの助手なの」 ジニョンはすかさず答えた。

「じゃあ、私と同じですね。」

「君とは違う。」 ジョアンが思わずパソコンから顔を上げた。
「そう、同じよ。私も知り合いの伝で、ここで働かせてもらってるの」

ジョアンはジニョンが適当なことを言っているので、呆れてしまった。
≪まったく・・ジニョンssi≫
しかしジニョンがボスである“フランク・シン”の妻だということを、
余り吹聴したくないと考えたジョアンはジニョンの話に合わせることにした。






「本日のところはこの辺で」
ドンヒョクは立ち上がり、交渉相手であるサイモンの方へと向かうと、
胸の内を悟られぬよう、好意的な笑みを向け、彼に握手を求めた。

「それでは・・また明日、よろしくお願いします」 ドンヒョクは言った。

「ええ。お目にかかれて良かった。次回はお食事でも」 サイモンも応えた。

「是非。具体的なスケジュールは、こちらのビアジからお伝えします」
ドンヒョクはエマに視線を向けながら言った。エマはにこやかに頷いた。
そして、サイモン一行を出口まで案内し見送った。


「上手くいったわね。感触がいいわ」 
資料の片づけをしながら、エマはドンヒョクに言った。

「・・・・どうかな」 ドンヒョクは俯いたまま答えた。

「どうして?」 
エマが訊ねると、彼は変わらず彼女に視線を向けることなく答えた。
「まだ警戒している」

「どうしてそう思うの?」

「何となく」

「何となく?・・・だとしたら、その通りね。
 あなたの“何となく”は外れた試しはないわ」 エマは頷きながら言った。

「それはどうも」 彼は淡々と答えた。

「ランチは?」 エマは書類の片づけを終え、バックを手にして言った。

「部屋で摂る」 ドンヒョクも同じくブリーフケースを手にした。

「久しぶりにあなたが選んだワインを戴きたいわ」 
エマはしっとりとした声で言った。

「・・・・・今夜のミンアとのディナーの時にでも」 ドンヒョクが応じた。

「部屋で一緒に・・・とは言ってくれないのね」

「後で届けさせよう・・君の部屋に」 
ドンヒョクはそう言いながら、彼女の横を通り過ぎた。

「それはどうも。」 エマは俯き苦笑して答えた。

ドンヒョクもまた口元に小さく笑みを浮かべ、ドアノブを握ると、
そのままひとり会議室を出て行った。





ジニョンとジョアン、そしてルカの三人は、ジョアンのミニクーパに乗り込み
一路ミラノへと向かった。
結局一時間経ってもミンアからの連絡は無く、ジニョンの口利きがある以上、
ルカ・レリーニという素性の知れない女を同行するしかなかった。

ジョアンにはミンアから何も聞かされていなかった疑念が残っていたが、
ルカという女の子の愛らしさに、次第に警戒心が薄れているのも事実だった。
≪それに・・・≫
数時間の長旅を、ジニョンと二人で過ごすよりはいいような気がした。

何よりもルカと打ち解けたジニョンが明るく、楽しそうにしていることが
ジョアンにとって嬉しいことだった。

「ミラノはどの辺へ行くの?」 
ジニョンが観光ガイドを開きながら運転席のジョアンに訊ねた。

「ドゥオーモのそばです。でも僕・・実はミラノは余り詳しくないんです
 イタリアに赴任してまだ一年経ってないですし
 フィレンツェ在住で仕事してましたから・・・」

「そうなの?」 ジニョンは少しだけ不安そうに言った。

「でも大丈夫です。安心して下さい。向こうでガイド雇いますから」

「あの・・・」 その時ルカがふたりの会話に口を挟んだ。
ジニョンが「ん?」という顔を彼女に向けた。

「私・・ミラノ育ちなんです。2歳から11歳位までいて・・
 二年前からまたミラノに戻って暮らしてました。」

「そう」

「ですから、ミラノならご案内できます、私」

「ほんと?まあ、ジョアン、素敵じゃない?」 ジニョンは嬉々として言った。
ジョアンはルカの顔を振り返って、黙って頷いた。

「お役に立てるんですか?私」

「ええ、とっても。」

「良かった!良かったです・・ほんとに」 ルカは目を輝かせて喜んだ。

「頼むよ」 ジョアンも多少不服に思いながらもそう言った。

「はい!」
ジニョンは嬉しそうに返事したルカを見て、自分も嬉しくなった。

≪そうよ。人の役に立つことほど嬉しいことはないわ。それなのに・・・≫

ジニョンはドンヒョクが自分に対して、「イタリアを満喫していたらいい」と
蚊帳の外にしたことに、少なからず腹を立てていたのだった。
≪私だって・・・あなたの役に立ちたいのに≫


