捨てるもの・残すもの
Yong Joonがあるinterviewでこう言っていたっけ。
「最近、捨てる練習をいつも心がけて暮らしています」と。
実は私もある女優さんの言葉がきっかけで、
1年ぐらい前から様々な「モノ」を「捨てる」ということを心がけて来た。
そして最近、ある本に出会って改めて「捨てる」ということについて考えさせられた。
そんな中で目にしたinterview記事。
Yong Joonと私とでは状況が異なるけれど、
微かではあるがsynchronizeした・・・と、自分勝手に思ってしまった。
Yong Joonも私も
最期に捨てるものは何だろう。
そして、最期に残すものは何だろう。
鎮静剤
今日は疲れた。
疲れ過ぎた。
疲れの中で
私は傲慢になっていた。
高ぶった気持ちのままで帰宅。
今日も「太王四神記」を見た。
今日もタムドクを見た。
今日もキハを見た。
二人の愛が
高ぶる気持ちを鎮めてくれた。
見るたびに浄化されていく「太王四神記」。
見るたびに私の心のbalanceをとってくれる「太王四神記」。
「太王四神記」が少しずつ「冬のソナタ」に近づいていく。
怒涛の11月。
心を亡くす怒涛の日々。
きっと・・・毎日どこかで自分が嫌になる。
きっと、明日も・・・。
明日はどんな気持ちで「太王四神記」を見るのだろう。
はぁ~ ひぃ~ ふぅ~ な毎日の
鎮静剤は「太王四神記」。
ほっ・・・。
恋よ恋
Yong Joonにとっては余計なお世話だろうが
Yong Joonは恋をしているのだろうか。
先日、とある場面を見ていて思った。
結ばれることがなくても
付き合うことがなくても
恋をしていてほしいと思った。
Yong Joonは出会いの機会がないと言うけれど
「恋」そのものと出会う機会はあるように思う。
「冬のソナタ」に寄せる想いのひとかけらは
確かに「恋に恋した」時の想いに似ている。
Yong Joonも私も「恋に恋する」年頃ではないけれど
私には
「恋に恋した」頃の想いが
いま現在の恋を運んで来た。
Yong Joonにも
「恋に恋した」頃の想いが
新しい恋を運んでくるだろう。
私がミニョンやチュンサンやBae Yong Joonにずっと恋をしているように
Yong Joonもずっと恋をしていてほしい。
私には
Bae Yong Joonが
恋さえも「自己管理」しようとしているように感じる
それは
あまりにも・・・
恋よりも・・・
切ないことかもしれない。
Honey toast
同じ日に
小さき恋人と大きな恋人からphotoが送られてきた。
共に何の言葉も添えられずphotoだけ・・・。
言葉を持たない小さき恋人は飛びっきりの笑顔を
言葉と戦う大きな恋人は飛びっきりのromanticを
届けてくれた。
頑張ってるね。
私も頑張ろう。
ただ
彼らは
私の心を知ってか知らずか
笑顔とromanticばかり送ってくる。
苦笑・・・。
やさしさには
甘いやさしさと
苦いやさしさがあるけれど
彼らはどちらも持っている。
当の彼らは
「蜂蜜」を送っていると思い込んでいるんだろうな・・・。
苦笑・・・。
笑顔とromanticに浸っていると
もう一人の愛しい人の心も
蜂蜜漬けになっているといいなと思った。
もう一つのやさしさが
Bae Yong Joonからの切ないやさしさが
現実味をもって届けられてきた。
本業
私は 二つの職場で二つの仕事をしている。
されど 職業欄に記載する時は一つの職業「A」と記す。
Bae Yong Joon が「俳優」であるように
私の職業は「A」。
「A」や もう一つの「B」をしながら「A」 「B」に関連した「c」や「d」もしなければならない。
一体どれが本業なのかと言われもするし 自分でもそう思うときがある。
されど 私の職業は「A」である。
「A」でしかない。
Bae Yong Joon が「俳優」であるように
私は「A」でしかない。
たとえ「A」から離れ「B」や「c」「d」に没頭していても
Bae Yong Joon が「俳優」であるように
私もまた「A」である。
Bae Yong Joon も私も
本業は「人間」という自己なのである。
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