「ジョアン・・疲れたら言って?運転、代わるから」 ジニョンが言った。

「結構です。」 

ジョアンは心の中で思っていた。
≪ここまでの行いでもう何度ボスに殺されただろう≫

ジニョンがおとなしくしていてくれることをジョアンは切に神に祈った。


   ・・・≪お願いです・・ジニョンssi・・・≫・・・
















 


2011/05/04 21:51
テーマ:ラビリンス-過去への旅- カテゴリ:韓国TV(ホテリアー)

ラビリンス-8.目覚めた朝に

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         collage by tomtommama



                   story by kurumi









             8.目覚めた朝に













「・・・・あなたを・・・忘れたことはないわ・・・フランク・・・」 
エマは静かにそう言った。

「僕は・・・忘れた。」 エマに答えたドンヒョクの声は氷のように冷たく、
彼との再会に震わせていた彼女の胸を、簡単に突き刺した。

それでもエマは懸命に堪えていた。
そして小さく笑みを浮かべ、ドンヒョクの言葉を繰り返した。「忘れた・・・」
それから彼女は、彼にゆっくりと視線を向けた。
「それは少し違うんじゃない?フランク・・・少し違う・・・
 忘れたんじゃなくて・・・あなたの心には・・・最初から・・・
 私という女は存在していなかったの。
 ・・・そうでしょ?」 彼女は努めて冷静な口調でそう言いながらも、
彼を見る目の淵に力が入るのを抑えられなかった。

しかしドンヒョクは前を見据えたまま、それに答えることもなく、
彼女の動揺を見ようとさえしなかった。

少し間をおいて、エマは姿勢を正すと、ドンヒョクと同じように正面を見据えた。
そして溜息をひとつ吐いた後、今度は声の色を明るく取り繕い言った。
「それにしても・・あなたが結婚したとは知らなかった。
 ・・・ついこの間なの、会長に知らされて・・・驚いたわ・・・
 あなたが結婚なん・・」
「その話は今必要か?」 ドンヒョクは尚も冷ややかに彼女の言葉を遮った。

エマの作りかけた笑顔が瞬時に曇る様子も、彼は見なかった。

「必要な話だけにしてくれ。」 そう言ってドンヒョクは目を閉じた。
結局彼は、彼女にわずかの取り付く島さえ与えなかった。

「・・・・わかったわ・・・」 エマもまた静かに目を閉じた。





カーテンの隙間から差し込む光で、ジニョンは目覚めた。
まだ見慣れない部屋の天井が視界に入って、一瞬、何処にいるのだろうと
寝ぼけた頭に記憶を巡らせた。

「フィレンツェ・・」 ジニョンは呟いた。
その瞬間、彼女はハッとしてベッド脇の時計を見た。
そして、慌てて起き上がりベッドを降りると、シャワー室へ急いだ。
ジョアンが迎えに来る時間まで、あと30分しかなかった。


ジニョンが手早くシャワーを浴び、簡単に身支度を済ませ、
コーヒーでも入れようかとした時、玄関の方でエレベーターの開く音がした。
「お邪魔しても宜しいですか?」 ジョアンの声が聞こえた。

「ええ、今コーヒーを入れようかと・・」
すると、トレイを両手で持ったジョアンが、にっこりと笑って現れた。
「コーヒーとサンドウィッチをご用意しました」

「・・・・気が利くのね」 
ジニョンは起きたばかりで余裕の無い自分との違いに苦笑いしながら、
珈琲豆の容器に入れ掛けたスプーンを元に戻した。

「よく言われます」 ジョアンは笑って頷いた。





ドンヒョクは目覚めた後、いつものようにホテルの周辺で汗を流した。
彼が滞在するホテルはドゥオーモ駅のそばにあった。
ホテルから近隣の公園を経由して、ミラノの象徴ドゥオーモへ向かった。
早朝人っこひとりいないその周辺で走り込むのは爽快だった。

その景色を眺め、大きく深呼吸しながらドンヒョクは、心の中で呟いた。
≪ジニョン・・今度は君も一緒に走ってみるかい?≫

昨夜は緊急な書類作成に追われ、ジニョンに電話できなかったことが
悔やまれていた。しかし・・・
「今の時間はまだ夢の中だね」 
ドンヒョクはポケットから出し掛けた携帯電話を元に戻し、スパートを掛けた。
そしてホテルに戻ると、館内のジムで軽いウエイトトレーニングを行い
熱った体をクールダウンさせた。

しばらくして部屋へ戻り、シャワーを使っていると、扉の向こうで物音が聞こえた。
ドンヒョクは頼んでおいたルームサービスだと思い、水浴びを続けた。

ドンヒョクがバスローブ姿でリビングに戻ると、ソファーにエマが座っていた。
「何をしてる。」 彼はさして驚きも見せず、頭をタオルで拭きながら言った。

「おはよう。お邪魔しようとしたら、丁度ルームサービスが届いていたの
 私の分もこちらへ一緒に運んでもらったわ。
 会議の前に打合せをしたかったの。いけなかった?」
エマはドンヒョクの視線を避けながら、それでも悪びれることなく言った。

「いや」 彼はそっけなく答え、そのまま寝室に向かった。
そして数分後、シャツの袖のカフスを留めながら、エマの待つ部屋へと戻った。

「資料は・・・できているようね」 
エマがデスクの上にまとめられていた書類の束を見て言った。

「ああ」

「後はこれをコピーすればいいかしら」

「頼む。」

「了解。・・・・・・・ゆうべ・・来てくれるかと思った」 
エマが少しだけ躊躇ったように言った。

「何処へ?」 ドンヒョクが聞いた。

「私の部屋へ」 

「何故?」
ドンヒョクは椅子に腰掛け、ジュースのグラスを口に近づけながら、
冷めた口調で言った。

「話をしに」

「何の・・」

「5年前のこと」

「言っていることがわからない。」
ドンヒョクはそう言って、グラスをトレイに戻した。

「・・・そうね・・・あなたはあの時も・・・そうだった。
 私に・・・何も聞かなかった・・・
 本当は聞きたかったことがあったはずなのに・・・」

「じゃあ、聞こう・・君が今、ここにいる理由は?」 

ドンヒョクのその言葉に、エマは俯き溜息混じりに笑った。
「ふふ・・そうね・・・Mr.フランク。・・
 本日のご予定を申し上げて宜しいですか?」 エマが立ち上がり言った。

ドンヒョクは軽く頷いた。

「このホテルの会議室を9時から午前中を予約しております。
 本日お目に掛かるMr.サイモンも昨夜の内にこのホテルに
 滞在なさっていらっしゃいます。
 会合は予定通り10時で宜しいですか?」
エマは凛とした姿勢を崩さず、伝えるべきスケジュールだけを口にした。

「構わない。」 ドンヒョクは短く答えた。

「では。」 
エマは彼の向かいの椅子に腰掛け、ナプキンを手に取った。
「ご一緒にいただいて宜しいですか?」 エマがドンヒョクに向かって、
努めてにこやかに言うと、彼は軽く左の口角を上げることで、
それを承諾した。







「本当に・・・ミラノへ?」 
ジョアンは目の前でサンドウィッチを頬張るジニョンに、確認するように言った。

「・・・もちろんよ」 ジニョンはもぐもぐと口を動かしながら答えた。

「実は昨夜、あの後色々考えてみたんです。やはり止めませんか・・
 ジニョンssi・・あなたは・・」
ジョアンがそう言い掛けた時、ジニョンは彼に向かって掌を向けた。
「ストップ!」 そして彼女はコーヒーで口の中のものを流し込むと言った。
「あなたが行かなくても私は行くわよ。」 

無論、それは到底叶うことではない。ジニョン自身もそれは分かっていた。
しかし彼女は自分の確固たる意思表示の為にそう言ったのだ。
「わ・た・しは行く。」 ジニョンは繰り返し言った。

ジョアンは彼女の頑固さに、無駄な足掻きをするのは止めておこうと思った。
それに自分自身、ボスの仕事に係わっていたい思いが強かった。

ジニョンが言った『ボスに自分の必要性を認めさせる』決して
そういうことではない。
ボスのそばで仕事を始めて二年になる。
この一年、やっと彼に認められたことを実感するようにもなった。

ジョアンは、フランク・シンとの仕事に生甲斐を抱き始めていたのだ。

「わかりました。でもくれぐれもお願いです。
 いつどんな時も僕の言うことを聞いてください。
 決して勝手な行動をお取りにならないこと・・・約束できますか?」
ジョアンは右手を挙げジニョンに掌を見せて、そう言った。

彼女もまた手を挙げて言った。「約束するわ。」
そして続けて言った。「取引・・成立ね。」

「はい。」 ジョアンも笑顔で答えた。


ジニョンとジョアンは朝食を済ませると、荷物を持って駐車場へと降りた。
「ミラノのホテルは昨夜の内に予約しておきました。
 ボス達のホテルから5分ほどの距離です。
  余り近過ぎても困りますので。」

「そうね、ありがとう」 ジニョンは満面の笑みで礼を言った。 

「・・・・ジニョンssi?」

「えっ?」

「ちょっと面白がっていませんか?」 
妙に嬉々としたジニョンの表情を覗き込み、ジョアンは疑うように言った。

「アニョ。」 ジニョンは短く答えて、視線を逸らすように車窓から外を見た。
昨夜食事をした店の前を通り過ぎると、ヴェッキオ橋が左手に見えた。
そしてそのまま昨日と逆の道のりの景色を眺めながら思った。

≪フィレンツェを楽しむのはもう少し後ね≫








「そろそろ」 ドンヒョクは朝食を済ませると、そう言いながら席を立った。

「まだ早いわ」 エマが言った。時間はまだ9時少し前だった。

例え今、彼の自分に対する態度が冷たいものであったとしても
こうしてそばにいることだけで、彼女は満足だった。
「もう少し・・・」 彼女は言い掛けた。≪もう少しふたりでいたい≫

「後は会議室で準備する」 
ドンヒョクは彼女の想いなど気に掛けることもなく、上着を手にした。

エマは軽く頷いて、「そうね」と席を立った。
そして彼女はドンヒョクの手から上着を取り、彼が羽織り易いように広げた。

しかし彼は直ぐに、彼女の手から上着を取り返すと、冷めた眼差しで言った。
「そんなことはしなくていい。」 
「・・・・・・」 

結局上着を自分で羽織り、玄関ドアへと向かうドンヒョクの背中を
エマは無言で追った。






「申し訳ないですが、一緒に上まで上っていただけますか?」
事務所に着くと、ジョアンはジニョンにそう言った。
実のところ、四階までの階段を上ってもらうのは大変だと思ったが、
彼女をひとりで残して行くわけにはいかないと思ったからだ。

「この階段・・好きよ」 ジニョンは作り笑顔で言った。


ふたりが事務所の階に着くと、廊下の向こうに若い女が座っているのが見えた。
ラフなジーンズ姿で、ウエーブした黒髪を後頭部で束ねたその女は
ふたりに気がつくとすくっと立ち上がり、彼らが近づくのを待って
お辞儀をした。

「どなた?この事務所に?」 ジョアンがその女に聞いた。

「ルカ・レリーニと申します。Ms.グレイス?」 
彼女は質問したジョアンにでは無く、彼の後ろに立つジニョンに向かって言った。




「フランク・・・あなたに話しておきたいことがあるの」
エレベーターに乗り込むと、エマは思い切ったように言った。
エマが再会してからずっと、自分に何かを話したがっていることを
ドンヒョクはわかっていた。
しかし彼はそれを無視し続けていた。そして彼は尚もそれを拒絶した。


「5年前のことなら・・・

    ・・・聞く必要は無い。」・・・











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